『とりっく、おあ、とりーとー!』 その日、城内では至る所でこの言葉が可愛らしく響いていた。 「それにしても変わった風習ね」 普段の赤を基調とした服装ではなく、しかして露出はそのままに黒を基調とした衣装に身を包み これまた同じく黒色の三角巾で頭を包んだ呉の王蓮華は、城のあちらこちらで起きる嬌声に苦笑している。 「全くです、あの阿呆の考える事ときたら…」 こちらは対照的に純白の衣に身を包むも、清楚というより凄惨な化粧で恐怖を誘う思春。 「じゃがまぁ良いのではないか?娘らは大層楽しんでおるようじゃしな」 幸運の動物、蝙蝠の羽飾りを頭に、背にもまた蝙蝠を模した外套で身を包んだ祭が杯を片手に笑う。 「はいっ、私もこの格好…にへへ〜」 猫耳の頭飾りに猫の尻尾、さらには肉球付きの猫の手袋を身に着けた明命が、自分の姿に悶えている。 「む〜、私これ窮屈なんですが〜」 全身を包帯でぐるぐる巻きにされた穏は、隙間からこぼれそうな乳を抱えて四苦八苦。 「…………おっぱい」 道士服に身を包んで僵尸を演じている亞莎は、己の胸をぎゅっと抱きしめながら涙と共にぽつりと漏らす。 事の始まりは北郷一刀が娘たちと連れ立って市へと足を運んだことにある。 一刀が己の僅かな農業知識を振り絞り、それを穏と亞莎が農家と協力し試行錯誤を繰り返した結果、 地方から運ばれてくる米や麦、野菜や果物の量と種類は、徐々にではあるが年々増加する傾向にあった。 生産量が乏しく現地で全て消費されていたものも、器を満たして尚余りあれば外へと流れる道理。 見たこともない食材に目を輝かせる娘たちの姿に目を細めながら、その端に見えたものに視線を向ける。 「…店主、これは?」 見覚えがあるような、しかし違う、でもどこかで…と目を引いた黄色い野菜らしきものを手に取り訊ねる。 「おお、これは御使い様、金糸瓜をお求めで?」 「金糸瓜?」 「茹でた後に水で冷やしほぐしますと、名の通り金色の糸の如き果肉となって、なかなかに美味でございますよ」 「へぇー」 そういえばそんなの昔に食べた気がするな、と思い出しながら、その別名も思い出していた。 「……糸かぼちゃ?」 「おや、ご存じでしたか?産地ではもっぱらその名で呼ばれておりますが…」 「そっか、いや、ありがとう」 珍しいものを見せてもらった礼にまとまった量の野菜を購入する旨を伝え、 後で城に運んでもらうよう頼んでから、娘たちを連れて店先から離れる。 「かぼちゃ、か…そういえばハロウィンなんてのもあったなぁ」 俺の娘がぽつりと漏らした父の言葉を聞き漏らすはずがない。 「父さま、『はろいん』とは何ですか?」 孫登の言葉を皮切りに質問攻めにされる一刀。 そして己の記憶にあった可笑しなお菓子な祭りの話をしてやると、一斉に目を輝かせて言う。 「「「「「「やってみたい!」」」」」」 市を探しまわったが、こちらにはまだ元居た世界で定番だった西洋カボチャは伝わっていないようで ハロウィンでお馴染みのカボチャ提灯ことジャックオーランタンはどうしたものかと悩んだ。 結論としてはそのままその形を提灯で作ることになったが、民たちが天の祭りであると知るや 競い合うように大量生産するものだから、祭り当日は町中にカボチャ提灯の灯りがともることになった。 治安上不安のあった夕刻の仮装行列も、そのおかげで子供たちのみではあるが許可できた。 それでも祭りの形式上、娘たちに余所でお菓子を強請らせるわけにはいかないと 少し可哀そうではあるが、城内で我慢してもらうことになったわけだが… それでも娘たちはとても楽しそうで、俺は自然と暖かい気持ちになるのだった。 その夜、自室で祭りの収支計算書等に目を通してると、扉を控えめに叩く音。 「誰か?」の問いに「………登です」の応え。 入るよう促すと、扉を少し開け顔だけのぞかせる。 「寒いだろう?早く入りなさい」 「し、失礼します」 全身を見せた孫登は可愛らしい魔女のまま、両手を腰の前で握ってもじもじとしている。 衣装が気に入ったのかと顔を綻ばせていると、登は可愛らしい声を出した。 「と、とりっく、おあ、とりーと」 「え?お菓子か?…もう遅いし控えた方が…」 俺の言葉に首をふるふると振るわせると、予想してなかった言葉を口にした。 「い、一緒にオヤスミしてくれないと…いじわるします」 「……………………はい?」 「いっ、一緒にオヤスミしてくれないと、いじわるしますっ!」 大事なことなので二度言ったようだ。 顔を真っ赤にさせて俯いてしまった娘に、気を取り直した父は顔を綻ばせる。 「登にいじわるされたら、泣いちゃいそうだなぁ」 即座に顔を上げて慌てる孫登。 「しませんっ!登は父さまにいじわるなんてしたくありませんっ!」 「そうか?なら一緒にオヤスミしなくても良いか?」 ニヤニヤしながらそう言ってしまう俺は、いくつになっても好きな子にいじわるしたがる少年の心を忘れないナイスガイ。 しかし登にそんなハイレベルな攻防はまだ早く、涙目になって父を責める。 「父さま…いじわるっ…ぐすっ」 今度はこちらが慌てるターン。 「悪かった!一緒に寝よう!」 そう言うと孫登は父に抱き着きぎゅっと目をつむり涙をこらえると、顔を上げにっこりと微笑むのだった。 翌朝の食卓で、他の娘たちから「今夜は自分と」と詰めかけられるのは、 もはや風習と呼ばれても可笑しくない、そんなお菓子な一幕。