二日目。 小鳥のさえずる声が響く、爽やかな朝。 けたたましく叩かれる扉の音に起こされて、寝ぼけ眼をこすりながら扉を開けると そこには昨日洛陽から到着した郭嘉さんの姿。 「おはよう郭嘉さん、ふぁ…朝食のお誘いかな?」 まだ半分起きてない頭をかきながら問うが、返って来た言葉は 「一刀どの、稟々と一緒にお出かけするのだ」だった。 そして少し悲しそうな顔をしながら 「あと、ちゃんと真名で呼んで欲しいのだ……嫌なのか?」 と続けられ、昨日起きた出来事を思い出し、謝る。 「…ごめん。稟々、だったね」 途端に「にゃ〜、一刀どの〜」と顔をほころばせ抱きついてくる稟々。 そんなところはまさしく鈴々の性格だなと思いながらも、より豊かな胸の膨らみを押し当てられて 俺の股間が有頂天になるのをなけなしの理性で必死に抑えつけた。 そんな仲睦まじい(ように見える)二人の姿を、廊下の角からじっと見つめる三つの影… 「にゃ〜、美味しそうな屋台がいっぱいなのだ……………だらー」 これほど見た目とのギャップが激しいセリフもそうそう聞けるものじゃない。 理知的で食の細そうに見える郭嘉さんだが、鈴々の食欲もそのままインストールされてしまったのか 屋台を見る目が何だか怖い、というか涎!?郭嘉さん涎! これは早急に然るべき対処をせねばと、いつも鈴々と一緒に来るラーメン屋台へと 文字通り引っ張って行く。 「へらっしぇー!…なんだ御使い様と、どなたですかい?また別嬪さんを連れてきて…」 「こらこら、こちら郭嘉さん、魏の軍師で今回の交換留学で参られたんだよ」 「こいつは失礼を…しかしそんな大切なお客人に、ウチみたいな店で良かったんですかい?」 「ああ、何というか緊急を要することで…」 「一刀どの、もう頼んでもいい?」 餌を目の前にずっと『待て』をされているわんこのような顔をされて慌てる。 「おっと、ごめん待たせちゃって、良いよ好きなの頼んで」 「じゃあ稟々ワンタンメンっ、雲呑と麺は大盛りで……あ、ネギも。ネギもどっさりなのだ」 あまりにも聞きなれた感のありすぎる注文の仕方に店主が目を丸くする。 「えー、御使い様?」 「…俺はチャーシューメンにしようかな、普通盛りでお願い」 「…へい」 聞いてはいけないことだと察しの良い店主に心の中で合掌しつつ、 郭嘉さんの胃袋は大丈夫だろうかとハラハラしながらチャーシューメンで胃を満たしていった。 そんな仲睦まじい(ように見える)二人の食事を、肉まん屋台の蒸籠の影からじっと見つめる三つの影… 一つはがふがふと肉まんを頬張っている。 「けぷっ…お腹がいっぱいなのだ…どうしてなのだ?」 どうしても何もと思いつつも、本当に不思議そうな顔をして聞いてくる郭嘉さん…いや、もう稟々だ。 流石に苦しそうな稟々を連れ回すのも気の毒なのと、いくら他国で事情を知らない市井の人々であっても、 否、他国の民だからこそ不甲斐ない姿を見せたくはないだろうと思い、俺はとっておきの場所へと案内して 休んでもらうことにした。 …森じゃないデスよ?念のため。 少々奥まったところにある個室も取れる茶屋。 本格的に苦しそうな顔を見せ始めた稟々に、店員に頼んで持ってきてもらった胃薬を飲ませる。 こういった配慮の得られる店はなかなか無いので、ここは本当にとっておきなのだ。 「一刀どの…ごめんなのだ」 薬が効いて落ち着いてきたのか、稟々は少ししょんぼりした声音だった。 「どうしたの?稟々」 自然と落ち込んだ時の鈴々に話すのと同じようにしている自分に少し驚く。 「稟々なんだか変なのだ…わーっとなって、がーっとなって、自分がうまく動かせないみたい」 本来、鈴々の思考回路に耐えられる身体は鈴々のものだけだろう。 稟々がもし武の人であったならあるいは耐えられるのかもしれない、けれど… 気が付くと、俺は稟々の頭を撫でていた。 稟々は驚くもすぐ、気持ちよさそうに俺の手に身をゆだねた。 「…おにいちゃんの手、あったかいのだ…ぷふっ」 鼻に布をあてがいながら、俺はおにいちゃんと呼ばれることに喜びと不安を感じた。 隣の個室でじっと耳をすませていた三つの影がささやき合う。 「これは…不味いかもしれません」 「はわわ、ご主人様になでなでして頂けるなんて…稟々さんたら」 「あわわ、稟々さん、ますます鈴々ちゃんに近づいてますよ」 密かに稟々の状況を観察していた朱里と雛里、そして鈴。 鈴と稟々を元に戻す方法を見出すべく行動していた三人だったが、 ここにきて稟々の鈴々化が進行している可能性に焦りを感じるのだった。