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922 名前:龍人[] 投稿日:2007/04/10(火) 15:15:55 ID:GK2dHxLl0
■恋姫無双 SS(サイドストーリー) 

淡い光は徐々に深みを強め、周りの風景を呑み込んでゆく。

壁、床、天井を絹布に染み込む水の如き速さで這い、呑み込んでゆく。

全てを侵し、奪い取る白い光、果てしなく純粋で無垢な白い光。

「これが終演・・・・・」

一刀は振り絞るようにそう呟く。正史の人間の想いが具現化した光。

一刀の足元は既にかなりの白みを帯びていた。

「ははははははっ!!自らの手で下す死の味はどうだ、北郷ォォ!!!!」

心に深くつき刺さるような男の怒号。振り向けば、声の主はそこにいた。

宙に浮いたまま両腕を開き、活目して一刀を睨み下す。佐慈と名乗る少年。悪鬼の如き形相。

しかしその口元は歓喜で満ち溢れていた。

「己の無力さと愚劣さを呪いながら死ぬがいい。生死とやらを共にした人形(女)どもと共になぁ!」

佐慈は天を仰ぎ、叫んだ。
923 名前:龍人[] 投稿日:2007/04/10(火) 15:16:46 ID:GK2dHxLl0
「観たか正史よ!貴様らの望み通りだ。傀儡の役割は果たしてやったぞ。さあ次は俺の番だ、俺の死を望むがいい。貴様らの都合で作られ、踊らされ続けた俺という存在を。消し去るがいい。貪欲な逃避主義者共めが!はははははは―――――]



一槍の赤い槍が空を切り裂き、佐慈の背から胸を貫いた。白銀に光る槍は、腹を。

鋭く研ぎ澄まされた鏃を携えた無数の矢が、全身を。続けさまに貫き通す。

「うぐっ・・・・」

佐慈は突き刺さった槍に手をやりながら、ゆっくりと地へ足を着けた。

「正史に判断を仰ぐまでも無い。我等を相手にしながら、無防備な背を露にした己の軽薄さを悔やみ、逝くが良い。」

言葉に冷淡を込め、鋭い眼差しを以って、尚も佐慈を貫こうとする星。

「ちぇっ、血の一滴も流さねえか。いよいよバケモンだな、お前は」

翠の言う通り、佐慈の体からは一滴の血も流れ出てはいなかった。
924 名前:龍人[] 投稿日:2007/04/10(火) 15:17:26 ID:GK2dHxLl0
「ちぇっ、血の一滴も流さねえか。いよいよバケモンだな、お前は」

翠の言う通り、佐慈の体からは一滴の血も流れ出てはいなかった。

「物の怪の類ならば返って好都合。何ら躊躇うことなく、あなたに止めを刺すことが出来ます。」

冷徹な口調で言い捨てる紫苑。しかしその瞳には、戦場で生身の人間に矢を放つ時と同じ、哀れみと慈愛の光が宿っていた。

「ふふ・・・無駄なことを・・・。俺の存在は既に消えつつある。正史の奴等は、流血すら表現するのも・・・煩わしいようだ・・・・」

自嘲的な笑いを言葉の端に含ませながら、佐慈は崩れるように膝を付いた。

もはや立ち上がることも適わぬであろう彼の前に、得物を小脇に抱えた愛紗と鈴々が、静かに歩み寄った。
925 名前:龍人[] 投稿日:2007/04/10(火) 15:24:19 ID:GK2dHxLl0
「貴様はこの世の理(ことわり)では図りきれない存在によって作られ、ただ己が亡びるその刻を迎える為に日々を生きてきた。
927 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2007/04/10(火) 16:11:14 ID:GK2dHxLl0
 生きる楽しみを味わうことも許されず、誰とも知れぬ者たちの餓狼の如き欲望を遂行するだけの、過酷な運命を強いられた。それは同情に値する・・・・・だが・・・・」
928 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2007/04/10(火) 16:12:38 ID:GK2dHxLl0
青息吐息の佐慈を労わるような優しいで語りかけていた愛紗だったが、言い終わると同時
に拳を震わせ、愛刃の青竜偃月刀を高らかに掲げ、何かを払うかのように振り下ろした。

「ご主人様の御命を狙いし咎めから逃げ遂せることはできん。償いはその死を以って果たしてもらおうか!」

「かわいそうだけど・・・鈴々も左慈お兄ちゃんのこと許したくないのだ」

獄門の鬼の影を背負った今の愛紗の心中に、容赦の二文字はいずこにも求めようが無い。
鈴々もまた語尾に怒りを含ませ、身の丈以上もある蛇矛を振り回し、佐慈へ突きつけた。

「そろいもそろって無駄な足掻きを・・・泣いて命乞いの一つでもしていれば可愛げもある・・・・ぐふ・・・・」

限界が近いのであろう。口元にあった笑みは既に消え失せていた。

「この瞬間が世界の終わりであろうとも、私の意志は泰山の如き重さに在り。貴様の頸を刎ね、ご主人様への忠義を示す!」
929 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2007/04/10(火) 16:13:13 ID:GK2dHxLl0
「そのあとお兄ちゃんに頭なでなでしてもらうのだ♪」

「こら鈴々!何を勝手な」

「早いもの勝ちなのだ〜♪」

「図に乗るなよ人形ども!」

左慈は両の拳に黒く怪しく揺らぐ光を宿し、地を蹴り上げ、全身に突き刺された無数の得物も意に介さぬというように、二人の眼前へ脱兎の如く踊り出た。

「主人の目の前で地獄に送ってやるぞぉぉ!」

手刀を形作り、怒号を発しながら二人の命を刈り取らんと飛び掛る左慈。しかし、その修羅の如き気迫すら、刃に決意を刻んだ少女の挙手を鈍らせない。愛紗と鈴々はそれぞれの得物を緩やかに構え直した。

「死ねい!」

左慈の手刀を纏う黒い光は唸りを挙げ、目の前の敵を飲み込もうと、その禍々しいオーラを爆発させた。

「遅いのだ!!!」
930 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2007/04/10(火) 16:34:08 ID:GK2dHxLl0
左慈の手刀が届くより遥か手前。鈴々の一丈八尺の蛇矛が、左慈の身体の芯を切り貫いた。

「ぬうう!」

実際ならばおびただしい程の血を噴き出していたであろう。しかし、生命宿らない無機質な物体に刃を付き立てるのと同じように、左慈の身体からは何一つ零れ落ちない。正史は着々と彼の存在否定を続けていたのだった。

「おのれあぁぁ!」

左慈は蛇矛の柄を掴むと、手刀を振り上げ、溢れる怒気と共にそれを切り落とした。
蛇矛を放す鈴々。なおも前進を止めぬ左慈。その目の前に、愛紗が風のように舞い込んだ。

「私の大切なご主人様と仲間達を害せしむる輩は、例え神仏であっても斬り捨てる!」

愛紗は偃月刀を振り扱き、水平に構えると、向いつつある敵めがけ駆け出した。

「はあああああああああああああああ!」

「せやああああああああああああああああああああああ!」

両者の間合いが0になったその刹那、愛紗の偃月刀が上方へ美しい弧を描いた。
その軌道は将に蒼穹を翔る龍を想わせた。青竜の名を冠する所以であった。

「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
931 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2007/04/10(火) 16:34:51 ID:GK2dHxLl0
忠義と羅刹の魂をその身に刻みつけた青竜は、所有者の主君を脅かした愚か者を誅する為、唸りを上げてその首筋に喰らいつく。

愛紗が左慈の後方へ半歩踏み出した時。左慈は既に頸となって、針鼠と化した身体との別離を果していた。

舞い上がる左慈の頸を目にする一刀。違う驚きに囚われる。
さぞ苦悶に満ちた表情を見せると思っていたが、彼のそれは安堵そのものであった。
それと同時に、左慈の頸と身体は砂の様な細やかな粒子となって砕け散った。

「彼は外史を憎悪する以上に正史の人間達を憎んでいました」

振り向くと、既に崩壊しつつある神殿の壁に寄りかかった干吉が、独り言のように語り出した。
その表情は、笑いとも、怒りとも、悲しみともとれた。

「しかし、傀儡である我々に抗う術は無い。我々を産み落とした存在の意にただ従い、用済みとなれば消える。そんな下で彼は正史の人間達への復讐を編み出した・・・」

干吉は一刀をちらと見やった。

「外史は正史に生きる人間達にとっては重要な役割を担っています。外史の中に夢や希望を求め、日々を生きる糧としている。今の正史は外史によって維持されているといえるでしょう」

干吉の背景が、蜘蛛の巣のようにひび割れた。
932 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2007/04/10(火) 16:36:09 ID:GK2dHxLl0
「その外史を否定・破壊し、希望や夢を求める者達の想いを奪いとり、踏みにじる。そうすることで、大半を占める外史肯定派の人間達を否定するのです。
933 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2007/04/10(火) 16:45:39 ID:GK2dHxLl0
それが彼の考え出した我々に唯一可能な復讐劇・・・・否定された人間達の心情や表情を想像していた時の彼は本当に楽しそうでしたよ」
934 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2007/04/10(火) 16:46:47 ID:GK2dHxLl0
金属の弾ける音を轟かせ、神殿の壁が崩壊した。宇吉はそっと壁から身を離し、歩みを進める。

「彼はこうも言っていましたね。もう正史に殺されるのは御免だと・・・用が済めば、時にはただ忽然と、時には砂塵の如く消えるだけの我々。
935 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2007/04/10(火) 17:08:00 ID:GK2dHxLl0
気位の高い彼のこと。時には人間らしい最期を迎えてみたかったのかも知れませんね。ふふ・・・こう言っては彼に叱られてしますが・・・」

亀裂が床を蛇のように這い、一刀の足元へ及んだ。
936 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2007/04/10(火) 17:09:03 ID:GK2dHxLl0
「そろそろ終りですね、北郷一刀。せいぜい悔いの無い終焉を迎えてください」

干吉は言い終わると、嘆息して天を仰いだ。

「これが死か・・・・待ち侘びたよ・・・・」

神殿の床が崩れ落ちると共に、干吉の姿はその中へ消えていった。

それに呼応するように、一刀の足元を取り巻いていた亀裂が一気に瓦解した。

「しま・・・っ!」

不意を突かれた一刀の身体は、落ち行く孤島となった地面の破片に完全に取り残されてしまった。重力を見失った身体は思うままの反応を許しはしない。一抹の希望を込めてやっと伸ばした腕は無残にも空を切った。

愛紗達が・・・みんなが守ってくれたのに・・・・

一刀の頭に死の一文字が浮かんだ。

「ご主人様ぁ!」

自分を呼ぶ少女の叫び声。瞬間、伸ばした右手に感触が蘇った。

「朱里!」
937 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2007/04/10(火) 17:10:24 ID:GK2dHxLl0
絶対に離しはしない。そんな想いを両腕に込め、朱里は一刀の右腕に食らいついた。

「消えちゃダメですご主人様!私達を置いて行かないでぇ――!」

「朱里!危ない!」

泣き叫びながら一刀の腕にしがみ付く朱里。しかしその小さな身体の大部分は、既に床の淵からこちら側へと投げ出されていた。
939 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2007/04/10(火) 17:21:51 ID:GK2dHxLl0
二人とも落ちてしまう。自らの身を投げ出してまで自分を救おうとしてくれた朱里。そんな彼女を巻き込んでしまった己の鈍重さを、一刀は心底叱り付けてやりたかった。

その時、朱里が絡みついた一刀の右腕を、長く逞しい豪腕が掴み取った。

「偉いわねんおチビちゃん。私より気付くの早かったじゃな〜い♪」
940 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2007/04/10(火) 17:22:25 ID:GK2dHxLl0
二人とも落ちてしまう。自らの身を投げ出してまで自分を救おうとしてくれた朱里。そんな彼女を巻き込んでしまった己の鈍重さを、一刀は心底叱り付けてやりたかった。

その時、朱里が絡みついた一刀の右腕を、長く逞しい豪腕が掴み取った。

「偉いわねんおチビちゃん。私より気付くの早かったじゃな〜い♪」
941 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2007/04/10(火) 17:24:24 ID:GK2dHxLl0
相変わらずの口調と共に、貂蝉は軽々と一刀と朱里を持ち上げ、床へ降ろした。

「ありがとう貂蝉」

「やだん♪家臣として当然の事をしたまでよん」

「ご主人様・・・ご無事でよかったですぅ・・・」

涙を滲ませて抱き付いてくる朱里。一刀はその思いに応えるように優しく抱き返す。

「ありがとう朱里。よく来てくれたね」

朱里が何か言い返しているが、泣き声と混じってよく聞き取れない。一刀は笑って朱里の頭を撫で回した。

「ご主人様!御怪我はありませんか」

「あーーー朱里ずるいのだ!」

「まんまと抜け駆けされてしまったな」

「相変わらず鈍くせえなぁご主人様。心臓に悪いよもう」

「あらあら・・・・・」
942 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2007/04/10(火) 17:34:03 ID:GK2dHxLl0
恋姫†無双 オフィシャル通販特典小冊子
943 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2007/04/10(火) 18:02:02 ID:GK2dHxLl0
一刀の元へ駆けつける愛紗、鈴々、星、翠、紫苑。皆一様に安堵の表情を浮かべている。

しかし、皆は既に確信していた。この世界が。この瞬間が。あとわずかで終りを告げることを・・・・。

「皆無事か。怪我はしてないか」

「賊に遅れは採りませぬよ」

星が笑って応えた。

「左慈は討ち取りました。どうぞご安心を」

愛紗が粛と跪き、戦果を報告する。

一刀はゆっくりと口を開いた。

「見てたよ・・・。皆ありがとう。俺を守ってくれて。朱里もありがとうな」

あふれる涙を両袖で懸命にぬぐいながら、朱里は小さく「はい」と頷いた。

一刀はふと空を見上げた。そこにあったのは、薄暗い神殿の天井や壁ではなく、視界一面に広がる真っ白な空間だった。
そして気付いた。この世界の存在が既に、一刀達の周りのみにしか残っていないことを。
944 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2007/04/10(火) 18:03:45 ID:GK2dHxLl0
「皆消えてしまったのか・・・・」

壮大に拡がる純白の世界。あまりの無機質さに、嫌でも意識させられる。この世界に存在している命は、もはや自分達だけなのだと。

「華琳・・・・蓮華・・・・」

消えてしまった仲間たちの名を一刀は噛み締めるように呟く。

「ごめん月・・・詠・・・恋・・・霞・・・必ず帰るって言ったのに・・・・」

願わくば永遠にこの世界に残って、皆と幸せに暮らしたい。
そんな一縷の希望を込めて、城に残った彼女達と交わした約束。
しかしそれを果すことはできなかった。
存在が消えてゆく中、彼女達は何を想ったのだろうか。
俺を恨んだだろうか。
憎んだだろうか。
痛くはなかっただろうか。
苦しくはなかったろうか。
泣いてはいなかっただろうか・・・・・

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