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86 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2009/01/11(日) 12:44:19 ID:7EYS2W6/0
「ふんっ、ふんっ……」
 びゅっ、びゅっ、……
 声交じりの吐息と、木刀が風を切る音が同調して、一定のリズムで繰り返される。
 北郷一刀が外に出ると、そこには夜空の下、素振りを続ける文醜こと猪々子の背中が見
えた。
「おい」
 少しギョッとして、一刀は猪々子に声をかけた。
 すると猪々子は素振りを止め、一刀の方を振り返る。
「なに?」
「なに、じゃないって。っていうか、それは俺の台詞だし。何やってんだよ、こんなとこ
で」
 きょとん、として、素で聞き返す猪々子に、一刀は言いながらやれやれとため息をつい
た。
「見りゃわかるっしょ、素振りだよ、素振り」
 ニシシ、と意味もなく得意そうに笑いながら、猪々子はそう言った。
 すると、一刀はもう一度、ふぅ、と、ため息をついた。
「素振りって……この国に戦はないんだぞ?」
 しかし、一刀の答えに、猪々子は逆に、彼女にしてはかなり真剣な表情になると、目を
剥くようにして、言い返してきた。
「そりゃそーかもしれないけど、でも、物騒な事がないわけじゃないっしょ? てれぴと
かいうのでも毎日の様にやってるじゃん、人が殺されたり、強盗が出たり」
「う、ま、そりゃそうかもしれないけどな……」
 関羽、張飛といった有名どころからすれば端くれに近いとは言え、曲がりなりにも三国
志の英傑の1人が、現代日本の犯罪者程度に必死になるほどではないだろう。少なくとも
一刀はそう思った。
「あたいは……もうあんなことになるのは嫌だし……」
 猪々子はらしくなく、だからこそ余計に沈痛に見える面持ちで、俯いた。
87 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2009/01/11(日) 12:45:33 ID:7EYS2W6/0

 頭が痛い、割れるように痛い。
 貂蝉と、干吉とか言うメガネの男が何か言っている。よく聞き取れない。
 視界がまぶしい光でぼやける、意識が白濁する。
 貂蝉が何か言っている。だが、聞き取れない。頭痛はまるで全身に広がったかのように、
全身に引きつるような、激しい痛みが意識を支配する。何も考えられない────
 ドガァッ
「てめぇらー!! アニキに何をしたぁっ!?」
 一際通る声。
 視界の隅に、天井を突き崩さんばかりの斬山刀の切っ先が見える。
 少しだけ、意識が引き戻された。
「もう遅い、この物語の幕は今、下ろされる。止めようはありません!」
 干吉が言う。だが、そんなことはかまわないかとでも言うように、怒鳴り声の主は、う
ずくまった俺めがけて駆け寄ってくる。
「しっかりしろ、アニキ!」
 ────なんだよ、こんなときにマジになんなよ、いつもヘラヘラしてるくせに。麗羽
に無茶言われても、愛紗に怒鳴られても、俺と抱き合ってるときだって笑ってるのがお前
のいいところだろ、なあ、猪々子?
 ヒュンッ、ドガッ
 打撃音が聞こえる。だが猪々子はかまわず、俺めがけて駆けてくる。斬山刀を利き手片
手で持ち、もう一方の手を俺に向かって伸ばしてくる。俺はその手に向かって────
「猪々子、いいしぇぇ!!」
88 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2009/01/11(日) 12:47:22 ID:7EYS2W6/0

「やっぱ……まだ辛いよな、特にあの2人の事は……」
 一刀は言い、3度目になるため息を重々しくついた。
「あ、えっと……」
 猪々子は顔を上げると、決まり悪そうに苦笑した。それから、少し目を伏せがちにも微
笑んで、
「辛くない……ワケじゃないけど、まぁ、あの2人なら多分消えたりなんかしてないっしょ」
 と、そう言ってから、後頭部に手を回したポーズでおどけたようににまっと笑った。
「おいおい」
 一刀は呆れ気味に苦笑する。
「一刀だって、特に麗羽様なんか殺したって死ぬような人間じゃないって良く知ってるっ
しょ?」
「いや、まぁそんな気はするけどな」
 一刀は麗羽の縦ロールと高飛車笑いを思い浮かべ、苦笑しながらそう言った。
「で、麗羽様は1人じゃなーんにもできないから、自動的に斗詩も無事、ってね」
「そんなんありか……ってか、仮にも主君にそんなこと言っていいのか?」
 ケタケタと笑う猪々子に、一刀は呆れ口調でそう言った。
「そう言われても、あたいたち、これでやってきたからねぇ」
 猪々子はあっけらかんとしてそう言った。
「まぁ、猪々子がそう思ってるならいいさ。……でも、それならなんで、こんな事を?」
 笑顔につられて、さらりと流しかけた一刀だったが、話の本題を思い出す。
「ん……その……」
 猪々子は急に気まずそうな顔になり、一刀から視線を逸らした。
「あたいが気にしてるってのは、むしろどっちかって言うと一刀のことなんだけど……」
「俺の?」
 猪々子の言葉に、一刀はきょとん、とする。
「あのときあたいがもっと強ければ……もっとうまく立ち回れれば、もっといい結末があ
ったんじゃないかと思って……」
「おいおい」
 猪々子は苦々しく苦笑しながら言う。
89 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2009/01/11(日) 12:49:32 ID:NBE1R0KV0
「良いも悪いも、あの状況から結末を選ぶなんて状況じゃなかったぞ?」
 一刀はきょとんとした表情のまま、問い返すように言う。
「それはそうかもしれないけど……ただ……そう」
 ためらいがちに、猪々子は言葉をにごらせる。
「なんだよ、らしくないな。いつもみたいにズバッと言ってくれよ」
 一刀は痺れを切らしたように、言った。
「いや、一刀は別の娘を好いている、って聞いてたからさ」
 気まずそうに、手を紛らわせるために利き手で頬を描きながら、言った。
「えっ?」
 一刀は軽く驚いたように、短く声を出す。
「関羽とか、他にもっと関係の深い相手っていたんだろ? それなのに、一刀にはあたい
1人……」
 猪々子は言い、困り気に語尾を濁して、ため息をついた。
「…………」
 一刀はしかし、呆然としてしまった。
「な、何ぼけっとしてるの、一刀、ってか、その珍獣を見るような目はなんなのさ!」
 一刀の沈黙に、先に猪々子の方が耐えられなくなったように声を出した。
「いや……猪々子も女の子なんだなーと思ってな」
 一刀は、ようやく絞り出したかのように言う。
「うわ、ひっど。確かにあたいはガサツで色気もないけどさー」
「そうじゃなくて、な」
 猪々子は腕を組んで、少しむくれた様に言う。すると、一刀はそっと猪々子に近寄り、
頭を撫でた。
「な、何?」
 一瞬、身構える猪々子。
 だが、一刀はあくまで柔らかい口調で、言う。
「俺が求めたから猪々子はここにいるんだろ」
「えっ?」
 一刀の言葉が、一瞬理解できなかったかのように、猪々子は声を上げた。
90 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2009/01/11(日) 12:50:01 ID:NBE1R0KV0
「そりゃ、付き合いだけなら、愛紗や鈴々の方が長かったさ。でも、俺の心の中では猪々
子の方が大きかったんだよ。だから、俺は猪々子のこの世界に引っ張ってきちまった」
「でも、でもあの時、手を伸ばしたのがあたいじゃなくて、他の誰かだったら……」
 しんみりという一刀に対し、猪々子はしかし、戸惑いがちに言い返す。
「俺は、それも含めて、あるべき結末になったんじゃないかと思うけどな」
「…………」
 一刀が言うと、猪々子は言葉に迷う。
「それは……後悔してないってこと?」
 わずかにおいてから、猪々子は一刀にそう訊ねた。
「少なくとも猪々子がここにいることに、不満はないってこと」
 一刀はそう言うと、不意を突くように、正面から軽く、唇を重ねた。
「!?!?」
 突然のことに、猪々子は目を真ん円くして、一瞬置いてから、顔を真っ赤にした。
「い、いきなり恥ずかしいこと、するなよぉ」
 面食らったような表情で、猪々子はそう言った。
「ははっ、でも、納得はしてくれたか?」
 悪戯っぽく笑いつつ、一刀は訊ねる。
「いちおーは。つまり、一刀はあたいがそばにいなきゃ駄目だってことっしょ?」
「そういこと」
 悪戯っぽく言った言葉に、一刀が即答すると、猪々子はいつもの様にニカッと笑い始め
た。
「それじゃ麗羽様といっしょだね」
「おいおい……」
 一刀は、そりゃないよ、とまで言いかけて、飲み込む。
「さ、もう遅いから、とりあえず中に入ろうぜ」
「んっ」
 一刀が微笑みながら言うと、猪々子はうなずいた。
 踵を返す一刀の懐に、猪々子はすっ、と、潜り込むように寄り添った。
「お、おい……」
「いいっしょ? 一刀だって、こー言うの望んでたんじゃないの?」
91 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2009/01/11(日) 12:52:06 ID:NBE1R0KV0
 一瞬、狼狽した一刀だったが、猪々子が振り返りつつ自分の顔を見上げながら言うと、
そのまま毒気を抜かれてしまう。
「ま、いっか」
 そのまま、一刀が猪々子をエスコートするように、2人はその場を去っていった。
92 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2009/01/11(日) 12:53:29 ID:rM2EbryB0
>>86-91
以上、捏造文醜エンドアフターでした。
途中でID変わってるけど、これも含めて間違いなく本人です。鳥つければよかったorz

無印だと3人組で鉄板なので、ピンでこういう話書くのはちょっと気がひけてたんだけど、
真ではあたいのとかいってるし、まぁいいかなと。

しかしピンでHシーン欲しかったなぁ。斗詩もだけど。

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