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682 名前:小喬陥落[age] 投稿日:2007/08/14(火) 02:01:12 ID:7sNrwW/G0
それはある夏の夜のこと。小喬は北郷軍の城壁の上でぼんやりしていた。
基本的に姉の大喬といっしょにいる小喬がひとりでいることはめずらしいのだが
考えたいことがあったので、姉が寝静まってから部屋を抜け出してきたのだ。
「はぁ……」
ため息にも力はなく、表情も決して明るくない。
小喬はこのところある悩みをかかえており、夜もぐっすり眠ることが出来なかった。

ことの起こりは数日前。どうも自分達の使命である、北郷一刀陥落に積極的ではない大喬を部屋に残し
彼の様子を見に行ったときの事だ。部屋の前までくると何やら中で話し声と物音がする。
(これは……なにかあいつの弱みをにぎれるかもっ)
そう思った小喬は扉を少し開け、中の様子を窺った。
そして小喬が見たのは


一刀と彼のメイド、月と詠が愛し合う姿だった。


冥琳の伽をしている小喬にとってその行為事態は別段珍しいものではない。小喬自身も不本意ながら
一度彼に抱かれたことがある。
小喬がショックを受けたのは月と詠の表情だった。
(なんて……幸せそうな顔)
普段から一刀に依存している所がある月はともかく、詠は自分と同じように一刀に対して好意的ではないと思っていた。
しかし今の詠はとても満ち足りた顔をしていた。心から相手を愛し、相手に愛されている顔。
小喬が知らない、浮かべたことのない表情。
(………!!)
小喬はその光景を見ていられなくなり駆け出した。
物音で気づかれたかもしれないが、そんなことに気がまわらない。
部屋に戻る気にもなれず、そのまま城壁まで駆け上がった。
乱れた呼吸を何とか落ち着けると、先ほどの三人の姿が思い浮かぶ。
(知らない……あんなの…知らない…)
683 名前:小喬陥落[age] 投稿日:2007/08/14(火) 02:02:17 ID:7sNrwW/G0
姉や冥琳と幾度となく交わってきた。経験だけなら一刀よりも上だろう。
だが、あの三人の間には自分の知らない何かがあると感じた。
それが悲しくて、悔しくて小喬は何がなんだかわからなくなってしまった。
こうしてこの日から小喬は不眠に悩まされることになる。


それから一週間。小喬は悩みをかかえながら一刀を観察してみた。
彼女の悩みの根幹には一刀がいる。だから一刀のことを知れば解決のきっかけがつかめるのではないかと思ったのだ。
大喬には使命のための情報収集だと言っておき、朝から晩まで一刀のことを見続けた。
誰か相談できる相手でもいれば他の方法もあったかもしれないが、他国では知り合いもいないし
大喬にあまり心労をかけるのも気が引けた。そのため小喬は一心に一刀を観察し続けた。
一人で政務に励んでいる時も、雑談をしている時も、警邏をしている時も。
情事も何度か目撃した。そして彼に抱かれる者はみな、幸せそうな笑顔だった。
それを見るたび小喬はなんだかたまらない気持ちになった。


小喬には愛する相手が二人いる。主である冥琳と、姉である大喬だ。
二人を心から思う気持ちに偽りはない。…だからこそ、小喬はずっと前から気づいていた。
二人は自分のことを「愛して」くれてはいないと。
確かに自分を大切に思ってくれてはいるだろう。
しかし彼女達の愛は小喬ではない、今はいないたった一人に向けられるものなのだ。
二人の目に自分は映っていない。二人の心に自分の居場所はほとんどない。
小喬はそれでもかまわなかった。たとえ誰を愛していようとも自分の気持ちは変わらない。
そう思っていた。思っていたはずだった。
だが、一刀と彼に愛される者の姿を見て小喬の中には、自分でも気づかないうちにある願いが生まれてしまっていた。
685 名前:小喬陥落[age] 投稿日:2007/08/14(火) 02:03:29 ID:7sNrwW/G0


一刀を観察し、しかし胸に巣くった悩みを解決する糸口さえつかめぬまま、小喬は中庭をふらふらと歩いていた。
不眠、精神的疲労、そして食欲不振まで重なり小喬はいい具合に追い詰められていた。
そんな状態なので先ほど一刀を見失ってしまった。それでも小喬は一刀を探してさまよっていた。
何をしたいのか、何を求めているのかも定かではなかったが、小喬はただ北郷一刀を求めていた。
そうしてしばらく歩いていると注意力が散漫になっていたせいで、何かにつまずき倒れてしまった。
しかし、小喬には再び立ち上がるだけの力が残されていない。そのまま意識が遠のいてゆく。
完全に闇にのまれる瞬間に
「……小喬!!」
誰か大切な人の声を聞いたような気がした。



「……ん…む…」
額に感じた冷たい感触に小喬は目を覚ました。
ぼやけた視界で現状を把握する。
(北郷軍の部屋みたいだけど…あたし達の部屋じゃない…)
そこまで朦朧とした頭で考えて、小喬は誰かが座っていることに気づいた。
「目が覚めたか?」
そこにはこの国の太守、北郷一刀が座っていた。
「びっくりしたぞ。ふらふらしてると思ったらいきなり倒れるんだから」
そう言われて小喬は気を失う前のことを思い出した。
(夢じゃなかったんだ…)
一応礼を言っておこうかと小喬が起き上がろうとすると一刀は、そっと肩をおさえた。
「まだ、起き上がらないほうがいい。熱もあるし、衰弱してるってさ」
そう言って一刀は微笑んだ。何度も見た、本当はずっと自分にも向けて欲しかった笑顔。
しかし小喬はそれを享受できなかった。
「な……んで……?」
かすれて声で問いかけながら小喬は体を起こした。
「あ…、おい…」
686 名前:小喬陥落[age] 投稿日:2007/08/14(火) 02:07:42 ID:7sNrwW/G0
「わかってるんでしょ?あたし達のこと……」
再び寝かせようとする一刀を遮るように小喬は言葉を続ける。
主に小喬の失言のせいで一刀には自分達の思惑がほとんどばれてしまっている。
うかつに動くことはできなくても、対処法はいくつかある。
なのに一刀はなにもしなかった。それだけでもわからないのに今はわざわざ自分で看病までしてくれている。
小喬にはどうしてもわからなかった。すると一刀はなんでもないことのように言った。
「病人は万国共通で病人だろ?それで充分だ。それに…」
そして小喬の頬にそっと手を当てて、顔を覗き込むようにして続ける。
「言っただろ?俺の弱点はかわいい女の子だって。小喬みたいに
 かわいい女の子が苦しんでいるのに、ほおってなんかおけないさ」
「あ……」
トクンッ……と何かが脈打った。小喬は初めて一刀の目を真正面から見つめた。
そこには自分が映っていた。少なくとも今この瞬間には自分はこの人の中にいる。自分を見てくれている。
「ぁ……ぅあ…あ…」
そう感じ取ってしまったとき限界だった小喬の心は決壊した。
「うあああああああああん!!」
小喬は一刀の胸で思いっきり泣いた。心に溜まった様々なものを吐き出すように。
そんな小喬を一刀はぎゅっと抱きしめ、優しく頭を撫でていた。


しばらくして小喬が泣き止んでも二人は離れなかった。
小喬に触れている部分から一刀の優しさが伝わってくる。
それは、心の壁を取り払ってしまった小喬の心の一番大切な場所に抵抗なく染み込んでゆく。
(そっか……あたしはこいつに、この人に愛されたいんだ…)
687 名前:小喬陥落[age] 投稿日:2007/08/14(火) 02:08:29 ID:7sNrwW/G0
そうして小喬は、ずっと誰かの特別になりたかった、愛して欲しかった自分を自覚した。
顔をあげる。すると自分をみていた一刀と目が合った。
そしてどちらからともなく笑いあう。
「ねぇ……、あんたの真名、教えてくれない?」
「真名?」
「そう。ダメ、かな」
そう問いかける小喬に一刀は困ったように返した。
「いや、実は天の国には真名って概念はないんだ。だから俺にも真名はないんだ」
「そうなんだ…」
小喬は少しがっかりした。呼び方でもなんでもいい。この人の特別なんだと実感できる証が欲しかった。
「じゃあさ、なにか特別な呼び方ってない?天の国の言葉とかでさ」
「特別か。うーん……」
一刀はしばらく考えると、少しいたずらっぽく笑っていった。
「マスターっていうのはどうだ?」
「ますたー?」
「そう。天にある国の言葉で「ご主人様」っていう意味なんだけど」
「ますたー……マすたー…マスター…」
何度か発音を練習する。
「なんてな。さすがにこれは冗だ……」
「いいわね。これ」
「え?」
小喬の肯定の言葉に冗談だと言おうとした一刀は驚いた。
「いや、でも君は周喩の……」
「いいじゃないの。天の国の言葉なんでしょ?誰も意味なんてわからないわよ」
688 名前:小喬陥落[age] 投稿日:2007/08/14(火) 02:09:01 ID:7sNrwW/G0
そう言ってうれしそうに笑う小喬を見ていると一刀もこれはこれでいいかと思った。
そして甘えるように胸に顔を摺り寄せて小喬は呟いた。
「特別な呼び名を許されたってことは、あたしはマスターの特別ってことだよね」
「うん?」
「抱いて欲しいって言ったら……怒る?」
そう尋ねる小喬に一刀は笑顔で答えた。
「……いいよ。ただ一つはっきりさせておこう」
一刀は小喬から少し体を離すと目を見て言った。
「好きだ、小喬」
その言葉に小喬は満面の笑顔で答えた。
「あたしも大好きだよ。マスター」




その夜、小喬は一刀と同じ床で横になりながらながら考えていた。
一刀と結ばれたことに悔いはない。そして姉や冥琳のことにも小喬は答えを出していた。
それは
(お姉ちゃんも冥琳さまもみんな、マスターのものになっちゃえばいい)
ということだった。不思議と小喬の心に不安はなかった。
嫉妬しないとは言わないが、たとえなにがあろうと
一刀の自分への思いと、一刀の中の自分の居場所は揺るがないという確信があった。
689 名前:小喬陥落[age] 投稿日:2007/08/14(火) 02:11:26 ID:7sNrwW/G0
そして、一刀ならば姉や冥琳さえも虜にできるということにも。そうすれば自分のことも、気にかけてくれるかもしれない。
いや、二人だけではない。華琳も、蓮華もその他の人も。みんな一刀のものになってしまえばいい。
誰もが一刀を愛し、誰もが一刀に愛されれば争いなど起こらない。ずっと笑顔でマスターの傍にいられる。
それこそがマスターの目指している世界だ。
ここに第三者がいればツッコミをいれたかもしれないが、あいにくここには二人しかおらず一人は夢の中だ。
ずっとほおっておかれていた乾きが癒された小喬の暴走は止まらない。
(誰を抱いてもいい。誰を愛してもいい。でも、この場所と呼び名はあたしだけのもの。
 誰にも渡さない、絶対に。マスターはずっとあたしのマスターで、あたしはずっとマスターの特別)
小喬はとなりで眠っている相手の顔を見る。今では誰よりも大切な人。
「おやすみ、マスター。あたしはずっとマスターの味方だよ」
最後に頬にキスをして小喬も目を閉じた。
愛する人達の笑顔と共にある未来を夢見ながら。

終わり
690 名前:小喬陥落[age] 投稿日:2007/08/14(火) 02:14:27 ID:7sNrwW/G0
以上です。かぜあめさんのようなお方の後ではお目汚しかもしれませんが
あまり二喬が不遇なようなきがしたので書いてみました。

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