「無じる真√N－ＩＦ　Ｅnd After Episode-正月」




「はぁ……あったまりますわねぇ」
「そうっすねぇ～なんだかもう動きたくなくなりますねぇ」
　麗羽と猪々子がまるで溶けてしまったかのようにまったりとした表情でそんな会話を交わす。
「…………それはいいけど、なんで俺の部屋にいるの？」
　すっかりだれきっている二人を見ながら一刀は口元を引き攣らせる。
「あぁ、どうもすみません～」
　そんな一刀に対して、麗羽、猪々子と同様にだれている……いやたれている斗詩が頭を僅かに動かす。
　謝ってるのかよくわらからない斗詩に、気にしなくていいと答えながら一刀はこれまでのことを思い出す。
　漢女二人組の仕業なのか……この世界へと来た少女たちはフランチェスカの生徒として登録されていた。それこそ、まるで初めからそうであったかのように。
　さらには、あのクリスマスの夜に彼女たちを一刀の元へと連れてきたサンタの格好をしたサタンと自称トナカイの鬼が学校関係者となっていた……ちなみに二人の役職については、「とぉっても偉い役職の椅子に座っているのは確かよ、どぅふふ……どうしても知りたいと仰るのなら……そうねぇ」とねっとりとした視線を送りながら貂蝉が微笑んできたところで立ち去ったため一刀もよくは知らない。
「いや……どうやって入ったの？」
　そう、少し前まで一刀は外にいた……外で遊んでいる面々と共にいたのだ。そして、体力有り余る少女たちについて行けず一刀は部屋へと戻ってきた。
　そうしてみれば何故かこたつで丸くなる三人がいた。
「決まってるだろ？　鍵開けて入ったんだよ」
「なに、当たり前だけど？　みたいな顔してるんだよ！」
　確かに部屋の扉に鍵を閉めておいたはずだった。
「それに、男子寮に勝手に女子が入るのもまずいはずなんだがな」
「あら？　それなら大分前に変更されたではありませんの？」
「はい？」
「確か……『愛を育まんとする男女を引き裂くことなど何者にも許されないのよぉん』とかよくわからない理由で変わったじゃあありあませんの」
　訝りながらそう告げる麗羽に一刀は一層驚きを露わにする。
「嘘……」
「本当ですよ……ふふ」
　驚愕したまま身体を硬直させた一刀を見ながら斗詩がくすくすと可笑しそうに笑う。
「……はぁ、何だか変なことになったな……まぁ、三人が男子寮に入っても問題なかった理由はわかった。それで、どうやって俺の部屋の鍵を開けたんだ？」
「簡単ですよ……合い鍵です」
「はぁ？」
「だから、あたいらも含めて、白蓮たち……というか、一刀に会うために"ここ"へと来たやつらに渡されたんだよ……一刀の部屋の合い鍵が」
「いやいや！　おかしいだろどう考えても！」
「さっきからごちゃごちゃとうるさいですわね、これだからお馬鹿さんは……まったく」
「……少なくとも麗羽には言われたくないな」
「何か仰りました？」
「いえ……なんでもありません」
　麗羽にきっと睨み付けられただ黙り込むことしか出来ない一刀。そんな彼に斗詩が事情を説明する。
「それがですね……実は私たちもよくはわかってないんです」
「え？　それってどういう……」
「あの、クリスマス……でしたっけ？　私たちが来た日」
「あ、あぁ……そうだけど」
　いまいち要領を得ない説明に首を傾げる一刀に斗詩からかわって猪々子が説明する。
「その時、あたいらを連れてきた……角男とサタン殺しだっけ？　あの二人が――」
「サ、サタン殺し!?」
「ち、違うよ。サタン殺しじゃなくて、さたんころー……じゃなくて、さんたくろーすだよ」
「あぁ、あの二人か……つまり、あの二人が合い鍵を渡したと」
「そういうことです」
　一刀の確認に斗詩は先程動揺最小限の動きで頷いた。
「はぁ……どうなってるんだか」
「一刀さん？」
「あ、いや……なんでもないよ、斗詩」
　なんだかんだと色んなことがあった間に一刀は元袁紹軍――今の一刀の周りにある世界には似合わない単語ではあるが――の三人から真名を呼ぶ許可を貰っていた。
　また、同時にこの世界で生きることとなった少女たちに一刀は、自分の事を姓名のどちらかで呼ぶようにと忠告した。
　それ故に、斗詩も一刀のことを名前で呼んでいた。そして、一刀も斗詩のことを真名で呼んでいた。
「すっかりこたつの魔力にやられたか……」
　今は正月……一刀たちも冬休みを満喫している最中である。
　そして、すっかり寒くなったのに合わせて一刀はこたつを出した。それを遊びに来た少女たちに見つかって以来誰かしら入っていることが多かった。
　そして、この日はいつのまにか部屋に侵入していた麗羽たちが占領していた。
「そうなんです～あぁ、本当に素晴らしいですねぇ……こたつって」
「そうだなぁ～斗詩。でも、動かないと太るぞぉ～」
「猪々子！」
　一瞬、くわっと表情を怒り一色にそめた斗詩が猪々子を睨む。
「あだっ!?　斗詩さん、何故わたくしの脚を蹴るんですの！」
「違いますよぉ～やったのは猪々子ですよ」
　憤怒の表情で睨む麗羽に斗詩はまったりとした表情のまま答える。
「いっ!?　と、斗詩、何言って――いたっ!?」
「くぉのくのぉ～」
「れ、麗羽さま痛いっすよぉ、ちょ、変なとこに足が……うぁっ」
「ふにゃ～」
　何やらもぞもぞと動く麗羽と猪々子を余所に斗詩はひとりまどろんでいる。
「あらあら……猪々子ったらどうしたのかしら」
「れ、麗羽さまマジでやば……うんっ、いんで……も、もうやめ……んっ」
　何やらこたつによるものかはたまた麗羽の謎の行動によるものか、猪々子の顔が熱っぽくなっていく。
　一刀は、ただ黙ってそれを見つめる。ずっと、そうずっと見つめ続ける。
「はぁ……んぅ……ちょ、み、見てないで、あたいをたすけ、たすけ――んあっ」
「ほらほらぁ……あら、何やら足先が濡れて来ましたわね」
　そう呟く麗羽の言葉を肯定するようにこたつの中からくちゅくちゅと水音が聞こえてくる。一刀は一層集中して猪々子へと視線を注ぐ。
「…………うぅむ、なんと言ってよいやら」
　一刀はごくりと唾を飲み干そうとしたが出来なかった。口の中がからからに乾いているのだ……目の前の妙に艶めかしい光景に一刀の身体もまた火照っていた。
　麗羽による猪々子への攻めは続き、その下半身から聞こえる水音もまた増していく。気付けば猪々子の瞳は潤み、口端からは涎が垂れ始めている。
「も、もう……やめれぇ、ほんろにらめ。らぁんか、へんにらっれる……んぁあ」
「うふふふ……なんだか可愛らしくなりましわねぇ」
「あ、鼻血出そう」
「一刀さん」
　ついには頭がくらくらとし始めた一刀に斗詩が声を掛ける。
「ん、どうした？」
「えいっ！」
　一刀が斗詩の方を向いた瞬間、ぴゅっという音と共に一刀の目へと何かが入りこんだ。それを感じた瞬間は驚きのあまり目を瞑った。
　そして、その侵入したものが液体であると気付いた瞬間、瞳に刺激が走り一刀は目を両手で押さえながら床をごろごろと転がり回る。
「あがぁ～!!　目が……目がぁ～!!」
　転がる一刀の上に何かが乗る……それは触れた感触から蜜柑の皮であることがわかる。
（蜜柑の汁を俺に……どうして？）
「ふふふ……猪々子のあんな顔見ちゃダメですよ」
　斗詩が何かを言っているが今の一刀には聞こえない……ただただ目が痛くて仕方がないのだ。周りの音に耳を傾ける余裕など無いのだ。
　それからしばらくたってようやく一刀が目の痛みから解放されて慌てて猪々子の方を見ると彼女はくたっとこたつへと上体を倒れ込ませていた。心なしかその口がテラテラと艶めかしく輝きを放ち、そこから漏れる息が乱れている。
「はぁ……はぁ……」
「あら、猪々子ったら……すっかり大人しくなりましたわね」
「猪々子……可愛かったなぁ」
　妙につやつやとした顔をする二人に一刀は首を傾げる。
「一体なにが？」
「ふふ……それは」
「秘密ですわ」
　にっこりと微笑んでそう告げる二人に一刀はただ黙って頭を掻いた。
　と、その時誰かが部屋の扉をノックする音が聞こえてくる。
「ん？　誰だろう……」
　妙な雰囲気を醸し出す三人を後にして一刀は扉へと向かう。
「はいはい、誰かな？」そう告げて不在でないことを伝えながら扉を開く。
「あ、あの……どうも」
「…………」
「お、月と詠か。どうしたんだ？」
　二人を中へと促しながら用件を尋ねる一刀。それに対して先程から黙ったままの詠がずいと包みを見せつける。
「ん？　それは……」
「あのその……おせちとお餅です」
「へぇ、よく知ってたなぁ」
「調べたのよ。あんたがその二つを月の前で口にするから……わざわざね」
　今まで一言も発しなかった詠が憮然とした表情でそう答えた。
「そっか、それで用意してくれたってことか……悪いななんか」
「いえ、私も興味があったので。それに……一緒に過ごしたかったので」
「……まったく幸せ者ね。月にそこまでしてもらって」
「まったくだな……」
　呆れた様子で肩を竦める詠に一刀は同じような仕草を取る。
　そして、そのまま月と詠を台所へと案内する。この男子寮は元々大した間取りがなかったはずなのだが、やはり学校関係者の中に二人の漢女が混じってから気がつけば間取りが変わっていた。流しでなく、台所と呼べるだけの空間が出来たのもそのためだった。
　間取り変更がこんな時に役立つのかと感心してると、詠が一刀の方へと顔を向ける。
「それじゃあ、速く外にいる連中を呼んできてくれるかしら？」
「あぁ、わかった行ってくるよ」
　詠の要請に従い、外へと向かおうとするが、一刀は一旦振り向く。
「そうそう、楽しみにしてるよおせち……二人が一生懸命作ってくれた、ね」
「ちょっと、誰が二人で作ったなんて……」
「大丈夫、わかってるわかってる」
　慌てて顔を覗かせる詠にそれだけ告げると一刀は勢いよく外へと出て行った。

　外へと出た一刀の前では常軌を逸した光景が繰り広げられていた。
「せぇぇええい！」
「なんのぉぉおお！」
　凄まじい速度、動き、勢いで動き回る二つの影、そして、その間を羽根を持った小さな影が目まぐるしく行き来している。
「なんじゃこりゃあ……」
　思わず一刀は口をぽかんと開けっぴろげにしてしまう。
「これで終わりやぁぁああ！」
「やらせはせん！　やらせはせんぞぉ！」
　霞の放った稲妻のような一撃を華雄はその身を大地から弾かせて食らいつきはじき返す。
　その光景に一刀はかつて見た二人の男性が汗を垂らしながら激しく動いて競技で腕を競うビールの宣伝を思い出していた。
「いまや！」
「まだまだぁ！」
　二人の攻防はいっこうに変化が見えず拮抗状態となっていた。
「うぅん、どうしたものかな……」
　あまりにも集中して羽子板を振っている二人に一刀はどう声をかけたものかと腕組みして悩んでしまう。
「何をうんうん言っているのです？」
「ん？　おや、これはパンダさん」
「誰が、ぱんだですか！」
　そう叫ぶパンダに一刀は思わず吹き出してしまう。一刀の目の間にはいつの間にかパンダ――ではなく、音々音が立っていた。
　ただ、その眼の周りと鼻は黒々としており、墨を塗りたくられたことが伺える。そして、その顔がどう見てもパンダなのだ。
「いやいや謙遜なさらずに……動物園のアイドル、パンダさん」
「動物園？　アイドル？　いえ、それよりもねねには音々音という名前があるのです！」
「ははは……何を仰るパンダさ――あいてっ」
「……ねねいじめちゃダメ」
　頭を襲う痛みに振り返った一刀の前には手刀を構えたままの恋がいた。
「そうだな、ちょっと調子に乗りすぎたかな」
「…………でも」
　そうぽつりと呟くと恋は音々音の頭を優しく撫でる。
「恋殿？」
「……ねね、可愛い」
「恋殿ぉ～」
　頭を撫でられていた音々音が恋にじゃれつく。その様はまるで猫……いや、この場合子パンダだなぁ、などと一刀は思った。
「そうそう、それでなんだが。実はいま月と詠が来ておせちと餅を用意してくれたんだよ」
「…………おせち？」
「あぁ、まぁこの世界で正月に食べる料理のことだよ」
「…………料理」
　そう呟く恋の瞳が輝いている。その様子から彼女が興味を持っていることがよく分かる。
「それでみんなを呼びに来たんだけど……」
「…………行く！」
「!?……あ、あぁ」
　眼を爛々とさせて彼女にしては大きめの声を出す恋に一刀はびくりと方を強張らせる。
「それならねねと恋殿は先に戻っているのです」
「…………」
　音々音の言葉に恋が頷く……もの凄い高速で何度も。
「そうか、それじゃあ俺はあの二人の決着を待つかな……」
「あの筋肉馬鹿二人はきっとすぐには終わらないと思いますがどうするのです？」
「え……それマジ？」
　音々音の言葉にさっそく戸惑う一刀。どうしたのものかと羽子板に興じる二人に視線を巡らす、よく見れば彼女たちの額にはそれぞれ"馬"と"鹿"というふうに一文字ずつ書かれている。
「どうするかな……」
「あの二人が素直に止めるとも思えませんね……どちらともあれに心を奪われすぎなのです」
「あ！」
　心を奪うという言葉で一刀は一つだけ方法を思いついた。
「おーい、霞！」
「……せいっ！」
　一瞬だけ、霞の動きが鈍った。どうやら、一刀の声は聞こえているらしい。
「一旦、中断してくれ。昼食にしよう」
「それは……はっ！　あかん、決着が……ほっ！　ついとらんのや」
「ふぅん、早く来ないと折角用意した酒がなくなるんだけどな」
　わざとらしくそう叫ぶ一刀。すると、霞は跳んできた羽根を掴み握りしめる。
「よし、華雄。一旦中止や！」
「お、おい！」
「酒、酒～」
　狼狽する華雄を後にして霞が一刀の方へとやって来る。
「よし、それじゃあ……後は白蓮と星だな」
「あっちは大変なことになっとるやろうな……くく」
　何が可笑しいのか霞が吹き出す。そのことに一刀が首を傾げていると華雄がやってくる。
「おい、いきなり中止はないだろう！」
「まぁまぁ、華雄も落ち着けって」
「しかしだな……勝負をあやふやにするというのは……」
「今日くらいはいいだろ一緒に過ごしたいんだよ華雄、いや――」
　途中で一刀は華雄の耳元へと口を近づけると彼女の真名を呼ぶ。すると華雄が急に大人しくなる。
「し、仕方ないな……こ、今回だけだぞ」
「あぁ、ありがとな」一刀は微笑みながら華雄の頭を撫でる。
「こ、子供あつかするな……まったく」
　顔は不満あり気なのに一刀の手は振り払わない華雄が一刀には微笑ましかった。
　そらから、色々と話しながら少し離れたところまで行くと、そこには向こうをむいている人影と地面に膝を突いている人影があった。
「圧倒的でしたな」
「…………く、くそぉ……」
　近づいてみると立ってにやにやと笑みを浮かべている星、そして――。
「誰？」
「その声は一刀か……」
　大地に膝は勿論のこと両手までついて項垂れている人物が一刀の方を見る。
「えぇと……ぱ、白蓮？」
「そうだよ……私だよ」
「え、でも……なんで覆面してるんだ？」
　何故か、自称白蓮は黒い覆面をしていた。
「それは私が説明いたしましょう」
　そう言って星が一刀の元へと歩み寄る。
「実はですな……もうかれこれ何度も勝負したのですが……私の全勝でしてな」
「あ、あぁ……」
「ある程度白星黒星が溜まってから罰をとしていたのですが……やはり全敗した故、白蓮殿にはそれこそ顔中に墨を塗るくらいしなければならないわけで……」
「なるほどな……」
「それでは墨が勿体ないと思ったのでそれならいっそ、この黒い覆面を被ればよいと……」
「おい」あまりの突飛な発想に一刀は思わずツッコミを入れる。
「なんですかな？」
「何でよりによって覆面にしようと思ったんだ？」
「たまたま私の手元にありましたので」
（一体何の用途で持ってたんだ……）
　凄く気になったが一刀はそれを口にする勇気は無かった。
「ま、まぁいいや……今月と詠が来て色々用意してくれたから行こうぜ」
「そうですな、行くとしましょう。さぁ、黒蓮殿も」
「誰が黒蓮だぁ！」
　黒蓮――もとい白蓮の叫びに一刀たちは吹き出す。そして、辺りは笑いに包まれたのだった。

「ただいま。みんな連れてきたぞ」
　そう言って一刀は月たちの元へと赴く。その背後では外で遊んでいた面々が麗羽たちの元へと向かっていた。
「な、なんですの……そのあからさまに怪しい人は！」
「うるさい！　私だって好きでこんな格好してるんじゃないんだぁ！」
「えー白蓮さまだったんですか？」
「あっははははは！　なんだそれー！」
「くぅ……」
　背中越しに聞こえる談笑に苦笑しつつ一刀は月と詠に様子を訊ねる。
「どんな感じ？　なにか手伝うことはあるかな？」
「もう準備は出来てますよ」
「あんたは、そこのお盆に乗せたのを向こうにもってきなさい」
　笑顔で答える月ととくに表情を変えずに盆をあごで指し示す詠。あまりに対照的な反応に一刀は首を竦める。
「はいよ。それじゃあ、持ってくぞ」
　大分量のあるおせちと餅を少女たちが集まっているこたつの上へと一刀は降ろす。
「あら、なんですのこれは？」
「おせちっていって正月に食べる料理だよ」
「へぇ、美味そうだなぁ」
「さて、もうすぐ月と詠も準備を終えてくるから……そしたら食べよう」
「一刀、酒は？」
「あぁ、忘れてた……持ってくるかな」
　そう言うと一刀は酒と月、詠を連れて少女たちの元へと戻る。
「それじゃあ、改めて新年あけましておめでとう！」
「おめでとう」少女たちの声が重なる。
　それから、それぞれが月と詠によるおせち料理と餅に舌鼓を打ち始める。
　すると、部屋の扉を叩く音がする。
「お、もしかして向こうが終わったのか？」
　来訪者に見当が付いている一刀はすぐに扉を開ける。
「やっぱり、三人か……ほら、入って」
　予想通りである天和、地和、人和の三人を一刀はすぐに中へと入れる。
「一刀！　ちぃが来たわよ～」
「どうも、お邪魔します」
「あぁ寒かった」
「それはわかるが……何で俺にしがみつくかな」
　急に腕にしがみつく天和に一刀はため息を漏らす。
「だってぇ～一刀暖かいんだもん」
「あーわたしもー」そう言うが速いか地和までもが抱きつく。
「おいおい……人和もさりげなく掴まないでくれってば……歩きにくい」
「…………ふふ、外は寒かったですから」
「はぁ……まぁいいか……それで、どうだった？」
「みーんな盛り上がったんだよぉ～！」嬉しそうに天和が答える。
「そっか、まぁ三人の実力ならそれもそうだよな」
「で、十二分盛り上がったからちぃたちはこっそりと抜け出してきたってわけ」
「え？　そうなのか？」
「ふふ、それだけ一刀さんに会いたかったってことですよ」
「それは至極光栄なことだな」
　もっとも比較対象が天和の同級生というのが微妙なところだが、と一刀は内心で付け加える。
　そう、この日の三人は天和の同級生たちを中心とした新年会で盛り上げ担当として歌うことになっていたのだ。
　三人の様子を見る限りそれは成功したらしいことも伺えた。
「ま、立ち話も何だし速く部屋に戻ろう……さすがにちょっと寒いな」
「じゃあ、もっとぎゅっとしてあげるぅ～」
「ぎゅ～」天和の言葉に続いて地和、人和の二人が一刀を強く抱きしめる。
「暖かいな……ありがと三人とも」
　三人の温もりを感じながら一刀は部屋へと戻る。
「あぁー何してるんだ一刀！」
　目出し部分からはみ出ている赤い髪がもの悲しいマスク・ド・白蓮。
「おやおや……お盛んなことで」
　餅を伸ばしながらにやついた顔を向ける星。
「それより酒やー酒の追加やー」
　ご機嫌な様子で酒を呑み続ける霞。
「月様の料理はやはり美味だ！」
　黙々と料理を口に運んではその度に褒める華雄。
「ありがと、華雄さん……でも、詠ちゃんも一緒に作ってくれたんだよ」
「ちょ、月、あいつがいる前でそれを言わないで」
　一刀に流し目を送りながら微笑む月と一刀を睨みながら顔を真っ赤にする詠。
「…………恋も」
「恋殿から離れなさい、恋殿もそいつから離れるのです！」
　天和たちの真似をして一刀に抱きつく恋とそれを咎める音々音。
「こっちも盛り上がってたんだね。一刀」
「ちぃたちが来たんだからもっと盛り上がるわよ！」
「個人的にはこちらの方が楽しそうな気がする……一刀さんもいるし」
　三者三様の笑顔を振りまく天和、地和、人和。
「そんなところに突っ立てないでさっさと座ったらどうですの？」
「速くしないと食い尽くしちまうぜ？　お、それ美味そう！」
「ちょ、猪々子！　もう少し遠慮ってものを……」
　相変わらず賑やかな麗羽、猪々子、斗詩。
「うんうん、やっぱこうでなきゃな」
　そんな少女たちに囲まれて幸せを噛みしめる……北郷一刀。
　彼らの新たな生活はクリスマスに始まり、そして今度は新たな年を迎えた。
「さて、三人も合流したし、改めて挨拶としようか……本日二度目だけど」
　そこにあるのはいくつもの笑顔。
「新年開けまして」
　心のそこからの笑顔、大切な者たちが集ったときに見れる笑顔。
「おめでとう！」
　新たな年を共に過ごせたことを楽しむ笑顔。
　そんな笑顔とそれらを包む暖かく優しい空気が部屋を支配していた。




「ところで、さっき友達から姫始めって言うのを聞いたんだけど」
「姫始め……なんだそれ？」
　白蓮が訊ねる。他の面々も興味深げである。同じ話を聞いたと思われる地和、人和は不思議と頬が赤くなっている。
　また、一刀はそんな面々の中、一人だらだらと冷や汗を流している。そして、天和へと歩み寄りながら説得をする。
「て、天和、やめなさい……それを教えちゃいけません」
「それはね――」

　この後、一刀がどうなったのか……それは彼女たちだけが知っている。