改行による2パターンとなっています。最初は整形なしの素です。 ブラウザでご覧の方は、『ctrlキー+F』を押して出た検索窓に整形と入力して飛んでください。  「無じる真√N」拠点21  城のとある一室。その前で一刀は立ち尽くしていた。  腕を上げ扉へ手の甲で小突こうとするが首を振っては降ろしてしまう。  もう何で眼になるか分からない躊躇に一刀は一人ため息をついた。 「……はぁ。今度こそ」  気合いを込めると再び先程同様扉へ拳を近づける。その瞬間、室内からドタバタと騒がしい足音が聞こえた。そして―― 「何か食いもんもらいに行こうぜ、斗詩!」 「ちょ、文ちゃん!」 「おぶぅ!」  勢いよく開いた扉――この部屋は外開きである――が一刀の拳を吹き飛ばしその顔面へとめり込ませる。 「ん? 何やってんだ? へんな奴だなぁ」 「もう、文ちゃんがあんな勢いよく開けるからだよ……あの、ごめんさい。大丈夫ですかぁ――って、ご主人様じゃないですか!」 「む?」  斗詩の言葉に文醜の眉がぴくりと動く。 「……や、やぁ」 「す、すみません。文ちゃんが……」 「いや、いいんだ。あんなとこにいた俺が悪いんだ……気にするな、斗詩」  心配そうに顔を覗いてくる斗詩に赤くなった鼻をさすりながら「何でもない」と一刀は手を振って答えた。 「むむむ……」 「ぶ、文ちゃん?」 「文醜?」  腕組みをして何やらうなり声を上げる文醜に二人が何事かと様子を伺おうと近づいた瞬間、文醜が一刀の襟元を力一杯掴む。 「おい、なぁんで斗詩のことを真名で呼んでんだぁ! それと斗詩もこんなのご主人様なんて呼ぶんじゃない! 呼ぶならあたいをそう呼べぇ!」  しかも、興奮しているのか文醜は一刀の着ている服の襟が揃うどころか中心を境に左右逆になるまで引っ張り続ける。それによって一刀の首に襟がめり込み、その上にある顔がみるみる青くなっている。 「ま、待ってよ文ちゃん。ちゃんと両者合意の上だから問題ないの。それと、最後の意味が分からないよぉ!」 「ど、どりあえず文醜を止べで……ぐ、ぐるじい……ぐぇーっ」  何故か文醜の言葉にツッコミを入れるだけで止めてくれない斗詩。  顔も真っ白になり、まさに極限状態へと追い込まれた一刀は誰でもいいとばかりに必死に助けを求める。しかし、まともな声にならずまさに首を絞められた鶏となっていた。  と、そこへ、金髪の巻髪を左右へ揺らしながら現れた人影があった。自称優雅で華麗な立ち振る舞い。そう、名門の出である袁紹その人であった。  それを薄くなっていく視界で見つけた一刀は藁にもすがる思いで袁紹を見つめた。 「なにをしてますの?」 「あ、姫!? 聞いてくださいよ! この男……いや、コノヤローあたいの斗詩を真名で呼びやがったんですよぉ! し、しかもご主人様なんて呼称を強要してやがるんすよ!」 「まぁ、なんですってぇ! わたくしの大切な斗詩さんを……許せませんわ! 天誅を下してくれますわ!」  救世主かと思った新たな登場人物は死に神だった。 「て、てんちゅう? で……殿中でござる? ……ぐへぇ」 「ちょ、ちょっと二人とも止めてよぉー!」 (と、斗詩……声届いてない! 届いてないから!)  襟を掴む手に力が込められるのを一刀は必死に「実力行使で止めてくれ」と眼で語るが肝心の斗詩が一刀を見ていなかった。 「このぉ! どうだ? 後悔してるかぁ、あぁん? おい、何黙り込んでやがる! ちゃんと答えやがれぇ!」 「黙秘ですの! そんなことが許されるとお思ってるんですの! きぃー!」 「…………きゅう」  一層力を込める文醜に加わり袁紹にまで力一杯首を絞められ、ついに一刀の意識は消えていった。  完全に意識を手放す瞬間、一刀は初めて斗詩の怒声を聞いた気がした。 「う、うぅん……痛ぅ」  再び眼をさました一刀は何故かズキズキと痛む頭をさすりながら辺りを見回す。 「――そうは言ってもなぁ、斗詩」 「わたくしは……悪くありませんわ」  見ると、頭を掻きながら困った表情を浮かべる文醜と妙につんとした表情を浮かべている袁紹が顔良と対するように仁王立ちしている。 「もう、麗羽さま!」 「なんですの? そんな大声をださなくてもよろしですわよ」 「ひ、姫……やっぱ謝ったほうがいいんじゃ」  斗詩が僅かに声を荒げるも袁紹はどこ吹く風といった様子だった。一方の文醜はこそこそと袁紹に耳打ちしている。  現在、一刀が寝ている寝台は斗詩の背後にある。それゆえに、斗詩は一刀が目を覚ましたことに気がついていない。また、彼女の体によって隠れているため残りの二人からも見えていないらしい。 「な、なんですの? 文醜さんまで」 「いやぁ……さすがに斗詩も怒ってるみたいだし……あたいはまぁ謝っても良いかなぁ~って」 「なっ!?」  袁紹が狼狽えたような声を上げた。その間にも文醜が言葉を重ねていく。 「悪かった。反省するよ、斗詩」 「ふぅ、本当にちゃんと反省してよ……文ちゃん」 「おう!」  そう威勢良く返事をした文醜が斗詩の胸を鷲掴みにした。 「やっぱり、斗詩はおっぱいも心も広大だな!」 「ちょ、ちょっと文ちゃん! んぅっ、やめっ……あんっ」  何やら、斗詩の唇から艶めかしい吐息が漏れ始めている。 (な、なんだ……なんかエロい雰囲気が……しかし、斗詩の背中しか見えん!)  先程から斗詩の背中しか見えず、文醜の両腕が何やら怪しげに動いているのだけは伺えるのだが、一体どんなことになっているのか直接見ることが出来ず、一刀は内心舌打ちを連発していた。 「はぁ、んっ……ちょ、ちょっと文ちゃん!」 「いやぁ、わりぃわりぃ。やっぱ斗詩のおっぱいは揉み応えがあるからさ、つい」  ついには怒鳴られた文醜が斗詩から離れる。文醜がなぜか清々しい笑顔ですまないと手を挙げているのだが、息が乱れたままの斗詩には見えていないようだ。  そして、そんな二人によって完全に空気と化した人物が口を開いた。 「おほん! こ、今回のところは……まぁ、わたくしも一応非を認めることにいたしますわ」 「一応ですか……まぁ、今回はそれでもいいです。でも、今度から気をつけてくださいね。もし、ご主人様の命を奪うようなことがあったら私たちの首も飛んじゃうんですから」  さてどうしたものかと、一刀が考え倦ねていると文醜が斗詩へと向けていた視線と一刀の視線がぶつかった。 「あっ、コノヤロー! 寝たふりしてやがったなぁ!」 「えっ、いや、その……」  一刀が口ごもっている間にも文醜が言葉を連ねていく。 「さっき、あたいが斗詩の胸を満喫してたときも見てたな!」 「…………そ、そんなことはないよ」  一刀の口から出た言葉は片言だった。 「くっそー! 視覚的に楽しみやがったな!」 「いや、見てない! というか、見えなかったって!」  一刀は、再び組み付いてきそうな文醜を宥めるのに全力を注ぐ。 「……文ちゃん」 「わーってるよ……しょうがないなぁ」  斗詩の咎めるような声に、ぶつぶつと文句を垂れて未だ不満を露わにしたまま文醜が引き下がる。  それに安堵しつつ、一刀は現状について訊ねることにする。 「そ、それで……斗詩、一体どうい状況?」 「え、えぇとですねぇ……その、ご主人様は気を失いまして」 「うん、それは知ってる」  一刀は、「自覚があるからね」と付け加えながら寝台から離れ三人への傍へと歩み寄る。斗詩の視界の外から未だに突き刺すような視線を送ってくる文醜に一刀は顔を引き攣らせる。  袁紹の方は興味なさそうに自分の髪を弄っている。 「それで、二人に事情を説明して反省するようによく言い聞かせてたんです」 「そうか……」  一刀は一応頷いてはみるが、内心ではまったく効果がなかったのだろうと思っていた。どうみても、文醜と袁紹が反省しているようには見えなかった。 「ほら、二人とも」  そう言いながら斗詩が一刀の前へ文醜と袁紹を促す。 「へーへー悪かったな」 「悪かったですわね……まったく、なんでわたくしが……」 「……おい」  完全に不満たらたら、口をあひるのように尖らせて一刀を見ることなく謝罪の言葉を述べる文醜と袁紹。あまりの態度に一刀は頬が引き攣るのを感じた。 「ふ、二人とも~」 「ちゃんと謝ったじゃんか」 「そうですわ!」  斗詩が文醜と袁紹に注意をするが二人は聞く耳を持たない。一刀は半ばそれも仕方がないと思い諦めることにした。 「はぁ……もういいよ」 (そうさ……さっさと用事を済ませて立ち去るべきなんだ)  本来の目的を達してさっさと去ることだけを考え一刀が口を開こうとするのを斗詩の言葉が遮ってしまう。 「あの、ご主人様」 「……ん?」 「二人の反省の意も込めてなにか一つだけ命じちゃってください」 「ちょっ!? 斗詩ぃ~!」 「な、なにをおっしゃるんですの顔良さん!」  斗詩の言葉に、一刀だけでなく文醜と袁紹も驚きの表情を浮かべている。あまりに突然な物言いだった。 「い、いや……別に俺は構わないから」 「いえ、この二人は少しは痛い目を見ないとわかりませんので」 「斗詩ぃ~」  満面の笑みで言い放った斗詩に文醜がすがりつく。袁紹も視線が泳いでおり、動揺の程が良く現れている。 「ダメだよ、文ちゃん」 「へ?」 「ちゃんと罰は受けなきゃ」  そう告げると斗詩は一見すると慈愛深い笑みを浮かべる。だが、一刀にはその笑顔が恐怖を兼ね備えているように感じた。  それは文醜も同じらしく僅かに顔が青ざめている。 「あ、あの……斗詩? ホントに俺は気にしてないから」 「いえ、こういうのはケジメが肝心ですから」 「あ、そう……」  斗詩の言葉に一刀が引き下がると、文醜と袁紹が責めるような視線を一刀へと向ける。それからあえて顔をそらすと一刀は斗詩へと質問を投げかける。 「それで、俺は二人に『これをしろ』って言えばいいのか?」 「そうです。あぁ、二人が暴れないよう私が見張ってますので安心してください」 「そ、そうか……それじゃあ」  そう言う問題でもない、そう思いながら一刀は腕を組んで考え始める。一刀は、なんだかまたややこしいことになりそうな気がしてしょうがなかった。  そのため、適当な事を言って二人への罰を流して元々一刀が来た理由でもある用件を告げるだけ告げたてさっさと立ち去りたいと思っていた。  一刀がなにを求めるのが手っ取り早いか考えている間に、斗詩は部屋の隅へと移動していく。それを視界の隅で確認しつつ、一刀は目の前で睨み付けてくる二人に罰を言い渡す。 「そ、そうだ、二人にはマッサージをしてもらおうかな」 「まっさーじ?」 「なんですのそれは?」  一刀の言葉に二人が訝しげな表情で首を捻る。その反応を見て一刀はすぐに言葉を付け足す。 「あぁ、ごめんごめん。わからないよな」 「ってことは、天の国の言葉なのか?」 「そうだよ。えぇと……そうだな、わかりやすく言うと……俺を"気持ちよくさせる"ってことかな」 「っ!?」袁紹と文醜、そして何故か斗詩までもが息を呑んだ。 「ん? どうしたんだ?」 「な、なんでもない……さっさと済ませちまうぞ!」 「…………本気ですの文醜さん?」  何故か一層目つきを鋭くして気合いのこもった声を上げた文醜を袁紹が信じられないといった表情で見つめている。 「仕方ないっすよ……斗詩が従えって言うんだから」 「……はぁ、わかりましたわよ。文醜さん一人につらい想いはさせませんわ!」  袁紹は、何故か文醜同様の目つき、表情をして決意じみた雰囲気を漂わせる。一体どうしたのか、一刀はわからず首を傾げる。  また、少し離れた位置で斗詩が止めるべきかどうするか迷っているのが窺え、それが一段と一刀に疑問を抱かせる。 (な、なんでこんなに重苦しい雰囲気になってるんだ?)  なにか地雷を踏んだのだろうか……そう考えながら一刀が内心びくついていると、罰を受ける二人――文醜と袁紹――がそろそろと一刀の方へ手を伸ばしてくる。 「ん? 俺立ったままなんだけど……」 「うっさい! 少しはこっちのことも考えろ!」 「そうですわ! そもそも命令は一つのはずですわよ!」 「え、えぇ~」  怒鳴りつけられ、一刀は萎縮してしまう。 (どうせなら横になるなり椅子に座るなりしたいと思って発言しただけなのになんで怒られたんだ?)  一層、困惑を深める一刀へと伸びる罰組の腕、それが、その震える手が一刀の体へと触れようとする。 「……って、おい! なんで、俺のこか――」 「やっぱりダメー!」  一刀が罰組が伸ばす腕の行き先に戸惑うのと斗詩が飛び掛かってきたのはほぼ同時だった。そして、跳んできた斗詩による正面からの体当たり、そによって斗詩に備わっている二つの巨峰が振り向いた一刀の顔を挟み込む。その感触を味わう間もなく、一刀はその巨峰の弾力と跳んできた斗詩自身の勢いによって突き飛ばされた。寝台の方へと。 「おうふっ!」  鈍い音が部屋へ響くが、斗詩も文醜も、袁紹も気にとめない。 「ふ、二人もやっぱりこんなのダメだよ!」 「と、斗詩!」 「顔良さん!」  三人が涙を浮かべながら抱き合っているのを見つめながら、一刀は寝台へとぶつけた後頭部の痛みによって意識を掻き消されていった。 「ぐぅ……痛っ! ってあれ?」  どれくらいたったのかはわからないが、ようやく一刀は意識を取り戻した。未だ痛みが残る後頭部をさすりながら周りへと視線を巡らす。 「…………」何故か、斗詩を中心に三人が床に額をこすりつけている。  所謂、土下座というやつを三人がしているという光景を意識を取り戻してすぐに見せつけられた一刀は唖然としてしまう。 「え、なにこれ?」 「…………ごめんなさい!」 「…………」  文醜、袁紹の二人は黙り込んだままだったが、斗詩だけが謝罪の言葉を告げた。正直、一刀には意味がわからない。 「いや、もう体勢を元に戻して良いから。事情を説明してくれないか?」 「その……一度ならず二度までもご主人様に危害を加えてしまいましたので」  恐る恐るといった様子で顔を上げた斗詩がそう答たのに対して一刀は笑顔で「なるほど」と頷きかけて、すぐに首を横に振る。 「いや、むしろ止めてもらってありがとうって言いたいよ」 「え?」 「さすがにあのまま手を伸ばされてたら……まずいだろ」  そう、斗詩が制止しなかったら下手をすると一刀の股間に二つの手が触れるところだった。正直、何故罰組の二人がそんなことをしたのかはわからないが、取りあえずそれが阻止されて一刀が安堵したのは確かだった。 「そもそも、なんであんなところに手を伸ばしたんだよ」 「……しろって言ったのはそっちじゃんか」 「へ?」 「そうですわ! このけだもの!」 「ちょ、ちょっと待った! 俺は性的な要望を出した覚えは無いぞ」  何故か、汚らわしい変態を見るような目を向けてくる文醜と袁紹に戸惑いながらも一刀は弁解をする。 「まぁ、なんてしらじらしい!」 「いや、本当に分からないんだって!」 「自分で言っただろ。『俺を気持ちよくしろ』って」 「…………まさか」  文醜の言葉に、一刀は一つの可能性を思いつく。そして、内心そんなはずは……と思いつつ一刀は二人に確認を取る。 「おいおい、俺は性的な意味で気持ちよくしてくれって言った訳じゃないんだよ」 「は?」 「えぇと……あぁ、そうだ! なんでさっき思いつかなかったかなぁ」  一刀はかぁっと呻きながら額を叩く。いくら戸惑っていたとはいえ、すぐに思いつかなかったのがそもそもの失敗だったのだ。  後悔に苛まれて呻く一刀に袁紹が先を促す。 「なんですの? 速くおっしゃりなさいな!」 「あ、あぁ。いやぁ、実は整体のことなんだよ。整体」  大事なことなので一刀は繰り返して言う。 「整体ぃ~!?」示し合わせたように三人が声を揃える。 「そ、整体さ。肩こりとか腰痛と色々あるだろそれを整体や指圧なんかで癒してもらいたかったんだよ。つまり、そういう意味で気持ちよくしてほしかったんだよ」 「ややこしいなぁ。もう!」 「文醜さんの言う通りですわ! もしかして、わざとなんじゃありませんの?」 「あの……普通、わざわざ気を失いたがる人なんていないんじゃあ……」  訝る袁紹に斗詩のささやかなつっこみが入った。一刀は、斗詩の言うことはもっともだと思った。ついでに、なんで好きこのんで気を失う確率の高い行為をしなきゃならないのだと、袁紹に問い詰めたくなったりもした。  そんなもろもろの思いを心の隅に仕舞い込んだところで一刀は再び寝かされていた寝台から離れ扉へ向かう。 「あ、待ってくださいご主人様」 「どうしたんだ、斗詩?」 「その……今度はちゃんと私も含め、三人でまっさーじ……でしたっけ、をします」 「い、いや、もう今日は……」 「あぁん?」文醜の瞳がきらりと光る。 「いえ、謹んで受けさせていただきます」  そう言うと、一刀は寝台の上でうつぶせになった。 「それじゃあ、いきますよ。ほら、二人も」 「ちっ、しょうがねぇなぁ」 「まったく、この袁本初がしてあげるのですからありがたく思うことですわね」 「はは……感謝するよ」  罰としてやらせるはずなのに何故か感謝を要求され一刀は苦い笑みを浮かべるしかなかった。 「それじゃあ、はじめます」  斗詩の言葉を合図にそれぞれが一刀の脚、腰、肩から腕の三つに分かれて指圧なり整体なりを始めた。 「ふぅ、気持ちいいなぁ」 「随分こってますね、ご主人様」 「まぁ、こう見えても色々やることがあるんでね。それに、今までよりも仕事の量が増えたし……」 「ふん、このわたくしの領土を奪ったのですから当たり前ですわ!」 「いだだだ、ちょっと痛いって」  一刀の言葉が癪にさわったのか袁紹が手に込める力がぐっと増した。 「ちょっと、麗羽さま!?」 「このこのぉ!」 「ぎゃぁぁああ!」  斗詩が咎める声も意味をなさず袁紹の力は増すばかりで、一刀自身も逃れようとするが三人に体を押さえ込まれているため微動だにしない状態だったため痛みを逃がすことが出来ない。 「もぅ、麗羽さまってばぁ!」 「むぅ……とめないでくだささいな、顔良さん」 「忘れたんですか、私たちの首なんてご主人様にかかれば――」 「お、おーほっほっほ、少しばかり強かったようですわね」  引き攣った高笑いをした後、袁紹は力を押さえ始めた。一刀は安堵のため息を吐きつつ、一つの後悔をする。 (袁紹ってこんなに面倒臭かったのか……)  こうなるなら拾うよりも解放の方が良かったのかも、とも思った。が、一刀は、それよりも実際拾ってしまった以上ちゃんと世話をするべきなのだろうと思っていた……わけなのだが、一刀は正直先が思いやられると内心ぼやいた。  そうして、三人よる整体、指圧を受けた一刀。時折、文醜の加減不足で関節を極められたり、再び袁紹の怒りをかい痛い思いもした。  だが、それ以上に気持ちよかった。だからこそ、終了したと今、一刀は笑顔で三人を見る。 「ありがとう、三人とも。おかげで体が軽くなったよ」  ほら、と一刀は肩を回すと、それは良かったと斗詩が笑顔を浮かべた。彼女の傍にいる他二人は相変わらずの表情だったが。 「さて、俺がここにきた本来の用事を済すとするか」 「あ、そういえば私たちのところに訪ねてくるところだったんですよね」 「どうせ、ろくでもないことですわね」 「はっ!? まさか、斗詩を奪いに来たのか! やらないぞ、斗詩はあたいのだ!」  袁紹は眉間にしわを寄せて一刀を睨み、文醜は斗詩を抱き寄せて半眼で一刀をじと、と睨みつけながら唸り声を上げる。 「おいおい……」 「二人とも……黙っててくれる?」  文醜が情けない声で「斗詩ぃ」と縋り付いた。その手が胸に伸びようとするのを斗詩が手で払う。その横で袁紹は不満そうな表情で一刀を見つめていた。 「あー速く伝えたいんだけど……いいかな?」 「あ、はい。どうぞ」 「うん、それじゃあ。袁紹、文醜、斗詩、以上三名に外出許可を出す」 「え!?」 「だってさ……良かったな三人とも」  目を丸くして一刀を見つめる三人に、一刀はにかっと悪戯を成功させた子供のような笑みを浮かべた。そう、三人……というか主に袁紹、おまけ程度に文醜が求めていた外出、その許可が下りたことを伝えるために一刀は三人の元を訪れたのだった。 「まぁ、しばらくは付き添いが必要だけどね」 「……あ、ありがとうございます」  一刀が頬を掻きながら言葉を付け加えたところで我に返ったらしい斗詩が頭を下げた。 「いや、礼を言うなら白蓮に言ってくれ……許可出しは彼女の役目だから」 「はい、それはもちろんです。でも、ご主人様にも言っておきたかったんです」  にっこりと微笑む斗詩。その笑顔に一刀は一瞬見惚れてしまう。 (うぅん、なんでこの娘は袁紹の配下なんだろう……)  とても不思議だった。前の"外史"で自分の仲間だった軍師や後に元は敵対していながら一刀にとって大切な者の一人となった女性から聞いたことがあったのだ。顔良はなかなかよい娘であると。  そして、実際に斗詩と共に過ごしてみたことで、一刀は前の"外史"で言われたことを理解した。 「それに……ご主人様が約束したじゃないですか。それなりの扱いをしてくれるって」 「あぁ、そうだな」 「ですから、外出の件も色々と手を回してくれたんですよね?」 「さぁ? どうだろうね」  一刀は軽く笑ってみせた、すると斗詩が同じように笑う。それだけで一刀はなんとなくわかる、斗詩が見破っていることを……そう、一刀が色々と掛け合ったということを。 「ふふ……誤魔化してもわかります。ですから、お礼を言いたかったんです」 「はは……そうかわざわざ気にしてくれてありがとうな、斗詩」 「……あっ」  気が緩んだ一刀は思わず、白蓮曰く『悪い癖』を出してしまう。親しい者によく行うこと――もとい、斗詩の頭を撫でるという行為――をしてしまっていた。  唐突にそんなことをされれば驚くのが当たり前であり、斗詩も例に漏れず呆気にとられていた。その表情に一刀が内心「しまった」と悔やむのと隣からおどろおどろしい声が聞こえたのは同時だった。 「なに~し~て~る~んだぁ」 「わ、悪かったって」  呪ってきそうな表情を浮かべる文醜にそう言うと、一刀は斗詩の頭から手を引く、そして、そのまま手を扉へと触れさせる。 「それじゃ、俺はそろそろ失礼するよ」 「おい」と文醜が呼び止める。 「ん?」 「あたいたちが街に出るときは来いよ」 「時間が合ったらね」  ようやく表情を和らげた文醜に笑顔で頷くと、一刀は今度こそ部屋を出た。  一刀が出て行くのを見送った後、斗詩は袁紹へと声を掛ける。 「麗羽さま」 「なんですの?」 「なんでお礼を言わなかったんですか?」  自分たちのためにいろいろとしてくれた一刀に特に何も言わず見送るだけだった袁紹に斗詩は少なからず不満があった。 「別にいいじゃありませんの。本人もいいって言ってるんですから」 「麗羽さま」 「はぁ……わかってますわよ。ちゃんと、今度街へ出るときに言いますわよ」 「そうですか。ならいいんです」  ぶつくさと文句を言い続ける袁紹を見ながら斗詩は取りあえずは良し、と一人頷いた。 「しっかし、どうしたんだ斗詩?」 「どうしたの文ちゃん?」 「いや、やけにあいつの肩を持ったな、と思ってさ」 「そうかなぁ?」  よくわからず斗詩が首を捻ると、文醜が口を尖らせる。 「そうだよ。なんだよー斗詩はあいつに誑かされちまったのかよぉ」 「ちょっと、人聞きの悪いこと言わないでよ!」 「いいえ、文醜さんの言い分も最もですわ。さっきだって頭撫でられてまんざらでもない顔して! まさか、頭撫でられただけで惚れたりしたんですの!?」  妙に訝る二人にため息を吐きながら斗詩は首を横に振る。 「そんなことあるわけないじゃないですか。ただ、久しく頭を撫でられたことがなかったから、こういうのもたまにはいいなぁって思っただけですよ」  そう、それだけなのだ。ただ、斗詩の頭に乗せられた掌はやはり、一刀の掌だとも思うことはあった。彼と共に過ごすようになってそれほどの時間は経っていないが、それでも彼の優しさに斗詩が触れる機会はあった。そして、さきほど頭を撫でられたときに掌から感じた優しさが妙に彼らしいと思えたのだ。  だから、懐かしいという想い、そして、彼の掌はやはり彼の掌なのだということを感じ取れたこと、それらがあったからこそ、斗詩はそう悪くない気持ちになったのだ。  とはいえ、もちろん後者のことなど斗詩は二人に言うつもりはないのだが。 「……ふぅん」二人は納得したのかしてないのか微妙な表情を浮かべた。 「もう、なんなのその顔は!」 「さぁな。それより、街に出るときのことでも話しましょうよ、姫」 「えぇ、そうしましょう文醜さん」  そう言って顔を見合わせると二人は街に出るとしたらどこに行くか、何をするかを話し合い始めた。 「ちょっと、私も混ぜてくださいよ、麗羽さま、文ちゃん」 「まったく……仕方がありませんわね」 「そうですね。やっぱり斗詩はあたいらといるのが一番っすね」  何故かやれやれと肩を竦める袁紹と妙に明るい笑みを浮かべて斗詩を抱き寄せる文醜。 「もう……意味分かんないよぉ」  二人の切り替わりについていけず斗詩はがっくりと頭を垂れた。そして、盛大にため息を吐いて脱力してしまった。  だからだろう、斗詩は聞き逃してしまった。 「………………ま、斗詩の気持ちも分からないでもないんだけどな」  ぽつりと漏らした文醜の呟きを。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 整形版はここからです。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  「無じる真√N」拠点21  城のとある一室。その前で一刀は立ち尽くしていた。  腕を上げ扉へ手の甲で小突こうとするが首を振っては降ろしてしまう。  もう何で眼になるか分からない躊躇に一刀は一人ため息をついた。 「……はぁ。今度こそ」  気合いを込めると再び先程同様扉へ拳を近づける。その瞬間、室内からドタバタと騒が しい足音が聞こえた。そして―― 「何か食いもんもらいに行こうぜ、斗詩!」 「ちょ、文ちゃん!」 「おぶぅ!」  勢いよく開いた扉――この部屋は外開きである――が一刀の拳を吹き飛ばしその顔面へ とめり込ませる。 「ん? 何やってんだ? へんな奴だなぁ」 「もう、文ちゃんがあんな勢いよく開けるからだよ……あの、ごめんさい。大丈夫ですか ぁ――って、ご主人様じゃないですか!」 「む?」  斗詩の言葉に文醜の眉がぴくりと動く。 「……や、やぁ」 「す、すみません。文ちゃんが……」 「いや、いいんだ。あんなとこにいた俺が悪いんだ……気にするな、斗詩」  心配そうに顔を覗いてくる斗詩に赤くなった鼻をさすりながら「何でもない」と一刀は 手を振って答えた。 「むむむ……」 「ぶ、文ちゃん?」 「文醜?」  腕組みをして何やらうなり声を上げる文醜に二人が何事かと様子を伺おうと近づいた瞬 間、文醜が一刀の襟元を力一杯掴む。 「おい、なぁんで斗詩のことを真名で呼んでんだぁ! それと斗詩もこんなのご主人様な んて呼ぶんじゃない! 呼ぶならあたいをそう呼べぇ!」  しかも、興奮しているのか文醜は一刀の着ている服の襟が揃うどころか中心を境に左右 逆になるまで引っ張り続ける。それによって一刀の首に襟がめり込み、その上にある顔が みるみる青くなっている。 「ま、待ってよ文ちゃん。ちゃんと両者合意の上だから問題ないの。それと、最後の意味 が分からないよぉ!」 「ど、どりあえず文醜を止べで……ぐ、ぐるじい……ぐぇーっ」  何故か文醜の言葉にツッコミを入れるだけで止めてくれない斗詩。  顔も真っ白になり、まさに極限状態へと追い込まれた一刀は誰でもいいとばかりに必死 に助けを求める。しかし、まともな声にならずまさに首を絞められた鶏となっていた。  と、そこへ、金髪の巻髪を左右へ揺らしながら現れた人影があった。自称優雅で華麗な 立ち振る舞い。そう、名門の出である袁紹その人であった。  それを薄くなっていく視界で見つけた一刀は藁にもすがる思いで袁紹を見つめた。 「なにをしてますの?」 「あ、姫!? 聞いてくださいよ! この男……いや、コノヤローあたいの斗詩を真名で呼 びやがったんですよぉ! し、しかもご主人様なんて呼称を強要してやがるんすよ!」 「まぁ、なんですってぇ! わたくしの大切な斗詩さんを……許せませんわ! 天誅を下 してくれますわ!」  救世主かと思った新たな登場人物は死に神だった。 「て、てんちゅう? で……殿中でござる? ……ぐへぇ」 「ちょ、ちょっと二人とも止めてよぉー!」 (と、斗詩……声届いてない! 届いてないから!)  襟を掴む手に力が込められるのを一刀は必死に「実力行使で止めてくれ」と眼で語るが 肝心の斗詩が一刀を見ていなかった。 「このぉ! どうだ? 後悔してるかぁ、あぁん? おい、何黙り込んでやがる! ちゃ んと答えやがれぇ!」 「黙秘ですの! そんなことが許されるとお思ってるんですの! きぃー!」 「…………きゅう」  一層力を込める文醜に加わり袁紹にまで力一杯首を絞められ、ついに一刀の意識は消え ていった。  完全に意識を手放す瞬間、一刀は初めて斗詩の怒声を聞いた気がした。 「う、うぅん……痛ぅ」  再び眼をさました一刀は何故かズキズキと痛む頭をさすりながら辺りを見回す。 「――そうは言ってもなぁ、斗詩」 「わたくしは……悪くありませんわ」  見ると、頭を掻きながら困った表情を浮かべる文醜と妙につんとした表情を浮かべてい る袁紹が顔良と対するように仁王立ちしている。 「もう、麗羽さま!」 「なんですの? そんな大声をださなくてもよろしですわよ」 「ひ、姫……やっぱ謝ったほうがいいんじゃ」  斗詩が僅かに声を荒げるも袁紹はどこ吹く風といった様子だった。一方の文醜はこそこ そと袁紹に耳打ちしている。  現在、一刀が寝ている寝台は斗詩の背後にある。それゆえに、斗詩は一刀が目を覚まし たことに気がついていない。また、彼女の体によって隠れているため残りの二人からも見 えていないらしい。 「な、なんですの? 文醜さんまで」 「いやぁ……さすがに斗詩も怒ってるみたいだし……あたいはまぁ謝っても良いかなぁ~ って」 「なっ!?」  袁紹が狼狽えたような声を上げた。その間にも文醜が言葉を重ねていく。 「悪かった。反省するよ、斗詩」 「ふぅ、本当にちゃんと反省してよ……文ちゃん」 「おう!」  そう威勢良く返事をした文醜が斗詩の胸を鷲掴みにした。 「やっぱり、斗詩はおっぱいも心も広大だな!」 「ちょ、ちょっと文ちゃん! んぅっ、やめっ……あんっ」  何やら、斗詩の唇から艶めかしい吐息が漏れ始めている。 (な、なんだ……なんかエロい雰囲気が……しかし、斗詩の背中しか見えん!)  先程から斗詩の背中しか見えず、文醜の両腕が何やら怪しげに動いているのだけは伺え るのだが、一体どんなことになっているのか直接見ることが出来ず、一刀は内心舌打ちを 連発していた。 「はぁ、んっ……ちょ、ちょっと文ちゃん!」 「いやぁ、わりぃわりぃ。やっぱ斗詩のおっぱいは揉み応えがあるからさ、つい」  ついには怒鳴られた文醜が斗詩から離れる。文醜がなぜか清々しい笑顔ですまないと手 を挙げているのだが、息が乱れたままの斗詩には見えていないようだ。  そして、そんな二人によって完全に空気と化した人物が口を開いた。 「おほん! こ、今回のところは……まぁ、わたくしも一応非を認めることにいたします わ」 「一応ですか……まぁ、今回はそれでもいいです。でも、今度から気をつけてくださいね。 もし、ご主人様の命を奪うようなことがあったら私たちの首も飛んじゃうんですから」  さてどうしたものかと、一刀が考え倦ねていると文醜が斗詩へと向けていた視線と一刀 の視線がぶつかった。 「あっ、コノヤロー! 寝たふりしてやがったなぁ!」 「えっ、いや、その……」  一刀が口ごもっている間にも文醜が言葉を連ねていく。 「さっき、あたいが斗詩の胸を満喫してたときも見てたな!」 「…………そ、そんなことはないよ」  一刀の口から出た言葉は片言だった。 「くっそー! 視覚的に楽しみやがったな!」 「いや、見てない! というか、見えなかったって!」  一刀は、再び組み付いてきそうな文醜を宥めるのに全力を注ぐ。 「……文ちゃん」 「わーってるよ……しょうがないなぁ」  斗詩の咎めるような声に、ぶつぶつと文句を垂れて未だ不満を露わにしたまま文醜が引 き下がる。  それに安堵しつつ、一刀は現状について訊ねることにする。 「そ、それで……斗詩、一体どうい状況?」 「え、えぇとですねぇ……その、ご主人様は気を失いまして」 「うん、それは知ってる」  一刀は、「自覚があるからね」と付け加えながら寝台から離れ三人への傍へと歩み寄る。 斗詩の視界の外から未だに突き刺すような視線を送ってくる文醜に一刀は顔を引き攣らせ る。  袁紹の方は興味なさそうに自分の髪を弄っている。 「それで、二人に事情を説明して反省するようによく言い聞かせてたんです」 「そうか……」  一刀は一応頷いてはみるが、内心ではまったく効果がなかったのだろうと思っていた。 どうみても、文醜と袁紹が反省しているようには見えなかった。 「ほら、二人とも」  そう言いながら斗詩が一刀の前へ文醜と袁紹を促す。 「へーへー悪かったな」 「悪かったですわね……まったく、なんでわたくしが……」 「……おい」  完全に不満たらたら、口をあひるのように尖らせて一刀を見ることなく謝罪の言葉を述 べる文醜と袁紹。あまりの態度に一刀は頬が引き攣るのを感じた。 「ふ、二人とも~」 「ちゃんと謝ったじゃんか」 「そうですわ!」  斗詩が文醜と袁紹に注意をするが二人は聞く耳を持たない。一刀は半ばそれも仕方がな いと思い諦めることにした。 「はぁ……もういいよ」 (そうさ……さっさと用事を済ませて立ち去るべきなんだ)  本来の目的を達してさっさと去ることだけを考え一刀が口を開こうとするのを斗詩の言 葉が遮ってしまう。 「あの、ご主人様」 「……ん?」 「二人の反省の意も込めてなにか一つだけ命じちゃってください」 「ちょっ!? 斗詩ぃ~!」 「な、なにをおっしゃるんですの顔良さん!」  斗詩の言葉に、一刀だけでなく文醜と袁紹も驚きの表情を浮かべている。あまりに突然 な物言いだった。 「い、いや……別に俺は構わないから」 「いえ、この二人は少しは痛い目を見ないとわかりませんので」 「斗詩ぃ~」  満面の笑みで言い放った斗詩に文醜がすがりつく。袁紹も視線が泳いでおり、動揺の程 が良く現れている。 「ダメだよ、文ちゃん」 「へ?」 「ちゃんと罰は受けなきゃ」  そう告げると斗詩は一見すると慈愛深い笑みを浮かべる。だが、一刀にはその笑顔が恐 怖を兼ね備えているように感じた。  それは文醜も同じらしく僅かに顔が青ざめている。 「あ、あの……斗詩? ホントに俺は気にしてないから」 「いえ、こういうのはケジメが肝心ですから」 「あ、そう……」  斗詩の言葉に一刀が引き下がると、文醜と袁紹が責めるような視線を一刀へと向ける。 それからあえて顔をそらすと一刀は斗詩へと質問を投げかける。 「それで、俺は二人に『これをしろ』って言えばいいのか?」 「そうです。あぁ、二人が暴れないよう私が見張ってますので安心してください」 「そ、そうか……それじゃあ」  そう言う問題でもない、そう思いながら一刀は腕を組んで考え始める。一刀は、なんだ かまたややこしいことになりそうな気がしてしょうがなかった。  そのため、適当な事を言って二人への罰を流して元々一刀が来た理由でもある用件を告 げるだけ告げたてさっさと立ち去りたいと思っていた。  一刀がなにを求めるのが手っ取り早いか考えている間に、斗詩は部屋の隅へと移動して いく。それを視界の隅で確認しつつ、一刀は目の前で睨み付けてくる二人に罰を言い渡す。 「そ、そうだ、二人にはマッサージをしてもらおうかな」 「まっさーじ?」 「なんですのそれは?」  一刀の言葉に二人が訝しげな表情で首を捻る。その反応を見て一刀はすぐに言葉を付け 足す。 「あぁ、ごめんごめん。わからないよな」 「ってことは、天の国の言葉なのか?」 「そうだよ。えぇと……そうだな、わかりやすく言うと……俺を"気持ちよくさせる"って ことかな」 「っ!?」袁紹と文醜、そして何故か斗詩までもが息を呑んだ。 「ん? どうしたんだ?」 「な、なんでもない……さっさと済ませちまうぞ!」 「…………本気ですの文醜さん?」  何故か一層目つきを鋭くして気合いのこもった声を上げた文醜を袁紹が信じられないと いった表情で見つめている。 「仕方ないっすよ……斗詩が従えって言うんだから」 「……はぁ、わかりましたわよ。文醜さん一人につらい想いはさせませんわ!」  袁紹は、何故か文醜同様の目つき、表情をして決意じみた雰囲気を漂わせる。一体どう したのか、一刀はわからず首を傾げる。  また、少し離れた位置で斗詩が止めるべきかどうするか迷っているのが窺え、それが一 段と一刀に疑問を抱かせる。 (な、なんでこんなに重苦しい雰囲気になってるんだ?)  なにか地雷を踏んだのだろうか……そう考えながら一刀が内心びくついていると、罰を 受ける二人――文醜と袁紹――がそろそろと一刀の方へ手を伸ばしてくる。 「ん? 俺立ったままなんだけど……」 「うっさい! 少しはこっちのことも考えろ!」 「そうですわ! そもそも命令は一つのはずですわよ!」 「え、えぇ~」  怒鳴りつけられ、一刀は萎縮してしまう。 (どうせなら横になるなり椅子に座るなりしたいと思って発言しただけなのになんで怒ら れたんだ?)  一層、困惑を深める一刀へと伸びる罰組の腕、それが、その震える手が一刀の体へと触 れようとする。 「……って、おい! なんで、俺のこか――」 「やっぱりダメー!」  一刀が罰組が伸ばす腕の行き先に戸惑うのと斗詩が飛び掛かってきたのはほぼ同時だっ た。そして、跳んできた斗詩による正面からの体当たり、そによって斗詩に備わっている 二つの巨峰が振り向いた一刀の顔を挟み込む。その感触を味わう間もなく、一刀はその巨 峰の弾力と跳んできた斗詩自身の勢いによって突き飛ばされた。寝台の方へと。 「おうふっ!」  鈍い音が部屋へ響くが、斗詩も文醜も、袁紹も気にとめない。 「ふ、二人もやっぱりこんなのダメだよ!」 「と、斗詩!」 「顔良さん!」  三人が涙を浮かべながら抱き合っているのを見つめながら、一刀は寝台へとぶつけた後 頭部の痛みによって意識を掻き消されていった。 「ぐぅ……痛っ! ってあれ?」  どれくらいたったのかはわからないが、ようやく一刀は意識を取り戻した。未だ痛みが 残る後頭部をさすりながら周りへと視線を巡らす。 「…………」何故か、斗詩を中心に三人が床に額をこすりつけている。  所謂、土下座というやつを三人がしているという光景を意識を取り戻してすぐに見せつ けられた一刀は唖然としてしまう。 「え、なにこれ?」 「…………ごめんなさい!」 「…………」  文醜、袁紹の二人は黙り込んだままだったが、斗詩だけが謝罪の言葉を告げた。正直、 一刀には意味がわからない。 「いや、もう体勢を元に戻して良いから。事情を説明してくれないか?」 「その……一度ならず二度までもご主人様に危害を加えてしまいましたので」  恐る恐るといった様子で顔を上げた斗詩がそう答たのに対して一刀は笑顔で「なるほど」 と頷きかけて、すぐに首を横に振る。 「いや、むしろ止めてもらってありがとうって言いたいよ」 「え?」 「さすがにあのまま手を伸ばされてたら……まずいだろ」  そう、斗詩が制止しなかったら下手をすると一刀の股間に二つの手が触れるところだっ た。正直、何故罰組の二人がそんなことをしたのかはわからないが、取りあえずそれが阻 止されて一刀が安堵したのは確かだった。 「そもそも、なんであんなところに手を伸ばしたんだよ」 「……しろって言ったのはそっちじゃんか」 「へ?」 「そうですわ! このけだもの!」 「ちょ、ちょっと待った! 俺は性的な要望を出した覚えは無いぞ」  何故か、汚らわしい変態を見るような目を向けてくる文醜と袁紹に戸惑いながらも一刀 は弁解をする。 「まぁ、なんてしらじらしい!」 「いや、本当に分からないんだって!」 「自分で言っただろ。『俺を気持ちよくしろ』って」 「…………まさか」  文醜の言葉に、一刀は一つの可能性を思いつく。そして、内心そんなはずは……と思い つつ一刀は二人に確認を取る。 「おいおい、俺は性的な意味で気持ちよくしてくれって言った訳じゃないんだよ」 「は?」 「えぇと……あぁ、そうだ! なんでさっき思いつかなかったかなぁ」  一刀はかぁっと呻きながら額を叩く。いくら戸惑っていたとはいえ、すぐに思いつかな かったのがそもそもの失敗だったのだ。  後悔に苛まれて呻く一刀に袁紹が先を促す。 「なんですの? 速くおっしゃりなさいな!」 「あ、あぁ。いやぁ、実は整体のことなんだよ。整体」  大事なことなので一刀は繰り返して言う。 「整体ぃ~!?」示し合わせたように三人が声を揃える。 「そ、整体さ。肩こりとか腰痛と色々あるだろそれを整体や指圧なんかで癒してもらいた かったんだよ。つまり、そういう意味で気持ちよくしてほしかったんだよ」 「ややこしいなぁ。もう!」 「文醜さんの言う通りですわ! もしかして、わざとなんじゃありませんの?」 「あの……普通、わざわざ気を失いたがる人なんていないんじゃあ……」  訝る袁紹に斗詩のささやかなつっこみが入った。一刀は、斗詩の言うことはもっともだ と思った。ついでに、なんで好きこのんで気を失う確率の高い行為をしなきゃならないの だと、袁紹に問い詰めたくなったりもした。  そんなもろもろの思いを心の隅に仕舞い込んだところで一刀は再び寝かされていた寝台 から離れ扉へ向かう。 「あ、待ってくださいご主人様」 「どうしたんだ、斗詩?」 「その……今度はちゃんと私も含め、三人でまっさーじ……でしたっけ、をします」 「い、いや、もう今日は……」 「あぁん?」文醜の瞳がきらりと光る。 「いえ、謹んで受けさせていただきます」  そう言うと、一刀は寝台の上でうつぶせになった。 「それじゃあ、いきますよ。ほら、二人も」 「ちっ、しょうがねぇなぁ」 「まったく、この袁本初がしてあげるのですからありがたく思うことですわね」 「はは……感謝するよ」  罰としてやらせるはずなのに何故か感謝を要求され一刀は苦い笑みを浮かべるしかなか った。 「それじゃあ、はじめます」  斗詩の言葉を合図にそれぞれが一刀の脚、腰、肩から腕の三つに分かれて指圧なり整体 なりを始めた。 「ふぅ、気持ちいいなぁ」 「随分こってますね、ご主人様」 「まぁ、こう見えても色々やることがあるんでね。それに、今までよりも仕事の量が増え たし……」 「ふん、このわたくしの領土を奪ったのですから当たり前ですわ!」 「いだだだ、ちょっと痛いって」  一刀の言葉が癪にさわったのか袁紹が手に込める力がぐっと増した。 「ちょっと、麗羽さま!?」 「このこのぉ!」 「ぎゃぁぁああ!」  斗詩が咎める声も意味をなさず袁紹の力は増すばかりで、一刀自身も逃れようとするが 三人に体を押さえ込まれているため微動だにしない状態だったため痛みを逃がすことが出 来ない。 「もぅ、麗羽さまってばぁ!」 「むぅ……とめないでくだささいな、顔良さん」 「忘れたんですか、私たちの首なんてご主人様にかかれば――」 「お、おーほっほっほ、少しばかり強かったようですわね」  引き攣った高笑いをした後、袁紹は力を押さえ始めた。一刀は安堵のため息を吐きつつ、 一つの後悔をする。 (袁紹ってこんなに面倒臭かったのか……)  こうなるなら拾うよりも解放の方が良かったのかも、とも思った。が、一刀は、それよ りも実際拾ってしまった以上ちゃんと世話をするべきなのだろうと思っていた……わけな のだが、一刀は正直先が思いやられると内心ぼやいた。  そうして、三人よる整体、指圧を受けた一刀。時折、文醜の加減不足で関節を極められ たり、再び袁紹の怒りをかい痛い思いもした。  だが、それ以上に気持ちよかった。だからこそ、終了したと今、一刀は笑顔で三人を見 る。 「ありがとう、三人とも。おかげで体が軽くなったよ」  ほら、と一刀は肩を回すと、それは良かったと斗詩が笑顔を浮かべた。彼女の傍にいる 他二人は相変わらずの表情だったが。 「さて、俺がここにきた本来の用事を済すとするか」 「あ、そういえば私たちのところに訪ねてくるところだったんですよね」 「どうせ、ろくでもないことですわね」 「はっ!? まさか、斗詩を奪いに来たのか! やらないぞ、斗詩はあたいのだ!」  袁紹は眉間にしわを寄せて一刀を睨み、文醜は斗詩を抱き寄せて半眼で一刀をじと、と 睨みつけながら唸り声を上げる。 「おいおい……」 「二人とも……黙っててくれる?」  文醜が情けない声で「斗詩ぃ」と縋り付いた。その手が胸に伸びようとするのを斗詩が 手で払う。その横で袁紹は不満そうな表情で一刀を見つめていた。 「あー速く伝えたいんだけど……いいかな?」 「あ、はい。どうぞ」 「うん、それじゃあ。袁紹、文醜、斗詩、以上三名に外出許可を出す」 「え!?」 「だってさ……良かったな三人とも」  目を丸くして一刀を見つめる三人に、一刀はにかっと悪戯を成功させた子供のような笑 みを浮かべた。そう、三人……というか主に袁紹、おまけ程度に文醜が求めていた外出、 その許可が下りたことを伝えるために一刀は三人の元を訪れたのだった。 「まぁ、しばらくは付き添いが必要だけどね」 「……あ、ありがとうございます」  一刀が頬を掻きながら言葉を付け加えたところで我に返ったらしい斗詩が頭を下げた。 「いや、礼を言うなら白蓮に言ってくれ……許可出しは彼女の役目だから」 「はい、それはもちろんです。でも、ご主人様にも言っておきたかったんです」  にっこりと微笑む斗詩。その笑顔に一刀は一瞬見惚れてしまう。 (うぅん、なんでこの娘は袁紹の配下なんだろう……)  とても不思議だった。前の"外史"で自分の仲間だった軍師や後に元は敵対していながら 一刀にとって大切な者の一人となった女性から聞いたことがあったのだ。顔良はなかなか よい娘であると。  そして、実際に斗詩と共に過ごしてみたことで、一刀は前の"外史"で言われたことを理 解した。 「それに……ご主人様が約束したじゃないですか。それなりの扱いをしてくれるって」 「あぁ、そうだな」 「ですから、外出の件も色々と手を回してくれたんですよね?」 「さぁ? どうだろうね」  一刀は軽く笑ってみせた、すると斗詩が同じように笑う。それだけで一刀はなんとなく わかる、斗詩が見破っていることを……そう、一刀が色々と掛け合ったということを。 「ふふ……誤魔化してもわかります。ですから、お礼を言いたかったんです」 「はは……そうかわざわざ気にしてくれてありがとうな、斗詩」 「……あっ」  気が緩んだ一刀は思わず、白蓮曰く『悪い癖』を出してしまう。親しい者によく行うこ と――もとい、斗詩の頭を撫でるという行為――をしてしまっていた。  唐突にそんなことをされれば驚くのが当たり前であり、斗詩も例に漏れず呆気にとられ ていた。その表情に一刀が内心「しまった」と悔やむのと隣からおどろおどろしい声が聞 こえたのは同時だった。 「なに~し~て~る~んだぁ」 「わ、悪かったって」  呪ってきそうな表情を浮かべる文醜にそう言うと、一刀は斗詩の頭から手を引く、そし て、そのまま手を扉へと触れさせる。 「それじゃ、俺はそろそろ失礼するよ」 「おい」と文醜が呼び止める。 「ん?」 「あたいたちが街に出るときは来いよ」 「時間が合ったらね」  ようやく表情を和らげた文醜に笑顔で頷くと、一刀は今度こそ部屋を出た。  一刀が出て行くのを見送った後、斗詩は袁紹へと声を掛ける。 「麗羽さま」 「なんですの?」 「なんでお礼を言わなかったんですか?」  自分たちのためにいろいろとしてくれた一刀に特に何も言わず見送るだけだった袁紹に 斗詩は少なからず不満があった。 「別にいいじゃありませんの。本人もいいって言ってるんですから」 「麗羽さま」 「はぁ……わかってますわよ。ちゃんと、今度街へ出るときに言いますわよ」 「そうですか。ならいいんです」  ぶつくさと文句を言い続ける袁紹を見ながら斗詩は取りあえずは良し、と一人頷いた。 「しっかし、どうしたんだ斗詩?」 「どうしたの文ちゃん?」 「いや、やけにあいつの肩を持ったな、と思ってさ」 「そうかなぁ?」  よくわからず斗詩が首を捻ると、文醜が口を尖らせる。 「そうだよ。なんだよー斗詩はあいつに誑かされちまったのかよぉ」 「ちょっと、人聞きの悪いこと言わないでよ!」 「いいえ、文醜さんの言い分も最もですわ。さっきだって頭撫でられてまんざらでもない 顔して! まさか、頭撫でられただけで惚れたりしたんですの!?」  妙に訝る二人にため息を吐きながら斗詩は首を横に振る。 「そんなことあるわけないじゃないですか。ただ、久しく頭を撫でられたことがなかった から、こういうのもたまにはいいなぁって思っただけですよ」  そう、それだけなのだ。ただ、斗詩の頭に乗せられた掌はやはり、一刀の掌だとも思う ことはあった。彼と共に過ごすようになってそれほどの時間は経っていないが、それでも 彼の優しさに斗詩が触れる機会はあった。そして、さきほど頭を撫でられたときに掌から 感じた優しさが妙に彼らしいと思えたのだ。  だから、懐かしいという想い、そして、彼の掌はやはり彼の掌なのだということを感じ 取れたこと、それらがあったからこそ、斗詩はそう悪くない気持ちになったのだ。  とはいえ、もちろん後者のことなど斗詩は二人に言うつもりはないのだが。 「……ふぅん」二人は納得したのかしてないのか微妙な表情を浮かべた。 「もう、なんなのその顔は!」 「さぁな。それより、街に出るときのことでも話しましょうよ、姫」 「えぇ、そうしましょう文醜さん」  そう言って顔を見合わせると二人は街に出るとしたらどこに行くか、何をするかを話し 合い始めた。 「ちょっと、私も混ぜてくださいよ、麗羽さま、文ちゃん」 「まったく……仕方がありませんわね」 「そうですね。やっぱり斗詩はあたいらといるのが一番っすね」  何故かやれやれと肩を竦める袁紹と妙に明るい笑みを浮かべて斗詩を抱き寄せる文醜。 「もう……意味分かんないよぉ」  二人の切り替わりについていけず斗詩はがっくりと頭を垂れた。そして、盛大にため息 を吐いて脱力してしまった。  だからだろう、斗詩は聞き逃してしまった。 「………………ま、斗詩の気持ちも分からないでもないんだけどな」  ぽつりと漏らした文醜の呟きを。