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677 名前:646[sage] 投稿日:2008/12/26(金) 05:10:24 ID:tWo2lJRJ0
真のイメージで塗りかえられる前にと、未練がましく書き続けていたら、
なんとか形になりますた
多分12レス、途中で止まったら規制に引っ掛かったか、
眠気に耐えられずに寝おちしたと思ってください(;^ω^)
678 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2008/12/26(金) 05:11:15 ID:tWo2lJRJ0
 手の届くところにいることが当たり前になっていた。
 気楽に軽口を言えることが当然と思っていた。
 好きだなんて口にすることは出来なくて。
 紡ぐ言葉はいつも正反対で。
 殴ったり、蹴ったりなんて触れ合いでも心が弾んで。
 甘い言葉をかけられるだけで胸が躍って。
 身体を重ねてくれることがたまらなく嬉しくて。
 いつからこんな気持ちを抱いていたのかさえわからなくて。
 見透かされていると思うとますます反発してしまう自分が嫌で。
 あいつが他の女と一緒にいるだけで胸が苦しくて。
 なんで、そんな気持ちになるのかもよくわからなくて。

 ……それでも、そんな関係が心地よくて。

 このままずっと……月と三人で暮らしていけたら。

 なんて。
 はかない夢を見ていた。
679 名前:2/12[sage] 投稿日:2008/12/26(金) 05:12:21 ID:tWo2lJRJ0
 白装束との戦いが終わり、あいつは愛紗と共に元の世界に帰ってしまった。
 朱里や他の武将たちの話によると、不思議な鏡の中に吸い込まれていったらしい。
 天の御使い、なんて眉唾だったけど、異世界から来たというのは本当のことだったというわけだ。
 そして最後の瞬間にすら立ち会えなかったボク達はしばらくそのことを実感できず、
あいつのいない目の前の現実をもてあますことになった。

 あいつの最後に立ち会った朱里たちは、こちらが拍子抜けするほど早く気持ちを切り替えて、
統一されたこの国の安定に尽力しだした。
 本郷一刀、関羽雲長という、本郷軍の顔とも言うべき二人がいなくなったことで、
本郷軍は早急にまとめ役を選出する必要に迫られることになる。
 持ち前の勝気さでその座に座ろうとした曹操と、甘寧ら臣下に煽られた孫権が一触即発の
状態になったときに、名乗りをあげたのはなんと月だった。

「ご主人様と約束したんです……一緒に、罪を償っていこうって」

 月の真摯な、揺るがない決意に満ちた言葉は、情に脆い旧本郷直属組の支持を集めることになって。
 そのうえあいつに毒気を抜かれていた曹操たちは、
「孫権よりはマシね」「曹操の下につくぐらいなら」とあっさり引き下がり、許昌や建業に戻ってしまった。
 元々それぞれへの対抗心で言い出したこと、どちらもすでに君主という地位に未練などなかったのだろう。
 そんなこんなで、朱里とこのボクを補佐役として、月がもう一度君主として返り咲くことになってしまったのだった。
680 名前:3/12[sage] 投稿日:2008/12/26(金) 05:48:37 ID:tWo2lJRJ0
「益州からの税収の詳細、分類と確認が終わったわ。それから荊州の水害の件、正確な調査はもう少しかかるってさ」
「そうですか、交易に支障が出なければいいんですけど」
「荊州の人たちが心配です……詠ちゃん、なんとかならない……?」
「大体の被害は予想できてるから、もう専門家たちをある程度派遣してるわ。あとは現地の穏に任せるしかないわね」
「じゃあ孫権さんに伝えて、もう少し人員を回してもらうようにお願いしましょう」

 そうですね、と月が頷く。
 洛陽に戻ったボク達は、蜀の最高執政官として各種制度の整備や各地の苦情処理に追われていた。
 幸いというか、評価の高かったあいつの統治を引き継いだことや、曹操・孫権の後ろ盾もあり、
反乱などの目立った出来事は少なく済んでいる。
 それでもこの広い領土の統一政権。
 細かな事件は日常的に、間断なく発生する。
 メイド(?)という仕事から解放されたボクも、文官として本来の役目に忙殺されることになった。

 待ち望んでいた仕事、待ち望んでいた月との日々、目指していた月の治世。
 あいつに会うまでは望んでも得られなかった最高の日々が、今はボク達の手の中にある。
 しかし充実感をもたらしてくれるはずの仕事は疲労感を生むばかりで。
 ボクの誇る、菫の花よりも可憐な月の顔には、あれ以来笑みが浮かべられることはほとんどなくなってしまった。
681 名前:4/12[sage] 投稿日:2008/12/26(金) 06:45:22 ID:tWo2lJRJ0
「ご主人様ならこういう時、どうしたのかな……」

 ふと、政務の合間に何気なくつぶやいた月の言葉に、ボクは内心で嘆息する。
 またそれ、か。
 対策に行き詰まったとき、激務に疲れたとき。
 月は口癖のようにこの言葉を漏らす。
 彼女は元々、嫌々君主の座にいたようなものだった。
 その地位から開放し、心の痛みを共有してくれたあいつに、依存しきっていたのは仕方ないことだと思う。
 そもそも祭り上げていたボクにも責任はあり、そのことで心が痛むのも確かだ。
 ――それでも、ボクは。

「あいつが、じゃないでしょ。月がどうしたいかでしょ」

 そんなことを言ってしまった。
 言った瞬間、しまった、と思った。
 今まで胸のうちで押し殺していたことが、つい口をついて出てしまったからだ。
 語気が荒くなってしまったのを抑えることも出来なかった。
 ばつの悪い思いで月の方を見ると、月ばかりでなく朱里も驚いた顔をこちらに向けている。

「え……えと……ごめんなさい……」

 いつもの言葉を口にしていた自覚さえないのかもしれない。
 下げた頭の、ふわふわとして柔らかい髪の毛には、なぜ怒られたのかわけがわからない、と書いてあるような気がした。
 そんな月の様子は、何故だかとてもカンに障って。

「はわわ、え、詠さん! 月さんも悪気は無かったと思うので、それぐらいで……」

 一瞬張り詰めた空気を察してか、すぐに朱里が仲裁に入った。
 機微に聡いこの子の事だ、ボクが怒った――んだと思う――理由は百も承知なのだろう。
 もしかしたら、ボク以上に。
682 名前:5/12[sage] 投稿日:2008/12/26(金) 06:46:04 ID:tWo2lJRJ0
「や、えと、別に怒ったわけじゃないのよ」

 慌てて取り繕う。
 それは本心から言ったつもりだったのに、自分自身で嘘だと思う不思議な言葉だった。

「でももうあいつはいないんだから、」

 あいつはいない。
 その一言で、目に見えて月の表情が翳った。
 ――ごめん、月。
 そんな顔させるつもりじゃなかったのに。
 その名に恥じない、月の光のような白皙の美貌には、暗い表情なんて似合わないのに。
 続く言葉をとめることが出来ない。

「月もいつまでもあいつに頼ってちゃだめだよ」

 それはほとんど言いがかりみたいなものだ。
 月はあいつがいないことを真摯に受け止め、そしてあいつの理想を引き継ぐことを決意した。
 あいつがどう考え、そして何を目指したのか。
 常に自問自答し、心の中のあいつと二人三脚で歩いていこうと、そう決めたのだ。
 それがわかっていて、なぜ、こんなことを言ってしまうのだろう。
683 名前:6/12[sage] 投稿日:2008/12/26(金) 06:49:01 ID:tWo2lJRJ0
 ――ボクじゃ頼りないの?
 もういなくなったあいつに嫉妬していると、そういうことなんだろうか。
 そうだろうとも思うし、違うとも思う。
 自問自答しても答えは得られず、ボクの心には靄がかかったままで。
 居たたまれなくなって、つい、と月から目を逸らした。

「じゃ、じゃあ、そろそろ時間も遅いので、続きは明日にしましょう!」
「そう……ね」
「私は孫権さんに使いを出す手配をしますので、お二人は……」

 最後まで言わずにこちらに目配せ。
 今回に限ったことではないけど、朱里には申し訳ないほど気を使わせてしまっていた。

「じゃあ、ボクたちはあがろうか」
「うん……」

 実際、夜も大分更けていて、月にも疲れがたまっていたと思う。
 わだかまりはしこりとなって残ったままで。
 ぎこちない関係、耐え難い違和感。
 それでも残されたボクたちは、何とか折り合いをつけて今を生きていかなくてはいけない。
684 名前:7/12[sage] 投稿日:2008/12/26(金) 07:12:19 ID:tWo2lJRJ0
 月たちと別れ、湯浴みを済ませたボクは、早々に寝室へと引きこもった。
 さっさと寝て忘れてしまおうと明かりを消して横にはなってみたものの、
むしろキリキリとした胃の痛みに悶々とする羽目になってしまった。
 あきらめて本でも読もうかと思いだした頃、トントン、と、扉を軽く叩く音に気づいたボクは、
寝所から身を起こして手近な明かりを灯した。

「誰?」
「詠ちゃん……まだ起きてる?」
「月? どうしたの、珍しいじゃない」

 遠慮がちに開いた扉の隙間からは、最近はあまり目にしなかった寝間着姿の月が現れた。
 あいつがいたころは、捕虜という立場もあって同じ寝室で寝起きし、沢山のことを語り合い、笑い合っていた。
 けれど月が決意を表明した日から、お互いなんとなく別の寝室で夜を過ごす事になっている。

「さっきのこと、ちゃんと謝りたいと思って」

 おずおずと中に入ってくるなり、月はそんなことを言った。
 薄暗い蝋燭の灯に照らされて浮かび上がる月の顔には、困惑や申し訳なさなど、
およそボクの見たくない表情がずらりと並んでいる。

 ――違うよ月、あれはボクの方が悪いんだ――

 喉まで出かかった言葉は、声として生まれる前にねっとりとした黒いものに引っ掛かって止まってしまっていた。
 代わりに口から出たのは、自分でもうんざりするような天邪鬼。
685 名前:8/12[sage] 投稿日:2008/12/26(金) 07:16:38 ID:tWo2lJRJ0
「そ、そうだよ月。あいつはあいつ、月は月。月があいつの事好きだったのはわかってるけど、
いつまでもあんなのに縛られてるなんて、よくないんだから」

 一度堰を切ってしまった言葉は、途中でとめることなんで出来るはずもなく。
 さまざまな想いが胸の中で混ざり合って、とても醜い言葉を形作っていって。
 そして、

「あんなやつ、いなくなってせいせいしたわ」

 と、吐き捨てるように言ってしまった。
 途端に、しん、と、耳が痛くなるような静寂が訪れる。
 この一言が、数え切れないほどあいつに言った軽口とは全く違うものだと、月にも伝わったのだろう。
 ボクはというと、後ろめたさやばつの悪さに見舞われて、はっきり月の眼を見ることができないでいる。
 すると突然、月が正面からボクの顔を覗き込んできた。
 
「詠ちゃん」
「な……何よ、月」

 心の中を見透かされている気がして、今度ははっきり視線を月から外す。

「詠ちゃんは、ご主人様がいなくなってよかったと、本気で思ってるの?」

 怒っているのか、悲しんでいるのか判然としない声で。
 まっすぐにこちらを見つめたまま、月はそう問いかけて。
 ボクが答えを言う間もなく、次の言葉を続ける。

「私は……すごく悲しいよ。詠ちゃんと一緒に連れて行ってほしかったって、ずっと思ってたの。
――詠ちゃんも、そうなんでしょ? ご主人様がいなくなってから、ずっと悲しそうにしていたもの」
686 名前:9/12[sage] 投稿日:2008/12/26(金) 07:19:08 ID:tWo2lJRJ0
 その言葉は、ボクにとって予想以上の衝撃だった。
 確信をこめて言いきった月の言葉で、認めたくなかった、はっきり自覚しないようにしていた自分の想いが、
ようやく明確な形をとってくれて。

 ――ああ、そうだったんだ。
 ――ボクはあいつに、ボクたちを一緒に連れて行ってほしかったんだ。

 その想いにかき消されるように、ずっとわだかまっていたものが静かに溶けていくのがわかった。

 可憐な月が愛しくて。
 健気な月が大好きで。
 素直な月が、うらやましくて。
 ボクはあいつと月と、両方に嫉妬していたんだ。

 三人で一緒にいるだけで嬉しかったくせに、いつも不機嫌そうな態度ばかりとって。
 結局ボクはあいつに、心からの笑顔を見せることすらできなかった。
 強がり、虚勢、そして、悲しみ。
 本当に縛られているのはボクの方。
 今にして思うと、甘え上手な月よりも、ボクの方がよほどあいつに、そして月にも甘えていたのだと思う。

「……ボクも」

 だからもう。

「ボクだって、悲しいわよ」

 月にまで、自分を誤魔化して接する必要なんてないんだと、そう思った。
687 名前:10/12[sage] 投稿日:2008/12/26(金) 07:30:34 ID:tWo2lJRJ0
「でもしょうがないじゃない。あいつは愛紗を選んで、ボクたちは置いていかれた。
悔しいけど、悲しいけど、あいつはもう戻ってこないんだから」

 そう。
 それは気付いたところでどうしようもないこと。
 ぽっかりと空いた胸の穴を埋められる人物は、もうこの世界にはいないのだから。
 しかしそんな弱音に対して、月は静かにかぶりを振った。

「ご主人様は……あのお優しい方は、きっと戻ってきてくれると思うの」
「戻って、くる……?」
「うん。だって、一緒に償うって約束してくれたんだもの」

 それは悲愴な誤魔化しなんかじゃなく、本当は芯の強い月の、確固たる信念で。

「だからそれまで、私たちにできることをしっかりやっておかないとね」

 後ろばかり見ていたボクとは違う、前を向いて歩くんだという、決意の表れでもあった。

「諦めないで、いいのかな。信じて待って、いいのかな……」
「いつになるかわからないけど……詠ちゃんと二人なら」

 ああ、そうだった。
 一人なら、悲しみや喪失感に押しつぶされてしまうかもしれない。
 でも二人なら……あの日々を大切に覚えてくれている、かけがえのない人と一緒なら。

「もう一度ご主人様って言える日まで、待っていられると思うの」

 絶望しないで待ち続けることが、できるかもしれない。
688 名前:11/12[sage] 投稿日:2008/12/26(金) 07:48:35 ID:tWo2lJRJ0
「違うわ。ボクのご主人様は、今も昔も月だけよ」
「詠ちゃん、まだそんな事言って……」
「そうよ、もしあいつが戻って――」

 月を遮って言った自分の言葉に一瞬息が詰まる。
 気を抜くと震えだす声を、瞳から零れ落ちそうになる雫を、ボクは上を向いて懸命に押し殺した。

「――戻って、きたら、あいつが治めるよりずっといい国になってるって、驚かせてやるんだから」

 でもそんなちっぽけな努力じゃ、溢れ出る想いを隠しきれるはずもなくて。

「……そうだね。すごく楽しみだね」

 すべてを受け止めてくれた月の言葉は限りなく優しく、そして穏やかで。
 その顔には、ボクがずっと大事に、そして誇りにしてきた、あの可憐な微笑みが浮かんでいた。

「そうしたら今度は『あんたなんかもう用済みなのよっ!』て言って、あの服を着せてこき使ってやりましょ。
今度は月をご主人様って呼ばせてあげるわよ」
「ふふっ、詠ちゃんたら。でもご主人様ならきっと似合うと思うの」
「え〜? 月、それ本気で言ってる?」

 久しぶりに見た月の笑顔がまぶしくて、嬉しくて。
 取り留めのない妄想、叶うはずもない願望で、ボク達は長い時間語りあった。
689 名前:12/12[sage] 投稿日:2008/12/26(金) 08:08:11 ID:tWo2lJRJ0
 ここではない、遠い世界の月明かりの下で。
 あんたは今ごろ、こんなにいい女たちを選ばなかったこと、きっと後悔してるんでしょ?

 ――だから、いつでも戻ってきなさい、本郷一刀。
 その時は今度こそ、最高の笑顔で出迎えてあげるから――



                       ―― 了 ――

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