始 弐 −俺もイエス、マイロードとか言われながら飛行機つくりたい− 「お姉ちゃん、お姉ちゃん。こっちなのだ!」 「もう鈴々ちゃん、待ってよぉ〜。私は鈴々ちゃんや愛紗ちゃんと違って体動かすの苦手なんだから」 「だけどお姉ちゃん。流れ星が落ちてから時間が経っちゃっているのだ。もしかしたら逃げちゃうかも知れないよ」 「こら鈴々そんなに慌てるな。普通流星は逃げないものだ。それより危機感を持て。もし桃香様に何かあったらどうするのだ」 「むー。愛紗は相変わらず硬いのだ。もしお姉ちゃんになにか有っても鈴々が守るから大丈夫なのだ。 にゃはは♪もしかして愛紗怖いのかー?」 「そんなわけあるか!私はただ桃香様に何かあってからでは遅いと思って、前もって警戒しているだけだ! こんなご時世だ、警戒しておくことに越したことはないだろう」 「えっとね、愛紗ちゃん。私のことを心配してくれているのはすっごく嬉しいよ。 だけどそんな腰が引けてる格好で言われると、言い訳に使われているのかな〜って思っちゃうんだけど」 「確かに愛紗腰が引っけ引けなのだ。怖いなら最初から言えばいいのにー。仕方ないから愛紗も鈴々が守ってあげるよ。ふふーん」 「なんだその小馬鹿にした笑いは。それに私は鈴々に守ってもらう必要なんか無い。なにかあったら、この青龍刀で薙ぎ払って……」 「ありがとおおおおおおおおおおぉぉおお」 「ひっ!?いきなりなんだ?」 「「んっふ〜」」 「桃香様、鈴々なんですか、その笑いは!しかし、いったいなんなのでしょうか?」  三人の行く先に手を振っている奇妙な格好をした青年がいた。 ◇◇◇ 「はぁ〜。これからどうするかな」  大きな声を出したからだろうか、それとも先が見えない恐怖からか体中から力が抜ける。ぺたんと大地に座り、そのまま寝転べる。 あぁ、太陽がまぶしい。それが嫌で瞼を閉じる。  それにしてもようやくここがどこか分かりそうな矢先だったのに。 まさか置いていかれるとは思わなかった。それに今の俺なんかに迎えの人なんているはずなんか…… と考えていると、瞼の裏に感じていた光が何かに遮られた。 「あの〜」  ふむ、可愛らしい声だ。しかし何故かここに来てから女性との接点が増えた気が……。 「桃香様!いきなり声をかけるなんて危険です。後ろに下がってください」  失礼な。俺は女の子に助けられて、さらには置いていかれるしょうもない男だ。危険なはずがない。 「愛紗まだ怖がっているのかー。やっぱり鈴々が守ってあげるから安心するのだ」  桃香、愛紗、鈴々。三人かな。それにこれもおそらくだが真名だろう。お互いが信頼しあっている話し方だ。 というかいい加減目を開けよう。 「愛紗ちゃん鈴々ちゃん、お兄さんが目を開けたよ!」 「こんにちは♪」  先ほどの三人しかり、この三人しかりずいぶんと綺麗というか可愛いというか。まぁ服装はやはり、俺からしたら奇抜なわけであるが。  なんて失礼なことを考えながら挨拶を返す。ずいぶんと柔らかい微笑をする子だ。 「あぁ、こんにちは。ずいぶんと変わったところにいるね」 「それはこっちの台詞なのだ。こんなところで寝転んでいるお兄ちゃんの方が変わっているのだ」  確かに。一番幼そうな子が言うが、そのとおりである。少しでもマシにしようかと体を起こす。 「我々は先日町であった占い師から、この周辺に流星に乗りこの大陸に太平をもたらすものが現れる。と予言されたので その方を探して歩いておりましたが、流星が降って来たのでもしやと思いここに来た次第です」  と黒髪が綺麗な少女が教えてくれる。俺には危険がないと分かったのか少し腰が引けているが警戒は解いてくれたようだ。 「流星?俺は30分くらいここにいたけど、そんなのを見てないよ。それに会った人も盗賊の三人と女の子三人かな?」 「鈴々達が流れ星を見たのはちょっと前なのだ。鈴々は早く来たかったんだけどお姉ちゃんが遅くて今になっちゃったんだー」 「え〜、鈴々ちゃんそんなこと言うの〜。私あれでも頑張ってたのにぃ」 「にゃはは」  二人の掛け合いの裏で黒髪の少女はこちらを見ながら、ふむ、とか、まさか、とか呟いている。 なんか最近見た光景だな。と思いさっきの戯志才と名乗った少女が同じことをしていたと思い当たる。  そうだ、今回はすぐにでも名前を聞いておこう。結局槍の少女のは聞けなかったし。 「そういえば三人の名前を教えてもらっていいかな?さっきから呼び合っているのは真名ってものなんだろ? さっき間違えて呼んで殺されかけて、あっはっはっは」 「あっはっは、それはお兄ちゃんが悪いのだ。鈴々はね張翼徳って言うんだよ」 「あれ?死にそうになることって笑うことだっけ?何で二人ともそんな余裕なの? え、えーと私は劉玄徳って言います♪ほら、愛紗ちゃんも」 「あ、はい。私は関雲長と申します。一つお聞きしたいのですが、 今真名を呼んで殺されかけたと仰っておりましたが、真名のことはご存知なかったのでしょうか?」  関雲長と名乗った少女が俺に何かを聞いていたと思うが答えられない。 そう関雲長。彼女はそういった。さらに二人は劉玄徳と張翼徳らしい。  まさか最近話題の歴女という者か。好きすぎてコスプレしているとか。  しかし、日本を知らない。大陸。そして冗談を言っていない雰囲気。彼女たちの名前。 程立達と会ったときから集めた破片を合わせていくとにわかに信じがたいが…… 「ごめん。もう一つ質問。ここの行政機関ってどこ?政をしているって言えば分かるかな?」  玄徳さん、翼徳ちゃんは互いに顔を見合わせて何故?という顔をしている。だが雲長さんはやはり、といった顔をして答えてくれる。 「政を行っているのは一言で言うと王室ですね。実際はどうか分かりませんが、あなたが聞きたいことではないと思いますので。 今の帝は霊帝です。漢王室という言葉に聞き覚えは?」 ◇◇◇  目の前の青年は愛紗ちゃんの受け答えを吟味しているようだ。さっきから何かを呟いている。しかし私はそれどころじゃない。 「愛紗ちゃんどうしたの?何か分かったような顔をしているけれど」  そう、私と鈴々ちゃんは彼のとんちんかんな反応に正直驚いているのだが、 さっきまで怖がっていた愛紗ちゃんが彼に対し親身になっている気がするのだ。 「はい桃香様。おそらくですが彼が占いで出てきた御仁ではないかと。 今の時代いきなり真名を呼ぶ者など居ません。服装からして貴族の方かと思いましたが、帝に関しても知らない様子。 ここの文化を知らない方なのでしょう。本人もまだここがどこか理解できていない様子ですが、そのような人が占われた場所に居る。 その意味を考えると彼が天からの御使い様だという結論が妥当かと」 と言い優しい視線を彼に送る。 「こらこら愛紗。いくら嬉しいからってそんな視線をお兄ちゃんに送っちゃ駄目なのだ。お姉ちゃんが嫉妬しているのだ」  嫉妬なんかしてませんよーだ。ただいいなぁって思っただけだもん。  それにしても彼が私たちが探していた天の御使い様か……。優しそうな人でよかった♪ ◇◇◇  漢王室。劉玄徳。関雲長。そして張翼徳。 もうこれは認めるしかないようだ。俺は三国志の世界にいる。 三人が女性なのが気になるが……。タイムスリップでもしたのだろうか。疑問は尽きない。 「あの」 と玄徳さんが声をかけてきた。後ろでは雲長さんが翼徳ちゃんを追いかけているが。 「ん。なに?」 「貴方の名前を伺いたいな〜って思いまして。考え事が終わってからでも良いんですけど」 とすまなそうに尋ねてきた。そういえばここに来てから一回も自己紹介をしていない気がする。 程立達や目の前の彼女達に尋ねはしたが…… 「あぁ、ごめん。マナー違反だったね。俺は北郷一刀って言います。よろしく」  一瞬笑顔で?って顔をしたが北郷一刀さんか……と呟く。 どうやら無意識に使っていたマナーという単語の意味が分からなかったらしい。 英語が分からないのかな?これからここで過ごすことになるなら気を付けないと。 「愛紗ちゃ〜ん、鈴々ちゃ〜ん。御使い様の名前、北郷一刀さんだって〜!」 と玄徳さんは追いかけっこを続けていた二人に大声で伝えた。ようやく二人の足が止まる。 って冷静に現状を理解しているんじゃなくて。 「あの、御使いってなに?」  そう御使いってなに?玄徳さんは御使い様の名前が北郷一刀って言っていた。 つまり俺らしい。いつの間にかわけの分からないものに認定されていた。 「はい、さっき私達が探している人がこの周辺に居るって言いましたよね? で愛紗ちゃんが推理をしまして、貴方がその人、天の御使い様ということになりました♪」  え?なんか意外と軽い認定の仕方だ。しかしとすると 「じゃあ俺がこの大陸に太平をもたらす人ってこと?」 「はい、そういうことになります」  戻ってきた雲長さんが答える。 「しっかし鈴々はまだ納得できないのだー。このお兄ちゃんすっごく弱そうだし」  俺だってまだ納得できてないさ。弱いのも認めるけどおそらく君よりは…… ってこの子、長坂橋で仁王立ちしたあの張翼徳なんだよな。 とすると、この時代の上位の強さなわけで、あの槍の少女が誰か分からないが最低でもあれぐらいの実力と考えてもいいのか。  俺、君の言うとおりすっごく弱くていいです。 「うん。俺もその子が言うとおりそんな器じゃないと思う。ついこの間までただの学生に過ぎなかったんだから」  この間。そう言ったとき何かが引っかかる。そして脳裏によぎる一人の少女らしき輪郭。なんだろういったい?ひどく懐かしい。 「そういった方には得てして自覚がないものです。また貴方も気がついていると思いますが、 ここは貴方が過ごしてきた場所とは違います。今までの評価は当てにならないでしょう。 それに力にも幾千の形が存在します。ですから何もせずに出来ないと判断をなさらないで下さい」  確かにそうかもしれない。もしここが俺が知っている三国志の世界ならその知識はある程度持っている。 さらにその他でも俺が持っていて使える知識は少なからずあるだろう。これだって力の一つだ。  何もせずに判断をするな、か。言い得て妙だ。まだ俺はここで何もしていない。しかし俺はここにいる。 違う時代。違う場所。それが何を意味するのか、まだ分からない。 ただそれには必ず意味がある。俺はそこに向かって進まなければいけない。誰かが俺を呼んでいる、そんな予感。  自分が大陸を太平に導く。そんな痴がましいことではない。 きっと俺はきっかけなんだと思う。御輿でもいい、立ち上がることで何かが変わっていく。 「分かった。俺が天の御使いだとは思わないけど努力はしてみるよ。だからお願いがあるんだけど、出来れば一緒に来て欲しい。 おそらく俺が進むべき道が太平なら君たちの力が必要になると思うから。それにまだ俺はここに慣れていないから、ね」  なんか壮大なことを言ってしまった気がして少し照れ隠しを含ませる。しかし三人は嬉しそうに笑ってくれていた。 「もちろん!もともと私たちは皆が笑って暮らせるように御使い様を探していたんだもん。 その人から同じ志の下、同じ道を歩いて、なんて嬉しいよ♪」  後ろの二人もうなずいてくれる。 「お兄ちゃんまかせるのだ!お兄ちゃんが危なくなったら鈴々が助けるのだ」  なんか地上最高の護衛を手に入れた様な気がする。 「こら鈴々。まずは危険な目にあわせないのが我々の仕事だろう。しかし私も同じ気持ちです。今までただ理想でしかなかったこと。 それが少しずつかもしれませんが前に進んでいく実感がしています。はやくこの地に平和をもたらしたいですね」  とても嬉しかった。それこそ俺が言っているのが理想論だと思う。形さえ見えていない。 だけどそれを皆が目を輝かせて聞いてくれる。あまつさえそれを信じ、ともに前に進んでくれるのだ。  ありがとう。そう言いたい。しかし 「あ「ぐ〜〜〜〜」う」  あぐーう。自分の間抜けさに涙がでる。この先進む場所を見つけたからなのか安心したらしい。 すると今まで緊張していたものが解けたのだ。途端腹の音の大合唱。 世界で一番しょうもない不協和音。顔がどんどん熱くなっていく。 「まずは町に行って腹ごしらえでしょうか。何もせずに空腹で倒れられても困ります♪」 「愛紗ちゃん、そんなこと言ったら駄目だよ。きっと自分たちの創る世界はお腹を空かせることはないって体を張って表現してくれたんだから」 「でも鈴々もお腹が空いたのだ。町に行くならさっさと行こうよー」  皆半笑いでそんなことを言う。すっごく恥ずかしいです、はい。  恥ずかしいので三人を無視して程立達が向かった方向に一人で歩いていく。 「お兄ちゃん!そっちに町はないのだー!!」  今日の俺はどうもしまらないらしい。四人で笑いながら町へと歩き出した。  一刀は知らない。 彼が前を見ていたからか、いや、距離も十分にあった。だから気がつかなくても仕方がない。 彼の後ろ、遙か彼方から彼のことをもっとも求めている少女が向かっていたことを。 「うまいのだ〜〜〜!!!」  そう翼徳ちゃんが雄たけびを上げた。小さな体に消えていく多数の料理。見ているこっちがお腹がいっぱいになりそうである。 「しかしずいぶんと豪華そうなものを頼んだね」  目の前に並ぶのは大衆食堂に入ったはずなのに絢爛豪華な品物も多くある。 「ええ、今日は我らの始まりの日です。このような日を祝わずにいったいいつを祝うと。 これから先苦しいこともあるでしょうが、今は忘れて楽しみましょう」  硬そうな雲長さんも今は破顔している。 「そうだよ〜。私達三人じゃもうどうしようも出来なかった。けど諦めたくない。 そんなときに御使い様に逢えた。これって運命的なことだと思うんだ♪だから皆で諦めないで進んでいこうね」  すでに満足したのかお茶を啜りながら玄徳さんはそう言う。 そうだと思う。俺がこの子達に会ったことも運命のうちの一つなのだろう。  だからか、一つ気になることがある。 「あのさ。俺も皆と同じ気持ちなんだ。困っている人たちを助けたい。その仲間だと思ってもらって欲しい。 だから俺のことは御使いって堅苦しく呼ばないで一刀って呼んでくれないかな。 ただでさえここのことは何も知らないから御輿のようなものなんだし」 「私達の絵空事とも思えることに耳を傾け、さらには協力していただける。それだけですでに仕えるべき器の人と思っているのですが……」  雲長さんは困ってしまったようだ。まさかそこまで認めてくれているなんて。 「だったらさ愛紗ちゃん、御使い様。ご主人様っていうのはどう? 私達は仕えるべき人だって思っているから名前で呼ぶなんて恐れ多いし、御使い様はこう呼ばれるのがいや。だったらその中間でご主人様♪」 「鈴々はお兄ちゃんて呼ぶからどっちでもいいのだ」 他人事なんだろう。美味しそうにラーメンに乗っていた分厚いチャーシューを一口で食べる。 「なるほど、これならしっくり来ます。よろしいでしょうかご主人様?」 もう使ってるし。こちらからすればご主人様って言われると何か変な感じがするのだが、 向こうの二人はすでに乗り気だ。水を差すのも悪い気がする。こちらも徐々に慣れていけばいいのかな。 「分かった。これからよろしく。俺も君達からご主人様って言われるに値する人間になれるように努力するよ」 「よろしくご主人様♪私のこともこれからは桃香って呼んでね」 「そうですね、これから私達が仕える人だ。どうぞ真名で呼んでください。 私の真名は愛紗。この関雲長、ご主人様の槍となりこの乱世を収めましょうぞ」 「鈴々は鈴々というのだ。お兄ちゃんもお姉ちゃんも皆まとめて鈴々が守ってあげるのだ!」 「ありがとう。俺のことを主だと認めてくれて。さらにこんな豪華な料理をご馳走してくれるなんて」  皆笑顔だ。だけどちょっと様子がおかしい。笑顔が硬い。そんな気がする。 「えっと、どうしたの?もしかしてやっぱり主失格?」 「いえ、私達てっきり天の御使いということでご主人様がお金を持っていると思っていまして……」  あ……れ?もしかして無一文?なんか店員さんの視線がきつくなった気が。ここで何かが頭をよぎる。 「ちょ、ちょっと待って!確かさっき盗賊に襲われたとき小銭入れが有った気がするから待って!」 と言い胸元を探る。有った!慌てて取り出すと何かが手に引っかかり太ももの上に落ちる。 隣に座っていた桃香がそれを見つけて拾った。 「ご主人様これなーに?」  桃香が持っていたのは一つの杯。それも庶民が持つようなものではなく貴族が使うような品だ。 朱塗りされた下地に二匹の鳥。それが何を指すか分からない。 「これはなかなかのものですね。描かれているのは鳳と凰でしょうか」  愛紗はしげしげと眺めながらそう言う。鳳と凰。もしかして 「それって鳳凰のこと?あの空想の生き物の」  俺としては鳳凰と一括りにして聞きなれている。 「はい。もともと鳳凰は雌雄一対の鳥と言われています。鳳が雄で凰が雌ですね。 聖徳の天子の兆しとして現れるという言い伝えがあり、そのため王者の象徴とされています。 また雌雄一対ということで夫婦仲を取り持つとも」  王者の象徴に夫婦仲、か。 「ご主人様、なんでこんなもの持ってるの?すごく豪華なものだよ。それに想いが詰まっている気がする」 「俺にもわからないよ。いつの間にか懐に入っていたんだ。だけど桃香の言うとおりとっても大切なものだと思う」  初めて見たと思う。だけどこれと沢山の思い出を作ってきた、そして大切な人からもらったと感じる。 なんと表現すれば良いのか分からない。第六感、とでも言えば良いのか。 「お兄ちゃん!鈴々はおかわりしてもいいのー?」  ふくれっ面をした鈴々。目の前の料理をほとんど食べたが満足していないらしい。その声で自分がお金を探してたのを思い出す。 「ちょっと待って。これって使えるかな?」 と愛紗と桃香に小銭入れに入っていた数枚の硬貨を見せる。日本の物とは違うものだ。 「おそらく使えると思います。硬貨の形は見たことがありませんがおそらく銀貨でしょう。 形を変えて商人に目利きをしてもらえばおそらく」  俺も愛紗も知らない硬貨か。なんか知らないものだらけで驚かなくなってきた。あぁこれもか、といった感じだ。 「ご主人様、私が商人の人に両替してもらってこようか?もうお腹いっぱいだし」  桃香が気を利かせてそういってくれる。だけど…… 「愛紗。じゃあ両替を任せてもいいかな?俺は相場が分からないから」 「分かりました。とりあえず此処の食事代と路銀に困らない程度替えてきます。 鈴々、お代わりをしてもいいがそろそろ終わりにしておけよ」 と言いながら小銭入れを受け取り立ち上がる愛紗。前からは鈴々の元気な返事。そして横からは 「ご主人様。私聞きたいことがあるんだけど……」 と恨めしそうな言葉。だってねぇ。  桃香をなだめ、俺も食事に集中しようかと箸を持ったとき後ろの客から気になる言葉が聞こえた。 ふむ。  思うところがあり計画を立てる。 「いっぱい食べたのだ〜〜〜!!!」  またしても鈴々の雄たけび。しかし場所は店の前。 「ホントに沢山食べてたよね、鈴々ちゃん。見てるだけでお腹いっぱいになりそうだったよ♪」 「しかし少しは落ち着いてもらいたいものです。ご主人様、このあとはいかがしますか?」 「うん。さっき隣の人たちが話していたんだけど気になる場所があってね。あとここら辺に酒屋はあるかな?」 「酒屋さんならさっき来たときに見かけたよ。それにしてもご主人様が行きたいところか〜。どんなところだろ?」 「まぁ行ってからのお楽しみってことで」 と三人を促し目的の場所に向かう。 「さ、皆。着いたよ」  食事代で余ったお金を使い結構高価な酒を買ってきた。 「これは……桃ですか?」 そう、桃の木。隣の人達が話していたのはここ、桃園のことだった。 「綺麗なのだ〜」 と言い鈴々は走り出してしまった。 「本当に綺麗だね♪ご主人様は私達にこれを見せたかったの?」 「いや。俺もここまで綺麗だとは思わなかったよ。ただ此処で一つの始点が欲しいと思ったんだ」  正確に言うと有名な桃園の誓いを再現したかったという気持ちであった。 だけれども此処に来てみて始まりの地にふさわしいと本当に思う。 「そうですね、先ほどの料理店でも言いましたが、これからは今日誓った志を糧に先へと進むでしょう。 そのためにしっかりとしたものがあった方がいいと思います」 「うん。そうだね。つらくなったら今日を思い出してまた頑張れる気がするよ」 「二人ともありがとう。鈴々〜!こっちに来てくれないかー」  折れた桃の枝で遊んでいた鈴々を呼ぶ。横では桃香と愛紗がお酒の用意をしている。 「どうかしたのかーお兄ちゃん!?」  走ってこっちに来てくれた。年相応な彼女の行動に幼い彼女を巻き込むことへの後ろめたさと、 俺たちの行く先に同じ思いをする人を無くさなければならないと一人決意する。 「この先のために、皆で思いを一つにしようと思ってね」  そう鈴々に言い用意をしていた二人に視線を向けると準備も終わったようだ。 「ん。じゃあいいかな?」  三人の顔を見ると皆優しい顔でこちらを見ていた。そのことが嬉しく涙が出そうになる。が堪え決意を言葉にする。 「これより先、多数の困難が我々に待ち受けているだろう。しかし、世に太平をもたらし、全ての人に笑みを。 この志が有る限り俺達は一人ではない。決して怯えず、決して驕らず、一人でも多くの人の手を取れるように。 努力を怠らずに進んでいこう。皆が笑って過ごせる世のために!」  乾いた音がして四つの杯がぶつかり合う。皆笑顔のままだが目の奥に覚悟の炎が見て取れる。  巻き込まれたのかも知れない。御輿に過ぎないかも知れない。 しかし……もう幕は上がった。もう後戻りは出来ないし、する気もない。 自分がどこまでいけるか分からない。だが今の誓いを胸に進んで行こうではないか。  諦めてしまったらそこで終わりなのだから……。 続 予告 桃園の誓いを結んだ一刀達。 そこから遙か彼方に一人月を見ている少女が居た。 彼女は何を思い一人杯を傾けるのか。 次回 「幕間 -blue moon-」 編集後記 ふと気がつく。あまり鈴々と桃香の動き方を覚えていない。ということは動かせるのは愛紗のみ……結果愛紗が解説役に。 なぜ蜀るーとにしたんだろう。本当に思う。 おまけは書きたかった話を設定を変えて…… 資料が探せずに使えなかった話。エロゲを資料にするものまずいだろうと思い……凰さんはピンクででっかくて嫉妬深いのでしょうか? おまけ 「おや、お兄さん綺麗なものを持っていますねー。見せてもらってもいいでしょうか?」 「ああ、さっき華琳に褒美だともらったんだ。俺が見てもかなり高価なものだと思うよ。 そういえばこれって何が描いてあるのか分かるか?」 「やはり華琳さまからでしたか。意匠を見たときにもしやと思いましたがー。これは鳳と凰ですよ。空想の生き物の」 「鳳と凰って鳳凰か?一応知っているけど何で華琳と結びつくんだ?」 「なら鳳凰の話をしましょうか。聖徳の天子の兆しとして現れるという言い伝えがあります。 また雌雄一対ということで夫婦仲を取り持つとも言われてますねー。ですが雌の凰は嫉妬深いのですよー」 「うん、そこまでは分かったんだけど……」 「はいー。王者の象徴は言わずものがな。雌雄一対の話はお兄さん相手に夫婦と言い切れるのは華琳さまだけです。 そして嫉妬深いという点は……ふっふっふー。なんにしても鳳凰の特徴は華琳さまのそれと近いものがありますからねー」 オチなし