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537 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2007/03/13(火) 23:01:15 ID:qV13fJzZ0
良く晴れた昼下がり。
小腹が空いたのでパンでも買っていこうか、と聖フランチェスカの食堂を訪れた俺は、
一歩足を踏み入れたところで思わず立ち止まってしまった。

「……………」
鈴々に恋に季衣に猪々子…聖フランチェスカが誇るフードファイターの面々が同じテーブルを囲み、
思い思いにラーメンやらうどんやらA定食やらをかっ込んでいるのだ。
既に空になり、積み上がった器の数々が何ともこちらの食欲を削ぐ。
そして、そんな彼女達のテーブルの近くに、いつものように春蘭と秋蘭の二人を従えた華琳が
陣取っていて、目の前の猛将達の戦い振りを眺めているようだった。

「おーい、華琳。何があったんだ、これ」
極端にマイペースである恋を除けば、誰もが争うようにして箸を、そして口を動かしている。
ただの食事の延長とはとうてい思えなくて、俺は何か知っていそうな華琳に声を掛けた。
「あら、一刀」
カチャカチャうるさい中でも俺の声は届いたようで。いつもの不遜な笑みを浮かべて華琳は俺の方を振り返る。
「いえね、ネットをしてたら面白そうな記事を見つけたので試してみたのだけれど」
思ったほど効果はないみたいね。そう言葉を続けながら、華琳は歩み寄る俺に一枚の紙を手渡してきた。

ttp://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2007031300881
2007/03/13-18:25 桂花の香りで食欲抑制=ラットの実験−阪大など
大阪大大学院人間科学研究科の山本隆教授(行動生理学)らの研究グループは13日、植物の桂花の香りが、食欲を抑える働きを持つことをラットの実験で確認したと発表した。
研究成果は20日から大阪市内で開かれる日本生理学会で発表される。
これまでの研究で、脳内の細胞が作るオレキシンというたんぱく質の量が増えると食欲が増し、飲食量が増えるとされる。
同教授らが桂花の香りとの関係を調べたところ、香りをかがせたラットは、かいでいないラットに比べ、オレキシンを作る遺伝子の量が少なくなった。

「華琳……これ……」
そういえば、食べ物や器に埋もれてしまっているけれど、四人の側には背もたれ有りの椅子に
紐で結わえ付けられた桂花の姿がある。
米粒やら何やらが絶え間なく血しぶきのように飛散する、彼女の性格からすればとうてい耐えられるモノでは
ないだろう武将達の争いを前にして。
「……………」
桂花はウットリとした恍惚の笑みを浮かべていた。

「どうかしたの? 一刀」
――あぁ、そういえばそうだった。
538 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2007/03/13(火) 23:01:49 ID:qV13fJzZ0
俺への態度がいつも棘のあるカリカリした物だったから忘れていたけども、本来の彼女の気質はドM。
そんな彼女が自分を蔑ろに扱われて、喜ばないはずがない。しかもそれを主催したのは他ならぬ愛しの華琳様だ。
記事にはしっかりと植物と書いてあるにも関わらず、「桂花違いですわ!」といった反論の一つも発さずに
ただただうっとりと、桂花は華琳の気まぐれの戯れに喜んでいる…ように見えた。
本人達がそれで良いなら、良いけどさ。

「…済まないな。本郷」
思わず言葉を失った俺に、秋蘭が詫びの言葉を囁いてきた。
「華琳さまの思いつきとはいえ……」
食べ歩くのが好きだという彼女でも、さすがにこの光景は桂花の匂いはさておいても食欲を減退させるものらしい。
心底申し訳なさそうかつ、同時に少し気持ち悪そう表情を浮かべる彼女の肩に、俺は無言でぽむと手をやった。
「季衣! 恋はともかく鈴々にも離されてるぞ! 魏の将の意地を見せてみろ!」
「はぁーいです!」
その一方で春蘭はこんな感じで盛り上がっていて。
最初は自分も参戦し、華琳さまに勝利を捧げるぞと意気込んでいたらしい。

「あー! 春巻き頭にだけ応援があるのはズルイのだ!」
「ご主人様……これ、おいしい。一緒に食べる」
「お前らがそうやってよそ見してる内に…斗詩、ハンバーグ定食おっかわりー!」
「文ちゃん……お代は曹操さんが払ってくれるとはいえ、高いのばかり選んで食べ過ぎだよぉ…」
……お前らも本当に元気だな。


最初の小腹の減りもどこかに行ってしまったようで。俺は思わずはぁと溜息をついた。
でもまぁ、生活環境が変わって窮屈になった所も多いだろうから。
こんな感じでたまには昔のような無邪気な姿をさらけ出すのも、悪くないっちゃ悪くないのかな。
「…どうしたの、一刀」
そう考えるとこの騒ぎも微笑ましくも思え、ふっと笑みを浮かべる俺の耳に、不思議そうに問う華琳の声が届く。
「何でもない。それより…最後まで俺ここで見てて構わないか?」
「どうぞ、ご自由に」
俺の内心の変化に気付いたか否かはわからないけども。華琳は一瞬だけ浮かべた怪訝げな表情を消して
元の不遜な笑顔を浮かべてそう答えた。
539 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2007/03/13(火) 23:03:26 ID:qV13fJzZ0
その後、多くの食材達の犠牲を乗り越えた末に勝利を収めた無双なる少女へのご褒美に何故か俺とのデートが盛り込まれ、
当然のようにもろもろ美味しく戴かせていただいたり。
春蘭・秋蘭姉妹が食堂の後片付けに奔走する中で、
椅子から解放され、顔を赤く染めながら嬉しそうに「屈辱でしたわ」と漏らす桂花を
華琳が宥めながらどこかに連れて行ったりもしていたけども。

それもこれもいつかはあの戦乱の三国志の世界でのそれと同様に、愛おしく思えるだろう
俺達の聖フランチェスカでの日常…なのかもしれない。たぶん。



記事を見かけて、ただURLを貼り付けるのも何だとSS添えで投下。
前作を未プレイなので聖フランチェスカの食堂事情が異なっていたら申し訳ない。

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