「ここか……」  俺の目の前には一軒の宿。昼間の騒動で秋蘭が放った矢に結ばれた紙に書いてあった場所だ。  昼間。桃香と視察(という名の散歩)中に出くわした一団。恐らく(と書いて確実と読む)華琳、雪蓮、霞に秋蘭だろう。  やっぱり内緒で蜀に来たのがまずかったかな?一応霞には劉備さんに会いに行ってくるって言ったんだけどなぁ。 ……まぁ、納得しないよね。 ――ュン  考えていた俺の足もとに何かが落ちた。慌てて上を確認すると開いた窓から顔を出している秋蘭が。 「しゅぅ……」  手を振り声をかけようとすると、秋蘭は人差し指を口元へ。声を出すなってことか? 分かったとうなずくと、秋蘭は満足したように目を細め口を動かした。 「―、―、―、―」  待ってろ、か。今の俺には宿に入る権利がないらしい。 # # # 「待たせたな」  普段通りの顔、普段通りの声、普段通りの物腰。……はず、なんです、が。その後ろに見える禍々しいオーラはなんでしょうか? 「元気だったか、北郷」  文章で表現すると心配してもらっていると思える。……はず、なんです、が。その後ろに隠れる痛々しい意味はなんでしょうか? 「ご、ごめんなさい」  とりあえず謝る。少しでも和らいでくれると…… 「なぜ、謝るのだ?別にやましいことをしたわけではないのだろう?」  謝れば和らいでくれる……そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。 「まぁ、ここで立ち話をするのもなんだ。どこか店に行こうか」  さっと背中を向けて歩き出す秋蘭。背中から伝わる雰囲気が有無も言わせない。素直に秋蘭の後に続く。 # # # 「では言い分を聞こうか」  座って強めの酒を頼み終えた第一声がこれ。やっぱり怒っているみたいだ。 「なぜ、一人で蜀に来た。私はおろか、華琳様にも声をかけずに」 「一応霞に言ってきたんだけど」  一応、ね。霞は夜勤中でめんどくさそうに、ホイホイ手を振ってただけだったし。 「あいつはお前に甘いからな」  ま、まぁ霞とはよく飲んでいるし、警邏隊の手伝いもよくしてもらっているから仲がいいのは確かだ。 「もう許してくれ。……御使いとして来たくなかったんだ」 「……」  秋蘭は黙って杯を傾ける。続けろっということか。 「きっかけは何であれ雪蓮と話すことができた。それは呉王と天の御使いとしての立場ではなくね。 それで、人間として対等の立場で話をして、雪蓮に俺の考えを聞いてもらえた。それはこの大陸にとって、とても重要なことだと思うんだ。  だから桃香とも御使いとしてではなく、ただの北郷一刀として話をしたかった」  これでおしまい、と両手を軽く上げて合図。 「ほぅ、もう真名ももらったのか」 ――ブッ  一気にしゃべったため喉を潤そうと口に含んだ酒を噴いてしまった。 「しゅ、秋蘭」 「だが、一見ではただの冴えない男が、一国の王と会話ができるとでも思ったのか?よほど女の扱いに自信があると見える」  今日の秋蘭は言葉の端端にとげがあるな。 「もちろん今回会えるとは思ってなかったさ。ただ、桃香が、桃香に惹かれた将や民が作った街を見れたら帰るつもりだったよ」 「……本心のようだな。では最後に一つだけ言いたい。北郷、もうお前はお前一人だけで話がすむ存在ではないんだ。 お前がもし蜀に来る途中で賊に襲われて殺されてでもみろ。何人の人間が悲しむ。 お前が殺されたことで、今大陸を覆っている張りつめた空気が壊れるかもしれない。そしたらお前が望んでいる平和は来なくなるんだぞ。 それが分からないお前ではないだろう」  そういって真剣なまなざしを向けてくる秋蘭。 「すまなかった。次からは気を付ける」  深く頭を下げ謝罪。 「……。もう起きてしまったことは、これ以上話しても意味がないな。 北郷。先ほど私が言ったのは本心だ。教育係として、同じ君主のもと働く仲間として、一人の人間としての言葉と思って忘れないでほしい」 「あぁ、ありがとう。そしてごめん。心配かけて」 「もういいさ。せっかく二人で杯を傾けているんだ。この時間を楽しもう」  楽しめない雰囲気を出していたのは秋蘭なんだが。と思ったが何も言えない。  秋蘭からさっきまでの禍々しい雰囲気は出ていないし、原因を作ってしまったのは俺だ。あそこまで心配してくれたことが嬉しい。 「あぁ、そうだな」  だから俺も切り替えて秋蘭と二人の時間を楽しむとしよう。 # # # 「そういえば華琳とか霞は呼ばなくてもいいのか?」  酒も進み、普段通りの関係に戻れたと思い訊ねる。 「華琳様はすでに寝られているよ。霞も夜勤明けで休みもせず馬を走らせてきたんだ。いくら体力に自信があったとしても休ませてやるのがいいだろう。 それとも北郷。私と二人で飲むのは退屈か?」  ふふっと試すような笑いを浮かべながら問いかけてくる秋蘭。ずるいなぁ。 「まさか。秋蘭こと俺では物足りないんじゃないか?」  上手いことを言えた。気がしただけだった。秋蘭にとって俺の言葉は想定の範囲内だったようだ。 「そうだな。……店主よ。この店で一番高い酒を頼む。なに、支払いはこの男がする。なぁ、北郷」  ぐっ、やっぱりまだ怒っているじゃないか。俺は首をカクッと落して、店主はそれを肯定と判断し、店の奥に戻っていった。 # # #  外に出ると満月がすでに沈みつつある。結構長い時間飲んでしまったようだ。支払いは……思い出したくもない。 まぁ、出費の痛さ以上に秋蘭の機嫌が直ったことは嬉しいから問題はないのだが。 「北郷は城に戻るのだろう」  あんなにがばがば飲んでいたはずのにけろりとした顔で問う秋蘭。 「あぁ、今帰っても華琳と雪蓮と霞に殺されるだけだろうし」 「そうだな、朝になったら私から説明しておくさ」 「助かる。俺も桃香に正式に会談をする機会を設けてもらうように話をしてみるよ」 「あぁ、では私は戻る。おやすみ、北郷」 「お休み秋蘭。華琳をよろしく」  俺に背中を向けながら手をひらひら振る秋蘭だった。 # # # 「もう出てきても大丈夫ですよ」  秋蘭の背中が見えなくなったあと、店の影に声を掛ける。これで外れてたら恥ずかしいな、俺。 しかし、俺の予想通りに一人の女性が影から出てきた。 「ほう、てっきり気が付いていないと思っておりましたが、なかなか」  豪快に笑い、なぜか見覚えがある酒瓶を傾ける妙齢の女性。 「こんなに遅い時間まで付き合わせてしまい、申し訳ありません、厳顔さん」  そう影から出てきたのは蜀の将である厳顔。今日の俺の監視担当だったのだろう。 「なに、こちらもなかなか楽しい時間を過ごさせてもらいましたゆえ。彼女がうわさに名高い夏侯淵殿か。 同じ弓を使うものとして興味がありましたのでな。しかし、落ち着いているようで……ふふっ」  最後はなぜか俺のほうを見て含み笑いをする厳顔。 「それで、もう城に戻ってもよろしいかの?」 「ええ、それより……」  城に足を向けていた厳顔が振り返る。 「どうかしたか?」  グイッと酒瓶をあおる厳顔。 「その酒瓶、さっきの店にあったやつですよね。厳顔さん、支払いにそれ、付けましたね」  なんか自分たちが注文した分より高い気がしたんだ。もしかして、俺たちが飲んでいた間もほかの酒を飲んでいたかもしれない。 「はっはっはっ、それはそうです。このような魅力的な女を放っておいて、他の女と飲んでいましたからな」  ……あいた口がふさがらなかった。 # # # ――チュンチュン  暖かい日差しで目を覚ます。そんな俺の横には……誰もいないよ!ちゃんと城に着いたら厳顔と別れたから!朝チュンなんかあり得ないから! 「さて、今日は忙しくなりそうだな」  そういいながら、自分を奮い立たせた。 # # # 「桃香、お願いがあるんだけど」  妙に懐かれた璃々ちゃんと黄忠の母娘と三人での朝食を終え執務室へ。そこには小さい体で一生懸命に書簡とにらめっこしている桃香の姿が。 普段の華琳の姿を見てるから気にならないが、冷静になって見てみるとかなりのアンバランスである。 「あ、一刀さん。おはようございます。どうかされましたか?」 「昨日さ、昼間変な集団とあっただろ?あれって華り、曹操と孫策たちだったんだ」  桃香はさして驚いた様子も見せない。 「昨日夏侯淵さんと夜お会いしていたんですよね。桔梗さんから報告を受けました」 「うん、でだ。せっかく三国の王が集まったんだ。話をする機会を作ってくれないか?」  桃香に向けた言葉だか、横で仕事をしている諸葛亮、鳳統の耳にも入っているだろう。二人が何を考えているか見たいが桃香から視線を外さない。 「ええ、いいですよ」  あれ?あっさりと返事をもらったな。もっと「時間をください」とか言われると思っていたんだが。 「さっき桔梗さんから報告を受けたって話をしましたよね。その時に朱里ちゃんたちが一刀さんがそう言うと思いますって。 で悩んだんですけど、私もせっかく来てもらったんだから話をしたいなぁ、なんて。朱里ちゃんも雛里ちゃんも納得してくれています」  ……そうか、どうせ俺は臥龍の手の平で踊っているのですよね。  しかし、小っちゃくなった桃香と諸葛亮、鳳統が相談する姿か。きっと部屋の隅に集まって体育座りしながらなんだろうなぁ。 なんか無性に似合う。「ねぇねぇ、誰が好きなのー?」「な、内緒」って具合に。 「で、時間は何時にしますか?」  おっと。桃香の声でトリップし掛けていた自分を戒める。 「えーと、華琳たちと相談したいから、もうちょっと待ってもらっていいかな?」 「ええ。因みにその場には私と愛紗ちゃん、朱里ちゃんの三人で参加したいと思っています。そのことも確認してもらってもいいでしょうか?」 「りょーかい。もうそこまで話進んでいるんだ。桃香しっかりしてるね」  見た目からしてぽややんな雰囲気を持ってしまうのだが、しっかりと段取りが組まれていたので驚いた。 「えへへ。最近、負けたくない人が増えたんです。それに自分に甘かったことも分かりましたし。まだまだなんですけどね」  照れながら答える桃香。うーん可愛らしい。 「そっか、頑張ってね。応援してるよ」  本当は頭を撫でたかったが、机が邪魔をする。 「……はいっ!」  まぁ、桃香の満面の笑顔を見れたから良しとしよう。 # # # 「ひっひっふー、ひっひっふー」  俺は今昨日の宿の前に来ている。そう、華琳と雪蓮に説明、三国会談への参加をしてもらうために。 華琳、怒っているんだろうなぁ。わざわざかぼちゃを被ってたくらいだし。 「ひっひっふー、ひっひっふー」  さっきから落ち着こうと必死に深呼吸をしているのだが、効果は現れない。 「かじゅと」  ふと、気が付くと目の前には金髪の少女が。 「やあ、僕の名前は一刀。僕と一緒に冒険をしよう」  ……なんかおかしいな? 「そう言って劉備もたぶらかしたのかしら」  はっと現実に戻ってきた。目の前には華琳、雪蓮、霞、そして秋蘭。 「にゃにか言うことはないのかちら?」  にらんだままの華琳。秋蘭さん、説明をしてくれたのではなかったのですか? 「ご、ごめんなさい」  昨日学んだことをもう一度確認しよう。  確か、『謝れば和らいでくれる……そんなふうに考えていた時期が俺にもありました』だっけか。 ……意味ないじゃん! 「なぜ、謝るのかしら?別にやましいことをしたわけではないんでしょ?」  小っちゃくなっても迫力満点の雪蓮が近づいてくる。うーん、全くもって昨日の再現。どうしよう。 「華琳も孫策も人がわるいでー。妙ちゃんから一刀は無実やって聞いたやないか。そんな態度やと、ホンマ劉備に取られてまうよ」  救いの手がまさかの霞から。ちゃんと秋蘭も説明をしてくれていたらしい。秋蘭、疑ってごめん。 「じゃー一刀、いっくでー」  と霞が俺の腕を掴んでくる。 「し、霞?どこに行くんだ?」 「どこって決まってるやん。昨日妙ちゃんと行った店にや!ウチ等にはおごってくれへんの?」  半ば強引に俺を引きずる霞。それを赤い顔で「まちなしゃい」と追いかけてくる華琳と雪蓮。 秋蘭は……我関せずといつもの笑いを乗せゆっくりと後についてくる。  何故だろう、こんな状態なのに平和と感じてしまったのは。 # # # 「いいかちら。今からあにゃたは、やったことには首を縦に、やってにゃいにゃら横に振りにゃちゃい」  縦にコクコク。座ってからまず行われたのは猿轡。な、何かに目覚め……てたまるかー! さっき平和と感じたのはどこの誰だったか。もう昔過ぎて思い出せない。  とりあえず俺は何も発してはいけないらしい。昨日直接説明した秋蘭は納得したのだろうが、やはり三人はまだ怒りが収まっていないらしい。 因みに四人とも昨日の昼間に俺と会ったときに抱っこしていたのが桃香だと知っている。つまり、桃香が幼くなったことを知っているわけだ。 「劉備をだっこちた」  あのー、昨日見てましたよね。なんだこの魔女裁判。縦にコクコク。温度が下がる。 「劉備を膝の上に乗っけた」  横にぶんぶん。璃々ちゃんは乗せたけど、嘘は言っていない。幾分空気が和らぐ。 「劉備といっちょに寝た」  横にぶんぶん。一回だけ璃々ちゃんが潜り込んできたことはあったけど。 あの時は、寝言で「お父さん……」て言ってたから追い出せなかったんだよなぁ。 「劉備にあーんてちた」  横にぶんぶん。まぁ今日の朝璃々ちゃんにはしたけど。 「他の女に手をだちた」 ……ぶんぶん。上に上がったことをすべて璃々ちゃんとしてたのか。ずいぶんと懐かれたなぁ。と思ってたら返事が遅れた。 その遅れを華琳たちは違う風に捉えていただいたようだ。 「死になしゃい!」 「ふがぁあぁぁぁっ」 # # # どうにか誤解を晴らしました。心折れかかりましたが。 そして三国の会談をすることも納得していただけました。 # # #  そして会談の日がやってきた。とうとう三国の王の会談が始まる。 ……これって確実に歴史の教科書にのる事柄だよな。その場に俺もいるのか。そう思うと妙な気分である。  参加者は魏から華琳、秋蘭、霞、俺。呉は雪蓮。そして蜀から桃香、関羽、諸葛亮となる。 「で、ででででは、しゃ、三国か、会談を始めたいと思いましゅ!」  開会の合図をしたのは諸葛亮。見てて和むわぁ。 「では、わたちから」  手をすっと挙げ発言権があると示す華琳。 「かじゅとはわたちのものにゃんだから」 「……は?」  まさかの第一声がこれか?さっき歴史の分岐点に立ってるって思った俺の気持ちをどうすればいいのか!  周りを見るとやりきった顔の華琳、母性に満ちた顔で華琳を見ている秋蘭。げらげらと笑っている霞。ふーんと腕を組みながら華琳へ視線を向ける雪蓮。 蜀のメンツはぽかーんと口を開いている。何度か接している雪蓮ならまだしも、蜀の人たちには華琳はどんな人物なのかわかっていない段階でのあのセリフである。 「華琳、あとでほっぺた、うー、の刑」 「ど、どうちて!」 # # #  第一声から迷走しそうな雰囲気になってしまったが、帰ってきた諸葛亮が頑張って踏ん張った。 ちゃんと会談らしくなってきた。少しずつ突っ込んだ話になってきているのだ、が。 「なぁ、雪蓮。なんでさっきから何もしゃべらないんだ?」  そう会談が始まってから一回も口を開いていない雪蓮。口を開かないことで利があるとは思えない。 「そうですね、孫策さんのお話も聞いてみたいです」  俺の言葉に同調するかのように桃香も雪蓮に話を振る。しかし、 「この場で私は発言権がないからね」 と意味が分からないことを言う。 「どうしてだ?雪蓮は呉王じゃないか?」  せっかく三国の王がそろっているのだ。積極的に意見交換をすべきではないか。 「一刀。私ね、もう呉王じゃないの」 「……は?」  この会談二回目の驚き。雪蓮が呉王じゃないって。 「このあいだ、蓮華にあげちゃった」 「「「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあ!?」」」」  皆が驚く。 「……てへっ」  てへっ、じゃねーよ!  この三国会談はどうなってしまうのか。 続? 編集後記 お久しぶりです。久々にSSを書きました。こういう話書けたらなぁと何個か思っていたのですが、なかなか力が湧いてこなくて。 ではなぜ久々に書けたかと言いますと。はい、現実逃避です。 違うことに集中しようということでロリ華琳。その考えもまずい気もしますが。 おまけはなぜか書いてて浮かんだパロディとその他1。なんでこんなことが浮かんだんだか。 覚えていないと思うので補足。雪蓮さんは「そして俺は旗を立てた。」のときに、 『頭痛い。ついでにこれから王は蓮華で宜しく』と蓮華に王位を譲っていたのでした。驚きですね。 おまけ1 桃香「ねんがんの 北郷さんをてにいれたよ!」 愛紗「  1.そ そそそそ そうですか 私には関係ありません    → 2.(一刀君を)殺してでも うばいとる      3.ゆずってください お願いします!!」 一刀「な なにをする あいしゃー」 おまけ2  そして会談の日がやってきた。とうとう三国の王の会談が始まる。 ……これって確実に歴史の教科書にのる事柄だよな。その場に俺もいるのか。そう思うと妙な気分である。 しかし―― 「北郷どうかしたのか。笑顔になっているぞ」 「あぁ、三国の王があつまって歴史的な会談をしているのに、どうみても幼女が4人もいるから、ほほえましいなって」 「確かにな」  ふふっと腕を組みながら同意をする秋蘭。 朱里(幼女が4人、か。えーと、桃香様に、曹操さん、孫策さん……あと一人……わ、わたし!?)