改行による2パターンとなっています。最初は整形なしの素です。 ブラウザでご覧の方は、『ctrlキー+F』を押して出た検索窓に整形と入力して飛んでください。  「無じる真√N」拠点22 「――とゆうわけだから」  公孫賛にそう告げると、一刀は玉座の間を出た。  この日、一刀は賊軍討伐を行い、戻ってきたところだった。そして、今公孫賛へその報告をしたのだ。 「さて、速く部屋に戻るかな……」  そう言いながら、肩を回す。大分疲れが溜まっているらしく凝り固まっている感覚がある。  部屋でちょっと休んだらまた仕事が待っている。そのことを思って、気を重くしながら一刀は自室の扉を開いた。 「お帰りなさいませ、ご主人様」二つの明るい声が一刀に掛かる。 「…………ふん。おかえり」あとに続いて心のこもっていなさそうな声がした。 「あぁ、ただいま……って、あれ?」  部屋で何かしら安らぎを与えてくれる人物に一刀は心当たりがあった。だが、それは二人である。だが、今聞こえた声は三人分。おかしいと思い、一刀は室内を見渡す。 「あれ? 斗詩」 「はい。お帰りなさい。ご主人様」  そこには、袁紹と共にいるはずの顔良がいた。それも、他の二人――董卓、真名を月という、と、賈駆、真名を詠という――と同じようにひらひらとした服を着ていた。 「メイド?」一刀は思わず斗詩を指さす。 「はい、めいどさんです」  そう言って、斗詩はにこりと微笑みくるりとその場で一周した。ふわりと舞うスカート、ふわふわの前掛け。柔らかな雰囲気。それでいて明るい笑顔。どれをとっても一刀の描くメイド像に当てはまる。 「でも、なんで?」 「ふふ、月ちゃんたちにご主人様のために何かできないかなって聞いたら教えてくれて」 「そうなのか?」董卓の方を見る。 「はい、いけませんでしたか?」一刀の視線に董卓がオドオドとした態度を見せる。 「文句あるわけ?」詠が一刀を睨む。 「いや、別にないさ。俺のためにしてくれたんだろ。ありがとな」  そう言って、一刀はいつものように二人の頭を撫でる。これも最早、恒例のことである。 「よかったです……えへへ」 「最初っから、素直に感謝しとけばいいのよ」  全く対象な反応をする二人だが、一刀のなすがままなのは一緒だった。  その光景を見ていた顔良がくすくすと可笑しそうに笑いだす。 「ん? どうした」 「いえ、なんだか微笑ましいなって」 「そうかな。はは」 「まぁ、それよりもお茶をお持ちしたのでゆっくりしてはどうですか?」  そう言って、顔良が椅子を引く。そして、一刀は促されるままそこへと座る。 「それでは、ちょうど準備もできたので」 「え? そうなのか?」 「はい、ご主人様が帰ってきたことは聞いていたので部屋にお戻りなる頃を見計らってみました」 「なるほど」  特に強調することもなく、当たり前のことのように語る顔良に一刀は内心で驚く。 (気配りの上手い娘なんだな……って、いつもいるのがあれじゃあ、それもしょうがないか)  普段、顔良と共にいる二人の事を考えると一刀は顔良が他者を気遣えることに対して妙に納得できた。 「さ、どうぞ」そう言って顔良が茶を勧める 「ん。それじゃあ……おっ、美味いな」 「よかったぁ……」  胸に手を当てて顔良がほっと安堵の息を吐いた。それを董卓が微笑まし気に見ている。 「ふふ、よかったですね。斗詩さん」 「やったじゃない」 「うん。ありがとう二人とも」  そうして互いに笑い合うメイドの三人。一刀はなんだか室内がとても暖かくなったような気がした。  と、茶を飲みながらまったりとしている一刀を顔良が物欲しそうな顔で見つめ始める。 「ど、どうかした?」 「…………いえ」  口ではそう言うが、顔良は視線を一度逸らしてもすぐに一刀へと戻している。よく見れば逸らした先には董卓と賈駆がいる。それを見て、一刀は何かがひっかかる。 「……ん? あぁ!」一刀はぽん、と手を打つ。  そして、自分の予想があっていることを信じて行動に移した。 「え? ひゃあ!?」顔良が素っ頓狂な声を上げる。 「あれ? 違ったか」  顔良の頭を撫でながらそう訊ねる一刀。先程、董卓と賈駆に感謝の意を表すように撫でたことを思い出し、顔良もそれを求めていると思って撫でたのだが、顔良の反応が少し予想と違い一刀は戸惑う。 (うわぁ……失敗か? そう言えば、前もなんか斗詩の頭を撫でて誰かに怒られたな)  以前あった出来事を思いだし、一刀は慌てて顔良に謝罪する。 「わ、悪い。嫌だったか。す、すぐに止めるから」そう言って顔良の頭から手を離そうとする。 「…………待ってください」  僅かに浮いた一刀の手を握りしめて再び自分の頭に乗せながら顔良が一刀を見る。 「嫌じゃないので、もう少し続けてくれませんか?」 「あ、あぁ……わかったよ」  頷くと、一刀は再び顔良の頭を撫でていく。さらさらとした髪の毛がとてもさわり心地良く感じる。気付けば、顔良は瞳を閉じていた。その顔はとても穏やかなものになっている。 「なんかいいですね……これ」 「そ、そうか?」 「はい。とても……」 「…………」  そこからはどちらも、いや、部屋にいる誰も何も喋らずゆっくりとした時間が流れた。  それから、暫くなで続けると顔良が瞼を開いた。 「どうもありがとうございました。これで十分です」 「ん。わかった」  そう言って一刀は彼女の頭から手を離した。内心、名残惜しいとも思ったが潔くひいた。 「随分、じっくりと撫でてたわね」頬杖を突きながら賈駆が一刀を睨む。 「うぅん……なんというか、撫で心地が良くてな」 「じゃあ、もう私はお払い箱なんですね……うぅ」しょんぼりと肩を落として俯く董卓。 「そ、そんなことないって。ほら、な?」  驚いた一刀は慌てて董卓の頭を撫でる。すると、董卓がすぐに顔を上げた。 「ふふ……実はそんなことないってわかってました」 「なんだよ……心配させないでくれ……月に嫌われたかと思ったぞ」 「大丈夫ですよ。私はご主人様のこと……だ、大好きですから」頬を染めながら董卓が答える。 「ありがとな、月。そう言って貰えるとは……俺は幸せ者だ」  一人、うんうんと頷きながら董卓をなで続ける一刀。その時、一つ突き去るような視線を一刀は感じた。そちらをちらりと視線だけで窺うと、賈駆が先程よりも強く睨んでいる。 「まぁ、あれだ……俺は斗詩も、月も……それから、もちろん、詠のことだってこれからも撫でていきたいんだ」  一刀はそう言って、今度は賈駆の頭を撫で始める。 「ちょ、ちょっと……」 「まぁまぁ、いいだろ?」  質問的な口調の言葉とは裏腹に撫でることに迷いのない一刀。それはもう堂々としたものである。  †  目の前で繰り広げられる面白い光景に顔良は頬を綻ばせる。 (本当に人気者なんだ……この人は)  賈駆の頭を撫でては董卓にせがまれ、董卓を撫でれば賈駆に睨まれ……最終的に二人を撫でている一刀。彼はとても面白い人なのだと顔良は改めて思った。  命を救われた時から変な人だとは思っていたが、少し前まで敵対していた自分たちに対して敵意などまるで持たず、まるで友人の元を訊ねるように顔良たちの元へと顔を出していた。  正直、大物なのか愚か者なのかは顔良には判断しかねる。だが、心根の優しい人だということだけはなんとなくわかった。だからこそ、顔良は彼に真名を預けた。信頼してみようと思った。 「どうも私の予想は外れてたみたいだなぁ~」ぽそっと顔良は呟く。  そう、北郷一刀という人物は顔良の斜め上をいく人間だった。もちろん良い意味でだ。  普通、敵対していた者の罰をなんとか削ろうと奔走する人間などいない……いや、いないはずだと顔良は思っていた。なのに、北郷一刀はその普通という枠組みを簡単に超えてきた。  袁紹や自分、それに文醜のために走り回り、最低限の罰にしてくれたのだ。その上、三人のことに関する責任まで背負い込んでしまった……正真正銘のお人好し、もしくは馬鹿なのだろう。  でも、顔良はそんなお人好しが嫌いではなかった。 「あの~いつまで撫でればよろしいんでしょうか?」 「もう少しお願いします。ご主人様」 「…………これくらいでへこたれるわけ、あんた?」 「ぐっ、頑張ります……」  ほら、やっぱりお人好しだ……そう思うのと同時に顔良は吹き出しそうになる。 「ん? どうした、斗詩」  そう言って訊ねる一刀の両腕はなで続けて筋でも張ったのだろう……ぷるぷると小刻みに震えている。 「くっ……あはははは」 「どうしたんだよ?」訝るように一刀が顔良を見る。 「い、いえ……やっぱりご主人様は凄いなって思って」 「よ、よく意味がわからないんだけど……」一刀が困った顔で頭を掻く。  そんな彼を見ていて顔良あることを思いついた。 「そうだ、お疲れでしょうから。肩を揉みますよ」  そう言って、顔良は一刀の背後に回り込み両肩へと手を添える。 「ホントか? 実はちょっと凝ってるみたいなんだ」 「それは、丁度よかったですね。では、参ります」  そう言うと、顔良は一刀の両肩に手を置いて揉み始める。 「おぉ……これは……素晴らしい」喜びに満ちた声を一刀が上げる。 「ん、こんな感じですか……よっ」 「あぁ、凄くいいぞ……気持ちいい」  段々、一刀の声がまろやかになっていく。気がつけば董卓と賈駆の頭を撫でていた両腕も動きが止まっている。 「んぁっ……す、すごい……なんだか、とろけそうだ」 「ご主人様に喜んで貰えて嬉しい限りですよ」 「俺は果報者だな…………本当に幸せだ…………及川……ざまあみろ」  最後の部分は一刀も呟き声になっていたため、顔良の耳には届かなかった。とはいっても、今の顔良は一刀の肩を揉むことで一杯一杯なので、気にしてる余裕などはないのだが。 「よぉし、それ、えい」 「お、ぐっ、いいね、うん」揉む度に一刀が反応する。  と、そんな風に揉んでいる顔良の後ろにいつの間にか董卓が立っている。 「斗詩さん、ずっと揉んでますけど腕疲れませんか?」 「うぅん……ちょっと疲れたかな」  確かに、絶妙な力加減を保ちながら揉み続けるのは割と負担が大きく、少し腕が疲れてきていた。 「よければ、交代しますよ」 「それじゃあ、お願いしようかな」  そう言って、顔良は一刀の肩から手を離す……ゆっくりと最後まで一刀の温もりを手に残すように。  交代すると顔良は席について茶を飲んだ。そして、小柄な身体で必死に頑張る董卓を微笑ましく見守る。 「よいしょ、よいしょ」 「月もなかなかやるなぁ……」  一刀も満足そうに目を瞑っている。  頑張っている董卓を見て顔良は……やっぱりあの娘は一刀のことが大好きなのだと思った。顔良と交代したのも、一刀ともっと触れたいという想いがあったからだろう。  もちろん、顔良のことを心配していたであろう事も彼女の瞳がしっかりと顔良を捉えていることからわかった。 「そんな良い子の月ちゃんをあそこまで夢中にさせるんだから……ご主人様――うぅん、一刀さんってすごいんだなぁ」  そんなことを顔良が呟いている間に、今度は賈駆の番になっていた。どうも、董卓に促されるようにしてやっているようだ。 「いやぁ~斗詩も、月も……中々上手だな、肩もみ。凄く気持ちよかったぞ」  賈駆が肩に触れようとしていることにも気付かず、一刀はにこにこと笑みを浮かべながらそんなことを言い放った。気のせいか、賈駆の方から何かが切れる音がした。 「ん、あれ? どうしたんだ、二人とも」 「え? い、いえ、なんでもないですよ」月の声がどもる。 「そ、そそ、そうですよ。なんでもありませんよぉ」  気付けば顔良自身も上手く喋れなくなっている。最も、原因は一刀の背後の修羅にある。  そして、修羅がそっと一刀の肩に手を置いた。 「ん? おぉ、詠もやってくれるのか――って、痛ぇぇええ!」 「あんた、ボクの事忘れてたでしょ!」 「ぎゅぁぁああー! か、勘弁してくれー!」 「こぉのぉー!」 「なんか、俺こういうコトされる度に痛い目みてるきがするぞぉぉおお!ぐぁぁああー!」  一刀の肩からメリメリとしてはいけない音がしている気がするが、それは顔良の耳が悪くなってしまったのか……それとも本当になっているのか……顔良としては自分の耳がおかしい方がましに思えてしょうがないが、現実は非常なものである。  顔良の耳は宣城であり、音はしっかりと賈駆の手元、一刀の肩からなっている。 「マズイマズイマズイ……折れるぅー!」 「粉々になってしまえー!」 「やめて、マジヤバイからー!」一刀が苦悶の表情で叫ぶ。 「まだまだー!」  賈駆が一刀を拷問に掛けているのを余所に顔良は董卓に声を掛ける。 「ねぇ、月ちゃん」 「はい、なんですか?」 「いいの? 放っておいて」 「詠ちゃんは照れてるだけですから」  そう言って、董卓は笑みをにこりと微笑むが……顔良は内心で「そっちじゃないんだけど」と答えた。もちろん、実際には聞こうとは思わない……訊いて、董卓に微笑まれたら怖いから。 「どうよ、ボクの特別な肩もみは」 「はい、最高です。ですから、やめてくれませんか?」 「遠慮するんじゃないわよ! ほらほらぁ!」  まだまだ、一刀の拷問は続きそうなので、顔良と董卓は空になった茶の容器を片付けていく。 「これは……どうするの?」 「それは、洗うので――にお願いします」 「うぉぉおお! た、たすけ――」  背後で何か聞こえるが無視。 「うん、それじゃ、こっちは――でいいのかな?」 「はい、そうですね」 「ひぃぃいい……って、あれ? なんか肩の感覚無くなってね?」  何か、怖い発言が聞こえたがまたもや無視。 「それじゃあ、ちゃっちゃと片付けよっか?」 「はい」  準備を終えると、顔良と董卓は洗い物を始める。何やら静かになっていた。すると、顔良と董卓が食器を洗う音以外は何も聞こえなくなっていた。  が、それも一瞬の事で再び叫びが木霊した。 「やっぱり気のせいだった、痛ぇぇええー!」 「そらそらそらそらー!」 「うぎゃー!」  静かなとある夜、洗い物の音と少年の悲鳴が顔良の周りを漂っていた。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――  「無じる真√N」拠点23 「う、うぅん……」  うららかな陽射しの中、一刀は目を覚ました。  そっとそよぐ風に乗って鼻腔へと運ばれてくる草の匂いが心地よい。 「いつの間にか寝てたんだな……」  寝るつもりなんて無かったのに……そう思うと一刀は苦い笑みを浮かべた。  政務がきりの良いところまで終わり街に行って何か買い物でもと思い部屋を出た。そして、そのすぐ後に財布を忘れたことに気付き部屋戻ろうと廊下を走った一刀の瞳に、難しい顔をした公孫賛と賈駆が一刀の部屋へと訊ねようとしているとろが飛び込んで来た。 二人の様子から、追加の仕事だと気づいた一刀はそのまま立ち去ったのだ……そして、自分を探しまわる賈駆から逃げるように今寝そべっている中庭の草陰に隠れた。  そして、気がつけばぐっすりと寝むっていたのだ。 「まぁ、詠がいれば問題ないよな……」  経緯を思い出し罪悪感を抱きかけた自分にそう言い聞かせる。  と、その時近くから何やらかけ声と金属同志がぶつかったときに発するような音が聞こえてくる。 「なんだ?」  不思議に思い一刀はひょこっと顔を出した。  そこには、文醜と華雄がいた。互いの得物を振り回して打ち合っている。 「せぇい!」 「なんの! ふんっ!!」  文醜の大剣を凌いだ華雄がすぐさま斧を振り返す。  それを一歩後退することで躱した文醜が前方へと飛び華雄との距離を詰める。 「もらったぁ! でぇいっ!」 「まだまだぁ!」  が、常識的に考えてもあり得ない反応速度で華雄が大地に突き刺さった斧を勢いよく振り上げる。 「げっ!?」  襲い来る斧に目を丸くすると文醜は身を屈め、そのまま縮み込んで防御の態勢に入る。  斧の先からは逃れたがその頑丈な柄が文醜の身体へと当たる。 「どぉっせぇーいっ!」  華雄は文醜と大剣の重さなどまるで気にならないかのように思い切り斧を振り抜いた。  その結果、文醜は悲鳴をあげながら吹き飛ぶ……一刀のいる草むらの方へ……。 「へ?」 「のわぁぁああー!?」  そして、そのまま二人は激突した。あまりの衝撃に一刀は一瞬意識が飛んでしまった。  身体にのこる痛みに口元を歪ませつつも一刀は目を開く。  恐らく二転三転したのだろう身体のあちこちに葉や草がついている。 「ぐ、うぅ……」 「ん――んぅっ!?」  自分の下から声が聞こえたため、視線をそちらへ巡らせると、文醜がいた。  しかも、一刀の手は彼女の胸にまるでそこにあるべきと言わんばかりに正確な位置をもって覆い被さっていた。 「いつつ……華雄のバカ力め……ん?」 「や、やぁ」  一刀は自分の身体から大量の汗が噴き出ていくのを感じた。それは恐怖というモノだろう……生物が自らの聞きに貧した際に覚える感情……それがいままさに一刀の心を襲っている。 「こ、この野郎ぉ! あたいの胸を揉むとは良い度胸――って、誰の胸が揉めるほどのモノじゃないってんだぁー!」 「言ってねぇ――ぐふっ!」  何故か言っていないことまで含めた恨みが文醜の拳に乗って一刀の頬を貫いた。  その勢いは凄いもので、上に被さるような体勢をとっていた一刀の身体を宙へと浮かせてしまった。  そして、落下した際にあちこちぶつけてボロ雑巾のようになって地に横たわる格好となった一刀はそのまま意識を失った。  † 「まったく……って何寝てるんだよ」  目の前でうつぶせになったまま身動き一つしない一刀の肩を叩く。 「…………」 「お、おい、どうしたんだよ」  何度も揺するが目を覚ます気配がない。その瞬間、文醜はかつて親友の顔良が袁紹に言った言葉を思い出した。 『もし、ご主人様の命を奪うようなことがあったら私たちの首も飛んじゃうんですから』 (も、もしかして、あたい、すごくマズイことしたんじゃ……)  嫌ない考えというものは、一度思い浮かぶと頭から離れない。現に文醜の頭の中で顔良の言葉がぐるぐると回り続けている。 「ど、どうする……駄目だ、あたいの馬鹿な頭じゃ思いつかない。と、斗詩助けてぇ~」  どうしようもなくなった文醜はここにいない者に救いを求める。もちろん都合良く現れる訳など無いとはわかっているが。  その時、草藪をガサガサと音を立てながらやってくる足音が文醜の耳をついた。 「げ、誰か来た。こ、こいつ何とかしないと……」  咄嗟に文醜は一刀の襟首を持って足音反対の草藪へと身を潜めた。それと入れ替わるように誰かが文醜たちのいたところへと出てきた。 「確かこっちの方に飛んできたと思ったのだがな……」 (か、華雄……)  それは、先程まで打ち合いによる修練相手を務めていた華雄だった。 「何やら、騒々しかったから予期せぬ事でも起きたかと思ったのだがな……」 「頼む……そのまま立ち去ってくれぇ~」文醜は瞳を閉じて必死に祈る。 「う、うぅん……」 「ひうっ!?」  ひたすらに念じ続ける文醜の太股の間、丁度股の位置にある一刀の顔が僅かに動く。文醜の躰にぞくりと寒気の様なものが走った。  そう、今二人は非常に密着した状態にあるのだ。慌てて飛び込んだ藪があまり大きくなかったため、文醜は意識のない一刀の躰を地面に仰向けに寝かせ、その上に跨った……その際、二人の向きを逆にするようにしたのだ。そして、それ故に一刀の顔は必然的に文醜の股の下にあったのだ。 「む、何か物音がしたか?」華雄が隠れている藪へと近づいてくる。 「くっ……に、にゃあ~」  股でもぞもぞと動く一刀に苦しみつつ文醜は物真似をする。 「なんだ、猫か……恋が連れてきたのか? まったく……」  ぼやきながら華雄が藪から離れる。だが、まだその場から立ち去るようには見えない。 「文醜め……どこへ行ったのだ」 (ここにいんだよ! いいから、帰れよ!)  内心で叫びながら文醜はごくりと唾を飲み込む。  華雄は、その場できょろきょろと辺りを窺うように視線をあちらこちらへと巡らせている。たまに何歩か足を進めては奥をのぞき込んでいる。 「むぐ……すぅ……すぅ」 「っ!? ん~んぁ、動くなぁ、馬鹿」  文醜が小声でそう囁くが、反応がない。どうやら、一刀の意識は未だ戻っていないようだ。ただ、無意識の時に怒る静かな呼吸が今は文醜を苦しめていた。 「おかしい……何処に行ったのだ、あやつは」  何度目かになるのぞき込みを終えると、華雄がその場で腕組みをした。そして、首を捻りながらなにやら考え込んでいる。 「いいから……どっか行けよなぁ……くそぅ」 「すぅ……ふぅ……」 「うぅ……い、息が……」  先程から、布越しに一刀の柔らかい息が文醜の太股、そして、その付け根の中心にある淫裂に触れている。その力ない息が逆に文醜の躰を刺激し続けていた。 「うぅむ……文醜が逃げるとは思えんしな」 「はぁ……はぁ……なんか躰の力が……」 「むにゃ……くぅ……うぅん」一刀の頭が僅かに動く。 「お、おい!」  どうやら、息苦しくなってきたのか一刀が顔を横へ向けた……それによって、一刀の口が文醜の太股に触れんばかりになっている。 「ぬぅ……あむ」 「くぁ――ん、んぅっ!?」  珍妙な声が出そうになり文醜は慌てて手で自分の口を押さえた。その原因はやはり股の下の一刀にある。急に文醜の太股に思い切り勢いよく口付けしたのだ。 「はぁ……お、起きてるんじゃ、はぁ……ないだろうな……んくっ」 「ぺろ……ちろ」一刀が口付けしたまま舌を肌に這わせる。 「うっ」文醜は必死に唇を噛みしめて我慢する。 「ぺろ……ちゅ……ちゅぅぅうう!」 「おまっ!? ん、うぅ~!」  腿の肉を持って行かれるのではと思う程の吸引力で一刀が文醜の太股に吸い付いてくる。 「まったく……文醜め。どこで時間を潰そうとしておるのだ」 (いいから、この場から消えてくれ!) 「ちゅっちゅっ……あむあむ」 「ひんっ」 (あ、甘噛みするなよ! というか、お前は何の夢を見てんだぁぁああ!)  文醜のきめの細かい肌に一刀の歯が食い込む。それでも、突き刺すようなものではなく、あくまで上下の歯で挟み込むような形であり、とても優しい。その絶妙な加減が文醜には一層もどかしく、また、それによって躰が火照っているのを感じた。 「まぁ、いい……ここにはいないようだし、別の所でも探すか」  そう言うと、華雄は踵を返して去っていった。 「はぁ、はぁ……よ、よし、もういいな」  華雄の姿が完全に見なくなったのを確認して文醜は立ち上がろうとする。が、立ち上がれない。 「な、なんだ? って、おい!」 「……すぅ……ぐぅ……」  躰に視線を巡らせると、一刀が文醜の腰をガッシリと抱き留めていた。 「おい、はな、離せよ!」 「んん……ふんっ!」  何故か文醜が話そうとするのに抗うように一刀が自分に引き寄せようとする。 「ちょっとまて、そんなに引っ張るな……ひいっ!?」  不思議と力が抜け始めていた文醜の躰は一刀の力に負けて腰を落とす。さらに、離れようと腕をつっぱることで上半身を反らしていたために、逆に腰の角度や高度がかわり、一刀の顔に見事に文醜の股が接してしまう。 「ん、んむ? ふみゅ……」 「うわぁぁああ……口を動かすな、呼吸するな、何もするなぁぁああ!」  先程まで、刺激されて潤みを帯びた淫裂が一刀の口の動き、呼吸などに一々反応し、その刺激を文醜の頭へと送り込む。 「むぐ、うぅ~すぅ、はぁ」  さすがに息苦しいのか一刀は先程と比べて強めに呼吸をする。 「だ、だから、やめ、やぁ!」送られてくる信号に文醜は首を左右に振る。 「んぐ、ふぅ、んぅ……ぺろ」 「舐め、舐めるなぁ! あぁん!」  確実に文醜の淫裂を一切逸れることなく一刀の舌が這う。淫靡な甘蜜によってすっかりぐしょぐしょになった下着は殆ど意味をなさず、一刀の舌のざらりとした感触を伝えてくる。 「はぁ……はぁ……くぅ」 「ちゅる、んっ」 「うあっ、ま、待て! 起きてるだろ! な――んんっ!」  必死に抗議する途中で、一刀の舌が、汁でびっちょりとした下着ごと文醜の淫裂を押し分けて中にめり込み、彼女は言葉を飲み込んでしまう。 「ちょ、んっ! もう、やめぇれくへっへぇばぁ!」 「…………」 「っへ、おい! んぁぁああ!」  いつの間にか移動していた一刀の口が文醜の淫裂ではなく、そこよりも僅かに上……いや、今の体勢ならば下と言うべき……まぁ、なんにせよ一般的に言う淫裂の上にある突起……それを口腔内へと含み、その肉粒を下着の上から甘噛みしだしたのだ。 「はぁ……はぁ、いいかげんにひろひょぉ」どうしても声が弱々しくなってしまう。 「……すぅ……れろ」 「おっ、はぁっ!?」  軽快に一刀の舌の上で転がされる文醜の肉粒。舌の動きに釣られるように文醜の躰がびくんびくんと跳ねそうになる。  ついには、腕の力も完全に抜け、つっぱれなくなってしまい一刀の躰に上半身を埋める。 「はぁ……くぅ……んっ、はぁ……」  徐々に、息苦しさが増してくる。躰からは力が奪われていく。頭がぼうっとする、熱が体中を支配し、意識が奪われようとしている……それらが文醜を一度に襲う。そして、何よりも快感が溜まりに溜まり、爆発したいと訴えている。 「も、もう……らめぇ……と、斗詩ぃ」  今は別行動中である親友の顔を思い浮かべる。一層、下腹部がきゅんとしてしまう。目の前が霞み、瞳が潤み始める。 「とひぃ……あたい、あたひぃ……ふぇ?」 「すぅ……すぅ……くぅ」  急に感触がなくなったことに驚き、視線を向けると、一刀は穏やかな寝顔で規則的な寝息を立てている。 「た、たすかったぁ~けろ、どうひよう」未だ舌が回らない口で文醜が呟く。  文醜の躰は頂上まで後一歩で落下した登山家のような状態だった。まさに全身重傷である。もちろん、怪我をしたわけではない。ただ、躰中が火照ってしょうがないのだ。 「う、うぅ……ち、ちからがはいららいぃ!」  せめて、自分の手で集結させようと思ったが、上手く腕が動かない。それがもどかしくて文醜は大声を張り上げる。 「ろ、ろうしろっへいうんらぁ……」  折角、腰の拘束も解けたのに何も出来ず文醜は口から照れる涎もぬぐわないまま瞼が力なく降りていった。そして、文醜はゆっくりと意識を手放した。  † 「……懐かしい夢を見たな……」  一刀は意識を取り戻すと、瞳を閉じたまま、今見ていた夢の欠片を思い出した。見た夢を全て覚えていることはほぼ不可能である、それでも夢の一部は覚えているもの。  その一部……欠片はとても懐かしく、一刀の心に切なさを呼び起こすのに十分な内容だった。 「まさか、あの時の事を思い起こすとは……はぁ」  思わず、ため息を漏らす。一刀が見たのは、"かつての外史"において共に生きた少女の一人と愛し合ったときの記憶だった。 「しかし、やけに現実的な感じがしたけどあれは……って、なんだこりゃあ!」  暫くぼおっとしていた一刀が瞼を持ち上げると、目の前には薄緑が広がっていた。 「……すぅ、すぅ」 「って、文醜? いや、というか目の前に下着? 何故? 俺? 何した?」  一刀は訳が分からず、口から発する言葉を切れ切れにしてしまう。 (待て待て待て! 確か、俺は文醜に殴られたあと気を失って……それが何でこんないかがわしい体勢になるんだ!)  必死に思考を巡らすが、ますます混乱の渦を大きくしてしまうだけだった。 「ど、どうする……」  何とか文醜を起こさずに抜け出したいところだが、いかんせん自分が下敷きになっているためそう簡単にはいきそうにない。 「う、うぅん……」 「げ!?」  何か対策をと一刀が考えている間に文醜が目を覚ましてしまった。一刀の心臓がどくどくと強く脈打つ。顔を冷たいものが走る。恐怖のあまり、歯がガチガチとなる。 (こ、殺される……今度こそ、殺される……) 「ふあぁ、眠っちまったのか……って、そうだったぁ!」 「ひぃ!?」 「お、起きてるな、コノヤロウ!」 「すいません、なんかわかんないけど、すいません」  一刀の上からどいてじろりと睨んでくる文醜に一刀は平伏せんばかりに謝り通す。 「あたいにあれだけのことをして……どう落とし前付ける気なんだ?」 「え、いや……その前に、俺何したの?」  せめて、殺される前に理由は知りたいと一刀は思いきって訊ねる。 「…………そういや、意識無かったんだっけか」 「え?」 「いや、まぁ今回は流しといてやる……次は……まぁ、いいや。めんどくさい」 「まずい、意味がわからない」 「いいから、気にすんな……っていうか、思い出させるな、バカ」  頬を開けに染め上げながら上目がちに睨んでくる文醜に一刀はますます嫌な予感しかしない。自分に対して疑念を持ちつつ、一刀が立ち上がって服に付いた砂を払い落としていると、文醜が言葉を重ねる。 「それにしても、大分寝ちまったけど――あぁっ!?」 「どうした?」 「もう、日が沈んじまってる!」 「え?」  文醜が呆然とした様子で見つめる先を追う様に一刀も空を見上げる。そこには満天の星空。自然と隣り合わせのこの世界では星々もその煌めきを遺憾なく発揮している。 「って、夜かよ!」 「だから、そう言ってんじゃんか! どうすんだよ!」 「と、とにかく、文醜は部屋へ戻るべきだろ……一人でいると、あらぬ疑いが掛かりかねないぞ」  何時間も一人姿を消した文醜……下手をすれば公孫賛軍に逃亡でもしたと思われるかもしれない。そうなる前にさっさと文醜を帰すべきだと判断し、一刀はすぐさま文醜の手を引いて駆け出す。 「お、おい」 「急げって。しかし、まずいなこりゃ」 「あぁ、もう! 自分で走るってば」そう言うと、文醜の方が前へと出る。 「へ? うぉぉおおお!?」  文醜が本気で走り出すが、その手は一刀の手と繋がれたままなわけで、そうなれば一刀は引っ張られるわけで……彼の身体はいつの間にか自分の限界を超えた動きをしていた。  そして、しばらく引っ張られ続け、ようやく部屋の近くの曲がり角まで差し掛かると曲がった先から人影が現れた。 「む? 文醜、お前何をしていた……って、一刀ではないか」 「はは、華雄か……もしかして夜警か?」 「あぁ、袁紹たちの部屋の見張りをすることもなくなったからな……だが、どうやら間違いだったのかもしれんな」 「え?」重々しく告げられた華雄の言葉に一刀は彼女をじっと見つめる。 「やっべぇ……」  頭を掻きながらそう呟いた文醜を華雄が見据える。 「よもや修練中に逃亡するとはな。さすがにこれは白蓮に報告した方がよいかと思う――」 「待ったぁ!」  華雄の言葉を遮るように一刀は叫ぶ。驚いた華雄が一刀を睨んでくる。 「突然、大声をあげるな。なんなのだ?」 「いや~実は、文醜が姿を見せてなかったのはさ……俺が連れ回したからんだ」  そう言うと、文醜が一刀の方に視線だけを向けてくる。その目が『なんで』と言っている気がしたが、今の一刀は目の前の人物をいかに納得させるかを優先していた。 「ほう……それは本当なのか?」 「あぁ、たまたま転がってきた文醜を見つけてな……ちょっと付き合って欲しいことがあって無理矢理連れ回しちゃったんだよ。あっははは」 「……ふ、まぁいいだろう。他ならぬお前の言うことだ。信じておこう」 「そ、そうか……ありがとな」  華雄の言葉に良心を痛めつつも一刀が礼を言うと華雄はフッと口元を緩める。 「なんにせよ。今回の事は目を瞑っておこう。その代わり……」 「?」一刀と文醜は黙って続きを待つ。 「今度、誰かを連れ立つ必要があるときは"私に"声を掛けるのだぞ」 「あ、あぁ」よく分からないが、一刀は頷いておく。 「それでは私はこれで失礼させてもらうぞ。まだ巡回中なのでな」  そう告げると、華雄はそそくさとその場を後にした。気のせいか、顔が赤かった気がしたがきっと照れているのだろう。そう結論づけると一刀は文醜と共に再び歩き出す。 「助かったよ。あんがとな」  部屋の前についても中へと入らずに文醜が一刀に向かってそう告げた。それに対して、一刀は微笑を称えながら手を振る。 「いや、いいさ。これくらい」 「でも、ホント助かったぜ」 「はは、そりゃよかった。それより、中の二人も心配してるだろうから部屋に戻ったらどうだ?」  微笑んだまま一刀は文醜にそう促す。 「そうだな」そう言うと、文醜も笑みを浮かべる。 「それじゃあ、おやすみ。文し――」 「あたいのことは猪々子って読んでくれよ」 「え? いいのか」 「あぁ、構わないさ。それじゃあ」  一刀が、反応し切れてないうちに文醜は扉を開くと最後に一言発する。 「おやすみ、ご主人様」 「……はい?」 「あっははは、じゃあな!」  唖然とした表情を浮かべる一刀に破顔すると文醜は部屋へと引っ込んだ。 「はは……おやすみ。猪々子」  もう完全に閉じられている扉に向かって一刀はそう呟くと踵を返した。  †  文醜が部屋へ入ると顔良が首を傾げながら声を掛けてくる。 「どうしたの文ちゃん?」 「ん、なにが?」 「今、何か言ってなかった?」 「んなこたぁないって」  どうやら先程の『ご主人様』を聞かれていないようで、文醜は密かに胸をなで下ろした。 「それにしても、随分遅かったね」 「ん? まぁ、色々あってな」 「ふぅん、何か良いことでもあったの?」 「いや、そんなことは……なかった……と思うぞ」頬を掻きながら文醜は答える。 「あ、そう」  どこか納得のいかないというような表情をする顔良。 「そんなことより、速く夕食に行くべきですわ!」 「そうっすね。ほら、斗詩も行こうぜ」  勢いに任せて誤魔化そうと、文醜は顔良の手を引く。そして、先頭を行く袁紹に続いて食事をしに行くことにした。  前を歩く袁紹を気にしながら顔良が耳打ちしてくる。 「ねぇ、文ちゃん」 「ん、どうした斗詩?」訝りながら文醜は聞き返す。  すると、顔良が一層声を小さくして囁いてくる。 「……ご主人様ってどういうこと?」 「なぁっ!? と、斗詩ぃ?」 「何ですの猪々子。五月蠅いですわよ!」 「す、すいません……」 「まったく……もう少し落ち着きを持って――」  自分の事を棚に上げてぶつくさと文句を言いながら袁紹が再び前を向くと、文醜はすぐさま顔良に小声で語りかける。 「ど、どうしてそのことを知ってる……というか、さっきの本当は聞こえてたのかよ」 「んーん、聞こえてなかったよ」同じく小声で顔良が答える。 「え? それじゃあ……」 「かまかけただけ」 「いっ!?」 「ふふ、そっか文ちゃん……うぅん、猪々子もそうなんだぁ~」  嫌ににやにやとしながら文醜の顔をじろじろと見る顔良。 「な、何か変な勘違いしてないか斗詩」 「そんなことないよぉ~ふふ」  一応、尋ねて見るが顔良は先程から変わらず緩んだ顔をしている。そんな彼女の視線がどうにも文醜にはむずがゆい。  とは言え、文醜には何も言うことなどなく、ただ黙って顔良を見つめ続けることしかできない。 「…………」 「さっきから、顔赤いよ」 「もう、騙されないぞ」文醜が半眼で顔良を睨む。 「ごめん。これはホント」  そう言って、顔良は舌を出した。 「っ!?」文醜は慌てて両手で顔を押さえる。 「へぇ、猪々子にもそういうことってあるんだぁ~」 「う、うるさい。あんまりしつこいようなら、その胸を揉みしだいて黙らせるぞ!」  そう言って文醜が両手でわきわきと揉む動作をすると顔良が顔を引き攣らせて走り出す。 「それは、いやぁー!」 「こぉらー待てー!」慌てて、文醜も追いかける。 「ちょっと、二人ともお待ちなさいなぁー!」  月の光が差す中、三つの影が駆けている。それは、とても楽しそうで賑やかな光景だった。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――   「無じる真√N」拠点24  公孫賛軍の居城の一つ、もの凄い量の巻き髪をぶら下げる人物……それがこの部屋の主である。 「ちょっと、貴女……」  目の前でお茶を卓の上へと差し出す侍女に部屋の主である巻き髪の美女がその太陽の日を受け、一層金色に光る髪をかき上げながら声を掛ける。 「はい、何でしょう?」 「わたくし、本日は街へ買い物に行きたいのですけれど……白蓮さんに伝えてくださるかしら?」  始まりはそんなちょっとした他愛ない会話からだった。    † 「はぁ、なんで俺が……」一刀の口からそんな言葉が漏れる。 「さっきからなんなんですの! その態度は!」  隣を歩く巻き髪女……もとい袁紹が一刀を睨み付けてくる。その服装は普段を共に居る他の二人と同じ系統のもので袁紹の服は赤色だった。  そして、そんな服の色に負けんばかりな程に顔を赤らめて柳眉を吊り上げている袁紹に一刀は気怠い表情のまま視線を向ける。 「そうは言ってもな……いつもの二人や担当の誰かと来れば良かっただろうに」 「知りませんわよ! 斗詩さんも猪々子もよくわからない会合に参加するとかで気がつけばおりませんでしたわ!」 「……あぁ、何か最近出来た"馬好き友の会"だっけか……」 「そう、その馬なんたらかんたらってやつですわ」  袁紹はまったく言えていないが一刀は敢えてそれを流した。ちなみに、この馬好き友の会というのは、馬好きによる馬好きのための馬好きの会合のことである。一刀も一応の説明を受けたことがあるため、なんとなくは既知である。というか、一刀の顔見知りが随分と参加しているのだ。  まず、君主である公孫賛自身。次に、騎馬隊を手足のように操ることに長けた張遼。元々北で馬賊をやっていた顔良と文醜。そして、動物好きの呂布とおまけの陳宮。どう考えても、一刀と面識のある者たちが中心となっているのだ。  そして、この日はその会合があり、顔良と文醜は袁紹とは共に行動していなかった。 「華雄は華雄でこういう日に限って警邏担当だし……」  そう、袁紹たちの見張りなどを兼任していたため袁紹と共に行動するのに適していそうな華雄も丁度警邏を担当する日に当たっていたのだ。  そのため、袁紹たちの身を預かっている一刀が彼女に付き添うこととなったのだ。 「それよりも、このわたくしと並んで街を歩けるというのに、なぁにをしまりのない顔を一段と緩めているんですの!」 「失礼な! しまりのない顔とはなんだ、しまりないとは!」 「ふん……どこからどう見ても間抜け面ではありませんの」そっぽを向きながら袁紹はそう言う。 「くぅぅ……なんだろうねぇ……このやるせない気持ちは」  両肩をわなわなと震わせながらも一刀は何とか堪える。 「それにしても、随分と慌ただしいというか、せわしないというか、普段以上ににぎやかですわね」  袁紹が言うとおり、街の人々は普段以上にせかせかと駆け回っている。子供たちや何人もの大人はある一箇所へと向かい。また、飲食店の者はせっせと店で出す料理の準備をしており、客も普段以上に店を訪れている。おそらくはこの日は稼ぎ時でもあるのだろうという予想がついてしまうほどおおいに賑わっている。 「あぁ、それなら……」気持ちを切り替えて一刀が解説に入る。 「なんだか、こう……誰も彼もがそわそわしていますわね」  が、袁紹は街を行き交う人々の様子を窺うように視線を落ち着き無くあちらこちらへと移動させている。 「お~い、聞いてますか?」 「……え、何かおっしゃったかしら?」 「だから、今日は祭りがあるらしいんだよ」  ようやく意識を向けてきた袁紹に頭を掻きながら一刀はそう告げた。 「お祭りですの?」 「あぁ、この街ではこの時機にはかかさず行ってきたんだってさ」 「へぇ……お祭り……ということは……御神輿ですわね……」 「え? まぁ、あるとは思うけど」  唐突に眼を爛々と輝かせて空を見つめる袁紹。その瞳は空を見つめ徐々に高揚感を増している。ちょうど、その時、隣の通りでも通っているのだろう、神輿の担ぎ手の声が聞こえてくる。 「ワッショイ! ワッショイ!」 「おぉ、威勢が良いもんだな」  耳に届く声に一刀が瞼を閉じて聞き入っていると、袁紹が再び何かをぶつくさと口から漏らし始める。 「御神輿……神にも勝る存在であるわたくし……お祭り……わっしょい」 「お、おい。どうしたんだ」一人ぶつぶつと呟き始めた袁紹の肩を掴み一刀は自分の方へと向かせる。 「ワッショイ! ワッショイ!」唐突に満面の笑みで叫ぶ袁紹。 「うぉ! な、なんだ!?」  思考の海をどこへ泳ぎ着いたのかわからないが、突然軽快な足取りで御輿が今いるであろう方向へと駆け出す。 「おーっほっほっほ! 御神輿にはやはり華がなければならないもの! そして、華がある存在はこのわたくしをおいて他にはありませんわ~!」 「いや! ちょっと、待てぇぇええ!」  一瞬、呆然としてしまったが一刀はすぐに気を取り直して猛然と走り続ける袁紹の後を追った。  †  息を弾ませながら袁紹が辿り着いた先では既に多くの人が集まっているため先に何があるかよく見えい状態になっていた。 「これはいけませんわね……ちょっと、そこのあなた、おどきなさいな。いたっ、誰ですの! わたくしの足を踏んだのは! ちょ、もう! なんなんですの!」  文句を言いながら人を掻き分けて袁紹は前へ前へと進み出る。そして、人の波を掻き分けた先で袁紹の瞳に一つの光景が飛び込んでくる。 「ワッショイ、ワッショイ!」  がっしりとした筋肉隆々な男たちの手によって上下している御輿の姿が男たちの中央に存在していた。その上にはお世辞にも豪勢とも豪華とも言えないが、それなりに煌びやかさを称える装飾をされた御輿が陣取っていた。 「やはり、あれでは華がありませんわね……ここは、このわたくしがあの上に乗って……」 「そこまでだ」  袁紹が一歩を踏み出す前に、後ろから腕を掴まれ袁紹はその場に立ち止まってしまう。 「ちょ、何をするんですの!」 「いや、そもそも何をしようとしてたんだ?」  振り返りながら抗議する袁紹に北郷一刀が半眼で質問を投げかけてきた。 「決まっているではありませんの……あんなちっぽけで見窄らしい状態では今一盛り上がりに欠けてしまいますわ。ですから、この産まれ持って最高の美を誇るわたくしが代わりにあの上に乗って神々しさを与えようとしていたのですわ」 「…………」 「わかったのなら、さっさとその手をお離しなさいな」  そう言って、腕を引くが一刀の手は離れる様子がない。 「ちょ、ちょっと! 御神輿がいってしまいますわ!」  そう言っている間にも御輿はその姿を小さくしていく。そして、曲がり角を超えて、その姿を完全に袁紹の視界から消した。 「はぁ……そんな訳の分かんないこと言われて行かせられるかよ。はた迷惑なのは間違いないんだし」 「まぁ! わたくしの崇高な考えがわからないからって妙な言いがかりをつけるだなんて、とんでもありませんわね」  一刀のあまりの言いぐさに袁紹は眉を潜ませてキッと睨み付ける。 「えぇ~!? な、何で俺が怒られるの!?」相変わらずの間抜けな表情でそんなことをほざく一刀。 「北郷さん……あなた、まったく理解できていませんのね」  やれやれとため息混じりに袁紹は肩をすくませる。 「この世で最も価値ある御神輿の誕生をあなたは阻止したんですのよ」 「はぁ?」相も変わらず間の抜けた表情で袁紹を見つめる一刀。 「何ですの? その馬鹿面は」 「ば……なっ!?」 「はぁ……もういいですわ」  今から追いかけたところでもう御輿には追いつかない。そう考え、袁紹は肩を落としてとぼとぼ歩き始める。 「……うぅん……仕方ないな」  すっかり、気落ちしてしまったため袁紹には一刀の呟きはまったく聞こえなかった。 「何してるんですの、ほら! 速く来なさいな」  背後で立ち止まっている一刀の腕を持つと袁紹はズンズンと歩き始める。 「お、おい……うわっ」一刀が何か声を上げる。  何やらわたわたと喧しく騒ぐ一刀を無視して袁紹は彼の手を引き続ける。 「まずは、服屋ですわね。ほら、シャキシャキ歩きなさいな!」 「へいへい……わかったから、あまり勢いよく引っ張らないでくれ」頭をボリボリと掻きながら一刀がため息を吐いた。 「何か良いものがあるといいですわねぇ」 「そーでーすねー」どこか棒読み気味に一刀が答えた。  それから袁紹は一刀を待機させて満足行くまで服を見ることにした。  いくつか、服を見たところで袁紹は待機している一刀が穏やかな眼差しで自分を見ていることに気付いた。 「なんですの? 何か良いたことでも?」 「ん? 別に何も無いさ。ゆっくり選びな」 「……そうですわね。北郷さんも暇でしょうから、手伝ってくださらないかしら?」 「まぁ、構わないけど……」そう言いながら一刀が歩み寄ってくる。 「それでは、わたくしに似合う服を探すのを手伝っていただくとことにしますわ」 「うぅん……袁紹はスタ――おほん、発育の良い身体してるし、黙ってりゃ顔も綺麗だし……ほとんどの服が似合っちゃう気がするんだけど」 「それはそうですわ! このわたくしの美しさがあればありとあらゆるものを輝かせることができるのですわー! おーっほっほっほ! おーっほっほっほ!」  何を当然なことを言っているのかと袁紹は訝るように一刀を見つめる。確かに、その顔は素直に思ったことを告げたといった表情だった。 「いや、だからさ。何でも似合う以上、何着も出てくると思ってね」 「それもそうですわね。なら、似合う中でもよりわたくしに相応しい服を選ぶとしましょうか」 「そうだな」 「それでは、まずこれ――」  こうして、袁紹と一刀による第一回袁紹に似合う服選手権が始まった。  大人な服から子供っぽいものまで……ありとあらゆるものを試していく。そして、袁紹と一刀は意見をぶつけ、そして一着の服が選ばれた。一刀はそれを手に持つと、袁紹の体型に合わせたものを店主に注文した。 「わかりました。これは少々お時間を頂くことになると思いますので明日お越しください」 「うん、頼むよ。それじゃ、行こうか」 「えぇ、そうですわね。それでは、ごきげんよう」  そうして、服屋を後にした二人はその後も袁紹が覗きたいと言った店を覗いていった。  しばらく、見て回りきったが、それでもまだ日が沈むまでには時間がありそうだった。 「時間が余っちゃったな……」 「そうですわねぇ……どうするんですの?」 「え? 俺が決めて良いのか」 「わたくしの用事は済みましたから。と、く、べ、つ、に許可しますわ」 「そ、そう……ありがと」 「えぇ、目一杯感謝してよろしくてよ」  あくまで自分の方が上の立場あるかのような態度の袁紹に一刀は苦い笑みを浮かべるだけだった。 「それじゃあ……そうだな、露店でも見に行くか」 「露店……ですの?」 「あぁ、袁紹は行ったこと無いのか?」  念のため聞いてみると、袁紹は首を横に振って口を開く。 「ありませんわ……一体どんな店ですの?」 「それは……というか、実際に行った方が速いな」  そう言うと、一刀は袁紹を露店の集まる通りへと案内する。そこには祭りから戻った店主たちが業務を再開しており、祭りの客も多く立ち寄っているらしく大分賑わっていた。 「やっぱ、活気あるな」 「な、なんですのここは……」  露店の並ぶ姿を眺めて何があるだろうかと胸を躍らせる一刀とは裏腹に隣の袁紹は唖然としている。 「ここが、露天商の集まる区画なんだよ」 「はぁ……通りのあちこちに見窄らしい店のようなものがありますわねぇ……あら、あちらには道ばたに座り込んで何か売ってる方がおりますわよ」 「そういうの全部ひっくるめて露店なんだ」 「へぇ……なんでわざわざこのようなことをしているんですの?」 「それは、人それぞれさ。店を持てない人。旅の商人で特定の店を持たない人。何でも良いから売ろうとしている人。理由なんて千差万別でこれといったものは言えないな」  そう言いながら一刀は露店の集まる通りへと踏み出す。後ろを袁紹が追いかけてくる。 「ふぅん……では、ここにいるお客はどうしてこちらに来てるんですの? 同じような用途の店なら他にあるでしょうに」 「まぁ、こっちの方が意外な値段で売られてたりするのさ。それに、ここでしか変えないものなんかもある。旅の商人が他の街や村独特の何かを討ってることなんかもあるしね」 「そんなの城に呼べばよいではありませんの」  呆れた顔でそう告げる袁紹に一刀は、あぁ、お嬢さまだったな、この人と改めて価値観の違いを再認識した。 「それは、そういうことが出来る人用だ。俺みたいなのはこうやって街に出て露店を回ったりするものなの」 「随分と面倒ですわね」眉を潜めながら袁紹が言う。 「まぁ、よく知らないとそう思えるかもな。取りあえず、これから付き合ってくれよ」 「わかりましたわ。わたくしは心が広いですから、わがままに付き合うくらいはしてあげますわよ。おーっほっほっほ!」 「はいはい……そりゃどうも」  長々と立ち止まっているのもなんだと思い一刀は再び脚を勧める。隣の袁紹も並んで歩き出す。  それから、しばらく一刀たちは露店を見て回る。袁紹が物珍しげに眺めては商品を無茶な扱いによって破損させ、一刀が弁償することになったり、一刀が果物屋のおばさんから貰った果物を横から奪って食べたり、と袁紹大暴れな時間だった。 (いや、いつも大暴れだけどな……)  内心で、自分にそうツッコミを入れると一刀はため息を吐く。 「はぁ……でも、それなりに満喫してくれたみたいだし。それでも、いいか」 「何してますの! 次の店を見ますわよ」 「はいはい! 今行くよ」  既に次の店の前で商品を眺める袁紹の元へと一刀も走り寄る。 「…………」 「お、何か気になるものでもあったのか?」 「…………別にありませんわ」  そう言うと、袁紹は立ち上がりまた別の店へと歩き出す。一刀はそれを追いかけようとするが、その前に気になったことがあったので店主の方を見た。 「あの、すいません。ちょっといいですか――」  †  今、袁紹は身分の引く者の暮らしを間近で見ている。露店商の集まる通りを歩いているのだ。  ここはとても見窄らしく、貧相な感じがする……それでも、どこか明るさがあって輝いて見えた。  それに、全ての人々に笑顔が浮かんでいた。また、一刀をまるで自分たちの仲間であるかのように思って接しているようにも見えた。もしかしたら、北郷一刀という人間はこの街の人々に何かしたのかもしれないと袁紹は思った。 「一体、あの男は何者なのかしら……」  以前、それこそ公孫賛軍に降る前は一刀の事などあまり記憶しておらず、幽州の馬鹿男などと蔑称していたのだが……あの戦で救われ、そして日々を過ごすうちに彼のことをいつの間にか"北郷"と呼ぶようになっていた。  もしかしたら、今の袁紹と同じようなことが街の人たち……いや、北郷一刀という人間と関わった者たちに起っているのかもしれない。 「はぁ、頭を使うとつかれますわね」  余計な事を考えていたら頭痛がしてきたので、袁紹は考えるのを止めた。そして、こめかみを押さえる。頭をもみほぐして頭痛が治まると、袁紹は軽い足取りで次の店へと向かう。 「そんなことより、どんどん見て回りますわ!」  と、そんな袁紹の背後から誰かが駆けてくる。 「ちょ、ま、待ってくれって……一人で先に行かないでくれよ」  それこそ、北郷一刀その人だった。相も変わらず間の抜けたというか、しまりのないとうか、どこか柔らかな雰囲気を持つ男である。 「それは、北郷さんが遅いのがいけなのはありませんの?」 「おいおい……それでも、待ってくれても良いだろう?」そう言いながら一刀が汗を拭う。 「はぁ、まったく……そんなことでわたくしの付き添いがつとまるとお思いなのかしら」 「……悪かったよ。今度はもう少し頑張るさ」  そう言って、一刀は申し訳なさそうに笑う。 (本当に変なかたですわね……)  袁紹の行動についてこられる人間はいつも一緒にいる文醜か顔良くらいのものだと袁紹は思っていた。他の者は格が違いすぎるために袁紹についてこれないのだとも思っている。  そんな中、この北郷一刀はしっかりとついてきているわけではないが、必死についてこようとしている。とても根性のある人物だと袁紹は思った。  大抵の者は自分の格が低いことに衝撃を受け、ついて行けないと判断し、袁紹の元を離れてしまうのだ。 「でも、あなたはついてくるんですのね……」 「ぜぇ……はぁ……え? 何……はぁ、はぁ」息を整えている一刀が袁紹の方を見る。 「なんでもありませんわ。それよりも速く次の店を見に行きますわよ」 「よし、行こうか」  そうして、袁紹は一刀と共に露店を見て回った。それはとても充実した時間だった。次来るときには顔良、文醜も一緒に来たい者だと思った。  そのまま、時は経ち日も暮れていった。  †  露店通りを抜けた頃にはすっかり夕日によって街が真っ赤に染まっていた。 「さて、大分見て回ったし、そろそろ戻るとしようか」 「そうですわね。そろそろ、猪々子たちも用が済んだでしょうし」  袁紹は頷くと歩き始めようとする。一刀はそれを制止し、その場にしゃがみ込んだ。 「なにしてますの?」 「あれだ、さっき御輿に乗りたがってただろ」 「それがどうかしましたの?」  小首を傾げて袁紹が訊ねてくる。それに対して一刀は頬を掻きながら答える。 「代わりと言ってはなんだけど……俺が担ごうかなって」 「はぁ? 何を言ってるんですの」 「だから、せめて俺に担がれて満足して欲しいって事だよ」  そう、御輿騒動の時に一刀が考えたのはこれだった。帰りは丁度外へと続く門の方へと出てきたので、一刀たちが暮らす敷地まではそれなりに距離があるので、その間のみ御輿に乗った気分に近いものを味合わせようと思っていたのだ。 「なんだ? 不満な?」 「…………わかりましたわ。あなたがどうしてもとおっしゃるのなら乗って差し上げても構いませんわよ」  そう言う割に、うずうずと身体が揺れている袁紹に一刀は苦笑すると、口を開いた。 「それじゃあ、どうか北郷御輿にお乗りください、お姫様」 「あらあら、仕方がありませんわねぇ~」  周りに聞こえるようにそう良いながら袁紹が背中に乗る。気のせいか、周囲の人が一刀を指さしひそひそとなにか小声で話し合っている。 (まさか……変な人扱いされないだろうな……)  一抹の不安を抱えながらも一刀はそれを無視し背中に袁紹が乗り、首に手が回されたのを確認すると、腿へ手を回し立ち上がる。所謂、おんぶである。 「さて、それじゃあ。出発だ!」 「なぁんか手が嫌らしい気がしますわね……」 「あのなぁ……」  袁紹の言葉に身体の力が抜けそうになるが一刀はなんとか堪える。 「それはこの際ですから、見て見ぬ振りしますわ。ですから、さっさと進みなさいな!」 「あいあいさー!」  そう言うと、一刀は勢いよく駆け出す。少なくとも女の子一人を抱えて走るくらいの体力なら一刀にもあるのだ。 (しかし、散々鍛えた成果を発揮するのがこんなんでいいのか……俺) 「さぁ、かけ声を出しなさいな!」 「わ……ワッショイ! ワッショイ!」叫びながら背中の袁紹を上下に揺する。 「そぉれ、ワッショイ! ワッショイ!」上下に揺れる度に袁紹の豊満な胸が一刀の背中を叩く。 (……こ、これは!?)  ズン、ユサッ、ペチ、ズン、ユサッ、ペチ……規則的にそんな音がなる。それぞれ身体を揺らす、胸揺れる、一刀の背中に当たる、である。 「ほーれ、ワッショイ、ワッショイ!」 「ワッショイ! ワッショイ!」近くに集まった子供たちが声援を送ってくれる。  いつの間にか周りを走る子供たちと共にかけ声を上げながら進み続ける一刀。 「どうですか、姫さま?」一刀は僅かに首を後ろに向けて袁紹に尋ねる。 「まぁまぁですわね」  言葉とは裏腹にその口元は吊り上がり、見事なまでに頬が緩んでいる。 「まんざらでもないくせに……」  そんな反論をぽつりと呟きつつ、一刀は苦笑を浮かべrた。 (まるで、でっかい子供だな、こりゃ……)  それもひねくれ者の……と付け加える。 「ほらほら、もっと速く! 高度が下がってきてますわよ」 「ぬぉおおおお! ちくしょー! やめときゃよかったぁぁあああー!」  夕日を浴びながら、ちょっとばかし大きな影がかけ続ける。わがままなお姫様を満足させるために……。  †    城へ戻ると、一刀は御輿となったまま袁紹を部屋へと運んだ。途中、顔見知りの少女たちと合ったのだが、何故か一刀は彼女たちと言葉を交わすことなく駆け足で立ち去った。  そうして、部屋へ送り届けられた後、袁紹に包みを手渡すと立ち去ってしまった。 「何をあんなに急いでいらしたのかしら……まぁ、そんなことはどうでもいいですわね」 「おかえりなさい、麗羽様」顔良が袁紹を笑顔で迎えた。 「あ、姫……どこ行ってたんすか?」 「ちょっと、街に出ていたのですわ」 「へぇ……で、それは?」不思議そうに文醜が包みを見る。 「これは、北郷さんがわたくしに是非にと言ってくださ――よこしたものですわ」 「食いもんかなぁ?」 「猪々子……それはちょっと……」顔良が呆れた表情で文醜を見る。 「とにかく開けてみますわね……」  そう言って、袁紹は封を切って中身を取り出す。卓の上に出てきたのは一つの胸飾りだった。華を模ったもので黄色く明るい色をしている。 「なぁんだ。食いもんじゃないっすね」 「もう、食い意地張りすぎ。でも、なんだか綺麗な飾りですね」 「ふん、所詮は安物ですわよ」 「あれ? 麗羽様はこの飾りのこと知ってるんですか?」 「え、いえ……知りませんわよ。あの人のことですから安物しか買えないだろうと思っただけですわ」  顔良の質問に慌てて袁紹は答えた。言葉を助長するように手振りもつけて否定した。 「でも、いいですね。贈り物されるって」 「あたいなら、食いもんがいいなぁ……」 「あーもう、さっきから食べ物食べ物うるさいよ、猪々子。それなら、速いとこ食事しに行こうか?」 「さっすが、斗詩。よく分かってるぜ!」  親指を立ててビシッと顔良に拳を向ける文醜。最近、一刀に聞いた『サムズアップ』というものである。 「それじゃあ、行きましょうか。麗羽様」 「そうですわね……行くとしましょうか」 「あれ? それつけていくんすか?」  そう言って、文醜が袁紹の胸元を指さす。 「えぇ、折角、北――おほん、一刀さんがくださったものですからね。わたくし、人からのもらい物は大事にするんですわよ」  そう言って、袁紹は華の胸飾りを優しく撫でる。安くても不思議と気に入っていた飾りで、露店で見かけたときに欲しいとは思ったが自分の……袁家の誇りがあるためそんなことは口が裂けても言わなかった。  それでも、一刀は彼女の内心を見抜いてくれた。 「でも、この飾りはより一層大事にしそうですわね……ふふ」  気がつけば、露店で見た時以上に胸飾りのことが大事に思えていた。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――― 整形版はここからです。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――  「無じる真√N」拠点22 「――とゆうわけだから」  公孫賛にそう告げると、一刀は玉座の間を出た。  この日、一刀は賊軍討伐を行い、戻ってきたところだった。そして、今公孫賛へそ の報告をしたのだ。 「さて、速く部屋に戻るかな……」  そう言いながら、肩を回す。大分疲れが溜まっているらしく凝り固まっている感覚 がある。  部屋でちょっと休んだらまた仕事が待っている。そのことを思って、気を重くしなが ら一刀は自室の扉を開いた。 「お帰りなさいませ、ご主人様」二つの明るい声が一刀に掛かる。 「…………ふん。おかえり」あとに続いて心のこもっていなさそうな声がした。 「あぁ、ただいま……って、あれ?」  部屋で何かしら安らぎを与えてくれる人物に一刀は心当たりがあった。だが、それ は二人である。だが、今聞こえた声は三人分。おかしいと思い、一刀は室内を見渡 す。 「あれ? 斗詩」 「はい。お帰りなさい。ご主人様」  そこには、袁紹と共にいるはずの顔良がいた。それも、他の二人――董卓、真名 を月という、と、賈駆、真名を詠という――と同じようにひらひらとした服を着ていた。 「メイド?」一刀は思わず斗詩を指さす。 「はい、めいどさんです」  そう言って、斗詩はにこりと微笑みくるりとその場で一周した。ふわりと舞うスカート、 ふわふわの前掛け。柔らかな雰囲気。それでいて明るい笑顔。どれをとっても一刀 の描くメイド像に当てはまる。 「でも、なんで?」 「ふふ、月ちゃんたちにご主人様のために何かできないかなって聞いたら教えてく れて」 「そうなのか?」董卓の方を見る。 「はい、いけませんでしたか?」一刀の視線に董卓がオドオドとした態度を見せる。 「文句あるわけ?」詠が一刀を睨む。 「いや、別にないさ。俺のためにしてくれたんだろ。ありがとな」  そう言って、一刀はいつものように二人の頭を撫でる。これも最早、恒例のことであ る。 「よかったです……えへへ」 「最初っから、素直に感謝しとけばいいのよ」  全く対象な反応をする二人だが、一刀のなすがままなのは一緒だった。  その光景を見ていた顔良がくすくすと可笑しそうに笑いだす。 「ん? どうした」 「いえ、なんだか微笑ましいなって」 「そうかな。はは」 「まぁ、それよりもお茶をお持ちしたのでゆっくりしてはどうですか?」  そう言って、顔良が椅子を引く。そして、一刀は促されるままそこへと座る。 「それでは、ちょうど準備もできたので」 「え? そうなのか?」 「はい、ご主人様が帰ってきたことは聞いていたので部屋にお戻りなる頃を見計らっ てみました」 「なるほど」  特に強調することもなく、当たり前のことのように語る顔良に一刀は内心で驚く。 (気配りの上手い娘なんだな……って、いつもいるのがあれじゃあ、それもしょうがな いか)  普段、顔良と共にいる二人の事を考えると一刀は顔良が他者を気遣えることに対 して妙に納得できた。 「さ、どうぞ」そう言って顔良が茶を勧める 「ん。それじゃあ……おっ、美味いな」 「よかったぁ……」  胸に手を当てて顔良がほっと安堵の息を吐いた。それを董卓が微笑まし気に見て いる。 「ふふ、よかったですね。斗詩さん」 「やったじゃない」 「うん。ありがとう二人とも」  そうして互いに笑い合うメイドの三人。一刀はなんだか室内がとても暖かくなったよ うな気がした。  と、茶を飲みながらまったりとしている一刀を顔良が物欲しそうな顔で見つめ始め る。 「ど、どうかした?」 「…………いえ」  口ではそう言うが、顔良は視線を一度逸らしてもすぐに一刀へと戻している。よく 見れば逸らした先には董卓と賈駆がいる。それを見て、一刀は何かがひっかかる。 「……ん? あぁ!」一刀はぽん、と手を打つ。  そして、自分の予想があっていることを信じて行動に移した。 「え? ひゃあ!?」顔良が素っ頓狂な声を上げる。 「あれ? 違ったか」  顔良の頭を撫でながらそう訊ねる一刀。先程、董卓と賈駆に感謝の意を表すよう に撫でたことを思い出し、顔良もそれを求めていると思って撫でたのだが、顔良の 反応が少し予想と違い一刀は戸惑う。 (うわぁ……失敗か? そう言えば、前もなんか斗詩の頭を撫でて誰かに怒られた な)  以前あった出来事を思いだし、一刀は慌てて顔良に謝罪する。 「わ、悪い。嫌だったか。す、すぐに止めるから」そう言って顔良の頭から手を離そう とする。 「…………待ってください」  僅かに浮いた一刀の手を握りしめて再び自分の頭に乗せながら顔良が一刀を見 る。 「嫌じゃないので、もう少し続けてくれませんか?」 「あ、あぁ……わかったよ」  頷くと、一刀は再び顔良の頭を撫でていく。さらさらとした髪の毛がとてもさわり心 地良く感じる。気付けば、顔良は瞳を閉じていた。その顔はとても穏やかなものにな っている。 「なんかいいですね……これ」 「そ、そうか?」 「はい。とても……」 「…………」  そこからはどちらも、いや、部屋にいる誰も何も喋らずゆっくりとした時間が流れた。  それから、暫くなで続けると顔良が瞼を開いた。 「どうもありがとうございました。これで十分です」 「ん。わかった」  そう言って一刀は彼女の頭から手を離した。内心、名残惜しいとも思ったが潔くひ いた。 「随分、じっくりと撫でてたわね」頬杖を突きながら賈駆が一刀を睨む。 「うぅん……なんというか、撫で心地が良くてな」 「じゃあ、もう私はお払い箱なんですね……うぅ」しょんぼりと肩を落として俯く董卓。 「そ、そんなことないって。ほら、な?」  驚いた一刀は慌てて董卓の頭を撫でる。すると、董卓がすぐに顔を上げた。 「ふふ……実はそんなことないってわかってました」 「なんだよ……心配させないでくれ……月に嫌われたかと思ったぞ」 「大丈夫ですよ。私はご主人様のこと……だ、大好きですから」頬を染めながら董卓 が答える。 「ありがとな、月。そう言って貰えるとは……俺は幸せ者だ」  一人、うんうんと頷きながら董卓をなで続ける一刀。その時、一つ突き去るような視 線を一刀は感じた。そちらをちらりと視線だけで窺うと、賈駆が先程よりも強く睨んで いる。 「まぁ、あれだ……俺は斗詩も、月も……それから、もちろん、詠のことだってこれか らも撫でていきたいんだ」  一刀はそう言って、今度は賈駆の頭を撫で始める。 「ちょ、ちょっと……」 「まぁまぁ、いいだろ?」  質問的な口調の言葉とは裏腹に撫でることに迷いのない一刀。それはもう堂々と したものである。  †  目の前で繰り広げられる面白い光景に顔良は頬を綻ばせる。 (本当に人気者なんだ……この人は)  賈駆の頭を撫でては董卓にせがまれ、董卓を撫でれば賈駆に睨まれ……最終的 に二人を撫でている一刀。彼はとても面白い人なのだと顔良は改めて思った。  命を救われた時から変な人だとは思っていたが、少し前まで敵対していた自分た ちに対して敵意などまるで持たず、まるで友人の元を訊ねるように顔良たちの元へ と顔を出していた。  正直、大物なのか愚か者なのかは顔良には判断しかねる。だが、心根の優しい 人だということだけはなんとなくわかった。だからこそ、顔良は彼に真名を預けた。信 頼してみようと思った。 「どうも私の予想は外れてたみたいだなぁ~」ぽそっと顔良は呟く。  そう、北郷一刀という人物は顔良の斜め上をいく人間だった。もちろん良い意味で だ。  普通、敵対していた者の罰をなんとか削ろうと奔走する人間などいない……いや、 いないはずだと顔良は思っていた。なのに、北郷一刀はその普通という枠組みを簡 単に超えてきた。  袁紹や自分、それに文醜のために走り回り、最低限の罰にしてくれたのだ。その 上、三人のことに関する責任まで背負い込んでしまった……正真正銘のお人好し、 もしくは馬鹿なのだろう。  でも、顔良はそんなお人好しが嫌いではなかった。 「あの~いつまで撫でればよろしいんでしょうか?」 「もう少しお願いします。ご主人様」 「…………これくらいでへこたれるわけ、あんた?」 「ぐっ、頑張ります……」  ほら、やっぱりお人好しだ……そう思うのと同時に顔良は吹き出しそうになる。 「ん? どうした、斗詩」  そう言って訊ねる一刀の両腕はなで続けて筋でも張ったのだろう……ぷるぷると 小刻みに震えている。 「くっ……あはははは」 「どうしたんだよ?」訝るように一刀が顔良を見る。 「い、いえ……やっぱりご主人様は凄いなって思って」 「よ、よく意味がわからないんだけど……」一刀が困った顔で頭を掻く。  そんな彼を見ていて顔良あることを思いついた。 「そうだ、お疲れでしょうから。肩を揉みますよ」  そう言って、顔良は一刀の背後に回り込み両肩へと手を添える。 「ホントか? 実はちょっと凝ってるみたいなんだ」 「それは、丁度よかったですね。では、参ります」  そう言うと、顔良は一刀の両肩に手を置いて揉み始める。 「おぉ……これは……素晴らしい」喜びに満ちた声を一刀が上げる。 「ん、こんな感じですか……よっ」 「あぁ、凄くいいぞ……気持ちいい」  段々、一刀の声がまろやかになっていく。気がつけば董卓と賈駆の頭を撫でてい た両腕も動きが止まっている。 「んぁっ……す、すごい……なんだか、とろけそうだ」 「ご主人様に喜んで貰えて嬉しい限りですよ」 「俺は果報者だな…………本当に幸せだ…………及川……ざまあみろ」  最後の部分は一刀も呟き声になっていたため、顔良の耳には届かなかった。とは いっても、今の顔良は一刀の肩を揉むことで一杯一杯なので、気にしてる余裕など はないのだが。 「よぉし、それ、えい」 「お、ぐっ、いいね、うん」揉む度に一刀が反応する。  と、そんな風に揉んでいる顔良の後ろにいつの間にか董卓が立っている。 「斗詩さん、ずっと揉んでますけど腕疲れませんか?」 「うぅん……ちょっと疲れたかな」  確かに、絶妙な力加減を保ちながら揉み続けるのは割と負担が大きく、少し腕が 疲れてきていた。 「よければ、交代しますよ」 「それじゃあ、お願いしようかな」  そう言って、顔良は一刀の肩から手を離す……ゆっくりと最後まで一刀の温もりを 手に残すように。  交代すると顔良は席について茶を飲んだ。そして、小柄な身体で必死に頑張る 董卓を微笑ましく見守る。 「よいしょ、よいしょ」 「月もなかなかやるなぁ……」  一刀も満足そうに目を瞑っている。  頑張っている董卓を見て顔良は……やっぱりあの娘は一刀のことが大好きなのだ と思った。顔良と交代したのも、一刀ともっと触れたいという想いがあったからだろう。  もちろん、顔良のことを心配していたであろう事も彼女の瞳がしっかりと顔良を捉え ていることからわかった。 「そんな良い子の月ちゃんをあそこまで夢中にさせるんだから……ご主人様――うぅ ん、一刀さんってすごいんだなぁ」  そんなことを顔良が呟いている間に、今度は賈駆の番になっていた。どうも、董卓 に促されるようにしてやっているようだ。 「いやぁ~斗詩も、月も……中々上手だな、肩もみ。凄く気持ちよかったぞ」  賈駆が肩に触れようとしていることにも気付かず、一刀はにこにこと笑みを浮かべ ながらそんなことを言い放った。気のせいか、賈駆の方から何かが切れる音がした。 「ん、あれ? どうしたんだ、二人とも」 「え? い、いえ、なんでもないですよ」月の声がどもる。 「そ、そそ、そうですよ。なんでもありませんよぉ」  気付けば顔良自身も上手く喋れなくなっている。最も、原因は一刀の背後の修羅 にある。  そして、修羅がそっと一刀の肩に手を置いた。 「ん? おぉ、詠もやってくれるのか――って、痛ぇぇええ!」 「あんた、ボクの事忘れてたでしょ!」 「ぎゅぁぁああー! か、勘弁してくれー!」 「こぉのぉー!」 「なんか、俺こういうコトされる度に痛い目みてるきがするぞぉぉおお!ぐぁぁああー! 」  一刀の肩からメリメリとしてはいけない音がしている気がするが、それは顔良の耳 が悪くなってしまったのか……それとも本当になっているのか……顔良としては自 分の耳がおかしい方がましに思えてしょうがないが、現実は非常なものである。  顔良の耳は宣城であり、音はしっかりと賈駆の手元、一刀の肩からなっている。 「マズイマズイマズイ……折れるぅー!」 「粉々になってしまえー!」 「やめて、マジヤバイからー!」一刀が苦悶の表情で叫ぶ。 「まだまだー!」  賈駆が一刀を拷問に掛けているのを余所に顔良は董卓に声を掛ける。 「ねぇ、月ちゃん」 「はい、なんですか?」 「いいの? 放っておいて」 「詠ちゃんは照れてるだけですから」  そう言って、董卓は笑みをにこりと微笑むが……顔良は内心で「そっちじゃないん だけど」と答えた。もちろん、実際には聞こうとは思わない……訊いて、董卓に微笑 まれたら怖いから。 「どうよ、ボクの特別な肩もみは」 「はい、最高です。ですから、やめてくれませんか?」 「遠慮するんじゃないわよ! ほらほらぁ!」  まだまだ、一刀の拷問は続きそうなので、顔良と董卓は空になった茶の容器を片 付けていく。 「これは……どうするの?」 「それは、洗うので――にお願いします」 「うぉぉおお! た、たすけ――」  背後で何か聞こえるが無視。 「うん、それじゃ、こっちは――でいいのかな?」 「はい、そうですね」 「ひぃぃいい……って、あれ? なんか肩の感覚無くなってね?」  何か、怖い発言が聞こえたがまたもや無視。 「それじゃあ、ちゃっちゃと片付けよっか?」 「はい」  準備を終えると、顔良と董卓は洗い物を始める。何やら静かになっていた。すると、 顔良と董卓が食器を洗う音以外は何も聞こえなくなっていた。  が、それも一瞬の事で再び叫びが木霊した。 「やっぱり気のせいだった、痛ぇぇええー!」 「そらそらそらそらー!」 「うぎゃー!」  静かなとある夜、洗い物の音と少年の悲鳴が顔良の周りを漂っていた。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――  「無じる真√N」拠点23 「う、うぅん……」  うららかな陽射しの中、一刀は目を覚ました。  そっとそよぐ風に乗って鼻腔へと運ばれてくる草の匂いが心地よい。 「いつの間にか寝てたんだな……」  寝るつもりなんて無かったのに……そう思うと一刀は苦い笑みを浮かべた。  政務がきりの良いところまで終わり街に行って何か買い物でもと思い部屋を出た。 そして、そのすぐ後に財布を忘れたことに気付き部屋戻ろうと廊下を走った一刀の 瞳に、難しい顔をした公孫賛と賈駆が一刀の部屋へと訊ねようとしているとろが飛び 込んで来た。 二人の様子から、追加の仕事だと気づいた一刀はそのまま立ち去っ たのだ……そして、自分を探しまわる賈駆から逃げるように今寝そべっている中庭 の草陰に隠れた。  そして、気がつけばぐっすりと寝むっていたのだ。 「まぁ、詠がいれば問題ないよな……」  経緯を思い出し罪悪感を抱きかけた自分にそう言い聞かせる。  と、その時近くから何やらかけ声と金属同志がぶつかったときに発するような音が 聞こえてくる。 「なんだ?」  不思議に思い一刀はひょこっと顔を出した。  そこには、文醜と華雄がいた。互いの得物を振り回して打ち合っている。 「せぇい!」 「なんの! ふんっ!!」  文醜の大剣を凌いだ華雄がすぐさま斧を振り返す。  それを一歩後退することで躱した文醜が前方へと飛び華雄との距離を詰める。 「もらったぁ! でぇいっ!」 「まだまだぁ!」  が、常識的に考えてもあり得ない反応速度で華雄が大地に突き刺さった斧を勢い よく振り上げる。 「げっ!?」  襲い来る斧に目を丸くすると文醜は身を屈め、そのまま縮み込んで防御の態勢に 入る。  斧の先からは逃れたがその頑丈な柄が文醜の身体へと当たる。 「どぉっせぇーいっ!」  華雄は文醜と大剣の重さなどまるで気にならないかのように思い切り斧を振り抜い た。  その結果、文醜は悲鳴をあげながら吹き飛ぶ……一刀のいる草むらの方へ……。 「へ?」 「のわぁぁああー!?」  そして、そのまま二人は激突した。あまりの衝撃に一刀は一瞬意識が飛んでしまっ た。  身体にのこる痛みに口元を歪ませつつも一刀は目を開く。  恐らく二転三転したのだろう身体のあちこちに葉や草がついている。 「ぐ、うぅ……」 「ん――んぅっ!?」  自分の下から声が聞こえたため、視線をそちらへ巡らせると、文醜がいた。  しかも、一刀の手は彼女の胸にまるでそこにあるべきと言わんばかりに正確な位 置をもって覆い被さっていた。 「いつつ……華雄のバカ力め……ん?」 「や、やぁ」  一刀は自分の身体から大量の汗が噴き出ていくのを感じた。それは恐怖というモ ノだろう……生物が自らの聞きに貧した際に覚える感情……それがいままさに一刀 の心を襲っている。 「こ、この野郎ぉ! あたいの胸を揉むとは良い度胸――って、誰の胸が揉めるほど のモノじゃないってんだぁー!」 「言ってねぇ――ぐふっ!」  何故か言っていないことまで含めた恨みが文醜の拳に乗って一刀の頬を貫いた。  その勢いは凄いもので、上に被さるような体勢をとっていた一刀の身体を宙へと浮 かせてしまった。  そして、落下した際にあちこちぶつけてボロ雑巾のようになって地に横たわる格好 となった一刀はそのまま意識を失った。  † 「まったく……って何寝てるんだよ」  目の前でうつぶせになったまま身動き一つしない一刀の肩を叩く。 「…………」 「お、おい、どうしたんだよ」  何度も揺するが目を覚ます気配がない。その瞬間、文醜はかつて親友の顔良が 袁紹に言った言葉を思い出した。 『もし、ご主人様の命を奪うようなことがあったら私たちの首も飛んじゃうんですから』 (も、もしかして、あたい、すごくマズイことしたんじゃ……)  嫌ない考えというものは、一度思い浮かぶと頭から離れない。現に文醜の頭の中 で顔良の言葉がぐるぐると回り続けている。 「ど、どうする……駄目だ、あたいの馬鹿な頭じゃ思いつかない。と、斗詩助けてぇ ~」  どうしようもなくなった文醜はここにいない者に救いを求める。もちろん都合良く現 れる訳など無いとはわかっているが。  その時、草藪をガサガサと音を立てながらやってくる足音が文醜の耳をついた。 「げ、誰か来た。こ、こいつ何とかしないと……」  咄嗟に文醜は一刀の襟首を持って足音反対の草藪へと身を潜めた。それと入れ 替わるように誰かが文醜たちのいたところへと出てきた。 「確かこっちの方に飛んできたと思ったのだがな……」 (か、華雄……)  それは、先程まで打ち合いによる修練相手を務めていた華雄だった。 「何やら、騒々しかったから予期せぬ事でも起きたかと思ったのだがな……」 「頼む……そのまま立ち去ってくれぇ~」文醜は瞳を閉じて必死に祈る。 「う、うぅん……」 「ひうっ!?」  ひたすらに念じ続ける文醜の太股の間、丁度股の位置にある一刀の顔が僅かに 動く。文醜の躰にぞくりと寒気の様なものが走った。  そう、今二人は非常に密着した状態にあるのだ。慌てて飛び込んだ藪があまり大 きくなかったため、文醜は意識のない一刀の躰を地面に仰向けに寝かせ、その上 に跨った……その際、二人の向きを逆にするようにしたのだ。そして、それ故に一 刀の顔は必然的に文醜の股の下にあったのだ。 「む、何か物音がしたか?」華雄が隠れている藪へと近づいてくる。 「くっ……に、にゃあ~」  股でもぞもぞと動く一刀に苦しみつつ文醜は物真似をする。 「なんだ、猫か……恋が連れてきたのか? まったく……」  ぼやきながら華雄が藪から離れる。だが、まだその場から立ち去るようには見えな い。 「文醜め……どこへ行ったのだ」 (ここにいんだよ! いいから、帰れよ!)  内心で叫びながら文醜はごくりと唾を飲み込む。  華雄は、その場できょろきょろと辺りを窺うように視線をあちらこちらへと巡らせてい る。たまに何歩か足を進めては奥をのぞき込んでいる。 「むぐ……すぅ……すぅ」 「っ!? ん~んぁ、動くなぁ、馬鹿」  文醜が小声でそう囁くが、反応がない。どうやら、一刀の意識は未だ戻っていな いようだ。ただ、無意識の時に怒る静かな呼吸が今は文醜を苦しめていた。 「おかしい……何処に行ったのだ、あやつは」  何度目かになるのぞき込みを終えると、華雄がその場で腕組みをした。そして、首 を捻りながらなにやら考え込んでいる。 「いいから……どっか行けよなぁ……くそぅ」 「すぅ……ふぅ……」 「うぅ……い、息が……」  先程から、布越しに一刀の柔らかい息が文醜の太股、そして、その付け根の中心 にある淫裂に触れている。その力ない息が逆に文醜の躰を刺激し続けていた。 「うぅむ……文醜が逃げるとは思えんしな」 「はぁ……はぁ……なんか躰の力が……」 「むにゃ……くぅ……うぅん」一刀の頭が僅かに動く。 「お、おい!」  どうやら、息苦しくなってきたのか一刀が顔を横へ向けた……それによって、一刀 の口が文醜の太股に触れんばかりになっている。 「ぬぅ……あむ」 「くぁ――ん、んぅっ!?」  珍妙な声が出そうになり文醜は慌てて手で自分の口を押さえた。その原因はやは り股の下の一刀にある。急に文醜の太股に思い切り勢いよく口付けしたのだ。 「はぁ……お、起きてるんじゃ、はぁ……ないだろうな……んくっ」 「ぺろ……ちろ」一刀が口付けしたまま舌を肌に這わせる。 「うっ」文醜は必死に唇を噛みしめて我慢する。 「ぺろ……ちゅ……ちゅぅぅうう!」 「おまっ!? ん、うぅ~!」  腿の肉を持って行かれるのではと思う程の吸引力で一刀が文醜の太股に吸い付 いてくる。 「まったく……文醜め。どこで時間を潰そうとしておるのだ」 (いいから、この場から消えてくれ!) 「ちゅっちゅっ……あむあむ」 「ひんっ」 (あ、甘噛みするなよ! というか、お前は何の夢を見てんだぁぁああ!)  文醜のきめの細かい肌に一刀の歯が食い込む。それでも、突き刺すようなもので はなく、あくまで上下の歯で挟み込むような形であり、とても優しい。その絶妙な加 減が文醜には一層もどかしく、また、それによって躰が火照っているのを感じた。 「まぁ、いい……ここにはいないようだし、別の所でも探すか」  そう言うと、華雄は踵を返して去っていった。 「はぁ、はぁ……よ、よし、もういいな」  華雄の姿が完全に見なくなったのを確認して文醜は立ち上がろうとする。が、立ち 上がれない。 「な、なんだ? って、おい!」 「……すぅ……ぐぅ……」  躰に視線を巡らせると、一刀が文醜の腰をガッシリと抱き留めていた。 「おい、はな、離せよ!」 「んん……ふんっ!」  何故か文醜が話そうとするのに抗うように一刀が自分に引き寄せようとする。 「ちょっとまて、そんなに引っ張るな……ひいっ!?」  不思議と力が抜け始めていた文醜の躰は一刀の力に負けて腰を落とす。さらに、 離れようと腕をつっぱることで上半身を反らしていたために、逆に腰の角度や高度 がかわり、一刀の顔に見事に文醜の股が接してしまう。 「ん、んむ? ふみゅ……」 「うわぁぁああ……口を動かすな、呼吸するな、何もするなぁぁああ!」  先程まで、刺激されて潤みを帯びた淫裂が一刀の口の動き、呼吸などに一々反 応し、その刺激を文醜の頭へと送り込む。 「むぐ、うぅ~すぅ、はぁ」  さすがに息苦しいのか一刀は先程と比べて強めに呼吸をする。 「だ、だから、やめ、やぁ!」送られてくる信号に文醜は首を左右に振る。 「んぐ、ふぅ、んぅ……ぺろ」 「舐め、舐めるなぁ! あぁん!」  確実に文醜の淫裂を一切逸れることなく一刀の舌が這う。淫靡な甘蜜によってす っかりぐしょぐしょになった下着は殆ど意味をなさず、一刀の舌のざらりとした感触を 伝えてくる。 「はぁ……はぁ……くぅ」 「ちゅる、んっ」 「うあっ、ま、待て! 起きてるだろ! な――んんっ!」  必死に抗議する途中で、一刀の舌が、汁でびっちょりとした下着ごと文醜の淫裂 を押し分けて中にめり込み、彼女は言葉を飲み込んでしまう。 「ちょ、んっ! もう、やめぇれくへっへぇばぁ!」 「…………」 「っへ、おい! んぁぁああ!」  いつの間にか移動していた一刀の口が文醜の淫裂ではなく、そこよりも僅かに上 ……いや、今の体勢ならば下と言うべき……まぁ、なんにせよ一般的に言う淫裂の 上にある突起……それを口腔内へと含み、その肉粒を下着の上から甘噛みしだし たのだ。 「はぁ……はぁ、いいかげんにひろひょぉ」どうしても声が弱々しくなってしまう。 「……すぅ……れろ」 「おっ、はぁっ!?」  軽快に一刀の舌の上で転がされる文醜の肉粒。舌の動きに釣られるように文醜 の躰がびくんびくんと跳ねそうになる。  ついには、腕の力も完全に抜け、つっぱれなくなってしまい一刀の躰に上半身を 埋める。 「はぁ……くぅ……んっ、はぁ……」  徐々に、息苦しさが増してくる。躰からは力が奪われていく。頭がぼうっとする、熱 が体中を支配し、意識が奪われようとしている……それらが文醜を一度に襲う。そし て、何よりも快感が溜まりに溜まり、爆発したいと訴えている。 「も、もう……らめぇ……と、斗詩ぃ」  今は別行動中である親友の顔を思い浮かべる。一層、下腹部がきゅんとしてしまう。 目の前が霞み、瞳が潤み始める。 「とひぃ……あたい、あたひぃ……ふぇ?」 「すぅ……すぅ……くぅ」  急に感触がなくなったことに驚き、視線を向けると、一刀は穏やかな寝顔で規則的 な寝息を立てている。 「た、たすかったぁ~けろ、どうひよう」未だ舌が回らない口で文醜が呟く。  文醜の躰は頂上まで後一歩で落下した登山家のような状態だった。まさに全身重 傷である。もちろん、怪我をしたわけではない。ただ、躰中が火照ってしょうがないの だ。 「う、うぅ……ち、ちからがはいららいぃ!」  せめて、自分の手で集結させようと思ったが、上手く腕が動かない。それがもどか しくて文醜は大声を張り上げる。 「ろ、ろうしろっへいうんらぁ……」  折角、腰の拘束も解けたのに何も出来ず文醜は口から照れる涎もぬぐわないまま 瞼が力なく降りていった。そして、文醜はゆっくりと意識を手放した。  † 「……懐かしい夢を見たな……」  一刀は意識を取り戻すと、瞳を閉じたまま、今見ていた夢の欠片を思い出した。見 た夢を全て覚えていることはほぼ不可能である、それでも夢の一部は覚えているも の。  その一部……欠片はとても懐かしく、一刀の心に切なさを呼び起こすのに十分な 内容だった。 「まさか、あの時の事を思い起こすとは……はぁ」  思わず、ため息を漏らす。一刀が見たのは、"かつての外史"において共に生きた 少女の一人と愛し合ったときの記憶だった。 「しかし、やけに現実的な感じがしたけどあれは……って、なんだこりゃあ!」  暫くぼおっとしていた一刀が瞼を持ち上げると、目の前には薄緑が広がっていた。 「……すぅ、すぅ」 「って、文醜? いや、というか目の前に下着? 何故? 俺? 何した?」  一刀は訳が分からず、口から発する言葉を切れ切れにしてしまう。 (待て待て待て! 確か、俺は文醜に殴られたあと気を失って……それが何でこん ないかがわしい体勢になるんだ!)  必死に思考を巡らすが、ますます混乱の渦を大きくしてしまうだけだった。 「ど、どうする……」  何とか文醜を起こさずに抜け出したいところだが、いかんせん自分が下敷きになっ ているためそう簡単にはいきそうにない。 「う、うぅん……」 「げ!?」  何か対策をと一刀が考えている間に文醜が目を覚ましてしまった。一刀の心臓が どくどくと強く脈打つ。顔を冷たいものが走る。恐怖のあまり、歯がガチガチとなる。 (こ、殺される……今度こそ、殺される……) 「ふあぁ、眠っちまったのか……って、そうだったぁ!」 「ひぃ!?」 「お、起きてるな、コノヤロウ!」 「すいません、なんかわかんないけど、すいません」  一刀の上からどいてじろりと睨んでくる文醜に一刀は平伏せんばかりに謝り通す。 「あたいにあれだけのことをして……どう落とし前付ける気なんだ?」 「え、いや……その前に、俺何したの?」  せめて、殺される前に理由は知りたいと一刀は思いきって訊ねる。 「…………そういや、意識無かったんだっけか」 「え?」 「いや、まぁ今回は流しといてやる……次は……まぁ、いいや。めんどくさい」 「まずい、意味がわからない」 「いいから、気にすんな……っていうか、思い出させるな、バカ」  頬を開けに染め上げながら上目がちに睨んでくる文醜に一刀はますます嫌な予 感しかしない。自分に対して疑念を持ちつつ、一刀が立ち上がって服に付いた砂を 払い落としていると、文醜が言葉を重ねる。 「それにしても、大分寝ちまったけど――あぁっ!?」 「どうした?」 「もう、日が沈んじまってる!」 「え?」  文醜が呆然とした様子で見つめる先を追う様に一刀も空を見上げる。そこには満 天の星空。自然と隣り合わせのこの世界では星々もその煌めきを遺憾なく発揮して いる。 「って、夜かよ!」 「だから、そう言ってんじゃんか! どうすんだよ!」 「と、とにかく、文醜は部屋へ戻るべきだろ……一人でいると、あらぬ疑いが掛かり かねないぞ」  何時間も一人姿を消した文醜……下手をすれば公孫賛軍に逃亡でもしたと思わ れるかもしれない。そうなる前にさっさと文醜を帰すべきだと判断し、一刀はすぐさま 文醜の手を引いて駆け出す。 「お、おい」 「急げって。しかし、まずいなこりゃ」 「あぁ、もう! 自分で走るってば」そう言うと、文醜の方が前へと出る。 「へ? うぉぉおおお!?」  文醜が本気で走り出すが、その手は一刀の手と繋がれたままなわけで、そうなれ ば一刀は引っ張られるわけで……彼の身体はいつの間にか自分の限界を超えた 動きをしていた。  そして、しばらく引っ張られ続け、ようやく部屋の近くの曲がり角まで差し掛かると 曲がった先から人影が現れた。 「む? 文醜、お前何をしていた……って、一刀ではないか」 「はは、華雄か……もしかして夜警か?」 「あぁ、袁紹たちの部屋の見張りをすることもなくなったからな……だが、どうやら間 違いだったのかもしれんな」 「え?」重々しく告げられた華雄の言葉に一刀は彼女をじっと見つめる。 「やっべぇ……」  頭を掻きながらそう呟いた文醜を華雄が見据える。 「よもや修練中に逃亡するとはな。さすがにこれは白蓮に報告した方がよいかと思う ――」 「待ったぁ!」  華雄の言葉を遮るように一刀は叫ぶ。驚いた華雄が一刀を睨んでくる。 「突然、大声をあげるな。なんなのだ?」 「いや~実は、文醜が姿を見せてなかったのはさ……俺が連れ回したからんだ」  そう言うと、文醜が一刀の方に視線だけを向けてくる。その目が『なんで』と言って いる気がしたが、今の一刀は目の前の人物をいかに納得させるかを優先していた。 「ほう……それは本当なのか?」 「あぁ、たまたま転がってきた文醜を見つけてな……ちょっと付き合って欲しいことが あって無理矢理連れ回しちゃったんだよ。あっははは」 「……ふ、まぁいいだろう。他ならぬお前の言うことだ。信じておこう」 「そ、そうか……ありがとな」  華雄の言葉に良心を痛めつつも一刀が礼を言うと華雄はフッと口元を緩める。 「なんにせよ。今回の事は目を瞑っておこう。その代わり……」 「?」一刀と文醜は黙って続きを待つ。 「今度、誰かを連れ立つ必要があるときは"私に"声を掛けるのだぞ」 「あ、あぁ」よく分からないが、一刀は頷いておく。 「それでは私はこれで失礼させてもらうぞ。まだ巡回中なのでな」  そう告げると、華雄はそそくさとその場を後にした。気のせいか、顔が赤かった気 がしたがきっと照れているのだろう。そう結論づけると一刀は文醜と共に再び歩き出 す。 「助かったよ。あんがとな」  部屋の前についても中へと入らずに文醜が一刀に向かってそう告げた。それに対 して、一刀は微笑を称えながら手を振る。 「いや、いいさ。これくらい」 「でも、ホント助かったぜ」 「はは、そりゃよかった。それより、中の二人も心配してるだろうから部屋に戻ったら どうだ?」  微笑んだまま一刀は文醜にそう促す。 「そうだな」そう言うと、文醜も笑みを浮かべる。 「それじゃあ、おやすみ。文し――」 「あたいのことは猪々子って読んでくれよ」 「え? いいのか」 「あぁ、構わないさ。それじゃあ」  一刀が、反応し切れてないうちに文醜は扉を開くと最後に一言発する。 「おやすみ、ご主人様」 「……はい?」 「あっははは、じゃあな!」  唖然とした表情を浮かべる一刀に破顔すると文醜は部屋へと引っ込んだ。 「はは……おやすみ。猪々子」  もう完全に閉じられている扉に向かって一刀はそう呟くと踵を返した。  †  文醜が部屋へ入ると顔良が首を傾げながら声を掛けてくる。 「どうしたの文ちゃん?」 「ん、なにが?」 「今、何か言ってなかった?」 「んなこたぁないって」  どうやら先程の『ご主人様』を聞かれていないようで、文醜は密かに胸をなで下ろ した。 「それにしても、随分遅かったね」 「ん? まぁ、色々あってな」 「ふぅん、何か良いことでもあったの?」 「いや、そんなことは……なかった……と思うぞ」頬を掻きながら文醜は答える。 「あ、そう」  どこか納得のいかないというような表情をする顔良。 「そんなことより、速く夕食に行くべきですわ!」 「そうっすね。ほら、斗詩も行こうぜ」  勢いに任せて誤魔化そうと、文醜は顔良の手を引く。そして、先頭を行く袁紹に続 いて食事をしに行くことにした。  前を歩く袁紹を気にしながら顔良が耳打ちしてくる。 「ねぇ、文ちゃん」 「ん、どうした斗詩?」訝りながら文醜は聞き返す。  すると、顔良が一層声を小さくして囁いてくる。 「……ご主人様ってどういうこと?」 「なぁっ!? と、斗詩ぃ?」 「何ですの猪々子。五月蠅いですわよ!」 「す、すいません……」 「まったく……もう少し落ち着きを持って――」  自分の事を棚に上げてぶつくさと文句を言いながら袁紹が再び前を向くと、文醜 はすぐさま顔良に小声で語りかける。 「ど、どうしてそのことを知ってる……というか、さっきの本当は聞こえてたのかよ」 「んーん、聞こえてなかったよ」同じく小声で顔良が答える。 「え? それじゃあ……」 「かまかけただけ」 「いっ!?」 「ふふ、そっか文ちゃん……うぅん、猪々子もそうなんだぁ~」  嫌ににやにやとしながら文醜の顔をじろじろと見る顔良。 「な、何か変な勘違いしてないか斗詩」 「そんなことないよぉ~ふふ」  一応、尋ねて見るが顔良は先程から変わらず緩んだ顔をしている。そんな彼女の 視線がどうにも文醜にはむずがゆい。  とは言え、文醜には何も言うことなどなく、ただ黙って顔良を見つめ続けることしか できない。 「…………」 「さっきから、顔赤いよ」 「もう、騙されないぞ」文醜が半眼で顔良を睨む。 「ごめん。これはホント」  そう言って、顔良は舌を出した。 「っ!?」文醜は慌てて両手で顔を押さえる。 「へぇ、猪々子にもそういうことってあるんだぁ~」 「う、うるさい。あんまりしつこいようなら、その胸を揉みしだいて黙らせるぞ!」  そう言って文醜が両手でわきわきと揉む動作をすると顔良が顔を引き攣らせて走り 出す。 「それは、いやぁー!」 「こぉらー待てー!」慌てて、文醜も追いかける。 「ちょっと、二人ともお待ちなさいなぁー!」  月の光が差す中、三つの影が駆けている。それは、とても楽しそうで賑やかな光 景だった。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――   「無じる真√N」拠点24  公孫賛軍の居城の一つ、もの凄い量の巻き髪をぶら下げる人物……それがこの 部屋の主である。 「ちょっと、貴女……」  目の前でお茶を卓の上へと差し出す侍女に部屋の主である巻き髪の美女がその 太陽の日を受け、一層金色に光る髪をかき上げながら声を掛ける。 「はい、何でしょう?」 「わたくし、本日は街へ買い物に行きたいのですけれど……白蓮さんに伝えてくだ さるかしら?」  始まりはそんなちょっとした他愛ない会話からだった。    † 「はぁ、なんで俺が……」一刀の口からそんな言葉が漏れる。 「さっきからなんなんですの! その態度は!」  隣を歩く巻き髪女……もとい袁紹が一刀を睨み付けてくる。その服装は普段を共 に居る他の二人と同じ系統のもので袁紹の服は赤色だった。  そして、そんな服の色に負けんばかりな程に顔を赤らめて柳眉を吊り上げている 袁紹に一刀は気怠い表情のまま視線を向ける。 「そうは言ってもな……いつもの二人や担当の誰かと来れば良かっただろうに」 「知りませんわよ! 斗詩さんも猪々子もよくわからない会合に参加するとかで気が つけばおりませんでしたわ!」 「……あぁ、何か最近出来た"馬好き友の会"だっけか……」 「そう、その馬なんたらかんたらってやつですわ」  袁紹はまったく言えていないが一刀は敢えてそれを流した。ちなみに、この馬好き 友の会というのは、馬好きによる馬好きのための馬好きの会合のことである。一刀も 一応の説明を受けたことがあるため、なんとなくは既知である。というか、一刀の顔 見知りが随分と参加しているのだ。  まず、君主である公孫賛自身。次に、騎馬隊を手足のように操ることに長けた張遼。 元々北で馬賊をやっていた顔良と文醜。そして、動物好きの呂布とおまけの陳宮。 どう考えても、一刀と面識のある者たちが中心となっているのだ。  そして、この日はその会合があり、顔良と文醜は袁紹とは共に行動していなかった。 「華雄は華雄でこういう日に限って警邏担当だし……」  そう、袁紹たちの見張りなどを兼任していたため袁紹と共に行動するのに適して いそうな華雄も丁度警邏を担当する日に当たっていたのだ。  そのため、袁紹たちの身を預かっている一刀が彼女に付き添うこととなったのだ。 「それよりも、このわたくしと並んで街を歩けるというのに、なぁにをしまりのない顔を 一段と緩めているんですの!」 「失礼な! しまりのない顔とはなんだ、しまりないとは!」 「ふん……どこからどう見ても間抜け面ではありませんの」そっぽを向きながら袁紹 はそう言う。 「くぅぅ……なんだろうねぇ……このやるせない気持ちは」  両肩をわなわなと震わせながらも一刀は何とか堪える。 「それにしても、随分と慌ただしいというか、せわしないというか、普段以上ににぎや かですわね」  袁紹が言うとおり、街の人々は普段以上にせかせかと駆け回っている。子供たち や何人もの大人はある一箇所へと向かい。また、飲食店の者はせっせと店で出す 料理の準備をしており、客も普段以上に店を訪れている。おそらくはこの日は稼ぎ 時でもあるのだろうという予想がついてしまうほどおおいに賑わっている。 「あぁ、それなら……」気持ちを切り替えて一刀が解説に入る。 「なんだか、こう……誰も彼もがそわそわしていますわね」  が、袁紹は街を行き交う人々の様子を窺うように視線を落ち着き無くあちらこちら へと移動させている。 「お~い、聞いてますか?」 「……え、何かおっしゃったかしら?」 「だから、今日は祭りがあるらしいんだよ」  ようやく意識を向けてきた袁紹に頭を掻きながら一刀はそう告げた。 「お祭りですの?」 「あぁ、この街ではこの時機にはかかさず行ってきたんだってさ」 「へぇ……お祭り……ということは……御神輿ですわね……」 「え? まぁ、あるとは思うけど」  唐突に眼を爛々と輝かせて空を見つめる袁紹。その瞳は空を見つめ徐々に高揚 感を増している。ちょうど、その時、隣の通りでも通っているのだろう、神輿の担ぎ手 の声が聞こえてくる。 「ワッショイ! ワッショイ!」 「おぉ、威勢が良いもんだな」  耳に届く声に一刀が瞼を閉じて聞き入っていると、袁紹が再び何かをぶつくさと口 から漏らし始める。 「御神輿……神にも勝る存在であるわたくし……お祭り……わっしょい」 「お、おい。どうしたんだ」一人ぶつぶつと呟き始めた袁紹の肩を掴み一刀は自分 の方へと向かせる。 「ワッショイ! ワッショイ!」唐突に満面の笑みで叫ぶ袁紹。 「うぉ! な、なんだ!?」  思考の海をどこへ泳ぎ着いたのかわからないが、突然軽快な足取りで御輿が今 いるであろう方向へと駆け出す。 「おーっほっほっほ! 御神輿にはやはり華がなければならないもの! そして、華 がある存在はこのわたくしをおいて他にはありませんわ~!」 「いや! ちょっと、待てぇぇええ!」  一瞬、呆然としてしまったが一刀はすぐに気を取り直して猛然と走り続ける袁紹の 後を追った。  †  息を弾ませながら袁紹が辿り着いた先では既に多くの人が集まっているため先に 何があるかよく見えい状態になっていた。 「これはいけませんわね……ちょっと、そこのあなた、おどきなさいな。いたっ、誰で すの! わたくしの足を踏んだのは! ちょ、もう! なんなんですの!」  文句を言いながら人を掻き分けて袁紹は前へ前へと進み出る。そして、人の波を 掻き分けた先で袁紹の瞳に一つの光景が飛び込んでくる。 「ワッショイ、ワッショイ!」  がっしりとした筋肉隆々な男たちの手によって上下している御輿の姿が男たちの 中央に存在していた。その上にはお世辞にも豪勢とも豪華とも言えないが、それな りに煌びやかさを称える装飾をされた御輿が陣取っていた。 「やはり、あれでは華がありませんわね……ここは、このわたくしがあの上に乗って… …」 「そこまでだ」  袁紹が一歩を踏み出す前に、後ろから腕を掴まれ袁紹はその場に立ち止まって しまう。 「ちょ、何をするんですの!」 「いや、そもそも何をしようとしてたんだ?」  振り返りながら抗議する袁紹に北郷一刀が半眼で質問を投げかけてきた。 「決まっているではありませんの……あんなちっぽけで見窄らしい状態では今一盛り 上がりに欠けてしまいますわ。ですから、この産まれ持って最高の美を誇るわたくし が代わりにあの上に乗って神々しさを与えようとしていたのですわ」 「…………」 「わかったのなら、さっさとその手をお離しなさいな」  そう言って、腕を引くが一刀の手は離れる様子がない。 「ちょ、ちょっと! 御神輿がいってしまいますわ!」  そう言っている間にも御輿はその姿を小さくしていく。そして、曲がり角を超えて、 その姿を完全に袁紹の視界から消した。 「はぁ……そんな訳の分かんないこと言われて行かせられるかよ。はた迷惑なのは 間違いないんだし」 「まぁ! わたくしの崇高な考えがわからないからって妙な言いがかりをつけるだな んて、とんでもありませんわね」  一刀のあまりの言いぐさに袁紹は眉を潜ませてキッと睨み付ける。 「えぇ~!? な、何で俺が怒られるの!?」相変わらずの間抜けな表情でそんなことを ほざく一刀。 「北郷さん……あなた、まったく理解できていませんのね」  やれやれとため息混じりに袁紹は肩をすくませる。 「この世で最も価値ある御神輿の誕生をあなたは阻止したんですのよ」 「はぁ?」相も変わらず間の抜けた表情で袁紹を見つめる一刀。 「何ですの? その馬鹿面は」 「ば……なっ!?」 「はぁ……もういいですわ」  今から追いかけたところでもう御輿には追いつかない。そう考え、袁紹は肩を落と してとぼとぼ歩き始める。 「……うぅん……仕方ないな」  すっかり、気落ちしてしまったため袁紹には一刀の呟きはまったく聞こえなかった。 「何してるんですの、ほら! 速く来なさいな」  背後で立ち止まっている一刀の腕を持つと袁紹はズンズンと歩き始める。 「お、おい……うわっ」一刀が何か声を上げる。  何やらわたわたと喧しく騒ぐ一刀を無視して袁紹は彼の手を引き続ける。 「まずは、服屋ですわね。ほら、シャキシャキ歩きなさいな!」 「へいへい……わかったから、あまり勢いよく引っ張らないでくれ」頭をボリボリと掻き ながら一刀がため息を吐いた。 「何か良いものがあるといいですわねぇ」 「そーでーすねー」どこか棒読み気味に一刀が答えた。  それから袁紹は一刀を待機させて満足行くまで服を見ることにした。  いくつか、服を見たところで袁紹は待機している一刀が穏やかな眼差しで自分を 見ていることに気付いた。 「なんですの? 何か良いたことでも?」 「ん? 別に何も無いさ。ゆっくり選びな」 「……そうですわね。北郷さんも暇でしょうから、手伝ってくださらないかしら?」 「まぁ、構わないけど……」そう言いながら一刀が歩み寄ってくる。 「それでは、わたくしに似合う服を探すのを手伝っていただくとことにしますわ」 「うぅん……袁紹はスタ――おほん、発育の良い身体してるし、黙ってりゃ顔も綺麗 だし……ほとんどの服が似合っちゃう気がするんだけど」 「それはそうですわ! このわたくしの美しさがあればありとあらゆるものを輝かせる ことができるのですわー! おーっほっほっほ! おーっほっほっほ!」  何を当然なことを言っているのかと袁紹は訝るように一刀を見つめる。確かに、そ の顔は素直に思ったことを告げたといった表情だった。 「いや、だからさ。何でも似合う以上、何着も出てくると思ってね」 「それもそうですわね。なら、似合う中でもよりわたくしに相応しい服を選ぶとしましょ うか」 「そうだな」 「それでは、まずこれ――」  こうして、袁紹と一刀による第一回袁紹に似合う服選手権が始まった。  大人な服から子供っぽいものまで……ありとあらゆるものを試していく。そして、袁 紹と一刀は意見をぶつけ、そして一着の服が選ばれた。一刀はそれを手に持つと、 袁紹の体型に合わせたものを店主に注文した。 「わかりました。これは少々お時間を頂くことになると思いますので明日お越しくださ い」 「うん、頼むよ。それじゃ、行こうか」 「えぇ、そうですわね。それでは、ごきげんよう」  そうして、服屋を後にした二人はその後も袁紹が覗きたいと言った店を覗いていっ た。  しばらく、見て回りきったが、それでもまだ日が沈むまでには時間がありそうだった。 「時間が余っちゃったな……」 「そうですわねぇ……どうするんですの?」 「え? 俺が決めて良いのか」 「わたくしの用事は済みましたから。と、く、べ、つ、に許可しますわ」 「そ、そう……ありがと」 「えぇ、目一杯感謝してよろしくてよ」  あくまで自分の方が上の立場あるかのような態度の袁紹に一刀は苦い笑みを浮か べるだけだった。 「それじゃあ……そうだな、露店でも見に行くか」 「露店……ですの?」 「あぁ、袁紹は行ったこと無いのか?」  念のため聞いてみると、袁紹は首を横に振って口を開く。 「ありませんわ……一体どんな店ですの?」 「それは……というか、実際に行った方が速いな」  そう言うと、一刀は袁紹を露店の集まる通りへと案内する。そこには祭りから戻った 店主たちが業務を再開しており、祭りの客も多く立ち寄っているらしく大分賑わって いた。 「やっぱ、活気あるな」 「な、なんですのここは……」  露店の並ぶ姿を眺めて何があるだろうかと胸を躍らせる一刀とは裏腹に隣の袁紹 は唖然としている。 「ここが、露天商の集まる区画なんだよ」 「はぁ……通りのあちこちに見窄らしい店のようなものがありますわねぇ……あら、あ ちらには道ばたに座り込んで何か売ってる方がおりますわよ」 「そういうの全部ひっくるめて露店なんだ」 「へぇ……なんでわざわざこのようなことをしているんですの?」 「それは、人それぞれさ。店を持てない人。旅の商人で特定の店を持たない人。何 でも良いから売ろうとしている人。理由なんて千差万別でこれといったものは言えな いな」  そう言いながら一刀は露店の集まる通りへと踏み出す。後ろを袁紹が追いかけて くる。 「ふぅん……では、ここにいるお客はどうしてこちらに来てるんですの? 同じような 用途の店なら他にあるでしょうに」 「まぁ、こっちの方が意外な値段で売られてたりするのさ。それに、ここでしか変えな いものなんかもある。旅の商人が他の街や村独特の何かを討ってることなんかもある しね」 「そんなの城に呼べばよいではありませんの」  呆れた顔でそう告げる袁紹に一刀は、あぁ、お嬢さまだったな、この人と改めて価 値観の違いを再認識した。 「それは、そういうことが出来る人用だ。俺みたいなのはこうやって街に出て露店を 回ったりするものなの」 「随分と面倒ですわね」眉を潜めながら袁紹が言う。 「まぁ、よく知らないとそう思えるかもな。取りあえず、これから付き合ってくれよ」 「わかりましたわ。わたくしは心が広いですから、わがままに付き合うくらいはしてあ げますわよ。おーっほっほっほ!」 「はいはい……そりゃどうも」  長々と立ち止まっているのもなんだと思い一刀は再び脚を勧める。隣の袁紹も並 んで歩き出す。  それから、しばらく一刀たちは露店を見て回る。袁紹が物珍しげに眺めては商品 を無茶な扱いによって破損させ、一刀が弁償することになったり、一刀が果物屋の おばさんから貰った果物を横から奪って食べたり、と袁紹大暴れな時間だった。 (いや、いつも大暴れだけどな……)  内心で、自分にそうツッコミを入れると一刀はため息を吐く。 「はぁ……でも、それなりに満喫してくれたみたいだし。それでも、いいか」 「何してますの! 次の店を見ますわよ」 「はいはい! 今行くよ」  既に次の店の前で商品を眺める袁紹の元へと一刀も走り寄る。 「…………」 「お、何か気になるものでもあったのか?」 「…………別にありませんわ」  そう言うと、袁紹は立ち上がりまた別の店へと歩き出す。一刀はそれを追いかけよ うとするが、その前に気になったことがあったので店主の方を見た。 「あの、すいません。ちょっといいですか――」  †  今、袁紹は身分の引く者の暮らしを間近で見ている。露店商の集まる通りを歩い ているのだ。  ここはとても見窄らしく、貧相な感じがする……それでも、どこか明るさがあって輝 いて見えた。  それに、全ての人々に笑顔が浮かんでいた。また、一刀をまるで自分たちの仲間 であるかのように思って接しているようにも見えた。もしかしたら、北郷一刀という人 間はこの街の人々に何かしたのかもしれないと袁紹は思った。 「一体、あの男は何者なのかしら……」  以前、それこそ公孫賛軍に降る前は一刀の事などあまり記憶しておらず、幽州の 馬鹿男などと蔑称していたのだが……あの戦で救われ、そして日々を過ごすうちに 彼のことをいつの間にか"北郷"と呼ぶようになっていた。  もしかしたら、今の袁紹と同じようなことが街の人たち……いや、北郷一刀という人 間と関わった者たちに起っているのかもしれない。 「はぁ、頭を使うとつかれますわね」  余計な事を考えていたら頭痛がしてきたので、袁紹は考えるのを止めた。そして、 こめかみを押さえる。頭をもみほぐして頭痛が治まると、袁紹は軽い足取りで次の店 へと向かう。 「そんなことより、どんどん見て回りますわ!」  と、そんな袁紹の背後から誰かが駆けてくる。 「ちょ、ま、待ってくれって……一人で先に行かないでくれよ」  それこそ、北郷一刀その人だった。相も変わらず間の抜けたというか、しまりのな いとうか、どこか柔らかな雰囲気を持つ男である。 「それは、北郷さんが遅いのがいけなのはありませんの?」 「おいおい……それでも、待ってくれても良いだろう?」そう言いながら一刀が汗を 拭う。 「はぁ、まったく……そんなことでわたくしの付き添いがつとまるとお思いなのかしら」 「……悪かったよ。今度はもう少し頑張るさ」  そう言って、一刀は申し訳なさそうに笑う。 (本当に変なかたですわね……)  袁紹の行動についてこられる人間はいつも一緒にいる文醜か顔良くらいのものだ と袁紹は思っていた。他の者は格が違いすぎるために袁紹についてこれないのだと も思っている。  そんな中、この北郷一刀はしっかりとついてきているわけではないが、必死につい てこようとしている。とても根性のある人物だと袁紹は思った。  大抵の者は自分の格が低いことに衝撃を受け、ついて行けないと判断し、袁紹の 元を離れてしまうのだ。 「でも、あなたはついてくるんですのね……」 「ぜぇ……はぁ……え? 何……はぁ、はぁ」息を整えている一刀が袁紹の方を見る。 「なんでもありませんわ。それよりも速く次の店を見に行きますわよ」 「よし、行こうか」  そうして、袁紹は一刀と共に露店を見て回った。それはとても充実した時間だった。 次来るときには顔良、文醜も一緒に来たい者だと思った。  そのまま、時は経ち日も暮れていった。  †  露店通りを抜けた頃にはすっかり夕日によって街が真っ赤に染まっていた。 「さて、大分見て回ったし、そろそろ戻るとしようか」 「そうですわね。そろそろ、猪々子たちも用が済んだでしょうし」  袁紹は頷くと歩き始めようとする。一刀はそれを制止し、その場にしゃがみ込んだ。 「なにしてますの?」 「あれだ、さっき御輿に乗りたがってただろ」 「それがどうかしましたの?」  小首を傾げて袁紹が訊ねてくる。それに対して一刀は頬を掻きながら答える。 「代わりと言ってはなんだけど……俺が担ごうかなって」 「はぁ? 何を言ってるんですの」 「だから、せめて俺に担がれて満足して欲しいって事だよ」  そう、御輿騒動の時に一刀が考えたのはこれだった。帰りは丁度外へと続く門の 方へと出てきたので、一刀たちが暮らす敷地まではそれなりに距離があるので、そ の間のみ御輿に乗った気分に近いものを味合わせようと思っていたのだ。 「なんだ? 不満な?」 「…………わかりましたわ。あなたがどうしてもとおっしゃるのなら乗って差し上げて も構いませんわよ」  そう言う割に、うずうずと身体が揺れている袁紹に一刀は苦笑すると、口を開いた。 「それじゃあ、どうか北郷御輿にお乗りください、お姫様」 「あらあら、仕方がありませんわねぇ~」  周りに聞こえるようにそう良いながら袁紹が背中に乗る。気のせいか、周囲の人が 一刀を指さしひそひそとなにか小声で話し合っている。 (まさか……変な人扱いされないだろうな……)  一抹の不安を抱えながらも一刀はそれを無視し背中に袁紹が乗り、首に手が回さ れたのを確認すると、腿へ手を回し立ち上がる。所謂、おんぶである。 「さて、それじゃあ。出発だ!」 「なぁんか手が嫌らしい気がしますわね……」 「あのなぁ……」  袁紹の言葉に身体の力が抜けそうになるが一刀はなんとか堪える。 「それはこの際ですから、見て見ぬ振りしますわ。ですから、さっさと進みなさいな!」 「あいあいさー!」  そう言うと、一刀は勢いよく駆け出す。少なくとも女の子一人を抱えて走るくらいの 体力なら一刀にもあるのだ。 (しかし、散々鍛えた成果を発揮するのがこんなんでいいのか……俺) 「さぁ、かけ声を出しなさいな!」 「わ……ワッショイ! ワッショイ!」叫びながら背中の袁紹を上下に揺する。 「そぉれ、ワッショイ! ワッショイ!」上下に揺れる度に袁紹の豊満な胸が一刀の 背中を叩く。 (……こ、これは!?)  ズン、ユサッ、ペチ、ズン、ユサッ、ペチ……規則的にそんな音がなる。それぞれ 身体を揺らす、胸揺れる、一刀の背中に当たる、である。 「ほーれ、ワッショイ、ワッショイ!」 「ワッショイ! ワッショイ!」近くに集まった子供たちが声援を送ってくれる。  いつの間にか周りを走る子供たちと共にかけ声を上げながら進み続ける一刀。 「どうですか、姫さま?」一刀は僅かに首を後ろに向けて袁紹に尋ねる。 「まぁまぁですわね」  言葉とは裏腹にその口元は吊り上がり、見事なまでに頬が緩んでいる。 「まんざらでもないくせに……」  そんな反論をぽつりと呟きつつ、一刀は苦笑を浮かべrた。 (まるで、でっかい子供だな、こりゃ……)  それもひねくれ者の……と付け加える。 「ほらほら、もっと速く! 高度が下がってきてますわよ」 「ぬぉおおおお! ちくしょー! やめときゃよかったぁぁあああー!」  夕日を浴びながら、ちょっとばかし大きな影がかけ続ける。わがままなお姫様を満 足させるために……。  †    城へ戻ると、一刀は御輿となったまま袁紹を部屋へと運んだ。途中、顔見知りの少 女たちと合ったのだが、何故か一刀は彼女たちと言葉を交わすことなく駆け足で立 ち去った。  そうして、部屋へ送り届けられた後、袁紹に包みを手渡すと立ち去ってしまった。 「何をあんなに急いでいらしたのかしら……まぁ、そんなことはどうでもいいですわね」 「おかえりなさい、麗羽様」顔良が袁紹を笑顔で迎えた。 「あ、姫……どこ行ってたんすか?」 「ちょっと、街に出ていたのですわ」 「へぇ……で、それは?」不思議そうに文醜が包みを見る。 「これは、北郷さんがわたくしに是非にと言ってくださ――よこしたものですわ」 「食いもんかなぁ?」 「猪々子……それはちょっと……」顔良が呆れた表情で文醜を見る。 「とにかく開けてみますわね……」  そう言って、袁紹は封を切って中身を取り出す。卓の上に出てきたのは一つの胸 飾りだった。華を模ったもので黄色く明るい色をしている。 「なぁんだ。食いもんじゃないっすね」 「もう、食い意地張りすぎ。でも、なんだか綺麗な飾りですね」 「ふん、所詮は安物ですわよ」 「あれ? 麗羽様はこの飾りのこと知ってるんですか?」 「え、いえ……知りませんわよ。あの人のことですから安物しか買えないだろうと思っ ただけですわ」  顔良の質問に慌てて袁紹は答えた。言葉を助長するように手振りもつけて否定し た。 「でも、いいですね。贈り物されるって」 「あたいなら、食いもんがいいなぁ……」 「あーもう、さっきから食べ物食べ物うるさいよ、猪々子。それなら、速いとこ食事し に行こうか?」 「さっすが、斗詩。よく分かってるぜ!」  親指を立ててビシッと顔良に拳を向ける文醜。最近、一刀に聞いた『サムズアップ』 というものである。 「それじゃあ、行きましょうか。麗羽様」 「そうですわね……行くとしましょうか」 「あれ? それつけていくんすか?」  そう言って、文醜が袁紹の胸元を指さす。 「えぇ、折角、北――おほん、一刀さんがくださったものですからね。わたくし、人か らのもらい物は大事にするんですわよ」  そう言って、袁紹は華の胸飾りを優しく撫でる。安くても不思議と気に入っていた 飾りで、露店で見かけたときに欲しいとは思ったが自分の……袁家の誇りがあるた めそんなことは口が裂けても言わなかった。  それでも、一刀は彼女の内心を見抜いてくれた。 「でも、この飾りはより一層大事にしそうですわね……ふふ」  気がつけば、露店で見た時以上に胸飾りのことが大事に思えていた。