始 壱 −スタートはいつ燃える− 「か、りん……」  夜とは質が異なる暗さの中、目を開ける。 ごめん嘘。  何故か俺は青空の下、大の字で寝転んでいた。  なぜ俺は外で倒れているんだろう?そう思い上半身を起こし周囲を確認する。 「あれ?」  ここはどこだ?一言で言うと荒野。二言でいうと荒れた野原。 いったん落ち着いて自分の行動範囲の地形を思い出す。 ……該当なし。つまり俺にとってここは知らない場所だ。ならばと今度は今朝の自分をトレースしてみる。  確か朝寝坊をして慌てて寮を飛び出したのは覚えている。 そして……  あれ?思い出せない。長かった、けど短すぎると感じてしまう日々を過ごした感覚がある。そして達成感と安堵、悔しさと諦め。  最近そんなに充実していると感じた記憶はない。そろそろ試験だから勉強しないといけない、と思っていたぐらいだ。 なのにどうしてこうも胸が締め付けられるのか。  考えることに集中していたのがいけなかったのか、不審な気配が近づいてくるのに気がつかなかった。 「おい、てめぇ」 一瞬呆ける。 「てめぇアニキを無視するなんていい度胸じゃねえか!」  もしかして俺に声をかけてるのか?そう思い後ろを振り返る。 「は?」  なんだこいつら?鎧っぽい金物とずいぶんと質の悪い布地の服。そして腰にぶら下げている、日常生活では見かけないであろう 「刀?いや剣か?」  何か頭の中で警報がなっている気がする。それが命の危険なのか、危ないヤツに声を掛けられたからなのかは分からないが。  しかし人がいるということは、なにか手がかりが手に入るかもしれないと考えていると、 「ずいぶんと変わった服装してんじゃねえか。どっかの貴族のガキか?」  変わった服装。相手はそう言った。ということはフランチェスカ周辺ではないのだろうか? いや多少校風が出ているとしても変わったと表現されるほど外れた制服ではないのだが。 ということは制服を知らない地域か?そんな地域があるとは思えないが。言葉も通じているし。  まぁ悩んでても仕方ないし気になっていたことを聞いてみるか。 「あの、ここはどこら辺ですか?学校に向かっていたはずなんですけど、気がついたらここにいて」  三人が俺の話を聞いた途端顔を見合わせる。 「お前ら、こいつ相当の世間知らずと相当の馬鹿、どっちだと思う?」 「馬鹿なんじゃねえすか、訳わかんねえこと言ってやすし、危機感のかけらもありやせん」 「ボグのばぢみづー」 「てめぇは黙ってろ。んじゃ奴隷は諦めてさっさと剥いでバラすとするか」  三人は話がまとまったらしくこっちを振り向く。振り向きざまに鉄が滑る音が聞こえたのは気のせいか。 「おい無駄な時間はかけたくねぇ。金目の物出してさっさと裸になれ。その上等そうな布をてめぇの汚ねぇ血で汚したくないんでな」  首に当たるのは腰に差していた剣。というか恐喝にしては展開が速すぎないか? そう思いつつも首から伝わる鋭さと冷たさに男の言うとおりポケットを探る。 「あれ?」  違和感。 「なにぼけっとしてやがる。さっさと出せッつってんだろうが!」  小さな男が声を荒げているが、そんなことはどうでもいい。 携帯がない。寮の鍵もない。手触りで感じるのは使った記憶のない小銭入れと一つの杯。 あるはずのもの、ないはずのもの。チグハグだけど、いまの自分には相応。なぜがそう思った。  無意識のうちに動きが止まってしまったのだろう。 チッという舌打ちとともに鳩尾に衝撃をうけ後ろに吹っ飛ばされる。 「とろとろしてんじゃねぇ!こっちはさっさとここからずらかりてぇんだ。 しかたねぇ、デク首絞めるとかしてさっさと殺せ。ただし服は汚すな。てめぇも失禁なんかすんじゃねえぞ」 「シ゛パーフ゛の゛る゛ぅ゛〜?」 「そうだ、さっさとやれ」  やばい。さっきからあのでっかいヤツの返答の仕方は気になるがそれ以上に我が身が危ないっぽい。 「うわああああああ」  こうなってしまったら恥も外聞もない。意地でも逃げなくては。 「デク逃がすな、チビも行けっ!」  焦っているせいか、それとも先ほどの鳩尾へのダメージか足がもたついてしまう。 「だっ誰か、助けてくれっ」 「はん、誰もこねえっつの」  ざしゃ。石にでも躓いたか肩から地面に倒れる。これはもう駄目かもしれない。 「ったく世話かけやがって。さっさと死ぐぇっ」  しぐぇ?思わず目を閉じてしまった俺に届いたのは痛みではなく小さな男のわずかな悲鳴。 恐る恐る目を開けてみると遠くに吹き飛ばされた小さな男と自分の頭上から伸びる一本の藍色の棒、いや槍柄だった。 「槍柄を辿っていくと俺の前にいたのは一人の美女、いや美女へと羽化しかけている儚げな美少女である」  ……は?一時かもしれないが死への不安から逃れられ安堵していた俺の上から聞こえてきたこんな台詞。 そして場違いなほど楽しげな挙動をしている槍柄。 「そんな少女に一目惚れしてしまった俺だが、少女はふふっと一笑いを残し颯爽と去っていった」  待て待て、まだ二人も残っているんだ。恥ずかしい話だが颯爽と去ってもらったら困る。 「ちょっ、ちょっと待って……く、れ」  振り返りながら相手に待ってもらえるように声をかけたのだが、目の前には本当に美少女がいた。 確かに声も柔らかかったし、自分で少女と言っていたから女性とは思っていたが……。 「おやおや本当に惚れられてしまいましたかな」 「あ、いや、いや、うん、あ、うん」  赤べこの如く首が上下に動く。彼女の言葉に同意しているのか、感謝の気持ちなのか、驚きを表現しているのか。  とりあえずテンパっている自分を落ち着かせる。 「はー、ふぅー。えーと、ありがとう。助かったよ」 「気になさるな、何やら騒がしかったので近づいてきただけだ。それに感謝はしばし待って頂こう。 逃げようとしている残りを始末してくるゆえ」  そう言うと力の差を感じ取っていたのか、すでに逃げ始めた男たちを追いかけていった。 「助かった、んだよな。しかし奴らいったいなんだったんだ?」  日本はいつからこんなに犯罪が積極的になったんだ?いや、日本なのか?でも言葉は通じていたし……なんて考えていると 「いやいや、お兄さんも不幸でしたねー。ここら辺は盗賊が少ない地帯なんですがー」 と肩をぽんぽんと叩かれる感触とともに、そう独り言に返答される。  うっ、と少しびびりながら声のしたほうを向くとそこには二人の少女がいた。  しゃがみなから俺の肩についていた土埃を取ってくれている少女が今声をかけてきたのだろう。 見た目はかなり幼い。それに保護欲を刺激される。しかし最大の特徴は頭に載せている何か。 もう一人はその少女の後ろに立っており知的で、しっかりしている印象を受ける。  さらに言うなれば二人とも独特、見慣れない服装をしている。そういえば先ほどの槍の少女も服は独特だったな。 「こら、風。いきなり馴れ馴れしいわよ。彼も困っている」 「うーん、そうですか稟ちゃん?私としてはただ心配しているだけなんですがー。 それに稟ちゃんだって、あぁ心配っ、て乙女の目をしてますよー」 「そんな目はしてません。それより本当に大丈夫ですか?星が間に合ったとはいえ追い詰められていたことには変わりないですから」  うぐっ。恥ずかしいところはばっちり見られていたらしい。 しかし相手からの攻撃は鳩尾への蹴りだけだったし、あとは転んだぐらいだからなんともない。 「必死に逃げてたからね、ほとんど攻撃されていないんだ。それに最後は自分からこけたようなものだし。 心配してくれてありがとう、えっと風さんに、稟さん」  お互いが呼び合っていた名前で感謝を伝える。  いえーと間延びした返事をくれた風と何かを考え始めた稟と呼ばれていた子。 稟の態度は気になったがまともに会話が出来る相手と分かった今、ずっと思っていたことを訊ねた。 「えっと風さん一つ聞きたいんだけど、ここはどこかな?もしかして日本じゃない?」 「日本、ですかー。聞いた事のない地名ですね。稟ちゃんはどうですかー」  いきなり話を振られて驚いたのか稟は首を横に振るだけだ。  「ふむ。稟ちゃんも知らないですか。因みにここはエン州(六の下に兄)ですよー。小さな町も側にありますが、ここから分かりやすいのは陳留でしょうか」  エン州はまったく知らない地名だが陳留はあるような、ないような。  それよりも日本という単語に聞き覚えがないのに驚いた。いったいここはどこなんだ。 ジャパンと聞いたほうが良かったのか。いやしかし言葉は通じているし。  難しい顔をしていたのが分かったのだろう。風は地面に人差し指でこうですーと言いながら地名を書いた。 うん。漢字だ。ここは漢字圏らしい。ということは日本以外だと中国かあとはシンガポールあたりか。  しかし顔に似合わず達筆である、人差し指だから達指か。なんてくだらないことを考えていると先ほどの少女が帰ってきた。 「星ちゃんお帰りなさいー。盗賊さんたちはどうでしたかー」 「うむ、逃げられてしまった。まぁ今回は被害がなかったことを喜ぼうではないか」 と言いながらこちらを見たので、 「さっきはどうもありがとう。助かったよ。星さん?」  こちらとしてはまだ名前を聞いてなかったし素直に感謝の気持ちで二人が使っている彼女のと思われる名前呼んだだけだったのだが。 ひゅっ。  先ほど自分の命を救った槍が今度は首に向いている。 「まさかいきなり真名を呼ばれるとはな。流星を追っていたらお前が困っていたのが見え助けてみたが、 こんなに礼儀を知らないヤツだったとは。助けたことに後悔はないが、それ以外には後悔しそうだ」  な、なんなんだ、いきなり。さっきまで結構友好的だと思っていたのは俺の勘違いだったのか。 いや、彼女は礼儀知らずと俺を罵った。ならば俺に非があると思うのだが、まったく思い当たらない。 真名と言っていた気がするがそれが原因なのか。  助けを求めようと風と稟の方を向くが、二人とも合点がいったという顔をしている。 現に風なんかおおーと感嘆の言葉を発している。目の前に死の狭間をさまよっている人間がいるのにずいぶんと余裕ですね。 「ご、ごめん。何か君の気に障ったことはわかるんだけど、それがなんなのか分からない。 俺が過ごしてきた場所と違うみたいで文化とか分からないんだっ」  そう俺は日本で過ごしてきて、ここの人達は日本を知らない。分かっている事実はそれだけだ。 だったら俺の知らない文化があると考えるべきだろう。 「そんなわけあるまい。この大陸の人間なら周知のことだ。現に言葉も通じているではないか。……まさか五胡のたぐいか」  少女から発せられる殺気がよりいっそう強くなるのを感じたが、 救いの手を差し伸べてくれたのは先ほどまでほとんど話していなかった彼女の一声だった。 ◇◇◇ 「星、落ち着きなさい。おそらく彼の言っていることは事実よ。 それに五胡の関係者でもないと思うわ。本当に知らなかったと思うから許してあげて。現に私も風も真名で呼ばれてた」  そう彼から感謝を受けたとき私たちは真名で呼ばれていたのだ。 しかしながらそれを受け入れていた。ずっと感じていた違和感はそこだったのだ。 真名を呼ばれる嫌悪感は一切感じず、むしろ心にしっくりと当てはまる、そんな感覚。  初めて逢った人にそんなことを感じるなんて違和感といわずなんと言うのか。 しかもそのこと自体も今の今まで気が付かなかったのだから、なおさらだ。 「そうですよー。さっきから何か変だと思っていましたが、それでしたかー。 お兄さん。私のことは風と呼んで下さい。わざわざ風さんなんか他人行儀に呼ばなくてもー」  そしてそう思っていたのは私だけではないということ。二人とも受け入れていたから星の言葉で気がついたのだ。  私と風。二人が初めて逢った人に真名を言われ受け入れる。これはいったいどういうことなのか。 ううむ。  未だ納得はしていないのだろうが、私と風の見当違いの言葉に怒りは収めたらしい。星は静かに穂先を地面に置いた。 ◇◇◇  何とか俺は本日二回目の命の危険から脱出できたらしい。またもや女の子に助けられたのには目をつぶろう。  しかし、気になる。あの温厚そうだった彼女が烈火の如き怒りをあらわにしたのだ。 「あ、のさ。一つ聞きたいんだけど、さっきから皆が話している真名っていったいなんなんだ?」 「真名と言うものは自分の本当の名前と言ったところでしょうか。確かに親や先祖から頂いた名前もありますが、 親しい間柄のものだけに許すのが真名と思っていただければ。 それゆえにとても大切なものであり、初対面の人に言われて許せるものでは無いです、普通は」 と稟が説明してくれる。だとしたらさっきからお互いが呼び合っているものこそ真名なのだろう。 それをどこの馬の骨か分からないものに呼ばれたとなっては、きっと辱めを受けているのと一緒なのだ。 「ゴメン!そんな大切なものをなにも知らない俺が使ってしまって。 文化を知らなかったとはいえ、それは許されることではないと思う。本当に申し訳ない」  三人に頭を下げる。知らないからといって許されない。俺は土足で大事な場所に上がったのだ。あのような行動をされても仕方がない。  …ん?なら何で風は許したのか。むしろ積極的に使ってくれ。といった感じでもあった。 ま、まぁなんか独特の雰囲気を持っている子だし例外的と見てもいいだろう。  きっと稟も世間知らずと目をつぶってくれていたのだろう。むやみに触っていい問題でもなさそうだ。 「だからお願いがあるんだけど、先ほどの命を救ってもらった感謝と正式な謝罪をしたいから君たちの名前を、 真名ではない、俺が使ってもいい名前を教えて欲しい」 「私はそんなに気にはしていないんですがー。まぁいいでしょう。 風は程立といいます。お兄さんなら風と呼んでもらってもいいのですが、周りが怒りそうなんでー。 二人きりのときには愛を囁く様に耳元で”風”と呼んでくださいー」  うん。やっぱり独特な子だ。にしても程立か、中華っぽい印象を受ける。 「次は稟ちゃんですよー。おや、もしかして私とお兄さんの絡みを想像してしまいましたかー?」  ふと稟の方を向くと、こちらを向いてはいるが顔は真っ赤。あと何故か鼻を手で押さえている。どうしたんだ? 「うるさい。失礼、私は今は戯志才と名乗っております」  ちょっと鼻声。『今は』とはどういった意味か。やっぱり中華っぽい。  そういえば槍の子が先ほど怒ったとき、この大陸、と表現していたが大陸と言われれば中国だよなぁ。 「ごめんちょっといいかな?君たちの名前を聞いてて思っていたんだけどここって中国?」 「いえ、風も言っていましたが、ここはエン州の陳留が一番わかりやすいでしょうね。 中国というのも先ほどあなたが仰っていた地名同様聞いたことがありません」  うーん中国でもないのか。だったらいったいここは? 「風、稟。向こうに人影が見える。もしかしたら彼の迎えのものかもしれん。だとしたらそろそろ我々は退散しようではないか」  こんな壮大な風景は中国といわれれば納得してしまうんだけど。というか壮大すぎるだろ。 「そうですねー。名残惜しいですが、私たちも旅を続けたいですしー」  遠くに見える山の形とか昔の中国の絵とかに描かれているのにそっくりだし。 「ふむ。あまり面倒なことに関わりたくないですね。では御仁、我々はこれにて」  って、あれ。三人ともいっちゃうの?まだ槍の子の名前すら聞いてないし感謝もしてないんだけど。 だけど俺と関わると面倒みたいなことを戯志才さんも言ってたし。 ……待て、俺に迎えの人っているの?まだここがどこか分からないってのに。  そのとき。 「一、刀……」  急に誰かに呼ばれた気がした。すごく身近で耳にすんなり入ってくる声。 後ろを振り返る。しかし誰もいない。いったいなんだったのか。  そういえば。と慌てて三人の方を向く。 あぁ。もう彼女たちは遙か彼方。もう追いつくことは諦めるしかないか。けど……感謝は伝えたい。 「ありがとおおおおおおおおおおぉぉおお」  腹いっぱいの声で叫んだ。彼女たちに聞こえるように。  真ん中の白い女の子がビシっと音が聞こえそうなぐらい綺麗に右手を挙げたのは遠目だった俺の見間違いか否か。 続 予告 藍槍の少女に命を救われた一刀。 彼女達と別れた一刀に待っていたのは新しい出会い。 彼は考える。自分がここにいる理由とは。ここですべきこととは。 出会いから始まる新たな物語。 次回 「始 弐 −俺もイエス、マイロードとか言われながら飛行機つくりたい−」 編集後記 第一話。やっぱり主人公は一刀君 最初の台詞は一刀君分かっていません。寝言ってほとんど覚えていないという理由。 書いてて思いましたがキャラが分かってなかったなって感じです。未だ分からん 稟が自分ではないと鼻血を出さないのは覚えています。というか書きながら何度かプレイしました。 稟って自分のなかじゃ鼻血以外無個性だったんで(汗。けど鼻血を出したかったんで書きました。未遂だけど おまけ 焦っているせいか、それとも先ほどの鳩尾へのダメージか足がもたついてしまう。 一刀「動け動け動け!!!今動かなきゃ意味がないんだよ!!!俺は何のためにここにきたんだ!!」 稟 「目標を捕捉。パターン黄。間違いない、賊よ」 風 「お兄さん、貴方は死なないですよー。風が守りますから」 稟 「風。ロンギヌスの槍を使え」 稟 「あれを使うと老人たちが黙ってはいまい」 稟 「どうにとでもなるさ」 じゃっじゃっじゃっじゃっ、ぶん 稟 「投擲成功。目標消滅しました」 キャスト シンジ→一刀 レイ→風 本部の人たち→稟 エヴァ零号機→星 我ながらひどい ちなみに脳内で星は風を肩車してます。下から星、風、宝ャ