魏ルートアフターSS   小さな訪問者たち 「天の御遣いは己の使命を全うし、天へと帰った……」  戦争終結と三国鼎立の祝いの宴の明けた朝、  普段より濃い目の化粧を施し、赤い眼をした曹孟徳は魏の重鎮達にそう告げた。  後に蜀の関雲長こと愛紗は 「意気揚々と凱旋するはずの魏の軍勢が、まるで葬送の列の様であった」と、  呉の孫伯符こと雪蓮は 「上手く言えないけど、戦後の魏は何か変だったのよねぇ。腑抜けてるってのとも違うし」  と、それぞれ語っていた。  そして、戦争終結から3度目の正月を迎えようとしていた。 「おーいっ、凪、沙和。仕事一段落付いてたら、お昼ごはん食べにいかへん?」  工房での作業が一段落した李曼成こと真桜が、警備隊本部の楽文謙こと凪と于文則こと沙和の執務室に顔を覗かせた。 「真桜ちゃん『ぐっとたいみんぐ』なのぉ」 「あぁ、真桜。報告書を凛様に提出してからでもいいか?」 「うん、ウチはそれでかまへんよ」  すぐに終わるからと言いながら凪は竹簡に目を落としていた。  それを見ながら真桜は沙和の耳元にそっと近づき、小声で沙和に話しかけた。 「最近凪の様子はどうなん?」  近頃真桜は開発部の仕事に忙殺され、凪や沙和と余り顔を合わせられなかった。 「うん、最近はかなり落ち着いてきたの。もう大丈夫だと思うの……。  でも、時々『ろびー』の隊長の旗を見て一人で泣いてる時がある……、前よりは随分減ったけど……」 「そっか……」  一刀が天に帰ったと聞かされた直後の凪の落ち込み方は、それは酷いものであった。  魏の武将で落ち込まなかった者など皆無であったが、その際たる者が凪であった。  その為、真桜か沙和のどちらかが必ず凪のそばに居る様にしていた。  逆に、真桜と沙和が多少なりとも平静を保てたのはその為でもあった。  三人が落ち込んでいては隊長に合わせる顔が無いと自分自身に言い聞かせ続けていた。  しかし、ついに心の底に押し込めていた感情を遂に押さえる事が出来なくなった。  何時までも落ち込んだままの凪に、そしてなにより不甲斐ない自分自身に。  三人は怒鳴り合い、そして殴り合い、そして泣いた。  泣き疲れて眠って、そして眼が覚めて、その時の凪の言葉を聞いて、また三人で泣いた。  それが功を奏し、心の整理が付いたのか最近は笑顔も増え、以前の凪に戻りつつある様に真桜は感じている。 「(ほんま……、居っても居らんでも罪作りなお人やなぁ……)」  書き上がった竹簡を丸めている凪を見ながら、真桜はそう思っていた。  現在、軍と警備隊は別組織となっている。  以前の北郷隊は洛陽警備隊として名称が変更され、戦後に難民や軍の余剰人員等を取り込んだ為、  以前の様な慢性的な人員不足に悩まされる事は無くなっていた。  能力を認められれば軍や城勤めに推挙される事も有り、洛陽ではかなり人気の有る職業であったりもするのである。  最近では洛陽の民が北郷一刀に敬意を表し、警備隊員の事を愛着を籠めて[北郷さん]と呼んでいたりもしている。  軍と警備隊の別組織化は、以前一刀が言っていた事を華琳が実行に移したのだが、  どうやらかなり前から一刀と華琳を引き離したい桂花によって案件が進められていた様である。  しかも、警備隊長用の公館と官舎まで造り、一刀を城外に追い出す腹積もりであった。  しかし、当の一刀が居なくなり、凪が一刀の後任を頑として受けなかった為(よって、凪は隊長代理である)、  隊長用の施設は主の居ない状態が続いているのである。  ちなみに、沙和の言っていた『ろびー』とは警備隊本部の玄関の広間の事を指しており、  一刀に教えてもらった天界の言葉の一つである。  三羽烏の真桜と沙和は、一刀に教えてもらった天界の言葉を特によく使っており、  工兵隊や開発部及び新兵教育の場ではかなり普通に使われている。  その警備隊本部の玄関の広間正面に一刀の牙門旗が掲げられているのである。  余談ではあるが、深夜にここで酒盛りをしている霞が時々目撃されている。  三人連れ立って城に向かっていると、何時もと違う雰囲気に凪が気が付いた。それを門の警備隊員にに問い質す。 「なんの騒ぎだ?」 「あっ、楽将軍。それが侵入者らしいのですが……」 「らしいって……、どうゆうこっちゃ?」 「はぁ、それが……」  隊員が真桜の方に向いた正にその時。 「そんな寝ぼけた返答をするのは、どこのク○虫なのぉ!!」  沙和の一喝によって隊員のモードが切り替わった。 「サー!、申し訳ありません、サー!」 「ではサッサと報告をするの!  それとも又、ク○虫以下の……」  真桜は沙和の口を塞ぎながら、隊員に返答を促した。 「ああっ、沙和も長なるからもうやめとき。自分も早よ報告し!」 「サー!、先ほど城の中庭にて侵入者アリとの報告があり、数名の隊員が向かいました。  その時の報告では二名の小柄な女性もしくは子供という事でした、サー!」 「子供の侵入者って……、明命はんか鈴々でも来てるんかぁ?」 「明命ちゃんや鈴々ちゃんなら今更コソコソ来る事はないはずなのぉ」 「沙和、真桜とりあえず行くぞ。中庭だな!」 「サー!、イエス、サー!」  凪達三人は中庭へと走り出していた。  程なく三人は中庭に到着すると、確かに二人の子供を追いかけている警備隊員達がそこに居た。  しかもその子供の一人はただ逃げているだけではなく、もう一人の子供を庇いながら反撃までしているのである。  流石に隊員達も子供相手に手をこまねいている様であったが、終に壁際へと追い詰めていた。  その子供達を見た三人は同じ事を思っていた。  (あれっ、どこかで見た事のある様な?)  しかし、刺客や隠密の様な雰囲気はないとはいえ、流石に城内でこれ以上騒ぎを大きくするわけにはいかない。  三人が彼等に近づいていったところ、子供達と隊員達の会話が聞こえてきた。 「おまえら一体どこから入ってきた?」 「さっきはよくもやってくれたな!結構痛かったぞ!」  片方の子を背中に庇いながら、子供の方も怯まず言い返す。 「なっ!おまえが妹の襟首をつかんで捕まえようとしたからだろう。  子供相手とはいえ失礼だろう!」 「ね、姉さま……」 「見ろ!こんなに怯えてるじゃないか!しかも私達の顔が判らぬとは…。  ははぁん、お前達よっぽどの下っ端か、『ちょんぼ』でもして [幽州経由涼州行き北回り烏桓・匈奴局部剃髪]  にでも行かされておったな?」 「強行偵察です姉さま……」 「おお、そうか」 「ぐはぁ!」  なぜか膝から崩れていく隊員が一人。 「なっ!お前言ってはならん事を……」  どうやらその子の言った事が何かを刺激したらしい、急に隊員達の雰囲気がガラリと変わる。  そして、じわりと包囲の輪を狭め始める。  子供達も、一段と緊張感の高まった顔つきになっている、背中の子は泣き出しそうだ。  そこに凪達三人が割って入った。 「お前達、子供相手に何を凄んでいるんだ!」 「せやせや、チョッと大人気ナイで自分ら」 「何小さな子をビビらせてんだ!このチ○カスども!!」  雰囲気が変わった隊員たちに少々怯えていた二人の顔が、駈け付けた三人を見てぱっと明るくなる。 「あっ、な……いや文謙様、曼成様、文則様!  こいつ等に私達の事を言ってやって下さい」  虚を付かれた隊員達の脇をすり抜け、子供達は凪達三人の下に駆け寄っていった。  一人は凪のもう一人は沙和の足に抱きついていた。  抱きつかれた凪は不思議な感覚に包まれていた。  確かにこの子供達にあったのは今日が初めてのはずなのに、  ナゼこの子達の私達への振る舞いに不自然差を感じないのか?  ナゼこの子達の顔を見ていると不思議と落ち着いた気持ちになるのか?  そして真桜が先程から感じていた事を口にした。 「なぁ凪、この子等どっかで見たことある様な気がせえへん?」 「ああ、私もそれを考えていた」 「沙和もなのぉ」  そして三人は思った事をそれぞれ口にした。 「この氣の色……」 「この頭巾……」 「このアホ毛……」  三者三様に気付いた事を話している足元で、多少落ち着いたのか子供達はまじまじと隊員達を見ていた。  そして、ある事に気付いた黒髪の少女が口を開いた。 「なんだよく見れば、父上の部隊の者ではないか」  その言葉に凪達や、隊員達がその子に注目した。 「父さまの部下の方達なのですか?  しかし姉さま、着ているものが違いませんか?」  今度は淡い色の頭巾をかぶった子が安心したように口を開いた。 「ほら、左肩のところを良く見ろ、十字の印が付いてるだろう。  昔は軍の鎧と警備隊の鎧は同じだったから、警備隊ってわかり易くする為に左肩のところに十字の印を入れたんだ。  あれっ、でも今の警備隊は……、ん?元部隊の?あれっ?なんで鎧を着ているんだ?」  黒髪の少女は少し混乱していた。どうやら自分の説明と、目の前の現実に矛盾を感じているようである。 「(父様の部隊?隊員の子供なのか?   しかし、この子の持っている得物は隊長の持っていた木刀に良く似ている)」  凪がこの子の言った事を考えていると、真桜が黒髪の子に声をかけていた。 「おっ、自分よう知ってんなぁ」  それを造った本人である真桜は何だか嬉しくて黒髪の子の頭を撫でている。  その行為に対して少女は嬉しそうに眼を細めながら答えていた。 「はい、軍と警備隊の合同演習に連れて行ってもらったときに、父上に教えてもらったのだ……、いや、もらったのです」 「ああ、姉さまだけズルいです……」  どうやら子供達は緊張が解けた様だ。それを見た凪達や隊員達も緊張を解いていた。  流石にどう見てもこの子達が隠密や刺客とは感じられない。だが、ただの市井の子供達とも思えない。  凪は、判断を付きかねていた。  そうしていると、只一人先程から崩れ落ちたままの隊員に真桜は声をかけていた。 「自分さっきから何ブツブツ言うとるん?」  崩れ落ちている隊員の肩に手を置いた隊長格の隊員が真桜に言った。 「李将軍、彼の事はそっとしておいて下さい。  お前もあれは事故だったんだ……、何時までも気に病むんじゃない」 「オレは……、オレは……」  流石にこの雰囲気には真桜も心配になってきた。  そして励ました方がイイのか、この場はこれでおしまいにした方がイイのか考えていると、その隊員が急に顔を上げたのである。 「オレ今度南皮に移動になったんです!  だから、ただオレは城で働いているあの娘に文を渡したかっただけなんです!  ただ、それだけだったんです!!」 「ちょっちょう、どうしたんや自分!」 「丁度その日は朝から風呂掃除の日で、彼女がその当番だと聞いて、掃除の時間も調べて風呂場の方に行ったんです!  そうしたら風呂場の方から声が聞こえたんで、てっきり自分は彼女だと思ったんです!」 「で、どうしたの?」  がぜん興味の湧いてきた沙和がその先を促す。  もちろん凪も真桜も興味は有るのだが、顔はそれ程でもない風を装っていた。 「近づいて行ったら人が湯に浸かっている様な音がしてきたんです。  だから……、そっと覗いてみたんです……」  予想外の展開に真桜がすかさずツッコミを入れる。沙和と凪がそれに続いた。 「自分、文を渡したかっただけちゃうんかい!」 「うわぁ、最低なの……。死ねばイイのに」 「何が……、だからなんだ……」  凪の拳が光り始めていた。 「そうしたら……、  中に居たのは……、  徹夜明けに湯を浴びに来られていた……、  荀軍師様だったのです……」 「あっちゃぁ、最悪や」 「ご愁傷様なのぉ……」 「うわぁぁ……」  魏の、いや三国一の男嫌いで名を馳せている荀文若の風呂を覗いたのである……。彼のその後は火を見るより明らかであった。 「流石魏の筆頭軍師様です。私への罵倒が留まる事無く延々と続きました……。  そして的確に自分の心を抉るのです……。  于将軍の新人訓練が草原を渡るそよ風に思えるほどです。  そして先日再交付された辞令が……」 「まさか……」 「先程その子の言った……、[幽州経由涼州行き北回り烏桓・匈奴強行偵察]だったのです……。  そして彼女からもそういう趣味だったのかと、まるで汚物を見るような眼で見られ……」 「その彼女もタイガイやなぁ……」  すると真桜の横を黒髪の少女が通り過ぎていくのが見えた。  少女はおもむろに彼の前に握った右手を突き出し、その親指を突き上げこう言ったのだ。 「お前『ちゃれんぢゃー』だな」 「ちゃろん……、ってナンだ?」  そう言われた隊員は何の事だか判らず、その子を見つめていた。 「ちゃろん……ではなく、『ちゃれんぢゃー』だ。  これは父上に教えてもらった天界の言葉でな……」 「天界の言葉って……」  凪達三人がその子の言った「天界」という単語に反応する。 「『ちゃれんじゃー』とはな、天界で  ――己の本能と気持ちに偽る事無く突き進む、漢の中の漢――  と言う意味の言葉だそうだ」 「母さま達は、ただの馬鹿の事だって言ってましたよ」  頭巾の少女がそう黒髪の少女に言い返していた。 「よし!お前の手向けに、母上に教わった私の口上を見せてやろう!  これを聞けば、流石に思い出すだろう」  凪達や、隊員達が見つめる中、その黒髪の少女は足を肩幅程に開き、両腰に手を当て、よく通る声で言い放った。 「我こそは、  魏武の大剣夏侯元譲と天の御遣い北郷一刀が一子、  夏侯充である!」    頭巾の少女は少々恥ずかしがりながら、けれどはっきりとした声で続いた。 「私は、  曹魏筆頭軍師荀文若と天の御遣い北郷一刀が一子、  荀ツです」 「はぁぁぁぁぁぁぁぁ……?!!」  凪達の絶叫が洛陽の城に響き渡った。  *〜〜〜++〜〜〜*〜〜〜++〜〜〜 「全く、急に何なのよあの娘達は」  城の玉座へと続く廊下を、魏の筆頭軍師荀文若こと桂花が歩いている。  最近は、年の内に終わらせたい仕事が重なっていたり、正月明けに行われる三国会議の打ち合わせや、  風呂を兵士に覗かれたりで、かなりピリピリとした雰囲気を醸し出していた。  周りの文官や女官達も彼女のその雰囲気を察知し、  ここ数日は眼を逸らせたり、必要以外のことでは話し掛けたりしない様にしていた。 「おうおう、姉ちゃん。なに不機嫌な顔ぶら下げて歩いてんだよ。周りの皆さんもビビってるじゃねぇか。  裸の一つや二つ見られたからってどうって事ねぇだろうが……、生娘でもあるまいに」 「これ宝ャ。桂花ちゃんもまだまだ乙女なのですから、そんな事言うもんじゃありません。  それに桂花ちゃんが見せるのはお……」 「ああ!もう五月蠅い!」 「風も桂花殿もこんな所でおやめなさい」  程仲徳こと風と郭奉孝こと稟が見るからに不機嫌そうな桂花に声をかけていた。  風が桂花をからかい、それを稟が諌める。城内で良く見られる光景である。  しかしそれによりピリピリとした雰囲気が和らいだ為、周りの文官や女官達もほっとしていた。  そして三人連れ立って玉座の間へと歩き始める。 「で、何なのよいきなり凪達三人の連名で召集って。それも上位の者だけって」 「しかも至急とされていましたしね。  しかし、何かが攻めてきたと言う風でもありませんし」 「北の方はどうなのよ」 「特に食料不足なんて事はありませんよ。それに懐柔政策も効いてきてますし。  あの三人が私達以上の情報収集能力が有るというならば話は別ですが」 「いやいや侮れないのですよぉ。  穴場の甘味処とか、警備隊の順回路から外れてる茶屋の場所とか。  後、現在入手困難な真桜謹製隊長くん改の前期型の闇相場の流通価格とか……」 「あんたねぇ……」 「風……、流石にそれは……」 「まぁ、真桜ちゃんや沙和ちゃんだけなら胡散臭いところですが、凪ちゃんの名もありますからねぇ……。  流石にぞんざいには扱えませんし」  情報が余りにも少な過ぎて、何の召集なのか判らない。  ただし、大事ではないであろう。  と、言うのが魏の三軍師の一致した意見であった。  そして今あたかも思い出したように稟が桂花に話し始めた。 「ああ、桂花殿、例の彼は言われた様に強行偵察の部隊に放り込んでおきましたよ。  しかし、自業自得とも言えますが、流石に厳し過ぎませんか?」 「ふんっ!いいのよあんなのと同じ国に暮らしているのかと思うだけで虫唾が走るわ!  ……って理由も多少有るけれど、本当は霞の部隊の副長に相談されたのよ。どうにかならないかって。  彼曰く、騎馬の腕前は折り紙付きだそうよ。北部の出身らしいけど、馬賊でもやってたのかしら?  元北郷隊上がりの連中は軍でも人気があるんだから良いんじゃないの?  まぁ、こんな事が無ければ彼の意思を尊重したけれど……、天罰よね」  何時もならここでニヤリと口端を歪ませる桂花が見られるのだが、今回はただ溜息を吐くだけであった。 「(桂花殿も丸くなったものですね。いや違いますね……)」  決して口には出さないが、稟は心の中でそう思っていた。  そして玉座の間に到着するまで、内や外の簡単な情報交換をする三人であった。  城壁の上に各将軍達の旗が並ぶ中、旗の無い竿が一本だけ立っている。  それをまるで今にも怒り出しそうに、まるで今にも泣き出しそうに、  複雑な顔つきで眺めている者が居た。張文遠こと霞である。 「(……あかん、ウチもまだまだやなぁ……。こんなウチをあいつが見たら、怒るやろか……、それとも、笑うやろか……)」  そんな彼女に声をかけるものが居た。この国の頂点たる曹孟徳こと華琳その人であった。 「霞、貴方もこれから向かうの?」 「ああ、大将かいな……。今日はええ天気やな」 「何、二日酔い?昨夜涼州から帰ってきたのに呑んでたの?  帰ってきた夜ぐらい素直に寝ておけばよかったのに」 「しゃぁないやん、むこうにはええお酒が手に入らんかったんよ。  ほんで、寝よう思たらお酒が呑んでくれぇ呑んでくれぇて枕元に立つんよ。なら、ねぇ」 「全く……、辛いのなら部屋で休んでいなさいな。後で報告に行かせるわ。  どうやら大事と言うわけでもなさそうだし」 「いや、そおいうわけにもいかんやろ、凪達の言い出しっぺの召集やし。  それに凪達の顔も見たいし」  すると二人が話している所に、夏侯元譲こと春蘭と、夏侯妙才こと秋蘭の夏侯姉妹が合流してきた。  華琳を見付けた春蘭が笑顔で走って近づいて来る。まるで大好きな飼い主を見付けた子犬の様である。 「華琳様こちらでしたか。そろそろ皆集まる頃です、玉座の間に向かいましょう。  おお、霞も一緒であったか、そなたも……って、何だその顔は?」 「惇ちゃん……、大きい声出さんといて……。頭に響く……」 「大体お前は……」 「姉者、華琳様の御前だ。大声は止めておけ。  それに霞、お前はもう少し酒は慎んだ方が良いな、副長も心配していたぞ」 「うん……、ごめん秋蘭」 「うむ。では華琳様、姉者の言うとおりそろそろ皆集まっている頃でしょう。参りましょうか」 「ええ、そうしましょう。大事ではないといえ、余り皆を待たすのも悪いわ」 「華琳様、何だか今日はご機嫌が宜しい様ですね」 「そう?そうかしらね」  春蘭の問いかけに笑顔で返す華琳であった。  玉座の間は何時もと様子が違っていた。  警戒する者、訝しがる者、面白そうに眺める者、様々な思惑や感情が渦巻いていた。  流石に、必要以上に警戒した雰囲気こそ無かったが、かといって無警戒というわけにもいかず、ただジロジロと眺めていた。  そして、皆の注目する中、玉座の間に華琳が入ってくる。  皆を見回しながら華琳は彼女の定位置である玉座に向かっていると、何時もならいないはずの者に気が付く。 「(ん?なんで凪達は子供を連れているの?二人?)」  続いて入ってきた秋蘭も同じ様に気が付いた。 「(何故こんな所に子供が?しかし、片方の子は姉者の幼い頃に良く似ている)」  春蘭は何事も無かったの様に何時もの場所に着いていた。  華琳と秋蘭の何で気にならないんだという視線に対して、春蘭はイイ笑顔を返していた。  いたって平常運転である。  多少の脱力感を感じながらも、秋蘭が口を開いた。 「皆集まって……、どうやらまだの者がいるな」 「うんにゃ、そろそろみたいやでぇ、秋蘭」  秋蘭が話し始めたところに、霞が合いの手を入れてきた。。  まさにその時、玉座の間の扉がけたたましい音を立てて開け放たれた。 「ごめんなさい!遅れました!」 「すいません!遅くなりました!」  許仲康こと季衣と典韋こと流琉が、転がる様に玉座の間に駆け込んできた。  彼女達は何時もの自分達の場所へと一目散に向かっている。  呆れ顔の秋蘭が二人が位置に着くのを確認したところで、華琳に合図を送った。  それを見た華琳が、正面に居る三人と子供達に対して話し始めた。 「では凪・真桜・沙和、私達を招集した訳を教えてくれるかしら?」  華琳の問いかけに凪が答えた。 「華琳様、まずこの子達を見てください。先程城の中庭で保護した子達です」  そお言って凪達の横に控えていた子供達を、彼女達三人の前に立たせた。  子供達はこの城の主たる華琳の前に立っても、物怖じするでもなく立っている。  市井の子供達とは明らかに違う反応を見せる子供達を、華琳達も不思議な気持ちで見詰めていた。 「そういえば先程何やら騒がしかったのはこの子達が原因だったのですか。  しかし、それと今回の召集と何の関係があるのです?」  稟に続いて霞も話し始める。 「せやせや、いくらこの子等捕まえたんが城の中庭やったかて、ウチら召集すんのはちょっと大袈裟過ぎるんちゃう?  流石にこの子等が他の国の隠密とかはナイやろ。  ……せやけどこの子等、春蘭と桂花によう似てるけど、二人の親族か何かなん?」 「そりゃぁ一族の中にはこの子達位の子供は居るだろうけど……、うーん、思いつかないわね」  霞の問いに対して桂花が答える。春蘭の方は小首をかしげて考えている。  そしてゆっくりと視線を秋蘭の方へ向け、助け舟を求めていた。 「姉者……。(ああ、必死に考えている姉者は可愛いなぁ)  いや、こちらの方も同じだな。思い付かない」  すると真桜が黒髪の子の方の肩に手をかけながら話始めた。 「華琳様、ウチ等から話を聞くより、この子等から聞くのが一番ですわ。  ほらさっきウチ等に言った口上華琳様にも言うてみ」  ええ、でも、と渋る子供達に対して、真桜はさらに畳み掛けるように言うのであった。 「さっきの口上格好良かったでぇ。あれやったら華琳様褒めてくれるんちゃうかなぁ」 「そっ、そうか?なっ、なら」  真桜に持ち上げられ、黒髪の少女はその気になったようである。  そして、イマイチ状況の掴めない華琳が真桜に先に進む様に促す。 「で、何なのその口上とやらは?」 「まあまあ、華琳様。ほら行け」  その気になった黒髪の少女と、半ば諦めた頭巾の少女は先程の中庭と同じ様に口上を述べた。 「我こそは、  魏武の大剣夏侯元譲と天の御遣い北郷一刀が一子、  夏侯充である!」   「私は、  曹魏筆頭軍師荀文若と天の御遣い北郷一刀が一子、  荀ツです」 「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……?!!」  本日二度目の、先程よりも少々大きめの絶叫が洛陽の城内に響き渡った。  しばらくの間の思考停止から立ち直った霞が隣に立つ春蘭に食って掛かっていた。 「ちょっと惇ちゃん!一刀との子供てどうゆうこっちゃ?!  チャンとウチの眼ぇ見て答えてみぃ!」  春蘭の首が折れるのではないかと思うほど揺らされているが反応が無い。  どうやら思考停止したまま、まだこちらの世界に戻ってないようだ。  もちろん桂花の方も稟に詰め寄られていた。 「桂花殿、何時の間に一刀殿と子供を?しかも、我々に全く気取られないとは……。  風も何か言ってやってって……、寝るな!って……寝ていませんね」 「流石の風もこの事実の前では寝てなどいられませんよ。  しかし、風達にも気取られずお兄さんとの子を産み、育てるとは……。  荀家に伝わる何か秘伝か秘術の様な物が有るのでしょうか?」 「そんな物あるわけ無いでしょ!!」  そして一方、季衣と流琉は。 「うわぁ、兄ちゃんと春蘭様の子供かぁ。流琉凄いねぇ」 「いや季衣。計算合わないから」  いくら華琳とわいえ、この状況には驚きを隠せなかった。  しかし、夏侯充と名乗った子の瞳の色と、荀ツと名乗った子の髪の色は確かにあの一刀のものと同じであった。 「ほぉら、二人ともお母はんのところへ行ってええよ」  真桜に促され、それぞれの母親に抱きつく充とツ。  子供達の口上を聞いても、未だ信じ切れなかった桂花であったが、ツに抱き付かれても邪険に振り払うでもなく、  やさしく肩に手を乗せている自分を、桂花は不思議に思っていた。  一方、充に抱き付かれた春蘭は……、まだこちらの世界へとは帰って来てなかった。 「秋蘭。これは……」 「……はい華琳様。いくら姉者とはいえ、私に気付かれる事無く子を産むのは無理です。  ですがあの充と名乗った子は、姉者の幼い頃に瓜二つです」 「ええ、私もそう思うわ。見てみなさい、夏侯充の瞳の色……、一刀と同じ色よ。  本当に産んだのなら流石に歳が合わないでしょうけど、一刀も未来からこの世界に来たのよ。  その子供達に同じ事が起きても、ありえない事ではないでしょう」 「はぁ、それはそうでしょうが……」  華琳は二人に質問を始めた。 「夏侯充と荀ツ、では何故城の中庭に居たの?」  華琳の問い掛けに、まず夏侯充が答えた。 「はい。[三国剃毛十周年]の祝いに皆様が洛陽に集まっていたのです」 「[三国鼎立]です、姉さま」 「おお、そうか。  それで、久しぶりに他国に居る姉妹も皆集まっていたのです」  充の他国に居る姉妹と言う発言に、華琳以下の全武将が注目した。 「ちょっと、まだ他にも居るの?」  華琳の言葉に充とツはさも当たり前のように肯定し、今度はツが話し始めた。 「はい。昂さまと衡は、四阿で冥琳さまにいただいた絵を見ておられました。  虎と平とリン(糸偏に林)と紹さまは、絶影の子を見に牧場へ行きました。  武と続と秋と延とjと譚はまだ小さいので、母さま達と一緒に居ました。  私と姉さまは、登さまと禅さまと寿と循と柄と中庭で遊んでいたのです。  そうしたら、禅さまが穴に落ちそうになったので助けたら、私達が落ちてしまったのです  そして気が付いたら中庭で……、警備隊の方達に……」  次々に出てくる知らぬ名前に其の場に居た者達は声を失っていた。 「ツ、今出た名の子達の父親はもちろん……」 「はい、父さまです」  華琳は眩暈を覚えていた。どうやらあの男は未来で違う意味での三国統一を果たしているようだ。 「でも何で中庭に穴があったのでしょうか?」  流琉の問いに対し、子供達の視線が桂花に向いた。 「なっ、何よ」 「桂花、あれ程止めるように言ったでしょうに……」  やれやれといった風に華琳が呆れていると、眼を輝かせた霞が子供達に尋ねる。 「なあなあ、さっき言ってた子ぉの父親が一刀なんは判ったけど、母親は誰なん?」 「ああ、それは……」  ツが答えようとした正にその時、いきなり天井から謎の物体が玉座の間に降り立った。 「はぁぁぁい、そこまでよんっ!」  華琳達に気取られる事も無く、いきなり現れた謎の物体の出現に皆身構える。  桂花はツを抱きかかえ、春蘭は充を背中に庇い七星餓狼を抜いている。  華琳と霞は、謎の物体と子供達の間に立ち、絶と飛龍偃月刀を構えていた。他の者も臨戦態勢をとっている。 「いきなり現れよって!ナンや自分、見るからに胡散臭いやっちゃなぁ……」 「……誰が、見れば眼に沁み、鼻で息をすれば臭い、口で息をすれば味がする様なとんでもない臭いの化物ですってぇぇぇ!!」 「いや、そこまで言うてへんやろ……」  華琳と霞が貂蝉との距離を詰めようとした時、子供達が口を開いた。 「おおっ、貂蝉!」 [貂蝉さん!」 「迎えに着たわよんっ、おチビちゃん達」 「貂蝉だったわね、では貴方が子の子達を迎えに?」 「ええ、早くご主人様達のところへ連れて帰らないと、皆心配してるし」  貂蝉との距離を微妙に取りながら華琳は話を続けた。直接的な敵意は無いので、絶は仕舞われている。 「そうね、何時までもこちらに居させるわけにはいかないわね。  でも色々驚いたりもしたけれど、貴方達はここ最近では一番の嬉しい驚きだったわ」 「そう言ってもらえて私も嬉しいわ」  そして華琳は今迄ずっと聞きたかった事を口にした。 「で……、か、一刀は何時こちらに……」 「それはいくら貴方でも教えられないわ。正直言って、おチビちゃん達と貴方達が出会っちゃったのも想定外だったし。  (手間が掛かったのはこのせいだったのかしら?)  でもこれだけは言えるわよん。  あのご主人様が、貴方達や私みたいな魅力的な娘達を何時までも放って置くと思う?」 「一部納得出来ないところも有るけど、それもそうね」 「でしょう」 「でも何故ご主人様なの?」 「でゅふふ、それは私とご主人様との、甘く、切ない秘密なのよぉぉっ!」  と、気持ちの悪いポージングで身悶えながら答える貂蝉と、顔を引きつらせる華琳達であった。    貂蝉は充とツをそれぞれ右腕と左腕に抱きかかえ、玉座の間の中央に立っていた。 「ではその子達を頼むわね」 「ええ、任せてちょうだい」 「ほなまたなぁ、おチビちゃん達」 「またねなのぉ〜」 「隊長や皆によろしゅうなぁ」  皆子供達に笑顔で手を振ったり、声を掛けていた。 「華琳様……、母上」 「華琳さま、……母さま」  少々寂しそうに、そして不安げな顔をする子供達に、華琳は笑顔で答えた。 「二人とも、また会いましょう」  春蘭は少々照れながら、桂花は始めは横を向いていたが最後は微笑みながら、二人も手を振っていた。 「じゃあ行くわよ二人とも。いいわよ卑弥呼!  ブルァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」  二人を抱いた貂蝉の体がいきなり光り始めた。  そして、その逞しい足の屈伸により飛び上がった貂蝉達を眩い光が包んだ瞬間、三人はその光に溶け込むように消えていた。  皆はしばらくの間三人が消えた辺りを静かに見つめていた。笑っている者もいれば、涙ぐんでいる者も居る。  そして、皆は感じていた。少し身体と心が軽くなっているのを。少し世界が明るくなっているのを。  そんな優しい沈黙の中、第一声はやはり華琳であった。 「さあ皆、何時までもこうしていられないわよ!  年が明けれは三国会議もあるし、行う事は山程あるわ!  立ち止まってはいられない。あいつに笑われない為にもね」 「応!!」  華琳の声に皆が答える。  皆の顔には今迄での様な消しきれない影は無い。  魏は再び自ら動き始めた。  そして数ヵ月後、洛陽の北方にひとすじの星が流れた。  しかし、それはまた別のお話。