南からも使者。     もしくは       魏の種馬は暖気を終える。   ここは呉の首都建業。その城内を長い黒髪を揺らしながら早足で歩く者がいた。そして彼女はある部屋の前で居住まいを正し中  に声を掛ける。 「失礼します。周幼平只今蜀より帰還しました」   そう中の相手に告げる明命。そしてその声に答え、中へと入るように促す声がした。呉の王孫伯符こと雪蓮であった。 「お疲れ様、明命。どうだった蜀は?」   その部屋には雪蓮を初め、周公謹こと冥琳や陸伯言こと穏、そして黄公覆こと祭という錚々たる面々が並んでいた。 「はい、美以さん達は南蛮に戻っている様で不在だったのが残念でしたが、現在の蜀は落ち着いていると言えるでしょう。  ここ暫くは五胡との小競り合いが主で、大規模な襲来もありませんし、荊州の境界が確定したこともあり、国内の発展に重きを置  いている様です」   すると今度は冥琳が尋ねる。 「馬岱を魏に派遣したのは?」 「はい、それは魏との軍事関係の強化や自国の騎馬隊の増強と言うよりも、馬岱本人の経験を積ませるという面が主です。現在涼州  や幽州を魏が押さえている状態なので、軍馬の数を増やすのは簡単ではありませんし」   続いては穏が尋ねた。 「やっぱり蜀でも天の遣いの話題は出てますかぁ?」 「はい、勿論です。しかしそれは上層部に限られており、まだ庶民の間では流れておりません。魏からの商人も蜀には多く訪れてい  るので、話が広がるのは時間の問題でしょう。そして蜀では天の遣いとの接触を考えているようです。この度黄漢升と馬孟起が洛  陽の帝への書状を届けるのですが、それに諸葛孔明と鳳士元の二名が同行する様です」   明命の言に軍師の二人が反応する。 「ほう、あの二人が出向くか……」 「でもぉ、朱里ちゃんと雛里ちゃんが居なくて大丈夫なんでしょうかぁ?」 「それだけ蜀は天の遣いを重要視しているのだろう。我らはどうする雪蓮」   皆が注目する中、雪蓮は目の前の机に肘を付き口元が隠れる様に頬杖をついていた。明命はその整った顔の眉間にしわを寄せて  いる雪蓮の仕草に緊張していたが、付き合いが長くそして深い冥琳にはその隠した口元の端が歪んでいる事に気が付いた。   これは碌な事を考えていないなと冥琳は考えていたが、先に口を開いたのは今まで黙っていた祭であった。 「これからどう付き合うかは北郷殿に各々自ら一度会ってから考えた方が良いと思うがどうじゃ?」   それを聞いた穏が何かを思い出すように顎に指を当て目を細めている。 「北郷さんに頂いたお酒美味しかったですしぃ、祭さまによれば北郷さんの部屋には見慣れぬ書物も大量に有ったとかぁ……。  それに天のお話も聞きたいですしぃ」   それまで黙っていた雪蓮がバンと机を叩き立ち上がった。 「よし決めた!先ずは……」 「却下だ」 「ちょっと冥琳!」   立ち上がった雪蓮が本題を話す前に、間髪入れず冥琳が否定する。否定された雪蓮は冥琳を睨んでいるが、冥琳はそんな事を気  にも留めず話を続ける。 「穏、確か魏が水軍の強化の為に人を貸してくれないかと打診していたな?」 「はいぃ、江賊対策の為ですねぇ。現在では未だあくまで非公式にですがぁ……」 「冥琳!」 「ならば思春を行かせよう。あれの部下の一部も一緒にな。それに亞莎……、いややはり穏お前が一緒に行ってくれ」 「ちょっと冥琳!」 「はいぃ、了解しましたぁ。とりあえず魏に恩を売っておいて、穏が天の遣いさんの検分をするんですねぇ。  思春ちゃんには穏から伝えておきますぅ」 「ああ、そうしてくれ。明命、お前は穏達と連絡を取りつつ天の遣い殿の身辺調査だ。見付かるなよ」 「はい!了解です」 「ちょっと冥琳てば!!」   遂には冥琳の真横にまで詰め寄り大声で話し掛ける雪蓮。それを横目で見ながら溜息を吐いて話し始める冥琳。 「どうせ天の遣い殿を見極めに自分が、もしくは皆で洛陽に行こうとか考えたのだろう?」 「うっ……」 「やっと国内が落ち着きを見せ始めた矢先に、国主自らそんな事が出来る訳が無いだろう。本来ならわたし自ら出向きたい所だが、  今は流石にそんな訳にはいかん。穏と思春を行かせる事も今は痛手なのだからな」 「う〜ん……、だって祭があんなに褒めるなんて珍しいじゃない。だから会ってみたかったんだもん……」   口を尖らせ、拗ねた様に話す雪蓮。仕草としては可愛いが、冥琳はそんな事お構い無しに釘を刺す。 「判ったわね」 「冥琳のいけずぅ〜」 「わ・かっ・た・わ・ね!」 「はいはい、判りましたよ〜」   限りなく棒読みの返答を返し、雪蓮は元の席に戻っていった。そんな雪蓮に笑いを噛み殺しながら祭が話し掛ける。 「策殿、今は冥琳の言う通りにしなされ。我らが出向くより、北郷殿をこちらに招く方が良い。洛陽ではあちらの女子共の監視の目  がきついからのぅ」   祭に諭され、雪蓮は半ばふて腐れたまま次の議事に話を移した。 「(今回に限っては完全に我々は蜀より出遅れたか……。しかし、こういう事に関してのあの国の対処の速さは何なのだ?孔明なの  か?いや、桃香殿か?確かに以前の三国会談の折、天の遣い殿に並々ならぬ興味を示してはいたが……。  だが、祭殿の天の遣い殿の褒め様は些か度が過ぎるような気がするのだが、それに私や雪蓮と歳が変わらぬとはおかしくはないか?  確かあの天の遣い殿は我らより年下のはず、蓮華さまと同じ位だと聞き及んでいたのだが……)」   色々と考える冥琳であったが、天の遣いの事に関しては今は保留と言う事で自分自身には折り合いを付け、雪蓮の話す議事の方  へと意識を移す。彼女にとって、先ずは足場を磐石にする方が先決であった。   運悪くその直後に報告に訪れた亞莎は、その異様な雰囲気に冷や汗を流す羽目になった。完全にとばっちりであった。          〜〜〜☆〜〜★〜〜☆〜〜〜 〜〜〜☆〜〜★〜〜☆〜〜〜 〜〜〜☆〜〜★〜〜☆〜〜〜   洛陽に到着した蜀からの一行は、その日の内に帝への拝謁を済まし、明くる日には魏との折衝に入っていた。   現在、魏蜀間の懸案と言えば、漢中の帰属に関してが主であったが、これは魏が譲歩し蜀への帰属を認める方向で話が進んでい  たので、差し迫ったものではなかった。その他と言えば懸案とまではいかぬもので、魏蜀間の食料や軍馬他の物品の貿易、それに  掛かる税や、異民族に対する軍事協力等は既定の路線であり、今更突っ込んだ話し合いなどは無く、確認がせいぜいであった。   しかし、今回は蜀を代表する二人の軍師が同行している。何事であろうかと訝しがる者も多く居たが、華琳や魏の三軍師にして  みれば、彼女達の目的は明白であった。 「今回のあの二人の同道は……」 「はい華琳さま。間違いなくアレの見極めでしょう」   桂花に続いて稟が話を続ける。 「それ以外には無いでしょう。今更定例の会合にあの二人が出向く事など有り得ません」 「お兄さんが帰ってきた時、あの場に蒲公英ちゃんもいましたしねー。蒲公英ちゃんから蜀には話が伝わっているでしょうしー。  赤壁や定軍山の件もあって、朱里ちゃん等はお兄さんに興味津々でしたからね〜」   風の話に華琳は一瞬眉間に皺を寄せるが、さも何も無かったの様に話を続ける。 「まぁ、今更隠していても仕方がないし……」   華琳にしてみれば、今更一刀を隠していても仕方がなく、又その気も無い為、二人の行動に干渉する気は無かった。ただ、二人  の安全の為(誰に対してかは言うまでも無いが)、用心に付けた女官を朱里と雛里が必要以上に警戒してしまったのは仕方の無い  事であった。   そんな事は知らない一刀は真桜と共に城内の厩舎に居た。 「隊長、言われた様に鞍を直しといたけど、こんなんで馬に乗るん上手なるん?」 「ああ、初めはこちらの流儀に合わそうかと思ったけど、流石に迷惑ばかりは掛けられないからな」 「ふーん」   真桜が繁々と見守る中、鞍を馬に取り付ける一刀。するとそこへ霞が翠を伴って現れた。 「一刀に真桜、何しとるん?」 「えっ?」   霞の声に翠が驚いた声を上げる。真桜と一緒に居る男性が一刀だと気付かなかった様だ。確かに今は天の遣いのトレードマーク  である、白い[ぽりえすてる]を着ていない。   その為、いきなり出くわした形に成った翠は少々舞い上がっていた。 「あっあの、あたしは馬超、あっ字は孟起だ。お前……いや、貴公が天の遣いの北郷一刀殿でよろしいか?」   いきなりの翠の挨拶に一刀は面食らった様であるが、普段と違う緊張した翠の様子に霞と真桜は噴出しそうになっていた。 「ええ、俺が北郷一刀です。蜀の錦馬超に声を掛けていただけるとは光栄です」 「そんな事は……、あっあたしこそ……」   緊張したままの翠に助け舟を出す為か、真桜が間に割って入る。 「まあまあ翠はん、そない緊張してたら疲れますやろ。普段通りでかましまへんのや、はい深呼吸……」   翠は真桜に言われるままスーハーと深呼吸をしている。すると落ち着いたのか一刀に向き直し、一度咳払いをしてから再び話し  始める。 「すまない、みっともないところを見せちゃって。改めて、あたしは蜀の馬超、字は孟起だ。この間はウチの馬岱が迷惑を掛けなかっ  ただろうか?」 「では、こちらも改めて。俺が魏の北郷一刀です。馬岱殿が迷惑なんて、こちらは助けてもらった側なんだから。蜀に帰ったら北郷  が礼を言っていたと伝えて下さい」 「ダメだダメだ、蒲公英にそんな事言ったら調子に乗るだけだから。後、そっちも普通に喋ってくれ、堅苦しいのは苦手なんだ」 「じゃあそうさせてもらおう」   一刀も何時もの口調に戻す。挨拶が終ったのを確認したのか、霞が話しかけてきた。 「なぁ一刀、これ何?」   馬の背に付けている見慣れぬ物を聞いてくる霞。翠も興味深そうに眺めている。馬に関してなら尚更である。 「ああ、あちらでの馬に乗る為の道具だよ。鞍と鐙」 「天の国の物なのか?」   翠が興奮気味に聞き返す。 「へー、天の国の鞍ってこんな形なんや。で、このぶら下がってるのが[あぶみ]?」 「らしいんですわ、変わってますやろ」 「これが在れば俺にとって馬に乗るのがずっと楽になるし、騎射も出来るぞ」 「隊長がぁ〜?」   真桜が大袈裟に聞き返す。霞も一刀の乗馬の技術を知っているだけに、半信半疑の様だ。 「まぁ見てなって」   そう言って、馬に跨る一刀。確かに何時もの様に手間取る事は無い。そして何かを確認する様にゆっくりと馬を走らせ始めたか  と思うと、今度は早足で離れていく。   それを見た霞と真桜が驚嘆の声を上げていた。 「おおっ、隊長上手なってるやん」 「確かに、何時もの一刀とちゃうなぁ」 「北郷殿はそんなに馬が下手なのか?」   不思議そうな顔をして、翠が二人に尋ねる。 「いや、一刀は下手って程やないんやけど、上手くはないなぁ。普通の行軍なら着いてこれるけど……」 「せやねぇ、隊長いっつもお尻が痛いって愚痴ってはるなぁ」 「ふーん……」   二人はそう言うが、翠にはそうは見えなかった。上体も安定しているし、未だ余裕が有るように見える。決して二人が言うほど  下手だとは感じない。   同じ様に一刀を見ていた霞と真桜であったが、二人は眼を合わせず何かを小声で話していた。勿論翠には聞えない程の声で。 「ちょっと姐さん」 「何や?」 「何ややないですやん、姐さんが翠はんと隊長会わすの手引きしてどないしますのん」 「手引きって人聞きの悪い……。しゃないやん、翠から一刀に会いたいって言われたんやから。魏に来て全く会わせんのもおかしい  やろ」 「そりゃそうですけど……」   二人がそうこう話している内に、少し離れた所で一刀が馬の方向をこちらへと向けていた。すると、いきなりかなりの速さでこ  ちらに向かって駈けて来た。   それを見た真桜が慌てた様に声を上げる。 「あかんて隊長!危ないって!」   すると駈けながら一刀は弓を構え始める。 「何や、ホンマに騎射をする心算かいな!」   霞も声を上げる。しかし、顔はかなり心配そうである。   そして三人が居る場所を過ぎた所で一刀は植木に向かって矢を放った。幹の中心は外しているが、確かに木には当たっている。   それを見た翠は、これは大したものだと感心していた。平坦な場所でしかも一射しただけなので、これだけで全てを評価するの  は難しいであろうが、一兵士として見ればまだ伸び代が有るなら訓練さえ怠らなければ十分前線でやっていける。翠はそう思って  いた。まあ、いまさら天の遣い北郷一刀を前線で使う訳にはいかないだろうが。   しかし、後の二人は違ったらしい。   三人の元へ戻ってきた一刀は少々得意げな顔で霞と真桜に話し掛けた。 「どうだ?上手くいったろう」   しかし、帰ってきたのは一刀にとって思いもよらぬ言葉だった。 「たいちょのアホ!いきなりそないな事したら危ないやろ!」 「せや!落馬でもしたらどないすんねん!」   二人の剣幕に思わず後退る一刀。 「えっ?あっああ、すっ、すまん……」   素直に謝るが、二人の機嫌は収まりそうに無い。そんな空気を読んだのか、翠が間に入り話し掛ける。 「まあまあ、二人とも北郷殿も謝ってるんだから機嫌を直せって」 「せやかて……」 「………」 「それに北郷殿もだ。いきなりは不味いな。騎馬隊の連中だって手順を踏んで訓練してから行うものなんだからな」 「ああ、二人とも悪かった。反省してる……」 「良し!ならこれで終わりだ!北郷殿、それに乗せてくれないか?」 「かまわないけど」   そう言って翠と代わる一刀。   馬を受け取った翠は鐙の使い勝手を試すように、並足から早足に、そして又並足に戻したりしている。遂には調子が掴めたのか、  そのまま駆け足で訓練場の方へと駈けていった。   それを眺めていると真桜が一刀の腕にしがみ付いてきた。 「隊長、無茶はせんといてな。せっかく戻って来れたのに、また居らん様になるのはいやや……」   反対の腕には霞が自分の腕を絡める。 「無理なんかせんでも一刀のええとこはウチら知ってるから……」   そう二人に言われた一刀は手を二人の肩に回し、そのまま二人を抱き締める。 「ありがとう、二人とも……」   そう言った一刀と霞・真桜の三人は、今は何処から見付けたのか訓練用の槍を馬上で振り回している翠を眺めていた。   暫くすると、翠が満足そうな顔付でこちらにへと戻って来た。 「やっぱり凄いな天の国は。たったこれだけの物で馬上の安定性が段違いだ。これを付けるだけで、騎馬隊の錬度が数段上がるぞ」 「そう言ってもらうと俺も嬉しいよ」   あの錦馬超にお墨付きを貰えたのである、一刀も素直に喜んでいた。   しかし今は打って変わって翠は少し困ったような顔をしている。 「でも良かったのか?こんな凄い物あたしに見せちゃって。これって軍事機密ってやつじゃないのか?華琳殿や軍師達は知ってんだ  ろうな?」 「あっ……」   そう言われた一刀が絶句している。一刀は霞と真桜を見るが、二人は視線を合わさぬ様に目を逸らせた。 「おいおい、頼むよ……。どうするんだよ……」   翠がかなり困ったような顔をしている。それもその筈で、これの効果が絶大であるのを体験してしまっている。 「ええっと、どうしようか?」   既に一刀の頭の中では、華琳や軍師達の前で土下座をしている自分が想像出来ていた。それはかなりの高確率で実現しそうであ  る。 「ウチは何にも悪い事してへん。隊長に言われた通りしただけや」 「ウチもそうや。たまたまここを通りかかっただけや」   真桜と霞の反応に途方に暮れる一刀であった。   そんな一刀を見た翠は不憫に思ったのか、うなだれる一刀の肩を叩いた。 「まぁ、元気出せよ。慰めになるか判らないが、あたしの真名は翠だ。凄い物を教えて貰ったお礼だ」   そう言って笑い掛ける翠。そんな翠に一刀が答えた。 「いいのか?」 「ああ、いい。あんたは悪い奴じゃなさそうだし、それに蒲公英から色々聞いてるし……」 「えっ?」 「いっいや、何でも無い。こっちの話だ……。で、どうなんだ?」 「ああ、喜んで受け取らせて貰う。俺の事は北郷でも一刀でも好きな方で呼んでくれ。俺は真名が無いいんだ、悪いな」 「うん、それは聞いてる。なら一刀殿って呼ばせてもらうからな」 「よろしくな翠」 「よろしく一刀殿」   この後起こるであろう事を考えたら、何だか救われた様な気がした一刀であった。   結局、後にこの事はばれてしまい、桂花から罵詈雑言を浴びせられる事になるのであった。   霞と真桜と別れた一刀は、そろそろ会合が終るであろう紫苑達の所に向かいたいと言った翠を案内する為、翠と共に城内を歩い  ていた。   すると、一刀は会合が行われている場所の隣の控え室に城付きの若い女官と未だ幼い女の子が居る事に気が付いた。女官に本を  読んでもらっている様であったが、少し退屈そうにしているのが見て取れる。   声を掛けようとした一刀であったが、先に声を掛けたのは翠の方であった。 「おーい、璃々」 「あっ、翠おねえちゃん!」   翠の顔を見た璃々が、嬉しそうに翠に抱きついて来る。同時に一刀の顔を確認した女官が礼を取ろうとするが、一刀がそれを手  で制した。 「何だ、璃々一人か?て事は、未だ終ってないのか」   翠の疑問に女官が答えた。 「はい、本日の議題は既に詰めに入っている様なのですが……、もう暫くは掛るかと。璃々さまもここで大人しく待っておられたの  ですが、流石にこの長さでは少々退屈されてしまって」 「うーん、ならどうしようか……」   思案顔の翠に抱きついたままの璃々は、翠の横に立っている一刀に気が付いた。璃々と目が合った一刀は笑顔を璃々に返す。そ  んな一刀をじっと見ていた璃々がおもむろに口を開いた。 「おじさん誰?」   璃々の一言に翠が慌てている。若い女官は笑いを噛み殺すのに必死であった。 「璃々、流石におじさんは……」   翠が慌てて取り繕うとしていると、一刀は中腰になり璃々に視線を合わせて話し始めた。 「こんにちは。俺は北郷一刀、お嬢ちゃんのお名前は?」   璃々は今迄抱き付いていた翠から離れ、きちんと一刀の方へ向き直してから話し始めた。 「璃々は、黄漢升の娘で璃々と言います。おじさん天の遣いの人?」 「ああそうだよ、良く知ってるね」 「うん、桃香おねえちゃんに教えてもらったの」   そう屈託も無く笑顔で話す璃々を見た一刀は、未だつも取れていないだろうに物怖じしない子だと感心していた。 「ふーん……、そうだ璃々ちゃん、退屈ならおじさんと一緒にご飯食べに行こうか?お昼まだだろ?翠も一緒にどうだ?」 「うん、行く!」   二つ返事で了解する璃々と、少し困ったような顔の翠。 「いいのかなぁ?あたしが付いて行けばいいのか?」 「ああ、そうしてくれ。俺一人で璃々ちゃん連れて行ったとなれば、黄将軍も心配するだろうし、後で何を言われるか判らん……」   一刀にはそう言われるが、少し考える翠。しかし、翠を見詰める璃々の顔を見た時、降参の白旗を揚げる。 「まぁいっか。じゃあ行くか璃々」 「うん!」   一刀は三人で城外に食事に行く旨を紫苑に伝える様に女官に言い含め、三人仲良く街へと向かって行った。   璃々は余程城で紫苑を待っていたのが退屈だったのか、城門を出る頃にははしゃぎ始めていた。 「璃々ちゃん、何が食べたい?」 「璃々、屋台がいい!」   翠と手を繋いでいた璃々が、一刀の問いに答えた後に一刀の手を握ってきた。傍から見れば仲の良い親子連れに見える。 「じゃぁ、こっちだ」   翠と璃々を屋台が軒を並べる通りへと案内を始める一刀。勿論、洛陽に不慣れであろう翠や幼い璃々が居るので、柄の良い通り  を選ぶ。少々柄の悪い所に行けば真桜や沙和推薦の穴場的な店も有るのだが、翠だけならまだしも璃々を連れて行く訳にはいかな  い。そんな事を考えながら一刀は昼前の段々人通りが増え始めた通りを歩いていた。 「うわー、いっぱいお店がある!」   そう言って目に付いた露店を覗き始める璃々。成都では見慣れない物がこの洛陽には多いのか、璃々は物珍しそうに様々な物を  眺めている。   そんな璃々を優しい目で見ている一刀に翠が気付く。そんな眼差しで見られてる璃々を翠は「羨ましい」とふと思った。   そんな時不意に一刀と目が合う。その瞬間顔が熱くなったのを感じた翠は、顔を逸らせた。 「(何考えてんだよあたしは……。それに一刀殿とはさっき会ったばっかりで……、でも何であっさり真名を許したんだろ……?   確かに蒲公英の話に影響されてたかもしれないけど……。でも馬を駆る姿は格好良かったなあ……)」   本人も感じているが、翠が蒲公英の話に影響を受けていたのは明白であった。蒲公英の「格好いい」だの「素敵なお兄様」だの  を飽きる程に聞かされていたのだからそれも致し方無い事かも知れない。 「どかしたのか翠」 「いっ、いや何でもない。(落ち着け……、落ち着けあたし……)」 「そうか?」 「そうだよ、そう。そっ、そういえばさ」   無理やり別の話題に切り替える翠。動揺は未だ収まりきっていない。 「良かったのか?その……、璃々におじさんって呼ばせて」   そんな翠の質問に一刀は笑って答える。 「ああ、かまわないさ。璃々ちゃん位の歳の子から見れば、二十台半ばの男なんておじさんにしか見えないだろう?」 「そりゃそうかもしれないけど……」 「だから翠は気にしなくてもいいよ」 「うん……」   そう言って璃々の方に向き直す一刀を翠はじっと見ている。翠はやっぱり一刀は良い奴だと思う。こうして並んで歩いているの  が悪くないと思えた。   すると一軒の店の前で璃々が動きを止めた。並んでいる物をじっと見詰めている。今迄はしゃいでいた璃々が動かなくなった事  を不思議に思った一刀と翠が近付いてみれば、そこは装飾品を扱っている露店であった。   小さくてもやっぱり女の子だなぁ等と一刀が考えていると、店主が話しかけてきた。 「うーん……、お嬢ちゃんにはまだ一寸早いが、どうです旦那、お隣の御内儀にお一つ如何です?」 「へっ?」   翠が素っ頓狂な声を上げる。周りを見回すが、一刀の横に立っているのは自分だけ。店主は一刀・翠・璃々の三人を親子連れと  勘違いしたようだ。どうやらこの店主は洛陽の人間では無かったらしい。   実際、洛陽の者達は何時もの白い[ぽりえすてる]を着ていない一刀に多くの者が気が付いていた。一刀が翠一人を連れている  のなら冷やかしの一つでもしていたが、一緒に居る璃々を見て控えていた様である。   自分が一刀の奥方に間違えられているのに気が付いた翠の顔が見る見るうちに赤くなっていく。何か言いたいのか口をパクパク  させているが、声にならない。   そんな翠を横目に見ながら一刀は話を進める。洛陽では余り見ない装飾品を見た一刀も興味を引かれた様だ。 「これだけ?他に何か無いのか?」   そんな一刀の言葉に店主が答える。 「取って置きが有るんですがよろしいですか?」 「ああ、見せてくれ」   店主が足元の荷物から品の良い箱を取り出す。 「これなんですがね。まだ若いが、腕の良い職人が作った物なんですよ」   それは髪留めであった。それは獣の角か何かを加工しており、派手さは無いが丁寧な作りで細かい細工が施されている。 「ほう、イイね」 「でしょう。御内儀によくお似合いだと思いますよ。今なら勉強させてもらいますが」 「よし、それを貰おう。後は、……ん?」   一刀はその横に乱雑に置かれている物に目を止める。薄汚れて傷等も入っているが大き目の石が付いた首飾りだった。 「これは?」   一刀の問いに店主が少々困った様な顔で答える。 「これは御内儀にはいけません。この前の仕入れの時に買った一山幾らの模造品でございます。もしこれがご入用でしたなら、こち  らをお買い上げくださればご一緒に付けさせていただきますが」 「うん、ならば貰おう」   金を払い二つを受け取り店を後にする一刀。   そして少し離れた所で、先程の髪留めの入った箱を翠に渡す。 「だめだって、こんな物貰えないよ」   口ではそう言う翠ではあるが、無理に返そうとはしない。大事そうにそれを両手で持ち、しかも少し嬉しそうな顔をしている。 「いいんだよ。もしかすると後で翠には迷惑を掛けるかもしれない。だからその迷惑料の先払いだと思ってくれればいいから。  それにきっとよく似合うと思うし」   おそらく先刻の[鐙]の件の事を言っているのだろうと翠は推測したが、これが自分に似合うと言ってくれた一刀の言葉の方が  彼女には嬉しかった。それを聞いた自分の顔がにやけているであろう事は翠自身容易に想像出来た。 「あっ、ありがとう」   そう言って翠は素直に受け取り、それを胸の前で抱き締めていた。 「いいなぁ、翠おねえちゃん」   そう言う璃々に一刀は、「璃々ちゃんと翠はここで少し待ってて」と言い残し、横の路地へと消えていった。   そんな一刀を見送った二人は路地に置いてある箱の上に腰掛け、一刀からの贈り物を二人で眺めていた。 「きれいだねー」 「うん」 「良かったねー、翠おねえちゃん」 「……うん」 「翠おねえちゃん顔真っ赤だったよ」 「………」   二人がそんな会話をしながら待っていると、暫くして一刀が戻ってきた。手には小袋を持っている。 「はい、これは璃々ちゃんに」   それは先程のおまけに貰った首飾りであった。それは薄汚れていた先程とは打って変わり、今は上品な輝きを放っている。 「ありがとうおじさん!」   それを一刀に首に掛けてもらい、璃々は上機嫌でそれを眺めている。勿論長さも璃々に合わせて調節されており、装飾はあっさ  りとしているが、かえってそれが幼い璃々によく似合っていた。 「あれさっきの首飾りか?」 「ああ、そうだよ。店主は模造品だと思い込んでたみたいだけど……、やっぱりあれ翡翠だった」 「翡翠?でもあんな色の翡翠見た事が無いんだけど」 「うん、知り合いの店に磨かせてみるまで確信は無かったんだけど、たぶんあの青い色の翡翠はこの大陸の物では無いよ。だからあ  の店主は模造品だと思ってたんだろうな。後、翡翠はお守りに成るって聞いた事も有るし」 「ふーん……」   説明している一刀を翠はじっと見詰めていた。 「何だよ」 「んーん。やっぱり天の遣いなんだなぁって」 「ん?」   一人納得している翠を、一刀は不思議そうな顔で眺める。そんな一刀に翠は笑顔を返す。 「さあ、ご飯食べに行こうぜ。璃々!ちゃんと前見て無いと人にぶつかっちゃうぞ!」   一刀の手を取って歩き始める翠。そんな彼女の髪には先程渡した髪留めが光っていた。   正午をかなり過ぎた頃、魏蜀の会合が行われていた部屋の扉が開いた。魏の文官に先導されて部屋から出てきた紫苑は心配そう  な面持ちで辺りを見渡していた。 「遅くなっちゃったから、璃々退屈して拗ねてなければいいのだけど……」 「はわわ、すいません紫苑さん。細かい所でどうしても気になる所が有ったものですから……、わたしが長引かせてしまって」   直ぐ横で朱里が恐縮して頭を下げている。そんな朱里に紫苑は笑顔で答える。 「いいのよ朱里ちゃん。確かに私も気になっていたし、この際細部をきちんと詰めて置けたのは良い事だわ。一々成都に伺いを経て  ていたのでは時間の無駄だったでしょうし。  でも璃々ったら何処に行っちゃったのかしら?」   するとそこに先程まで璃々の相手をしていた女官が近付いてきて礼を取った。 「黄漢升様、璃々さまなら馬孟起様と北郷様とご一緒に城外にお食事に行かれました。もうそろそろお帰りになると思いますが」   女官の答えに紫苑と朱里が驚いた顔をしている。   翠が一緒なのは理解できるが、なぜそこに一刀が一緒なのかが判らない。何時の間に一緒に食事に行くほど仲が良くなったのだ  ろう等と二人が考えていると、遅れて部屋を出てきた雛里が声を掛けてきた。 「あわわ、紫苑さん朱里ちゃん……、そんな難しそうな顔をしてどうかしたの……?どこかまだ問題が有った?今ならまだ桂花さん  や風さんは中に居るから……」   そう言って資料を出そうとしている雛里の手を朱里が止めた。その手の思った以上の力強さに驚いた雛里が朱里の顔を見る。 「そうじゃないの雛里ちゃん。よく聞いてね……、実は翠さんと璃々ちゃんが……」 「翠さんと雛里ちゃんどうかしたの……?」   朱里の顔を見ている雛里は涙目に為っている。 「翠さんと璃々ちゃんの二人が……」 「二人が……」   朱里のもったいぶった言い回しを聞いている雛里の目尻には涙が今にも溢れんばかりに溜まっている。 「北郷さんとお昼ご飯食べに行ったの」 「ふえっ……?」   もしかして二人がかどわかしにでも会ったのかと心配していた雛里であったが、肩透かしを喰らっていた。実際、璃々一人なら  ともかく、翠まで一緒に誘拐できる者などこの大陸広しと言えど数えるほどしか居ないだろう。魏なら春蘭、蜀なら愛紗以上の強  者か、呉なら明命辺りなら可能であろうか。   そんな三人の元に風が顔を覗かせる。未だ雛里は立ち直っていない。 「どうしたのですか〜、雛里ちゃん。そんな限定本の最後の一冊を目の前で掻っ攫われたような顔をして〜」 「はわわ!風さんそんな中途半端に生々しい例えをしないで下さいー。いえ、璃々ちゃんと翠さんが……」   風の問いに朱里がうろたえながら答えていると、そこに桂花が現れた。 「二人がどうかしたの?」 「いえ、どうやら璃々ちゃん達が北郷さんと外に……」 「何あのバカ、遂に幼児誘拐まで……!」   桂花の怒鳴り声に雛里がビクッと肩を揺らす。収まりかけていた涙が再び目尻に溜まってくる。 「ふえぇぇっ……、やっぱりかどわかしに……」   そこに紫苑が割って入ってきた。 「もう、桂花さんも物騒な事を大きな声で言わないの。雛里ちゃんも変な事を考えないで。  きっと退屈していた璃々を見かねての事でしょう。暫くすれば帰って……」 「お母さーん!」 「ほら」   紫苑の笑顔の先に、荷物を持ってこちらに向かって走って来る璃々が見えた。 「ただいまお母さん」   抱きついて来た璃々に優しく手を掛けて紫苑が尋ねる。 「おかえりなさい璃々。街は楽しかった?」 「うん!あのね、おじさんと屋台でお昼ご飯食べてきたの。これおみやげ!」 「璃々、まさか[おじさん]って……」 「うん、天の遣いのおじさん」 「あらあら……」   笑顔で持っていた荷物を紫苑に渡す璃々。周りの面々は璃々が一刀の事を璃々がおじさんと呼んでいる事に様々な反応を見せて  いた。ある者はニヤリと、ある者はクスクスと笑い、他の者は苦笑いと言うところだろうか。 「ダメじゃない璃々。おじさんなんて呼んだら」 「えー、おじさん何にも言わなかったよ」   紫苑の苦言に璃々はキョトンとした表情で返す。璃々自体悪気が無いのだから仕方の無い事である。 「あら?璃々、その首飾りはどうしたの?」 「えへへ、きれいでしょうー。おじさんがくれたの」   そう言って見易い様に手で持つ璃々に、紫苑は笑顔を返す。そしてそれを見た紫苑は、上品な輝きを見せるそれが決して子供騙  しの玩具ではなく、かなり高価な物であろうと感じていた。   そこに一刀と翠が姿を現した。話しながら近付いて来る二人を見た紫苑達はある違和感を感じた。   それは話している二人に違和感が無いという違和感。二人の程好い距離感を感じていた。 「おじさん、お母さんにおみやげ渡したよ」   そう言って一刀に全く警戒心無しに近付いて行く璃々を紫苑は微笑みながら見ていた。璃々がじゃれ付くのを嫌な顔一つせず、  笑顔で相手をしている一刀の元に紫苑が近付いて来た。 「北郷殿でよろしいですか?」 「あっ、はい」 「私、璃々の母で蜀の黄忠、字を漢升と申します。璃々の相手をしていただいたとか、御礼申し上げます。璃々がご迷惑掛けたりし  ませんでしたでしょうか?」   紫苑の丁寧な挨拶とは裏腹に、手を前で組み胸を強調するような仕草に目を奪われそうになるのを必死に堪えながら一刀は答え  た。 「俺が北郷一刀です。字はありません。璃々ちゃんは迷惑どころか、ちゃんと言う事を聞いて良い子にしてましたよ。ウチの真桜達  なんかよりよっぽど手が掛りません。あいつらには璃々ちゃんの爪の垢でも煎じて飲ませたいぐらいです」   少々焦りが有るのか、余分な事まで話す一刀。それを紫苑は笑顔で聞いている。 「そう言えば、璃々が首飾りを頂いたとか……」   今は朱里達に一刀から貰った首飾りを見せている璃々を紫苑は眺めながら一刀に尋ねる。 「ああ、あれは他の買い物した時にその店の店主からオマケで貰った物なので気になさらないで下さい」 「他の買い物とは翠ちゃんが付けている髪留めですか?」   すっと目を細めて一刀を見詰め直す紫苑。どうやら紫苑には色々と見抜かれていると感じた一刀。指摘された翠は頬を赤らめな  がら横を向いている。そんな翠を見れば何か有ったか等は容易に想像できる。実際は艶っぽい事は未だなのであるが……。 「ええ、実は……」   これは敵わないと思った一刀が話そうとした時、紫苑が割って入る。 「一々男女の間柄を詮索する無粋な女だと思われるでしょうが、私一応は翠ちゃん達の姉代わりを自負しておりますので……。  姉代わりといたしましては、少々気になりましたの。でも、翠ちゃんを見ればそれが杞憂だとわかりましたわ」   そう言ってコロコロと笑う紫苑。やけに姉代わりと言うのを強調している事に疑問を持った一刀ではあるが、そこに言及する事  はしない。何故か頭の中でそこには触れるなとアラームが鳴っているのを感じていた。 「あら北郷殿、何か失礼な事を考えておられませんか?」 「いいえ、まさか。その肩掛けの刺繍綺麗ですね。よく似合っておられますよ」   吃る事無く返答できた自分を心の中で褒める一刀。 「あらあら、お上手ですこと」   お互い見合わせながら笑い合う一刀と紫苑。そんな少々不自然な笑い方をしている二人を、周りの者達はキョトンとした顔で眺  めていた。   朱里や雛里とも挨拶を交わした一刀は、会合の出席者は未だ昼食を取っていないとの事なので、皆別室へと女官に案内されて行  くのに同行していた。すると桂花が近くに寄ってきた。 「あんた、午後からの市街の視察忘れてないでしょうね」 「当たり前だろ。だからちゃんと城に居るし、蜀の人達が興味を持ちそうな何処を視察するか下調べも済ませてる。璃々ちゃんの事  はケース・バイ・ケースだ」 「けぇす・ば……、そうやって天の言葉を使って人を煙に巻くのは止めなさいよ!」   一刀が急に天の言葉を使った事に桂花は顔を顰める。   桂花の場合、風や三羽烏達の様に積極的に天の言葉を取り入れたり使おうとはしない。決して興味が無い訳でもないのだが、公  の場所では特に顕著である。もっとも、一刀と二人きりの閨の中等では別の話であるが。 「そう言えばお兄さんは朝から城内に居たのですよ〜。午前中は真桜ちゃんと一緒に厩舎の方に居たらしいのですが、はてさて何を  していたのでしょう〜?」   何時の間にか一刀の横に居た風がそう話し掛ける。 「何、あんた朝から厩舎で真桜と乳繰り合ってたの?本当にケダモノね、信じられない。あんたが居るとこの城が、いや大陸全てが  汚れるわ。真桜の溶鉱炉にでも飛び込んで死んでくれない?」 「あのなぁ桂花……、璃々ちゃんも居るんだからそう言う事を大きな声で言わない。風もこんな時に変な事を……」 「ぐうぅぅぅ……」 「おいっ、いくら風でも歩きながら寝ているのは突っ込み以前の問題だろう。起きろ」 「おおっ、桂花ちゃんの素直な予想通りの物言いに感心して思わず寝てしまいました……。  まぁ、璃々ちゃんは紫苑さんの教育が行き届いているので問題は無いかと〜」 「はぁ?いいのかよ……」   そう言って前を歩く紫苑と璃々を見る一刀。二人はこちらの会話を気にする風も無く、仲良く手を繋いで並んで歩いている。   そうこうしている内に、昼食が用意されている部屋に近付いてきた。するとその部屋の向こう、一般の魏の連中も使う食堂の方  から大きな声で言い争いをしているのが聞えてきた。   何事かと覗いた一刀の目に入ってきたのは、季衣と鈴々が言い争い、それを流琉が止めに入っている光景であった。 「へへぇん!ボクの方がおっぱい大きかったもんね!」 「あれはインチキなのだ!鈴々を計った時は強く引っ張り過ぎなのだ。だから小っちゃくなったのだ!でも、背は鈴々の方が春巻き  より高かったのだ!」 「おまえあの時少し踵を上げてただろう!そっちこそインチキじゃないか!」 「何おぉぉぉ……!」   二人は鼻がくっ付きそうな程の距離で睨み合っている。 「もうっ、二人ともこんな所でやめなよー、見っとも無いよ」   止めに入った流琉を二人が同時に見る。その戦場ですら稀にしか見せない様な二人の鋭い視線に流琉がたじろぐ。 「ナンだよ!ちょっと流琉はおっぱい大きくなったからって!」 「そうなのだ!流琉だけズルイのだ!」 「そっ、そんなの関係ないじゃない!」   いきなり二人の怒りの矛先が流琉に向かう。抜け駆けしただの、隠れて何かしたんじゃないかだの、ブツブツと二人は文句を言っ  ている。   実際、三人は以前に比べてかなり成長している。身長に至っては季衣と鈴々は既に凪や星を抜いて、秋蘭や焔耶に迫ろうかとい  う勢いである。しかし、胸に関しては残念な状態であった。ちなみに肝心の身長と胸の大きさの二人の差は、誤差の範囲内である。  流琉は身長こそ二人には及ばないが、二人には無い胸の膨らみを勝ち得ていた。これが二人に逆恨みされる所以であった。二人は  貧乳党武闘派として名を馳せていたが、後年破門されるのは又別の話である。   廊下にまで聞える様な大声で言い争いをしている二人を流石に見かねた一刀が止めに入った。 「季衣、何こんな所で何て話で騒いでるんだよ……」 「あっ、兄ちゃん!」 「兄さま、お願いです止めて下さい。恥ずかしくって……」   二人が一刀に寄って来る。その後ろで、鈴々が一刀をじっと見ていた。 「もしかして、お兄ちゃんが天の遣いの人か?」 「ん?そうだよ、俺が北郷一刀。君が張飛ちゃんだね?」 「そうなのだ。鈴々が張飛なのだ!字は翼徳なのだ!」   そう胸を張って答える鈴々。そんな鈴々を見ながら一刀は、流石に三年(一刀の体感的には六年)も経てば変わるものだと感じ  ていた。戦場で何度か見かけただけの目の前の鈴々や季衣達にしてみても、自分が消える前に比べれば背も高くなり随分大人びた  表情をするように成っている。 「でも、何で白い何とかって服を着てないのだ?たんぽぽに聞いてなければお兄ちゃんが天の遣いの人だって判らなかったのだ」 「おい!鈴々!兄ちゃんを気安くお兄ちゃんなんて呼ぶな!」   鈴々に食って掛かる季衣を止めながら、一刀は「いいから気にするな」と季衣の耳元で囁く。そばに居る流琉も止め様としない  ところを見れば、似たような気持ちなのかもしれない。   一方、いきなり食って掛かられた鈴々はキョトンとした顔で一刀達を見ていた。本人も悪気が有って言った訳では無いので、状  況が上手く飲み込めていないのだろう。   そうこうしている所に、桂花と風が顔を出す。 「季衣も流琉もこのバカにそんな気を使う事は無いわよ」 「そうですよ〜。お兄さんは璃々ちゃんに自分の事を『おじさま』と呼ばせて悦に入ってる変態野郎なのですから〜」   風の発した言葉に季衣や流琉達以外にも、遠巻きに事の成り行きを眺めていた蜀の人達や、厨に居る城の者までもが一刀に注目  する。 「風、そんな事璃々ちゃんにさせてないだろう……。後、桂花はもう少し俺に気を使え」 「嫌よ」   即答であった。そんな桂花に風は手で口元を隠しながら他には聞えない様に話す。 「お兄さんが居ない時みたいにもっと素直になれば……」   風が話し終える前に、桂花が凄まじい形相で睨み返す。その顔が赤く染まっているのは怒りからであろうか、それとも本心を見  抜かれた恥ずかしさからなのかは判らない。   すると、一刀に抱えられていた季衣が口を開いた。 「そうだ!兄ちゃんに決めてもらえばいいんだよ!」 「ん?」 「ちょっ、ちょっと季衣!」   いきなりの季衣の言葉に、いまいち要領を得ていない一刀と、季衣の意図を汲み取って慌てる流琉。そして、それに追い討ちを  懸ける鈴々。 「そうなのだ!どちらか決めるのに困った時は[だいさんしゃ]にきけばいいと愛紗も言ってたのだ!」 「だろっ!だから兄ちゃん、ボクと鈴々のどっちのオッパイが大きいか決めてよ!」 「は?」   間抜けな顔で小首を傾げている一刀の目の前で、季衣と鈴々の二人が躊躇無く上着の前を開け様としている。 「だからダメっだよこんな所で、季衣も!鈴々も!」 「ちょっとバカ!止めなさいよアンタ達!」   すかさず止めに入る流琉と桂花。 「アンタも鼻の下伸ばして眺めてるんじゃないわよ!ホンとバカなんじゃないの!この変態!性犯罪者……!」 「いや、鼻の下なんか伸ばしてないし……。確かに驚きはしたけど」 「いやぁ〜、この場に稟ちゃんが居なくて良かったのですよ〜。居たらこの場がエライ事に成って、お昼ごはんどころでは無かった  のですよ〜」 「あのぉ……」 「何よ!」   声を掛けられた方を見れば、女官がすまなそうに礼を取っていた。いきなりの事に声を荒げた桂花も女官の顔を見て済まなそう  にしている。 「いえ……、皆様の御食事の用意が整いましたので、御案内をさせていただこうかと……」   女官の声にこれ幸いにと一刀が答える。話の矛先を変えるには良いタイミングだと一刀は思った。 「よし!この話はここまでだ。さあ食事、食事。ああ、季衣達はもう済ませたのか?」 「ううっ……、まだ」   決着をはぐらかされたのが不満なのか、今になってやろうとしていた事が恥ずかしくなったのか、少々複雑な顔付きで季衣が答  える。鈴々も照れ笑いを顔に浮かべているし、流琉はホッとした様な顔をしている。 「なら一緒においで、流琉や張飛ちゃんも。後、俺と翠それと璃々ちゃんは一応食事は済ませてるから、何か軽い物と飲み物をお願  い」 「かしこまりました」   そう女官に伝える一刀。そして女官の案内で食事の用意された部屋へと皆で向かって行った。   食事の方に気持ちが向いたのか、季衣も鈴々も大人しく女官に付いて行っている。それを見た一刀がホッとしていると、そこに  流琉が近づいて来た。そして他の者には聞えぬ小さな声で一刀に話し掛ける。 「兄さま、何で兄さまが翠さんの事を真名で呼んでるんですか?」 「えっ?まぁ色々とな……」 「後で反省会です」   まだまだ子供だと思っていた流琉も一人前の乙女であった。   昼食を取り、一休みしたら今度は洛陽市街の視察である。これには桂花や風に変わり軍師からは稟が、それに凪・真桜・沙和の  三羽烏が同行していた。今は一刀も定番の白い[ぽりえすてる]を着込んでいる。   一刀が事前に準備した視察場所の選定も好評な様で、何度も洛陽を訪れている紫苑達にも好評であった。特に余り蜀を離れる事  の出来ない朱里や雛里にとって久しぶりに訪れた洛陽は、以前に比べ様変わりしており、天の知識を利用した制度やその為の施設  等には食い入るように注目し、そして一刀にそれらについての質問の雨を降らせていた。   視察の前半が一段落し、休息も兼ねて茶屋で休憩していると、紫苑がしみじみと口を開いた。 「本当に洛陽は来る度にどこかが変わっていたり、新しい施設が出来ていたり……、いくら天の知識が有るとはいえこれだけのもの  を見せられると、悔しさを通り過ぎて呆れるわね。本当に凄い……」   そんな紫苑の独り言とも誰かに対しての問い掛けとも取れる呟きに稟が答えた。 「まぁ天の知識と言っても全てが上手くいくとは限りませんから。  理屈は頭で理解出来ても、いざそれを行ってみれば成果無しなんて事が多々有ります。現在行っているのは一刀殿から以前に聞い  たものが主です。その中には要点が上手く伝わっていないものや取り違えているものも有りました。それに天とこちらでは社会の  成熟度が違うと言うのも一因かも知れません」 「まぁ、魏の三賢人が一柱たる郭奉孝にしては少々弱気な発言ですわね」 「そんな大仰な言い方はよして下さい紫苑殿。確かに華琳さまを御支えする軍師としては些かの自負は有りますが、あの人の知識や  考え方はそんなものを飛び越えている所があります。あの人の知識はこの国だけでなくこの大陸の発展において重要であり、かつ  この国や大陸に欠けている物を埋めてくれる資産とも成るでしょう。しかしその反面、この国や大陸を滅ぼしかねると言えば少々  大袈裟ですが、余り好まざる方向に向かわす事も有り得ます。あの人の知識の中には今の私達には到底納得出来ないものや承服し  かねるものも有ります」 「それがどんなものかは聞かない方がいいかしらね」 「ええ、止めておいた方がいいでしょう。このわたしでさえ一刀殿を殴ってやろうかと思いましたよ」   そう言って笑い合う二人。そして店先で何かを見ながら騒いでいる璃々や一刀達を眼を細めて眩しそうな顔で見ている稟が再び  口を開いた。 「まぁ、今の一刀殿にはそんな心配はしていませんが……」 「あらあら、こんな所で惚気られるとはね……。お姉さん妬けちゃうわ」 「いっいえ、そんな意味では……」   そう言って稟は飲み物の入った器を両手で抱え赤い顔をして俯いてしまった。そんな稟を紫苑はニコニコと微笑みながら見詰め  ている。   しかし、そんな二人の会話を複雑な表情で見ている者達が居た。それは朱里と雛里である。   先程までは視察で見た場所を二人で話しそれらを整理していたのだが、稟が話し始めた頃から二人とも押し黙り稟と紫苑の会話  を聞き入っていた。そして二人は何やら思案顔で店先の一刀達を眺めている。暫くすると何かを決心したのか、二人見詰め合って  頷く朱里と雛里であった。   視察の後半も終わり、後日郊外の視察に行く旨を蜀の面々に伝え城へと向かおうとした一刀を朱里と雛里が呼び止めた。 「あっ、あのー北郷さん。この後何かご予定が有りますか?」 「でっ出来ればおじゅか……、お時間を頂きたいのですが。あわわ、噛んじゃった……」   二人はかなり緊張しているのか、握り締めた手が少し震えている。そんな二人を見ながら、一刀はこれ以上二人を緊張させぬ様  に注意しながら言葉を返した。 「ああ、こちらは大丈夫かまわないよ」   その返答に安心したのか、二人の表情が少し和らいだ。それを見た一刀の方も出来るだけ表情を柔らかく、そして言葉尻がきつ  くならない様に更に注意する。余り子ども扱いするのも失礼かと思ったが、必要以上にこちらを警戒させても意味が無い。それに  一刀自身この二人とゆっくり話しをしたいとも思っていた。諸葛孔明・鳳士元と言えば、一刀の世界の三国志でも重要な登場人物  である。 「ならどうしようか、話をするのは城内がいいかな?それともどこかでご飯でも食べながらかいい?」   一刀の返答を聞いて、二人は頭を突き合わせ何やら相談を始める。話がまとまったのか、こちらを向いた朱里が答えた。 「もし差し支えなければ北郷さんのお屋敷にお邪魔させていただいて宜しいでしょうか?」   朱里からの返答を聞いた一刀は少々驚いていた。てっきり彼女達が一番嫌がるのではないかと思っていたのが一刀の屋敷への招  待であったからだ。   施設についての質問などで多くの言葉は交わしたが、やはりこちらとの間には線を引いている様な印象があったし、特に雛里は  人見知りが激しいように一刀は感じていた。なので先ずは彼女達の必要以上の警戒を解いてからと考えていたのだが、どうやら彼  女達の方が一歩先んじて接近してきた。 「ああ、こちらはそれでかまわないよ。なら適当な時間に使いの者をそちらに行かすから」 「はい、ありがとうこざいます。すいません突然こんな事をお願いして……」   笑顔で礼を言ったかと思えば、シュンとした顔で謝罪の言葉を話す。そんな彼女達を見ながら、一刀は真桜から聞いた「蜀の軍  師達は小動物系」と言う言葉を思い出し納得していた。一生懸命大人ぶってはいるが、見た目のギャップがそんな仕草を打ち消し  ている。勿論、戦や政の場面になれば印象も変わるのであろうが、魏の三軍師と比べて今迄に無い新鮮さの様なものを一刀は感じ  ていた。   皆と別れ、視察の報告をする為に一刀は華琳の執務室を訪れていた。 「一刀、今日の視察は滞り無くいった様ね。ご苦労様」 「ああ、予定通り上手くいったよ。蜀の人達も満足してくれたと思う」 「それは重畳ね。まぁ今更隠し立てする様な所も無いし、わたしの私室以外なら何処を見せても構いはしないけど……、そう言えば  桂花があなたを探してたけど、又何かしたの?」   華琳の問いを聞いた一刀は視線を逸らす。 「で、何をしたの一刀」   サッサと話せこれは命令だと華琳の視線が語っている。下手に誤魔化すよりは素直に話した方が上策だと思った一刀は、午前中  に起こした出来事を話した。 「呆れた……、桂花が怒るのも無理ないわね (せっかく桂花が褒めてたのに台無しじゃない……)」   机に浅く腰掛け、一刀の話を聞いていた華琳は言葉通り呆れた表情で一刀を眺めていた。 「いや、あちらの世界では当たり前に在る物だからつい……。まぁ、短慮だった事は間違い無いから反省している。  後、翠にも責任が及ぶなんて事は無いよな?」 「ええ、そんな事にはならない様に言い付けておくわ。あの子が見たくて見たんではなくて、こちらが勝手に見せたんだし……」   華琳の返答にホッとした顔をしている一刀に、グイっと華琳が詰め寄って来た。顔は微笑を湛えているが、目は笑っていない。 「ねぇ一刀。あなた何時の間に翠の事を真名で呼ぶようになったの?」 「だから、午前中に色々とな……」   どんどん顔を近づける華琳。そのプレッシャーに負けた一刀が身体を引いて顔を離そうとするが、動いた瞬間華琳に顔を両手で  つかまれた。 「何故?」 「いや華琳さん、目が怖い目が……!」   一刀の顔をつかんだまま、華琳は自分の顔を近付けていく。そしてそのまま一刀の話している口を塞ぐように、華琳が唇を重ね  た。   口付けた瞬間、舌をねじ込んできた華琳に一刀は面食らっていたが、程なく一刀も華琳の腰に手を回しその行為を堪能し始めて  いた。暫く荒々しい口付けを続けていたが、華琳が息が続かなくなったのか顔を離そうとする。すると今度は一刀がお返しとばか  りに華琳の頭を手で押さえる。その行為に華琳が狼狽えるが、そんな困惑と歓喜が入り混じった顔を見た一刀は口付けを続けなが  ら少々強引にスカートの裾から右手を華琳の下腹部にねじ込んだ。   華琳が一刀の顔から手を離し今度は一刀の胸に手を突き身体を離そうとするが、一刀はそんな事お構い無しに華琳の敏感な部分  に指を這わす。何時もの閨ならここで華琳の高ぶりをワザと焦らしたりするのだが、今は一気に絶頂へと華琳を誘う一刀。口付け  を続けている為、口を離す事が出来ず「んん゛っ」とくぐもった声を発し絶頂を迎える華琳。   やっと開放されたが、力が入らないのか華琳はだらりと腕を垂らし一刀にもたれ掛かっている。意識は有る様だが自分から動こ  うとはしない。時々ビクっと下腹部を痙攣させる様に動かしているが、未だ快感の波が引ききらないのか「ああっ」と小さく声を  漏らしていた。   そんな無防備な華琳を見た一刀は今度は華琳のスカートを捲し上げ、下着は膝まで下げ彼女の下半身を露出させた。一刀にされ  るがままの華琳であったが、お尻を撫でる一刀の手が彼女の蕾に触れた瞬間顔色を変えた。一刀の顔を見詰めて目の端に涙を湛え  イヤイヤと顔を横に振り懇願するも、一刀は微笑みながら華琳の蕾に指を差し入れた。   指を入れられた瞬間華琳はその大きな眼を見開き上半身を反らせた。そのまま口を開き声を上げようとした時、一刀は開いてい  る左手を華琳の口に当て親指と人差し指で華琳の舌を摘まんでしまった。舌を摘ままれ声を上げることも口を閉じることも出来な  くなった華琳は、一刀の指の動きに反応して「う゛ぁ」とか「い゛ぁ」とか言葉にならない喘ぎ声を上げ、閉じる事の出来ない口  の端から唾液を流している。   段々と喘ぎ声の間隔が短くなり、耐え切れなくなってきたのか華琳は一刀の服を握り締め、額を胸に擦り付けた。そしてその時  一刀から摘ままれていた舌を開放された華琳はまるで獣の様な唸り声を上げながら二度目の絶頂を迎えていた。   四肢から力が抜けてしまい立っている事もままならない華琳を椅子に座らせ、彼女の乱れた服を整えている一刀。乱れていた呼  吸も治まり、意識もはっきりとしてきた華琳を見詰めながら一刀は口を開いた。 「落ち着いた?」   一刀の問いに華琳は気だるそうな声で答える。 「ええ……」   そしてもう一度軽い口付けを交わす二人。 「この後、蜀の軍師達に話をしたいって言われてるんだけど……。問題無いよな?」 「朱里と雛里に……。何?翠の次はあの子達に手を出す心算?」 「そんなんじゃないって。俺もあの二人とはゆっくり話をしてみたかったし」 「フフフ……、冗談よ。ええ、問題は無いわよ。余り時間は無いだろうけど、十分話してあの子達の蟠りを解いてあげて」   華琳の言葉に一刀は怪訝な表情を返す。 「蟠り?」 「ええ、あの子達はウチの子達と違って、いい意味でも悪い意味でも純粋なの。それに頭が良過ぎてつまらない事まで考え過ぎると  ころがあるの……。それが蟠り」 「ふーん……。まぁ、とりあえずよく話してみるよ。じゃぁまた明日」 「ええ、頑張ってね」   そうお互い言葉を交わし、部屋を後にする一刀。   そんな一刀を見送り、一刀が部屋から離れたであろう頃華琳は呟いた。 「全く……、人をこんなにしておいて……、これじゃぁこの後仕事にならないわよ……!」   一刀が出て行った扉に向かって手元に有った竹簡を投げつける華琳であった。                     南からも使者 了 おまけ 「全く、あのバカは何考えてるのよ!」 「そう怒るな桂花、かず…北郷も悪気が有った訳ではなかろう」 「そうだぞ桂花、あの北郷が馬に乗るのが上達する道具なら結構な事じゃないか」 「秋蘭も春蘭もあのバカに甘過ぎるのよ。天の技術や知識はこちらの世界にとって毒にも薬にも成り得るの。わたしが怒っているの  は天の知識を使った道具をわたし達に何の相談も無く無分別に他国の者に見せた事よ」 「何だやきもちか?」 「違うわよ!」   等と三人が話しながら城内の廊下を歩いていると、華琳の執務室の前でおろおろしている女官が見えた。 「おいお前、こんな所でどうかしたのか?」   春蘭の声を聞いた女官が三人の側に近付いて来た。 「これは御三人様。いえ、今こちらに北郷様がおいでになっているのですが……」 「何ですって!」 「北郷と華琳さまがどうかしたのか?」 「いえ、それが……」   秋蘭の問いに女官が言葉を濁す。女官の態度に何かを感じた三人が扉の隙間から執務室の中を覗いた。 「なっ!」 「これは……」 「うむ……」   それは正に華琳と一刀が口付けを交わしているところであった。 「あの破廉恥おと……キュウ……」 「五月蠅い桂花。二人の邪魔をしてどうする。おい、この辺りの人払いを頼む」   そう女官に指示を出す秋蘭。指示を受けた女官は頷いてこの場を後にした。秋蘭に当身を喰らい気を失った桂花は廊下に放置さ  れている。 「秋蘭、お前時々容赦無いな……。しかし、華琳さまと北郷が……、混ざるか?」 「止めておけ姉者。今は二人だけにしておこう」   そう言いながらも、二人共が中の二人から目を離す事が出来なかった。   暫く覗いていると、春蘭が口を開いた。 「なあ秋蘭、最近お前北郷の事を一刀って呼ぶ事が多いな……。  あっあんな所に指を……」 「んっ、そうか……?ああ、そうだな。姉者も遠慮などせず、一刀に甘えればいいのに。  ……あれは凄かった」 「そっそんなに簡単にいけば苦労は無いが……。だがな……、そのう……。  んっ何の事だ?」 「可愛いな姉者は……。  いや、こちらの話だ」 「うっ五月蠅い!……いかん!北郷がこちらに来るぞ!」   放置された桂花を小脇に抱え、物陰に隠れる春蘭と秋蘭。その前を何事も無い様に通り過ぎる一刀。   歩いて行く一刀を見送りながら秋蘭が口を開いた。 「頑張れよ姉者」 「おっ、おう!」   そしていきなり「バン!」と何かが扉に投げつけられた音に驚く二人であった。