- 709 名前:メーテル ◆999HUU8SEE [sage] 投稿日:2009/02/02(月) 22:01:41 ID:S6NWCz9X0
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わたしの名はメーテル……桂花と風は一刀の子を孕むべきと思っている女。
でも今回、諸般の事情でえろすはなしよ……
それでは「繋風捕影」の後編、投下するわよ鉄郎……
- 711 名前:真・恋姫無双 外史 「繋風捕影」(後編 1/14)[sage] 投稿日:2009/02/02(月) 22:05:10 ID:S6NWCz9X0
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二人のやりとりにも気付かず、戯れていた沙和と一刀だったが、そこで突然沙和が『思い出したっ!』と声を上げた。
「そうそう、隊長。この辺に黄巾の残党が潜伏してるっていう報告が上がってきてるの。だから気をつけてって言わなきゃーと思って声をかけたのー」
沙和はそう切り出して、懐から一枚の紙を取り出した。
そこには決して上手ではない似顔絵と、その下に、文字で男の特徴が書き込まれていた。
「ええと、なになに……髭面の毛むくじゃら」
「腕と顔に大きな傷痕」
「頭に黄色い布を巻いており」
「身の丈六尺の大男、なのー」
似顔絵の方は、まるっきり子供の落書き同然だが、特徴の方は至極分かりやすい。
「なるほど。このままなら滅多にいる風体じゃないな。でも、傷は服で隠せるし、頭の黄巾だって馬鹿じゃなければわざわざ町中じゃつけてないだろ」
「そうなのー。だからそれっぽい人を見たら報告してほしいだけなの」
「それっぽいって……なんかアバウトだなぁ」
「亜婆羽兎?」
「天の国の言葉で大ざっぱってこと」
「えー? そんなことないのー。よく目をこらして見れば、ほら、あんな感じで……」
そう言って沙和が指さした先には、確かにその手配書通りの人相の男がいた。
しかも男は丸太のような両腕で二人の妊婦を抱え込んで、その喉元に剣を突きつけるような格好をしており……
「――! 桂花! 風!」
気付いた一刀が叫ぶのと、男がだみ声を張り上げるのは同時だった。
「我々! 張黄巾愛友会は! 悪辣なる奸徒、曹猛徳に鉄槌を下すものである! しかし、邪悪なる曹猛徳は我々の天誅に恐れをなし、我々の抹殺を計った! 我々はかのものの追跡を逃れ地下に潜る他無い!
だが、いつまでもくすぶっている我々ではないっ! いつの日か必ずや、諸悪の根源曹操を討ち滅ぼすであろう! その為の第一歩として、我々は次の事項を要求するものである!
ひとつ、馬一頭、これは汗馬でなければならない! ひとつ、身の安全、これは関を抜けるまでの安全の保証を要求するものである! ひとつ、身代金、これは……」
- 714 名前:真・恋姫無双 外史 「繋風捕影」(後編 2/14)[sage] 投稿日:2009/02/02(月) 22:08:17 ID:S6NWCz9X0
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などという、少し考えれば支離滅裂だと分かりそうな要求を突きつけている男の両腕に、抱えられるようにして風と桂花は捕らえられていた。
「我々なんて言ってますけど、要求が馬一頭ってことは、たぶんこの方お一人なんでしょうねー」
「〜〜〜〜〜〜ッ!」
「はいはい、桂花ちゃんどうしました? ええと、何々?『いやぁっ 男の臭くてむさい腕が、胸毛がっ、私に触れて、汚いいぃ』ですか。いやはや、それは困りましたねぇ」
暴漢の手中にあるにも関わらず、風は対して困った様子もなく、のんびりと言った。
それに対して、桂花は手足をじたばた動かして抵抗を見せている。嫌悪の対象である男に抱えられるなど、彼女には耐えられないのだ。
が、そうして動いた拍子に、身振りを交えて口上を述べていた男の手が、偶然彼女の胸に触ってしまう。
「○△×%♯$!」
「落ち着いて、桂花ちゃん。桂花ちゃんはもう孕んでますよー」
一方、片手で持った曲刀を桂花の首筋に当ててがなり立てている男に、一刀と沙和は動けないでいた。
「くそっ!」
いや、一刀は動こうとするのだが、
「駄目なの! 隊長落ち着いて! 沙和と隊長じゃ、二人を無事に助け出せる保証がないの!」
その度に沙和が押しとどめているのだ。
「秋蘭さまか、せめて凪ちゃんなら二人を無傷で助け出せると思うけど、沙和の腕前じゃ難しいの……」
沙和とて曹魏の戦列に名を連ねる武将、ごろつき程度の黄巾残党に後れを取るなど有り得ない。
だが、人質となった妊婦二人を傷つけずに助けるとなると、並の技量では不可能だ。
「凪は!?」
「さっき呼びに行ってもらったの。でも、ここに来てくれるまでどれだけかかるかは……」
「じゃあやっぱり俺達で……っ!」
「だからそれは駄目なのっ! もし二人が無事でも、お腹の中の子供に何かあったら取り返しがつかないことになるの!」
「くぅ」
悔しさで目の前に真っ赤になるのを感じながら、一刀は力の限り男を睨む。
そして続けて人質となった風と桂花を見る。
風は落ち着いて男の腕の中で大人しくしているが、桂花といえば、手足を暴れさせ、必死になって男の腕を振り解こうと足掻いている。
- 715 名前:真・恋姫無双 外史 「繋風捕影」(後編 3/14)[sage] 投稿日:2009/02/02(月) 22:11:27 ID:S6NWCz9X0
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追い詰められた男が、暴れる人質にどんな行動を取るか――いくつかの可能性が一刀の脳裏をよぎっていく。
男の手にした剣が、嫌にぎらぎらと光を反射しているように、一刀には感じられて仕方がなかった。
「何か、何か俺たちにできることはないのか……っ」
男、風、桂花。
うめく一刀が何か無いかと血走った目でもう一度三人を見たとき、丁度顔をを上げた桂花と目が合った。
目尻に涙を溜めた桂花の目には、怒りと羞恥と、はっきりとした闘志が宿っていた。
桂花が深呼吸をする。
一刀の脳裏に、嫌な予感が広がる。
「う……」
桂花が口を開く。
そのとき一刀が叫ぼうとしたのが『やめろ』だったのか『早まるな』だったのか『落ち着け』だったのか、当の一刀にも分からない。
ただ、その叫びよりも早く、桂花の叫びがあったのは確かだ。
それは――
「産まれるううううううううううううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
真に迫った、否、真実以上に尤もらしい、産気づいた妊婦の雄叫びだった。
「う、お、うぉ!?」
「あ、赤ちゃんがっ、赤ちゃんが今すぐ生まれるうううぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
さすがに人質がいきなり往来で産気づくなど想像だにしなかった暴漢は、へたり込んだ桂花から思わず手を放してしまう。
そんな様子を冷静な目で見守っていた者が、遅れて意図に気づいた一刀より先に横から飛び出し、猛烈な勢いで桂花へ走った。
そして、
「人質確保、なのーーーーっっ!!」
- 717 名前:真・恋姫無双 外史 「繋風捕影」(後編 4/14)[sage] 投稿日:2009/02/02(月) 22:14:46 ID:S6NWCz9X0
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沙和は桂花を抱きかかえ、その場からずさーっと一気に走り抜けた。
電撃的な作戦。人質の安全圏への離脱。
打ち合わせ一つせずに、目線だけで成立させた、軍師荀文若の見事な策であった。
己の策の成功に、桂花は目尻に涙を残したまま、暴漢をせせら笑った。
「ふふん。男なんてやっぱり頭が足りてない低脳ばっかり。みんな死ねばいいのよ」
このような場合、まずは人質の数を減らすことこそが肝要。
そのうち、まず最初に救出されるのはより身重である桂花が望ましい。
一方残された人質も、犯人にとっては替えの効かない大切な交渉材料になる訳で、二人いるよりも一層安全性が高まる。
実に理に叶った策。
もちろん、風もそのことは把握した上での実行だった。
――だが、桂花はここで一つ読み違えをした。
「はぁ!? ちょっとっ! なんでそうなるのよ!? 馬鹿なのっ!?」
それは、桂花らしくもないミスだった。
桂花が相手にしているのは、思慮深い歴戦の将兵でもなければ、軍略名高い著名な策士でもない。
そう、相手にしていたのは、どうしようもない愚か者であることを、彼女は見落としていたのだ。
「ち、畜生! どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがってっ!」
激昂して叫んだ男が剣を振り上げたのは、桂花の思惑の外。
損得の勘定ができるなら、自分に残された最後の人質に危害を加えることなどはまず有り得ない。そんなことをしても何も変わらないし、逆に男にとっては状況が悪くなるばかりである。
だというのに、
「思い知れぇ!」
男はそのようなことを考えもせずに、ただ激情のみを刃に乗せて、勢いよく振り下ろす。
凶刃が、奔る。
- 718 名前:真・恋姫無双 外史 「繋風捕影」(後編 5/14)[sage] 投稿日:2009/02/02(月) 22:17:21 ID:S6NWCz9X0
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剣を掲げた男を前に、それでも風は落ち着いて、見透かすような眼を男に向けた。
死期を悟った動物がときおり見せるガラス玉の瞳で、風はただそれを見上げる。
顔を真っ赤にした男の、悪鬼の形相。
掲げられた剣の、光を反射する様。
天に高く高く、蒼穹の青。
それらを見上げて、風は天意を思う。
日輪を支える夢、あれはまさしく天意であったに違いない。
ならば、自分が華琳に仕え、その覇道の手助けをすることも天意であったに違いない。
今の自分を形成する様々なもの、嬉しかったこと悲しかったこと、全ては天によって導かれた結果。
そして、ここで自分が果てるのならば、それもまた天命。
やり残したこと、言い残したこと、正直に言えば心残りは無数にある。
しかしそれらを飲み込んで、風は天の意志に従おうと思った。
突然、視界を遮るように、誰かが覆い被さってくるまでは。
――そして剣は振り下ろされる。
- 719 名前:真・恋姫無双 外史 「繋風捕影」(後編 6/14)[sage] 投稿日:2009/02/02(月) 22:20:35 ID:S6NWCz9X0
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最初に分かったのは、誰かが自分を庇ってくれたということ。
続いて分かったのは、その誰かの胸から、深々と銀色が生えていること。
次に気付くと、その誰かは風の足下に俯せで倒れていた。
何が起きたかなんて、分かってます
風は手をゆっくりと動かし、自分の頬に伸ばした。
そして自分の頬にかかった、温かいぬるりとした液体に触れる。
触れた手を、見た。
これが現実だって、分かっています
べっとりと手についたその色は、どうしようもなく黒く、赤く、まるで血の色で。
ゆっくりと降ろした視界の先にも同じ色がじわじわと広がっていて。
そこに倒れていたのは
それでも、目を背けることで、奇跡が起こることを祈って
「お兄さん?」
風は目を閉じます
『――――よかろう、ならば貴君を新たな外史の礎としようぞ』
最後に風は、そんな声を聞いた気がした。
終幕
- 723 名前:真・恋姫無双 外史 「繋風捕影」(後編 7/14)[sage] 投稿日:2009/02/02(月) 22:23:38 ID:S6NWCz9X0
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「ぅ……」
一刀はズキズキとした頭の痛みと、肺を圧迫される息苦しさで目を覚ました。
「目が覚めましたか、お兄さん」
自分にかけられた声で、微睡んでいた意識が急速に覚醒していく。
(……ああ、朝か)
誰かが動く気配がしたかと思うと、窓を開け放ったのだろうか、ふわっとした風と共にまばゆい陽光が差し込んでくる。
「お、はよう……?」
正直痛いほどの日の光に目を瞬かせた先には、こちらをみている風の姿。
彼女はこちらに穏やかに笑いかけると、ゆっくりと腰を下ろした。
さっきまで編んでいたのだろうか、横の机には毛糸玉と編み棒が置かれている。
「お兄さんは丸一日と半分、寝ていたのですよ。だから今は朝なのです」
『丸一日と半分、寝ていた』
その言葉で、一刀の断片化された記憶が組み合わさっていく。
朝起きて、風と戯れて、桂花も連れて買い物に出かけて、結構な時間待たされて、遅いお昼ご飯を三人で食べて、沙和に会って、それから……
途端に一刀はがばりと起き上がった。
「そうだ! あの男は!? 二人とも大丈夫か!?」
桂花の機転で人質が風だけになった途端、男が怒りにまかせて剣を振り上げた。
そこまでははっきりと覚えている。
助けなくてはと思い、無我夢中で走って……そこから先の記憶が霞がかかったようにおぼろげだ。
- 726 名前:真・恋姫無双 外史 「繋風捕影」(後編 8/14)[sage] 投稿日:2009/02/02(月) 22:26:43 ID:S6NWCz9X0
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「はい。風も桂花ちゃんも、お腹の赤ちゃんも、みんなみんな無事なのです……お兄さんは風を助けてくれたのです」
起き上がった一刀の両肩に、そっと手を置いて再び横にさせて、風が言う。
「怪我をしたのは、お兄さんお一人だけなのですよ」
その声色からは心配している風の気持ちが伝わってきた。
「……そっか」
それを聞いて安心したのか、一刀は大人しく横になった。
手を伸ばして先ほど痛みを感じたあたりを触ってみると、そこには包帯が巻かれているようだった。
「これは?」
「その場で沙和ちゃんが巻いてくれました。すぐに凪ちゃん真桜ちゃんも来て、あの場は脱がせや運べやの大騒ぎだったのですよ」
「そうかぁ……みんなに迷惑かけちゃったな」
自分を囲んで大騒ぎをしている沙和達を思って、一刀の心は申し訳なさで一杯になった。
と、そこで一刀は、傷の痛みと共に、自分が起きる契機となったものの原因に気づいた。
自分の布団の上にある、心地よい重さ。
一刀が寝ていた布団の上、そこには四匹の猫がしがみついていた。
「猫? 何でこんなところに猫が……って、あれ? この猫達どっかで見たことが……」
白い猫がみゃーと一声、手を伸ばして一刀の顔をぺしぺし叩く。
猫はそれぞれ白、黒、三毛、茶トラ。どうやら今まで一刀の胸の上で寝ていたらしいが、一刀が起き上がった拍子に目が覚めたらしい。
「お待ちなさい華琳。お兄さんはまだ病み上がりの身、可愛がって貰うのは後になさい」
「ああ、思い出した。あの時の猫か……」
そう言って一刀は体を軽く起こし、ひょいと白猫を抱き上げた。
その猫は、以前一刀が風と街で出会ったときに構っていた猫達に違いなかった。
「でも、何でこの猫達が城の中にいるんだ?」
「それは勿論、風がご招待したからに決まっているのですよー」
「あ、そうなんだ」
それはそれで、城の中には華琳や春蘭を含めて可愛いもの好きが多そうだから、見つかったら猫達が大変だろうなぁと、そんなことを思いながら白猫の顎の下をうりうりと撫でてやった。
- 728 名前:真・恋姫無双 外史 「繋風捕影」(後編 9/14)[sage] 投稿日:2009/02/02(月) 22:30:22 ID:S6NWCz9X0
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「むー、お兄さんが華琳ばっかり可愛がるから、桂花が不満顔なのですよー」
風がそう言って指さした先には、一刀に尻尾を向けて丸まっている三毛猫がいた。
「……やっぱり名前は、みんなの名前なんだ」
「ちなみにこちらのお兄さんにだっこされてる華琳を物欲しそうに見てるのが春蘭。他の子がお兄さんに構って欲しくて仕方がないのに、一匹だけ桂花にべったりなこちらが一刀です。
こら一刀、お前ときたらいつもいつもメス猫の尻を追いかけてばかり、とんだ雌ったらしめ、なのですよ」
「……俺、風に恨まれるようなこと、何かしたっけ?」
「ぐぅ」
「寝るなっ!」
言って一刀は寝るなチョップ。
「おおっ」
そんないつものやり取りに、二人はあははと笑顔を返す。
そこでまた一つにゃあの鳴き声。
見ると一刀二号(?)に春蘭二号(?)がすり寄っているところだった。
どうやら一刀二号、モテモテのようである。
「これこれ風。お兄さんからすぐに一刀に乗り換えるなんて、尻軽な女は嫌われますよ」
「あれ? その猫、さっき春蘭って言ってなかった?」
「そうでしたっけ?」
そう言って風は風二号のお腹を撫でてやった。それだけで風二号はお腹を上に向けて、ご満悦のポーズ。
「にゃあ、にゃあ、にゃ〜あ」
風は猫の声真似をしながら続いてお腹、喉を優しく撫でた。
その光景を見ながら
「やっぱり、風は猫っぽいよ」
思ったことを口にした。
- 730 名前:真・恋姫無双 外史 「繋風捕影」(後編 10/14)[sage] 投稿日:2009/02/02(月) 22:35:34 ID:8h/nLLCN0
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すると、風は手の動きを止めて一刀を見た。
「お兄さん。それは風のボテ腹をもてあそびたい、そういう特殊な嗜好のあらわれですかー?」
「いや、違うから」
「ボテズリ好きとは、業の深い趣味をお持ちで……」
そう話している間にも、布団の上の様相は刻々と変化していく。
寝ている三毛猫(桂花)にすり寄っていた茶トラ(一刀)だったが、寝ていた桂花がうるさいとばかりにその顔に猫パンチ。ちょっとうなだれた風の一刀に、黒猫(風)がすり寄って……今は一刀と風がじゃれ合っている。
「うーん。なんかこういうの、和むなぁ」
「そうですか? でもお兄さんも、この猫さんたちのドロドロした愛憎関係を知ったら、きっとそんな純真な目では見られなくなってしまうのですよ」
「何それ!? でも聞きたくない!」
「例えばですね。その華琳など、先ほどからお兄さんの抱擁を独り占めしている訳ですが、一方で先ほどまで風達を……」
「うわー! 聞きたくない! 聞きたくないけど、両手が塞がってるから、耳をふさぐこともできない!」
そんな風に言いながら、笑う一刀。
それを見ながら、風は黒猫を抱き上げた。
「特に、この風は悪い子なのです」
「うん?」
平坦な声。普段以上に淡泊なその声に、一刀は猫を撫でる手を止めた。
「風は……一刀のことが、大好きなのです。でも、一刀はみんなのことが大好きなのです。一刀にとって風は、大好きなみんなの一人に過ぎません。それでも風は最初、それでも良いと思っていたのです」
「……うん」
「風だってみんなが大好きです。華琳も桂花も、みんなのことが好きです。でも、一刀がずっと桂花や華琳を構ってるのを見て、心にとても、嫌なものが広がることがあります。風だってそれが何なのかくらいは知ってます。それは……嫉妬なんです」
「……うん」
「一刀はみんなが好き、風はそんな一刀のことを好きになったはずだったのに、いつの間にか、そんな悪い気持ちを抱くようになってしまったのです。だから、風は悪い子なのです」
- 735 名前:真・恋姫無双 外史 「繋風捕影」(後編 11/14)[sage] 投稿日:2009/02/02(月) 22:38:34 ID:8h/nLLCN0
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聞いて、一刀は先日の風を思い出した。
どこか物思いに沈んでいるような、そんな様子の風。
良く思いだしてみれば、あれは自分が桂花とばかり話していた直後だったのではないだろうか。
「風は……一刀を独占したいと思っている、悪い猫なのです」
そう小さく呟いた風は、とても儚げで、捕まえていないと幻のようにかき消えてしまいそうだった。
だから一刀は
「風!」
手を伸ばして風の体を捕まえて、そのまま彼女を抱きしめた。
それだけで風の臭いふわっと鼻腔をくすぐってくる。
放り出された白猫が抗議の鳴き声をあげたが、それも構わない。
優しくなんて無い、ロマンチックでもない。ただありのままの気持ちをあらわしたその行動に、風は目を丸くする。
抱きしめた一刀の腕は力強く、風をしっかりと掴んで離さない。
「お兄さん?」
身じろぎした風が問いかけても、一刀は答えず彼女を抱きしめ続ける。
風の体温、風の匂い、風の柔らかさ、風の鼓動を確かめるように。
風がどこかに行ってしまわないように。
「その猫はさ……本当に皆が好きで、皆のことが大好きで。でもそいつすごい馬鹿だから、寂しい思いをしている猫がいるなんて思いもしなかったんだ」
「……猫の、話ですよ?」
「それでも、ごめん……」
強く風を抱きしめる。
すると、一刀の胸に何かが押しつけられた感触が伝わってきて、そこから少し篭もったような彼女の声が聞こえた。
- 740 名前:真・恋姫無双 外史 「繋風捕影」(後編 12/14)[sage] 投稿日:2009/02/02(月) 22:41:10 ID:8h/nLLCN0
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「謝らないで下さい……。風は……風は悪い子なのです。こんなことを言ってもお兄さんの重荷にしかならないと分かっているのに、言わずにはいられなかった、悪い子なのです」
まるで全ての音が消えてしまったような瞬間。
抱かれた胸の中、風の告白が聞こえた。
一刀にはいつもマイペースなはずの彼女が、震えているように、泣いているように感じられた。
「……風が悪い子なら、俺は駄目な奴だ。風がそんな気持ちでいること、全然気づいてやれなかった俺は、最低だ。風のこと、好きだとか言っておきながら、風の気持ちなんて考えて無かった俺が最低だ」
一刀は風に幸せでいて欲しかった。子供を宿した今を、最高に幸せなときでいて欲しかった。
それなのに、現実は違った。
いつから風はそんな気持ちを抱いていたのだろうか。
桂花や華琳ばかりにかまけている自分を、どんな気持ちで見つめていたんだろうか。
誰にも打ち明けられずに、どれだけ悩んだんだろうか。
一刀には分からない。
分からないから、それを埋めるだけ、風を抱きしめようと思ったのだ。
いや、抱きしめるだけでは終われない。
精一杯の気持ちを伝えたくて、一刀は自分の唇を風の唇に重ねた。
ついばむような稚拙な交わり。
恋人同志の甘いキス。
それから一呼吸、一刀はゆっくりと唇を離した。
そして佇まいを直して、彼女の目をしっかりと見た。
- 743 名前:真・恋姫無双 外史 「繋風捕影」(後編 13/14)[sage] 投稿日:2009/02/02(月) 22:44:38 ID:8h/nLLCN0
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「……大事なこと、風にきちんと伝えてなかった。だから、今言うよ」
両手を風の肩に置いて、一刀は言う。
「北郷一刀は風のことが好きだ、大好きだ。心の底から……」
そこで区切る、そして深呼吸一つ。
「風のこと、愛してる!」
大きな声で――きっと外にまで聞こえたであろう声量で――一刀は言った。
「お兄さん……」
「みんなのことが好きだけど、そのことで風が寂しいと感じるなら、風が寂しいと感じないくらい、いっぱい風を愛してみせる。風が寂しいとか、悲しいとか、苦しいとか、そう思ったら、いつだって直ぐに風の為に駆けつける。だから……っ!?」
一刀が言葉を続けるよりも、その唇を今度は風が奪っていた。
瞬間驚きに見開かれた一刀の目が、すぐに柔らかなものへと変わる。肩に置かれた一刀の手が風の背中をそっと包む。
今度の口づけは、長く、せつなく。
お互いの気持ちを確かめ合うような、そんなキス。
二人が唇を離すと、一刀には風の頬が紅潮しているのが分かった。
きっと自分も同じくらい赤くなっているのだろう。
だが、一刀は臆せず進む。
「我が儘かもしれないけど俺は風の全てが欲しい。どんなことだって、風のことなら受け止めてみせるから。だから、苦しいことも嬉しいことも、悲しいことも楽しいことも、全部、一緒に背負わせて欲しい」
そう言って、一刀は手のひらを上に、右手を差し出した。
誤魔化しのない、本気の告白。
その言葉に、風は直ぐに答えようとした。
しかし、
「風は……」
- 746 名前:真・恋姫無双 外史 「繋風捕影」(後編 14/14)[sage] 投稿日:2009/02/02(月) 22:47:46 ID:8h/nLLCN0
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と、そこで言葉が詰まった。風自身は言葉を続けようとするのだが、なぜだかそれ以上声が出なかった。
必死に続けようとする風。
言わなくては、伝えなくてはと思う。
それなのに、声が出ないのだ。
だが風の眼前、一刀はそんな彼女の様子を見ながらも、じっと続きを待っていた。
慌てることなく、揺らぐことなく、自然体で、静かに風の言葉を待っていた。
どんなことでも受け入れてみせる。そんな巌の覚悟を、風は一刀の中に見た気がした。
風はそんな一刀の様子を見て、強張っていた心が優しくほぐされていくのを感じた。
声が出なくなったのは強い恐れを抱いた為。全てをさらけ出して、それで拒絶されることを恐れた為。
けれど、一刀の目を見た今なら言える。
安心して言える。
何を言っても、きっと目の前の一刀は受け止めてくれる。
一度そう思うと、口からは思ったことがすっと出てきてくれた。
「風の全ては……お兄さんのものなのです」
風は一刀をまっすぐ見返した。
そこにいるのは、少しぬけてて、とてもえっちで、いつも誰か、女の子と一緒にいる、そんな人。
けれど、自分を心から愛してくれている、そんな男性。
「風の心も、体も、綺麗なところも、そうでないところも、全部が全部、お兄さんのものなのです」
そうして彼女は、大好きな、北郷一刀の大きな手を取って、
「愛しています。お兄さん」
咲き誇る花のような笑顔を返したのだった。
終
- 751 名前:メーテル ◆999HUU8SEE [sage] 投稿日:2009/02/02(月) 22:52:48 ID:8h/nLLCN0
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わたしの名はメーテル……投下終了を告げる女。
投下支援、有り難う。とても助かったし、嬉しかったわ……
次に、面倒な校正作業に付き合ってくれたエメラルダスに感謝を。
さて、この外史はこれでおしまい。
そろそろ次の外史行きの列車が出るわ、いきましょう、鉄郎……