「姉者、すまんが……」  そう、この一言がこの物語のきっかけ。 # # #  董卓討伐からしばらくたった。新たに仲間になった霞や稟、風も慣れたようで存分に力を発揮している。 そしてある日の朝。 「朝姉者が運んだ本をちゃんと読んでおくんだぞ」 「あぁ、秋蘭も気をつけてね」 「うむ」  珍しいことに春蘭、秋蘭の姉妹がそろって遠征に出るのだ。  いまだに俺の指導役をしてくれる秋蘭は、自分がいない間に自習ができるようにと大量の本を俺の部屋に運んでくれた。 まぁ、持ってきたのは春蘭なんだけどね。 「では行ってまいります。華琳様」 「ええ、行ってらっちゃい。気をちゅけてね、秋蘭」 「なぁ、秋蘭。誰も私に声をかけてくれないんだが……」 「皆のもの、行くぞ!はっ」 「……しゅらーん」  さすがに可哀想になってきた。 「春蘭も頑張ってな」 「……っ!ほ、北郷!好きだーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」 「……えっ?」 「……えっ?」 「……えっ?」 「では華琳様!行ってまいります!」  て、てめぇ!待ちやがれ!嬉しいじゃねーか。……じゃなくて華琳の視線と足もとに十字の形に五本刺さった矢をどうすりゃいいんだ! # # # 「さて、秋蘭のいうとおり本でも読みますか」  どうにか危機を脱し、いつもの秋蘭との勉強の時間。しかし今日は先生がいない。が、さすがに釘をさされたし、ご厚意を無駄にはできない。 「まずは……これでいっか」  因みに華琳もそばにはいない。なぜなら桂花が 「春蘭も秋蘭もいない。つまり私が華琳さまをお守りしなければいけないわけね。 もし華琳様と全自動腰振り機が二人きりになってしまったら――考えるだけでもおぞましいわ! 私が最後の砦。私を越えられてしまったら、華琳様はおろか私まで。 集中しなさい、荀文若!ここから先は一歩も退くことを考えてはならない死地。退けばそこは分娩室。 これすなわち破水の陣!」 などと非常にアッパーなテンションのまま華琳を抱っこしてどこかに行ってしまったからだ。 # # # 「なんか、静かだな」  いつも華琳がいて、春蘭がいて、秋蘭がいてとこんなに静かなのは久しぶりだ。俺はやっぱり恵まれた位置にいるんだなと改めて実感する。 とガラでもないことを考えながらパラっと頁をめくる。 「あれ?」  初めに感じたのは違和感。普段秋蘭が俺に渡してくるのは所謂軍事本。つまり知識人が書くお堅い本なわけだ。  しかし今手元にある本の字は幼さを感じさせる。俺から見たら達筆なのだが、書きなれていない印象をうけるのだ。 「もしかして華琳が書いた本、とかか?」 と考えてみるがおそらく違うだろう。彼女が書いたものを何度か見ているが、それとは違う。 「まぁ、とりあえず読んでみるか」  下手の考え休むに似たり、ってか。 「……はあ?」  早くも止まってしまった。なぜなら最初の文には「○月○日 はれ」と書いてあったからだ。興味に駆られ、一応読み進める。 # # # ○月○日 はれ 大すきなおばさまの家に赤ちゃんが生まれた。 おばさまはえがおで私に「この子をまもってね」と言った。 私は「はい」とおばさまにお答えし、赤ちゃんの顔を見せてもらった。 なにがなんでもまもりとおそうと心にちかった。 # # # 「日記、だよな?」  どう見ても日記。決して生八つ橋にかかっているものではない。  なるほど、なら字が幼いのもうなずける、ってめっちゃプライバシーの塊じゃないですか! ……えーと、続きは、と。 # # # ●月×日 くもり おばさまに「きゅうに知人が来たからこの子をおねがいね」と言われた。 姉じゃがだっこしたら泣いてしまったが、私がだっこをしたら泣きやんだ。 心があたたかくなったが、横で姉じゃが泣きそうになっていた。 # # # 「……姉じゃ?」  俺は姉じゃという言葉を使う人を一人知っている。否、一人しか知らない。 「も、もしかしてこれ秋蘭のか?何故そんなものがっここに?」  ふと朝のことを思い出す。たしかこれを持ってきたのって……あいつか! ……仕方ない。不可抗力だ。読み進めるとしよう。うん、秋蘭も読んどけって言ってたし。 # # # □月△日 はれ 久しぶりにおば様の家をたずねた。 ご子女様はすくすくと大きくなられている。が、抱っこをしたら泣かれてしまった。 今まで一度も泣かれたことがなかったのに。と思っていたらおば様が、 「おしっこかしら」と言いながらおしめを代えていた。姉者と二人で見入ってしまった。 # # # ▲月*日 雨 いつの間にかご子女様もあんよが出来るようになっていた。 今日も戸を開けたのが私と気が付いたら一所けん命にあんよをして私のほうに来た。 足もとまで来たら抱っこして頭をなでようと考えていたら、直前に姉者がだっこをしてしまった。 「見ろ!私達のほうに歩いてきていただいたぞ!」 残念だ、姉者。私達ではなく私のほうに歩いてきたのだ。ほらご子女様も精一杯私に手を伸ばしているではないか。 # # # ◆月♪日 晴 ご子女様と姉者の三人で庭で遊んでいた。ふと目を離したすきにご子女様が離れたところに行ってしまった。 慌てて追いかけたのだが、突然現れた犬におそわれそうになっていた。 石を投げて注意をこちらに向けようとしたがご子女様に当たるかもしれないとちゅうちょしてしまった。 幸いに姉者が駆けつけて犬を追い払った。結果は良かったが、あまりにも無力だった。 この子を守るとちかったのに……。 どんなに離れていても危機を感知する目を。どんなに離れていても獲物を倒せる武器を。 私は必ず手に入れてみせる。この子のために。 # # # 「もしかして秋蘭が弓を使う理由ってこれなのか?」  ふぅと目頭をもみながらぼやく。やはり慣れない文字を読むのには集中力を使う。 小さいころの秋蘭の決意。これが彼女の礎。そしてこのご子女というのはおそらく…… # # # @月+日 晴 早熟なご子女様は早くも叔母様に真名をいただいたらしい。近年で一番の笑顔でそう言っていた。 そして、私と姉者にその真名を教えていただいた。 嬉しさとともに一生仕え、守り抜くと改めて誓い私たちも真名を預けた。 私達の主である華琳様に。 # # # @月$日 雨 華琳様と真名を交換してからしばらくがたった。一つ気になることがある。 華琳様は秋蘭、春蘭と呼んでいるつもりなのだろう。しかしながらどう聞いても「しゅうりゃん、しゅんりゃん」と聞こえてしまう。 せっかく真名を交換したのだ。正しく呼んでもらいたい。一日猛特訓した結果きれいな発音になった。 やはり仕える人には正しく大切な名前を呼んでもらいたい。 # # # 「うむ」  ちょっと秋蘭になった気持ちで相槌を打ってみた。 どおりで最近仲間になった流琉と霞を「りゅりゅ」「ちあ」って呼ぶのに春蘭と秋蘭はきれいに呼べるのか。  秋蘭の陰ながらの操s……げふんげふん、努力は華琳が幼いころから始まっていたのか……って今も幼いか。 # # # ∵月£日 晴 # # # 「ん?この日って……」  見覚えがある日付に目が留まる。そう、この日は俺と華琳たちが出会った日だ。  さて、秋蘭はなんて書いてあるのかな? # # # ∵月£日 晴 遠征中に天から降ってきたという青年に逢った。名は太郎と言うらしい。 # # # 「太郎って誰だ!」  思わず突っ込んでしまった。えーと続きは……。 # # # 太郎は至って普通だった。 その帰りに猫を拾った。名前を北郷一刀と名付けた。我ながらいい名前だと思う。 一刀はなかなか利口そうな顔をしている。 # # # 「いろいろ間違ってないか?」  えーと整理しよう。天から来た青年、おそらく俺だ。その名前が太郎。しかも至って普通。 んで、その帰りに拾った猫の名前が北郷一刀。利口そうな顔をしているとのこと。  ……俺は秋蘭にとって猫なのか、本当に太郎と認識されているのか、それが問題だ。 # # # ∵月(21)日 雨 太郎はやはり至って普通だった。普通に生活し、普通に仕事をしていた。 一方一刀は見た目通りに利口だ。自分がすべきことをすぐに理解し、一度間違えたら同じことは繰り返さない。 いささか猫にしておくのがもったいないほどである。 もし人間だったら惚れていたかもしれない。 今度抱っこして一緒に寝てみようか。 # # # 「は、恥ずかしいな」 ……って俺じゃなくて猫なんだよな。俺は至って普通らしい。結構頑張っていたと思うんだけど。 # # # Д月仝日 曇 太郎は多分普通だったのだろう。まるで興味ない。 一刀はますます利口さに磨きがかかったようだ。私の予想を超える速さで成長を重ねている。 そんな一刀の利口さに華琳様も気に入ったらしく、よく一緒にいる姿を見かけるようになった。 しかし、だ。なにか褒められることをしたのだろう。華琳様が一刀の頭を撫でていた時のあの顔はいただけない。 まったくもって理性のかけらもない、だらしない顔をしていた。 一回誰が飼い主なのかを再確認させる必要があるかもしれない。 # # # 「太郎にも愛を!」 太郎が、太郎があまりにも不憫すぎる!そして俺と同じ名前の猫が妬ましい! # # # ◎月*日 晴 華琳様にも家臣が増えた。しかし新しく仲間になった子たちはまだ上手く呼べないようだ。 流琉をりゅりゅ、霞をちあ、と呼んでいたのを聞いて私と華琳様が真名を交換した日を思い出し、懐かしさと同時に一抹の寂しさを覚えた。 秋蘭ときれいに呼んでもらえるのは嬉しいが、あの舌っ足らずな口調でしゅうりゃんと呼ばれるのもよかったのかもしれない。 そんなことを考えながら一日中一刀を見つめていた。 # # # 「秋蘭……」  秋蘭は一体どんな気持ちでこの日記を書いたのか。秋蘭の華琳への気持ちは家臣以上の……。 そして……そして、たまには太郎のことも見てやってください! # # #  秋蘭達が帰ってきた日の夜。俺は日記を持って秋蘭の部屋を訪ねた。 「秋蘭。遅くにごめん。どうしてもこれを返しておきたくて」  はい、と秋蘭の前に持ってきた日記を出す。 「これは……まさか」  秋蘭はすぐに気が付いたようだ。 「悪いけど、読まさせてもらったよ。それで、だ」  顔はいつも通りの笑顔だが、後ろには冷たい空気が流れている。  やはり日記を読まれるのはいくら秋蘭でも許せなかったらしい。しかし俺は言葉を続けなければならない。 「りゅりゅ、や、ちあ、が羨ましいのも分かる。だったら、こう呼んでもらうのはどうだろうか?おそらく華琳は秋蘭にしか言わない、いや、言えないと思うんだ」  日記を読んでわかったこと。それは秋蘭が全身全霊を持って華琳を守っていた。そんな秋蘭だから、そう呼ばれる権利がある。  秋蘭は無言だが続けろと目で促す。だから俺は言うんだ。 「秋蘭ねぇたん」  言った瞬間秋蘭の目が見開かれ、すっと細める。その動きがいかにも猫を連想させる。そして満足そうな顔をして口を開く。 「なるほど。よくやった、太郎」 「太郎ってやっぱ俺か!」 終? 編集後記 このお話は一刀が蜀に向かう前のお話でしょう、きっと。 最初に書きましたが、普通に年齢設定を間違えてしまいました。 この話だと秋蘭は華琳プラス7〜8ぐらいのイメージでしょうか。 となると華琳が仮に5歳だとすると、秋蘭は12歳…… 因みにこの話は以前投下した際に春蘭、秋蘭なのにりゅりゅ、ちあとはこれいかに。 というご指摘をいただいたので、正当化させようとしたお話です。 ではでは