黄 参 −もちろんですよ。ご主人様のお世話をするのが私の生きがいですから−  俺たちが白蓮の下に来て早三ヶ月。愛紗と鈴々の将としての初陣も無事に終えた。 生まれ持った才か、趙雲の教育が良いのか二人とも軍の動かし方など将の資質を開花し始めている。 俺と桃香も深いところまでは関せられないが白蓮の補佐を行っており、政務への責任感などをひしひしと感じている。  そんなある日の午後。 「お兄ちゃーん!こっちなのだ」  俺のかなり先を行く鈴々。周囲には腹が減りそうな匂いが溢れている。 # # #  たまたま俺と鈴々の休日が重なったので、前日に市にでも行こうかと約束をしていた。のだが…… 「起っきろー!朝なのだー!早くしないと暗くなっちゃうよ」 と腹に飛び乗られて目が覚めた朝。昨日の夜に遅くまで白蓮から借りた本を読んでいた俺にはきつい一発。 「あっさだ、あっさだ、あっさなのだー♪」  陽気に歌いながら俺の肩を持ち前後に揺らす。 「り、鈴々、やめてくれぇー。酔う、酔っちゃうぅ」 陸で船酔いとはこれいかに。肩を抱いていた鈴々の小さな手に自分の手を重ねて、起きたことと降参を訴える。 「お兄ちゃん、さっさと起きるのだ。鈴々は準備万端だよ」 ケラケラと笑いながら俺の上から飛び降りた鈴々。もう少し俺の体を労って欲しい。 あー、はいはい。と上半身を起こして違和感。外が暗い気がする。 「鈴々、一つ聞きたい。今は朝?」 「朝だよ。昨日の夜から明るくなってないもん」  ……ふぅ。お休み。 「起きろー!」  ぐえっ。 # # #  どうにか鈴々を宥め早めの朝食を終えたとき、やっと太陽が顔を出し始めた。俺は一体何時に起きたんだ? この時間なら青果などを扱っている店は開いているかもしれないと、少々早いが二人で市に向かう。 「へぇ、この時間でも結構開いているんだな」 「お兄ちゃんが寝過ごしたから、鈴々達出遅れちゃったのだ」  んな事はない。火が入れられ始めた様な雰囲気がある。が屋台が中心だが店もそれなりに開いているのも確か。 店員に聞いてみると早くから働く人のために賄い代わりで提供できるよう開いているそうだ。 これなら城で朝食を済ます必要も無かったかもしれない。まぁそんなことお構いなしに食べまくっている子も居るが。 俺は余りお腹は空いていなかったのだが、張飛将軍とどうぞと袋ごと貰った桃を食べながら歩いていた。 一応、俺は天の御使いとして、鈴々はちびっ子将軍として町の人たちには認識されている。  笑顔で色々な屋台を覗く鈴々を見て、ここは平和だなと感じていた。 # # #  はて、何が起きた?鈴々の猪突猛進っぷりと俺の亀の散歩如き遅さ。猪と亀。どうやったら共存できるのか、いや出来ない。 なんて言ってるが、はぐれたわけですよ。鈴々の元気さに俺がついていけなかっただけだが。  どうするかな……。お互いここの地理には明るくなってきたから広場にでも居れば安心かな? うん、いい天気だ。鈴々には悪いが椅子にでも座って日向ぼっこをしようではないか、眠いし。頭に地図を浮かべ一番近い広場を目指す。が…… 何故今日は自分の予定が悉く崩れるのかとため息を一つ。俺の向かおうと思っていた方向にいかにもな少女が居た。  ずっと下を向いて歩いている。横を男性が歩くだけでビクっと肩を揺らす。独特な帽子を深く被りなおして、とうとう止まった。 「しゅ、朱里ちゃ〜ん……どこぉ」  よほど注意していなければ聞き取れない少女の遭難信号。うん、迷子確定。 問題はここからだ。ものすごく内気な子っぽいし。と桃を持ち直しながら考える。桃?  ふむ。一番熟していそうな桃を探しながら少女に近づいていく。 「もし、そこのお嬢さん。桃はいかがかな?かの太公望もこの桃を食べて知恵豊かになったと言われているよ」 流石に太公望には会ったことがないから分からないが。  少女はやはり体をビクっと震わせる。可愛いな、オイ。 「いいいいいいぃぇ、結構でぅ」 もう一度言おう。可愛いな、オイ。振り向かずに言っているのもまた可愛い。だがこのままでは先に進まない。 「えぇっと、君迷子だよね?」 「ち、ちが、違いましゅ。今友達と待ちあわせしていて、その人は筋肉隆々で、それを見せ付けるように下着一枚で歩いていて、 だけど変な髪形をしていて、牛を素手で倒しちゃう人なんです!」  まだ振り向かない。しかしさっき朱里ちゃんと言っていた気が……。きっと嘘だろう。朱里ってか弱い印象だし、何より嘘じゃなかったらただの不審者だ。 しかし、今のを一息で小さな声で強調を付けるとは中々器用な子だ。 「そっか。迷子なら俺は今ここの太守、公孫賛の下で働いているから顔も広いし手助け出来ると思ったんだけどなぁ……」  料理名、押して駄目なら引いてみろ、救いの糸添え。そんなに顔は広くないが……。果たしてお味は? 「あの、えっと、その、太守さんの下で働いているって本当でしょうか?」  ……フィーーーーーッシュ!!やっとおずおずとだが振り向いた。 「うん、客将だけどね」 「で、では友達が来るまでお話をき、聞かしぇて貰っても良いでしょうか。わ、私、政務に興味がありましゅ」  本人曰くあくまで迷子ではないらしい。何か微笑ましい。 「うん、深いところまでは話せないけど良いよ。あっちに広場あるからそこでいいかい?」  はい、と桃を渡しながら少女に問う。 「は、はぃ」  まるで桃を宝石なのではと思わせるような素振で扱う。鈴々には悪いがもう少しこの子に付き合おうか。 # # # 「ど、どうしよ〜」  まさか雛里ちゃんと逸れちゃうなんて……。朝だから大丈夫だと思って手を繋いでいなかったのがいけなかったのかなぁ。 周りをきょろきょろと見渡すが、雛里ちゃんの姿は見当たらない。それに日が昇り始めて市に人が増えてきた。 時間が経っちゃうと、どんどん見つけるのが難しくなる。どうしよう。  彼女の名は諸葛孔明。のちに鬼謀、神策を用い勢力として劣っていた蜀を三国の一つまで大きく発展させる名軍師である。 しかし今は無二の親友と逸れてしまったため、人見知りを忘れるぐらい自慢の頭が上手く回らない。  本人は気がついていないが、はわわと右往左往している姿は傍から見るととても可愛げで周囲の視線を集めている。 そしてその様子を見て一人の少女が彼女に話しかける。 「どうかしたのかー?」  どうしよう、どうしようと考えていたら急に声をかけられた。 慌てて振り返ると同じくらいの年齢の子が太陽のような笑顔をしながら立っている。 「え、えーと一緒に市を廻っていた子と逸れちゃって、どうしようかと考えていたんです」 「鈴々と一緒なのだ!鈴々もお兄ちゃんと逸れちゃったんだー」  ぶー。と頬を膨らませる目の前の女の子。仲間を見つけたからか、少女が可愛らしかったからか少し落ち着いた。 それにしても随分と落ち着いている。連れと逸れて心配や恐怖はないのだろうか? 「あのーお兄さんと逸れたって言ってましたけど、大丈夫なんですか?」 「うーん?大丈夫だと思うよー。お腹空いたら戻ってくると思うし」  なんか兄に対する言動とは思えない。けど言葉の底に信頼があるのが見て分かる。 「それよりそっちは大丈夫なのか?さっきすっごくオドオドしてたのだ」  うっ。見られていた事への恥ずかしさと雛里ちゃんの事を思い出す。 「どうしよう……。私達この町に来たばっかで地理とか全然分からないんです。それに雛里ちゃん……一緒に居た子は人前が苦手で」 「だったら、鈴々も一緒に探すのだ。お兄ちゃんが居なくなっちゃってつまらなかったんだー。 それにお兄ちゃんも見つかるかもしれないし」  ん、と手を差し伸べてくる少女。私が分からずに戸惑っていると、ぎゅっと手を握ってきた。 「じゃあ、しゅっぱーつ」  ワクワクしてきたのは何故だろう。この少女と居ると何事も恐れる必要が無いと感じてしまう。 # # # 「では今のが公孫賛さんがこの先進める政策の軸となるわけですか。他の太守の方とは少し毛色が違うと言いますか……」 「そうだね、結構公孫賛自体が市に来ているからか民主体になっているんだろうね」  あのおどおどしていた少女は何処へやら。今目の前に居るのは一体誰なんだか。 少女との約束どおりに広場で白蓮の政策を話しているのだが、話を始めた途端人が入れ替わったかの様な反応を示す。 俺の言葉を一語一句丁寧に聞き、噛み締め、本意を理解する。まさにそんな印象を受ける。先ほどまでの人見知りも嘘のようだ。  少女が言っていた政務に興味があるって言うのもあながち間違いでもないのかもしれない。 「と、ところで公孫賛さんの所には天の御使いなるお方が居ると伺いましたが?」  うーん、どうしたものか。村を助けていたときは自分から言っていたが、今は恥ずかしい。 しかし他人のフリして褒めたり、抑えたりするのも何か違う気がするしなぁ……。と 「見つけたのだぁぁああぁぁ!」 大きな声とともに突っ込んでくる二つの影……二つ? 「はわわわわわわ〜、止まって、止まってくださ〜い!」 こちらに爆走してくる鈴々と、手を繋いでいるため巻き込まれたらしい女の子。 「鈴々!俺が悪かった!だから止まってくれぇー!」  何故かここである言葉が頭に過ぎった。 「メール一文字 事故一生」  ……なんか違う気がする。などと考えてたらすでに鈴々と少女は目の前。危ない!そう思い隣の少女を抱きかかえる。 が、キキキーッと音が聞こえるぐらいの急停止。しかし巻き込まれた少女は同じようには行かず。 「はわわわ〜」  俺の方に飛んできた。咄嗟の判断で先ほど抱きかかえた少女を左手側に回し右手と半身を開けて身構える。 「ふきゅぅ〜」 無事キャッチ。小柄な子でよかった。安心したからか二人をぎゅっと抱きしめてしまう。 「はわわ」 「あわわ」 左右の耳から可愛い悲鳴が。まるで双子みたいだな。ぽんぽんと二人の背中を叩き開放する。 「二人とも大丈夫だったか?こら鈴々、ちゃんと周りを見て行動をしなさい!」 「ごめんなさいなのだ。けど急に居なくなったお兄ちゃんも悪いんだよー」  居なくなったのはそっちだ、俺は停滞していた。なぞ大人気ないことを考えつつ二人の少女に視線を移す。 ふむ、背の高さといい、小動物的な印象といい、先程の驚き方といい本当に姉妹みたいだ。 「しゅ、しゅ、朱里ちゃ〜〜〜ん!よ、良かった。このまま朱里ちゃんと会えなくなっちゃうのかと思ってたよぉ〜」 「雛里ちゃーーん!うん、うん、良かったよー」 ……なにこの運命の再会なみの場面は。二人は感極まった様子で抱き合っている。 「……鈴々、この子どこであったの?」 「向こうで人を探していたんだー。お兄ちゃんが居なくなったから一緒に人を探していたんだよ」  ぶぅーとほっぺを膨らましながら言う鈴々。ごめんごめんと頭を撫でてやる。 「あ、あの〜」  飛んできた女の子が話しかけてきた。さっきまで一緒に居た子は、その子の背中に隠れてしまう。 「ど、どうもありがとうございました!もう一生雛里ちゃんと会えなくなるかと思いました!」 「気にしなくて良いよ。話をしていただけだし、貴重な意見も聞けたからね」 「鈴々も面白かったのだ」  後ろに居た少女がおずおずと前に出てきて、そして 「ありがとうございました」  小さな声で顔を真っ赤にしていたが満面の笑顔だ。 「友達と会えて良かったね。俺も連れと会えて安心したよ。じゃあ俺たちはここで。鈴々、行こうか」  今度は逸れないようにと手を繋いで歩き始めた。少し歩いてもう一度振り返って二人に手を振る。 ペコペコ二人揃ってお辞儀している姿はとても可愛らしく思わずにやけてしまった。 # # #  その後、鈴々と屋台めぐりを続け、夕暮れに城に戻ってきた。 「美味しかったのだ。また一緒に巡ろうねー」 上機嫌で俺の手を握ったままはしゃぐ鈴々。こんなにゆっくりと町を廻った記憶がなく、俺も今日は貴重かつ楽しい体験だった。 「おや、北郷殿、お帰りか」  たまたま通りかかったらしい趙雲が声をかけてきた。 「あ、うん。今帰ってきたところ。趙雲は訓練か?」 はい、とお土産を渡す。 「これは忝い。はい、私も丁度訓練が終わったところです。そういえば先ほど白蓮殿から言伝を承っていましてな。 帰って来てからで良いから桃香殿と一緒に私のところに来てくれ。だそうです。おそらく桃香殿は自室に居ると思われますぞ」  白蓮の所に?しかも桃香と一緒にか。うーん何かあったのか? 「分かった。ありがとう」  きっと桃香と一緒に呼ばれているから大事な話だろう。鈴々も一緒に来て貰おうか。手を握ったまま桃香の部屋へと向かう。 トコトコ、テクテク、カランコロン。トコトコ、テクテク、カランコロン。 「……じゃあ趙雲は愛紗を探してきてもらえる?」 「愛紗なら桃香殿と一緒に居られるかと」 トコトコ、テクテク、カランコロン。トコトコ、テクテク、カランコロン。 「……どうして付いてくるの?」 「面白そうだからです」 トコトコ、テクテク、カランコロン。トコトコ、テクテク、カランコロン。トントン。 「はぁ〜い」 「桃香、俺だけどいいかい?」 「あ、ご主人様?どうぞどうぞ〜」  いい加減諦めて趙雲と三人で桃香の部屋に入る。趙雲の予想通りに愛紗は部屋の中に居た。 「ご主人様、今日は楽しかった?」  愛紗監視の下、勉強に励んでいた桃香が嫉妬と羨望が混じった声で聞いてくる。 「楽しかったよー。鈴々ね、人助けしたんだー」  椅子に座りながら答える鈴々。それを聞いた桃香はぶぅと頬を膨らませる。 「いいな〜、鈴々ちゃん。ご主人様!今度は私の番だからね。で、その次が愛紗ちゃんでー、あと白蓮ちゃんと星ちゃんはどっちが先の方がいいのかなぁ?」  桃香ワールド全開になりかけているので、愛紗にお土産を渡す。 「おや、肉まんですか。ではお茶を用意します。……桃香様は一日中ぼやいておいででしたよ」  愛紗が耳打ちして教えてくれる。うーん、桃香ワールドを実行した方がいいかもしれないな。しかし、 「ところで、桃香。なんか白蓮に呼ばれたって聞いたけど、用件分かるか?」 このままでは確実に話が進まないので、無理やりに方向転換。 「んー、何も聞いてないよ。私も白蓮ちゃんから言われたけど、二人揃ったときに話すだって」  桃香にも話していないのか……。何か嫌な予感もしなくはないが。愛紗が用意したお茶を最優先する俺も図太いのかもしれない。  桃香の部屋でひと段落した後、五人で―趙雲も普通にいます―白蓮の下へ向かう。 途中出会った侍女に場所を聞いたところ玉座の間に居るらしい。もう夜と言っていい時間だ。仕事が忙しかったのか、あるいは……。  玉座の間に着いた俺が見たのは目元に手を添えて悩んでいる白蓮の姿だ。仕事道具は見当たらない。 どんどん嫌な予感が当たっていくと共に、体が躍動していくのが分かる。飛び立つ前に翼を広げた。そんな感覚。 「白蓮、遅くなってすまない。あと大人数だけど気にしないで」 「おぉ、北郷か。いや、休日に突然呼び出してすまないな。……愛紗と鈴々は分かるが、なんで星もいるんだ?」 「面白そうだからです」  ……この人は。 「そ、そうか。余り楽しい話ではないんだがなぁ。いきなりで済まない。桃香、悪いがこれ以上ここに居て貰えなくなった」  やっぱりか。 「どういうことですか!いきなりそんなことを言われても訳が分かりません!」  声を荒げる愛紗。確かにいきなりであるが。 「愛紗ちゃん落ち着いて。白蓮ちゃん、何か理由があるんだよね?」  天然と言われていても、流石は長姉。荒ぶる妹を抑え、先を促す。 「あぁ、言いにくいんだが、家臣から……ちょっとな。桃香達が力になっているのも分かるが、彼らも歴代支えてくれたのも確かだ。 伝えるのが遅くなったが、朝廷から黄巾賊退治の話も来ている。この先一枚岩になるためには……な」  分かってくれという顔が心に響く。白蓮も苦渋の決断だったのだろう。 確かに最近町へ視察に行くと桃香や俺に声を掛けてくれる人が増えてきた。桃香の徳が皆に伝わっている証拠だろう。 あと、俺が天と称しているのも家臣からは気にかかるのだろう。天から選ばれたはずの朝廷。そして天の御使いの俺。存在自体が扱いづらいのだ。 「そうか、ありがとう、ちゃんと言ってくれて。ちょっと四人で話し合っていいかな?」 「ああ、悪いな」 四人で隅の方に集まって話し合う。すでに愛紗は落ち着いているし桃香も決意している顔だ。 「えぇっと、俺の意見だけど、やっぱり白蓮の言うとおりにここから出ようか。 白蓮に迷惑を掛けたくないし、賊退治に朝廷が乗り出しているならきっと相応の褒美をもらえると思うんだ」 「確かに、上手く行けば土地をもらえるかもしれないですが……」  落ち着いてはいるが未だ納得していないのか愛紗が言いよどむ。 「愛紗ちゃん、きっとこれって好機なんだと思う。きっとこのままだと私達にとっても中途半端だし、白蓮ちゃんにも迷惑を掛けちゃう。 それに……よく分からないけど、何かご主人様にあった日と同じような感覚なんだ、今。私達の周りが動き始める、そんな感じ」  桃香も俺と同じような感覚を受けていたのか。だったら強ち間違いでもないのかもしれない。 「はい、それは分かっていますが……」 「愛紗、君が言いたいことも分かるけど、今回はここを去ろう。で功績を挙げて多くの人を笑顔に、ね」 「鈴々も頑張って戦うのだ!賊をけちょんけちょんにして皆を助けるのだ」 「はい、分かりました。何故でしょうね。ご主人様と桃香様の顔を見てるだけで不安がなくなってしまいました」 「えー、それって私が天然って事?」 「ち、違います」 「まぁ桃香の顔を見ていると癒されるのは確かだね。よし、じゃあ白蓮に話をしようか。ずっとこっちを不安な顔でみているよ」  さて一歩を踏み出すとしますか。 「お待たせ、白蓮の言うとおりにここを去るよ」  俺が去ると口にした途端、安心と後ろめたさが横切る。やはり白蓮はいい人だ。 「そうか、私から言い出しておいてなんだが、申し訳ない」 「気にしないで、白蓮ちゃん。今まで迷惑をかけていたのはこっちなんだから」 「だが、しかしなぁ……」  ふむ、踏ん切りがつかないのか。だったら 「それなら、こちらからお願いがあるんだけど」 「な、なんだ!何でも聞くぞ」  顔が輝き始めた白蓮。うん、いい人だ。そしてごめんなさい。 「じゃあ今から二十日時間を貰って良いかな。あとその間兵を集めさせて」  満面の笑みで。白蓮は輝いた顔をすぐに陰らす。 「うぅむ。確かに何でも聞くと言ったが、それは……」 「伯珪殿、一度言ったことを取り消すなど女が廃るというものですぞ」  今まで黙っていた趙雲が口を開く。あの独特な笑みを浮かべたまま。 「分かったよ。二十日だけだからな。あと確か武具が少し余っていたからそれも持ってけ、こんちくしょー」 かなり投げやりだ。しかも武具までくれるなんて。 「白蓮ちゃん、ありがとー♪」 「もう、どっかいっちまえよー。私はまだ仕事があるんだ」 そっぽを向いていじけた様子の白蓮。目尻に涙が浮かんでいた原因は、俺の言った条件だったのか、桃香との別れだったのか。 # # # 「――泣き虫」 「な、泣いてなんかいない!」  桃香達が出て行き安心していた私に降ってきた一言。てっきり桃香達と帰ったと思ったのだが。 「ふぅ、いいのか?お気に入りの天の御使いは部屋に帰ったぞ」 「ふふっ、今は泣きたいのを我慢している伯珪殿の方が私の琴線に触れておりますゆえ」 「大丈夫だ!私は別に泣きたいのを我慢なんかしていない。だから安心して北郷の部屋に行くと良いぞ」 「駄目ですな。私は面白い話を期待してここに居たのに、詰まらない話をした伯珪殿には責任を取ってもらわなくてはなりますまい。 まぁ、私も鬼ではありませぬ。今宵、私が満足するまで酒の肴となっていただければよいですぞ」 「それって今日は寝れないってことだよな?……まぁたまには良いか」  星の普段通りの行動に張っていた何かが緩むのを感じる。 「なぁ、星」 いつの間に手にしていたのか、秘蔵のメンマ瓶の封印を解いていた星が視線を上げる。 「上手く言えないんだが、世界って私が考えているより小さいものなのかも知れないな」  驚いたように目を見開く星。そして彼女らしからぬ大笑い。 「はーはっはっはっ!伯珪殿っ、いきなり何を仰るかと思えば。何千の英雄が、何万もの兵が世界を求め散っていたとお思いか! ふむ、私も気が変わりましたぞ。一日とは言わず、この二十日間崇高たる伯珪殿の講義を杯片手に拝聴いたしたく候」 「馬鹿にしてるだろ、お前……」 こうして夜は更けていく。 # # # 白蓮と約束した二十日が過ぎた。 俺と桃香はお世話になった人へのお礼と武具や食料の収集、管理。愛紗と鈴々は志願してきた人への対応と訓練に追われていた。 もちろん最後のこの日まで俺たちは白蓮の手伝いをしていたし、愛紗たちも公孫賛軍の訓練に参加していた。  ここを去ると決めたときに四人で約束をした。 一つ。感謝の気持ちを忘れずに。一つ。不平不満は言わない。一つ。最後の日まで白蓮の客将。 そして最後。自分達の意思でここを出ること。  まぁ最初の方は当たり前のことなのだが。 自分達の意思でここを出ると決めたのは白蓮への配慮もあるが、なんだかんだ言って良い切欠になったことも確かである。 白蓮は余りいい顔をしなかったが。一応世間体では俺たちは勅令を受け決起したと思われている。 「驚いたな」  目の前の光景を見て自ずと口が開く。愛紗と鈴々は得意げだ。 眼下には人、人、人。精々千人位集まれば良いと思っていたが、予想の五倍、五千を超えているらしい。 しかも嬉しいことに、その全てが今は給料をいらない。食事さえあればと言ってくれていると聞いた。  ここに居る全員が桃香の考えに感化され、一緒に進もうと決意してくれた。と愛紗は言う。 さらに何処で聞きつけたのだろう、今まで俺たちが回って来た村の人たちまで志願に来ている。 村を救ってくれたことへの感謝と、自分で救えなかった悔しさを滲ませながら。  しかし残念なこともある。  一つ目は見栄え。いくら白蓮に援助してもらったとはいえ、兵への支給が間に合っていない。 愛紗たちが訓練にて見込み有りと判断されたものにしか鎧はなく、多くは殆ど自家製の鎧。 また武器も同様で主な武器は竹槍か農具となっている。俺たちも優先的に食料を買っていたので仕方ないのだが。 桃香は逆にこれくらいが今の私達には丁度良いよと笑顔だったが。  そしてもう一つ。これはかなり個人的な話になってしまうのだが。 季衣と流琉が魏軍に入隊、いや引き抜きにあったらしい。二人と同郷の人が志願者のなかに居て、そう言って来た。 何でも曹操本人が親衛隊を率い、村に来たらしい。しかも無能だった季衣たちの村を管轄していた太守を処分し、自分の領地に取り入れたとも。 これにより村に駐屯所ができ、賊に対する不安が無くなったそうだ。 村への不安を解消した二人は進んで曹操と一緒に行ったらしい。 もう戦場に立つのか。そのことがとても残念でならない。 「星、やっぱり泣いていいか?」 「おやおや、伯珪殿は泣き虫ではないと申しておりませんでしたか?」 「だが、こんなに徴兵されるとは思わなかったぞ!」 横で半泣きの白蓮がぼやいている。気持ちも分からなくないが。だが一つ、彼らの誇りのために訂正させてもらう。 「白蓮、彼らは徴兵ではなく志願兵だ。自らが戦うと決めた人たちだよ」 「うぅ、分かっているさ。目の前の兵達が桃香の魅力で集まったことも」  ぶーたれた表情で愛紗と話をしている桃香を見る。白蓮の心に去来した感情は一体なんだったか。 「本当に今までありがとうな。ここの皆にお世話になったことは忘れないし、学んだことも活かしていくよ」 「いや、こちらとしても助かっていたのは事実だから気にするな。しかし追い出すような形になってしまって本当に済まない」 「俺らは自分の意思で決起したんだ。だから白蓮も気にしないでくれ」 「しかし……」 「くどいですぞ、伯珪殿。折角の御使い様からのご好意。甘んじましょうぞ」  むー。と膨れる白蓮。 「ありがと、趙雲。どうだ一緒に来ないか?」  来るはずもないと思いながら引き抜き。 「お断りいたします。せめて真名を許せると思える人に仕えたいと思っておりますゆえ」  何故か口を隠し、しなりしなりと体をくねらせながら答える。 「そっか、じゃあいい男にならないとなぁ」 「そうですな。精々精進なさってくだされ」 「ご主人様〜!準備出来たよー」  桃香達がこちらにやってくる。 「うん、ありがとう。じゃあ白蓮と星、今までありがとう、行ってき……」 「す、すす、す、すいましぇーん」  ……。最近良く行動やら言葉やらが遮られている感じがするのは気のせいか?  皆で声がした方へ向く。そこには先日出会った二人の少女が居た。そしてその二人は十二の瞳が自分達に集中したためか少し震えている。 「あー!この間の子達なのだ!ひっさしぶりー」  同じく顔見知りの鈴々が二人に声を掛ける。明らかに安心した顔になった二人。そして余裕が出来たのか俺に気がついた。 「桃のお方……」 桃をあげた少女が呟く。その声が聞こえたのだろう、 「桃のお方って私?えっと会ったことあったっけ?」  チガイマス。確かに真名に桃を使っているけどさぁ。当分天然は卒業できなさそうだな。 「久しぶりだね、元気だったかい?」  手を挙げて声を掛ける。 「は、ははは、はいぃ!先日はありがとうございました!」 「ところでどうしたの?二人とも」  人見知りの二人にはこんなに男の人が多い場所は辛いだろうに。 「はぃい!あの、天の御使い様が兵を世に太平を導くために戦力を集めているというお話を聞きまして。以前から私達も見聞を広めるために旅をしていたんですけど、 寄った村の多くで御使い様の評判を聞きました。それで御使い様の話を伺ったら私達の考えていた理想と御使い様の掲げていた理想と一致していまして、 もし仕えるなら御使い様が良いと思っていました!」 「それで告知があった日に行ったんですけど、兵の募集しかしていないように見えて、私達だと門前払いを受けてしまうと思ったんですが、 そこのお方に助けて頂いたときの気持ちを思い出して、やはり太平のために力になりたいとずっと考えていました。 なので、身体能力には自信がないですが、文官としてなら末席にでも置いていただけたら微力ながらお手伝いできるのではないかと思い、来ました!」  一気に巻くしたてられた。他の五人は唖然としている。俺も政策を聞いているときの少女を見ていなかったら同じだっただろう。 きっと彼女たちは人前が怖いんだが、太平の力になりたいという気持ちの方が強く、ここまで来たんだろう。 「そっか、ありがとうね。私は劉玄徳って言います。ご主人様……御使い様と一緒に頑張っている一人だよ♪」  少女たちの変貌から立ち直ったのか桃香が俺の右腕を抱きながら自己紹介をする。 ……桃香さん、君のはわ、ん?あわ、違う、そう、たわわな胸が押し付けられているのですが。 「ご主人様?御使い様?……えっ!もしかして貴方が御使い様なのでしゅか?」 「あぁ、自己紹介していなかったか。俺は北郷一刀、君の予想通りに天の御使いと言われているね」 「はわわ、雛里ちゃん、雛里ちゃん!桃の君が御使い様だって」 「あはははは、しゅ、朱里ちゃん、私嬉しいかもしれない。桃の君も御使い様も理想の方だったから、二人が同じ人だったなんて」  なにやら二人が内緒話をしている。二人とも嬉しそうな顔をしているが。 「あ、あの!私達を仕えしゃせて頂けないでしょうか。す、水鏡先生の下で色々なことを学んで参りましたので、お手伝いができると思いましゅ!」  後ろで魔女っ子帽子もコクコクと縦に揺れている。うーん、やっぱり幼い子を文官とはいえ戦火に近づけるなんて……水鏡先生?もしかして。 「ごめん、君達の名前を聞いても良いかな?」 「はわわ、すいませんでした!わたしの名前は朱里、真名は諸葛孔明でしゅ」 「あわわ、ひ、ひな、ひっひひ、雛里でう」  うん、何か違うよね。とりあえず諸葛孔明は聞こえた。あといきなり真名を言うものなのか?未だに真名への距離感が分からない。 しかし諸葛孔明か。パッと見じゃ分からないものだ。そういった意味では鈴々もそうだけど。 「えーと……孔明ちゃんと?」 「ほ、鳳士元です」  鳳……鳳統のことかな?政務に対し興味があって、あの真摯さ。おそらく本物だろう。 「うん、いいよ」 「ご主人様!そんなに簡単に決めないで頂きたい!それにこの子達も鈴々とそうは変わらぬ年齢。あの夜の誓いは……失礼」  自分から忘れろと言っていたのにも関わらず……。まぁそれだけ愛紗は俺の気持ちを酌んでくれたことなのだろう。 「それは俺も感じているよ。けどね、彼女らの力が必ず俺達に必要になるんだ。 今は統制の取れていない賊退治だけど、将来もっと巨大な集団と戦う可能性があるかもしれない。 そのときに軍の頭脳となって策を考える存在は必要不可欠だ。それに皆のために行う善政にも多くの知識が必要だよね」 「彼女達にそれが出来ると?」  かなり醒めた視線で問いかけてくる。俺は何も言わず笑顔で二人に声を掛ける。 「君達は俺達が今取るべき行動はなんだと思う?」  話の行く先を心配していた二人は自分達に話を振られて少し驚いた顔をしたが、冷静な顔になり周囲を見渡す。 「はい、まずは物資の充実でしょう。兵糧はそれなりにありますがいつ拠点を持つかも分からない身です。 それに武具が圧倒的に足りません。何よりもそれが重要ですね」  と諸葛亮が言う。ふむふむと頷きながら、また問う。 「では何をする?」 「遊撃が一番でしょう。といいますか遊撃しか出来ませんが。本当は有力な地方豪族を味方につけたいのですが、難しいと思います。 ここから南西に進んだ先に以前使われていた砦があります。 そこを占拠している賊の集団が居ると話を聞きました。そこを攻めて物資を補填できれば。  また、軍としての鍛錬が足りていません。ですので比較的少数の集団を撃破し経験と自信をつけるべきかと」  今度は鳳統が答える。 「物資を補填を言うけど、略奪と変わらないんじゃないか?」 「はい、実質的には変わらないですが、方法を選べる状況ではないと思います。 ですが徳を前に出している劉備様と御使い様に悪い印象になるのも確かです。 ですので得た物資、特に食料は周囲の村に返還いたしましょう。幸い兵糧には余裕がありそうなので、全部とは言えませんが半分くらいなら支障はないでしょうし」  またしても諸葛亮。二人がお互いの足らないところを補っているように見える。が、正確にはお互いを刺激しあっているのだろう。 相手がこう考えているから、私はこう。と言った具合だ。正の連鎖と言うべきか。 「じゃあもう一つ。何で砦なんだ?篭城をしている相手には三倍の兵が必要と言うよね。さらに俺達は君達が言った通り経験不足だ。 わざわざ砦を攻める必要が感じられない」 「相手は姑息です。また守るものもありません。ですので平地で戦うとしても殲滅とは行かないでしょう。また上手く敵軍の輸送隊に当たるとも限りません。 しかし砦ですと確実に物資を備蓄しています。それに御使い様の軍は、えっと、その……」 「別に気を使わなくて良いよ。君達には物事の本質を見て欲しいと思っているし、忌憚なき意見も大事だ」 「ありがとうございます。では、御使い様の軍はどう見ても軍には見えません。また主な将も関羽さんと張飛さんの女性二人です。 ですので敵はこちらを確実に見下すでしょう。それに今まで聞いた話ですと敵は策に明るくないと聞いています。 おそらく敵は早急に終わらるとともに、御使い様を討ったとなれば名売りが出来ると考えて砦に籠もらず攻めてくる。 そこを上手く突けば私達は勝てると思います」  興奮してるのか最後に「私達」と言ったことには気がついていないようだ。 周りの五人を見てみると、さっき以上に驚いている。瞬時にて俺達の弱点を見つけ、また、情報収集も怠っていない。 そしてそこから最適な行動を導く。オドオドしていた少女達と同一人物とは思えない。  俺はただ一人満足に頷いていた。愛紗、鈴々の経験からおそらく本物だと信じていたが、納得するには十分だ。 「じゃあ最後に一個ね。俺は君達の事をなんて呼べばいい?」 「み、御使い様!でっで、では真名を、しゅ、朱里とお呼び下しゃい!」 「ひな、ひ、雛里でお願いしましゅ」 「ん、分かった。これから宜しくね、朱里に雛里。あと俺のことはどう呼んでもらっても構わないよ。  えっとこの子が劉玄徳。そこに居る髪が綺麗な子が関雲長。でこの間あった、あの子が張翼徳。 今までこの四人で頑張ってきたんだ。で後ろに居る、公孫伯珪と趙子龍にはここでお世話になったんだよ」  俺が紹介するたびに二人はペコペコとお辞儀しながら朱里です、雛里ですと自己紹介している。 こっちの皆も笑顔で答えている。愛紗も何か言いたそうな顔をこちらに向けたが、二人とちゃんと真名を交換していた。 桃香、鈴々はともかく、白蓮と趙雲の二人も真名を交換したところを見ると、二人とも朱里と雛里の実力を理解、評価したのかもしれない。 「よし、これからの俺達の方針は二人が言っていたようにしよう。 じゃあ、白蓮に趙雲。今までありがとう。行ってきます!」 続 予告 新しく仲間になった朱里と雛里の策通りに賊を退治していく一刀達。 物資の補給と共に集まってくる志願兵。彼らは少しずつ理想に近づいていく。 そんな彼らの前に現れるは一人の少女。 この出会いは偶然か、必然か。 大陸を巻き込む二人の物語は静かに幕を開ける。 次回「黄 肆 −娘?姪?……夏侯姉妹です−」 編集後記 黄巾編も第三話。の割りに話が進んでいないという事実。 早く趙雲を星と呼びたいです。あと朱里、雛里の噛むタイミングが難しすぎです。 もう少し旅を続けたいと思います。なぜなら朱里の旅衣装がしゅきだから!まぁ後1〜2話だと思いますが。 次回、とうとう彼女が出ます。そう、彼女。ヒントは……はっ!私を犯そうとしているのね! おまけは……察して下さいw おまけ1  無事キャッチ。安心したからか二人をぎゅっと抱きしめてしまう。 外史の 法則が 乱れる! 「だめじゃ、儂にはだぁりんが」 「どぅふふふ、やっとご主人様も本気になったのねぇん」  俺はそのまま意識を手放した。 おまけ2 「ご主人様!そんなに簡単に決めないで頂きたい!それにこの子達も鈴々とそうは変わらぬ年齢。あの夜の誓いは……失礼」 「ご主人様、あの夜の誓いってなに?」 「あぁ、俺がとある性癖を卒業するって話だよ。だけどもう無理だっ! き、君たち!真名で呼んでいいかい?いいよね、うん、いいさ。だって俺御使いだもん!これから宜しく朱里ちゃんに雛里ちゅああぁぁあん。 ここはパラダイス!ロリっ子パラダイス!  さぁ皆歴史なんて忘れてすぐに璃々ちゃんと南蛮を仲間にしに行こう!!待っててくれ璃々ちゃーーん! ん、待て。とするとあのババアが『ドスドスッ』……是非も無し……ぐふぅ」