「幽霊?」  北郷一刀は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。  場に居並ぶ諸将の冷たい視線が降り注がれ、彼は口を手で押さえながら視線をそらす。  皆一様にじんわりと汗を掻いているのはここ最近の暑さのせいだけではないだろう。  一刀は今、曹操軍の居城、その軍議の間にいた。無論軍事中であり、皆真剣な面持ちである。 「何変な声出してるのよ、あんたは」 「あ……いや、なんか非現実的だなって」  じろりと睨んでくる少女に一刀は頭を掻きながら苦笑いを浮かべる。  諸将は若干の呆れを見せた後、また一斉に顔を動かして元の方へと向き直る。  彼らの視線の先には、この軍議の中心である人物がいる。  特徴的な巻き髪を窓から入ってくる風に揺らめかせ、椅子に乗せた下半身のスカート、太ももまであるソックス、その合間に見えるきめ細やかな肌が眩しい少女。  その美しい足を組んでいる彼女の名前は曹操。字を孟徳という。この曹操軍の総括的な存在である。  無論、北郷一刀の主でもあり、彼は彼女には頭が上がらない。  もっとも、頭が上がらない理由はそれだけではないのだが。 「目撃例が多数上がっており、民衆の中で不安が広がっております」 「今はまだ影響は大きくはないようだけれど、何かしら不都合が生じるようになると、それはそれで困りものね」 「はい、そうなることは流石に見過ごすわけにはいかないかと」  先ほど一刀を睨み付けた少女が曹操の言葉に内容に似つかわしくない重々しさで応えた。  彼女の名前は荀ケ、字は文若。普段は頭を覆っている彼女のネコ耳頭巾も今は背中に垂らしている。 「調査の為に何人か派遣しましょう。人員の選定は任せるわ」 「御意」  荀ケが主の言葉に頷く。  特に異論があるということもなく、そのまま軍議は進んでいった。  自分の役目は終えていると判断した一刀は、頭の中を幽霊のことでいっぱいにしえちた。先ほどからそのことばかりずっと考えている。  幽霊なんて単語を一刀は久しぶりに聞いた。彼がまだこちらへやってくる前はよく怪談話の中で聞いたりしたことがあった。  そもそも、こことは時代すらも違う世界、彼はそこから来たのだ。つまり彼はここへ来た時、千年以上の時をさかのぼった計算になる。  そんな彼がいた時代では毎年夏になると怪談特集のテレビ番組を頻繁にテレビ画面で見受ける機会が多かった。 「おい、北郷。何を間の抜けたアホ丸出しの顔をしておるのだ」 「へ?」  急に声を掛けられた一刀はそちらへ目を向ける。先ほどとは別の少女が彼を睨み付けている。  前髪を前方へ一切下ろしていないため剥き出しになっている額が特徴的な彼女は夏侯惇という。字は夏侯惇。この曹操軍の将の一人であり、曹操軍一の武力を有していることでも有名である。 「先ほどから天井の染みでも探しているように見上げておるではないか」 「あ、いや。そんなことはないよ。少し考え事をしていただけで」 「ほう……」  一刀の返答に夏侯惇の声が階段を数段飛ばしするように低くなる。 「貴様。華琳さまの貴重なお言葉へ耳を傾けることを放棄して……よもやぼうっとしていたというのか」 「違っ、だから考え事をしていたんだってば」 「問答無用、そこになおれ! 粛正してくれる!」 「春蘭の場合、粛正といいながら首をはねかねないからいやだ!」  夏侯惇の視線にたじろぎながらも一刀は抗議する。  何かと首をはねようとしてくる、しかも割と本気、なことが多いため夏侯惇は油断ならない。というのが彼の認識だからである。  どうにかして凌げないかと画策している一刀だったが、不意に大きな岩でも背負わされているような圧倒的な圧迫感を覚える。  何だろうと思って、その発信源へと目を配ると、優雅に椅子に腰掛けている曹操の姿があった。瞼が下ろされて瞳は見えないが、明らかにいらだっているように思える。 「……二人とも、いい加減に黙りなさい。軍議中よ」 「お、おう」  曹操に地の底から響くような低い声と共に睨み付けられては一刀も、そして夏侯惇もただ頷くしかなかった。  †  口やかましく言い合いをしていた二人に目を向けながら少女はため息を吐く。僅かな顔の揺れと共に巻いた髪がゆらゆらと揺らめく。  本当に賑やかなことだと思う。いつだって、こうして騒がしいのだ。勿論、彼女としても別にそれが嫌というわけでもない。  ただ、こういう場で延々とやられると流石にため息の一つも出るというもの。 「まったく。そんなに持て余しているのなら件の幽霊騒ぎの調査に向かいなさい」 「うえっ!?」 「わ、私が……?」  二人とも目を丸くしてそんな馬鹿なと暗に言い返すような顔をしている。  額を剥き出しにしている少女に至っては口元が引きつっているようにも見える。  肘掛けに乗せた右腕に頬を預けながら少女は口を斜めにする。漏れた息で巻き髪が揺れる。 「そうね。どうせだから、私も行くとしましょう。気になることもあるし、視察も兼ねれば丁度良いでしょう」 「ほ、本気ですか!」  ネコ耳頭巾の少女が愕然とした顔を浮かべている。どうにも彼女はこと自分に対して過保護なところがあると思える。  そんな感想を宝物のようにそっと心の棚にしまい込むと、巻き髪を掻き上げながら頷く。 「勿論、本気よ。何か問題があって?」 「ご自身で向かわれること自他が問題だと申しているのです」 「だから、視察も兼ねてと言ったでしょう?」 「う……。な、ならせめて私にご同行の許可を!」  柳眉を逆立てながらじっと見つめてくるが、ネコ耳頭巾の似合う顔の作りをしているため迫力はさほどないと言える。  むしろ、可愛らしいものだと微笑ましくすら思いながら微笑を浮かべつつ頷く。 「いいわ。許可しましょう。その代わりしっかりと頭脳を働かせて貰うわよ」 「御意」  漸く納得がいったのか少女は引き下がった。  これで話を元に戻せるかと思っていると、今度は別方面で手が上がった。 「今度は何かしら?」 「その調査、姉者だけでなく私も共に護衛として行きたいのですが」  前髪の片方が目を覆うくらいに垂れている少女だった。姉は額を全て剥き出しだが、彼女は半分だけ額を露わにしており、片目は前髪で隠れている。 「珍しいわね。貴女が志願というのは」 「はい、そうかもしれません。しかし、もし他国の間諜だったらと考えると確実に仕留めたいと思ったもので」  幽霊の正体は、他国から送られてきた間者。その可能性は実は自分でも内心候補として挙げてはいた。  目撃された現場というのは城の近くにある森の奥だった。奥と行っても河原があり、旅行者などが時折利用することがあった。  そのため森に間者が潜んでいたとするのならば、間者が誰かと出くわした場合、即座に身を潜めたとすれば目撃者には急に姿が消えた、と思えたのかもしれない。  もしくは、目撃者事態が間者の仲間か、買収されて抱き込まれていると仮定すると話はより単純化する。 「そうね。それも一理あるわ。よろしい、許可しましょう」  少女は申し出を即座に受け入れた。  そもそも彼女は幽霊というものを信じてはいない、だからこそ、この騒動は生きている人間の仕業であり、そこには何かしらの意図があると思える。  それが間者なのか、それとも彼女が抱く別の可能性なのかはまだ不明である。しかし、対処は必至であることには変わりない。  ならば万全で当たるに限る。それが少女の結論だった。  †  調査団が結成され、その一員として北郷一刀は森の中へと踏み込んでいた。  城の近くとはいえ、整備や開拓はまだ碌にされていない人の手が一切入っていない自然そのもので、所構わず居座り視界を埋め尽くそうとしているかのような自由に伸び放題な草木がまた鬱陶しい。  昼のうちなら影となって多少は涼しさを感じたかもしれないが、太陽が布団に潜り込み、布団から蹴り出された月が不機嫌そうに雲の合間へと顔を隠してしまって蒸し暑い今となっては暑苦しいくらいだった。 「態々夜に来なくても……」 「しかたがないさ。大抵の目撃情報は日が沈んでからなのだからな」  夏侯淵が涼しい表情で一刀に微笑みかける。半分だけ剥き出しの額には汗一つ浮かんでいない。暑くはないのだろうか。それとも、もしかしたら顔の右半分を隠している前髪の下だけ汗でびっしょりだったりするのだろうか。  一刀は持ち上げた髪の下から大量の汗でテカっている彼女の顔を想像して吹き出しそうになる。 「む? どうかしたか?」  前を歩く夏侯惇がちらりと一刀の方を振り返る。 「いや、なんでもないよ。気にしないでくれ。それより、異常や不審者の影は?」 「今のところないな。至って静かだ」 「そうか。華琳はどう?」  一刀は隣を歩く曹操の顔を伺う。こちらは前髪の隙間から見える額も含めて完全に汗を掻いていない平常な顔であることがわかる。  完璧超人はもしかしたら体温調節すら行えるのではないか、そんな考察が彼の脳裏を過ぎるが、馬鹿馬鹿しいとすぐに脳内議長が却下した。 「別にこれといってないと思うわ。春蘭が何も感じていないのなら本当に何もいないのでしょう。きっと、獣すらね」  口を斜めにしながら曹操が一刀の瞳を覗く。一刀は一瞬どきっとする。 「け、獣ね。確かに春蘭なら熊とかが潜んでいるのもすぐ察知しそうだ」 「春蘭自身が獣みたいなものだもの。当然よ」  曹操を挟んで反対の位置にいる荀ケがふん、と鼻を鳴らしながら言う。その顔は邪悪なオーラのためかそれとも本当にそういう顔なのかは不明だがものすごく歪んだ笑みを浮かべているように一刀には観察できた。 「誰が獣だ、馬鹿者!」 「誰って、あんた以外の他に誰がいるっていうのよ。我が軍一の獣じゃない」 「貴様、そこに直れ! 首をたたき落としてくれる!」  顔だけ振り返っていた夏侯惇が完全に踵を返して荀ケの方へと向き直る。顔はまさに憤怒のそれだった。一言でいうなら興奮した獣。  だが、そんな夏侯惇を前にしても動揺を見せず荀ケはつんとした態度を取る。 「ばっかじゃないの。この私の優秀な頭脳が無くなれば大きな損失なのもわからないわけ?」 「ふん。ならば頭だけ残せばよかろう!」 「あほ! 躰がなくちゃ頭も使えないじゃないの!」 「何を! 貴様とて普段から言っておるではないか、頭で勝負をしているのだと!」 「そういう意味で言ったんじゃ無いわよ! このハゲ!」 「は、ははははは、ハゲてなどおるか!」 「松明を最低限のものしか持ってきていないのに、その頭のおかげで凄く明るいわ! ありがとう、春蘭」 「貴様ぁ……ここまで侮辱して、覚悟はできておるんだろうなぁ!」  散々な言われように夏侯惇の全身がぷるぷると震えている。もはや大噴火目前の火山といった様子である。  無論、辺りが明るいということはない。木々のせいもあるが、それ以前に月が雲に見え隠れしている現状では空からの灯りがほとんどないようなものなのだ。  そのため、いつもなら日の光や月の明かりをうけて煌めいてこの世界の住人に神秘さを感じさせる一刀の上着、通称白き衣と呼ばれる学ランも流石にただの布と化してしまっている。 「まあまあ。落ち着け姉者、足が止まっているぞ。それでは調査ができん。それに桂花もあまりいじめてやらんでくれ、調査が滞る」 「しょうがないわねぇ。そう言うならひいてあげるわ」 「なんか納得がいかんが……しかたあるまい」  夏侯淵の仲裁に耳を傾け、両者がにらみ合っていた顔を背ける。そして夏侯惇は前を向いてズンズンと大股で歩き始める。  少々全体の歩調が早まってしまっているが、まあしょうがないかと苦笑を浮かべながら一刀も早歩きに以降していくことにした。 「本当に春蘭も桂花も血の気が多いな……」 「ふふ、その持て余してる力は存分に発揮してもらわないといけないわね」 「やっぱり、華琳は間諜が潜んでいると思ってるのか?」  くすくすと楽しそうに笑っている曹操を横目で見ながら一刀は尋ねる。  曹操は口元を緩めたまま一拍息を強めに吐き出す。 「どちらかというと……賊軍の根城でもあるんじゃないかしら」 「えっ」 「領内の野党の動きが最近、妙なのよ。大人しすぎるのよ」 「それは華琳の統治の結果じゃ……」 「それだけで、そんなに完全に収まるわけはないわ。いくらなんでも最近の状況はおかしすぎる」 「そっか。ということは、この近くに集結し始めてる、と?」  腕組みしながら上を見上げる一刀。木々の枝々の隙間から僅かに星空が見える。 「大まかに言うと、そういうことよ」  曹操がそう言って一刀と同じように空を見上げる。 「だけど、それならもう少しちゃんとした部隊を編成したほうが良かったんじゃ?」 「今いる者たちだけでも野党相手なら十分すぎると思わない?」  そう言って曹操が集まっている仲間を見渡す。  一刀もそれぞれを一瞥して、曹操の方へと顔を向ける。 「んー確かに。こりゃ賊討伐に対して強すぎる布陣かもな」 「でしょう?」  曹操が口端をつりあげてみせた。  † 「ここね。噂が後を絶たない件の河原というのは……」  そう言って周囲を見渡す。  河原は林立する木々から抜けた場所なこともあって星空がよく見えるくらい視界が良好だった。  せせらぎも相まって非常に爽やかな印象の場所だ。やはり幽霊や怪が現れそうな雰囲気ではない。  辺りを見回してみる。どこまでも広がる沈黙の中、虫や鳥の鳴き声だけがよく聞こえた。 「む、やはり幽霊などおらんではないか。取り越し苦労だったな!」  髪を全て後ろに流しているため額が全て露わになっている少女が荒々しく鼻息を吐き出す。 「先ほどまでビクビクと震えていたくせに」 「何か言ったか!」 「ふん、何でも無いわよ。脳筋のくせに幽霊は怖いんだ、とか思って嘲笑してるわけじゃないわ」 「それは暗に思っているということだろうが!」  そう言って、むき出しの額に青筋を立てたでこ少女が両腕を挙げながら頭巾を被った少女を睨み付ける。  それを片目を前髪で隠した少女がため息交じりに仲裁する。 「そうぴりぴりするものでもないぞ、姉者」 「む……そうは言ってもだな」  片前髪の少女に窘められたでこ少女が頬を膨らませる。  その様子がおかしくて笑いそうになるのを堪えながら両手を胸の前に挙げる。制止の形である。 「まあ寛大な対応をしておきなさい。それよりも、目的地にこうしてついたわけですし、少し観察してみましょう」  その言葉を切っ掛けにそれぞれが辺りに目をこらし始める。だが、特に変化もなく。また、異変も感じられない。  どこまでも続く闇と静寂だけが彼女たちの周囲にはあった。 「あれ? 君たちは……」  急な声に小さな躰が跳ねそうになる。  いつからそこにいたのだろうか。自分たちと比べると大人びた男性が彼女たちの背後に立っていた。  本当にいつ現れたのかさっぱりだった。ここにいる者たちで彼の出現に気づいた者は誰もいないだろう。誰しもが目を丸くしているのがその証拠だ。  そもそも、どうやって背後に立ったのかが不明である。もし森から現れたなら木々や草の微かな動きで分かるはずだ。  いや、それ以前に武術に多少の心得のある少女ならば空気の振動や気配で気づきそうなものである。なのに誰一人として察する事はなかった。 「ん? どうかしたかな。ああ、この格好? それなら気にしないで、ちょっと訳ありなだけなんだよ」  何も応えてもらえないことに困惑しているのか、男性は頭を掻きながら苦笑いをする。一同はただ黙ってこくりと頷くことしかできない。  警戒している、というのもあるのだが、それ以上に不思議な出来事にまだ対応しきれていなかった。 「怪しい者じゃないんだけど……言っても、はいそうですか、とはいかないよなぁ」 「それは当然よ。だからこそ、聞かせてもらいたいのだけれど。あなた、ここで何を……?」  巻き髪の少女は代表者らしく一歩前に出て男性に尋ねる。この集団の中で彼女はいつも皆を牽引する役目を担っているため、この場合も彼女が率先して接触を試みることにしたのだ。  男性は口を斜めにすると、人差し指を右目の横に立てる。空を見上げろとでも言うつもりだろうか。そう思っていると、彼は手の形はそのままで手首を折り、地面を指さす。 「いや、ここで幽霊が出るなんて聞いたものでね……あ、今はいないのか」 「今はいない……どういうことかしら?」  男性の言葉に巻き髪の少女が首を傾げる。 「なんでもないよ。それより、君たちこそどうしてこんな場所まで来たのかな?」  余り見慣れない、というか見たことのない袴の左右の穴に両手を突っ込みながら男性が質問をする。  急な切り返しに一瞬対応が遅れた巻き髪の少女が喋るのを遮るように頭巾の少女が進み出る。 「あんたには関係ないでしょ! さっきから、なんなのよ!」 「流石にその態度は失礼だぞ。一応、目上の人なのだ。少しは弁えた方が良いだろう」  片前髪の少女はそう言うと男性に頭を下げる。 「仲間が無礼をいたして申し訳ない」 「ははは、いやいや。まあ関係ないのは事実だし。ほんの興味本位で聞いただけだから」 「そう言って貰えると助かる」  片前髪の少女はほっと息を吐き出す。大人の対応に胸をなで下ろしたようだ。  そんな彼女に代わるようにして改めて巻き髪の少女が口を開く。 「私たちは幽霊が出るという噂を耳にして来たの。まあ、せいぜい近くに根城を設けた野党辺りじゃないかとは思うのだけど」 「なるほど。大体そんなところだろうね」 「あら? なんの疑問もなく受け入れるのね。もしかして、あなたがその野党の一味だったりするのかしら?」 「なに!」  くすりと笑いながら巻き髪の少女が口に出した言葉にでこ少女が身構える。得物に手を掛け、獣のような目つきで男性を睨み付ける。  男性は微笑を崩すことなく手を顔の前で振る。暑くて顔を仰ぐには角度がおかしい。 「いやいや、俺は野党じゃないよ。安心してくれていい」 「そう。では何故野党の話を?」  巻き髪の少女が尋ねる。 「別に。強いて言うなら経験があったからかな」 「野党の?」 「違う違う。討伐の方だよ」 「そう」  それだけ言うと彼女は引き下がった。  何故かわからないが自分は彼の言葉に説得力を感じたらしい。不思議に思いながら彼女は改めて男性を観察してみる。  野党の討伐ということは兵だろうか。しかし、現役の兵としては違和感がある。もしかしたら戦乱の時代に兵だったのかもしれない。  それなら納得がいく気がしないこともないか、と彼女は思った。 「まあ、とにかく戻った方がいいと思うよ。そろそろ夜も更けて道がわからなくなるかもしれない」 「そうね。ここはあなたの言う通り戻ることにするわ。あなたはどうするの? 一緒に城まで行くつもりかしら?」 「んーまあ、そうなるかな。もし良ければ俺も同伴させてもらっていいかな」  男性は全員の顔色を伺うように顔をぐるりと回す。  不満がありそうな顔もちらほらあったが、特に気にせず男性は巻き髪の少女の顔を見る。 「どう? いいかな」 「ええ、構わないわ。ただ、妙な行動に出たら取り押さえるから、そのつもりでね」 「了解。もっとも、そんな気はさらさらないから大丈夫だけどね」  にっこりと笑う男性を連れて、一団は城へと戻っていった。  幸いなことにというべきかどうかは微妙だが、結局幽霊にも野党にも遭遇することはなかった。  城へと戻ってくると、それぞれの母親たちの姿がずらりと並んでいた。  こちらに気づいたらしく、腕をぶんぶんと振っている母親や軽く手を挙げる母親などが出てくる。 「おー! 漸く帰ってきたか−!」 「ふふ。そんなに時間はかかっておらんはずだよ、姉者。しかしまあ、無事で何よりだ」  態度の違いこそあれど、母親たちは皆どこか安心した様子が窺えた。  だが、ある程度距離が近づいた頃、何やら様子が一変する。  どうしたのだろうかと子供たちは首を傾げ、巻き髪の少女が代表して尋ねる。 「何か?」 「その男……」  彼女たちの親の一人である女性が進み出る。彼女だけでなく親である女性たちは皆呆然とした表情で男性を見つめている。  そう、まるで幽霊でも見たかのように。 「やあ。元気にしてたみたいだな」 「あなた……どうして。嘘。もしかして、幻? いえ、違うみたいね」 「ああ、ちなみに幽霊でもないよ」  そう言って口を斜めにする男性。  いつの間にか顔を覗かせた月の明かりに照らされた彼の白い服が夜空に浮かぶ星々に負けず劣らずといった様子で煌めいている。  その煌めきが妙に彼の神秘さを醸し出しているのかもしれない。一体彼は誰なのだろうか。  少女は少し考えた後、男性の服の裾をそっと握りしめた。