玄朝秘史  第三部 第七回  1.庭園 「ふんふふーん、ふふふーん」  鼻歌交じりに元気よく、一人の少女が道を歩く。  時間はそろそろ人々が昼食の用意をしようかと考え始める頃で、大通りには人が溢れている。その中でも、彼女の姿は殊に目立った。  複雑に結った髪と、花のように広がる髪色に合わせた服。それを纏うのは淡い褐色の肌をしたかわいらしい少女……いや、女性と言うべきか。その印象は少女と大人の女性の間を行き来する。開けっぴろげに笑えば子供っぽさが溢れるものの、ふと見せる視線などはずいぶんと大人びていて、彼女がいままさに成熟した女性へと成長しつつあることを如実に示していた。  そして、それは二つのことを見る人に思わせる。可憐な少女の快活さと、女性の漂うばかりの色香。見る人によって様々に姿を変えながら、彼女は人の目を惹きつける。  さらにその傍らには白い毛皮に黒い縞の入った大きな虎を引き連れているときた。これで目立たない方がどうかしていた。  だが、そんな際立って見える彼女とお供の白虎を、町の人々は恐れるでもなく敬遠するでもなく、親しげに話しかける。 「おう、お嬢ちゃん。今日もご機嫌だねぇ!」 「もっちろんだよ。おじさんも元気ー?」  彼女も構えるでもなく、明るい笑みでそれらに答える。  中には慣れていないのか、道を行く虎の姿に驚いて手近な屋台のおやじにまくし立てる者もいるのだが、たいていはなだめられるか相手にされないかで、納得しないまでも諦めてしまう。  これは、こういうものなのだ、と。  そうして、彼女は馴染みの商家からもう通例となった荷物と橇を受け取り、傍らの虎――周々の腹に帯をくくりつけて、それを引きずらせながら、さらに歩いて行く。  午前中の仕事を終えたら、周々を連れて街の一角を訪れるのが、近頃の彼女――小蓮の日課になっているのだった。  目指す先は、左将軍呂布が――華琳と一刀の手配りによって――漢朝から下賜された邸だ。  近づけば、そこはすぐにわかる。他の邸に比べて、極端に緑の濃度が濃いのだ。庭の一角に竹林が植えられているという段階をとうに越えている。大木と言えるものはまだないものの、成長の早い竹が高く伸び、さらにその下には低木や草花があるだろうことが、外から見ても想像できる。  いつ見ても森にしか見えないな、と小蓮は思うのだった。  だが、けして破れ屋という印象はない。邸本体は外からは見えないものの、壁も門も手入れされているし、しっかりと管理された場所という印象があった。  彼女はもう顔なじみの門衛に挨拶して邸に入り、周々に運ばせた荷物を解いていく。 「まったく雪蓮姉様も冥琳も、引き受けておいて、さっさと出かけちゃうんだから。ひどいと思わない? 周々」  がう、と同意するように一声吼える周々。小蓮は荷物を厨房に運び、代わりに、数種の肉と大豆を潰して混ぜたものを盆に山盛りにして現れる。それをいくつもの皿に小分けしていると、風に乗った香りをかぎつけたか、何頭もの犬たちが集まってきた。  茶に黒に赤毛、様々な色と体格の犬たちが、興奮してじゃれつこうとしてくる。だが、小蓮は笑いながらひらひらと上手にそれらを避けて作業を続けた。 「こら、まだだってば」  皿に盛られた自分たちの食餌に手を着けようとする犬の何匹かを押しとどめる。周々が警告するように一吼えすると、犬たちはしゅんとおとなしくなった。 「ありがと、周々」  そうして全ての皿に盛りつける。その頃には、邸中の犬たちが集まってきていた。よくしつけられているのか、十匹近い犬たちは大声で吼える事はない。 「食べていいよ」  小蓮が言うと、一斉に自分の皿にかぶりつく犬たち。喧嘩が起きないかひとしきり眺めてから、彼女は次の作業に移る。  同じように肉類中心に皿に盛りつけ、犬たちが食餌している場所から少し離れたところに移動する。 「ごはんの時間だよー」  ぱんぱんと手を叩き、周々が一声軽く唸ると、わらわらと竹と低木の間から、今度は猫たちが現れる。  そんな風に彼女は邸の中の動物たちに次々給餌していった。 「ええと、あとは……ああ、ひなたぼっこの最中ね」  最後に残った大蜥蜴を探していた小蓮は、その対象が池の真ん中の岩の上で、なにか決然と空を眺めている様子なのを確認して、そう呟く。そもそも、他の連中と違って、蜥蜴と蛇は毎日食餌を摂るわけではなく数日に一度でいいらしいので、気が向かなさそうなら無理に食べさせる必要はない。 「ちょっと様子みるかな」  彼女は少し考えて、邸に戻って剣を手に取り、池の畔に陣取ってそれを振り始める。  姉から習った剣の型を毎日忘れないように繰り返しているためか、その動作は流れるようだ。だが、大きな動きでもないのに小蓮の額には汗が浮かび、集中のためか、唇は強く引き結ばれている。  八つの型を十度ずつ確認するように行った後で、それぞれの型を崩れないようにしながらつなげていく。最後までいったら、最初から。  そうして繰り返す度に動きを速めていく。少しでも速く、ほんのわずかでも時間を縮めて。  いつしか剣先は見えなくなるほどの速度となり、空気を切り裂く音は後を引く音から破裂音へ。  その様子を周々は黙って見ていたが、ふと何かの気配を感じたように首をひねる。その視線の先で指を口にあてているのはふんわりと柔らかな印象の女性、月だ。  周々はわかったとでもいうように首を動かし、月がその横に来るのを許す。一頭と一人は、そのまま沈黙を保ち、小蓮の稽古を見つめていた。  ぱあんっ。  最後に何かが爆発したような音を残し、小蓮の動きは止まる。肩で息をしていた彼女が人の気配にようやく気づいた。 「ん?……ああ、月ー」  きっと走った視線が、相手の姿を認めた途端に和らぐ。 「こんにちは、小蓮ちゃん」 「やほー」  二人は挨拶を交わし、月が布を差し出す。嬉しそうに受け取って汗を拭いていく小蓮。 「相変わらずすごいね」 「まだまだだよー」  二人は笑みを浮かべながら言い合い、小蓮が大蜥蜴には食餌させていないことを告げる。 「ごめんね。みんなのごはん、私一人じゃなかなかできなくて」  すまなさそうに頭を下げる月。 「いいよー。姉様からも頼まれてるしね。姉の不始末は妹がなんとかしないとー」  ぱたぱたと手を振る小蓮。  実際、小蓮が手伝っているのは材料を受け取るのと、昼のごはんだけだ。犬や猫、その他多くの動物たちそれぞれのために肉や野菜を調理しているのは月だし、一日二食が必要な種の朝ご飯は月が担当している。それでも月としてはかなり助かっていた。 「あの、でもいいの? なんだか呉の人も蜀の人もぴりぴりしてるけど……」  小蓮自身も忙しいのではないか、と月は指摘する。だが、彼女はその質問に、あっけらかんと答えた。 「ああ、気にしない気にしない。シャオには関係ないもん」 「……ないの?」  困ったような表情になる月に、小蓮は笑みをたたえたまま、だが、その視線に力を込めて口を開く。 「もちろん、荊州自体は気になるよ」  剣を鞘に収め、二人で竹が日を遮っている場所に座り込む。ふと池を眺めやると、大蜥蜴は相変わらず空を見上げていたが、いつの間にか向きを変えていた。 「ただ、雪蓮姉様と一刀がやってることだし、なにかあると思うんだよね。もし、姉様がちょっと突っ走っちゃっても冥琳がいるし。悪いことになるわけ無いもん」  そう言い切る小蓮に、月は優しい笑みを浮かべる。 「……信じてるんだ」 「うん。それに……」  勢い込んで頷いた後で、彼女は少し顔をしかめる。 「あの二人まで関わってるとなると……ほら、あんまり……さ。友達としては面白いんだけどねー」 「あ、あはは……」  名前が出ずとも、誰のことか察した――察してしまった月は、引きつった笑みを浮かべて、ごまかすように声を出すことしかできない。 「そういえば、冥琳達はついた頃かな?」 「冥琳さんたちはゆっくりだから、今頃かも。あちらのお二人はもうしばらく前? あれも持って行きましたし」 「まあ、冥琳の馬車には大小もいるしねー。でもさー。あれ、大丈夫なの? 真桜の工房で何度か爆発してたけど」  小蓮が心配そうに訊ねるのに、小首を傾げ、頬に指をあてて答える月。光に溶けるような髪の様子に、こういう薄い色の髪もいいなー、と観察していたりする呉の姫君。 「……爆発はいつものことらしいですけど?」 「い、いつもかー」  そういえば、建業の大使館でも、絶対に近づいちゃいけないと言われていた部屋があったなあ、と思い出す小蓮。死者が出たとは聞かないし、大丈夫なのだろう、きっと。 「でも、さすがに今回は失敗だと思うけどなあ」 「そ、そうでしょうか?」 「そうだよー。だって……お湯を沸かして進む車なんて……」  言ってから、姉様達は信じてるけど、真桜の兵器とあの二人はどうなのかなあ、と自問する小蓮であった。  2.使嗾  江水と、その北方に位置する最大の支流、漢水との狭間の地。  襄陽から少し南に下ったあたりを、兵の一団が行く。  数は三百ほどか。騎馬も数十はいた。  だが、なによりも目を惹くのは、兵達の中央に位置する存在だった。  その異様な物体こそ、小蓮が口にした『あれ』だ。  全体として、それは底の浅い鍋をひっくり返したように見える。あるいは編み笠と言ってもいいかもしれない。  ただし、その大きさの桁が違う。  直径は馬を三頭も並べたほどだろうか。背も騎兵より高く、さらに背部に煙突のようなものが五本広がっていたために、さらに大きく見えた。  その煙突からは白い煙と、色のない湯気が立ちのぼっている。その熱のために、前方から見ると背後の景色が陽炎のように揺れていた。  そして、なにより不思議なことは、それが馬が牽いているわけでもないのに動いている点であろう。  馬に比べれば遥かに歩みはのろいが、たしかにそれは前に進んでいた。  だが、ふとその動きが遅くなり、次いでがたがたと揺れ出した。兵達がその異変に気づき、工兵が駆け寄ってくるが、ついには、湯気と煙がとんでもない勢いで各所から噴き出し、がたんという大きな音と共に停止してしまった。  その途端、鍋の底の一部がばたんと音を立てて開き、蜂蜜のような色の頭が姿を覗かせる。さらに、開いた隙間にねじり込むように青い髪の女性も顔を出し、二人でけほけほと咳き込み始めた。 「けほっ、こほっ。また止まりおった!」 「止まるっ、ごほっ、のはまだしも、毎回、けほっ、煙を吐き出すのはきついですねー。ほら、外の空気を深呼吸しましょう、美羽様」  怒ったように腕を突き上げるのは袁家の当主、美羽。それに同調するのはそのおつきの七乃だ。  すーはー、と顔を大きく上げて深呼吸して呼吸を整える主従。それに対して周囲の兵は大わらわで彼女たちが乗っている車に集まってきていた。 「七乃ぉ。この『玄武くん五号』とやら、欠陥品なのではないか?」  傾いて落ちそうになっている頭の上の宝冠を直しながら、美羽が泣きそうな顔で訊ねる。七乃のほうは落ち着いた様子で顎に指を当ててどこかあらぬ方を見やる。 「まだ試験段階らしいですからねえ。こんなものじゃないですかねえ……」 「しかし、毎度毎度水を補給せんといかんし、方々から煙が漏れて止まるしで、いいことがないではないか」  実際には漏れているのは蒸気が主で、それが動力となっている炉に逆流した場合、煙を噴出する結果になるのだが、そんなことが美羽にわかるはずもない。 「いやー、だから、試験ですから。まあ、とりあえずは馬に牽かせましょうか」  兵達が調整に動いているものの、どうもらちがあきそうにないのを見て取った七乃が、牽き馬を連れてくるよう指示を飛ばす。 「むう。もういっそ、最初から馬でひけばよいではないか」  ぷりぷりと怒った様子の美羽が開いた扉のへりに上がって足をぶらぶらさせながら文句を言う。七乃は特に困った風もなくそれに応じる。 「でもー、お嬢様、試験を引き受けちゃったでしょ?」 「ま、まあ、妾に任せておけと言ったような気もしないでもないような……」 「でしょー? だから、しかたありませんよ。それに、見た目が派手で、蜀や呉の兵士さんたちには威圧感あるらしいですし」  威圧感というよりは、わけのわからないものなので化け物扱いされているというほうが正しいのだが、文句を言う割にこの車から降りようとしない美羽に、そんなことを言えばさらにへそを曲げることがわかりきっている七乃はもちろん口にしない。 「むー」 「まあ、それよりも問題は、工兵の皆さんも、動く原理をわかっていなさそうなところですけれどね……」  玄武くん五号の中には美羽と七乃の他に二人、操縦と炉の様子を見るための工兵が乗り込んでいる。この二人は真桜直属の人員で、どうやら詳しいところまで把握している様子だったが、それ以外の者はどこを補修すればよいかといったことは指示すればこなせても、なぜ動いているのかという根本的な仕組みを理解していないように見えた。  もちろん、七乃とてわかっているわけではない。彼女にとっては、美羽が気に入っているらしい事実だけが大事なのであった。  そして、頻繁に止まるのは、爆発したり、完全に壊れたりしないように安全策を取れと彼女が工兵達に命じているからなのだ。 「なにか言うたかのー、七乃?」 「いえいえー。さ、馬につなぎましたよー。しゅっぱーつ」 「おー」  そうして、彼女たちは賑やかに進んでいく。 「さて、今日もしっかり働くとするかの、七乃」  目的地に着くと、美羽は玄武くん五号の上に立ち、そう言った。  彼女の目の前には蜀が設けた関所がある。ここから先は蜀の領土だと言っているわけだ。その関所を通ろうとする人々が、兵の集団と妙な兵器を見て、びくびくしながら関に向かっていく。あるいは、遠くから来た商人たちだろう、土産話になると思ったのか見物に集まってきた人々もいた。 「はーい。それじゃ、兵のみなさーん、列を作ってくださーい」  七乃自身は鍋のような兵器から離れ、兵達を指揮する。 「砲は? あー、無理ですか。無理なら、まあ、かけ声だけでいきますかね」  工兵に声をかけた後で、頭上の美羽に向かって手を振った。 「よいか、皆の者。いつも通り妾の後に続くのじゃぞー」 「おーっ!!」  美羽は胸を張り、大きく声を上げた。兵達はそれに応じて野太い声を上げる。美羽は改めてぐるりと見渡す。関所の警備の兵はまたか、というような諦めの顔で、そこを通る人々は興味津々といった風情でこちらを見ていた。  その様子にうむうむ、と頷くと彼女は手を広げ、大きく息を吸う。  そして、腹から響く声を張り上げた。 「荊州は漢のものじゃー!」 「荊州は漢のものだー!」  兵達が彼女に続いて大声で叫びながら腕を突き上げる。一糸乱れぬその様子に度肝を抜かれたか、周囲で見守っていた人々がざわめきつつ距離を取る。 「蜀は領土を返すのじゃー!」 「蜀は領土を返せー!」 「関から出て行くがよかろー!」 「関から撤収しろー!」  美羽の音頭とそれに続く兵達の雄叫びが何度も何度も続き、美羽が顔中に汗を浮かべるほどになったところで、ようやく息を吐いた。  その頃には、周囲はすっかり静まりかえっていた。 「わはは、妾の威にぐうの音もでんか。今日はこの辺でゆるしてやろう。では、またなのじゃ!」  呆れてるだけだと思いますけどね、と七乃はにこにこ微笑みながら思う。彼女としては、美羽が満足ならそれでいいのだ。 「よーし、次は呉じゃー」 「おー」  兵達は旋回し、新たな目的地を目指す。  呉の砦の一つは、蜀の関所と対面するように数里離れたところにあった。  その砦から張り出した見張り台に、身を潜めて外を眺めている人影がある。長い黒髪にきまじめな顔つきの小柄な女性こそ、周幼平――明命だ。 「……本当に袁術だ……」  明命は眩暈に襲われそうになるのをなんとか踏ん張って止め、再び外を観察する。袁術と張勲がなにやら荊州で策動していると聞いて駆けつけてみたのだが、一体なんだこれは。 「呉は砦をはようわたせー!」 「呉は砦を明け渡せー!」  大声で叫ぶばかりで、兵達は刃を見せもしない。もちろん武装はしているが、明命の鋭い目には離れていてもわかる。長柄の武器には覆いが掛けられ、弓は弦が張られていない。戦う気がないのだ。  だが、よくわからない巨大な兵器を持って押しかけ、騒ぐとは……。  明命は偵察の本分を思い出し、目の前で何が起きているか理解しようとするより、まずは事態をそのまま受け止めようと努めた。 「お嬢様ー、砲、なおったみたいですー」  兵器のあたりで、何事か起きたようで、張勲が、上で跳ね回っている袁術に話しかけているのが聞こえる。 「よし。では、妾たちの声にあわせて打ち上げるのじゃ」 「了解でーす」 「漢の支配を受け入れるがよいぞー!」 「漢の支配を受け入れろー!」  再び始まった声に続き、爆発音が一つ。同時に煙突の一つが大きな煙を吐いたのが見えた。そして、異様に甲高く、長く尾を引くなにかの鳴き声のような音が周囲に響く。  その耳慣れない音に、砦に詰めている兵達があたふたと動揺するのが見えた。明命はぎり、と奥歯をかみしめる。 「……これは北伐にあわせて開発されたという鏑弾ですね……」  鏑弾のことは明命の配下からも情報が来ていたし、蓮華や思春も使われるのを見物している。  だが、実際に聞いてみるとでは大違いだ。この風変わりな音は、あまりに未知なために、人を恐怖に陥れる。  そんな鏑弾をかけ声と共に三発ほど撃ち放った後で、金髪のかわいらしい少女は兵器の上から言い放つ。 「では、また来るのじゃ。強情っ張りどもめ、首を洗って待っておれ」 「待っていろーっ!」  今回は続けたのは七乃。その明るく、笑いさえ含んだ声は、兵達の声と同じくらい呉の将兵のかんに障った。 「わははははー」  しゅごーっ。  ものすごい音で蒸気を噴き上げながら、兵器が向きを変える。  目指すは次の呉の砦。明命は知らぬ事ながら、美羽たちは今日だけであと六つは点在する呉と蜀の拠点を回る予定であった。 「これが……定期的に来るのですか」  振り向き、騒ぎが終わったところで近づいてきた男性に問いかける。砦の責任者である将校は渋い顔で頷いた。もはやなにも言う気力がないらしい。 「勘弁して下さい……」  頭を抱え、ここにはいない雪蓮と一刀に愚痴りたくなってきた明命であった。  3.刀  その雪蓮は、各地から寄せられる苦情の書簡を流し読んではぽいぽいと火の中にくべている最中であった。まだ暖を取る季節ではないが、書簡の処理のためにわざわざつけたのか、その執務室には火が入れられていた。 「いやあ、やっぱり嫌がらせには袁術ちゃんね」  それを咎めるでもなく見つめているのは、雪蓮のそれと対になるようにも見える黒い仮面を被った女性――雪蓮の永遠の盟友、冥琳だ。 「……ひどい評価だ」 「えー、だって、挑発って意味ではかなり効果を上げてると思うけどー?」 「私は効能を否定してはいないぞ。それに、実に適切な評価だ。ただ、ひどいというのもそれと並立するというだけのことよ」  ぶーたれる雪蓮に、意地悪な笑みを見せる冥琳。 「もー」  雪蓮も笑い、さらに書簡を火にくべる速度が上がる。 「ところで雪蓮」 「なあに?」 「その腰のもの、少々見覚えがあるのだが……どこから持ってきた」  冥琳の指さす先には、大きな刀がある。形だけなら、思春の使う大刀鈴音によく似ている。いや、その姿はさらに荒々しい。蛮刀と言われるようなものであった。 「ああ、これ。母様の。国を出る時、ちょっとね」  名を古錠刀。若き日の孫堅が佩いていたという刀だ。それを聞いて冥琳が困ったように仮面を押さえてうつむく。 「やっぱりか……。いいか、お前、それは呉の財産だぞ」 「えー、でも、これ使ってた時って、まだ母様旗揚げしてなかったし。蓮華には南海覇王があるんだからいいじゃない」  すらり、と抜き放って見せる雪蓮。抜いてみれば、荒々しい印象はまがまがしさに変じる。鋭く研がれた刃先はわずかに波打ち、鍔元にはのこぎり状の刃すら刻まれている。 「それに、これを見て意気阻喪する呉の兵なんてもういないわよ。覚えてるのは、そうね、祭を別にしたら徳謀くらいでしょ」  徳謀とは、孫家に長く仕える宿将程普の字である。いまは交州の押さえとして派遣されているため、中央とは長く離れている人物であった。 「そういう問題では……」 「だいたい、これは、王者の剣じゃないしね」  波打つ刀身で切り裂けば、真っ直ぐに斬った時よりさらに筋肉や血管を痛めつける。人を殺傷することを突き詰めた、それ以外に使いようのない刀。のこぎり状の部分に至っては、首を切り落とすためのものだ。  それは一人の武将という立場を離れ、一勢力を率いる英傑とならんとしていた頃の孫堅には、もはや不要のものだったのだろう。だから、宝物庫の奥に封じ込めた。  蓮華や小蓮は、この刀の名前は知っていても、その姿は知らない。知る必要がない。 「でも、ちょっと柄が短いのよね。両手で持てるよう、革巻きで伸ばそうかしら?」  軽く振ってみてから言う雪蓮の顔を見て、冥琳は用意していた小言を全て呑み込んだ。その表情自体は軽いものながら、冥琳はその奥にある意志の強さをよく知っていた。  けして、それが曲がらないことも。 「……まあ、いまはいい。後で話そう」 「はいはい」  まるで意に介していないような返事に、小さくため息を吐きつつも柔らかな苦笑を浮かべ、彼女は雪蓮が燃やそうとしていた竹簡のうちいくつかを取り上げた。 「あの二人の活躍で、呉、蜀ともに現場では苛立ちが募っている。上にももちろん報告が上がっていることだろう」 「そ。でも、民への影響は?」 「そのあたりは、張三姉妹のがんばりに期待したいな」  数え役萬☆姉妹は北伐の期間中、各地を巡って慰撫公演を行っているが、荊州ではさらにその公演日程を増やし、襄陽、江陵、白帝城、夏口をぐるりと回る予定となっていた。  緊迫する情勢は、市井の者にも雰囲気として伝わる。それを鎮めるためにも彼女たちの活動は重要であった。  雪蓮は一つ頷いて、残っていた書簡を全て火に投げ入れて、冥琳に向き直った。 「で、各軍の様子は?」 「動員はかけているものの、明確な動きはない。まだまだだな。蜀の密偵は多く入ってきているがな」 「ふぅん。明命の部下は?」  蜀だけを強調した言にひっかかったか、雪蓮が問いかける。冥琳はこれには苦り切った口調で答えた。 「入っているだろうな。だが、数人しか見つかっておらん。こればかりはさすがと言うしかない」 「諜報では呉がぬきんでてる、か。まあ、自領の豪族達を見張らなきゃいけないし、仕方ないんだけどね」 「それはどうかな。たしかに言う通り、自領での活動が精鋭を鍛え上げることになっているとは思うが、過大評価はよくない。我々は魏の三軍師直属の密偵たちを使えるわけではないからな」  魏の最精鋭がどれほどか、彼女たちすら知らないのだ、という意味を言外に匂わせる冥琳。雪蓮はこくりと頷いた。 「それもそうか。でも、いずれにせよ、軍は動いていないのね。準備はどの程度かしら?」 「先ほども言った通り、動員はかけているようだ。それと」  彼女は懐から、紙の包みを取り出し、それを開く。そこには木の削りかすのようなものがいくつも入っていた。 「漢水を木くずが流れてきている。おそらく、漢中で造船を行っているのだろう。急造とはいえ、兵を運ぶだけなら十分だからな」  雪蓮は丸まった削りかすを手にとって、びよんびよんと伸ばしたり縮めたりしてみる。 「蜀の造船技術ってどの程度だっけ。うちらがいたからだいぶ進んだ?」 「そうだな、呉と比べるのは厳しいが、それほどひどくはない。赤壁の時点でもたどり着くのは問題なかったわけだからな」 「そっか、じゃあ、期日には間に合うよう兵を送れるってわけか」  冥琳は頷いて木くずを全て火に投じる。二人はしばらく、火の中で舞うように燃え上がる木くずを眺めていた。 「しかし……もし、動かなかった場合どうする?」 「動かない?」  はっ、と彼女は大きな笑い声を上げる。冥琳、冥琳、冥琳、と雪蓮は友の名を立て続けに呼んだ。 「ありえないわよ。領土をかすめ取られそうになるのに動かないなんてね」  そして、ふるふると首を振り、彼女は言い切るのだった。 「そんな者を、王とは呼ばないのよ」  4.鎮護 「私が出てはだめだとはどういうことです!」  だん、と目の前に位置する卓を思わず叩いてしまってから、彼女は慌てたように謝った。その頭の動きにつれて、長くつややかな髪が揺れる。美髪公関雲長の謝罪をぱたぱたと手を振って許し、彼女の主、桃香は話を続ける。 「愛紗ちゃん。あのね、まず、私は赴かないとだめでしょ、こういう時。まだ戦になるかどうかもわからないんだし」  桃香は常と変わらず柔らかな表情と口調で愛紗に語りかける。愛紗は反論しようとするものの、この表情には弱い。 「いや、しかしですね……」 「呉が出陣してきたら、まず間違いなく蓮華さんが出てくるよ。だって、一刀さんの名代として、雪蓮さんがいるんだもん。違うかな?」 「む……それはそうですな。呉としては蓮華殿が出てこざるを得ないでしょう」  愛紗としても桃香の言うことは尤もだとわかる。逆に言えば、蓮華や桃香を引きずり出すための雪蓮という配役なのだろう。考えたのが北郷一刀かその周辺かはわからないが、巧妙な配置だ、と朱里も襄陽に向かう前に言っていたほどだ。 「でしょ? だったら、実際の交渉の内容はともかく、私が立ち会ってないといけないと思うの」 「うーん。たしかに……」 「でね、そうすると、残れるのは鈴々ちゃんか愛紗ちゃんってことになるわけだけど……」  二人の視線は窓の外に向く。少し距離はあるが、話題の鈴々が将校達を引き連れて訓練をしているのが見えた。さすがに荊州で緊迫した雰囲気が高まっている現状では、いつものようにさぼったりはしていないらしい。 「軍のことは見ての通り心配ないんだけどね」  それ以上のことは言葉にしないで、苦笑を浮かべる桃香。 「たしかに……鈴々よりは私の方がまだしも……」  愛紗としてもそう言うしかない。愛紗自身も政治向きの細かいことが大の得意とは言い難いが、それでも鈴々一人を残すという選択よりは遥かにましだろう。  足りない部分を補ってくれる文官がいるにしても、鈴々に文官の相手を強いるのは、彼女にとっても難しい。まして文官たち自身にそれをさせるのは酷に過ぎた。 「そういうわけなの。今回は、ごめんね」 「……しかたありません」  しばらく考え、桃香の選択に文句のつけようがないことをなんとか納得して、愛紗は小さく頷く。こういう時、詠や白蓮殿がいてくれれば……などと思うのは無い物ねだりというものだろう。 「しかし、くれぐれもご注意下さい。そうだ、鈴々にも重々注意してくるとしましょう」  一度決めてしまえば、疾く行動すべきだ。愛紗は立ち上がり、桃香にそう告げた。彼女の主はにっこりと笑って、そんな愛紗の行動を認めてくれているようだった。 「兵の事で、引き継ぎとかあったら、それもお願いできるかな?」 「はい。無理に戦いをしかけたりせず、あくまで桃香様と朱里たちの安全を守るよう、しっかりと言っておきます」 「うん。でも、それ以上に、荊州の人達のことをね」  その言葉に、愛紗は思わず立ちすくむ。  もちろん、民のことを考えていないわけもなかったが、どうしても主とその周辺の安全を第一に考えてしまっている自分に気づかされたのだ。 「あのね、愛紗ちゃん。私、戦はしたくないよ。でも、それ以上にみんなが困るのは嫌なの」  困ったように、桃香は笑う。その辛そうな笑みは、苦しみを知る者のそれだと、愛紗は重々承知しているはずだった。  それを晴らすため、本当の意味での笑みとするために、こうして劉玄徳という人を主としているのではなかったか。  愛紗は己の芯となっている信念を改めてそう問い直した。 「だから、兵を連れて行くのは、荊州のみんなを守るためだよ。それ以外に使っちゃだめなんだよ」  そうして、柔らかで優しい笑みを、桃香は浮かべる。 「そこをしっかりと、ね」  やはり、この人でなくてはならぬ。  愛紗はその時、つくづくそう思った。 「はいっ」  そんな主を戴いている誇りと喜びと共に、愛紗は駆け出すのだった。 「それにしても……」  愛紗が勢い込んで出て行き、一人残された部屋の中で、桃香は腕を組んで首を傾げながら呟いた。 「一刀さんからの手紙……。なんで、愛紗ちゃんにこだわってたんだろう?」  桃香は机の隠し戸を開け、そこに入れておいた書簡を取り出して読み直した。 『荊州でなんらかの動きがあるかもしれないが、いくつかの条件が揃ったら、出来ることなら関将軍を出撃させないでほしい』  その書簡を要約するとそういう内容だった。これは政治的な立場とは関係ない友人としての忠告だ、とも書かれていた。  たしかに書かれている通り、徐晃、鳳徳といった武将が荊州に入っているし、呉側の主な交渉人は亞莎であることは確実だ。一刀の言う条件の半分ほどは揃った。  今回の件自体は、そもそも一刀が荊州牧としての権限で動かしていることだし、書かれている条件が揃うこと自体にそれほどの不思議はない。しかし、それをこちらに知らせ、愛紗の出撃を阻む理由はなんだろう。  さすがに友人の忠告だとまで言って、こちらを騙すような男だとは思えないし、思いたくもない。  だとすればどういうことだろうか。 「一刀さんはなにかを知っていて、その上でそれを明かせないのか」  書簡を丁寧にまき直し、再び秘密の引き出しにしまい込んで、桃香は真名の通りの色をした髪を振りつつ考える。 「あるいは一刀さん自身も確信がないのか、どっちか、ってところかなあ」  自分の頭ではこれくらいしか思いつかないな、と桃香は諦める。荊州についたら朱里にそれとなく相談してみてもいいが、どうたとえ話にしても悟られてしまいそうでためらわれる。 「……うーん。まあ、これがなくとも愛紗ちゃんしか留守を任せられないし、連れてくわけにはいかないよね」  星や紫苑がいれば話は別なのだが、無い袖は振れない。実際に愛紗は成都にいてもらう方が良いのは間違いないし、これはこれでいいとしよう、と桃香は決めた。 「よし、じゃあ、私も準備しよう。なんとかして、雪蓮さんと蓮華さんを説得しなきゃ」  そして、今度、一刀に会ったら手紙のことを直に訊いてみよう、とも心に決める桃香であった。  5.出陣 「袁術とは」  明命からの報告を受け、呉王孫仲謀は天を仰いで慨嘆した。 「姉様はなにを考えているのやら」  喉をさらして上を向いたままの主を前に、部屋にいる残りの二人、思春と穏は無言で目配せを交わす。そして、ついに思春のほうが口を開いた。 「……我らに読めないという意味では、ある意味いつも通りとも言えますが」  はっ。  思春の半ば皮肉とも言える感想に、蓮華は肺に溜まった空気を全て絞り出すような声で笑い、体を戻す。 「たしかにな。言い得て妙だ」 「しかしですねー、悔しいですが、さすがは冥琳様ですよー。地味に効いてきてます。特に呉の民や兵士にとって、あの袁術さんが挑発してくるとなればー」  穏は、『あの袁術』と強調して言う。その意味は二人も重々承知していた。 「あれも少しはましになったと思っていたのだがな……」  思春は思わずこぼすが、穏はそれに笑って答える。 「いえいえー。本人がどうでも、周りがどう思うかですからねー。いまの実態を知っているのって洛陽の人間だけじゃないですかー?」 「それもそうだな。姉様や冥琳は、あやつのかつての負の印象を最大限利用しているというわけだろう」  気を取り直したのか、蓮華は冷静な声で穏の言葉に続けて、自身の分析を口にする。彼女は自分の前に置かれた茶を手に取ると、口をつける前に穏に訊ねた。 「さて、我らが兵士たちが暴発するまであとどれほどだ?」 「こちらの動き次第でしょうねー。軍を動かす格好だけでも示せば、暴発はないでしょう」  頷いて茶を口に含む。それを喉に落としてから、彼女は思春に向き直った。 「水軍の用意は?」 「夏口、江夏、柴桑に分散させてあります。もちろん、いつでも夏口に集合できます」 「そうか」  蓮華は茶杯を置き、とんとんと指で何度か卓を弾いた後で、語り始めた。 「一刀は精一杯呉のためを考えて言ってくれたのだろうし、あるいはいまの姉様の行動もそうなのかもしれん」  とん。  彼女の指がもう一度卓を弾く。 「だが、やはり立場というものが違う」  その言葉に、思春も穏も揃って頷く。 「納得する部分もあるし、賛同する部分もある」  形式論で言えば、全ての領地は漢のものであり、それを州牧が直接統治すると言われれば、本来は抗えるはずもない。しかし、そんな形だけで物事は動かないのだ。  呉と蜀がもめているから、そのもめ事の原因を呉からも蜀からも取り上げよう、というのは明快ではあるが、理想論どころか暴論というものだ。 「それでも、譲れないものもあるのだ」  彼女はそう言い切った。  一人の女性としてではなく、王として、この地を愛する孫呉の一員として、譲ってはいけない部分があった。 「魏が肥大化し、一人勝ちになりつつある。そのこと自体は、呉としては気にならん。蜀にしてみれば別かもしれんが、呉には呉の立場というものがある。我らは、この江東と江南の地さえあればいい」  彼女はそこで言葉を切り、きっと強い視線を筆頭軍師に向けた。 「では、その地を守るために必要なものとはなんだ、穏」 「力、ですかね。経済力と軍事力。やっぱりこの二つだと思います」  その答えに、彼女は満足したように頷く。しかし、それでも言葉は続いた。 「ああ、正しいな、その通りだ。しかしな、穏。残念だが、それでは民にも兵にも伝わらない」  だから、彼女は続ける。この土地に生きる者の言葉を語るために。父祖から引き継いだ孫呉という存在を示すために。 「我が孫呉が必要とするもの、それは、汗と血だ」  両手が前に突き出される。その握られた拳が、ぐっと上に持ち上がる。 「汗を垂らして米を作り、熱い血をもってこの地を守る。それが、孫家だ。それが呉だ。  我らは魏の良き隣人であり、良き商売相手であり、そして、侵してはならない相手……手強い存在でなくてはならない。  江水を渡るのは得策ではないと、益よりも害のほうが大きいと思わせる必要がある」  たとえ、強大な戦力で攻め寄せてきたとしても、それをあくまでも阻む力があると、孫呉なくばいつまでも江東は治まらないと知らせる必要があった。 「どれだけ魏が巨大化しようと、どれほど領土を得ようと、江東に攻めるよりは、良いつきあいをするほうがいいと思わせる必要がある」  今回、魏は直接に攻めてきたわけではない。朝廷の権力を後ろ盾に、荊州の土地を取り上げると言ったまでだ。  そこで交渉の余地を残してくれたならば、呉としても解決の糸口を探る努力を放棄したりはしなかったろう。  しかし、打ち切ったのはあちらだ。  袁術という存在を出し、呉を挑発する。そのことの意味を一番理解しているはずの二人があえてそうしたということは、もはや言葉で語る時は終わったと宣言しているに等しい。  ならば、どうするか。  領土を捨てるか。  否、それはできない。  それをすれば、孫呉与しやすしと思わせるのみだ。  だから――。 「だから、此度のことは容認してはならない。違うか、穏、思春」  否定の動きはなかった。二人の重臣は王の言葉に全面的に賛成し、その首を垂れていた。  そして、彼女は一人決断を下す。 「兵は……出さざるを得ん」  その言葉は重く、苦渋に満ちていた。だが、その後の言葉に一切の迷いはない。彼女は矢継ぎ早に指令を下した。 「思春、夏口に急げ。私は柴桑、江夏の軍を率いて後から行く。穏、建業は任せたぞ」 「はっ」 「了解いたしましたー」  そして、呉王が出陣する。  6.目覚め  雛里がまず感じたのは、自分の体を押さえつける圧迫感だった。まだ半ば夢の中にある感覚のままもぞもぞと寝返りを打とうにも、腕はもちろん体幹も動きそうにない。  目を開けてみれば、空が見えた。  そして、それがわずかに揺れていることも認識される。 「……あれ?」  周囲ではがたごとと音もしている。昨晩はたしか、沙和の陣にたどり着いて……。そこまで思い出したところで、自分が拘束されているらしきことに気づいた。 「え?」  柔らかい毛布のようなもので、体中がくるまれている。まるで赤ん坊のおくるみのようだ。そして、それが縄でどこかに縛りつけられていた。  そこまで確認したところで、彼女の視界の中に、一人の人物の顔が入ってくる。 「お。ようやく起きたか雛里」  その赤毛の女性の顔には見覚えがある。ずいぶん昔からの――それこそ彼女が戦乱の世を憂い義勇軍に参加した頃からの――つきあいになる公孫伯珪その人だ。 「ぱ、白蓮さん? これは?」 「ちょっと待っててくれな。おい、お前達、止まれ。そうだな、ちょうどいい。少し早いが昼食にしよう」 「了解いたしました」  優しい声で雛里に語りかけた後で白蓮が部下に指示すると、周囲で動きと声がいくつも起こり、彼女自身も大きな揺れとともに体が停止するのを感じた。それで彼女はなにかの荷台に乗せられて運ばれていたのだと気づいた。 「縛りつけてすまない。しかし、そうしないと落ちてしまうからなぁ」  言いながら馬を下りて彼女の横に立った白蓮が手際よく拘束を解いていく。自由になった雛里は渡された沓を履き、傍らにあった愛用の帽子をかぶって、彼女に促されるままに荷台から降りた。 「あ、あの……」 「うん、ちゃんと説明するから、まずは、あそこにいこうか」  指さす先には、胡床がいくつかと折りたたみ式の卓が広げられていた。その周囲では兵達が調理を始めている。  二人が胡床に座り向かいあう。白蓮は明るい笑顔を浮かべて雛里に語りかけた。 「よかったよ。昏睡とかじゃなくて」  何を言われているのかよくわからない雛里としては首をひねる他ない。白蓮は一つ頷くと、秘密を打ち明けるように体を近づけてきた。 「雛里は一日半近く寝てたんだよ」 「ええっ」  さすがにその言葉には驚かされる。雛里はなぜか首を振ってあたりを見回し、周囲の様子を窺い始める。と言っても周囲には兵達しかいないのだが。それでも、彼女には見慣れた蜀の鎧を着た兵士たちが、白馬義従に混じって近くにいるのを見てほっとする。 「一日半って……あわわ。ど、どういうことでしょうか……!」  その慌てように白蓮は苦笑いを浮かべて、手を雛里の肩に置いた。 「まあ、最初から説明するから」 「はい、お、お願いしましゅ」  噛んでしまった。雛里は赤くなりながら白蓮の説明を待つ。 「ええと。まず、一昨日のことだ。雛里達が沙和の陣に着いたって連絡が来てな」 「一昨日……!?」 「そう一昨日。昨日じゃなくて」 「はあ……」  一日半寝ていたという言葉を信じるならば、その通りなのだろう。雛里はようやくのように自分の身に起きたことを実感してきた。言われてみれば、普通の目覚めとは思えないくらい、体がだるい。 「それで、私が迎えに出たんだ。星と焔耶の二人はもっと先にいたし」  おそらく、連絡を受けた本陣が気を遣って白蓮を出したのだろう。蜀の将はたしかに左軍にもいるが、兵は歩兵ばかりだ。白馬義従のような機動力のある兵のほうがいいと考えたに違いない。その上、白蓮は雛里とも長いつきあいで、以前は蜀に属していたわけだし。 「で、右軍の陣に行ってみたけど、雛里は何度起こしてもまるで起きない。いや、起きたことはあるんだが、ほとんど寝ぼけていて会話が通じなかった」 「ご、ご迷惑を……」 「いやいや。でも、一刀殿に会うために急いでたって聞いたからさ。寝床ごと荷台に載せて移動してきたってわけだ」  万が一、寝てるのが疲れだけじゃなくて病気だったりしても、本陣で治療を受ける方がいいと思ったしな、と彼女は続ける。  そうして、雛里は自分が長時間眠りこけてしまっていたという事実と、それによって引き起こされる事に思い至り、顔を青ざめさせた。 「それで……その、北郷さんは……」 「ああ、一刀殿ならもう武威に入っているはずだ。私たちもそこに合流するよう言われてる」 「武威……」  武威は涼州の中心都市の一つだ。かつて、漢の武帝が西方への進出を図った際に、武帝の威、ここに至れりという意味も込めて武威という都城を作り上げた。位置的には南北に長大な涼州の入り口と言っていいが、漢土の常識から言うと北の果てに近い場所でもある。  距離にして、金城から約六百里。  その距離と、北郷一刀の言質を取るまでの時間を計算し、雛里はようやく息を吐く。難しいが、不可能ではないはずだ、と彼女は思った。  一日無駄にしてしまったが、それを取り戻すことは可能だ。伝令を自分より先行させることで、襄陽にいる朱里への連絡を速めることもできる。 「それで、雛里。体のほうはどうだ?」 「えと……。寝過ぎたせいか、少し、関節が痛いですけど……うん。はい、ちゃんと動けます」  白蓮の言葉に、確認するように小さな体を動かす雛里。少々むくんでいる感はあったが、それも動けばなんとかなりそうだった。 「そうか、じゃあ、馬に乗れるか? ああ、それとも、持ってきた雛里の戦車を使うほうがいいか? 荷車に速度を合わせてたからちょっと遅めだったんだが、急ぐって言うしな」 「そうですね……。戦車に乗りますので、お願いします」  その申し出に少し考えて、後者を選択する。馬に乗れないというわけではないが、ここまで来るのでかなり慣れたので戦車の方が楽だろう。 「それで……いつ頃、武威につくでしょう?」 「そうだな……今日の夕方には」 「夕方……。わかりました」  言って立ち上がろうとする雛里を、白蓮が笑いながら止める。そこに兵が調理を終えたのか、湯気の立つ深皿が持ってこられる。雛里は止める白蓮の手もさることながら、その皿から漂う、あたたかでいかにもおいしそうな肉と米の香りに注意を惹かれた。どうやら、細切りの肉と共に煮られた粥のようだ。 「おいおい。そう慌てるなよ。兵達にも馬たちにも水や食事が必要だし……なにより」  くー。  かわいらしい音が鳴る。  それが自分のお腹の鳴らす音だと気づいた蜀の大軍師は顔を真っ赤にして両手をお腹にあてた。 「雛里もちゃんと食べないとな」 「あう……はい」  からかうでもなく、あくまでも優しくそう勧められ、雛里は帽子のつばを引っ張って赤くなった顔を隠すしかないのであった。  7.対峙  漢水を挟んで存在する襄陽、樊城の両都市は、荊州にとって、そして、漢土全体にとっても重要きわまりない拠点である。しかしながら、三国鼎立の後、樊城は魏が継続して支配していたものの、襄陽には政治的空白が生じていた。  荊州の治所であるという、まさにその理由で、この地を実質支配する呉、蜀の両国どちらもが手出しを控えた結果であった。  故に政治的にも商業的にも非常に重要なこの都市は、強力な支配を受けることなく、樊城に駐留する魏軍が間接支配するに留まることとなる。  その任をここしばらく受け持っていたのが魏の将、鳳徳。  彼女は西涼の出身で、かつて馬騰配下であったが、西涼勢の蜀行きには参加せずに、魏に降って魏将として戦乱を生き抜いた。そうして戦後も樊城駐屯軍のうち半数を支配下に置き、襄陽とその周辺の治安を維持し続けてきたのだ。  だが、その事情が一変する。  北伐の本格始動とほぼ時を同じくして北郷一刀が荊州牧に任じられ、その名代を名乗る白い仮面の女性が襄陽の守将として派遣されてきたのだ。しかも鳳徳はその顔もわからぬ女の下に配されることになる始末。  配下の兵は増えた。なんと、一万に満たぬ数から、一気に三万だ。主将であるはずの仮面の女が五千しか率いないこともよくわからなかったが、それ以上に彼女は納得いかないことがあった。  州牧となった北郷一刀は、まあいい。魏軍で彼の名を知らない者はいないし、曹孟コとの関係を考えれば力を貸すのもやぶさかではない。何度か話したこともあるが、悪い人物ではないと感じた。  だが、孫とか名乗るあの女は一体誰だ。いきなり現れた素性すら明らかでない人物を上官と仰ぐなど、どうやっても承知出来ない。  顔を明かせないのは怪我を隠しているからだとか、実は名のある将だとか噂ばかりが姦しいが、実際はただ疚しいからに違いない、と彼女は考えていた。武人が怪我を恥じてどうするというのだ。まして、有名なら顔を隠さずその名すら使って戦えばいいのだ。  さらに神経を逆なですることに、いつの間にか黒い仮面を被った女まで側近として現れた。ついでに袁術と張勲などという過去の遺物まで参陣してきた。  怪しいことこの上ない、と彼女ならずとも思う展開であった。  しかし、鳳徳が抜けた樊城には荀攸、徐晃が入ってしまい、戻るわけにもいかない。その樊城の太守荀攸に白面の女性の事を訊ねてみても、ともかく従えの一点張りだ。この様子だと洛陽に申し述べても同じ結果になるだろう。  仕方なく、彼女は不満を抱えつつも兵達の訓練に明け暮れることとなる。  しかし、そんな状況では兵達も落ち着かず、士気も上がらない。  そのことに気づいたのか、白面の女性は副将である鳳徳との模擬戦を申し出た。訓練の総仕上げとして一万五千を率い、自分が率いる五千を倒して見せろというのだ。  三倍の数を提示されたことにも、実績もなにもない将にそんな申し出を受けたこと自体にも、嘲弄を感じずにはいられなかった。そして、彼女はそれを承知で演習の一環として模擬戦を行う事を諒承した。  ただし、率いる兵はこちらが一万とした上で。  同数にまで落とさなかったのは万全を期したのと、なによりこちらを軽く見たことを後悔させてやるためだった。  そうして、彼女はいま漢水沿いに布陣している。  相手の軍――彼女は心の中で白面軍と呼んでいた――は襄陽の堀近くに陣を布いている。白面軍が襄陽の駐屯軍、鳳徳軍がそこに攻め寄せてきたという想定なので、守備側は城壁内に位置していてもいいのだが、演習で城壁を傷めたりしたくないのと、野戦で十分対応できると軍師格らしき黒い仮面の女性が言い切ったための結果であった。  まったく、なめられたものだ、と鳳徳は思わざるを得ない。  これでも白馬将軍とあだ名されるくらいの実力はあるのだがな、と彼女は独りごちる。そのあだ名も、白馬長史こと公孫賛が北郷一刀の下に身を寄せたことで使われることもなくなってしまったが。  とはいえ、実際、白面軍は壮語するだけの用兵はして見せていた。三日の演習期間のうち、初日と二日目、鳳徳側は優勢に攻め続けながらも、けして決定的な機会を捉え切れなかったのだから。  それというのも包囲して敵兵をすりつぶそうとする度にするりと逃げられるからであった。あの退き際の見極めとその整然とした様子は見習わねばならないな、と彼女は感心していた。  だが、感心してばかりもいられない。仕方なく最終日の今日、鳳徳軍本陣は、より敵陣に近い川の縁に陣を移した。まさに背水の陣と言える。  だが、この本陣の六千がじわじわと圧力をかけている間に残りの四千が広がることで、包囲が完成するはずなのだ。包囲しきれば、あとはこちらの数の多さが決着をつけてくれる。鳳徳は遠くない勝利を確信していた。  実際、敵の動きは鈍い。いや、脆いと言ってもいい。これまでのようにすり抜けることを阻止すべく水際を封じたのだから当たり前なのだが、それでも彼女と部下達はすこぶる機嫌が良かった。  その音を聞くまでは。  それは、多くの櫂が一度に水面を打つ音。  それだけならば、いい。ここは漢水の畔。多数の船が行き交う場所だ。だが、あまりに近すぎた。あまりに大きすぎた。  そして、一隻につき五百人も乗せられようという三隻の巨大船が上流から怒濤の勢いで下ってくるのは、しかも、その舳先が下流ではなく、本陣を真っ直ぐ目指しているのは異常事態と言う他なかった。 「何事だっ」  叫んだのは誰だったか。あるいは、鳳徳自身であったかもしれない。  だが、巨船に翻る旗を見れば事態は明白だ。旗印は孫。遠目には孫呉の牙門旗と見まがうような意匠のその旗を見れば、誰がやってきたかはすぐにわかる。  嫌な音が周囲を満たした。  何本もの櫂が折れる音、木の船底を大地が削る音。  耳を聾する破壊音をまき散らしながら、船は勢いのままに岸に乗り上げていた。がりがりとその船体を傷つけながら迫り来る威容に、本陣の兵達が逃げ惑う。  怒号と、驚倒の声と、恐怖に戦く悲鳴とが入り交じり、指揮系統は明らかに乱れた。  そして、速度が殺され始めたところで、船から次々に飛び降りてくる兵士達。 「突撃!」  その先頭には、大刀の柄を伸ばし、刀身と合わせて身長ほどの長さとした長巻を掲げる白い鬼面の姿があった。  彼女がそれを振るう度に、兵の体が地に倒れ、本陣への道が開けていく。刀の背で打っているから死ぬことはないだろうが、打ち倒された兵達はいずれも骨の一本や二本折れていることだろう。  だが、その見事な戦いぶりが無くとも、本陣はすでに崩れ、その崩壊を止めるべく諸将が動くには遅すぎた。 「ま、よくある手よねー。ちょっと船がもったいないけど」  真っ直ぐに切り込んできた白い鬼が、無骨な刃をのど元に突きつけてきても、鳳徳は未だに驚愕から抜け出せていなかった。それこそが敗因だ、と彼女の中の冷静な部分が指摘する。  奇襲一つに、船に重大な傷を負わせるのはたしかに贅沢な話だが、しかし、効果的なのは否定しようがなかった。なにより大事なのは、船による奇襲を可能とするこの場所に陣を築くよう鳳徳の軍が誘導されたという事実だ。 「うん。これも勉強ってことで。少し本陣の兵の調練が足りていないわよ」  いっそ優しいと言えるほど冷静な声で指摘され、ああ、侮られるのも当然であった、と思うしかない鳳徳。 「さて、あなたの入る棺は用意してあるかしら?」  微笑みながらそう言われて、彼女はがっくりと肩を落とした。  この後、鳳徳は前線に出る時には常に己の棺を携行し、不退転の決意を示したというが、これはまた別の話である。  いずれにせよ、この鮮やかな結末によって新参の将への見方は変わり、襄陽の城内の結束が強まったことはたしかであった。  船や陣の始末を負けた鳳徳軍に押しつけて、悠々と引き上げてくる白面の将軍を出迎え、黒い仮面の女性は鋭い語調で語りかけた。 「一人で突出するのが好きなのは変わらんな。しかし、そろそろお遊びは終わりだぞ、雪蓮」  馬を並べ、兵達とは少し離れた場所を進みながら二人は会話を交わす。 「へぇ。動いた?」  仮面の奥の瞳をきらきらと輝かせ、雪蓮は訊ねる。驚きはなく、ただ、ようやく来たか、とでも言いたげな表情だけがある。 「ああ、漢中に兵五万、江夏に七万。蓮華様はかなり気合いを入れてきたな」  冥琳はそう評価したが、しかし、雪蓮は口をへの字に曲げた。 「それでも倍かー。あの娘もまだまだかしら?」 「十万を超えれば魏の介入があると見たのだろうさ。流れに乗ってやってくる蜀軍に加えて、呉の水軍七万はなかなかの脅威だ」  水上では太刀打ちできまいよ、と彼女は続ける。雪蓮も今度は彼女の言葉に素直に頷いた。 「まあ、思春も来るだろうしね。なんにせよ……」  その顔が傾き、視線が背後を向く。その先にあるのは漢水、そして、遥かな北の地。 「ここまでは、一刀も私も、それに冥琳、あなたも同じ読みよね?」 「ああ、そうだな。そうなるように全てを図ったからな」  冥琳は肩をすくめて答え、その動きにつられて豊かな胸が大きく揺れた。 「だが、ここからはわからんな。流れを導くために関を作っては見たが、方向を変えられた川が狂濤となって全てを台無しにしてしまうことはよくあることだ」 「そう、流れに乗った者にも意思はある。そして、流れの中にいる者にすら止められない場合も……いいえ、流れの中にあるからこそ、かしらね」  白面の女性の露わになった口元が強く真剣な意思を込めて引き締まった。 「そこまで、一刀は読み切れたと思う? 冥琳」 「さて」  馬に揺られつつ、闇色の面はいずこを見ているか、その視線も定かではない。だが、彼女ははっきりとした声で盟友の問いに答えるのだった。 「しかし、その読みが外れていれば、漢水と荊州の大地は血に塗れような」      (玄朝秘史 第三部第七回 終/第八回に続く) ※注 歴史上のホウ徳の姓は『まだれ(广)に龍』という字であるが、同じくホウ姓の雛里にならってこの物語では鳳とした。 北郷朝五十皇家列伝 ○司馬家の項抜粋 『司馬家は、夏侯淵からはじまる。つまり本来は――姉である夏侯惇の系列となんらかの区別は必要としても――夏侯家と呼ばれるべき家系である。  なお、いわゆる『本姓』と混同しがちなことに注意すべきであろう。皇家の『本姓』は、当然ながら全て『北郷』である。ここでいう夏侯は苗字であり、さらに司馬は通称となる。  この家が司馬の名前を得た理由はいくつかあると言われる。  まず、第一に、曹魏の最後期に起こった叛乱を原因とする説。この孔融―司馬氏の乱において首謀者の一角を占めた司馬一族の富と本拠地を、夏侯淵が全て引き継いだため、曹魏の時代から夏侯惇系列との区別において、司馬夏侯と呼ばれることがあったらしいことは文献的にも裏付けられており、最有力の説である。  第二説というよりは、第一説の補強要因として、この家系の者は代々軍事の才に優れており、軍法の最高責任者である大司馬の地位を得る者がそれなりの数存在した。そのことが、司馬の名の定着を強めたと主張する学派がある。  さらに、夏侯惇は左目を失っていたため盲夏侯というあだ名があったが、これを嫌った姉のため、あえて淵は司馬を名乗り差別化を図ったのだという説もある。しかしながら、これは孝行を好んだ儒家が巻き返しを図って意図的に流したものではないか、という論説があることも併記しておくこととする。  余談となるが、北郷朝成立後は淵は名を変えたため、司馬炎と呼ばれることが……(中略)……  司馬の家は夏侯の家と同じく曹三家を支える曹家集団の中核となったが、直接的に曹家に仕えるというよりも、朝廷の内部にあり、帝国全体の隆盛をもって曹家に報いるとするやり方を好んだ。  ただし、司馬家ではなぜか皇帝位を襲うことは忌避されていたようで、十九代康帝の時代に皇太子候補に選ばれた夏侯本は、あくまでその候補となることを固辞した。結局、皇族会議側が折れて、夏侯本は候補から外され、二人の候補者のうちから選ばれた公孫演が帝(二十代定帝)となり、夏侯本は大将軍として兵権を担った。  定帝は、後々まで本に「君が帝となっていたかもしれないぞ」と言っていたという。なお、定帝は夏侯本を娶っており……(後略)』