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　徐州小城南部の公孫賛軍本陣で、将兵の準備が整った報告を受けた後も一刀は、ただじっと待機を続けていた。

　日は最高潮を過ぎ去ろうとしている。それでも、戦場の熱気のためか、激しい暑さを彼は感じている。
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「うーむ……」

　腕組みをしたまま一刀はうろうろと本陣の中央をぐるぐると回っている。彼は二の腕に添えた手の人差し指を動かして、トントンと二の腕を叩く。
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「ん？　あ、ああ。そうだな……うん、落ち着こう」

　鳳統と顔を見合わせながら一刀は頷く。しかし、指の動きは一瞬止まっただけで再開している。
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「え？」

　ぼそっと呟いた一刀の方を鳳統が見やる。
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「……ご主人様が孫策さんを？」

「そう。本気で姉の敵って感じで俺を睨み付けてきた孫権がはっきりと言っていた」
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「そう、そうなんだよ。だから、俺はあのとき余計に混乱したんだ。何が起こっているのかさっぱりで」

　一刀は右手で頭をわしゃわしゃと掻き毟る。
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　鳳統も顔をうつむかせて考え込む。

　二人して、口を閉ざすと沈黙がすいすいと流れていって場の全てを支配しようとしていく。そんな折、足音が響いてくる。
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「報告！　孫権が現れました！　まもなく前衛が交戦状態に入ります」

「やっと来たか……」
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「軍師殿の狙い通り、確認した敵兵は元々の数分の一程度になっています」

「……そうですか。うまく、敵軍の陽動ができたみたいですね」
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　一刀が感心したように唸ると、鳳統がぎゅっと握りしめた帽子で顔を隠す。ちらりと見えた表情ははにかんでいた。

「あ、ありがとうございましゅ……。何にしても、義勇兵の皆さんのおかげで孫権さんの兵力を分散させることに成功しました。今なら主力部隊の数とこちらの兵数が拮抗しています」
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　事前に鳳統が行った志願兵の利用方法がこの敵軍の陽動だった。

　数が少なく、また訓練もまだな義勇兵を戦力の水増しに用いることをせず、彼らに旗や幟を多く持たせ張りぼての強度度外視な砦に掲げさせたのである。
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「その稼いだ時間のうちに、援軍が来ることを期待するわけか」

「……そうです。では、既に先行して合流している華雄隊と趙雲隊にそれぞれ伝令をお願いします」
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　つい先頃、趙雲と華雄がこちらへ向かっているという連絡を受け、伏兵の役目を与えてたいたのである。

　要するに鳳統が伝令兵を遣わせた理由は孫権の部隊への奇襲の合図だった。
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「……今、向こうの兵数は減り、逆にこちらはしっかりと兵数を残している状態です。つまり兵数で劣ることはないわけですから、きっと大丈夫ですよ」

「ん。そうだな、よし……行こう。孫権の元へ！」
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　そんな大海原を船のように進みゆく一刀達は、孫権が率いている主力部隊へと近づいていった。

　ただ彼女と話がしたい。その一心で白刃を踏むような道程を彼らは突き進んだ。そして、願い叶うかなその先に孫権の姿を見ることに成功する。
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「くっ、思っていたより敵の数が……陣形を変えろ！　闇雲に展開しては敵の思う壺……む？」

　声が届いたのか険しい表情の孫権が、一刀たちの方へと視線を配る。
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「北郷一刀！　貴様、一度ならず二度までも態々自分から訪れるとは……この孫仲謀を軽んじているとみてよいのだな！　いや、みなす！」

「なんだか、火に油そそいだ気がする！　いや……落ち着こう。よし、孫権……聞いてくれ！　孫策のことなんだけど……」
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　一刀の周囲にはちゃんと護衛もいた。何より乱戦に近い前線の中で的確に自分の元へと矢を届かせるようなことができるのだろうか。

　そんな疑問を抱くのも一瞬の事で、一刀はその場に蹲ってしまう。
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「ご主人様！」

　鳳統が泡を食ったようにふらつく一刀の体を支える。
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　声は声にならず。咳き込みながらの苦しい吐息に紛れて霧散してしまいそうだったが、それでも一刀は言い切った。

「ご主人様、傷に障ります。ここはもう退いてください！」
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　一刀の言葉に気を取られ惚けた顔をしていた孫権に目がけ、どこからともなく矢が飛びかかった。

　すんでの所で襲い来る暴矢を南海覇王で防いだ彼女の顔に憤怒の表情がよみがえり、カッと一刀に鋭い視線を飛ばしてくる。
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　やはり戦乱の中での対話は難しかったのだろうか、そんなことを考えながら一刀の意識は雪のように真っ白な世界へと溶けていった。


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　公孫賛が北郷一刀が率いている別働隊の本営へと到達したとき、彼の姿はどこにもなかった。

　しかし、そんなことを気にしている暇もない彼女は馬超らと共に孫権軍への対策に乗り出した。
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　そして、本隊同士、両翼同士の激突という形で戦場は荒々しさを増している。

「なるほど、星と華雄なら恐らくは大丈夫だろう。問題は孫権率いる本隊か」
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　鳳統の表情にはどこか焦りがあるな、と思いながらも公孫賛はすぐに動き出す。

「わかった。直ぐにでも前線の援護に行くとしよう。雛里、後曲のの指示はお前に任すぞ」
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「おう。任せとけ、まだ暴れたりないんだ。思いっきりやってやるぜ」

　拳を握りしめた右腕の二の腕に掌を勢いよく添えて、意気軒昂の程を見せる馬超。
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　前線ではなおも拮抗した状態が続いている、孫呉の気迫に押されかけてはいるが、それでもよくもっている方だろう。

　公孫賛は近衛兵達と共にその血しぶき舞い散る中へと駆け込んでいく。
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「孫呉の兵たちよ、我らに畏怖を抱くならば、すぐに退くがいい。もし今すぐその身を反転し駆け去るというのなら見逃してやろう！」

　騎兵の投入で動揺しているのを見越した公孫賛の一言は、孫権軍の前線をじわじわと浸食していき、徐々にその顔は狼狽の色を増していく。
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　孫権軍に広がる揺らぎを見極めた鳳」統の声が後曲より飛ぶ。

「……今こそ、低下している孫権軍の意気を完全に挫きます。弓兵部隊、一斉掃射を」
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「退け、退けーっ！」

　孫権軍の前衛が崩れ始めて潰走しだす。
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　結果、隊列は乱れ、孫権軍はにっちもさっちもいかなくなっている。

「おっしゃ、敵はいい的になってくれてるみたいだ。遠慮なくいくぜ、突撃ーっ！」
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　そして、その最中……公孫賛は、本陣の孫権と敵軍の後曲からやって来る周瑜の姿をその瞳に捕らえた。

「く……やはり鳳統が厄介だったか。降ったとはいえ、劉備への思い入れも強いため二心あるかと踏んでいたけれど」
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　その孫権に対して首を左右に振ると、周瑜は眼を細めて嘆息する。

「孫権様、どうやら曹操にしてやられたようです
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「私たちが囮ってことね。曹操め、姑息な真似を……」

「ですが、元々はこちらが先に仕組んだこと。そっくりそのまま返されてしまうのも仕方ないと諦めましょう。それよりも、孫権様」
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　気がつけば日は西の空に沈み始め、赤みが頭上を支配しようとしていた。まるで戦場から出た数多の血飛沫を浴びたかのように。
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「孫権軍への追撃も程ほどでやめておけ、深追いは却って損害を招くだけだ」
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　前線の将兵たちと共に本陣へともどった公孫賛は、ようやく肩の力を抜く。

「はあぁぁぁ……なんとか、どっちも追い払えたな」
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「まったくだ……。複数の相手とにらみ合わねばならんのが乱世の常とはいえ。星もよく務めてくれたな」

「いえ。これくらいせねば、むしろ私のいる意味がないというところですよ」
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「いつでも心強い限りだな、お前は。さて……」

「主でもお探しですかな」
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　ニヤニヤと笑みを浮かべながら詰め寄ってくる趙雲から視線をそらすと公孫賛は一人の少女を見つけて声をかける。

「雛里！」
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「雛里も、よくやってくれたな。どうやら負傷者も最低限で済んだようだし。雛里がいてくれなかったらどうなっていたか」

「ありがとうございます。被害を極力食い止めることができて良かったです……」
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「しかし。見事に相手の裏、裏とついていけたものだな」

「あれは、孫権さんの軍が怒り心頭の状態だったからです」
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「しかし、それ程までに憤怒させるようなことをした覚えは私にも一刀にも無かったはずだが……」

「あ、その件ですが。実はですね……」
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「雛里の言った通りだとすれば、孫権の言葉も頷ける。孫策を暗殺したという虚偽の流言が出回っているのなら……我らを討ちに来るのも至極当然」

「だが。そこは色々と気になるところがあるな……それが正される機会とて、あったわけだからな」
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　鳳統は考え込む素振りを見せたまま瞳を瞬かせ長い睫を振るわせる。

　どうにもまだ裏がありそうだと思いながらも、公孫賛は努めて明るく振る舞う。
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　鳳統がそう言って駆け出そうとするのを公孫賛は引き留める。

「あ－、ちょっと待ってくれないか。雛里」
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「何でしょうか……」

　鳳統がどこかそわそわとした様子で公孫賛の顔をのぞき込む。
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　隣で趙雲が吹き出しているが、そんなことは無視して彼女は鳳統をじっと見つめる。

　鳳統は親に怒られた童のようにしょんぼりと肩を落としながら、公孫賛に答えた。
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「はて、私も少々思い至りませんな」

　趙雲も公孫賛と顔を見合わせて首を傾げる。
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「負傷だと！」

　公孫賛と趙雲の声が重なる。
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「まあ、まて星。何か事情があってのことだろう。私としても気にはなるが……まずは、陣の撤退だ。雛里、詳しい話は城に戻ってからでいいな……？」

「御意です」
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　趙雲も直ぐに出て、自分の隊の指揮を再会する。

「一難去ってまた一難か……険しい人生だな、まったく」
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　†


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　軍議の間では漸く今回の戦に関する戦果報告が始められた。とは言っても、基本的には袁家組は顔良のみが行い、あとは陳宮が纏める形だった。

　袁紹は陳宮側で却下。文醜は言わずもがな、そして張勲は未だに青い顔をして震えている袁術をあやすので精一杯といった様子だったためである。
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　隣にいる呂布にそう言われて、陳宮は大きく頷くと経緯を語り始めた。

「ねねと恋殿は北方の異民族対策に赴いていたわけですが、そちらの方はなんら問題はありませんでしたぞ」
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　今初めて聞いたかのような反応をする文醜に顔良が乾いた笑いを零す。

「ただ、丁度終わった頃合いに曹操軍の動きについて早馬が届いたわけですな。そこでねねは一計を案じたわけなのです」
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　陳宮は頷き返すと、話を続ける。

「霞たちが戻ってくるというのもわかっておりましたからな。少々兵の動きを調整したのです」
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「猪々子、何か言いまして？」

「いえ、なんでもー」
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「そうなんですか？」

　顔良が尋ねると、陳宮の代わりに張勲が答える。
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　妙に説得力のある言葉に顔良が納得したように頷く。気のせいか、言葉を失ったという方が適切にも見える。

「兵を率いて動くのはわかっておりましたので、美羽隊の副長に早馬を飛ばして攻城部隊の撹乱を任せたわけです。そして、その後恋どの部隊はその大半を馬超隊に組み込み、近衛十数騎のみを恋殿と共に先発させたのです」
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　呂布のことを、陳宮はまるで自分の事に用に鼻高々に自慢をする。

　もっとも、呂布の武勇に関しては一同理解しているため、誰もが同意の反応を示している。
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　顔良が感嘆の息と共に言葉を吐きだす。

　陳宮はその言葉で一瞬のうちに頬が熱くなるのを感じた。
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　それから顔良側からの基本的な報告が始まったが、宣言通り重大なことはなく、比較的滞りない形で進んでいった。

　やはり重要な案件といえば、捕らえた曹操軍の兵士や夏侯惇のことだったが、それは公孫賛や一刀の判断も必要となり、一旦保留となった。
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「よくわかったのです。バカなおばさんも予想外な頑張りを見せていたようですなー」

　顔良の報告に感心する陳宮。
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「おだまりなさいなっ！　なんですの、猪々子も、このわたくしをおばさんだと？」

　こめかみに青筋を立てる袁紹が、文醜の両頬を力任せに引っ張る。
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　袁紹は文醜の頬から両手を離すと、ふん、と鼻息を荒く吐き出しながらそっぽを向いた。

　痛々しい程に真っ赤に染め上がっている頬を摩りながら、涙目の文醜が口を尖らす。

「でもさぁ……麗羽さまが抜けてるのは公然の事実じゃないっすかぁ」
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　袁紹に指を口へと突っ込まれて、左右へぐいぐい引っ張られている文醜は両腕を振りながら顔良へと助けを求める。

　が、とうの顔良はどこか呆れた顔をしている。
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　悲嘆に満ちた声を挙げる文醜に、場が笑いに包まれた。

　そんな馬鹿馬鹿しくて可笑しい光景が、本当に大きな戦が一段落したのだということを物語っていた。
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　徐州小城へと戻った公孫賛は外が日も没し、すっかり暗くなっているにも関わらず一部の将と軍師を軍議の間へと招集した。
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「あぅ……」

　全員から凝視されている鳳統が身を縮こまらせて困った顔をしている。
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「わかっておりますとも」

「そうそう。誰かさんじゃあるまいし、メリハリはつくわよ」
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「まずは、馬超。お前の話から聞かせてもらおう。助力はありがたかったが、何がどうなっているのかはまだ聞いていなかったからな」

「あ、ああ。構わないぜ。そうだな……話は、あたしらが曹操とやり合ってた頃に戻るんだけどな」
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　結果として曹操軍に抗いきることはできなかったものの、張遼らのおかげで、馬超は母、馬騰を丁重に弔うことはできたという。

　話を聞いていて公孫賛は、なるほどと頷かずにはいられなかった。
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「雛里が言っていた、あいつの行動による副産物とはこれのことか？」

「はい。馬超さんと側近を中心とした涼州兵が恩義を感じているなら、と思いました。また……それだけではなく。ご主人様が我が軍に引き入れた異民族の方々、それに馬超さんと行動を共にしているであろう張遼さんのことを考えたところ、恐らく、今回の窮地を脱することは可能だと判断しました」
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「……あぅ」

「あれ？　な、なんで落ち込むんだよ。ホントにあたしは凄いって思ったぜ！」
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「どういうことだよ。よくわかんねーぞ」

「要するにこれは軍師としてではなく、乙女としての問題ということだ。しかし、雛里よ。気に病む必要は無い、主も言っておったぞ、貧乳はすてぇたすだ、と」
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　鳳統も火照ったかのように顔を少し赤らめて、趙雲に聞き返す。

「……すてぇたす、ですか？」
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「おおとも。主はあれでいて趣向の幅が広いようだからな。そんな噛むほど力まなくてもよいのだ、安心するがよい」

「あわわわわ」
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　と、誰にともなく心の中で弁解をした後公孫賛はため息を吐いて両手を叩く。

「はいはい。桃色談義はそこまでにして話を戻すぞ」
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「ほほう。その割に、どこか安堵と上機嫌な様子が見て取れるわけだが、その心情は如何に？」
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「おのれ……どこまでも私を愚弄するつもりか」

「ああもう。話が進まないんだから、あんたたちはちょっと黙ってなさい」
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「貴様とて、我のことを言えるのか！　本当は小躍りでもしたいに決まっておるわ！」

「いきなり意味わからないことを言わないでくれる？」
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「貴様とは腐れ縁のようなものだからな、今では手に取るようにわかるぞ、詠の内心などな」

　先ほどされた仕返しとでもばかりに華雄が指を突き立て、賈駆へと向ける。
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「ふん。詠が怒ったところで恐ろしくもない。」

「なんですってー！」
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「そうだぞ。まったく、公孫賛軍ってのはいつもこんなエロエロなことばっかり話してるのか？」

　公孫賛の怒声にも似た叫びに呼応して馬超が呆れた顔を浮かべて疑問を口にする。
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「あ、あたしぃ!?」

「そうだぞ、要するにエロエロなのは我らではなく、馬超、お主と言うこと……もがもが」
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　気が動転した馬超が趙雲の口をふさいで言葉を封じようとしたようだが、鼻も一緒に覆っているため呼吸はできないだろう。

　公孫賛は苦笑を浮かべる。
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「…………」

　恐らく最後の抵抗だったのだろう。しかし、それもむなしく趙雲の体が脱力している。
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「…………」

「ど、どうしよう。あたし……そんなつもりじゃ」
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「ふむ。これはなかか弾力、大きさ共に……」

「ひゃぅっ！　お、おま……気を失って……あっ、やめっ、あうっ……何を……してるんだ、このバカ！」
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「むむぅ、少しくらいよいではないか」

「いいわけあるか！　人が心配してるのに……む、むむ胸を」
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　顎に手を添えて真面目に嘆息する趙雲を見て、馬超が悲鳴をあげる。

　そんな二人を前にしても公孫賛軍陣営の面々はあまり大きな反応はしない。
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「いつものことですね」

　三者三様だが、全員言ってることは同じである。
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「随分と冷たいものですな……」

「自業自得だっ！」
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「何はともあれ、馬超のことやその他のことに関してもわかった。冀州から届いた早馬の情報と照らし合わせてもなんら誤りはないだろう」

「そうね。二正面……いえ、三正面作戦に近い状況になっていた今回の戦を乗り切れたのはそのくらいのことがないと納得いかないし。むしろ妥当ってところだわ」
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「細かいことはまた別のときに改めてでも良いだろう。それよりだ、流石に皆、しびれを切らしてくる頃だと思うから聞くが……雛里」

「はい」
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　鳳統は肩を落とし、帽子のつばをぎゅっと握ると弱々しい声で語り出す。

「ことは、孫権さんの軍と衝突しているときでした。孫軍前衛に本陣が混じった辺りでこちらも本陣を前衛の援護を行うという名目で前進させました」
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「孫権への接触……か？」

　なんとなくだが、公孫賛の脳裏にその人物の名前がよぎった。
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「なるほど。そして、突出したあいつは……」

「どこからともなく飛んできた矢を受けて。ごめんなさい……全て私の失態です」
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「でも。私がお止めしていれば……」

「いや、あいつは一度、決めると止まらないからな」
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　公孫賛は微笑を交えながら鳳統に言う。

「そういうことだから、あまりに気に病むなよ。幸い名医もいるし、毒で逝ってしまうということもないだろう。だから、そうだな……どうしても、というのなら。あいつの看病でもしてやってくれ」
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　その後は、いくつかの報告を受けて解散ということになった。

　公孫賛はその後、しばらく残ったまま考えていた。今回のこと、今後のこと、そして一刀の事を。
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　それから自室へと向かおうとしたのだが、途中気になってとある部屋へと向かう。

「流石に起きてはいないと思うし、顔だけ見れれば……」
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「やはり、少し苦しそうだな……」

　寝台で横になっている少年を見下ろして公孫賛は眉を顰める。
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「謝るなら、元気になってからにしろ。バーカ」

　うめき声混じりに途切れ途切れに発した言葉に頬を綻ばすと公孫賛は彼の顔に浮かぶ汗をそっと手ぬぐいで拭い去り、その場を後にした。
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「ちょっと様子を見にな。雛里はもう看病をするのか？」

「はい。大事な方ですから……少しでも長くお側に」
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「あ、くれぐれも、仕事に支障を来さない程度で頼む」

　公孫賛が冗談交じりのように明るい調子で言うと鳳統も表情を和らげて笑った。
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　そう言って公孫賛は片手をひらひらと不利ながら廊下を歩いて行く。

　途中で振り返ったときにはもう、鳳統は廊下にはいなかった。
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「んー……ようやく一段落ってところかぁ。あらゆることが生じたから非常に大変だったなぁ。まあ、それも一応乗り越えたんだよな……本当にお疲れさま……一刀」

　公孫賛は今回もまさに心身を削った少年への労いの言葉を風に乗せて飛ばす。
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