「おねこさま、おねこさま。きょうももふもふなのですっ」 両の腕で猫を抱き、その柔らかな毛の肌触りに満面の笑顔を浮かべるは明命の娘、周戟B 猫たちの祝福を受けて世に産まれ出でた娘は、母も羨むほどに猫に愛されている。 それが証拠に気がつけば娘は猫を抱いていることが多い。 そして母が鼻息荒く「わ、私にももふ…抱かせて欲しいのです」と手を伸ばすと、 身の危険?を察知した猫は娘の手をヒラリと離れて逃げて行くので、 その度に肩を落とす明命を娘と一緒に慰めることが見慣れた光景になっていた。 その日の北郷一刀は珍しいことに政務の量も少なく、途中に昼食休みをはさみながら仕事を終えると、 午後には自由の身となっていた。 滅多に無いまとまった休息の時間、久しぶりに娘達の相手をしようかと庭先に出てみれば、 草木の生い茂る庭の片隅でふたつの小さな影があたふたとしているように見えた。 何事かと近づいて声をかける。 「周戟A呂j、どうかしたのか?」 父の声に瞬間、直立。 振り向き、父の姿を認めた途端、周撃ヘ飛び上がって父の首っ玉に、呂jは片足にすがりつく。 「ちちうえ!ちちうえ!すごいのです!すごいのですっ!」 「おとしゃん、おとしゃんー」 興奮してじたばたと暴れる娘たちをあやしながら、その原因は何かと周りを探ってみて…見つけた。 こちらを警戒しながら木陰にじっとうずくまる、お腹の大きな猫。 「おねこさま、おかあさんなのですっ!」 「にゃんにゃ、おかしゃんー!」 不意に周撃ェまだ今より幼い頃、呂jを腹に宿していた亞莎の姿を不思議そうに眺めていたのを思い出す。 『ははーぇ、あしぇしゃま、ぽんぽん』 『ぽんぽんだいじだいじなのですよ周戟B亞莎のぽんぽんには周撃フ妹が居るのです』 『…いもと』 『そう、だいじだいじな妹なのです』 『だいじだいじ…いもと、だいじ』 『良い子ですね周撃ヘ。この子が産まれてきたら、たくさん仲良くしてあげてくださいね』 『あいっ、あしぇしゃま!』 言葉の通り、周撃ヘ初めての妹である呂jを可愛がり、呂jもまた一番歳の近い姉を慕うようになった。 今もまた、二人仲良く猫とたわむれ、子持ちの猫を見つけて共に喜んでいる。 「うん、すごいね…」 日々の雑事に追われ、時として忘れてしまいがちな、しかし、とてもとても大切な幸せがそこにあった。 愛する女性が産んでくれた我が子がいる。 愛する我が子が命の営みを大切に思っている。 しゃがみ込んで二人を抱き寄せ、優しく優しく頭を撫でると、周撃ヘ周りに花が舞うような笑顔で、 呂jは真っ赤になった顔を両手で隠し、それぞれに喜んだ。 その日の夜、まだ幼い呂jは早々に母に連れられ城内に戻っていたのだが、 周撃ヘあの後もずっと母猫を見守っていたらしく、夕食時に戻ってきたころには すっかり身体が冷えてしまっていた。 「周戟Aこんな遅くまで外にいては駄目なのですよ」 「ごめんなさい、ははう…っくちゅん!」 「ああもう、鼻が垂れているのです」 娘の顔に懐から出した布をあてがい、鼻水を拭ってあげる母の顔は、厳しいようで優しい。 「それにしても困りました…私はまだ夕食の用意があるのですが…」 まだひとりでは危なっかしい娘を風呂に入れてやりたく思うが、手が離せない。 「旦那さま、その…」 「もちろん。さぁ、周戟v 上目づかいの妻の言葉を遮って、身体の冷たい娘を抱きあげ風呂場へと歩き出した。 「ありがとうございますっ、おねがいするのですっ」 背中を向けたまま手を振ると、娘は父の肩越しに母へ手を振った。 「あたたかくて、きもちいいのですっ」 父の膝の上で湯に浸かり、猫をもふもふと抱いている時よりも心地良さげな顔の周戟B まだ小さい娘は、立って入らないと頭が湯に沈んでしまうので、こうして抱いて入れている。 「ちゃんと百数えるまで温まるんだぞ?」 「ひゃく、かぞえるのですっ!いーち、にーい、さーん、しーい…」 娘が目を回さないように気づかいながら、濡れた手拭いを頭に乗せて適度に冷ましてあげる。 五十を過ぎたあたりで数える声が尻すぼみになり、どうしたのかと顔色をうかがった一刀に、 娘が不安げな表情で訊ねてきた。 「ちちうえ、おねこさまはだいじょうぶでしょうか…」 「どうしたんだ?急に」 「おかあさんねこさま、ずっとみていたのですが…おとうさんねこさまがみあたらないのです」 「………」 「おかあさんねこさま、ひとりでさびしそうなのです…」 父親はもしかしたら他所から流れてきたオス猫だったのかもしれない。 猫は縄張り意識の高い生き物で、その土地の頂点に立つオスは他所から来た猫を追い払うのだとか 昔じいちゃんに聞いたような覚えがあった。 そうなると子猫たちは片親だけになってしまうのだろうか… 不安が顔に出てしまっていたのか、周撃ェ泣きそうになっていた。 「…大丈夫!人でも猫でも、お母さんってのは強くてたくましいんだ!」 「…つよいのですか?」 娘の不安を吹き飛ばしてやりたくて、言葉を足す。 「強いとも!撃フ母さんは強くはないのか?」 「つよいのですっ!とっても!とってもつよいのですっ!」 「ならあのお母さん猫だって強いとも!」 「ですっ!」 興奮し顔を真っ赤にさせた娘はしかして、長く湯に浸かり過ぎたせいでふらふらのまま夕食の席につき、 母を余計に心配させる結果になった。 周撃ェ父と一緒の風呂に入ったと知って、食後娘達から 「おとしゃんー、おふろ」 「ととさまー、おふろ」 「おやじどのふろじゃ」 「ち、父上…その…風呂に」 「皆落ち着きなさい!…父さま、その…お風呂に…」 と押しかけられたのは語るまでもない。 後日。 昼食を済ませ、明命と食後のお茶をすすっているところへ、周撃ェ近寄り爆弾発言を放った。 「ちちうえっ!あかちゃんがほしいのですっ!」 ぷふーっ! 「わっぷ!熱いです!熱いです!」 「げほっ、げほっ…俺のお茶を返せ…じゃない。すまん明命…で、いきなり何だ周戟H」 「しゅうしょうはつよくなりたいので、おかあさんになりたいのですっ!」 「はい?どういうことですか周戟H」 首をひねる妻の横で、冷や汗をかく夫。 「はいっ、ちちうえが『おかあさんはつよくてたくましい』のだとおしえてくださいましたので!」 「…旦那さま?ちょっと…」 遠い日に訓練で一度だけ見た、氷のように冷たい明命の瞳を見て、北郷一刀は己の命運を悟った。 (ああ…良い人生だったなぁ…) 図らずも娘に教えたことが正しいことであると体現する夫婦であった。