──真√── 真・恋姫†無双 外史 北郷新勢力ルート:第六章 四国並立 ** ──洛陽──  城壁から彼方へ続く地平を眺める少女が居る。  ある一点の方向をひたと見据える少女の脳裏には、ある事柄に端を発する、一つの悩みが渦巻いていた。  “それ”を行うか、行わないか。  そんな単純な二択に、、彼女──曹孟徳は、先の敗戦より今日まで、常に悩み続けていた。  それは賭け。敗れれば、己が名を地に貶める、賭け。  本来であれば、そのような危険な賭けなど絶対にしない。しなければいけないにしても、もっと周到に用意し、 勝率を高めてから行う。……曹孟徳とはそう言う人物である……はずであった。  だが、彼女は今迷っている。そして、その原因もわかっているのだ。  ──北郷一刀──  初めは、取るに足らない相手でしかなかった。  事実、涼州へ出兵する時まで、彼の勢力などほぼ歯牙にも掛けていなかったと言っても、過言ではあるまい。  だが──  戦に破れ、その反省をし、幾度となく彼の者の事を考えている内に、次第に彼女の内でその存在は大きさを増した。  悪循環だとは思う。自分の心が、勝手にその存在を大きくさせているのであろうとも。だが……その自分の考える相手の大きさが、 決して間違っているとは思えないのも事実であった。  ……ならば、最早あなどりはしない。そう、言うなればあの男は壁である。彼女の覇道に立ち塞がる、大きな壁。  そして思う。この程度の賭けも乗り越えられない様で、この壁を乗り越えることが出来るものか、と。  少女は、決断する。  そう、それは曹孟徳にとって、分の悪い賭けであった。  だが、彼女はそれを行う事を決断し、そしてそれを事実実行した。  それは、己が治める地を、国として建てる事。  その号は『魏』。  皇帝を擁する彼女がそれを行った、その日その瞬間──天子は未だ存命するものの──事実上「漢」の滅亡を現していたと言えよう。  本来であれば彼女は、この時期にこの様な行動を起こす予定ではなかった。  では、なぜそれを行ったのか?  理由はいくつかあろうが、その最たる物は、先の涼州を巡る戦での敗北である。  一度は勝利へ限りなく近づいた上での、逆転負け。その上、兵達に絶大な人気を誇っていた、張三姉妹の敵への投降。  それらの要因は、将兵達の士気の低下を引き起こし、曹操は何らかの、士気の上昇を促す手段の構築を求められたからである。  そう、その行動は、正しく賭けであったのだ。  将の、兵の、民衆の、漢に対する畏敬の念と、曹孟徳に対する忠誠心のどちらが高いか。  そして結果として──曹孟徳は、賭けに勝った。  新たなる国の──魏の誕生に、将兵も、民衆もそれを祝し、王たる曹操を讃え、国を盛り立てんと、否応無くその士気は上がった。  ここに、長安を除く司隸校尉から河北四州、徐州をその支配下に置く、大国「魏」が誕生した。 「……くっ……ふふっ……あはははははは!!!」  遥かに広がる地平へ向かい、少女の哄笑が木霊する。   「……この私が、ただ一人の人物にこうまで心を砕かれるなんて……  いいでしょう、『天の御遣い』北郷一刀……認めてあげる。あなたはこの私の覇道の前に立ち塞がる、最大の障壁。  その障壁を破るために……この曹孟徳、全霊を込めて戦いましょう──」 ──建業── 「曹操が国を建てた……か」  細作によりもたらされたその情報に、冥琳は形の良い眉を潜めた。  その冥琳の様子を眺めながら、雪蓮が言う。 「それにしても……曹操も思い切った事したわね。……何て、のんびりもしてられない、か」 「うむ。曹操の次の狙いは、間違いなくこちらだ。西方への進出に失敗した以上、直に同じ轍を踏むこともあるまい。 ……我々も決断すべきかもしれないわね」 「『国』に対抗するには『国』ってこと?……楽しそうじゃない」  魏の今後の動向を懸念する冥琳へ、雪蓮はその言葉の通りに、楽しげに笑いながら答えた。  これよりしばし後、雪蓮は国の内外へと『呉』の建国を宣言する事となる。 「我が名は孫伯符。江東の虎、孫文台の娘にしてこの地を統べる小覇王なり!  この地に住まう者達よ、傾聴せよ!己が国が生まれ行く声を!!  活目せよ!己が国が育ち行く様を!!  我はここに『呉』の誕生を宣言する!!!」  魏に対抗するかのように呉を建てる──それは、魏軍の次の目標が南方であろうことが容易に予想できる現在において、 真っ向から受けて立たんと言う、雪蓮達の意思表示に他ならなかった。 ──成都──  曹操の魏に続き、雪蓮が呉を建てた事は、桃香たちにとっても少なく無い影響を与えた。  すなわち──自分達もそれに対し、国を建てるべきではないのか。と言う事である。  事実、彼女等の勢力は、魏、呉に比べたとしても、現状決して劣っている訳ではない。  だがここに来てそれに踏み切れない想いもあった。  それは──天子様が存命している現在において、他が国を建てたからといって、おいそれと追従してよいのか? ……と言うことである。  桃香達にしてみれば、己が呉の地を守るために曹操に対抗して建てた雪蓮達は兎も角、曹操に置いては、 本当にこの時期に国を建てる必要が有ったのか?と思わずには得なかった。  大まかな理由は朱里と雛里が推測を立てており、恐らくではあるが間違ってはいまいと言う考えもある。  だが、それにしても事を急がず、じっくりと構えれば回避できる問題で有ったであろう。  それ故に、ここで国を建てる事は、天子様をさらに追いやる様で、あと一歩のところで踏ん切りがつかないのだ。  ……さしもの伏龍、鳳雛といえども、曹操の決断の影に『天の御遣い』の影響力があろうとは思いつかなかった様だ。  だが、現実的な面に目を向けてみれば、そうも言っていられない状況であることは免れない。 このままでは──確実に他国に優位性を獲られるであろうことは確実だからだ。  ならば君主として──桃香は己の心情的なものは切捨て、決断せねばならない。  そして、彼女は心を決めた。 「私はここに、『蜀漢』の建国を宣言します。  我が名は劉玄徳──中山靖王劉勝が子孫。この『靖王伝家』に誓いましょう。必ずや、漢を再興して見せると。  そして必ずや──この国を、私の理想を体現する国にして見せましょう──」 ──漢中── 「『国』を建てる?」  ある日、重鎮達一同により呈された提言に、一刀はそんな疑問の声を上げた。  居並ぶ重鎮達の中から、風が一歩進み出て言う。 「はい。先日、曹操の『魏』建国に呼応するかのように、雪蓮さんが『呉』を、劉備さんが『蜀』を建国するに至りました。  事ここに至り、我らも己が領地を国として建て、他の三国に対抗すべき時であると存じ上げます」  そんな、普段とは一線を画する風の雰囲気に、一刀は一瞬息を呑む。それと同時に──自分が彼女等の主になった時から、 いつか来るのでは無いかと思っていた時が来たのだと漠然と思う。 「……話は解った。  けど、みんなは本当にそれでいいのか?確かに曹操が『魏』を建て、事実上『漢』は滅んだに等しいとは言っても、 実際のところは、まだ曹操は天子に禅譲を迫ったとは聞いていない。  その上で……未だ天子が在位している上で国を建てるって事は……皆にとってはそれこそ“天に唾する”様な行為になるだろう?」  そんな一刀の問いに、今度は稟が進み出て言う。 「確かに、多くの者達にとって、天子様……ひいては朝廷と言うのは、侵さざるべきものと言う認識でしょう。  ですが、我々にとって、それは少し違います。  確かに天子様を敬う気持ちに変わりはありません。ですが私達……いえ、『この国』の者達にとって今や“天”とは、 『天の御遣い』たる一刀様に他ならないのです」  一刀は気付いてしまった。稟が『この国』と言った瞬間、場の雰囲気が一変したのだ。  稟の言った様に、確かに以前よりも天子や朝廷に対する意識と言うものは変わっているのだろう。 それは、以前玉璽を返上しなかったことからも解る。  だがそれでも……やはり奥底では、天子や漢というものの影響力は残っているのだ。  無理もない。彼女等にとって、それは正に生まれた時からの当たり前なのだから。  それでも──稟はあえて、自分達の勢力のことを『この国』と称した。  それはひとえに、覚悟を決めたと言う事。  漢より脱し、自分を……北郷一刀という人物を、本当の意味で頂点に頂くという覚悟。  それが解ったからこそ、一刀はそれ以上言うのを止め、一言、「……わかった」とだけ返した。  その答えに、皆が一様にほっとした安堵の表情を浮かべ、 「あ〜……所でさ、できれば今後も普段どおり接してくれると嬉しいんだけど」  そんな一刀の言葉に、今度はやれやれと……呆れたような表情を浮かべるのだった。 「……まったく、公の場でぐらいシャンとしなさいよ!」  そんな中、今度は詠が進み出て来た。 「じゃあそんな訳だから、ボク達の国の号を決めてくれる?何だったら数日待ってもいいけど」 「……いや、いつかこんな日が来るんじゃないかって思って、考えてた物があるから。  一つは『真』……俺の知識にある、この大陸の次の国の名前から韻を踏まえてみた。 意味的には……我が国こそがこの大陸の真なる覇者である……ってところかね?」 「ふむ……なかなかに良い名ではないですか。  ですが、一つは……と言う事と、先にそれを挙げたと言う事は……お決めになっているのはそれではないのでしょう?」  星がそう言うと、一刀は苦笑をうかべつつ、 「ああ。……俺達の国の名は、『陽』にしたいと思う」 「よう……ですか。先程のもう一つのもそうでしたが、地名では無い様ですし……これにも意味があるのでしょう?」  今度は音々音の、皆の思いを代表した様な疑問に、頷いて返す。 「一つは、俺の出身国から。……「日本」って言うんだけど、「日の本」とか「陽いづる国」とか呼んだ事もあるんだ」  そこで一呼吸置き、一刀はその視線を正面に居る、風と稟に移した。 「そして……こっちが本命の理由。……俺達の、旅の切欠だよ」  その言葉を聴いた瞬間──二人はハッとした表情を浮かべ、風の瞳から、透明な雫が流れ落ちた。  それは、言うなればただの夢だった。  他人にしてみれば、本当にただの夢。でも、少女にしてみれば、本当に大切な、夢。  話したのは一度きり。確かに最初の切欠かもしれないけれど、他人にしてみれば、所詮は他人の見た、ただの夢の話。  けれど──この青年は、それを覚えていてくれた。  あまつさえ、それを大切な国の名の由来とさえしてくれた──。  一刀と星が優しげな視線で見つめ、風は静かに俯き、声を押し殺したまま肩を震わせ、稟はそんな風を抱き締め、 そっとその頭を優しく撫でる。  そんな、侵さざるべき聖域の様な光景は、暫しの間続いていた。  こうして──四つの勢力は、四つの国へとその姿を変えた。  そしてそれは、この恋姫たちが綴る物語の、終局の幕開けに他ならなかった。