「うえええええん」 「よーしよし、気持ち悪かったなー、呂j」 おむつ換え。 それは人の親として生きる者にとって、避けては通れない、否、避けてはならない清めの儀式。 「うえええええん」 「はーい、おまた開いてくれなー、おむつ外すぞぅー」 ふにふにすべすべの太股を開かせて、汚れてしまった麻布を丁寧に外してやり、 自分以外の男には決して見せたくない娘の尻と秘所とを、ぬるま湯で濡らしたきれいな布で丁寧に清める。 「ぃっく…ひぃっく…」 「よし、これできれいきれいだ、偉かったなー呂jー」 気持ちが落ち着いてきたのか、娘の泣声も治まってきた。 今や立派に冥琳の後を継いでいる亞莎との間に授かった呂jは、もうすぐ3歳。 姉たちを育ててきた経験上、そろそろおむつが取れても良い時期だと思うのだが、 この娘は亞莎に似たのか少し、いや大分、否かなり、自己主張が苦手である。 小であれ大であれ、出そうな時に何かしらの表現があれば厠…便所に連れていけるのだが、 ひたすら我慢して我慢して、我慢したあげくに漏らしてしまっているこの娘に、どうにかして 「おしっこ」なり「うんち」なり伝えて欲しいと願うのは、親の押し付けだろうか…と思ってしまう。 何しろ俺が面倒を見ている時に限って漏らしてしまうのだからして、 自分が嫌われているんじゃないかと悩んでしまっても仕方がないのではなかろうか。 これが!これが育児疲れという奴か!違うか!っていうかもう6人目だろう俺!しっかりしろ! 「呂j?」 新しいおむつを腰に巻き、すっかり身綺麗になった娘に声をかけると、身体をビクッと震わせる。 「大丈夫、怒っているわけじゃないよ?」 そう頭を撫でても、亞莎似の可愛らしいつりつりまなこから溢れそうな涙はひいてくれない。 ほとほと困っていたところに、娘の泣き声を聞きつけたのか、 亞莎が換えのおしめを両手に抱えて小走りにやってきた。 「旦那さま?ああ、ありがとうございます。呂jのおむつを換えて下さったんですね」 泣き声でそれと解る妻を尊敬と愛情の念一杯に見つめると、亞莎は照れくさそうに眼を逸らした。 「そ、それで旦那さま?呂jはどうしてぐずったままなのですか?」 赤くなった顔を袖で隠しながらも、流石に娘の様子が気になったのか訊ねてくる。 「いや、何というか…呂jは俺が怒っているんだと思ってるみたいで…」 「そう、なのですか?でも…ちょっと失礼します、呂jをこちらに」 「ああ」 と、愛娘を妻へと手渡すと、娘はしっかと母の胸にしがみつき顔を隠してしまう。 胸がギュッと締め付けられるような感覚を受けたが、ここは母親に任せるべきかと そう声をかけて立ち去ろうと踵を返した、その途端。 「…めん…しゃい…」 かすれる様な娘の声、だが聞き間違えるはずがない。 振り向けばこちらを向いていた娘が慌ててまた母の胸に隠れる。 「呂j?」 と声をかけてもイヤイヤと顔を母の胸にこすりつけるばかり。 妻の顔を見やれば、娘を優しく抱きしめたまま眉を八の字にして苦笑をもらしている。 「わかりませんか?」と聞かれても「何だろう?」と首をひねるしかない。 「私も昔はこうではありませんでしたか?『一刀さま』」 「…………………………ああ!っと、すまん、びっくりしたか?呂j」 ようやく娘の一連の挙動を把握して、うっかり大声をあげてしまった為に、 呂jがまた泣き出してしまった。けれどそうか、そうかそうか… 「…恥ずかしかったのか」 と、予想よりずっとずっと早くに『羞恥心』を得ていた娘に驚き、喜び、愛しく思ってしまう。 自分が嫌われていたわけではないのだと思った途端、父親なんてものは現金だ。 「おしっこがしたくても、うんちを出したくても、恥ずかしくてお父さんに言えなかったのよね?」 母が娘のやわらかな髪の毛をさらりさらりと撫でながらそう諭すと、 鼻をすすりながらもその頭はかすかに頷く動きをした。 「そうかそうか、それじゃ仕方が無いな」 ぐずる娘を妻から受け取り抱きしめる。 急なことに驚いた娘は父の顔を見上げ、そしてすぐに胸にすがりつき顔を隠す。 その背中をぽんぽんと軽く叩きながら、一刀は言葉を繋ぐ。 「呂jがもう、恥ずかしくないって思えるようになったら、父さんにも教えてくれ、な?」 そんな父の言葉に、ゆっくりと顔を上げ、涙で赤くなってしまったつりつりまなこを見開き、娘は一言 「おとしゃん…しゅき…」 と微笑んだ。 その後、何度か漏らしてしまうこともあったが、少しずつ少しずつ、呂jは一刀の前でも 「おとしゃん、ちっこ」 と顔を赤くしたり 「おとしゃん……んち…」 と必死に顔を隠したりしつつも教えてくれるようになった。 やわらかな日差しの中、姉の周撃ニ共に猫の母子の様子を楽しげに眺めている呂jを遠目に見やり、 そろそろおむつを外せる日も近いな、と思う六児の父が、そこに居た。