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　飛び交う怒声、そこかしこで鳴り響く鈍い音に悲鳴、馬のいななき。風切り音をなびかせて飛び交う弓矢。

　そういった激しい音の交錯も今は遠く、静まりかえった夜。
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「だが、逆に曹操への攻め手に欠く状況でもある」

　一刀の言葉に補足する公孫賛もまた浮かない顔をしている。
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「……一応詠さんたちには伝令を出してありますし、そう待たずにも援軍がくるでしょうけど」

「それであの曹操を打倒、もしくは退けられるか、だよな」
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「このまま膠着が続けば、鄴のみんなが危ない。そして、曹操を追い返す以外に現状、俺たちにできることはないんだよな」

「……そうですね。曹操さんが退くことになれば、仮にあちらが攻め込まれていたとしても、まだなんとかなるはずですから」
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「くそ……何かないのか、雛里」

　公孫賛は唇を噛みしめて、鳳統の方に視線で問いかける。
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　一刀がなぞるように繰り返すと、鳳統はこくりと頷く。

「……一つだけ、希望があるとしたら。それは恐らく、ご主人様の行動による副産物かと」
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「どういうことだ、一刀。貴様の行動というのは？」

　華雄が一刀に問いかけるが、そう言われてもわからないため彼は口ごもってしまう。
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「私がわかるはずなかろう！」

「……お前、それ、胸張って言うことじゃないだろ」
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「それで結局の所、どういうことなんだ？」

「……あ、はい。あくまで入ってきた情報や伝聞を元になので、予測となりますが、ご主人様がこちらへ訪れる前のことです」
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　冀州の安陽では、公孫賛軍が、曹操軍によって拠点を攻め込まれていた。
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　そんな日の夜のこと、本営にいる袁紹は軍議机に左手で頬杖をつきながらお供の顔良に苛立たしげに訊く。
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　相手の兵站部へ工作を行うことが一番の効果を狙えるとの判断によるもので、成功次第連絡兵がよこされる手はずなのだが、一向にその様子ない。

　だから、顔良も普段のものとは違う、非常に険しい顔を浮かべていた。
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　右手の指を上下させて軍議机を叩きながら、袁紹は口を尖らしながらため息交じりに言った。
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　顔良の言葉に、袁紹はただ頷くことしかできない。

　今できることは、防戦一方。
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「私たちに今できるのは、やっぱり、とにかく落とされないよう守備をしっかり固めることですね」

「そうですわね。ここはきちっと守り通してみせますわ」
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　唐突な顔良の質問にすってんころりと転びそうになりながらも、袁紹は否定する。

「そうですか。てっきり、今回のことはご主人様絡みかと思ったんですけど」
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「なんと言うべきかしら……あの男なら何を望むかとか、どうするかとか、その……何故かしらね。気になってしょうがなかったんですの」

「ご主人様のこと、本当に好きになっちゃったんですね。麗羽さまも」
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「うわっ、麗羽さま……落ち着いてくださいって」

　慌てた顔良に助け起こされながらも、袁紹は彼女を睨む。
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　何故か頬が熱くなった。それは顔中へと広がり、鼓動が早くなった気がした。

「ふふ。そう言う割に、まんざらでもない顔してますよ？」
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　さらりと答えた顔良。態度とは裏腹に強烈な一言に袁紹はぎょっとする。

　顔良に何か言おうと袁紹は口を開きかけるが声が発せられない。彼女はひとまず唾を飲み込んで一拍おき、改めて口を開いた。
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　そう言うと、顔良は伏し目がちに床へと視線を落とす。

「もしかしたら、誰にもこの想いについては、もう言えないかもしれないから……ですかね」
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　そう言って顔良は笑って見せるが、袁紹には泣き笑いに見えた。

「斗詩さんのおっしゃることも一理ありますわね」
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　袁紹は全身から力を抜いて軍議机に寄りかかる。凝り固まる感情をできるだけ和らげて考える。

　そして、言葉にして顔良に……今は一人しかいない重臣に告げる。
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　顔良が眼を見開いたまま口元を抑え硬直するが、

「…………多分」
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「し、仕方ないではありませんの！　わたくし、今の今まで……というか今もですけれど、よくわかりませんわ！」

「あ、あはは……それもそうですね。もし、生きて帰れたら」
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「それなら、何が何でも……粘らないといけないですね」

「はぁ……ですわね。とにかく、持久戦をしつつ、隙があれば猪々子への補給も考えないといけませんわね。そのためにも頼みますわよ……七乃さん」
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　遠回りに遠回りを重ねる結果となったが、おかげでどうにか曹操軍の兵糧基地の一部が目視出来る程度には近づくことが出来た。

　そして、いざ火攻めを行い兵糧を焼き払ってしまおうと虎視眈々と時を待っていた。
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　張勲の説明に、兵士たちは周辺の草ひとつ揺らさぬようにとばかりに声を押し殺して頷く。

　そして、ひっそりと潜んだまま日は沈み、兵糧基地に篝火が灯されていく。それを確認すると、張勲は兵士たちを見やる。
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　黄河のごとき激流となって、兵士たちが基地内を埋め尽くし、やがて火を放ち、深紅に染め上げ燃えさからせるだろう。
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　待つ。

　ただ、待つ。
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　火を放つどころか、しんと水を打ったように静まりかえっている曹操軍の基地に張勲は首を捻る。

　いつまでたっても基地から火の手が上がる様子がない。

　一体どうしたのだろうかと思う彼女の傍らで、残った数少ない兵たちも顔を見合わせている。
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　急に基地の方から喉が張り裂けんばかりに叫んだと思しき怒声が聞こえてきたのは……。

　思わず、張勲はびくっと肩をふるわせる。
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　基地の方から悲鳴や怒号が飛び交い始める。張勲はおそるおそる、基地の方を見る。

　先ほど突撃した兵士たちが這々の体で逃げ出してくる。
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「やっぱり、私じゃ曹操さんのところの軍師に勝ち目なんてなかったんですよぉ」

　張勲は胸の前で震える手を会わせながら、悲鳴にも似た声をあげる。
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「あわわ、ど、どうしよう」

　蹄の音は彼女が瞬きする度に、ぐんぐんと距離を詰めてくる。
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　ご機嫌とばかりに高らかな笑いと共に、迫り来るその様に、張勲は鬼神を見た。

「ひぃぃぃぃ、もたもたしてると取って食われちゃいますよぉ。撤退ーっ！　撤退ーっ！」
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「た、隊形を崩してはダメですよぉ。とにかく、夏侯惇さんとの距離を取ってください。こちらがやる気をみせなければ……」

「逃がすと思うてか！」
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「待たんかぁ！　こらぁ、わたしと勝負せんかぁ！」

　だが、夏侯惇は逃がしてくれる様子もなく、一直線に張勲のいる集団へと向かってくる。
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「そんなぁーっ、誰か助けてくださいよぉー」

「ふはははは！　いい加減観念したらどうだ！　今なら楽に眠らせてやるぞっ！」
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　だが、これ以上は無意味と踏んだのか、幾人かの兵卒が夏侯惇の足止めを買って出ると、馬を翻した。
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　ほんの僅かではあるが夏侯惇との距離が開いた。その機を見逃さず、張勲は数少ない兵を引き連れて一目散に馬で駆けた。

　そのおかげか、張勲は無事に逃げ、そして再び兵たちと合流して立て直しに成功した。
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　木々に身を潜めながら、張勲は曹操軍尾糧食基地をじっと見据え、ため息を零した。

　彼女の白を基調とした軍服も、一心不乱に逃げる内に随分と汚れ、ボロボロ。いや、今や工作部隊の兵たちの士気すらも低下してしまっている。
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「ふはははは、呑め呑め！　今宵は宴だ！　実に愉快、痛快なり。見たか、張勲めのあの顔を！」

　馬鹿みたいに大きな声が基地の方から聞こえてきた。それはつい先ほど訊いたばかりのもの。張勲を追い回した、夏侯惇のものだ。

「春蘭さまにこちらの防備へと回って頂いて正解でしたねー」
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「そらそら、遠慮無く呑め」

「そうですよー。もう、敵さんも懲りて撤退していったでしょうからねー。後は、凪ちゃんたちにお任せなのですよー」
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「もしかして、これって絶好の機会……一刀さん風に言えば、ちゃあんす。って、やつですかねぇ」

　現在共にいる残存兵の方を振り返る。拠点を出たとき比べると五分の一程度まで減ってしまっているが、酔いつぶれた相手への奇襲をかけるならなんとかなりそうな人数ではある。
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「おぉー」

　張勲の指示に、兵たちもほんの少しの風が吹けばかき消されてしまいそうな声で返事をした。
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　曹操軍糧食基地から物音一つしなくなり、寝息やいびきが聞こえ始めて暫くたった。

　もうそろそろ夜が明けそうであるが、まだ奇襲には適していると判断し、張勲は腕を振って兵たちに移動の合図を取る。
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「通してもらいますよぉ。邪魔なんでどいてくださいねぇ」

　夢うつつな門番を蹴散らして、張勲隊は中へと駆け込んでいく。糧食を蓄えているはずである倉庫を彼女たちは探す。
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「あら、そうですかぁ。ご親切にどうも……………………え？」

　不意に掛けられた声に張勲が礼を言う。が、何か変だと違和感を覚え、首を捻って声がした方へと振り返る。
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　張勲は、急に現れた見知らぬ少女に困惑せずにはいられない。

「え……ええと、どちら様でしたっけ？」
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　すっかり酔い潰れてしまっていると思っていた軍師、もとい程昱という少女が眼前にいることに張勲は愕然とした。

　程昱がピンピンとしているということ、それは張勲の予測とまったく異なった展開であること。
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「ま？」

「まさかこれって……罠だったりします？」
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　程昱が口元を手で隠して意味深な笑みを浮かべる。底が見えない笑顔に張勲の背中は冷や汗で覆われていく。

　これはまずい、と本能的に判断し、張勲は他の兵たちと共に踵を返すことにする。
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　立ち塞がった隊を率いていたのはやはりというか案の定、夏侯惇だった。

「ひぃぃ、出たぁぁぁぁ！」
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　完全にしてやられたと気付いた時にはもう遅い。張勲は一度命拾いしたときに逃げなかったことを後悔した。

「こんなことなら、いつもみたいに逃げてれば良かったぁ……」
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「わたしだって人間だ、馬鹿者ー！」

　そう反論する夏侯惇はどう見ても張勲には猛獣にしか見えない。
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「む……そうか」

　どこからともなく聞こえた声に夏侯惇が頷く。なんだろうかと張勲があたりを見ると、先ほどの少女、程昱が立っている。
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「これこれ、口を慎むべきですよー。ホウケイ野郎」

　程昱が相手を窘める。そこで張勲は気づく、程昱の頭の上に鎮座してる人形がしゃべっていた（？）のだと。

　張勲が、呆然と人形と程昱のやりとりを見ていると、急に程昱の目が彼女の方を向く。
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　微笑を浮かべて、はっきりと断ってみせる張勲。

　程昱の提案に頷きたい気持ちは大いにあるが、どうしても躊躇してしまう。
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　張勲は、勝手に一人で盛り上がって肩を回している夏侯惇に抗議の声を上げる。

「ええい。そろそろ素直に状況を受け入れんか！」
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　が、どうしようもないのもまた彼女はわかっていた。

「……う、うう。わかりましたよ」
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　それを無視して、張勲は程昱の方を見る。

「降伏しますよぉ」
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「だってぇ、夏侯惇さんに殺されるよりは……生き延びる方がましですからぁ」

「賢明な判断だと思いますよー」
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　場の空気が曹操軍側では軽く、張勲隊側では非常に沈痛という対極な状況の中、唐突に異変が起きた。

「うわぁぁぁぁ!?」
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　驚いた夏侯惇が慌てて、振り返って門の方へと動く。

　馬を下りかけていた張勲も何がどうなっているのかはわからないが、一先ず馬上へと戻る。

　その時、
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「おらおらおらおら、とっとと、どかんかい！　神速の張遼、お通りや！」

　曹操軍の兵をかき分けて、現れたのは張遼だった。数多くの騎兵を引き連れている。
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　張勲は自体が飲み込めず困惑する。そんな彼女の側に張遼が馬を寄せる。

「自分、なにしとんねん。今は糧食をダメにして逃げる。これが最優先なんやろ？　ぼうっとすんなや」
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「この奥だそうですよぉ。先ほど、教えて頂きましたから」

「そか。なら、早いとこ済ましてずらかるとしよか」
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　更に、返す刀で基地の各所に火を放って回りそのまま脱出をはかる。

「貴様らぁ、許さん！　このままでは華琳さまに面目がたたぬではないか……」
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「面倒なやっちゃなぁ。逃げんと、燃えてまうでぇ？」

「構わぬ。このような失態を犯した以上、華琳さまに詫びても詫びきれぬ！」

　張遼の言葉にも、迫り来る焔にも一切揺らぐことなく凛々しい顔でこちらを睨む夏侯惇。
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「やっぱ大層な武人やな、夏侯元譲……。結構ウチ好きや……あんたみたいなん」

「ふ。お褒めにあずかり光栄、とでも言おうか。しかし、わたしもまた好感を持っているのだ。お主にはな」
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　不適な笑みを浮かべる夏侯惇。

　対して張遼は同じ笑みでも、何の後ろめたさもない真っ直ぐで明るい満面の笑みを浮かべる。
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　夏侯惇が先手を取るように張遼へと向かって突撃してくる。

　張勲は汗でびっしょりな手で手綱を強く握りしめる。
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　向かってくる夏侯惇に対して迎撃の構えを取りながら、張遼が叫ぶ。

　その間にも夏侯惇が彼女へと迫り来る。
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「は、はいぃぃー」

　怒鳴りつけられて張勲は慌てて、自分のなすべきことへと気持ちを集中させる。
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「さっきの女の子。程昱ちゃんでしたか……彼女がどう出るのか気になりますねぇ」

　そう、火を付けて戻ってきたときには姿が見えなくなっていた程昱。
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　張遼と一進一退の攻防を繰り広げながら夏侯惇が叫んでいる。

「そら、お互い様やな。でもな……」
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　張遼の鋭い突き。

　夏侯惇はそれを間一髪のところで体を横にして避け、逆に張遼の懐へ滑り込み、七星餓狼の刃を振り上げる。

「隙有りだ！」
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　互いに強烈な一撃を持ちながらも、中々雌雄は決しない。

　そんな激しいやり取りを視界の隅に納めながら、張勲はなおも考えていた。
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「わ、わかってますよぉ。あーもう……ん？　風？」

　急かす兵を無視して、張勲は風にそよそよと流される自分の髪に触れる。
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「はっ！」

「霞さんはまあ上手くついてきてくれますよねぇ。それじゃあ、今ですよぉ！」

　風がひときわ強く吹いた瞬間、炎が一段と強くなり、曹操軍の兵が僅かながらに怯む。その隙をついて張勲は号令を掛けた。
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「にゃはははは、惇ちゃん。勝負はまた今度なー！」

「貴様、逃げるのか！　卑怯者ーっ！」
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「よ、余裕ですねぇ……さすが武力馬鹿だけに肝が据わってるというか」

「なははは、まあまあ。最後にからかっといた方が惇ちゃんもおもろいことになるやん？」
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　†
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　夏侯惇は疾風のごとく速さで遠ざかっていく敵の姿を見つめながら地団駄を踏む。

　具足越しに伝わる焼けた土の熱すらも今ばかりはまったくこれっぽっちも彼女には気にならない。
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　そう言った程昱から、夏侯惇は馬をあてがわれる。

「むっ、そうか……ぐぬぬ。皆の者！　すぐにここを出るぞ、消火作業は必要ない、捨て去るのだ」
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　普段から鍛えてきたからこそ、そして、何よりも主である曹操への忠義のなせるものだろうと、夏侯惇は思う。

　そして、そんな彼らを率いる自分こそが曹操への忠義も愛も何もかもが最上であると信じている。

「……故に、ここを落とされたことは夏侯元譲にとっての一章の不覚」
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「春蘭さまー。別にいいではありませんか。どうせ囮なのですからー」

「そういうものではな……へ？」
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「そ、そうだったか。いや！　そうであったな、わかっておる。わかっておるぞ。はっはっは！」

　夏侯惇は、うつむきがちに垂れていた頭を上げて、高らかに笑う。

　彼女の広い額が光っているのは、熱さ故の汗か、それとも何か後ろめたい冷や汗からか、それは夏侯惇自身だけの秘密である。
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「お、おう。まあ、それでも敵に逃げられてしまったのはやはり華琳さまに対して面目が立たんがな……」

「なになに。これから取り戻せばよいのですよー」
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　そんな彼女を程昱が呼び止める。

「春蘭さま、春蘭さま。もう敵の工作を恐れる必要もないと思われますので、前線に合流しても大丈夫かとー」
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