「まだまだ平和かなと思ってたけど、確かに日本も治安が悪くなったわね」
夜、近所のお婆さんが引ったくりに会うのを目撃し、追跡の為に駆け出しながらそう呟く。
「お婆ちゃん、少し待ってて。取り返して来るから!」
「あぁ、いいんだよ雪蓮ちゃん。お金だけで事が済むな…」
返事を聞く所か、言い終わる前には既に姿が見えなくなっている女性。
数多い友達からは、色々と危ないから少し控えた方が良いと親切な忠告をうけている。
だが、物心ついた時からの体が先に動く性格がそうそう直る訳もなく引ったくり犯を追いかける。
「こら!待ちなさい!」
追われてると判った引ったくり犯は“逃げる者達の為の場所”と言われてる所に文字通り逃げ込む。
そこは分かれ道が多く、曲がり角も多い為に見失い勝ちになり逃げ切れる場所だ。
特に追いかける側が一人ならば。
「待ちなさーい!」
普段なら終わってるはずの逃走も、今回の追跡者に限って一向に巻けない。
追跡用のレーダーでも有るのか?と疑う程だ。
そして、焦りからか逃走者達が“行ってはいけない場所”に着いてしまう。
つまりは『行き止まり』である。普段の倍は走った引ったくり犯は肩で息をしながら振り返る。
「あら?もう終わり」
と、声をかけてきた女性の呼吸が乱れて無いのが引ったくり犯を苛ただせた。
「どうやって着いて来た?」
疑問を口に出す。
「走ってよ、流石に飛べないわよ」
「惚けるな!明かに姿が消えたのが最低で4・5回は有った!どうやって“間違わず着いて来た!”」
自分の姿が見えない状態での3択以上の追跡を見事全問正解してきた女性に怒鳴る引ったくり犯。
「ああ、それなら勘よ」
あまりに自然なので事実なのだろうと判ったのだが、その事実に驚愕した。
「デタラメめ!」
いっそう倒すかと考えたが、実はそこそこ“心得が有る”だけに目の前の女性がまともにやっても敵わないと悟る。
すると窮鼠猫を噛むとは良く言ったもので、懐に手を入れると何かを取り出す。
本格的に身構えた女性、刃物ごときでは臆するつもりは無かったが。
「あら〜、本当に治安が悪くなったわね、今の日本」
懐から出てきたのは拳銃だった。
これで並大抵の猫なら逃げ出して終わっていたが、引ったくり犯に取っての不幸は相手が猫ではなく虎だった事だろう。