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861 名前:825[sage] 投稿日:2009/01/05(月) 01:52:09 ID:uGglCY7b0
>>849-857
レスありがとう。期待に応えてがんばってみたよ。
だけど、今日中に終わりそうにもなく……というわけで中編ということでどうぞご勘弁を。

エロ持ち越し、無駄にシリアス風味の中編、いざ。
862 名前:桂花の乱(中編 1/12) [sage] 投稿日:2009/01/05(月) 01:56:16 ID:uGglCY7b0
「次」
 稟の声が殿舎に響く。
 朝議はいつもの通り、滞りなく進んでいた。
 いつもと違う点というと――。
 ちらりと、桂花の方を見る。
「っ」
 ちょうどアイツも俺の方を見ていたようで、ものすごい勢いでソッポ向かれた。
「なんだかな」
 普段なら、華琳が昇極するとその傍には桂花が侍し、議を進めていくのだが、
 今日は何故か稟が進めている。当の桂花はというとさっきからあんな感じだ。
「饅頭の拾い食いでもして調子くずしたんじゃないだろうな……」
 蜀から伝播してきた饅頭という食べ物が最近ちょっとした流行りで、
 桂花もその分に漏れない。特に大好物、というわけではなさそうだったが、
 さりとて嫌いというわけでもないらしい。
「あいつ意外と意地汚いところがあるからな」
 ちょっと心配だった。
 もう一度、桂花の方を見ると、今度は噛みつかんばかりにこっちを威嚇していた。
 その様子を察するに――、
(失礼なこと考えてるんじゃないでしょうねっ!!)
「といったところか」
 どこまで勘がいいんだ。野性児か何かか、アイツは。
 そんなふうにして桂花と目と動作で会話をしていると、途端、目の前で雷光が迸った。
「あいたっ!?」
 雷光の正体は、稲妻のような速度で飛来した扇。俺の額に見事命中。
 立ち上がって文句のひとつでも言ってやろうとその軌跡の元をたどると、
「朝議中に何をやっているのかしら!?」
 仁王立ちした華琳が鬼の形相を浮かべていた。
「あ、いやその……」
(ふふふっ、馬鹿ね)
863 名前:桂花の乱(中編 2/12) [sage] 投稿日:2009/01/05(月) 01:58:49 ID:uGglCY7b0
 嬉しそうに笑う桂花だったが、華琳がそれに気づいていない筈もない。
「桂花も。あんまり調子に乗ってるとお仕置きを通り越して空箱送るわよ」
「ひぅっ、華琳様それだけはご勘弁をっ!?」
「なら真面目に朝議に参加しなさい」
 幾分不機嫌さを纏いながら着席する華琳。その目端にとらえられた稟は、
 主の言いたいことを察して、万事抜かりなく後を継ぐ。
「桂花どの。次は貴殿の番だ。何か弾劾事があるとおっしゃっていたが……」
「そうよっ!!」
 華琳に叱られてしょげていたときとは一転、気勢をあげ桂花が立ち上がる。
「この大切な朝議でお時間をいただいたのは他でもありません。
憂慮すべきひとつの事柄がついに現実になってしまったことにどう対処するか、
そしてその根源となってしまった対象をどう処分するか、それを討議したい
と思ったからなのです」
 何を言い出すのかと固唾をのんで見守る諸将を睥睨して、桂花は続ける。
「そもそもからしておかしいのです。華琳様の山よりも高く海よりも深い慈悲が
あったとは言え、女性で占められている曹軍の高官に男が混じっているなどと。
これでは何か間違いを起こせと言っているようなもの。そして間違いは
起こすべきではないのです」
 辺りを見回していた桂花の視線が俺のところでぴたりと止まる。
「やはり俺のことなのか」
「ってそりゃそうでしょうっ!!?? 年中発情、全身摩羅男って言ったらあんたの
他にはいないじゃないのっ」
「年中発情、全身摩羅男って……」
 いきなりそんなふうに言われても、何とも言いようがない。
 そんな俺のつぶやきをさくっと無視し、いままでとは少し違う悲しげな表情を
桂花は浮かべた。
「曹軍の高官には華琳様やあたしをはじめ魅力的な女性ばかり。
海綿体系単細胞生物の脳味噌では所詮社会的規範を守ることなどできなかったのです……」
864 名前:桂花の乱(中編 3/12) [sage] 投稿日:2009/01/05(月) 02:00:28 ID:uGglCY7b0
 よよよと泣き崩れる様子を見せる桂花。言いたいことは山ほどあるが、とりあえず言い分を聞くか。
「そして先日、懼れていたことがついに起きてしまいました……」
 件の立札を掲げる桂花。
 そこに書いてあるのは、俺を告発する文章だ。
「そう、天の御使いを僭称する北郷一刀は魏の国内において女の子を
無理やり押し倒し、妊娠させてしまったのです」
 いままで桂花の声だけが響いていた殿舎にざわめきが沸き起こる。
そしてそれを引き裂く一声。
「妊娠ですって!?」
 立ち上がったのは華琳だった。
 高みの見物を決め込んでいたが、思いもよらぬことに理性より先に
感情が反応してしまった、という感じだった。
「あ、いや、なんでもないわ……」
 声の大きさと発言者の意外さに皆の視線が集中する中、華琳はめずらしく
口をもごもごさせながら席に座り直す。
「判ります。華琳様がお嘆きになられる理由、この文若よく判ります。
魏の乙女たちはすべからく華琳様のもの。それがクズ男の魔の手に
落ちたともなれば華琳様の胸の裡の苦しみ、いかほどのものか……」
 全部あんたが悪いのよ、という魔眼を向けられるが、それよりも
話の流れが見えてきて、俺は思わず嘆息してしまった。
 桂花とは一回だけやったことがある。
「あいつ、そんときのことを逆恨みしてやがるな」
 壇上では、桂花がいそいそと巻物を並べていた。その数、20。
「この20の巻物は、北郷の悪辣な所業とその弊害について記したものです。
華琳様を悲しみの奈落へと突き落したあんな国賊は今すぐ追放すべきとは
思いますが、諸官にも納得していただきやすいように20の理由を用意しました。
それでは読み上げます……」
 殿舎に桂花の朗々とした声が響き渡る。独特だけど、なかなかいい声だった。
話している内容が俺を弾劾するものじゃなきゃなお良かったんだろうけどな。
865 名前:桂花の乱(中編 4/12) [sage] 投稿日:2009/01/05(月) 02:03:43 ID:uGglCY7b0
「以上をもちまして、ニセ天の御使い・北郷一刀を魏国より
追放する理由とさせていただきます」
 高らか、というよりは厳かに、桂花は弾劾状を読み終えた。
「…………」
 そして、沈黙が下りる。
 桂花も言い終えたとばかり口を閉じており、あたりには静寂が広がっている。
 ま、順当に考えると、俺がここらへんで答弁しておくべきなんだろうな。
「う〜ん」
 どう返答するのが最も良いか考えるため、桂花がしゃべった内容を反芻する。
 まず、最初の10は、「その少女」がいかに悪辣に辱められたか、ということに
力点が置かれていた。
 ……膣に突き込まれた肉棒の様子とか、射精回数とか、その熱さとか。
 艶本も真っ青な桃色っぷりで、少女が悲惨といったさめざめとした雰囲気にはならず、
桂花を除くその場にいた全員がもじもじする、微妙な空気が殿舎の中を流れた。
 あとの10は、蜀呉との激戦が続く中、諸将から妊娠で戦列を離れる人間が出ることに
対しての警鐘だった。この状況下で能力ある人間を手放すのは確かに惜しい。
 明らかに前者が言いたいがための後者だが、言に意味を持たせるには
十分の論陣だった。曹魏百官のトップに君臨するだけのことはある。
「…………」
 長らく続く沈黙。周りからの視線も痛い。何でもいいから取りあえず発言しないとそろそろまずいな……。
 といっても何を言えばいいのか。
 あ、っとそう言えば
「誰が、妊娠したのかしら」
 俺が口を開くより、一瞬早く疑問が呈される。
「華琳様……?」
866 名前:桂花の乱(中編 5/12) [sage] 投稿日:2009/01/05(月) 02:05:49 ID:uGglCY7b0
「ねえ、桂花? いったい誰が妊娠したのかしら。今回の仕儀、一刀が女の子を襲って
孕ませたことより、相手がだれか、ということの方が重要だと思うのだけれど」
 そこは確定なのかよ……。
「そんな、嫌がる女の子を相手に乱暴を……」
「桂花、御託を並べるより前に、私の問いに答えるべきじゃないのかしら」
 華琳の静かな怒り。ひぅっ、とか細い悲鳴を口にして、桂花は首をすくめた。
「それは、そのぅ……」
「なぜすっと言えないの? まさか、本当は誰も妊娠してないのに、
一刀を排除したいがためにこんな茶番を仕組んだんじゃないでしょうね」
 何故か華琳は完全にSのスイッチが入っていた。百獣の王が獲物を
 追い詰めるように威嚇しながらじりじりとにじり寄っていく。
「滅相もありませんっ!! たしかに私のおなかにはっ……」
 言って口を押さえるが、もう遅かった。
「そう、桂花……一刀の子を孕んだのはあなたなのね」
 桂花は、悔しそうにくっと俯く。
「じゃあ、別にいいじゃないの」
 決然と顔をあげようとした桂花が毒気を一気に抜かれるほど、
何でもないことのように華琳はつぶやく。
「華琳様の言うとおりだな」
 うんうんと春蘭がうなずく。
「うむ。大ごとかのように言うから驚いたが……それなら何の問題もあるまいて」
 今度は秋蘭だった。顎に手を鷹揚に頷く。
「はあああああっ!!!??? 何馬鹿なこと言ってるのよ、問題大アリよ、
この私がっ!! 孕んでしまったのよ、よりにもよってあんなクズの胤を!!
あっていいようなことじゃないでしょ普通に考えて、この馬鹿馬鹿」
「ねえ、今なんて言ったの桂花? この私に向って? もう一度言ってみて……?」
「はぅうっ!? ち、ちがうんです華琳様、私が言ったのは華琳様に
ではなく、この国宝級の馬鹿姉妹にでして……」
「貴様〜、この私のどこが馬鹿だと言うのだっ」
「頭の天辺からつま先まで全部じゃないっ!!」
868 名前:桂花の乱(中編 6/12) [sage] 投稿日:2009/01/05(月) 02:12:24 ID:uGglCY7b0
「うるさい、馬鹿と云った方が馬鹿なんだぞっ、だから貴様の方が馬鹿だっ」
 子どもじゃなんだからさ。いささか呆れる物言いだったが、
 俺を援護してくれる内容には違いないので、心の中で軽めにつっこんでおくにとどめる。
「ガキの相手はこれだから嫌なのよ」
 ちっ、と露骨に舌打ちをしながら、ちらりとこちら――ではなく、
 その後ろの方にいた、凪たちに視線を向ける桂花。
「北郷隊の副官三人はどうなのよ」
「どうって……」
「言われてもな?」
 三人顔を見合せて、うなずく。
「ま、純粋におめでとうっちゅうかんじやな」
「ちょっぴりうらやましいけど、まずは、おめでとうなのー」
「はい。母体ともども健やかでありますように。武の神に加護を打診しておきます」
「ちょっとっ!? 意味不明なんだけどっ!?」
 桂花は訳が判らないという表情を浮かべて頭を押さえる。
「……肉棒、突き入れられて、白濁液が……ぶふっ」
 そしてその横で、ずっとぶつぶつ言っていた稟がついに決壊する。
ためこんでいただけに相当な量だった。
「衛生兵っ、衛生兵っ」
 取りあえず助けを呼んでおく。まったく、自分もすでに経験済みの割には
免疫のつかないやつだな。
「……桂花どのが一番乗りでしたか。重畳々々。次は誰でしょう、楽しみなのですよ」
 稟が衛生兵に連れられていくのを見送りながら、ひと事のように風がつぶやいた。
その様子が桂花の癇に障ったらしい。
「あんたまで……。朝議の前、あの馬鹿を「無理やりはダメ」とか罵ってたのは、何だったのよっ」
「…………ぐー」
「お決まりね!! いいから起きなさいよっ!!」
「おおっ、これはこれは冗談と本気の区別もつかない百官の長に絶望しかかって意識が飛んでしまったのですよぅ」
 風も言うねえ。
「あれが冗談? この、言わせておけば……」
「いい加減になさい」
869 名前:桂花の乱(中編 7/12) [sage] 投稿日:2009/01/05(月) 02:15:27 ID:uGglCY7b0
 玉座にもたれかけ目を閉じながら、華琳が言を発した。
 それだけで殿舎が静けさを取り戻すのだから、さすがは魏国の統治者というところか。
「…………」
「なんだよ?」
 沈黙と同時に視線を感じて反応する。
「一刀、あなた桂花を無理やり抱いたこと、あるの?」
「無理やり、ってのはないと思うけど」
「馬鹿なこと言わないでよっ、あれが無理やりじゃなくて何て言うの?
私が望んであんたのその汚らしい肉棒を迎え入れたとでも言うの?」
「少し黙りなさい、桂花」
 華琳の一喝で桂花が口を閉じる。
 よく調教されてるなあ。俺に対しても、あの1/10でも素直なら
可愛げもあるのに。ま、そんなんだったら桂花とは言わないよな。
「桂花とやったのは、お前がいっしょに居たあの時だけだよ。
あれを無理やりだと言うなら、そうなのかもしれないけど」
「ふぅん」
 そう呟いて、今度は華琳が黙り込んだ。
 俺、華琳、桂花だけの三人だけの秘密ではあったのだが、華琳は一度、
刑罰として桂花を俺に犯させたことがある。言葉上の受け入れとはいえ、
華琳の圧力によって、桂花も俺と交わることに同意してるので、
無理やりにはならないだろう……たぶん。
 何はともあれ、その様子を見て、周りの皆も、桂花を俺が無理やり
犯したということはなさそうだ、と感じ取ってくれたらしい。
 真桜たちが口にした、おめでとう、という空気がにわかに加速していく感じがした。
「そうね……」
 しかし、華琳は周りの空気とは関係なく、たっぷり四半刻は沈黙を続けたあと、徐に口を開いた。
「桂花」
「はいっ」
「あなたの要望をかなえることにしたわ」
「華琳っ!?」
「華琳様っ!?」
870 名前:桂花の乱(中編 8/12) [sage] 投稿日:2009/01/05(月) 02:16:23 ID:uGglCY7b0
 俺と春蘭がほぼ同時に声を上げるが、華琳はそれをつまらなそうに黙殺。
「ふふん、華琳様はやはり公明正大なお方、汚らしい鬼畜外道は一時とはいえ
情けをかけていただいたことを感謝して早くここから去ることね」
「納得いかんで、華琳様」
「そうだーそうだー、なのー」
「こくん」
「あんたたち……華琳様に逆らうつもりっ!?」
 桂花が北郷隊の三人娘の反応に息を巻く。
「風、例のものを持ってきて」
「御意、なのですよう」
 玉下の争いなど目もくれず、華琳はたんたんと命令を下した。やがて、風は
一通の竹簡を手に殿舎へと戻ってき、それをそのまま華琳に手渡した。
「魏の人口増加にはふたつの意味があるわ」
 竹簡をからからと開きながら華琳が言う。
「ひとつは単純に、国力の増強を意味する。我ら曹魏が華北を制してから
まだそんなに時が立っていない。南の強豪とぶつかる前に国を富ませることは急務だわ。
田畑を耕すにも、城を建てるにも、戦をするにも人が必要。
だから、曹魏にはより多くの人が要るのよ」
 吟じるように言葉を紡ぐ華琳の手には伝国の玉璽が握られている。
あれこそが国家の中枢、王の権力の象徴。ある意味においては虚仮みたいなもんだけど、
これはこれで大切なものだ。
「ふたつめは、覚悟、かしらね。人口が増えたらそれだけ食糧が必要になるわ。
いなごに水害、台風に地震。飢饉のもととなる禍は、しかし、そんなこと斟酌せずに
やってくる。それらを図りながら天秤が狂わないよう留意しなければならない。
……民の死は王への怨嗟につながる。同時に王の肩に圧し掛かる呪いよ。
人口を増やす努力をする、ということは、その覚悟をするのと同義なのよ」
 ま、そんなものは元から持ち合わせてたつもりだけどね、と付け加えてぺたぽん、
と華琳は玉璽をことなげもなく押した。
「華琳様、私には何がなにやら……」
 春蘭が呟いた言は、ここに会する者すべての代弁であったろう。と、思いきや、
したり顔の風と、絶望的な表情を浮かべている桂花は華琳が何を言いたいのか察しているらしい。
871 名前:桂花の乱(中編 9/12) [sage] 投稿日:2009/01/05(月) 02:21:18 ID:uGglCY7b0
「これはね、」
 と、風が持ってきた竹簡をひらひらと振る。
「堕胎に対して刑罰を適応する法律案なのよ。桂花が人口増加を鍵とした
富国強兵策の一環として提言してくれたの。ありがとう桂花、どうしようかと迷っていたけれど……」
「ひぅっ」
「お陰で踏ん切りがついたわ」
 桂花が蛇に睨まれた蛙のように身を竦ませる。その鬼もかくやという表情から
察するに、華琳はいたくご立腹のようだ。
「ところで、桂花、あなた一刀の種を宿したんですって?」
「いえ、それはっ」
「残念ね、それじゃあなたはもう私のものじゃないってことなのかしら?」
「そんなっ!! お許しをっ、華琳様っ」
 完全にSMモードに移行した華琳と桂花を見ながら春蘭が首を傾げた。
「なあ北郷? 桂花が困っているのは見ててわかるのだが、何故あやつは困っているのだ?」
「お前……、華琳の話、ちゃんと聞いてたのか?」
「馬鹿にするなっ、華琳様のお話を私が聞き洩らすものかっ。ただ、よくわからなかっただけだ!!」
 えへんと胸を張る春蘭。いや、そこ威張っていいところじゃないからな。
「桂花は北郷の胤を孕んでしまった。それではもう華琳様には愛でてもらえまい?
しかし、子を堕ろそうにも、自分が立案した法で罰せられる状態になってしまったわけだ。
もう進むも退くもできない、そんな状況なのだよ」
「なるほどな。いや、秋蘭の説明は判りやすいな」
 わかりやすい、判りにくいの問題ではないと思うけどな……。
 などと話している間に、華琳の重圧は増す一方となっていた。
 対する桂花はというと、強烈な視線の前に、普段の明晰さはどこへやら。
「あの、そのっ、これはっ」
 完全な恐慌状態に陥っていた。
「答えなさい、桂花。あなたは私の下僕たる為に自分で作った法を犯すのかしら、
それとも一刀に身も心も捧げてしまったのかしら」
「華琳様っ、いやっ、あんなケダモノのっ、違うっ、違うんですっ」
「何が違うというのかしら」
「勘違いだったんです。あの馬鹿の胤を植え付けられたかと思ってたんですけど、ただの生理不順で……」
872 名前:桂花の乱(中編 10/12) [sage] 投稿日:2009/01/05(月) 02:26:45 ID:H0nalmcl0
「あ、馬鹿っ」
「何が馬鹿よっ、あんたは黙ってなさい」
 名案かのように桂花は訴えるが、それはつまるところ……。
「気づいてたのに、隠してたってことでいいのかしら? 桂花」
 さらなるドツボに自ら落ちていく桂花。恐慌に恐慌を重ね、こんな単純なことにも気づかなくなってるらしい。
「そ、それはっ……」
「見苦しい言い訳なんて聞くつもりはないわ。孕んでないのなら、孕みなさい、桂花。今すぐに」
「で、でもっ……」
「それだと私に二度と愛でてもらえない? この私に背いたにも関わらず、
まだ愛してもらおうなんて、都合が良すぎるんじゃないかしら」
 うつむく桂花。進退極り、色々な葛藤があるようだ。
「ふぅ、私としては、十分配慮を見せたつもりなのに、そんな反応なのね」
 だが、その様子は、華琳にとって不愉快でしかなかったらしい。息ととも怒気を
抜いたかと思いきや、今度は声に圧倒的な冷淡さを篭める。
「今すぐ魏から去りなさい。桂花」
「え……!?」
「私の眼の前から消えてなくなりなさいと言ったのよ」
 桂花が、あり得ないという表情で華琳を見上げる。
「私に嘘の報告をしただけでは飽き足らず、百官が集う朝議を滅茶苦茶にしたのよ?
死罪にしないだけ有難いと思うべきね」
 桂花がかぶりを振る。軍師としても華琳の傍にいられないということは、
死ぬよりも辛いことなのだろう。
 華琳も桂花の心情を察してるんだろうが、それを逆手にとってる、という感じだった。
(何をそんなに怒ってるんだ?)
 俺には華琳の怒りの理由が判らなかった。確かに桂花がやったことはまずいことだったかもしれない。
だけど、これまでの功績をすべて無に帰してまで断罪するほどのことだろうか?
 周囲を見回すが、華琳の怒りに呑まれて誰も反応できない様子だった。
 華琳と一番付き合いの長い春蘭と秋蘭ですら、青ざめて動くことができない。
「じゃ仕方ない、か」
 俺だって恐怖心でいっぱいだけどね、そう呟いて、桂花と華琳の間に立つ。
「何のつもりかしら。私は今桂花と話しているのよ?」
873 名前:桂花の乱(中編 11/12) [sage] 投稿日:2009/01/05(月) 02:27:24 ID:H0nalmcl0
「いや、苛めてるの間違いじゃないか? 何をそんなにカリカリしてるんだ?」
「あなたの出る幕じゃないわ。下がりなさい」
「それは無理な相談だ。華琳が桂花を追放するっていうのなら、俺はそれを止めなきゃなんない」
 誰かが息をのむ声が辺りに漏れた。挑戦的な一言、と言えばそうだろう。
「思いあがるな北郷一刀!! 曹魏を束ねるこの私に対等のつもり?」
 降りかかる強大なプレッシャー。なるほど、これが大国・魏を治める曹孟徳か。
華琳が持つ王の資質を疑ったことはないけれど、ここまでとはね。
 だけどこの重圧をはねのけ、華琳を論破しないまでもせめてドローぐらいにはもっていかないと、
この場は切り抜けられそうもない。
「まあ、ある意味においては、な」
 取りあえず軽いジャブで応戦する。
「な、北郷、華琳様と同格のつもりだと!? 貴様〜、そこに直れ、切り捨ててくれる!!」
 呪縛から解き放たれたかのように、春蘭が動き出す。そして、一足飛びで七星餓狼を俺の首筋へ。
「春蘭、控えなさいっ」
「しかし、華琳様っ」
「あなたまで、あなた自身を私から失わさせるようなことはしないで」
 そう言われて春蘭が動ける筈もない。というか、本当に良かった……。
春蘭の一刀に微動だにしなかったけど、華琳がほんのわずかでも遅れてたら、
今ごろ頭と胴が離れてたところだった。ちびるかと思いました、正直。
「存念を聞きましょう」
 春蘭を止めるため浮かした腰を下ろし、俺を促す。
「俺が華琳と対等な理由――」
 一瞬、華琳と、魏の皆と出会ってからのことが胸を去来した。
 平成の日本で生きてた筈の俺が、ここまで魏のことを、
そして華琳のことを考えるようになるなんて思いもしかなかった。
 凪に、真桜に、沙和。人生で初めて出来た自分の部下。
 春蘭に、秋蘭。先輩でもあり、同僚でもあり。軍隊の中で生きるための気構えを教えてもらった。
 稟に風。他の皆にも増して独特なふたり。
 この場にはいない、季衣と流琉。妹のような、なんていうと少し気恥かしいようにも思えるけど。
 後ろでびくついてる、毒舌軍師。曹操を想う気持ちに嘘はないって思えるから。
874 名前:桂花の乱(中編 12/12) [sage] 投稿日:2009/01/05(月) 02:27:55 ID:H0nalmcl0
 そして――。小柄ながら堂々たる威風を身につけた少女。だけど、今、その背中はどことなく
さびしそうだ。なんかそれが腹立たしい。たぶん、俺は怒ってるんだと思う。
自分の忠臣をみずから切り捨ようなんて、何やってんだよ、この馬鹿、ってね。
「それは、さっき華琳自身が言った責任って奴を負ってるからだ。
大国・魏であっても、天下を統一するためには、必要なものが三つある。
言わずもがな、天の時、地の利、人の和だ。今、人の和が失われようとしている。
それをみすみす見逃すなんてこと、俺にはできない」
「聞いたようなことを言うわね、一刀。でも、国家の根本が人であったとしても
それを支える屋台骨は法よ。法を疎かにしては、どんな人材であっても活かすことはかなわないわ」
「うん、それは否定しない。俺も実際そう思うしな」
「だったら……」
「でも、もっと大切なことがあるんじゃないかって、思うんだよ」
 華琳は答えない。視線で、話を続けろと要求してくる。
「華琳が目指している高み、大陸統一。それが達成されたとき、傍には誰がいる?」
「えっ!?」
「春蘭と秋蘭、季衣と流琉?」
 思いもよらない質問をされた、という表情をして、華琳が一瞬、固まる。
「凪に、真桜に、沙和。稟に風の姿は見えているのか?」
「何、何を言っているの?」
「俺と桂花はもうそこにいないのか?」
 言って、切り捨てられた側より、切り捨てた側の痛みを感じた。華琳がかぶりを振るのが見えた。
「華琳、お前は孤独でいちゃダメなんだ。劉備より配下思いなのに、助けてもらわずに
何でも出来て、だから孫策が歩く道より暗く冷たい覇道を、独りで行こうとしている。そんなの俺が許さない」
 そう、戦場でも統治の場でもほとんど役に立たない俺が魏に残る理由。
 華琳の傍に侍す理由。
「お前が人を遠ざけようとするとき、お前から人が遠ざかろうとするとき、
俺は全力でそれを妨害する。それが他ならぬ華琳の意思だというのなら、
それすらも捻じ曲げてみせるさ。命をかけでも――な」
 この外史で俺に与えられた役割なんてものがあるなら、たぶんこれしかないって思う。
 華琳が立ち上がる。
「……茶番ね」
875 名前:桂花の乱(中編 13/12) [sage] 投稿日:2009/01/05(月) 02:29:47 ID:xfqlE2gu0
 と一言いい添えたときにはもう、その視界に俺は入っていなかった。
「桂花」
「は、はい」
「追放処分は取り消すわ。ただし、嘘をついた罪は自らで購いなさい。本当に孕むまで出廷禁止とする」
「はい……」
「……父親の指定まではしないわ。生まれたら私自ら名前を考えてあがるから、母子で昇殿なさい。以上よ」
 そのまま自室へ戻ろうとする華琳を、呼び止める。
「朝議をとめてまで逆らった俺に懲罰はないのか?」
「懲罰がほしいの?」
「いや、できれば無い方が嬉しい」
「じゃ、無しよ」
 華琳の応対はどこまでも素っ気なかった。
 それこそ、何の未練もないかのように。
「とは言ってもな、って、おいこら」
 ぶつくさ言う俺を捨て置いて、華琳はさっさと奥に引っ込んでしまった。
 主不在のまま朝議を続けることはできない。
 いつのまにか戻ってきていた稟が全体の調整をとって、朝議の終了宣言を行った……。
876 名前:桂花の乱(中編 13/12) [sage] 投稿日:2009/01/05(月) 02:31:05 ID:xfqlE2gu0
>>862-875
『桂花の乱(中編)』
orz 数読み違えた……。

桂花エロは後編では必ず……。

>>867
支援どもでした〜。

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