『いたいけな鈴々』 いたいけ 【幼気】 【1】幼くていじらしいさま。   悲しみに耐えている━━な姿 【2】幼くて、かわいらしいさま。   ━━な子供 【3】小さくてかわいらしいさま。 [一章] 「う〜む…これは紛うこと無き……淫古宴座(インフルエンザ)…だな」 華陀が言った。 今朝から鈴々の様子がおかしかった。 足つきがフラフラしており、口数も少なく、朝ごはんのおかわりも無し。 いち早く異常を察知した愛紗はすぐに華陀を呼んだ。 「ふにぁ〜……なんだか頭がクラクラして…身体がピリピリ…痺れるのだぁ…」 ベッドで横になっている鈴々…。周りには愛紗と華陀が。 部屋の外ではみんなが心配そうにこちらを見ている。 皆に感染する恐れがあると、華陀が愛紗以外退室を命じたのだ。 「そっ…それで鈴々は大丈夫なのですかっ!?」 鈴々の今までない弱った様子と、聞いたことのない病気に愛紗は涙目になって心配している。 「ああ、安心しろ。この薬を飲み、しっかり栄養を取って睡眠をとれば大丈夫だ。 元々この子は免疫力が高い。今はこんな状態だがじきによくなるだろう」 ふぅ〜っと心底安心したのか、愛紗はため息をついた。 「しかし、この病魔は周りへの感染力が高い。 食事や薬を運ぶ以外は、人の部屋の出入りを極力控えたほうがいいだろう」 「華陀殿…本当に……ありがとう…。」 愛紗が深々と頭を下げる。 「気にするな。俺は医者…そうそう、ここに10日分の薬を置いておく。 朝昼晩、食後に三回飲ませてやってくれ」 華陀がそっと薬の束を机に載せる。 「それじゃあ、俺は部屋の外で心配そうにしてるヤツらに説明してくる。お大事にな」 そういうと華陀は部屋から出て行った。 「鈴々…」 愛紗がそっと鈴々のおでこに手のひらをのせる。 とても熱く汗ばんでいる。息が荒く、とても辛そうだ。 「あまり…心配させるんじゃない…」 「えへへ…はぁはぁ…愛紗の手…冷たくて気持ちいいのだ…」 鈴々は愛紗の手を頬にスリスリ寄せて気持ちよさそうにしている。 まったく…。人の気も知らないで…どれだけ心配したと思ってるんだ。 と愛紗は思った。 「朝御飯は食べたから…まず、今日の朝の分の薬を飲んでもらうぞ」 「え〜…嫌なのだ…。苦いのは嫌なのだ〜…」 鈴々は嫌々しているが愛紗は構わず薬方を破る。 すると鈴々は上目遣いで愛紗を見てこういった。 「愛紗…薬…飲ませて欲しいのだ…」 「甘えん坊だな…鈴々は…ふふ」 愛紗は薬方を鈴々の口元に持っていき、口に含ませた後すぐに水で飲ませた。 「苦いのだ〜…んっ、ゴホッ…ゴホ…!」 「よしよし…偉いぞ鈴々…」 愛紗が鈴々の背中をさする。 鈴々は愛紗に甘えれて嬉しそうだ。 「それじゃあ鈴々。私は仕事が残っているから行くからな」 「ええ〜っ!…もう行っちゃうのだ…?」 「ああ。ちゃんとおとなしく寝ているんだぞ。昼にまたくるから…」 「…うん」 鈴々は寂しそうだ。 愛紗はドアを開けようとした時、鈴々が声を掛けた。 「…お兄ちゃんは…今どこにいるの?」 「ご主人様は…。…昨日…夜遅くまで政務をしていて…」 「朝御飯の時…居なかったのだ…」 「あ、ああ…。まったく…。あの人はフラフラと…。それじゃあ鈴々…。」 バタン。 部屋には静けさだけが残った。 [二章] はぁはぁ…頭が痛いのだ…。うーん…。うーん…。 愛紗が部屋を出ていってから、とても暇だ。 頭が痛くて眠れない。鈴々は寝返りばかりを繰り返していた。 鈴々は一刀の事を思った。 お兄ちゃん…。お見舞い…来てくれるよね…? 鈴々がこんなに苦しんでいるのだ。すぐに…すぐに心配して来てくれるよね。 たくさん…たくさ〜ん甘えられるのだ! ここぞとばかりにいっぱい甘えちゃうのだ…! 鈴々は、にひひと笑みを浮かべ、ドアがノックされるのをウキウキして待っていた。 最近、鈴々と一刀はすれ違ってばかりだった。 一刀が政務で忙しければ、鈴々が暇で。その逆もあった。 運よく同時に休みであっても、強引な星や蒲公英に一刀を奪われていた。 抱きしめてもらえない寂しさに、鈴々はずっと切なかった。 だから病にかかって喜びも少し感じていた。 ちゅーは…病気が移っちゃうから駄目なのだ。 だけど頭ナデナデは大丈夫なのだ! あとギュ〜もしてもらいたいのだ…あと、あと… その時━━━ コンコン… 「お兄ちゃん!」 ガバっと鈴々は起き上がった! しかし、部屋に入ってきたのは一刀ではなく、 「あっ、あたしだぞっ!鈴々!」 翠であった。 「なんだ…翠か…」 「なんだとはなんだっ! …まったく、メシを持ってきてやったのに…」 「にゃはは…ありがとうなのだ…」 少しがっかりしたが翠でも嬉しかった。 一人で居るより全然いい…。 しかし愛紗が来ると思っていた鈴々は、 「愛紗はどうしたのだ?」 と翠に疑問をぶつけた。すると翠は少し考えた後、 「ちょっと…ヤボ用ができてな! 変わりにあたしが…」 と言った。 机にお盆にのったお粥と薬が載せられる。 「ほら…お粥」 「ありがとうなのだ…。だけど、食欲が沸かなくて…食べたくないのだ…ゴホッ……」 「大丈夫か? …けど食欲無くても、少しは食べなきゃ駄・目・だ」 翠がさじを鈴々の口元まで持っていく。 「ほら…。あーん」 「一人でできるのだっ!」 「いーいーかーらっ…!」 鈴々は渋々口をあけてお粥を食べた。 翠の優しさに少し照れてしまった。いつもからかいあっているせいか、 優しくされるとなんだかむずがゆい。 「珍しく翠が優しいのだ…。なんか変なものでも食べたのだ?」 照れ隠しに鈴々は翠をからかった。 「いつもだったら、馬鹿は風邪を引かないのに鈴々が風邪引くなんてありえね〜!うひゃ〜、 …なんて軽口叩いてくるはずなのだ!」 鈴々は怒って反応してくるのを期待していたのだが、返ってきたのは優しい微笑みだった。 「そんな事いわないよ鈴々…。早く良くなって一緒に修行、しような」 うっ… その優しい笑みに鈴々は顔が真っ赤になってしまった。 翠のヤツ…なんなのだ…。 「一人で薬飲めるか…?」 「馬鹿にするななのだ。鈴々一人でもお茶の子さいさいなのだ!」 鈴々はガッ、と薬方とコップを掴み薬を一気に飲み干そうとした。しかし… 「がへっ…ゴホッ!…ぅうぅ…」 あわてて飲んだせいか咽てしまい、口の周りや服をびしゃびしゃにしてしまった。。 翠が自分のポケットから出した布で、鈴々の口の周りと濡れた服を拭く…。 「ほら…言わんこっちゃ無い…。薬…口に入れてやるから…」 鈴々は素直に口をあーんと開け翠に薬を入れてもらい、水を含んで飲み干した。 「あ、ありがと…なのだ」 「いいって事よ!」 翠が空の薬方と残ったお粥をお盆に載せる。 「それじゃあ…あたしはそろそろ行くからな…」 「翠…」 翠がドアの方へ向かっていく。 …そうだ。今お兄ちゃんは何してるのだ?早く来て欲しいのだ…。 そう思った鈴々は、部屋を出て行こうとする翠の後姿に声を掛けた。 「お兄ちゃんは今どこにいるのだ?」 すると翠がビクッとした。 すこし様子がおかしい。 しかしすぐにこっちを向いてこう言った。 「ご主人様は…ははは…えーっと、なんかちょっとえーと…客が来てて…」 「そ…そうなのだ…わかったのだ…」 「ちゃっ…ちゃんと見舞いにくるように言っておくからさ! それじゃあな鈴々!」 翠が急ぐようにして部屋を出て行った。 まったくなんなのだ翠は…。 まぁ翠が変なのは今に限ったことじゃないから、別に気にしないのだ。 そして、時間が過ぎ、夕日が差す時間になっても一刀はやってこなかった…。 痺れを切らした鈴々はふて寝していた。 お兄ちゃんは何してるのだぁ… こんなに苦しくて大変なのに… そばにいて…抱きしめて欲しいのに… 夕方になってやってきたのは星で、御飯を置いていくとすぐに出て行ってしまった。 そのときにも一刀の様子を聞いたのだが、何も言わずに黙ったままであった。 せっかくお兄ちゃんに甘えられると思ったのに… 病気なんてつまらないのだ… 鈴々は布団に包まっている内にまぶたが重くなり、そのままウトウトと眠ってしまった。 [三章] 夢? これは夢なのだ… ここはどこなのだ? なんだかとっても広い場所のようだけど… まっしろな光に包まれて…目の前では、泣き叫んでいる自分がいる。 まるで劇を見ているような感じだった。 『やだよっ!お兄ちゃんとお別れしたくないっ!』 夢の中の自分が涙ながらに叫んでいる。 お兄ちゃん?お別れ?なんでお兄ちゃんとお別れするのだ? 目を凝らしてみると光の奥で、辛そうな顔をしたお兄ちゃんが手をこちらに伸ばしているのが見える。 『帰ってきてよ!ねぇ、鈴々を置いていかないで!』 なっ、なんなのだこの夢は? お兄ちゃんが消えちゃう夢なんて縁起でもないのだ。 だけど…この先の事を…鈴々はなんだか知っているような気がするのだ… 既視感が鈴々を襲う。 『やだやだやだやだ!お兄ちゃーーーんっ!』 そうなのだ…。 この後お兄ちゃんが消えちゃうのだ! お兄ちゃんが消えて…置いてけぼりの鈴々は沢山泣いて…みんなも沢山泣いて…毎日辛いのだ…。 嫌なのだ! 鈴々も…鈴々も手伝うのだ! 鈴々も加勢しようと一刀の手を掴みに行こうとするが、光のもやに絡まれているようで身体が自由に動かない。 うぅぅぅぅ…体が進まないのだ…。 このままじゃお兄ちゃんが…。 『一人にしちゃやだよ…お兄ちゃんっ…』 あきらめるななのだ…! 頑張れっ!頑張るのだっ! 「お兄ちゃ━━━━━━━━」 [四章] 「はっ…」 汗だくだった。バケツを身体にひっくり返したように汗でびしょ濡れになっている。 「はぁはぁ…夢…だったのだ…良かったのだ…はぁ…はぁ…」 鈴々は身体を起こした。 外はもう真っ暗で、部屋は窓から入る月明かりで照らされていた。 「嫌な夢だったのだ…お兄ちゃんが…はぁはぁ…」 目が慣れてきたので周りを見渡した… その時、ベッドの周りに人が並んでいることに鈴々は気がついた。 「ひっ…」 「鈴々…」 それは愛紗、桃香、朱里、翠、星。他にも蜀の仲間達が部屋にいた。 「びびび、びっくりするのだ…! なんで皆黙って俯いてるのだ…!声掛けてくれて…も…」 皆暗い顔をして俯いている。 愛紗だけが鈴々の顔をじっと見ている。 「鈴々…」 「あ…愛紗…。どっどうかしたのだ?そうだ…皆で部屋に入ると病気が移って危ないのだ!」 鈴々は暗い雰囲気を壊すためあえて明るいトーンで喋った。 しかし愛紗は青ざめた顔で、信じられない言葉を言った。 「ご主人様が殺された」 え? お兄ちゃんが…なんなのだ…? 鈴々には唐突すぎて言葉が頭に入っていかない。理解できない。 周りを見ると… 翠が唇をかみ締めて涙を流している。 桃香は恐ろしく冷たい顔をしている。 星は悲痛な顔で俯いている。 朱里は…ただただ空っぽな瞳で虚空を眺めている。 「なっ…なんなのだ…すっ翠! おにいちゃんが殺…って…」 翠の腕を掴む。 「呉の暗殺部隊だよ…。ひっく…あいつらっ……今日の朝に…ご主人様を……」 翠が涙を溢れさせながら喋った。 今朝…。そういえば今朝からお兄ちゃんいなかったのだ…。 「鈴々には…行方不明だという事を今まで隠しておいたが…」 そういえば…なんだか愛紗と翠、それに星の様子がおかしかったのだ…。 お兄ちゃんの事を聞くと…話をそらすようにして…。 なんだか…いつもより…優しくて…。 「さっき、呉との国境沿いでご主人様の死体が見つかったんだよ」 桃香さらっと言った。 「アイツら…ご主人様を見せしめに…吊るしやがった……糞っ!!」 翠がぎりぎりと唇を噛んで…口から血を流している。 桃香お姉ちゃんは何を言っているのだ? それに…みせしめ?吊るした…って。 「おっ…お兄ちゃん…」 鈴々はふるふると首を横に振り、一刀の姿を探した。 嘘だよね…。お兄ちゃん…。 甘えたくて…寂しくて朝からしょうがなかったのに…。 「お兄ちゃん…どこっ…うっ…おにいちゃ…ぐずっ…お兄ちゃ…ぁ…ん」 続く