不慮の事故だった。 誰が悪いわけでもない、只々間が悪かったのだ。 共闘によりなんとか五胡の軍勢を追い払った魏・呉・蜀の三国は五胡の再来を警戒し、 より高度な共同作戦を展開できるよう、国境の隔たり無く武将・軍師の交流を盛んに行うようになった。 そして今日、恋との交換留学としてやって来たのは魏の軍師、戯志才こと郭嘉奉孝。 正門にて出迎えるは蜀の二枚看板、北郷一刀と劉備玄徳に関羽雲長。 「ようこそ蜀へ。これからの一週間、実りある時間を過ごせますよう、一同願っております」 「私の如き一介の軍師に、太守御自らのお出迎え、恐縮いたします」 長旅に少し疲れた表情を見せるも、毅然とした態度で蜀側の出迎えに応じた。 不慮の事故だった。 誰が悪いわけでもない、只々間が悪かったのだ。 「おにいちゃーん!」 遠くから砂塵を巻き起こしやってくる燕人鈴々。 「鈴々!お客様がいらっしゃる前に居ろとあれ程っ!」 まなじりを釣り上げて叫ぶ愛紗に、 「愛紗ちゃん愛紗ちゃん…お客様の前でそんな大声、はしたないよぉ…」 接客中であることを失念して声を轟かせる義妹をたしなめる桃香。 「えへへー、ごめんなのだぁっと、とととと、にゃあああああ!?」 高速で接近していた鈴々が、小石か何かにつまづいたのか体制を崩し、回転。 微笑ましい姉妹のやり取りを笑顔で見ていた稟に向かって、あれよあれよと言う間に激突。 二つの影がごろんごろんと重なって彼方へと転がり行く様を茫然と見ていた三人は、 我にかえると揃って一目散に追いかけた。 「鈴々!郭嘉さん!大丈夫!?」 「大丈夫?鈴々ちゃん。郭嘉さんごめんなさい!」 「ああもうっ!おまえという奴は…郭嘉殿、申し訳もない!」 二人を介抱してしばらく、目を回していた二人がようやく意識を取り戻した、のだが。 「んにゃあ…稟々は平気なのだぁ…張飛お嬢ちゃんは大丈夫なのかー?」 「んっ…大、丈…?…えっ?これは?」 目の前で繰り広げられる違和感の塊のような光景に、三人は再び茫然としていた。 「え、えーっと…鈴々ちゃん?」 「んにゃ?劉備お姉ちゃん、稟々はこっちなのだ?あと真名で呼ぶなんて失礼なのだ!」 「ええ、と…桃香さま?私は鈴なのですが…しかし…」 「え?ええーっと…えぇ!?」 「まぁ…どう説明したら良いのでしょうか…」 一先ず城へと戻り、鈴(と鈴々が言い張っている)が三人に説明を始めた。 外では稟々(と先ほど郭嘉があっさり真名を許してくれた)が 「んにゃー!何だかすぐ息がきれるのだー!」と走っては息をつき、また走っては息をついている。 「結論から申しますと、私と彼女が入れ変わってしまっているようです」 「「…はい?」」「…何その転校生…」 「てんこーせー?とは?」 「いやこっちの話…それで?」 「ええ、私は確かに張飛です。しかし自分で言うもの何ですが、間違いなく知性が上がっています」 「「「うん」」」 「…何だか複雑な心境ですが続けます。人としての記憶や思想がそっくりそのまま入れ変わった、  と言うならば話は簡単なのですが、どうやら記憶はそのままに『知性』と『感性』のみが入れ替わったのではないかと思います」 「んー…つまりは性格が入れ変わった?みたいな?」 「その解釈で概ね正しいかと」 奇想天外も甚だしい状況に一同が静まり返る。 「…どうしたら、戻るのかな?」 「鈴々…いや、鈴だったな…」 変わり果てた末の義妹を心配そうに見つめる桃香と愛紗。 「大丈夫ですよ、桃香さま、愛紗」 いつものお日様のような笑顔とはまた違う、しかし月明かりのように優しげな笑顔で、 「きっと戻ってみせます、戻してみせます」 一刀の膝の上の身体の震えを隠していた鈴は、外で大の字になっている稟々を見つめて、そう言った。 視線に気づいた稟々が 「にゃはは♪かずとどのー、だっこしてほしいのぷふーっ!!」 と盛大に鼻血を吹き出し、騒々しくも切ない一週間が始まった。