改行による2パターンとなっています。最初は整形なしの素です。 ブラウザでご覧の方は、『ctrlキー+F』を押して出た検索窓に整形と入力して飛んでください。  「無じる真√N」拠点26  とある晴れた日。呂布は街へと繰り出していた。  北郷一刀――公孫賛軍の一員である少年。  その少年……北郷一刀というのは公孫賛軍の麾下に入った呂布――字を奉先、真名を恋という――や、陳宮――字を公台、真名を音々音という――など呂布軍の世話役をつとめている人物である。  その一刀から呂布と陳宮の外出が許されたという話が聞かされたのは、もう大分前のことである。  そして、それからもうすでに呂布は何度も散歩や警邏という食べ歩きに来ていた。そのため、今や街のつくりなどはそこそこ把握していた。  ちなみに把握の度合いが絶対なものでないのには理由がある。街並みは時に合わせて変化していく、そのために完全な把握というものは行いなえないのである。  そんな日々変わる街の中で恋は気持ちよさを表すように口元を僅かに緩める。もっとも、ほとんどの人には気付かれない程度だが。恐らく気付けるのは一人くらいしかいないだろう。 「…………今日もポカポカ」  朗らかな陽射しを受けながら呂布は"一人"で歩き続ける。 「…………それに良い匂い」  そう言って、呂布は鼻をひくひくとさせて香ばしい匂いを吸い込む。先程から、この匂いを辿りながら歩いていたのだ。興味を引かれたらそちらへと赴く……それが呂布のあり方である。  そして、本能に従うまま匂いの方へと歩きながら急に自分が"一人"であることに気付く。 「…………あれ?」  そこで、ようやく疑問を抱く。呂布はこの日、警邏――ようするに彼女にとっての食べ歩きである――のために陳宮と共に街に来ていたはずだった。だが、いつの間にか、陳宮の姿が消えていた。 「ねね……迷子になった?」  呂布は進み続けていた足を一時的に止めると、辺りを見回す。いつも元気な陳宮の姿は見えない。どうやら、本当に迷子となったのだろう……呂布はそう考える。 「…………やっぱり、ねねはまだ子供」  仕方がないと、内心で思いつつ呂布は踵を返そうとする。そんな彼女に声が掛かる。 「おや、今日は寄ってかないんですか?」 「…………?」  振り返った先にはいつぞや訪れた事のある飯店があった。そして、店主がニコニコとした笑顔で呂布を見ている。  どうやら、呂布が追ってきた匂いの元はここだったようだ。 「…………またあとで」  そう言って、呂布は再び陳宮探しに戻ろうとするが腹部から「くぅ」と音がしてしまい、呂布は立ち止まる。 「どうです? 腹ごしらえしていきます?」 「…………」  呂布はただ黙ってコクリと頷いた。そして、飯店へと入って行く。 「そんじゃ、今日もお代は入りませんので思いっきり食べてください」 「…………ほんとにいいの?」  いつものことながら、呂布は訊ねる。店主はそれに対して笑顔で頷いていみせる。 「もちろんです。呂布さんの食べる姿見たさにあちこちから客が寄ってくるんで、十分元は取れてるんです」  店主はいつもどおりの返答を返してきた。 「…………それじゃあ」  そう言って、呂布はいつの間にか卓の上に並べられていた料理へと手を伸ばしていく。 「――殿~! どこに――のですか~」  店の外から聞こえてくる雑踏を遮断して呂布は黙々と食べ続けていく。    †    青みがかった髪を右側頭部で纏めている少女が人々が溢れかえる街の中をゆっくりと見渡しながら歩いている。彼女の名は張宝、真名を地和という。 「それにしても暇だな~」  歩をとめると、張宝はそんな言葉を漏らす。それから両手を組みながら天へと突き上げ、背筋をぐっと目一杯伸ばす。  伸ばしきると、深く呼吸をしながら腕を下ろし、張宝は再び歩き始める。 「凄い人ね……」  張宝の視界に収まる範囲だけでも、映るのは人、ひと、ヒト……それ程に街が人で溢れかえっているように見える。  そんな大勢の人々を見ながら張宝は、ふとあることを考える。 (この中でどれ程の人たちがちぃの歌を聴いたんだろう……やっぱり全員かな? そうよね、きっと)  そこまで考えて張宝はハッとなり首をブンブンと振る。 「いけないいけない。今日は仕事とは関係なく過ごすって決めたのに」  そう、先日大仕事を終えた張宝は、姉の張角、妹の張梁と共にこの街へと休暇がてら立ち寄ったのだ。  そのため、今日の彼女は仕事とは離れた状態にある。それでも、ついつい普段している仕事のことを考えてしまう。 「……これも人気者の定めかな」  その一言を内心で反芻しながら張宝は越に入る。 (なんてったって、このわたしは人気沸騰中の数え役萬☆姉妹の一人なんだから)  機嫌の良くなった張宝は、持ち歌を口ずさみながら軽い足取りで街の中を進み行く。 「何か、面白いことでもないかしら」  そして、あわよくば目立とう。そんなことを考えながら張宝はキョロキョロと辺りを見渡しながら歩く。 (ふふ、これでわたしだけ目立てば……姉さんたちと差が……そうすれば一刀だってちぃのことを優先的に……)  最終的には自分たち……いや、自分のために散々尽くしてくれている少年のことを考え、顔をにやつかせる張宝。  その足取りは非常に軽やかであり、まるで舞っているかのうようである。  そうしてスイスイと進んでいく張宝の周りが急にざわつきだす。 「あ、もしかしてバレちゃったのかしら? いやぁ、困っちゃうわねぇ~」  頭を掻きながら照れくさそうな笑みを浮かべてみるが誰も反応しないそれどころか皆一様にどこかへと駆け出している。 「な、なによ。こんなかわいくて有名なちぃがいるのになんで無視するのよ!」  憤りを感じながらも張宝は民衆の後についていくことにした。 (原因を探ってちぃのほうに注目を移させるんだから!)  そう決意すると張宝は何があるのかわからない先へと向かう脚を速めていった。    †    少年は廊下を歩きながら首を捻る。ゴキリと小気味よい音が彼の広いの度合いを知らせるように鳴り響く。 「ん……ずっと座りっぱなしってのもあまり良くないな」  今度は肩を回しながら少年……北郷一刀は外を見る。とても朗らかな陽射しが彼を外へと誘っている。 「よし! 昼は外で食おう」  そう決意すると一刀は自然と歩を速めていく。空腹も丁度良い頃合いだった。 「――のです。おい――」 「今日は何にしようかな……」 「無視ですと! こぉの……ちんきゅーーーーーキーーーーーーーック!」  街に出て何処で何を食べようかと想いを馳せていえる一刀の背中に衝撃が走る。 「ぐはぁぁぁぁああああ!」  錐もみしながら廊下に顔をつけたままツツーと滑るように移動する一刀。気のせいか、背骨がゴキリと音を立てた……それは先程自分でならした首の比では無いほどに。 「無視するとはどういうつもりですか!」 「痛てて……な、なにするんだよ」  痛めた腰と顔をさすりながら一刀は目の前の少女、陳宮に文句を言う。 「お前が無視をするのがいけないのです!」 「……あのなぁ」  ため息を漏らしながら一刀は陳宮の顔を見る。まだ幼さの残るその顔は本当に一刀に敬意を持っていないことが現れている。 (一応、俺の下についたはず……なんだよなぁ?)  一刀はそんな疑問を抱きつつ首を傾げる。  「って、お前のことなどどうでもよいのです」 「どうでもって……」  あまりと言えばあまりな言葉に一刀は口元を歪める。そんなことなどお構いなしに陳宮は言葉を重ねる。 「恋殿が消えたのです!」 「はぁ!?」  陳宮の言葉に一刀は素っ頓狂な声を上げてしまう。 「だから、警邏中にちょっと目を離した隙にいなくなって」 「こ、子供か恋は……」  そう呟いて、一刀は「いや、子供か……精神的には」と深く頷いた。 「それで、仕方ないのでお前に報告にきたというわけです」 「……はぁ」  ため息混じりに頭を掻くと一刀は顔を上げて――とは言っても目線は下向きだが――陳宮を見下ろす。 「取りあえず、街に行こう」 「……それよりは、もっと増援を」 「大丈夫だから」  不満ありありな表情で異論を挟む陳宮を制しながら一刀は歩を進め続ける。  一刀には大体の予想はついていた。呂布に関してはそこそこ理解しているという自負がある。 (ま、前の外史で散々振り回されたからな……)  まるで、今見ている光景のようにかつて呂布と過ごした日々が頭の中を過ぎる。 「……恋、か」  過去を思い出しながら一刀は呟く。そして、その口からため息が漏れる。そこには過去を懐かしむような……愛おしく思うよな……それでいて切ないような複雑な想いが含まれている。 (そういえば……今度はちょっと違ったな)  この外史での呂布との触れあいを思いだし、一刀は僅かに疑問を抱く。今回の外史での呂布は不思議と接しやすかった。前の外史では、彼女が何を考えているかが初めの頃は分からず一刀は四苦八苦したものだった。それでも彼持ち前の粘りで呂布の事を知っていった。 「うぅん……何でだ?」  この外史で一刀は、呂布と再度出会った。だが、少女は不思議と一刀に自然な態度で接してきた。少なくとも前の外史での慣れない頃の接触とは違った。 (あれ? でも、恋は元々あんな感じだっけ……) 「そっか、変わったのは俺か」  呂布と自然体……その二つの単語を思い浮かべ一刀は納得する。もともと呂布は敵意を抱くような出来事が生じたような相手でなければいつもどおりの無表情で自由な姿勢を保っている……いや、保つというよりもそれが彼女にとっての普通なのだ。  だからこそ、一刀は思う。呂布のことを知った後の自分だからこそ彼女との接触が違って感じるのだと。 「そういうことか……」 「……さっきから一人でブツブツと気味の悪い奴です」  感慨にふける間すら与えずに放たれた一言に一刀はすぐさま反応を示す。すかさず親指と中指で輪を作り親指で押さえている中指に力を蓄える。  そして、輪を作ったままの手を失礼な発言をした少女の額へと接近させ、中指に更なる力を込めて一気に解き放った。 「ていっ!」 「いたっ!?」  ズビシ!  そんな音が少女……陳宮の額から聞こえる。  陳宮が額を両手で押さえる。そう、一刀のデコピンで負傷した箇所である。 「くぅぅ……」 「まったく、言葉に気をつけるべきだな。はっはっは」  実のところ、一刀は先程背中を足蹴にされたことに対する復讐の意味合いも兼ねていた。なので爽快な気分で一刀は笑って見せる。 「こ、この恨み必ずやはらしてやります」 「復讐は虚しいぞ……」  唸る陳宮に対して一刀は前髪を手で掻き上げながら返答する。視線を宙へ向けるのも忘れない。 「……正真正銘のバカですね」 「い、今のはちょっと調子に乗りすぎたな。こほん、それより急ごう」  そう言って、一刀は逃げるように走り出した。ボケのつもりでやったことに対して冷ややかな視線を送られたことが非常に堪えたのだ。 「置いていこうとするなです!」  背後を可愛らしい足音が追いかけてくるのを耳で確認しながら一刀は街へと向かうのった。  街へ出てみるとこの日もこの日で活気に満ちあふれている。それを見、人々の元気溢れる声を耳にし、満足しつつ一刀は街を見渡す。 「さて、恋はどこだろうな」 「アテはあるのですか?」 「一応ね」  隣を歩く陳宮にそう応え一刀は人の流れに沿いながら歩いて行く。そうして彼女がいそうな辺りを見て回る。  時折、陳宮の姿が人の波の中へと沈んでいくため今は一刀が自らの手で彼女の手を引いている。 「それにしても、なんなんだろうな、この人の流れは……今日って何かあったっけ?」 「いえ、とくにこれといったことは……すくなくとも朝は普通だったはずです」 「となると……そうか!」  ピンと閃いた一刀は人の流れに乗って先へと進んでいく。その際に、はぐれないよう、陳宮を抱え込む。 「ど、どうしたのです?」 「多分、恋がいるとこへはすぐにたどり着けるぞ」  陳宮の疑問にそれだけ答える。一刀は泳ぐように人の波を突き進む。 「ほ、本当にいると?」 「あぁ、ほぼ間違いないと思うぞ」  陳宮を周囲の人の圧で潰されないよう庇いつつ前へ前へと歩を出していく。  そうして、到着した先には更なる人だかりが出来ている。 「ここは、確か恋がよく来てる……」  その位置……人混みの中心にあるのであろう店を一刀は知っている。以前、一刀が呂布と街を歩いたときに立ち寄ったことがあった。  とても好意的な店主がいて、呂布も気に入っていたことを思い出す。 「む、何か知っているのですか?」 「まぁな。恋と来たことがあるんだ」 「き、聞いておりませんぞ、そのようなこと!」 「いや、俺に怒鳴られても……」  プリプリと怒る陳宮に一刀は困惑の表情を浮かべたまま頭を掻く。 「うぉぉぉぉおおおお!」 「きゃー! かーわーいーいー!」 「ほわぁぁああ! ほわ、ほわ、ほわぁぁぁぁぁぁああああああ!」  突然に歓声が起こる。だが、一刀のいる位置からは何が起こったのか窺い知ることは出来ない。 「何か聞き覚えのある歓声が……」 「そんなことよりもっと前へ出るのです!」  首を捻る一刀の背中を陳宮が押す。そのせいで、一刀は周囲の人々を掻き分けるように前へと突き進んでいく。 「うぉ!? ちょ、ねね! やめ、やめろって! 痛っ! あぁ、すみません」  ズンズンと前進させられるために人の肩やら後頭部やらに躰をぶつけては謝るという行為を続けていくうちに一刀は大分前の方へと出た。 「あいたた……あんまり無茶なことしないでくれよ」 「それよりも、恋殿は!?」 「ん……あ、いた」  多くの視線の先、そこにはやはり食事中の呂布がいた。いや、呂布だけじゃない。 「なんで、地和までいるんだ?」  呂布の隣に並ぶようにして食事をしている張宝の姿に一刀は首を傾げる。 「おや、御使い様」 「あぁ、店主さん」  いつの間にか横に立っていた店主に一刀は事情を尋ねてみることにした。 「あのさ、これ一体何事?」 「実は、今朝呂布さんがうちに来ましてね……それで、まぁ食事でもとすすめたのですが」 「そうか。あ、お代は後で払うから言ってよ」 「い、いえ滅相もない。呂布さんへの料理はいわばお礼ですから」 「お礼?」  言葉が意味するところがわからず一刀は店主をじっと見る。 「えぇ、今日みたいに……といってもさすがに普段はもっと少ないのですが。呂布さんが食事した店は必ずと言ってよいほど集客力が増すんですよ」 「へぇ、そうなの?」 「それはもう凄いものです。つぶれかかった店ですらあっという間に他の店をごぼう抜きしてとてつもない売り上げを出したという話もあります」 「そ、そこまで……いや、ありうる話か」  一刀は店主の話す逸話に納得するように頷く。それほどまでに呂布には……いや、呂布の食事姿には人を惹きつけるものがあるのだ。 「で、なんで彼女までいるんだ?」  一刀は呂布の隣で食事をとっているようにしか見えない張宝を指し示す。 「あぁ、彼女ですね。彼女は、呂布さんが食事を取り始めて少しした頃、そうですね丁度街の者たちが集まり始めたあたりですかね……この店にやってきたんです」  何故かホクホク顔で嬉しそうに語る店主が一刀は気になったが話を聞くことに集中する。 「それで、呂布さんが人を集めているのを見て勝負を挑んだのです」 「勝負ねぇ……」  徐々に一刀にも事態の真相が見え始めてきた。 「なんでも"どちらが人をより寄せ付けられるか"を競うんだそうで」 「は、はは……地和らしいな」  確かに言われてみれば、呂布はともかくとして、張宝はあからさまに他者の視線を気にした食べ方をしている。 「あぁん、ちょっと大きすぎるかもぉ~」 「…………」  ほんのりと肉汁の匂いが溢れる肉まんを食べる二人。その食べ方は対照的だ。張宝はその大きな塊を口にあてがい入りきらないこと、そして自分の口が小さいことを強調している。それに対して呂布はお構いなしに木の実に齧り付く小動物のように頬張れる分だけ口に入れている。  そのどちらもが観衆となっている客たちの視線を奪っている。 「もきゅもきゅ」 「しょうがないから、ちょっとずつにしよーっと」  無表情なのに何故か幸せそうな様子の伝わってくる呂布、一刀にのみわざとらしく見えるが他の者からすれば可愛いらしい感じの張宝、両者共に一歩も引かない。  そして、呂布は肉まんの山から今度は別の山……積み上げられている薄餅へと手を伸ばしている。  その名の通り薄めの楕円型の皮が具を包み込んでいる薄餅だが、どれも崩れもなく焼き加減もよかったのか焦げ目一つ無い。その質の良さから店主の腕の具合がよく分かる。  また、その具である野菜が呂布の歯でかみ切られる音に耳を、焼豚のこんがりとした匂いに鼻腔をくすぐられ一刀は空腹感が増していくのを感じた。 「もぐもぐ」 「ん……やっと食べ切れた。それじゃあ、ちぃも薄餅にしよっと」  そう言うと張宝も呂布と同じように手に取る。だが、すぐに口には入れず瞳を輝かせている。 「やん、これもちょっとちぃには大きいかもぉ」 「うぉぉぉぉおおおお! ちーほーちゃん、頑張れー!」  一刀からすればどう見ても胡散臭い困惑顔で薄餅を見る張宝に彼女の応援者と思われる者たちから声援がかかる。 「うふふ、ありがとね!」  手を振って応援者に張宝が応える。それに反応して歓声がおこる。そんな間も呂布は我関せずとばかりに口を動かすのを止めない。 「…………はむ」 「さぁて、それじゃあ食べよっかな」  ちらりと呂布を見たかと思うと張宝はほんの一口、それこそ一刀が知る彼女の一口でなく、数え役萬☆姉妹の地和としての小さな一口頬張った。 「うん、これもとっても美味しい!」 「店主俺も、薄餅!」 「あいよ!」  来た時同様、いつの間にか厨房へと戻っている店主が注文を受けて調理をはじめていた。 「なにやってるんだか……」 「ど、どうするのです?」 「どうするって言われてもなぁ」  しばらく傍観に徹していた陳宮の言葉に一刀は頭を掻いてぼやく。 「あの中に割って入るのもな……そうだ!」 「何か思いつきましたか?」 「俺たちも昼にしよう!」 「アホかー!」  名案とばかりにそう応えた一刀のすねを陳宮が蹴る。 「んーっ!」  声にならない叫びを上げる一刀。それに呼応するように人垣の向こうから席を立つ音がする。 「…………」 「あ、降参? てことは、ちぃの勝ちね!」  見れば、呂布が席を立ったようだ。そして、一刀たちがいる方へと歩いてくる。その背後では張宝が誇らしげに胸を張り、周囲の観衆から賞賛の声を受けている。  そんなことなどおかまいなし、勝負をしている自覚もなく、悔しさもないのがありありとわかる呂布がゆっくりと歩を進める。  そして、人垣を隔てて立っていた一刀へと手を伸ばしてくる。 「え、えぇえと……」 「……ご主人様?」  一刀がいたことが余程意外だったのか呂布は首を傾げている。 「恋殿、やっとお会いできました~」  陳宮が一刀の横を抜けて呂布へと抱きつく。 「……ねね」 「急にいなくなったので心配しました!」 「…………恋も」 「はい」  呂布の身体に顔を埋めながら陳宮が頷く。 「……恋もねねが迷子になったから心配だった」 「え?」  その言葉が予想外だったらしく陳宮が勢いよく呂布の顔を見上げる。その様子がおかしくて一刀は吹き出しそうになる。 「ぷ……くく」 「ち、違うのです! 迷子はねねじゃありません」 「……迷子になるのは子供。ねねはまだ子供」 「ちょ、ちょっとまってください恋殿」 「…………大丈夫」 「え? いや、何が大丈夫――」  陳宮が言葉を言い切る前に呂布の手が彼女の頭をそっと撫でる。 「……大丈夫」 「もういいです」  念を押すように同じ言葉を重ねる呂布に陳宮が肩を落とす。 「くくく、こ、こど、子供」 「うるさい!」  ドゲシ!  陳宮が器用にも呂布に抱きついたまま一刀のすねを蹴り飛ばした。 「ぐぅ……」 「…………大丈夫?」 「だ、大丈夫」  何度目になるのかわからないその言葉で返すと一刀は陳宮を僅かに睨む。が、当の陳宮は何処吹く風で呂布に話しかけている。 「それで恋殿、これからどうしますか?」 「…………一緒にご飯」 「おぉ、いいですな。是非ともそうしましょう!」  陳宮が呂布の手を引いて先程の席へと歩き出そうとする。 「お、おい……ちょっと、待ってくれよ。まだ、脚痛い」 「…………ご主人様も一緒」 「やれやれ、仕方がありませんね」  そう言って陳宮が立ち止まるのと同時に一刀は歩き出す。 「さ、行こうか」 「…………」  一刀の言葉に首を縦に振って呂布が歩き出す。それに引きずられるように陳宮も動き出す。 「え? ちょ、ちょっと……」  転ばないよう必死に身体の重心を考えながらよろよろと引きずられまいと脚を慌ただしく動かす陳宮と一刀の目があう。その瞬間、一刀は口角を吊り上げてにやりと笑って見せる。  その意図に気付いた陳宮が悔しさと怒りを込めた視線で一刀を睨み付けるがすぐに顔を逸らしてみせた。 「さっきまで恋がいたところに混ぜてもらうとするか」  一刀はそのまま未だ皿や蒸籠が積み重ねられている卓へと向かう。 「ここいいかな?」 「あいあい。構いませんよ」  一応店主に声を掛けると一刀は席に着く。この時点になって漸く隣の張宝も気付いたらしく目を丸くしている。 「ちょっと、一刀! いつからいたのよ」 「ん? 少し前から観戦させてもらってたよ」  張宝が周りを気にしてか普段使う地の喋りを小声にしているため一刀も小さめの声量で答える。 「なんで、もっと早く声を掛けてくれなかったのよ!」 「いや、なんか楽しそうにしてたから邪魔しちゃ悪いかなって」 「別に一刀ならいいのに」 「それは、光栄なことだな」  そう言うと一刀は料理へと神経を集中させる。既に彼の空腹は限界だった。 「取りあえず、俺はこれを頂こうかな」  一つの蒸籠を引き寄せ、中にある肉まんを取り出す。 「うん、上手そうだな……」  そう言うと、一刀は一口で半分以上を口の中へと捕獲した。 「お、これはタケノコか? 歯ごたえが非常に良くて食べ応えが増しているな」 「なんでも、最近始めた試みらしいわよ」 「へぇ……ねねもどうだ?」  一刀は肉まんがまだ入っている蒸籠を陳宮へと差し出す。 「もぐ……ごく、ん。なんです?」 「いや、何でもない」  一刀が言うまでもなく陳宮は既に食べていた。仕方なく一刀は差し出した蒸籠を引き戻し中の肉まんを一気に口へと放り込む。 「もぐもぐ……ん。やっぱりうまいな」 「…………」  一刀が漏らした感想に呂布がこくりと頷いた。 「恋もそう思うか……そうだよな。うまいよな」 「……もふもふ」 「いや、いいよわざわざ応えなくて。のんびり食べてくれ」  口に肉まんを頬張りながら頷く呂布を微笑ましく想いながら一刀は彼女を観察する。 「もぐ……もぐ」 「…………な」 「ん?」  しばらく呂布を眺めていた一刀の耳に張宝の呟きが聞こえてくる。 「どうした、地和」  「え? あ、あぁ……そのね、一刀」  妙に神妙な口調でしゃべり出す張宝。一刀も心なし表情を引き締める。 「あ、改めて食べてる姿を見たんだけど……というか、まともに見たのは初めてだけど」  身体をわなわなと震わせながら張宝が呂布へと視線を注ぐ。 (なるほど……そういうことか)  一刀にはこの時点で何となく先の展開が見えてきた。  そして、一刀の予想とそう外れていない言葉が張宝の口から発せられる。 「な、何よこの可愛い生物は!」 「もぐ?」 「こ、こっち見ないでよ」 「……もきゅ?」  動揺を露わにしている張宝に呂布が首を傾げながら手に持っている飲茶を渡す。 「え、くれるの?」 「…………」  確認するように見つめる張宝に呂布は首を縦に振る。 「そう、ありがと……うん、おいしいわね」 「…………ここの料理はおいしい」 「ふぅん。そうなんだ」  すっかり大人しくなった張宝が呂布と会話を交わしながら食を進める。  よく見ればその眼は僅かに蕩け始めている。 (恋の持つ不思議な魔力が効き始めたか……)  一刀もかつて経験した呂布の魔力……もとい魅力。それは非常に強力で恐ろしいものである。普段堅苦しさのある人間でも呂布の力で穏やかな心となってしまうのだ。 「ふふん、どうやらあの者も恋殿の魅力がわかったようですね!」 「なんで、ねねが偉そうにしてるんだよ」  腕組みしてふんぞり返る陳宮に一刀はツッコミを入れる。 「恋殿と一心同体だからに決まっているのです」 「ふぅん。そういうものかねぇ」  何故か自信満々に胸をはる陳宮に相づちを打つと一刀は再び張宝と呂布の様子を見守ることにした。もちろん料理に舌鼓を打つのは欠かさない。 「それにしても、あんた本当に美味しそうに食べるわね」 「…………ご飯を食べられることが楽しい」 「そっか……そうよねぇ」  いつの間にやら呂布を見つめる張宝の表情がほんわかとしたものになっている。どうやら症状は進行していたらしい。  ついには張宝は身悶えしだしている。 「な、なんでこんなにも可愛らしいのよ~」  こうして呂布の食事姿による犠牲者がまた一人誕生してしまったようだ。 「やっぱり、恋の破壊力は抜群、か」  まろやかな空気の中、一刀は微笑ましく思いながら少女たちの様子を眺めるのだった。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 整形版はここからです。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  「無じる真√N」拠点26  とある晴れた日。呂布は街へと繰り出していた。  北郷一刀――公孫賛軍の一員である少年。  その少年……北郷一刀というのは公孫賛軍の麾下に入った呂布――字を奉先、真名を恋とい う――や、陳宮――字を公台、真名を音々音という――など呂布軍の世話役をつとめている人 物である。  その一刀から呂布と陳宮の外出が許されたという話が聞かされたのは、もう大分前のことで ある。  そして、それからもうすでに呂布は何度も散歩や警邏という食べ歩きに来ていた。そのため、 今や街のつくりなどはそこそこ把握していた。  ちなみに把握の度合いが絶対なものでないのには理由がある。街並みは時に合わせて変化し ていく、そのために完全な把握というものは行いなえないのである。  そんな日々変わる街の中で恋は気持ちよさを表すように口元を僅かに緩める。もっとも、ほ とんどの人には気付かれない程度だが。恐らく気付けるのは一人くらいしかいないだろう。 「…………今日もポカポカ」  朗らかな陽射しを受けながら呂布は"一人"で歩き続ける。 「…………それに良い匂い」  そう言って、呂布は鼻をひくひくとさせて香ばしい匂いを吸い込む。先程から、この匂いを 辿りながら歩いていたのだ。興味を引かれたらそちらへと赴く……それが呂布のあり方である。  そして、本能に従うまま匂いの方へと歩きながら急に自分が"一人"であることに気付く。 「…………あれ?」  そこで、ようやく疑問を抱く。呂布はこの日、警邏――ようするに彼女にとっての食べ歩き である――のために陳宮と共に街に来ていたはずだった。だが、いつの間にか、陳宮の姿が消 えていた。 「ねね……迷子になった?」  呂布は進み続けていた足を一時的に止めると、辺りを見回す。いつも元気な陳宮の姿は見え ない。どうやら、本当に迷子となったのだろう……呂布はそう考える。 「…………やっぱり、ねねはまだ子供」  仕方がないと、内心で思いつつ呂布は踵を返そうとする。そんな彼女に声が掛かる。 「おや、今日は寄ってかないんですか?」 「…………?」  振り返った先にはいつぞや訪れた事のある飯店があった。そして、店主がニコニコとした笑 顔で呂布を見ている。  どうやら、呂布が追ってきた匂いの元はここだったようだ。 「…………またあとで」  そう言って、呂布は再び陳宮探しに戻ろうとするが腹部から「くぅ」と音がしてしまい、呂 布は立ち止まる。 「どうです? 腹ごしらえしていきます?」 「…………」  呂布はただ黙ってコクリと頷いた。そして、飯店へと入って行く。 「そんじゃ、今日もお代は入りませんので思いっきり食べてください」 「…………ほんとにいいの?」  いつものことながら、呂布は訊ねる。店主はそれに対して笑顔で頷いていみせる。 「もちろんです。呂布さんの食べる姿見たさにあちこちから客が寄ってくるんで、十分元は取 れてるんです」  店主はいつもどおりの返答を返してきた。 「…………それじゃあ」  そう言って、呂布はいつの間にか卓の上に並べられていた料理へと手を伸ばしていく。 「――殿~! どこに――のですか~」  店の外から聞こえてくる雑踏を遮断して呂布は黙々と食べ続けていく。    †    青みがかった髪を右側頭部で纏めている少女が人々が溢れかえる街の中をゆっくりと見渡し ながら歩いている。彼女の名は張宝、真名を地和という。 「それにしても暇だな~」  歩をとめると、張宝はそんな言葉を漏らす。それから両手を組みながら天へと突き上げ、背 筋をぐっと目一杯伸ばす。  伸ばしきると、深く呼吸をしながら腕を下ろし、張宝は再び歩き始める。 「凄い人ね……」  張宝の視界に収まる範囲だけでも、映るのは人、ひと、ヒト……それ程に街が人で溢れかえ っているように見える。  そんな大勢の人々を見ながら張宝は、ふとあることを考える。 (この中でどれ程の人たちがちぃの歌を聴いたんだろう……やっぱり全員かな? そうよね、 きっと)  そこまで考えて張宝はハッとなり首をブンブンと振る。 「いけないいけない。今日は仕事とは関係なく過ごすって決めたのに」  そう、先日大仕事を終えた張宝は、姉の張角、妹の張梁と共にこの街へと休暇がてら立ち寄 ったのだ。  そのため、今日の彼女は仕事とは離れた状態にある。それでも、ついつい普段している仕事 のことを考えてしまう。 「……これも人気者の定めかな」  その一言を内心で反芻しながら張宝は越に入る。 (なんてったって、このわたしは人気沸騰中の数え役萬☆姉妹の一人なんだから)  機嫌の良くなった張宝は、持ち歌を口ずさみながら軽い足取りで街の中を進み行く。 「何か、面白いことでもないかしら」  そして、あわよくば目立とう。そんなことを考えながら張宝はキョロキョロと辺りを見渡し ながら歩く。 (ふふ、これでわたしだけ目立てば……姉さんたちと差が……そうすれば一刀だってちぃのこ とを優先的に……)  最終的には自分たち……いや、自分のために散々尽くしてくれている少年のことを考え、顔 をにやつかせる張宝。  その足取りは非常に軽やかであり、まるで舞っているかのうようである。  そうしてスイスイと進んでいく張宝の周りが急にざわつきだす。 「あ、もしかしてバレちゃったのかしら? いやぁ、困っちゃうわねぇ~」  頭を掻きながら照れくさそうな笑みを浮かべてみるが誰も反応しないそれどころか皆一様に どこかへと駆け出している。 「な、なによ。こんなかわいくて有名なちぃがいるのになんで無視するのよ!」  憤りを感じながらも張宝は民衆の後についていくことにした。 (原因を探ってちぃのほうに注目を移させるんだから!)  そう決意すると張宝は何があるのかわからない先へと向かう脚を速めていった。    †    少年は廊下を歩きながら首を捻る。ゴキリと小気味よい音が彼の広いの度合いを知らせるよ うに鳴り響く。 「ん……ずっと座りっぱなしってのもあまり良くないな」  今度は肩を回しながら少年……北郷一刀は外を見る。とても朗らかな陽射しが彼を外へと誘 っている。 「よし! 昼は外で食おう」  そう決意すると一刀は自然と歩を速めていく。空腹も丁度良い頃合いだった。 「――のです。おい――」 「今日は何にしようかな……」 「無視ですと! こぉの……ちんきゅーーーーーキーーーーーーーック!」  街に出て何処で何を食べようかと想いを馳せていえる一刀の背中に衝撃が走る。 「ぐはぁぁぁぁああああ!」  錐もみしながら廊下に顔をつけたままツツーと滑るように移動する一刀。気のせいか、背骨 がゴキリと音を立てた……それは先程自分でならした首の比では無いほどに。 「無視するとはどういうつもりですか!」 「痛てて……な、なにするんだよ」  痛めた腰と顔をさすりながら一刀は目の前の少女、陳宮に文句を言う。 「お前が無視をするのがいけないのです!」 「……あのなぁ」  ため息を漏らしながら一刀は陳宮の顔を見る。まだ幼さの残るその顔は本当に一刀に敬意を 持っていないことが現れている。 (一応、俺の下についたはず……なんだよなぁ?)  一刀はそんな疑問を抱きつつ首を傾げる。  「って、お前のことなどどうでもよいのです」 「どうでもって……」  あまりと言えばあまりな言葉に一刀は口元を歪める。そんなことなどお構いなしに陳宮は言 葉を重ねる。 「恋殿が消えたのです!」 「はぁ!?」  陳宮の言葉に一刀は素っ頓狂な声を上げてしまう。 「だから、警邏中にちょっと目を離した隙にいなくなって」 「こ、子供か恋は……」  そう呟いて、一刀は「いや、子供か……精神的には」と深く頷いた。 「それで、仕方ないのでお前に報告にきたというわけです」 「……はぁ」  ため息混じりに頭を掻くと一刀は顔を上げて――とは言っても目線は下向きだが――陳宮を 見下ろす。 「取りあえず、街に行こう」 「……それよりは、もっと増援を」 「大丈夫だから」  不満ありありな表情で異論を挟む陳宮を制しながら一刀は歩を進め続ける。  一刀には大体の予想はついていた。呂布に関してはそこそこ理解しているという自負がある。 (ま、前の外史で散々振り回されたからな……)  まるで、今見ている光景のようにかつて呂布と過ごした日々が頭の中を過ぎる。 「……恋、か」  過去を思い出しながら一刀は呟く。そして、その口からため息が漏れる。そこには過去を懐 かしむような……愛おしく思うよな……それでいて切ないような複雑な想いが含まれている。 (そういえば……今度はちょっと違ったな)  この外史での呂布との触れあいを思いだし、一刀は僅かに疑問を抱く。今回の外史での呂布 は不思議と接しやすかった。前の外史では、彼女が何を考えているかが初めの頃は分からず一 刀は四苦八苦したものだった。それでも彼持ち前の粘りで呂布の事を知っていった。 「うぅん……何でだ?」  この外史で一刀は、呂布と再度出会った。だが、少女は不思議と一刀に自然な態度で接して きた。少なくとも前の外史での慣れない頃の接触とは違った。 (あれ? でも、恋は元々あんな感じだっけ……) 「そっか、変わったのは俺か」  呂布と自然体……その二つの単語を思い浮かべ一刀は納得する。もともと呂布は敵意を抱く ような出来事が生じたような相手でなければいつもどおりの無表情で自由な姿勢を保っている ……いや、保つというよりもそれが彼女にとっての普通なのだ。  だからこそ、一刀は思う。呂布のことを知った後の自分だからこそ彼女との接触が違って感 じるのだと。 「そういうことか……」 「……さっきから一人でブツブツと気味の悪い奴です」  感慨にふける間すら与えずに放たれた一言に一刀はすぐさま反応を示す。すかさず親指と中 指で輪を作り親指で押さえている中指に力を蓄える。  そして、輪を作ったままの手を失礼な発言をした少女の額へと接近させ、中指に更なる力を 込めて一気に解き放った。 「ていっ!」 「いたっ!?」  ズビシ!  そんな音が少女……陳宮の額から聞こえる。  陳宮が額を両手で押さえる。そう、一刀のデコピンで負傷した箇所である。 「くぅぅ……」 「まったく、言葉に気をつけるべきだな。はっはっは」  実のところ、一刀は先程背中を足蹴にされたことに対する復讐の意味合いも兼ねていた。な ので爽快な気分で一刀は笑って見せる。 「こ、この恨み必ずやはらしてやります」 「復讐は虚しいぞ……」  唸る陳宮に対して一刀は前髪を手で掻き上げながら返答する。視線を宙へ向けるのも忘れな い。 「……正真正銘のバカですね」 「い、今のはちょっと調子に乗りすぎたな。こほん、それより急ごう」  そう言って、一刀は逃げるように走り出した。ボケのつもりでやったことに対して冷ややか な視線を送られたことが非常に堪えたのだ。 「置いていこうとするなです!」  背後を可愛らしい足音が追いかけてくるのを耳で確認しながら一刀は街へと向かうのった。  街へ出てみるとこの日もこの日で活気に満ちあふれている。それを見、人々の元気溢れる声 を耳にし、満足しつつ一刀は街を見渡す。 「さて、恋はどこだろうな」 「アテはあるのですか?」 「一応ね」  隣を歩く陳宮にそう応え一刀は人の流れに沿いながら歩いて行く。そうして彼女がいそうな 辺りを見て回る。  時折、陳宮の姿が人の波の中へと沈んでいくため今は一刀が自らの手で彼女の手を引いてい る。 「それにしても、なんなんだろうな、この人の流れは……今日って何かあったっけ?」 「いえ、とくにこれといったことは……すくなくとも朝は普通だったはずです」 「となると……そうか!」  ピンと閃いた一刀は人の流れに乗って先へと進んでいく。その際に、はぐれないよう、陳宮 を抱え込む。 「ど、どうしたのです?」 「多分、恋がいるとこへはすぐにたどり着けるぞ」  陳宮の疑問にそれだけ答える。一刀は泳ぐように人の波を突き進む。 「ほ、本当にいると?」 「あぁ、ほぼ間違いないと思うぞ」  陳宮を周囲の人の圧で潰されないよう庇いつつ前へ前へと歩を出していく。  そうして、到着した先には更なる人だかりが出来ている。 「ここは、確か恋がよく来てる……」  その位置……人混みの中心にあるのであろう店を一刀は知っている。以前、一刀が呂布と街 を歩いたときに立ち寄ったことがあった。  とても好意的な店主がいて、呂布も気に入っていたことを思い出す。 「む、何か知っているのですか?」 「まぁな。恋と来たことがあるんだ」 「き、聞いておりませんぞ、そのようなこと!」 「いや、俺に怒鳴られても……」  プリプリと怒る陳宮に一刀は困惑の表情を浮かべたまま頭を掻く。 「うぉぉぉぉおおおお!」 「きゃー! かーわーいーいー!」 「ほわぁぁああ! ほわ、ほわ、ほわぁぁぁぁぁぁああああああ!」  突然に歓声が起こる。だが、一刀のいる位置からは何が起こったのか窺い知ることは出来な い。 「何か聞き覚えのある歓声が……」 「そんなことよりもっと前へ出るのです!」  首を捻る一刀の背中を陳宮が押す。そのせいで、一刀は周囲の人々を掻き分けるように前へ と突き進んでいく。 「うぉ!? ちょ、ねね! やめ、やめろって! 痛っ! あぁ、すみません」  ズンズンと前進させられるために人の肩やら後頭部やらに躰をぶつけては謝るという行為を 続けていくうちに一刀は大分前の方へと出た。 「あいたた……あんまり無茶なことしないでくれよ」 「それよりも、恋殿は!?」 「ん……あ、いた」  多くの視線の先、そこにはやはり食事中の呂布がいた。いや、呂布だけじゃない。 「なんで、地和までいるんだ?」  呂布の隣に並ぶようにして食事をしている張宝の姿に一刀は首を傾げる。 「おや、御使い様」 「あぁ、店主さん」  いつの間にか横に立っていた店主に一刀は事情を尋ねてみることにした。 「あのさ、これ一体何事?」 「実は、今朝呂布さんがうちに来ましてね……それで、まぁ食事でもとすすめたのですが」 「そうか。あ、お代は後で払うから言ってよ」 「い、いえ滅相もない。呂布さんへの料理はいわばお礼ですから」 「お礼?」  言葉が意味するところがわからず一刀は店主をじっと見る。 「えぇ、今日みたいに……といってもさすがに普段はもっと少ないのですが。呂布さんが食事 した店は必ずと言ってよいほど集客力が増すんですよ」 「へぇ、そうなの?」 「それはもう凄いものです。つぶれかかった店ですらあっという間に他の店をごぼう抜きして とてつもない売り上げを出したという話もあります」 「そ、そこまで……いや、ありうる話か」  一刀は店主の話す逸話に納得するように頷く。それほどまでに呂布には……いや、呂布の食 事姿には人を惹きつけるものがあるのだ。 「で、なんで彼女までいるんだ?」  一刀は呂布の隣で食事をとっているようにしか見えない張宝を指し示す。 「あぁ、彼女ですね。彼女は、呂布さんが食事を取り始めて少しした頃、そうですね丁度街の 者たちが集まり始めたあたりですかね……この店にやってきたんです」  何故かホクホク顔で嬉しそうに語る店主が一刀は気になったが話を聞くことに集中する。 「それで、呂布さんが人を集めているのを見て勝負を挑んだのです」 「勝負ねぇ……」  徐々に一刀にも事態の真相が見え始めてきた。 「なんでも"どちらが人をより寄せ付けられるか"を競うんだそうで」 「は、はは……地和らしいな」  確かに言われてみれば、呂布はともかくとして、張宝はあからさまに他者の視線を気にした 食べ方をしている。 「あぁん、ちょっと大きすぎるかもぉ~」 「…………」  ほんのりと肉汁の匂いが溢れる肉まんを食べる二人。その食べ方は対照的だ。張宝はその大 きな塊を口にあてがい入りきらないこと、そして自分の口が小さいことを強調している。それ に対して呂布はお構いなしに木の実に齧り付く小動物のように頬張れる分だけ口に入れている。  そのどちらもが観衆となっている客たちの視線を奪っている。 「もきゅもきゅ」 「しょうがないから、ちょっとずつにしよーっと」  無表情なのに何故か幸せそうな様子の伝わってくる呂布、一刀にのみわざとらしく見えるが 他の者からすれば可愛いらしい感じの張宝、両者共に一歩も引かない。  そして、呂布は肉まんの山から今度は別の山……積み上げられている薄餅へと手を伸ばして いる。  その名の通り薄めの楕円型の皮が具を包み込んでいる薄餅だが、どれも崩れもなく焼き加減 もよかったのか焦げ目一つ無い。その質の良さから店主の腕の具合がよく分かる。  また、その具である野菜が呂布の歯でかみ切られる音に耳を、焼豚のこんがりとした匂いに 鼻腔をくすぐられ一刀は空腹感が増していくのを感じた。 「もぐもぐ」 「ん……やっと食べ切れた。それじゃあ、ちぃも薄餅にしよっと」  そう言うと張宝も呂布と同じように手に取る。だが、すぐに口には入れず瞳を輝かせている。 「やん、これもちょっとちぃには大きいかもぉ」 「うぉぉぉぉおおおお! ちーほーちゃん、頑張れー!」  一刀からすればどう見ても胡散臭い困惑顔で薄餅を見る張宝に彼女の応援者と思われる者た ちから声援がかかる。 「うふふ、ありがとね!」  手を振って応援者に張宝が応える。それに反応して歓声がおこる。そんな間も呂布は我関せ ずとばかりに口を動かすのを止めない。 「…………はむ」 「さぁて、それじゃあ食べよっかな」  ちらりと呂布を見たかと思うと張宝はほんの一口、それこそ一刀が知る彼女の一口でなく、 数え役萬☆姉妹の地和としての小さな一口頬張った。 「うん、これもとっても美味しい!」 「店主俺も、薄餅!」 「あいよ!」  来た時同様、いつの間にか厨房へと戻っている店主が注文を受けて調理をはじめていた。 「なにやってるんだか……」 「ど、どうするのです?」 「どうするって言われてもなぁ」  しばらく傍観に徹していた陳宮の言葉に一刀は頭を掻いてぼやく。 「あの中に割って入るのもな……そうだ!」 「何か思いつきましたか?」 「俺たちも昼にしよう!」 「アホかー!」  名案とばかりにそう応えた一刀のすねを陳宮が蹴る。 「んーっ!」  声にならない叫びを上げる一刀。それに呼応するように人垣の向こうから席を立つ音がする。 「…………」 「あ、降参? てことは、ちぃの勝ちね!」  見れば、呂布が席を立ったようだ。そして、一刀たちがいる方へと歩いてくる。その背後で は張宝が誇らしげに胸を張り、周囲の観衆から賞賛の声を受けている。  そんなことなどおかまいなし、勝負をしている自覚もなく、悔しさもないのがありありとわ かる呂布がゆっくりと歩を進める。  そして、人垣を隔てて立っていた一刀へと手を伸ばしてくる。 「え、えぇえと……」 「……ご主人様?」  一刀がいたことが余程意外だったのか呂布は首を傾げている。 「恋殿、やっとお会いできました~」  陳宮が一刀の横を抜けて呂布へと抱きつく。 「……ねね」 「急にいなくなったので心配しました!」 「…………恋も」 「はい」  呂布の身体に顔を埋めながら陳宮が頷く。 「……恋もねねが迷子になったから心配だった」 「え?」  その言葉が予想外だったらしく陳宮が勢いよく呂布の顔を見上げる。その様子がおかしくて 一刀は吹き出しそうになる。 「ぷ……くく」 「ち、違うのです! 迷子はねねじゃありません」 「……迷子になるのは子供。ねねはまだ子供」 「ちょ、ちょっとまってください恋殿」 「…………大丈夫」 「え? いや、何が大丈夫――」  陳宮が言葉を言い切る前に呂布の手が彼女の頭をそっと撫でる。 「……大丈夫」 「もういいです」  念を押すように同じ言葉を重ねる呂布に陳宮が肩を落とす。 「くくく、こ、こど、子供」 「うるさい!」  ドゲシ!  陳宮が器用にも呂布に抱きついたまま一刀のすねを蹴り飛ばした。 「ぐぅ……」 「…………大丈夫?」 「だ、大丈夫」  何度目になるのかわからないその言葉で返すと一刀は陳宮を僅かに睨む。が、当の陳宮は何 処吹く風で呂布に話しかけている。 「それで恋殿、これからどうしますか?」 「…………一緒にご飯」 「おぉ、いいですな。是非ともそうしましょう!」  陳宮が呂布の手を引いて先程の席へと歩き出そうとする。 「お、おい……ちょっと、待ってくれよ。まだ、脚痛い」 「…………ご主人様も一緒」 「やれやれ、仕方がありませんね」  そう言って陳宮が立ち止まるのと同時に一刀は歩き出す。 「さ、行こうか」 「…………」  一刀の言葉に首を縦に振って呂布が歩き出す。それに引きずられるように陳宮も動き出す。 「え? ちょ、ちょっと……」  転ばないよう必死に身体の重心を考えながらよろよろと引きずられまいと脚を慌ただしく動 かす陳宮と一刀の目があう。その瞬間、一刀は口角を吊り上げてにやりと笑って見せる。  その意図に気付いた陳宮が悔しさと怒りを込めた視線で一刀を睨み付けるがすぐに顔を逸ら してみせた。 「さっきまで恋がいたところに混ぜてもらうとするか」  一刀はそのまま未だ皿や蒸籠が積み重ねられている卓へと向かう。 「ここいいかな?」 「あいあい。構いませんよ」  一応店主に声を掛けると一刀は席に着く。この時点になって漸く隣の張宝も気付いたらしく 目を丸くしている。 「ちょっと、一刀! いつからいたのよ」 「ん? 少し前から観戦させてもらってたよ」  張宝が周りを気にしてか普段使う地の喋りを小声にしているため一刀も小さめの声量で答え る。 「なんで、もっと早く声を掛けてくれなかったのよ!」 「いや、なんか楽しそうにしてたから邪魔しちゃ悪いかなって」 「別に一刀ならいいのに」 「それは、光栄なことだな」  そう言うと一刀は料理へと神経を集中させる。既に彼の空腹は限界だった。 「取りあえず、俺はこれを頂こうかな」  一つの蒸籠を引き寄せ、中にある肉まんを取り出す。 「うん、上手そうだな……」  そう言うと、一刀は一口で半分以上を口の中へと捕獲した。 「お、これはタケノコか? 歯ごたえが非常に良くて食べ応えが増しているな」 「なんでも、最近始めた試みらしいわよ」 「へぇ……ねねもどうだ?」  一刀は肉まんがまだ入っている蒸籠を陳宮へと差し出す。 「もぐ……ごく、ん。なんです?」 「いや、何でもない」  一刀が言うまでもなく陳宮は既に食べていた。仕方なく一刀は差し出した蒸籠を引き戻し中 の肉まんを一気に口へと放り込む。 「もぐもぐ……ん。やっぱりうまいな」 「…………」  一刀が漏らした感想に呂布がこくりと頷いた。 「恋もそう思うか……そうだよな。うまいよな」 「……もふもふ」 「いや、いいよわざわざ応えなくて。のんびり食べてくれ」  口に肉まんを頬張りながら頷く呂布を微笑ましく想いながら一刀は彼女を観察する。 「もぐ……もぐ」 「…………な」 「ん?」  しばらく呂布を眺めていた一刀の耳に張宝の呟きが聞こえてくる。 「どうした、地和」  「え? あ、あぁ……そのね、一刀」  妙に神妙な口調でしゃべり出す張宝。一刀も心なし表情を引き締める。 「あ、改めて食べてる姿を見たんだけど……というか、まともに見たのは初めてだけど」  身体をわなわなと震わせながら張宝が呂布へと視線を注ぐ。 (なるほど……そういうことか)  一刀にはこの時点で何となく先の展開が見えてきた。  そして、一刀の予想とそう外れていない言葉が張宝の口から発せられる。 「な、何よこの可愛い生物は!」 「もぐ?」 「こ、こっち見ないでよ」 「……もきゅ?」  動揺を露わにしている張宝に呂布が首を傾げながら手に持っている飲茶を渡す。 「え、くれるの?」 「…………」  確認するように見つめる張宝に呂布は首を縦に振る。 「そう、ありがと……うん、おいしいわね」 「…………ここの料理はおいしい」 「ふぅん。そうなんだ」  すっかり大人しくなった張宝が呂布と会話を交わしながら食を進める。  よく見ればその眼は僅かに蕩け始めている。 (恋の持つ不思議な魔力が効き始めたか……)  一刀もかつて経験した呂布の魔力……もとい魅力。それは非常に強力で恐ろしいものである。 普段堅苦しさのある人間でも呂布の力で穏やかな心となってしまうのだ。 「ふふん、どうやらあの者も恋殿の魅力がわかったようですね!」 「なんで、ねねが偉そうにしてるんだよ」  腕組みしてふんぞり返る陳宮に一刀はツッコミを入れる。 「恋殿と一心同体だからに決まっているのです」 「ふぅん。そういうものかねぇ」  何故か自信満々に胸をはる陳宮に相づちを打つと一刀は再び張宝と呂布の様子を見守ること にした。もちろん料理に舌鼓を打つのは欠かさない。 「それにしても、あんた本当に美味しそうに食べるわね」 「…………ご飯を食べられることが楽しい」 「そっか……そうよねぇ」  いつの間にやら呂布を見つめる張宝の表情がほんわかとしたものになっている。どうやら症 状は進行していたらしい。  ついには張宝は身悶えしだしている。 「な、なんでこんなにも可愛らしいのよ~」  こうして呂布の食事姿による犠牲者がまた一人誕生してしまったようだ。 「やっぱり、恋の破壊力は抜群、か」  まろやかな空気の中、一刀は微笑ましく思いながら少女たちの様子を眺めるのだった。