ある宴会の席にて―― 「そういえば一刀の初恋って誰なの?」 絡み酒なのか、ただ単に興味があるのか、はたまた場の空気を楽しむためか雪蓮がそんなことを聞いてきた。 そして周りにはピクリと反応し聞き耳を立てているたくさんの影が。 「言わないとダメか?」 「そうねー。私も聞きたいしー」 聞いた本人が私”も”とはこれいかに。周りからは 「思春、お酒が切れてるわね、ふふふ」とか「亞莎、この料理おいしいですよ」 など、まったくもって生産性も中身もない会話が続いている。 なんか言わないとこの場が収まらない気がする。仕方ないか。 「そうだなぁ、5、6才の時の担任の先生だったかな」 周りからは落胆の溜息か。一応本当のことを言ったんだけどな。 「つまんない!一刀!そこは恥ずかしがらずに「もちろんシャオ、君だよ」って言わないと! 因みにーシャオの初恋も一刀だから相思相愛ね」 首に絡まりながらシャオがそんなことを言ってくる。 「シャオ!一刀から離れなさい、はしたない!」 「なによお姉ちゃん。いいじゃない、一刀だって喜んでるし。 あれ?そういえばお姉ちゃんの初恋は誰なの?シャオは一途だから一刀だけだよ。 お姉ちゃんはコロコロ変わるのかな?そっちのほうがはしたなーい」 にやにやと擬音が聞こえそうな小悪魔スマイルで蓮華に問いただす。しかも見せつけるように腕の力も強くなった。 それを見た蓮華は何かが切れたらしい。顔を真っ赤にしながら口を開いた。 「わ、私だって初恋は一刀よ!」 「……うん、ありがとう。まさかそんな大声で言ってくれるとは」 「へっ?き、きゃあああああぁぁぁぁあ!忘れて、みんな忘れて!」 切れてて自分が大きな声を出したのか気が付かなかったのだろう。周りを見渡し、皆の視線が自分に注目していたことにやっと気が付いたようだ。 ぶーとほっぺを膨らましているシャオや、蓮華を指さして笑ってる雪蓮。 「初恋は実らないものです。いえ、私が実らせません!」などとぼやいている思春。 そして……あれ?皆が生ぬるい視線で蓮華を見ている中、祭さんだけが一人で杯を傾けていた。 視線に気が付いたのかこっちを見た祭さんに俺は無謀にも声をかけてしまった。 「そういえば祭さんの初恋って誰?」 ――ピタッ 騒がしかった場が一瞬に静かになった。あれ?俺地雷ふんだ? 「儂のような老いぼれの話を聞いても面白くないじゃろ」 祭さんは場の変化に気が付かないのか、さらりと受け答えをする。だから俺も調子に乗ってしまったのかもしれない。 「そんなことない!祭さんはものすごく魅力的だし、尊敬できる人だ。その人のことを知りたいと思うのはいけない?」 普段言わないことがさらーと出てくる。まぁ皆さんの視線は痛いが。 「ふむ、じゃが、しかしの」 しかし祭さんはまだはっきりしない態度。 「なに、やっぱり教えてくれないの?」 「違う。教えたくないのではなく、教えられないのじゃ。儂の初恋の相手はたった一度きり会った、名も知らぬ男じゃからな。 まぁ、おぬしよりいい男なのは確かだが」 最後にニヤッと笑う祭さん。してやられた。 「では儂は部屋に戻る。お主も飲みすぎぬようにな」 すっくと立ち上がり部屋から出る祭さん。言葉通り自室に戻るのだろう。 「おかしい」 そして俺の横にはいつの間にか名探偵がいた。 「おかしい、あの祭が宴会の最中に帰るなんて!それにシャオ達のこと全然気にしてなかった。 祭の初恋の相手っていったい誰なの?お姉様、冥琳知らない?」 否、他力本願な迷探偵だった。しかし確かに二人なら祭さんとの付き合いも長いし知っているかもしれない。 「私は知らないわね。冥琳は?」 「私もだな。ただ言えるのは祭殿が言ったことが私たちには全てだということだ」 祭さんの言ったこと?確か「たった一度きり会った名も知らない男」か。 場が白けてしまった宴会はそこでお流れになったが俺の心はずっと引っ掛かりぱなしだった。 # # # 「ふぅ」 溜息の出所は部屋の主。宴会の途中で出てきたのはいいが、飲み足りない。 ふと思い出して以前買った秘蔵の酒なるものの封を開け一人飲み始めた。 「しかし……」 すっかり忘れていた。自分の初恋の相手。 とても暖かかった青年。とても優しく笑う青年。そして、なにより、自分の夢を決して笑わず信じてくれた青年。 今、自分がここにいるのはあの青年のおかげかも知れない。あの青年が信じてくれたから…… 「酒が、過ぎ、たか?」 急速に自分を支配する睡魔。最後に青年の顔を思い出そうとし、しかし思い出したのは先ほど自分に話を振ってきた青年の顔だった。 # # # 「一刀様!大変です。祭さまが、祭さまが!」 朝。俺は鬼気迫った明命の声で起きた、いや起こされた。 「明命?一体どうしたの?」 まだ寝ぼけているのかうまく頭が働かない。 「起きてください、一刀様!祭さまが、祭さまが!」 あれ?明命もテンパってるっぽいな。まったくもって情報が増えてない。 「えーと明命。祭さんがどうかしたの?」 「はい!祭さまが小さくなってしまいました!」 「……明命、疲れてるのかな?俺から雪蓮に言っておくから今日は休んでいいよ」 「違うんです!本当に祭さまが小さくなったんです。一刀様失礼します」 あれ?明命が目の前から消えたと思ったら、俺はいつの間にか寝台の横に立って、いつもの制服に着替えていた。 「さあ行きましょう」 一体どんな技を使ったんだ?明命は空いている左手で俺の右手を掴んで促そうとしている。 しかしなんか落ち着かない。ふと、明命の右手を見てみると。 「……明命。それ俺の下着なんだが」 「はぅあ!」 結局普段の準備より時間がかかってしまった。 # # # 「皆!祭さんになんか起きたって聞いたんだけど」 明命に連れられやってきたのは王座の間。そこには多くの将が集まっていた。 「また見知らぬものか。どうして儂が知らぬ者たちが儂の真名を呼ぶのじゃ。 それに孫家を騙るものがおるわ、見知らぬ者ばかりだと一体どうしてしまったのだ?」 そして将の中心にいたのは一人の少女。褐色の肌に流れるピンクの髪。猫の耳のように少しだけ跳ねているのが特徴的だ。 目は己の信念を秘めており、動きの一つ一つにしなやかさと強さが見られる。 「も、もしかして祭さん?」 「儂の名は黄公覆。確かに真名は祭と言うがお前なぞ知らぬし、人違いと思うが同じ真名を使われるのも気に食わん。儂のことは黄蓋と呼べ」 「ご、ごめん」 確かに祭さんだ。しかしどうしたものか。と思っていたら扉が開いた。 「皆遅れたわ。なになに、祭が面白いことになってるって?」 空気を読まずにやってきたのは(一応)我らが呉王雪蓮。 「ほんとに祭が小っちゃくなってる。うりうり」 怖いもの知らずなのか、さっさと小さくなった祭さんを認知し頭をなでなでする。 「堅殿、やめてくだされ。それに儂は以前からこの大きさですぞ。むしろ成長期です」 「堅殿?は、何言ってんの?私孫策だけど。冗談は恰好だけにしておきなさい」 「堅殿こそ何を言われておる。策殿はこの間お生まれになった堅殿のご子女ではございませぬか。 それより堅殿。孫家を騙るものや見知らぬ者たちが蔓延っているのになぜそんなに普通なのですか!」 ミニ祭さんは蓮華や俺たちを指さしながら雪蓮に問いかける。 一方雪蓮はその様子を見て考えるそぶり。そして 「蓮華、一刀。こっちこっち」 呼ばれて近づく俺と蓮華。 「一体どういうこと?」 「さあ?」 全然理解できていない俺と雪蓮。しかし俺たちより早く来ていた蓮華は何か気が付いたようだ。 「体と一緒に記憶も若返ったのかも。私たちのことを知らないのもそれで納得だし、姉様は母様に似てますし」 「何?じゃあ祭が私を堅殿って呼ぶのもそのせい?」 「おそらく」 「ふーん。じゃあ一刀、今日一日祭の子守よろしく。こっちは冥琳が祭の小っちゃくなった原因を調べるから」 孫家の他力本願ここに極めり。 「……雪蓮は?」 「私?私は後ろからこっそり覗いているわ。それが一番面白そうだから」 「色々言いたいことがあるんだが、祭さんの相手が俺で大丈夫なのか?初対面だと思われてるのに真名を呼んでかなり警戒されてるんだが」 「大丈夫よ。だって一刀が一番女の子の扱いに慣れてるじゃない。あの祭もすぐ一刀にメロメロになるわよ」 「そうね。一刀が適任かも。私は「儂はお主のような孫家がいるなぞ聞いたことがない」って一刀以上に警戒されてるし、他の皆は祭に遠慮しちゃうだろうし」 さりげなく退路を断つ蓮華。 「……謹んでお引き受けします」 「素直な一刀は好きよ。祭!命令よ。今日一日はこの男と一緒にいなさい。中のことは私がどうかしておくから」 「……はっ」 納得しきれていない声で返事が返ってきた。 # # # どうしたものかと考えて俺は結局街にやってきた。そして俺の後ろをまるで監視するかのごとく歩く祭さん。 おそらく雪蓮の命令をそのものずはり監視と理解したのだろう。 「あのさ」 「……なんじゃ」 はい、警戒心まるだし。 「俺の横を歩いてほしいんだけど」 「嫌じゃ」 ですよねー。まぁいいか。普段通り街を歩こう。 「おや?これはこれは。ちょうど肉まんが蒸しあがったんでどうぞお召し上がりください」 いつもお世話になっている屋台のおっちゃんから声をかけられて二つの肉まんをもらった。 「はいどうぞ」 当然一個は祭さんへ。 「う、うむ」 なかなか手を付けない。 「俺を警戒してもいいけど、その食べ物に罪はないよ。あのおっちゃんのご厚意なんだし、せっかくだから暖かいうちに食べなよ」 「そう、じゃの」 ぱくぱくと小さく口を開きながら食べる祭さん。小動物を意識させる。あのいつもの豪快な祭さんしか知らないからなかなか新鮮である。 「上手い」 少し表情が柔らかくなった、かな。……餌付けじゃないよ? # # # 少し歩いてわかったのだが、祭さんには見るものすべてが新鮮らしい。 確かに記憶が少女のころのままだったら街並みや出店している屋台とかも差異が生じていて当たり前である。 いつの間にか俺の横を歩いているし、わからないものがあると「あれはなんじゃ?」と聞かれるようにもなってきた。 なんだろう、普段の祭さんと、今の祭さん。新しい祭さんを沢山知っていけるようでものすごくうれしい。 # # # 「一刀様」 屋台に夢中になっている祭さんを見ていたら声をかけられた。思わず振り返ろうとしたのだが。 「そのままで。祭さまに気が付かれてしまいます」 「明命?」 「はい。先ほど冥琳様が祭さまの小さくなった原因を突き止めました。なにやら宴会の後、祭さまがお一人で飲まれたお酒にそのような効力があったそうです。 時間がたてば治るとおっしゃっておりました。雪蓮様にお伝えしたところ、このままお二人はでぇとを続けなさい。とのことです」 「でぇとって。で雪蓮は?」 「えーと」 「怒らないから言いなさい」 「は、はい!原因になったお酒を飲んでます……」 溜息しかでない。 「では私もこれで。一刀様、こういうのも変ですが祭さまをお願いします」 「ははっ。明命もお疲れ様」 「お主、何一人でにやけておる」 明命の会話に気を取られていたのか気が付くと目の前に祭さんがいた。 「別に。屋台に夢中になってる君を見てただけだよ」 「ば、馬鹿もん!いきなり何を言うか。たまたま見慣れないものがあっただけじゃ。別に夢中になんぞなっとらん」 ぷいっと顔を横に向ける祭さん。ん?ふと気が付く。 「ほっぺにタレが付いてるよ」 祭さんの口の近くについていたタレを指で取り、舐める。うん美味しい。いい匂いしてたもんな。 「〜〜〜〜っ!!」 ボンと顔を真っ赤にする。そして 「ばかも〜〜〜〜〜ん!」 # # # この後も雪蓮の話に乗せられたわけではないが、結局二人で街を回り、夕方になって川辺にやってきた。 「ここは相も変わらず静かじゃな」 川面を見ながら呟く祭さん。 「そうだね」 俺はさすがに疲れてしまったので木に寄りかかって座る。 「寒くなってきたの」 そう言いながら近づいてくる。 「ここに座って良いか?」 祭さんが指さしたのは俺の膝の上。 「……良いの?」 「聞いているのは儂じゃ」 「……どうぞ」 いそいそと俺に背を向け足の間に座る。 「ふむ、暖かいしなかなかの座り心地。お主は椅子に向いておるな」 まったくもって褒められている感がない。 幾許かの無言の時間。そして口を開いたのは祭さん。 「儂はな」 祭さんのお腹に添えていた俺の手に触れる小さな手。 「力になりたいんじゃ」 何の?とは聞かない。聞くまでもないから。 「今朝だって儂に力があれば堅殿の手を煩わせずに解決できたかもしれん。 しかし堅殿が命令したのはお主の監視。中のことは私がどうかしておくから、か」 「もしかしたら俺のことを要注意人物と判断したのかもよ。唯一の男だし、着ているものも皆と違うし」 「お主に害がないのは火を見るより明らかじゃよ。結局堅殿は儂を遠ざけたのだ」 祭さんの中では今朝のことはそう処理されたのか。 「儂は力が欲しい。堅殿の手を煩わせずに済むように。堅殿に信頼されるように。なにより呉の民たちが笑って暮らせるように!」 背中が震えてる。あの強い祭さんを作ったのはこの少女の純粋な気持ちだったのか。 「おれはさ」 祭さんをギュッと抱きしめる。 「その気持ちが大切だと思う。その気持ちが一歩ずつ前に進ませてくれるし自分の芯になるんだ。 俺は、その気持ちを貫き通して自分を鍛え、民を愛し、国を愛した人を知っている。 そしてその人が周りから信頼され、尊敬され、愛されているのも知っている。 だから君も、その気持ちを貫いて。今を嘆かないで未来を信じて。必ず君はそんな人間になれる。俺が保証するよ」 「自称要注意人物がよう言いよる。じゃがお主を信じて儂も頑張ってみるかの」 「うん。俺は君を信じている」 # # # 暖かい時間が流れる。 「なんか眠くなってきたようじゃ」 もしかしたらお酒の効力が切れ始めたのかもしれない。この時間が終結に向かっていると肌で感じる。 祭さんも感じているのだろう。何かに抗うかのように口を開く。 「のう」 「何?」 「儂の真名はな、祭、と言うんじゃ」 「うん」 「呼んでくれまいか」 「祭、さん」 「お主は年下にもさんを付けるのか」 「ごめん。……祭」 「くすぐったいのぉ」 「俺はうれしいよ」 眠さを堪えながら必死にこちらに顔を向ける祭さん。 「お主よ、目が覚めてもそばにいてくれるか?」 「もちろん」 「約束、じゃぞ。今日は、楽、しかっ、た」 最後の力を振り絞り祭さんは俺に口づけをした。 # # # 俺は今、祭さんを膝枕してる。ミニ祭さんが眠ってから少し経ったら祭さんの体が元に戻った。 どういう原理か服もちゃんと一緒に大きくなっている。 寝息を聞く限り特に問題もなさそうだ。 「ん、んぅ」 祭さんが身動ぎをする。そろそろ目が覚めそうだ。 「ぬぅ、北郷か?ここはどこじゃ?」 「祭さん。目、覚めた?」 「うむ。儂は寝ておったのか?」 「うん。体は問題ない?」 「なんじゃ。特に問題はないぞ。それに良い夢を見ておったのでな」 「良い夢?」 「あぁ。ひどく懐かしい……っ!」 何かに気が付いたのかバッと立ち上がり周囲を見渡す祭さん。俺の顎に頭がクリーンヒットしたのもお構いなしに。 誰かが言ってたな。脳だけは鍛えられないって。めっちゃ頭くらくらする。 「この場所は……まさか、ふふっ、そうか、はーはっはっはっはっ。……約束は守っておったのじゃな」 らしからぬ大笑いの後、何かを呟いた祭さん。そして 「北郷よ」 祭さんに名前を呼ばれ顔をあげる。 「さっさと儂に見合う男になるんじゃぞ」 月明かりに照らされた祭さんの顔はとても優しかった。 終 編集後記 これで私がロリコンではないと証明されたと思います。 さて、私、呉勢をメインで書いたお話はこれが最初。 まったくもって自信なし。まだ自分の中で呉のキャラを消化できてないのが見え見えですね。 それにしても「ばかも〜〜〜〜〜ん!」と書くとなぜかそのあとに 「それが変装したル●ンだ!追えーーーー!」と書きたくなります。 ではでは もしかしたら権と堅。本来の発音が違うかもしれませんがご了承を。 ミニ祭の絵は公式、恋姫ブログの2009/4/2あたりを