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926 名前:終〜公孫賛[sage] 投稿日:2007/02/24(土) 03:10:44 ID:ryDp7xQu0
それは、突然の訃報だった。

「公孫賛が……死ん、だ……?」

斥候から聞かされた情報が、すんなり頭の中に入らない。
(コウソンサンガ、シンダ?)
無機質な字面だけが、脳裏に刻まれる。
引き続き報告された内容が、何の感情も生まずに取り込まれていく。
受け入れ難い現実に、俺の身体がかたかたと震え出す。
「……ご主人様?」
俺の異変に気付いたのか、愛紗が訝しげな顔を見せる。
そして、斥候の報告をそこで打ち切らせた。
「もういい。後は書簡に纏め、後ほど私の所へ届け出よ」
「了解致しました」
やや強張った愛紗の声に萎縮しながらも、斥候が一礼して退去する。
その様子を直視することもできず、俺は力なく視線を下に下げた。
「ご主人様……今日はもう、お休み下さい」
未だにかたかたと震える俺の肩に、そっと愛紗が触れる。
その優しさが、今は辛かった。
ともすれば、このまま泣き出してしまいそうになるから。
「……すまん」
「いえ。残りの案件は、わたしと朱里で処理しておきますので」
愛紗の気遣いに、俺は頷いて礼を返す。
とにかく、部屋に戻ろう。
こんな俺をいつまでも晒していたら、愛紗たちの士気に関わる。
ふらつく足取りで立ち上がると、俺はそのまま自室に戻った。
927 名前:終〜公孫賛[sage] 投稿日:2007/02/24(土) 03:12:30 ID:ryDp7xQu0「……」
夕焼けを見ながら、城壁の上で盃を傾ける。
徳利に入った清酒は、愛紗の心遣いによるものだ。
今は酒で全てを忘れてもいいという、愛紗らしからぬ甘い気配り。
そうさせるほどに、あの時の俺は酷かったということだろう。
「反省しなきゃな。明日からは、いつもの俺に戻らないと」
独りごちながら、盃を一呑みに空ける。
そして、とくとくと新たな清酒を注ぎ足した。
公孫賛。
出会ったのは二度――黄巾党との戦いの最中と、反董卓連合軍の陣営でだ。
ついでだと言いつつ、俺たちの領地を守ってくれた彼女への恩は計り知れない。
一目見たこともない俺たちに対して、命を張ってくれたのだから当然だ。
「……明るい子、だったよな」
公孫賛の声を、思い返す。
伯桂と呼んだ俺に、公孫賛でいいと返す気の良さ。
明るくて、どこか人の良さを感じさせる声音――今でも、はっきりと思い出せる。
柔らかな雰囲気と凛とした佇まいを同居させる、そんな少女だった。
直接会ったのは、二回だけ。
それでも、あの少女には俺も随分と助けられた。
何の関係もない俺たちの民を、黄巾党から守ってくれたのは公孫賛だ。
「もう、公孫賛には会えないのか……」
そう思うと、寂しさが胸を締め付ける。
どこか他人事のように呟いたその時、ちくりと痛みが俺の胸を刺した。
公孫賛を救えなかった……そのことに対する後悔はある。
もっと早く、袁紹の動きに気付いていれば。
いや、それ以前に俺がもう少し公孫賛とコンタクトを取ってさえいれば。
後悔は、次から次へと押し寄せてくる。
「こうやってヘコんでるってことは、やっぱり覚悟が足りなかったってことかね」
戦で散るのは、彼女だけじゃない。
それなのに、公孫賛の死一つで俺はこんなにもぐらついている。
誰かが死ぬっていう『戦』という現実を、俺は真剣に捉えていなかったのかも知れない。
928 名前:終〜公孫賛[sage] 投稿日:2007/02/24(土) 03:13:43 ID:ryDp7xQu0
「……みんなを守ることなんて、俺には無理なのかな」

弱気な俺が、突きつけられた現実に弱音を吐く。
何の取り得もない学生には、誰かの命など背負うには重過ぎるのかも知れない。
一兵卒の死に、痛みを覚える。
食糧を求め、決死の覚悟で城に入った物盗りに同情の念を抱く。
俺はそのたびに、立ち止まる。
だから、俺は何もできずに――結果的に、公孫賛を見殺しにしてしまった。
公孫賛を救えなかったんじゃない。
俺は、何も出来なかったんだ。

「俺は、何をやってたんだろうなぁ……いや、ほんとに」

その言葉は、安易な思考停止。
こうして酒に逃げて、それでどうなるものでもないのに。
愛紗の言葉を思い出す。 
「全てを背負い込むな、そうすれば潰れてしまうのは俺の方だ……か」
この乱世においては、実に的を得た助言だ。
一人一人の死を受け止めていては、正気など保てようはずもない。
だけどやっぱり、顔を知って話をして――そういう人が逝ってしまうのは、哀しい。
もう、公孫賛とは言葉一つ交わせない。
「あ……」
そこで、唐突な自覚。
落ち着いた思考に溶け込んでいく、じんわりとした感傷。
「公孫賛は、もうどこにもいないんだ」
俺はその痛みを持て余して、手元の盃へと視線を落とす。
手が震えているのか――清酒が盃の中で揺れていた。
930 名前:終〜公孫賛[sage] 投稿日:2007/02/24(土) 03:21:54 ID:ryDp7xQu0
『おいおい、泣くなよ』
 
盃の中にたゆたう酒を見つめていた俺は、その声にはっと顔を上げる。
夕焼け空に、流れる雲。
気のせいかと思って顔を俯けた俺の耳朶を、もう一度懐かしい声が揺さぶった。
 
『後は任せる。上手くやれよな、北郷』

今度こそ、聞き違いじゃない。
俺は顔を上げて、周囲を見渡してみる。
盃が乾いた音を立てて床に落ち、清酒の残りが僅かな染みを作る。
「公孫賛……!?」
いるはずがない。
そう思っているのに、理屈では収まらない感情が必死に公孫賛を探し求める。
だが、声はそれっきり聞こえなかった。
「公孫賛! 公孫賛!!」
名前を呼んでみるが、俺の声に答えは返ってこない。
そこで、俺は初めてその事実を受け入れられた気がした。
どこか他所事のように、遠い出来事として感じられたそれが急速に実感を伴う。

――――公孫賛は、死んだんだ。

「うっ……うあ、あ……」
唐突に流れ出る涙。
嗚咽を抑えることもできずに、俺は城壁に寄り掛かるようにして泣き出した。
「うああ……ああぁああぁあ!!!!」
握り締めた拳の行き先を見失い、城壁に叩き付ける。
悔しさが込み上げてくる。
袁紹のことなんて、どうだっていい。
ただ、何もできなかった自分がどうしようもなく憎らしかった。
931 名前:終〜公孫賛[sage] 投稿日:2007/02/24(土) 03:23:04 ID:ryDp7xQu0
「畜生! 畜生、畜生! 畜生ッ!!」
乾いた音を立てて転がり落ちる徳利。
それを拾うこともせず、俺は一心不乱に叫び、拳を城壁に叩き付けた。
痛みは感じないが、血は滲む。

俺は、どれくらい泣き喚いていたのだろう。
泣き疲れた俺は、呆然と黄昏の終わりを見上げていた。
腫れた瞼が、焼け付くようにちりちりと痛む。
「……俺、もっとうまくやるよ。うまくやれるようになる」
空の彼方で死者が見守ってくれていると、そう教えてくれたのは爺ちゃんだ。
なら、今も公孫賛は俺を見ていてくれているのだろう。
そう自分を納得させて、俺はもういない公孫賛に向けてささやかな誓いを立てた。

「もう誰も死なせたくない。俺……もっと頑張るからな」

死なせたくない。
その願いは届かず、或いは戦の最中に誰かが命を落としてしまうかも知れない。
でも、そうならないように頑張ることはできるはずだ。
北郷一刀の本当の始まりは、ここから。
見知った誰かを失って、初めて知ったこの痛みを抱えて。
 
俺は、公孫賛に別れを告げた。
932 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2007/02/24(土) 03:25:01 ID:ryDp7xQu0
以上です

一行で始末されたハムがあんまりすぎだったんで書いてみた
こんくらい悩んでくれてもよかったと思ってつい…
相変わらず雑で色々と申し訳ない

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