― 明命、特訓する ― 「一刀様〜〜!!」   ゆっくりとした時の流れを、一瞬にして激流へと変えた少女の呼び声。 それは思考の海を漂い、ささやかなまどろみを楽しんでいた俺を覚醒させるには十分だった。 俺を目覚めさせるなんて……どうやらこの少女と俺の運命は交わり始めたらしい。 「一刀様…?」 運命という名の岐路……俺は今、そこに立つ。 少女を無視する道を選べば平穏の時を得られるだろう。 だが、それで己が納得するのか…………するはずが無い。 ならば決まっている。 さあ目を開けろ。 腕を伸ばせ。 一歩を踏み出せ。 お前を待つ人の為に! 「そ、それからそれからどうなるのですか!」ワクワクドキドキ 「ごめん明命もう本当にごめん。 そんな真面目に聞いてくれるとは思わなかったよ……」  これが蓮華あたりだったら 「で?」 の一言でバッサリ両断されてたんだろうけど…。  ま、まぁとりあえず今の状況を簡潔に3行で整理してみよう。  1.俺、昼寝真っ最中。  2.明命来々。  3.寝起きの妙なテンションの末、“男の病気”発症  よし、整理完了。  思い返せば恥ずかしすぎる……相手が明命で良かった……。 「そ、それでさ、俺に何か用事?」 「へっ? …………………あ! そ、そうでした!」 「いま絶対忘れてたよな?」 「か、一刀様にご相談があるんです!」 「相談?」 「はい……わたし、お猫さまを断ちたいんです!!」 「な、なにぃぃぃぃ!?」 ―― あの猫々大好き明命が“猫を断つ”だって!? ―― 一体どういう事だ……“命を奪いたくなる”程の嫌な事があったってことか!? 「街で警邏をしていた時に悪漢を見つけ、追いかけたのですが……」 ―― しかしそうなると相当な覚悟が必要になる。 ―― なんたって今まで愛でてきたものを斬らなければならないんだから…! 「逃げ込まれた先でお猫さまを人質に取られ、逃げられてしまったのです……」 ―― だがどうする? ―― いくら俺でも無垢な動物を殺す為に知恵を絞りたくはない……。 ―― あんなものは戦争だけで十分だ……。 「最終的に悪漢は捕縛でき、お猫さまも無事だったのですが、自分自身があまりにも情けないです……」 ―― だが明命の様子は真剣そのもの。 ―― この娘もきっと悩みに悩んだ末に結論を出したんだ。 ―― なら…俺が逃げてどうする! 「ですから一時の間、お猫さまとの“ふれあいを断ち”、その間になんとしても“お猫さまを見ても動じない”わたしになりたいんです!」 ―― ああそうだ! ―― 明命の悩みは俺の悩み。 ―― 明命の苦しみは俺の苦しみ。 ―― 少しでも明命の心が楽になれるように最大限努力してみよう! 「ですから、どうか協力して下さいませんか?」 「あいや了解した! 明命、辛いだろうが……出来るな?」 「は、はい! わたし、頑張ります!!」 「よし、なら少し用意があるからまた後日でいいかな?」 「よろしくお願いします!」 〜〜〜〜〜〜〜〜〜  そして数日後。 「まずはコレを見てくれ」 「わら……ですか?」 「うんそう。 これに布を丸めたものをつけて……と。 これで完成」 「そ、その形はお猫さま!!」 「さて明命。 コレを……斬れ」 「なっ…!」 「聞こえなかったか? 斬れ!」 (まずは、猫を斬ることに対する躊躇いを取り除く!) (そ、そうか…! これはわたしの中に残るお猫さまに対する“甘え”を斬れと…!) 「ぐっ…くっ……!」 「…どうした」 「で、出来ません! いくらわらで作られているとは言え、お猫さまを斬るなんて…」 「バカヤロッォォォォォ!!!」 「きゃっ!」 「なら何故俺のところに来た! 明命、お前は覚悟を決めて来たんじゃないのか!!」 「!? か、一刀様……泣いて……」 (やべ、いきなり叫んだから頭キーンってなっちゃった…) (そ、そうだよね…。 こんな特訓、一刀様も辛いんだよね…) 「……分かりました、見ていて下さい。  ヤァッ!」  ザンッ! 「……っ!」 「ダメだ…」 「…え?」 「胴じゃダメなんだよ明命…」 「で、では何処を斬れば…」 「………首……だ」 「!?!?」 (いくら嫌いになったと言っても痛みを与える必要は無い…。 せめて、苦しまない様に…) (これ以上の苦しみを味わえと…心を鬼にせよと…そう仰るのですか一刀様!) 「分かり……ました…。 ですが一刀様。 いくら特訓と言えど、一度斬ったわら猫さまをもう一度斬るなんて出来ません!」 「大丈夫。 用意は万全さ」 「わ、わら猫さまがいっぱい! ホニョニョ〜〜ン」 ※わら猫製作協力:亞莎 「こら明命! この程度で気を抜くな!」 「…………はっ、そ、そうでした!」 「さぁ、次は首だ! 覚悟を決めろ!」 「スー……ハー……スー……ハー……    チェァッ!!」  ザンッ! 「ハー…! ハー…!」 「良くやった…。 だがまだ特訓は始まったばかり……いけるな?」 「はい! わたしと……お猫さまの為に!!」 (俺の意図を理解してくれたんだな! 明命、地獄に行く時は一緒だ…!)  それから俺と明命の想像を絶する特訓が始まった。 ―特訓開始二日目 「踏み込みが足りん! そんな事じゃ切り払われるぞ!」 「き、切り払われる…?」 「あ、ごめんうそうそ。……ゴホン! 斬る時にどうしても一歩引いてしまってる。 つまり、まだ心に隙があるって事だ!」 「うっ…やはり見抜かれていましたか…」 「当たり前だ。 俺と明命は一蓮托生……どこまでも付き合うって決めたからな!」 「か、一刀様ぁ…」 「泣くな! やらなければならない事がある内は、泣くんじゃない!」 「グスッ……はい…!」 ―特訓開始三日目 「嫌ああぁぁぁあぁぁ!!」 「………耐えろ。 己の為に……なにより猫の為に……」 「こんなの……こんなのって無いよぉ………」 (なんでわらで作ってここまで本物っぽく出来るんだよ……これじゃ俺でも斬れないわ……亞莎、恐ろしい子! ) ―特訓開始四日目 「うぇぇん……私の…私のわら猫ちゃん達がぁ……」 「ご、ごめんな亞莎。 今度おいしいゴマ団子食べ行こうな! な!」 「うぅぅぅぅ……」 ―特訓開始五日目 夜 「ン、あぁぁ! アッ、アッ、アンッ!」 「くぅ! み、明命ッ!」 「んあぁぁぁ! と、ところで一刀様ぁ……」 「はぁはぁ、な、なに?」 「こ、このお猫さまの…アッ! み、耳と、尻尾は、何故着けなければ、ならないのですか…?」 「その方が萌え……燃え…………ゥオリャ!!」 「ああぁぁぁぁぁぁ! い、いきなり激しく!」 「ね、猫になりきるのもまた必須なんだ! “敵を知り、己を知らば、百戦危うからず”ってな!」 「な、なるほどですぅ! 明命は今、お猫さまなのですにゃ! にゃ…にゃー! にゃー!」 「ぐはぁ! こ、これは想像以上の破壊力!!」  ……ふぅ。  こうして辛い特訓を乗り越えながら、さらに数日が経過していった。  そして実践の日が訪れる。  俺と明命は猫を探し、街はずれの猫の溜まり場に来ていた。 「さあ、いよいよ本物の猫を解禁する時が来た……覚悟はいいか?」 「……はい。 わたしの心は驚くほど澄み切っています。 今なら、やれる気がします」 「そうか、なら早く猫を探さな……」 「見つけたぞクソガキがぁ!!!」 「!? な、なんだ!」  俺達に向けられた怒声。  声のした方を向くと、あきらかな敵意を剥き出しにした男が立っていた。  その手に光るのは……剣! 「いきなりどうしたんだあいつ…」 「一刀様、あの男…この前捕縛した悪漢です」  冷めた目で男を見据える明命。 「どうしてそいつがこんなところに!?」 「脱走、ですね。 大方、兵の剣を奪っての逃走だと思います。 逃げ足だけは速かったので」 「うるせぇ! クソガキ、てめーは絶対殺す」  男の殺意は本物だった……なんて言うか逆恨みも甚だしい。  だが、俺からすれば男の態度には同情を禁じえない。  なんたって殺すと凄んでいる相手が、一国の将・周泰なのだから。  殺意を向けられた以上“周泰”は手心を加えない。  それにここで捕縛したにせよ、この時代、脱走は重罪だ……死刑は免れない。 「なぁあんた、そこまでにしとかないか? 今投降すれば、死刑にならない様に話をつけてやるから」 「クソ男がてめーは黙ってろ! 俺はクソガキさえ殺せりゃそれでいいんだよ!!」 「聞く耳無し……か」 「へっ、これを見てもまだ余裕でいられるかよ!!」  剣を持つ手と反対側の手に握られていたもの、それは……猫!! 「そこのガキが猫相手に動けないのは知ってるんだよ! ああっとクソ男、お前も動くなよ?」 「……………」 「明命……」  少し心配になり、明命の表情を伺う。  俺の視線に気付いたのか、明命は軽く微笑んだ。  それはまるで「ご心配なく」とでも言うように。 「けひゃひゃ! 俺はなぶり殺しになんてしねぇ……てめーの顔を一突きでぐちゃぐちゃにしてやる!!」  聞くに堪えない男の暴言。  それを物ともせず、明命は一歩を踏み出した。 「………あ?」  一歩一歩、確かな足取りで男との距離を縮めて行く。 「クソガキ、てめーの方から向かってくるなんざいい度胸だ! せっかくだ、最後に猫の顔でも拝みな!」  そう言って猫を自分の前に突き出す男……猫を盾にしているのだろう。  だが、それでも明命の歩みは止まらない。 「く、クソガキ! と、止まれ!」  ようやく明命の気配に気付いたのか男が慌て始め、手に持つ猫をグイグイと前に突き出し抵抗を見せる。  明命の手が、背負っている太刀の柄を握り締めた。 「こ、殺すぞ!! 猫を殺」 ――――― 一閃 ―――――  その太刀は有無を言わさずに男を薙いだ。  盾 に さ れ て い た 猫 も ろ と も 。 「明命……」  こうなる事は分かっていた……だがやはり後味の悪さは最悪だ…!  今、明命の気持ちは罪悪感で押しつぶされんばかりだと思う。  だから支えてやらなければ!  明命を抱きしめようと一歩を踏み出したその時…… 「にゃー」  !?  いくら周りを見渡してみても猫の姿は無い。  空耳……か? 「にゃーにゃー」  いや、猫の声は聞こえる……一体どこから…… 「やりました……」 「え?」  振り向いた明命の腕には……さっき盾にされていた猫!?  傷一つなく、元気ににゃーにゃーと鳴いている!? 「やりましたよ一刀様!! 秘剣“お猫さま抜き”、完成です!!」 「………え???」 「一刀様の特訓のおかげです! “お猫さまとのふれあいを断ち”、自身もお猫さまとなる…」  い、今なんて…?  猫との“ふれあい”を断つぅ!? 「そこから見えた無猫(むびょう)の境地! 正に、正に今! その境地に達したのです!!」  うおおおおおおお!!  お、俺すっごい勘違いしてたって事か!? なんたる大失態!!! 「これも一重に一刀様のおかげ! ありがとうございました!!」 「あ、あはは…。 ど、どういたしまして…」  背中を流れる冷たい汗が止まりません…! 「そ、そういや猫は無事だけど、あっちの立ったまま動かない男は…?」 「…あんな下衆の血でわたしの太刀が汚れるのは嫌だったので、みね打ちにしました」  あんな神業を披露しといて、さらにみね打ちとは……無猫の境地、恐るべし…! 「さ、この男を引き渡しに行きましょう」 「あ、ああそうだな。 なぁ明命」 「はい、なんですか?」 「こいつ引き渡したら、おいしいものを食べに行こう! 俺のおごりだ!」 「え!? よろしいのですか!?」 「特訓完遂記念ってことで!」  それプラス勘違いの謝罪も込めて…だけどね。 「やったー! あ、それなら亞莎ちゃんも呼んだ方が良いような…」 「お、確かにそうだな。 なら亞莎も呼ぼうか!」 「はい! えへへ、楽しみだなぁ」 「おう! ガンガン好きなだけやってくれ!」 「そうだ……一刀様」 「ん?」 「あの、特訓は終わっちゃいましたけど…」 「終わったけど?」 「時々、お猫さまになって甘えても……いいですかにゃ?」                               ― おわり ―