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303 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2009/03/04(水) 16:39:59 ID:mUlwVGt30
 話を切ってすいめせん。
 十分後に魏のSSを桃香します。

 18分割で前後編です。

・魏エンド後に一刀が帰ってきて半年ぐらい経っている設定。
・キャラの性格が違うと思いますが、そういう外史だということにしておいてください。
305 名前:桂花の風邪 1/18[sage] 投稿日:2009/03/04(水) 16:50:21 ID:mUlwVGt30
「桂花が風邪?」

 警備隊の詰め所で一息ついていた一刀は凪に聞き返した。

「はい隊長。警邏中に春蘭様達にお会いしたのですが、その時に」

「ふーん、桂花がねぇ・・・・・・」

 意外……でもないか。と一刀は頬を掻く。

「だったら、みんなでお見舞いに行くのー!」

「いや、流石に四人ともここを空けるのは不味いだろう」

 まるで遊びに行くかのようにはしゃぐ沙和を凪はたしなめた。

「せや。いくら平和になったからっちゅうても、休みの日ぃやったらともかく、仕事中の責任者四人で押しかけてその隙になんかあったら言い訳のし様もあらへんからなー」

 真桜が腕を組んで相槌を打つ。腕を組む事により、真桜の豊かな胸が強調される形になる。
 一刀は一瞬釘付けになった視線を微妙に逸らしつつ、

「平和になったからこそ街の警備が大事なんだ。まだ五胡もいるしな。
 人がいる以上トラブル・・・・・・厄介事はなくなることはないからな。むしろ大きな争いごとがない分、街での厄介事は増えると思うぞ」

「解かります。隊長」

 凪が生真面目に頷く。

「せやったら、誰が行くん? 隊長?」
306 名前:桂花の風邪(前編) 2/18[sage] 投稿日:2009/03/04(水) 16:53:17 ID:mUlwVGt30
「え、俺!?」

 一刀は驚いて腰を上げた。

「妥当だと思いますが。我々は真名を許されているとは言え、立場上桂花さまと顔を合わせる機会は多くありませんし」

「いや、おれ嫌われてるじゃん!」

「せやかて、部下一人を見舞いに寄越されたら気ぃ悪ぅするんちゃう?」

「同感なのー」

「いや・・・・・・桂花の場合は当てはまらんと思うが・・・・・・」

「しかし、一介の警備隊長とは言え実質は曹魏の重鎮。
 (対外的には)真名を許しあう者が病に臥すと知りつつも何もしないとあらば、いらぬ誤解を招きかねません」

「そんなこと言ってー。凪は隊長を悪く言われることが嫌なだけなのー」

「な!?」

「あかんて、沙和。いくらなんでもそう図星を突いたったら凪が可哀想やで」

「うう・・・・・・」

 凪の顔が茹でられた蛸の様に一瞬で真っ赤になる。

「(可愛いなぁ・・・)あーわかったわかった! ここは凪に免じて俺が行くよ」

「隊長までー・・・」
307 名前:桂花の風邪(前編) 3/18[sage] 投稿日:2009/03/04(水) 16:56:34 ID:mUlwVGt30
最早涙目の凪の頭を軽く撫で、

「そうと決まれば早いとこ行くかな」

「隊長ー、おみやげ忘れんといてなー」

「遊びに行くんじゃないんだぞ・・・・・・」

 ――――――――――

 早速一刀は見舞いの品を購入して、桂花の部屋の前まで来ていた。


(直ぐに追い出されるかも知れないけど、ま、ここまで来たんだし)

 ノックをしようとしたとき、中から話し声が聞こえる。

(見舞いの先客かな?)

 一刀は耳をすませてみる。

「華……ま! …けま……、万………病気がう…………」

「心得て………。…………ないわよ」

(華琳か? まぁいいか、別に疚しい事をしているわけでもなし)

 一刀は扉をノックする。

「桂花ー、俺だけど、ちょっといいかー?」
308 名前:桂花の風邪(前編) 4/18[sage] 投稿日:2009/03/04(水) 17:07:49 ID:mUlwVGt30
中から会話の声が途絶えた。数秒後、

「俺なんて人は知りません。って言うか入ってこないで!」

「いいじゃない。多分見舞いよ」

「でも、華琳さま…」

 こちらに意識を向けている所為か声は聞き取れた。

「一刀、入ってらっしゃい。私が許すわ」

 華琳の許しが出たことで、一刀は桂花の返事を待つことなく部屋に入った。

「入るぞー」

 中には、赤い顔でいかにもだるそうに寝台の上で体を起こしている桂花と、声の聞こえた華琳。そして春蘭と秋蘭の姿があった。

「あれ、春蘭に秋蘭も?」

「うむ。華琳さまが見舞いに行かれるとの事でな。ついでと言うわけではないが、私たちも付き合うことにしたのだ」

「しかし桂花もだらしがない。風邪ぐらい気合で治さんか」

「…。あんた、生まれてから今まで風邪ひいた事ないんでしょう」

「勿論だとも!」

「……」

 一刀はあえて突っ込むまいと苦笑いにとどめた。
309 名前:桂花の風邪(前編) 5/18[sage] 投稿日:2009/03/04(水) 17:09:23 ID:mUlwVGt30
「で」

 そんな一刀に冷たい声が突き刺さる。

「そこの全身精液男は、一体何しにきたのよ」

「ああ。風邪だって聞いたから」

「まさか『風邪って適度な運動をしたほうが治りが早いんだぜ〜げへへ』とかいって私を無理やり犯そうと!? この変態!!」

「はあ!?」

「そうなの?」
「そうなのかっ!?」
「そうなのか?」

「んなわけないだろ!」

 一刀が思わず突っ込みを入れたとき、桂花はごほごほと咳き込んだ。

「けほっ、華琳さま、先程も申し上げた通り私の風邪がうつらないとも限りません。どうか今日の所はお戻りください」

 そして今度は一刀を睨み、

「あんたもよ。あんたみたいな変態がいると余計に悪化しそうだわ。さっさと帰ってよ。むしろ死になさいよ」

「いつもだけど、凄い言われようね」

「いやいや、見舞いの品だけじゃちと寂しいからな。今なら頼みを一つ聞いてもいいぞ。勿論俺に出来ることな」

 一刀の台詞に桂花は思い切り顔を顰めた。華琳は面白そうに事態の推移を見守っている。
310 名前:桂花の風邪(前編) 6/18[sage] 投稿日:2009/03/04(水) 17:10:14 ID:mUlwVGt30
「……だから、帰れっていってるのよ。頼みはそれでいいわ。もうあんたのことで思考を裂くのも面倒くさいのよ」

「むう…」

 一刀は桂花の物言いに、逆にさっきより心配になったようだ。

「ところで北郷、見舞いの品は何を持ってきたのだ?」

「おう、それそれ。実は私もさっきから気になっていたのだ」

「一刀、開けてもいいかしら?」

「そういうことは桂花に聞けよ…。聞くまでもないんだろうけど」

「華琳さま。勿論構いません!」

 桂花の言葉に、春蘭は一刀が小脇に抱えていた箱を取り、包装をはがし始めた。

「食べ物か?」

「違うよ秋蘭。多分桂花は俺が持ってきた食い物は食べない気がするからな」

「ふ、そうかもな」

「言ってなさいよ……」

 話しているうちに、春蘭は剥がし終えふたを開けていた。

「へぇ……」

「おおっ、ふさふさだ!」
314 名前:桂花の風邪(前編) 7/18[sage] 投稿日:2009/03/04(水) 18:11:52 ID:mUlwVGt30
 箱の中には、黄色い猫のぬいぐるみ。

「なんか見た目が桂花っぽいなぁってね」

 桂花は、ぬいぐるみを春蘭から受け取り、しげしげと眺めた。

「ふぅん、食べ物でなかったことと言い、北郷にしては気が利いてる……と言いたい所だけど」

「え」

「安静にしてるのは基本的にヒマなのよ。それに私を誰だと思ってるの? 軍師よ、軍師。ここは戦術書や論語、それらでなくても詩集くらい思い付かないの?」

「ぐ……」

 実は戦術書等は一刀だって考えてはいた。しかし、桂花の読んだことのない本なんて見当もつかないし、詩集はまったく想像の埒外だった。だからといってそれを語っても言い訳臭い。

「まったく、あんたに期待なんかしちゃいないけど、本当に気の利かない。これだから男は……」

 いつも以上に棘のある桂花の言葉に、華琳ら三人は呆気に取られる。

「……なぁ、秋蘭」

「なんだ、姉者」

「あの桂花の言い様、あそこまで言わなくても、と言うか、そこはかとなく失礼なことを言っているように聞こえるんだが……」

「安心しろ姉者。私にもそう聞こえる」

「そ、そうか! 気のせいではなかったのか…」
315 名前:桂花の風邪(前編) 8/18[sage] 投稿日:2009/03/04(水) 18:20:23 ID:mUlwVGt30
「…………」

 華琳は目を細め、黙って二人を見やっている。

「なぁ、桂花。いくらなんでもひどくないか? 確かに俺は見舞いを頼まれてもいないし気も利いてないかもしれないさ。
 でも俺だって心配したんだ。それを……」

「心配?」

 桂花はフン、と鼻を鳴らした。

「そういうのを有難迷惑って言うのよ」

「有難……迷惑!?」

 一刀の表情が俄かに剣呑な雰囲気を帯びてきた。それもそのはず。一刀は基本的に温厚だが、聖人君子ではない。
 心配していた相手にここまで言われれば、腹の一つも立つと言うものだ。

「………」

 桂花はそんな一刀の様子を見ても、最早何も言わない。症状の所為かやや苦しそうな顔をするだけだった。

「ああ、そうかよ。だったら桂花の望み通り出て行くさ。困らせてすいませんでしたね、軍師様!」

 言い捨て、一刀は腹立たしげに桂花の部屋を出た。

「あ……」

 桂花は思わず手を持ち上げたが、呆気にとられている華琳らのことを思い出し、すぐに引っ込めた。

「……大変見苦しいところをお見せしました。それよりも華琳さま。そろそろ……」
316 名前:桂花の風邪(前編) 9/18[sage] 投稿日:2009/03/04(水) 18:26:05 ID:mUlwVGt30
「そうね。これ以上長居したら本当に風邪がうつるかもしれないわ。それじゃあ桂花、自愛なさい」

「はい」

「そうそう、一応医者も呼んでるから、後で寄越すわ」

 華琳はそう言って桂花の部屋を出た。春蘭・秋蘭も続く。



 華琳から部屋を出た直後、桂花の咳き込む音が聞こえた。



「それにしても、なんだったんだ桂花の奴は。いくら北郷でも怒るのも無理はないというものだ」

「確かにな」

「……」

 華琳は何も言わなかった。
318 名前:桂花の風邪(前編) 10/18[sage] 投稿日:2009/03/04(水) 18:33:14 ID:mUlwVGt30
 一方一刀は、部屋を出た直後こそ憤懣やるかたない様子で肩をいからせていたものの、しばらくすると罪悪感が込み上げてきた。

(いくらあれだけ言われたからって、最後は嫌味すぎたかな…。頭痛か何かで苛々してたとしたら確かに俺、ウザかったか?)

 そんな風に悶々としていたところ、前方から歩いてきた人物が声をかけてきた。

「ちょっとそこの人、悪いけど道を教えてくれないか?」

「え?」

 一刀が顔を上げると、

「あんた、華佗!?」

「ん? …………ああ、北郷じゃないか」

 華佗は相好を崩した。

「元気だったか?」

 以前一刀は、時流に逆らう行為からくる体調不良を華佗に診てもらった事がある。
実際に話したのはその短期間だけだったが、二人はその時にそれなりに意気投合していた。

「お蔭様でな。で、何で華佗がこんなところに?」

「ああ。曹操に呼ばれたんだ。荀ケを診てほしいって」

「……そうか」

 複雑な顔で一刀は頷いた。そしてふと、疑問が口から出た。
321 名前:桂花の風邪(前編) 11/18[sage] 投稿日:2009/03/04(水) 18:39:22 ID:mUlwVGt30
「そう言えば、華佗は一人で来たのか? 最近大きな戦はないけど野党はまだいるし」

「はは、一応身を守る術は持ってるけど、それ以上に俺にも頼もしい連れがいるからな」

「連れ?」

「ああ。彼らは彼らで目的があるらしくて今は別行動してるけどな。なんでも、この城には以前来たから城下をもうちょっと探すんだそうだ」

「ふーん」

 目的って何だろう、と一刀は思ったが、あまり根掘り葉掘り聞くのもどうかと思い、相槌を打つにとどめた。

「華佗!」

「ん?」

 誰何の声に、二人は顔を向けた。

「華琳」

「曹操か。ちょっと道に迷ってね」

「構わないわ。それより、風邪の薬は?」

「おいおい、まずは症状を診てからだろ?」

「…今あの子は精神的に不安定なのよ。男が押しかけてあの鍼治療をするなんてもっての他。だから薬さえくれたら私が飲ませるわ」

「いや、風邪はそんなに単純なものじゃない。我が五斗米道を以ってしてもすぐには完治させられるものじゃないんだ」
323 名前:桂花の風邪(前編) 12/18[sage] 投稿日:2009/03/04(水) 18:45:11 ID:mUlwVGt30
「風邪なんてありふれた病気なのに。特効薬は?」

「いや、ありふれてるけど、風邪に特効薬はないんだよ、華琳」

 華琳の言葉に、華佗が答える前に一刀が口を挟んだ。

「どういうこと?」

 華佗も一刀の台詞に興味を持ったのか、黙って続きを促した。

「うん。俺もあまり詳しいわけじゃないけど、風邪って症状は同じでも原因となるウィルスは多種多様で、
そのウィルス一つをとっても数百種類の型があるらしいんだ。
だから、仮に治療薬を作れたとしても、それは何百何千と種類のある風邪の一つにしか効かないから、殆ど意味がないんだよ」

「ういるす…ってのが何かはわからないが、確かにその通り。しかし凄いな、天は。詳しくない北郷でもそこまで説明できるなんてな」

「この時代にそこまで理解してる華佗のほうが凄いって…。いったい何年勉強したんだ?」

「ははは、これでもまだ、二十歳なんだぜ?」←非公式

「……なるほど」

 華琳は頷いたあと、華佗のほうを向いた。

「それでも、あの鍼は駄目。今はそっとしておかないと、治る以上に悪くなりそう」

「……ふぅむ」

 華佗は眉間に皺を寄せて虚空を見つめる。

「ううむ、風邪と言うのは究極的には栄養を取って大人しくするのが治る一番の近道。わかった。ならば五斗米道秘伝の栄養剤を出すことにするとしよう」
324 名前:桂花の風邪(前編) 13/18[sage] 投稿日:2009/03/04(水) 18:52:22 ID:mUlwVGt30
「悪いわね。わざわざ足を運んでもらったのに無理を言って」

「いや、構わないさ。俺は医者だ。その方法が一番いいならそうするまでさ」

(…桂花がいつにも増してキツかったのは華琳の言う通り精神的に不安定だったから?)

 むむむ、と一刀が唸る。

「ん? ああ、しまった。鍼で終わると思ってそれが入ってる荷物を夏侯惇に預けたんだった」

「春蘭に? そう。なら手分けして探して、見つかったら私に合流するように言ってもらえる? 一刀はそろそろ仕事に戻りなさい」

「……わかったよ」

 ――――――――――

 程なくして、華佗は春蘭を発見した。

「おい、夏侯惇!」

「んー? ああ、華佗ではないか。どうしたのだ?」

「いや、治療に必要な薬があんたに預けた荷物に入っていてな。探してたんだ」

「なんだ、間抜けなヤツだな。わかった。持ってこよう」

「ああ、持ってこなくてもいいんだ。薬を持って曹操に合流してくれ」

「……成程。様子がおかしかったからな、桂花は」

 秋蘭は呟いた。
326 名前:桂花の風邪(前編) 14/18[sage] 投稿日:2009/03/04(水) 18:58:35 ID:mUlwVGt30
「えーと、うん。荷物はこれだな。よし、すぐに華琳さまと合流する」

「薬は、壷の蓋に『全』って書いているやつな!」

「わかった。……む。これだな。では早速行って来る!」

 握り拳大の小さな薬壷を取り出したと思ったら、ぽいと荷物を華佗に投げてよこし、春蘭は桂花の部屋に向かって駆け出した。

「うわっ!? 馬鹿、投げるなよ! 薬壷が割れるだろ!」

 あたふたと荷物を受け止め華佗は抗議したが、すでに春蘭の姿はなかった。

「まったく。我が姉ながら落ち着きのない」

 秋蘭は、溜息をつきつつも薄く微笑んでいた。

「では華佗。念のため私も華琳さまに合流することにする。それと、茶を出させるから客間でくつろいでいてくれ。手間をかけたな」

「いいさ。俺は医者だからな」

「ふ」

 秋蘭は薄く笑い、春蘭を小走りで追った。



 そして数分後。華琳センサーでも搭載しているのか、春蘭はすぐに華琳を発見した。秋蘭も程なく追いつき、三人で桂花の部屋の前まで来た。

「桂花、入るわよ」
327 名前:桂花の風邪(前編) 15/18[sage] 投稿日:2009/03/04(水) 19:04:05 ID:mUlwVGt30
「華琳さま? どうぞ」

 華琳は春蘭らを伴い、桂花の部屋に入った。

「桂花、華佗からもらった薬よ。常備の薬より効果があるはず」

「私に薬を? ああ、華琳さま自ら…!」

 桂花は感極まったかのように胸の前で手を組んだ。

「しかし、華琳さま自らそこまでしていただくても、そこの風邪を引いたことのない春蘭にでも任せたほうがよかったのでは?」

「おお、確かにその通りだな! だがそういうことはもうちょっと早く言ってくれ、桂花!」

「…………そりゃすいませんでしたね」

「……姉者」

「くす。まぁいいじゃないの」

 華琳は、桂花の寝台に歩み寄り、春蘭から受け取った薬壷を開けた。

「可愛い桂花のためだもの。他の者に任せるほど私は冷たくないつもりよ?」

「華琳さま……」

 目を潤ませる桂花に、華琳は優しく語り掛ける。

「私に感謝する気があるのなら、早く風邪を治しなさい」

「はい…!」
329 名前:桂花の風邪(前編) 16/18[sage] 投稿日:2009/03/04(水) 19:18:12 ID:mUlwVGt30
「なら、早速」

 華琳は薬壷の中から丸薬を一つ取り出した。

「さ、飲みなさい」

「はい」

 桂花は、恭しく薬を受け取ると、白湯で飲み下した。

 ――――――――――

 その頃、華佗は。

「貂蝉と卑弥呼の奴、まだかな……」

 お茶を飲みつつ寛いでいた華佗は、ふと独り言をつぶやいた。

「ああ、そういやあ待ち合わせ場所を決めてなかったな。仕方ない、探しにいくか…」

 華佗は、華琳から薬壷を返してもらわないと、と鞄を開けた。

「ん?」

 鞄の中には、無数の薬壷に紛れ、春蘭に預けたはずの『全』と書かれた薬壷があった。

 ちなみに、意味は「弱った人間に必要な栄養素全般を凝縮した、五斗米道秘伝丸薬」である。超凄いマルチビタミンみたいなもんと思ってもらって差し支えない。

「おい……」

 華佗は急いで鞄の中身を台の上に並べ、一つ一つ確認していく。そして、何が無いのかを悟る。
331 名前:桂花の風邪(前編) 17/18[sage] 投稿日:2009/03/04(水) 19:26:37 ID:mUlwVGt30
「まずい」

 華佗の背中を、嫌な汗が流れた。毒ではないものの、最悪のやつを持っていかれた。

 次の瞬間、華佗は客間を飛び出した。

 ―――――――――

 桂花は、華琳から受け取った丸薬も、目を瞑って飲み下した。

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・どうなのだ?」

 飲み終わった体勢のまま何も言わない桂花に、焦れたのか春蘭が声をかけた。

「姉者。良薬口に苦し、というからな。あまりの苦さに声が出んのかもしれんぞ」

「どうなの、桂花」

 何も答えない桂花に心配になったのか、顔を覗き込むように近付けた。

「・・・」

 桂花は、ゆっくりと目を開いた。そして、



「あまり顔を近付けないで下さい、曹操さま。息がかかります……っ、げほっ、げほっ」

 桂花のその言葉は、とても嫌そうな響きだった。
334 名前:桂花の風邪(前編) 18/18[sage] 投稿日:2009/03/04(水) 19:32:59 ID:mUlwVGt30
「なっ・・・!?」

 あんまりと言えばあんまりな物言いに、華琳は二の句が継げない。桂花は、華琳には目もくれずまた咳き込んだ。

「お、おい、桂花。真名はどうした? 華琳さまだぞ?」

 春蘭の微妙にずれた物言いに桂花は、咳をしつつ「はぁ?」と眉根を寄せ、

「ばっかじゃないの? げほっげほっ、仮にとは言え主君だから真名を許すのは仕方ないけど、私まで真名で呼ぶ謂れはないわ」

 そう吐き捨てた桂花の華琳らを見る目は、紛れもない嫌悪感に満ち溢れていた。

 ――――――――――


 華佗は、廊下を全力で駆け抜けながら、侍女にきいた桂花の部屋に向かっていた。

「まずいぞ・・・・・・! 夏侯惇、お前が持っていったのは『全』じゃなく『変』と書かれた壷!」

 おそらく、「ぜん」と「へん」を聞き間違えたのだろうが、華佗はそんな事はこの際どうでもよかった。

「他者に対する好悪の感情が、真逆になってしまう秘薬だぞ!!」
335 名前:桂花の風邪(前編) [sage] 投稿日:2009/03/04(水) 19:34:28 ID:mUlwVGt30
以上です。途中でさるさん食らってしまいました。
次からは気をつけます……。

後編はもう完成しているので、今日中に桃香すると思います。

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