改行による2パターンとなっています。最初は整形なしの素です。 ブラウザでご覧の方は、『ctrlキー+F』を押して出た検索窓に整形と入力して飛んでください。  「無じる真√N24」  一刀は、颯爽と駆ける馬の上から袁紹軍を中心とした争乱をその瞳に捉え、人知れず気を張り詰めていた。 「大分、動きがあったみたいだな……」 「…………セキト頑張った」  独り言のつもりで呟いた一刀の言葉に呂布が返事を返した。 「あぁ、そうだな。セキトのおかげだ」  そう答えたとき、一瞬、ほんの僅かに呂布の頬が緩んだように一刀には見えた。  それからすぐに呂布は感情を読み取りにくい普段の表情に戻り、一言呟いた。 「……駆け抜ける」 「へ?」  瞬間、一刀の頬を撫でていた風が彼の頬を叩く。気がつけば馬の速度が増していた。 「お、おい、恋? 今、何て……」 「…………」  呂布は頭から水を掛けられたような気持ちで、顔を引き攣らせている一刀に目もくれず麾下の兵にぽそぽそと何かを伝える。 「れ、恋? このまま行くと……間違いなく突っ込む気が……ってうぉぉ!」 「…………」  呂布と一刀を乗せた馬は先程の霞の時と同じように敵陣へと突っ込んでいく。 「うわぁ、りょ、呂布が来たぞぉ!」 「くっ、ひるむな!」 「袁紹さまを護れぇ!」  兵たちがわらわらと集まり、寄ってたかって呂布を討たんとしている。 「…………ふっ!」  呂布が一息の元に方天画戟でなぎ払う。それだけで道が開かれる。  袁紹軍の兵卒たちの高潮のような激しい攻めを方天戟によって弾き返していく。  一刀は、呂布の背に捕まりながら彼女のその姿を見るうちに、やはり呂布は天下無双と言うにふさわしい存在なのであると改めて実感させられた。 「呂布を止めろぉ!」 「ま、待て……あっちから残りの呂布軍が!」 「ちくしょう! どうすりゃいいんだ!」  どうやら、先程呂布が命じたのだろう。呂布の部下たちが後方で袁紹軍後衛を相手に暴れている。  呂布の周囲に群れ集っていた兵たちに動揺が走る。そこを突くように、呂布が馬の腹を蹴り兵たちの間を駆け抜ける。  呂布と一刀を乗せ疾駆した馬の行き着いた先には袁紹軍と交戦中の呂布軍がいた。  だが、呂布はそんな彼らを一瞥すると、その横を駆け抜けていく。  そして、彼女が馬の脚を止めたのは易京城門前に降伏勧告を行うために出てきていた賈駆隊の中だった。 「恋!」 「…………詠」 「久しぶりね……なんて、懐かしんでる場合じゃないわよね」 「…………」  この慌ただしい情況の中、久しくあっていなかった者との再会に得も言われぬ様子な詠が発した言葉に呂布はこくりと頷いた。 「…………ご主人様を届けに来ただけ」  そう用件のみを告げると、呂布はすぐに馬の躰を翻した。 「…………行ってくる」  それだけ言って、呂布は意気軒昂といった様で袁紹軍の前衛相手にしのぎを削っている呂布軍の中へと加わっていった。 「――にしても」 「ん?」 「よく、恋を説得できたじゃない」  好奇の目を向けながらそう尋ねる詠に苦笑を漏らしながら一刀は答えた。 「あぁ、それはアイツのおかげだよ」 「アイツ?」 「あぁ、小さな救世主だよ……詠の元へも行かなかったか?」 「!? あぁ……セキトね」  詠はそう言うと、得心が行ったという様子で頷く。 「へぇ、セキトが何かしたから恋はボクたち側についたってことなのね」 「まぁ、そういうことだ。あぁ、あと話すことがいくつかあるんだが――」  忘れないうちにと思い、一刀は霞のこと、呂布軍の今後のことなどを出来る限り包み隠さず伝えた。ただ、一刀自身の命のやり取りに関しては、また詠に殴られそうだったのでぼかした。 「……そう。なら恋を仲間に出来たことは余計良かったと言えるわね。もし、行く当てのない恋が本格的に袁紹の元で客将を始めることになったらボクたちに勝ち目はなかったでしょうからね」 「なるほどな……確かに危なかったかもな」  呂布が袁紹軍の将となってしまったらどうなっていたか……そう想像してみただけで一刀は身震いした。  顔良は、大地を踏みしめて最大限にため込んだ脚力によって退治している"敵"へ向かって電光石火の勢いで飛びかかった。  そうすることで距離を詰め、金光鉄槌を目の前の相手に向かって振り下ろした。  金光鉄槌による最高の一撃。その威力によって砂埃の舞う中、顔良は目を凝らす。 「や、やったの?」 「…………ふふ」  淡い期待を胸に抱きながら呟いた顔良の声に被さるように誰かの笑う声が聞こえた。  瞬間、顔良の全身からどっと汗が噴き出す。気のせいか背筋も冷たくなっている。 「う、嘘……」  顔良は、血の気の引いた顔のまま金光鉄槌の先へ視線を注ぐ。  そして、砂埃が収まり視界が広がる。 「あ!?」 「残念だったな……そして、ここまでだな」  金光鉄槌、その槌の部分に星が乗っていたのだ。その顔に不敵な笑みを浮かべて――。 「そ、そんなぁ……」 「さて、覚悟してもらおう」  槌の上に直立したままの星の視線が顔良を刺し貫く。  顔良の首を汗が滴り、喉がごくりと鳴る。  ダメだ、やられる――顔良はそう思い、目を瞑った。  その時、何人もの足音が顔良の耳に届いた。 「顔良将軍! こ、ここは我らに任せて袁紹様のもとへ!」 「え? み、みんな!」  意外な声に顔良は思わず目を見開いた。  そこには、星を囲むように何人もの兵が各々の武器を構えている。 「で、でも……」 「ここで顔良将軍が倒れてしまっては殿をだれがお救いになるのですか!」 「……ほう、中々良い部下を持ったものだな。顔良」  いつの間にか槌から降りて兵たちの中心へと向かって歩を進める星が感心したような声を上げる。 「…………わかりました。みんなの想い確かに受け取りました!」 「急いでください! 顔良将軍」 「みんな、ごめんね!」  星を囲む兵たちを背に顔良は駆け出す。一刻も速く主君の元へと向かうために。  金剛爆斧と斬山刀による一進一退の攻防。  金剛爆斧が勢いよく振り下ろされれば躰を横にずらし避ける。  斬山刀によるなぎ払いがあればそれを身を低くし、躱す。  同時に相手へ向かって振り下ろせば、鍔迫り合い。  どちらも退くことはない。 「ふ、どうした? 先程から攻撃にキレがないぞ。疲れたのか?」 「んなわけあるかよ! ちょっと手加減してるだけ……だっ!」  瞬間、全身の力を使い、華雄の躰を押しのけ距離を取る。 「おい、また退くのか? 文醜」 「うっさい。あたいはあたいのやり方でやるんだ!」  額に巻いた布が次々浮かびくる汗を染みこませているのを感じながら文醜は思う。袁紹は大丈夫だろうかと……。正直、文醜は先程までのように戦いに集中できなくなりつつある。  さすがに、袁紹がいるであろう後衛からも兵たちの悲鳴が聞こえたのでは気にならないはずがなかった。 「姫……無事なのかな……」 「何をぼうっとしている!」  今、どうなっているのかわからない袁紹の身に文醜が想いをはせていると。華雄が襲いかかってくる。 「あ、危ねっ!」 「ちぃ、はずしたか!」  間一髪のところで身を躱した文醜の耳に華雄の舌打ちが聞こえる。 「ひ、人が考え事してるときに攻撃すんなよ!」 「うるさい! 戦っている最中に気を散らす方が悪いのだろうが!」 「なんだとー!」 「やるかぁ!?」] 「バーカ。もう闘ってるじゃねーか」  文醜はそう言うと、華雄に向かって、んべーと舌を出した。片目を指で広げることも忘れない。 「ぐぅ……お、おのれぇ。あー言えばこー言ってぇ!」 「へーんだ。お前がバカなのがいけないんだろ。バーカバーカ!」  ここぞとばかりに文醜は怒濤の罵倒攻撃にでる。  華雄の顔がみるみる赤くなる。効果は覿面の用だ。 「ゆ、揺るさん……揺るさんぞぉ!」 「へ?」  怒り狂う華雄の攻撃は先程までと比べ、速さ、そしてその迫力の面で変わっている。 「ちぃっ! こいつ!」  僅かに出来た隙を狙い、文醜が一撃を放つ。が、華雄はそれをギラリと睨み。 「やられはせんぞ、やられはせんぞ、貴様ごときに。やられはせん」 「う、うわぁぁぁ!」  ありえない勢いで躰を文醜の方へ向け、下段から振り上げてくる金剛爆斧で斬山刀を弾いてくる華雄に恐怖を覚える文醜。  思わず後ずさる文醜。気のせいか華雄の背に巨大な影があるように見える。 「お、おい……」 「覚悟するが良い……私を怒らせたことを!」  金剛爆斧を構え自分を睨み付けてくる華雄。  文醜は舌打ちすると、迎撃態勢をとる。 「行くぞ、文醜――ぐぇっ」  が、跳んできた袁紹軍の兵が華雄にぶつかり彼女を巻き込んで地面を転がっていく。 「な、何だ?」  大地に伏したままの華雄から目を離し、文醜は兵が跳んできた方を見る。 「…………」 「なっ!? りょ、呂布!」  そこにはつい数刻前まで仲間だったはずの呂布がいた。 「ん、んん……な、何が起こったのだ……ん? りょ、呂布!」  呂布の姿を捉えた華雄が傍へ寄る。 「お、お前! ほ、本当に我らの味方なのか?」  僅かに距離をあけたまま尋ねる華雄に呂布が黙ってこくりと頷く。 「……恋でいい。華雄」 「どうしたのだ? 急に」 「…………恋も華雄もご主人様のもの。だから真名で呼んでいい」 「え? い、いや、私は別に一刀のものというわけでは……」  慌てた様子で呂布に詰めよる華雄。文醜にはその光景をただ黙って見ていることしかできなかった。下手に手を出せば返り討ちに遭う……文醜の喉がごくりとなる。 「…………違うの?」 「い、いや、その……まだあいつのものになったわけでは……その」  何を想像したのか華雄が顔を真っ赤にさせもじもじしている。  呂布は呂布で意味が分からないのか首を傾げている。 「い、今のうちに逃げた方が良いか……麗羽さまのことも気になるし」  二人の気がそれているようだと判断した文醜は後ずさる。  十分距離が取れたところで文醜は駆け出す。そこにきて華雄と呂布は気づいたらしい。 「あ!? 待てぇ! 逃げるな」 「…………あ」 「へへーん! 悪いが、ここは退かせてもらうぜぇ」  その声だけを場に残し、文醜は逃げ出すのだった。  袁紹軍の後衛、そして本隊であり中心。そこは混沌と化していた。あちこちから上がる兵たちの声が錯綜し、また、後方から来た呂布軍を相手に応戦したり、呂布によって怪我を負った兵たちの救護。文醜、顔良や他の将たちの隊との連絡を取らんと駆け出したりとそれぞれが奔走している。  さらに、すっかり動揺し、何も言わずどこかへと駆け出す兵たちもいた。 「一体、どうなってますの……これは」  自らにとって不愉快きわまりない事態に思わず爪を噛む袁紹。  つい今し方まで共に公孫賛軍を攻めんとしていた呂布軍が袁紹軍を裏切った。  あまつさえ攻撃を仕掛けてきたというのだ。袁紹からすればまったくもって理解不能な事態であった。  そんな事態に困惑しながらも袁紹は顔良と文醜の事を気にしていた。 「ふ、二人はどうしているんですの!」 「それが、現在、両隊ともに交戦中とのことで……」 「情況はわかりませんの?」 「何分、混乱続きなもので情報の伝達が上手く出来ていません」  弱々しくそう答える兵に、特に何も言うことなはないとして追い払うように手を振るのみで下がらせた。  肩を落とした兵が離れていき、その姿が見えなくなったところで袁紹は顔を俯かせ、ため息を吐いた。実のところ、兵の話を聞いている内から彼女はそわそわしはじめていた。 「なんなんですの! もう……なぜ、この袁本初が……文醜さんも顔良さんも一体どうしているのやらわかりませんし……」  袁紹は、胸がつかえる気が何故かしたためそっとその中心を抑えた。  これまで何度か戦に出たことはあった。  だが、名家ということもありここまで追い込まれたことなど袁紹にはなかった。  ましてや腹心である顔良、文醜の二人の詳細を知ることが出来ないと言うことなど一度もなかった。  それ故、ここまで不安なのだろうか。袁紹はそう考える。そして二人が彼女にとってどれほどの存在かを改めて感得した。  そんな袁紹の元へ、駆け寄る足音。 「れ、麗羽さま!」 「が、顔良さん、ご無事でしたのね」  袁紹は興奮のあまり、息を切らせながらやってきた顔良の両肩を掴む。 「れ、麗羽さま?」 「よく、よくぞ戻りまりましたわ顔良さん!」 「え、えぇ……って、それよりも今はこの情況を打破しましょうよ麗羽さま!」 「そ、そうですわね……わたくしとしたこが……それで、どうしますの?」 「そうですね――」 「麗羽さまぁ、無事っすか〜?」  いざ、語ろうとする顔良を遮るように離れていてもよく聞こえる声が遠くからした。  袁紹が顔良と共に視線をそちらへ向けると。そこには緑の髪を揺らしながら駆け寄ってくる文醜の姿があった。 「文ちゃん!」 「文醜さん!」  それを見た二人は同時に彼女の名前を声にした。 「いや〜、焦りましたよ。華雄と闘ってたらいきなり呂布が出てきて……って、あれ?」 「…………」  何故か黙り込んでいる二人を見た文醜が首を傾げる。 「どうしたんすか?」 「い、いえ……なんでもありませんわ」 「ちょっと、さっきのはワザとなのかなぁって」 「?」  袁紹と顔良がぶつぶつと呟いているのに対して文醜は不思議そうにしている。 「それよりも、呂布さんが現れたって本当なの?」 「ん? あぁ、華雄と呂布を同時に相手するのはあたいでも厳しそうだったからな。隙を突いて逃げてきたぜ」 「……まったく、呂布さんが裏切るとは思いませんでしたわ!」 「まぁ、それは後にしましょう。でも、呂布さんが後衛じゃなくて文ちゃんのいる方に出てきたのはどういうことなんだろ……」  眉を潜ませ、プリプリと起こっている袁紹を宥めながら顔良が疑問を口にする。 「あぁ、それなら――」  それに覚えがある袁紹は、先程の異常な事態を身振り手振りを加えて説明した。  呂布の取った行動を聞いている二人の顔が畏怖の感情に染まりはじめる。 「な、成る程……こちらの軍の中を突き抜けていったってことですか……」 「いやぁ、あたいでも真似出来ないな……しかし、呂布は賭けるところ賭けれる奴だな」 「まぁた、賭け事の話ですの? まったく、文醜さんは……」 「へへ、一か八かの一発勝負! いいじゃないっすか」 「まったく……あなたという人は……」  相変わらずの文醜の様子に袁紹は開いた口が塞がらなかった。 「そ、それよりも現状の打破が優先ですって!」  顔良が両拳を握りしめながら二人を見る。 「そ、そうですわね……」 「あ、あぁ……そうだよな。斗詩」  顔良のあまりの剣幕に、袁紹と文醜の二人はただ頷くだけだった。 「それじゃあ……単刀直入に言います。このまま後方の呂布軍を抜けて退却します」 「え? な、何を言っておりますの?」 「あまり時間もないので簡潔に説明します。えぇと……これでいいや」  顔良が袁紹の近くにあったこの戦の間に作られた戦略図を広げた。 「いいですか、現在。私たちのいる後衛には後方側の呂布軍が対峙しています。そして、左翼には華雄さんの隊、右翼は趙雲さんの隊。そして、前衛には前方側の呂布軍、そしてその後ろに賈駆さんの隊が控えています」 「そうだな……って囲まれてるじゃんか斗詩!」 「そうだね……でも、先程の麗羽さまと文ちゃんの情報をもとに考えると呂布さん自体はこの本隊を突き抜け前方側の呂布軍と合流したわけです。そして、最終的には左翼側へまわっています。なら、後方側の呂布軍だけ突出したものを持つ人がいないんです」 「……なーるほど、つまり戦力としては薄い後方側呂布軍に戦力を注ぎ、抜けるということなのですわね!」  そこまでの説明を聞いてようやく袁紹も顔良の考えを理解できた。  同時に、それでこそ我が参謀だと心の内で嘆賞した。 「そんじゃあ、さっさと行きましょう。麗羽さま!」 「そうですわね。兵たちへの指揮は顔良さんにお任せしますわよ」 「はい! それじゃあ、行こう二人とも」  三人は今こそ気概の見せ所と言わんばかりに動き出した。 「よっしゃぁ、残った奴らはあたいに続きやがれぇ!」 「みんな、後方の呂布軍を突破することだけを考えて!」  文醜と顔良が兵たちへ声を号令は発する。すると、あれよあれよという間に一つにまとまり、その様はまさに一本の槍。  そして、後方の呂布軍を貫き抜かんとした時。  遠くから、さらなる軍勢が現れる。そこから見える旗の文字は『陳』、それこそ呂布軍の軍師、陳宮の隊であることは間違いなかった。 「う、嘘! 何でここに!?」 「お、おい、斗詩……なんか歩兵が大軍で押し寄せてくるぞ!」 「ど、どうするんですの顔良さん!」  焦る心のままに顔良の報を見れば彼女もまた驚きのあまり呆然としている。 「え、えぇと……」 「えぇい、面倒だ! 当初の予定通り突っ切るぞ!」  文醜が、狼狽しきっている顔良を余所に威勢よくそう叫んだのとほぼ同時に陳宮隊の後ろに迫り来る砂塵を見つけた。 「ん? なんだありゃ?」 「なんですの?」  文醜がもっとよく見ようと、目の上に手をかざすのにつられるように袁紹も手を添えて目を凝らす。  そんな二人に続くように顔良もそちらを見ている。  そして、その隊の子細がにわかに見えてきたところで顔良が驚愕の声を上げた。 「……旗の文字は『張』、張遼……さん? って、えぇぇ!」 「おいおい、どうすんだよ! いくらなんでも無茶苦茶だぞ……」 「ど、どうするんですの? どうするんですの!」  困惑の色を露わにし、三人であわあわとしていると、さらに別の方角からも馬蹄の音が響いてくる。 「た、大変です。防衛に徹していた兵をうち破った趙雲、華雄の両隊及び、呂布軍の残りが攻め寄せてきました」  その報告を聞くやいなや三人は同時に口を開いた。そして、 「えぇー!」  喉がかれるのではと言うほどの大声で仰天の声を上げるのだった。  袁紹軍を包囲したところで一刀は気になったことを詠に尋ねてみた。 「なぁ、詠。何で恋を華雄の行かせたんだ?」 「あぁ、それね」  そう、先程呂布が一刀を詠の元へと届けた後、まるで風向きを変えた暴風のようにあれよあれよという間に立ち去った後、何かを思いついた詠がすぐさま伝令を発したのだ。 「簡単なことよ。袁紹たちに正面から降る道を提示するためよ」 「正面から降る?」 「そう、戦いの中で討たれたり引っ捕らえられたりするよりは正面から堂々と降る方が向こうも面子ってものを多少は保てるでしょうからね。もともと、あんたや恋の報告を聞いたときから、ねねや霞がこっちに向かってきてるのは分かっていたわ。だから、袁紹軍の退路を塞ぐことが出来るのは自明の理でしょ。そうなれば左右から挟み、後退もさせないっていう情況になるのは予想できるでしょ。なら、あとはこっちに来させるようにするだけってわけよ」  そんな詠の説明に一刀はただ、ふぅんとだけ頷いた。正直、一刀は詠の言ったことを理解しきれていなかった。  ただ、一刀としてもその説明に思うところがあったためそれを口にしてみた。 「でもさ、なんでわざわざそんな手間のかかることをするんだ? いっそ完全に囲ったほうが速いんじゃないか?」 「あんた馬鹿? あのね……こうゆう情況で気をつけるべきは相手を追い詰めすぎて妙な抵抗を受けることなのよ」  詠が肩をすくめて、やれやれと行った様子でため息を吐く。 「まぁ、相手がまともな奴ならそれもありだとは思うわ。でもね、今ボクたちの前にいるのは袁紹よ。馬鹿に手足を付けたような奴なのよ。いえ、むしろ歩く馬鹿よ! しかもそれだけに止まらず、高慢ちきで自尊心だけは無駄に高い……そんなのが追い詰められて降伏なんて考えるとは思えないわ。絶対、アホ丸出しの抵抗をしてこっちに余計な損害を被らせるはずよ!」  あまりの貶しっぷりに一刀はただ顔を引き攣らせることしかできなかった。  と、そこで一つの疑問が一刀のなかで首をもたげてくる。 「な、なぁ……もし、もしもだぞ。袁紹が、詠の考えもわからないくらいに馬鹿だったとしたら……どうなるんだ?」 「…………はっ!?」  詠は、ぎょっと目を見開いたかと思うとすぐさま額に手を置いて難しい顔をし始めた。 「まずいわ……よく考えれば袁紹の馬鹿っぷりはわかるはずなのに……あぁ、もう!」  地団駄踏みながら憤慨をする詠。その姿を見ながら一刀は、さならがら地獄の亡者を取り逃がした鬼のようだと密かに思った。 「あぁ、忌々しい! なんでこのボクがあんな馬鹿の馬鹿具合にこんな悩まなきゃならないのよ!」 「お、落ち着けって……。きっと、みんなが上手くやってくれるはずだ。俺たちはそれを信じていようじゃないか」 「…………それもそうね。はぁ」  ため息を吐き、肩をがくりと落とす詠を見ながら一刀は思う。 (詠にここまでの精神的打撃を与えるとは、袁紹の馬鹿っぷり、侮りが足し!)  それと同時に、捉えた後の白蓮たちの苦労を想いほろりと涙した。  先程まで、狙いを定め矢となってこの包囲を飛び出んとしていた袁紹軍は進退窮まる状態に陥っていた。  いや、そう思い込んでいた。 「ど、どうするんすか麗羽さま〜」 「し、知りませんわよ! ど、どうするんですの!」 「わ、私だってもうどうしたらいいかわかりませんよぉ〜」  文醜に話を振られた袁紹からそのまま流すように渡され涙ながらに訴える顔良。 「こうなりゃ、一か八かで行くしかないんじゃないか斗詩?」 「ぶ、文ちゃん!」 「お、おやめなさい文醜さん」  妙に意気込む文醜を袁紹と共に止める顔良。その背には先程から冷や汗が止まることなくまるで滝のように流れ続けている。 「……なら、あたいが血路を切り開く。その隙に斗詩と麗羽さまは逃げてください」 「そ、そんなこと出来ないよぉ」 「そうですわ! この袁本初に付き従うのなら最後まで貫き通すことが義務づけられているのですわ。だから、そんなこと考えてはいけませんわよ文醜さん」 「で、でも……もう、それくらいしか」  顔良と袁紹の説得に文醜は顔を俯かせた。  辺りを沈黙がつつむ中、顔良は諦めたようにぽつりと呟く。 「もう、手詰まりなのかな」 「わ、わたくしは最後まで諦めませんわよ!」 「あたいだって!」  そんな二人の威勢も顔良にはあからさまな空元気であるようにしか思えなかった。  そして、未だ指示を待ち続け待機したままの兵たちの方を見る。  何か言わなければ。そう思い顔良の心が焦燥に彩られた時、動きが起こる。 「うぎゃぁぁああ!」  兵たちの悲鳴が上がったのだ。  どうやら、周りを囲う部隊が徐々に守りに徹する袁紹軍の兵を倒し、顔良たちのいる中心部へとその距離をじわじわと詰めてきているということが伺い知れた。  そして、崩れた防衛戦は脆くなり破られる。  迫り来る軍勢、蹴散らされる自軍の兵卒たち。中には武器を投げ捨てるものもいた。  大地へ倒れていく袁の旗。踏み荒らされる陣内。  そんな光景を目にしながら三人は悲嘆の声を漏らした。 「あ、あぁ……もうダメなの?」 「も、もうこれまでですのね……」 「もっと暴れたかったぜ……」  もはや抵抗する気力も失せたのかその場でただ呆然と魂が抜けたように三人は、立ち尽くしていた。 「さぁ、観念して頂こうか……お三方よ」  そして、ついに袁紹軍の中心である三人の前に現れた公孫賛軍の武将が三人に向かって歩み寄ってくるのを顔良はただ、諦めと悔恨の感情を籠めた目で見つめていた。  遠く、動く各隊を見ながら一刀と詠はその胸の鼓動を早めハラハラとしていた。 「やっぱり、投降してこなかったな……」 「そ、そうね……ボクの計算違いだったみたいね」 「袁紹たちを一体どうするかね。みんな」 「さぁね、もしかしたら首をはねたりとかしてるかもしれないわ」  その言葉に一刀は胸をどきりと――させなかった。 「いや、それはない。そう信じたいな俺は」 「まぁ、大丈夫だとは信じてるわよ。ボクもただ言ってみただけなんだから。きっと連れ帰ってくるわ。三人を見つけたのが華雄でなければ……」 「…………」  詠の言葉に一刀は何も言えずただ黙り込む。あり得ないとは言い切れないから――。  いかんせん、華雄は短絡的な部分がある。それは一刀も知っているから。  ただ、それと同時に華雄の傍には恋がいるから大丈夫だろうとも思っていた。 「まぁ、なんにせよ。もう少ししたら戻ってくるでしょ。そうすれば、わかるわよ。どういった選択をしたのか」 「そうだな……」  そうして、遠くをみやる二人はしばらく黙って成り行きを見守るのだった。  ようやく、全体が落ち着き捕虜もしくは降った袁紹軍の兵たちが易京へと引かれていく中、星が何かをその手に握りながらやってくる。 「主、ただいま戻りました」 「おかえり、星。それで、その……袁紹たちは?」  一刀は、不安と期待を織り交ぜたような微妙な表情で恐る恐る尋ねる。 「あぁ、それならば。こちらに」  そう言って、見せるのは先程から星の手に握られているものだった。 「縄? ってことは捕らえたのか?」 「えぇ、ご覧くだされ!」  そう言って、星が引きずって前に出したのは布が掛けられたナニカだった。 「まさか……」 「? もしかして、そこに袁紹たちが?」  背後で詠が声を震わせているのを疑問に思いつつ一刀は星に尋ねた。  見れば、その布が覆っているのは三人の人間が入っているくらいの大きさだった。 「えぇ、さぁ刮目されよ!」 「いぃっ!? お、おい!」 「うわぁ……やっぱりなのね……」  思わず、声を張り上げる一刀。詠は詠で何やらぼそぼそと呟いている。  だが、一刀には詠の呟きなど気にもならなかった。  何故なら 「あぁ、もう! これなんとかしろよ!」 「ちょ、ちょっと文醜さん! う、動くんじゃありません!」 「や、縄が……あふっ、く、食い込んじゃうよぉ……」  そこにいた袁紹軍の三馬鹿はそれぞれが亀の甲羅のような形で縛られているのだ。  しかも、股下をくぐらせた縄が腰骨の辺りを抑えている部分を通り、後ろへと伸び一箇所にて結ばれているのだ。  つまり、一人が下手に動けば――。 「こら! 文醜さん! はぁ、んっ、おやめなさいなぁ〜」 「ちょ、れ、麗羽さま。やばっ、あふっ、ヤバイですって。あば、暴れないで! やぁっ……縄がぁ」 「ふ、二人も大人しくしてよぉ。ん……くぅ……うぅ……」  残りの二人の縄が引かれ、股間に食い込んでしまうわけなのだ。 「…………ナニコレ?」 「この趙子龍考案の多人数向けの縛りですよ……ふふ」  思わず片言で尋ねる一刀に星が自信満々な様子でふんぞり返る。 「…………ど、どうしようか。詠?」 「し、知らない。ボク知らない! そ、そうだ……ボクやることあるんだった」  詠は、一刀の視線をかいくぐるように駆けていった。 「ちょ、おい! 詠、置いていかないでくれぇ!」 「それで、いかがいたしますか……この者たちの処遇は?」  遠くなる詠の背に手を伸ばしていた一刀に星がいたって真面目な声で質問をした。 「え、えぇっと……その前に、その結んでる部分くらいは外してあげてくれ」 「……仕方ありませぬな。主がそう仰るのならば」  そうして、星がしぶしぶといった様子で縄の一部を解くのを待ち。  それが終わってから一刀は三人と対峙した。 「あぁ……辛い状態だとは思うんだが、いいかな?」  息も絶え絶えといった様子の三人の反応を伺う。 「……確か北郷一刀とおっしゃいましたわね。あなた、一体わたくしたちをどうするつもりですの!」 「え? いや、どうするって……」 「あ、あの! わ、私の命なら差し上げます。ですから、麗羽さまと文ちゃんだけは許してもらえませんか!」 「え? いや、だから……」  あれ?、と思った一刀が声を掛けようとするが遮られる。 「な、何言ってんだ斗詩! なら、あたいだ! あたいを斬れ! 代わりに二人の命は救ってくれ!」 「あのぉ、もしもし……」  呆然としながらも再度声を掛けようと試みる一刀。それもまた、通じることなく流されていく……。 「な、何を言ってるんですの! あなたたち二人は昔からの友であり、素晴らしいまでに仲がよろしいではありませんの。ですから……ここはわたくし一人の首と引き替えに二人の事は――」 「ちょ、ちょっと待てって。人の話を聞けっ!」  何故か、自分を無視して三人で盛り上がるわ、話を飛躍させるわと滅茶苦茶な袁紹たちに一刀が大声を張り上げる。 「何ですの! うるさいですわよ!」 「え? いや、うるさいって……」 「れ、麗羽さま、落ち着いて。あの、それで実際のところどうなるんですか私たち?」 「あ、あぁ……取りあえずは捕虜としてしばらく行動を制限させて貰うことになると思うよ。まぁ、詳しいことはこれから決まるんだろうけどね。ただ、俺自身は君たちをどうこうしようとは思ってないってことは確かだよ。というか、白蓮にも聞かなきゃ何とも言えないしね」  本来の君主である白蓮を無視して話を進めるわけにもいかないよな……と思い一刀は苦笑を浮かべる。 「つまりはさ、俺としては大人しくしてれば危害が及ばないで済むようにはしてみるってことかな。今言えるのは」 「そうですか……ありがとうございます」 「それは良い心がけですわ。もし、この高貴なわたくしを死なせるようなことがあればあなたの名前は史上稀に見る愚者として残ったでしょうからね。おーほっほ!」 「あんた良い奴だな」 「いや、あくまで俺の判断での話だから、まだ安心するのは速いけどね」  明らかにホッと息を吐き出し、強張り硬直していた表情を和らげた三人を見て一刀が微笑ましく思っていると今まで黙って成り行きを見守っていた星が声を掛けてきた。 「主、話を終えたのならば、そろそろ我らも」 「あぁ、そうだな」  星の提案に合意し、一刀たちも易京へと戻っていった。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 整形版はここからです。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  「無じる真√N24」  一刀は、颯爽と駆ける馬の上から袁紹軍を中心とした争乱をその瞳に捉え、人知れず気 を張り詰めていた。 「大分、動きがあったみたいだな……」 「…………セキト頑張った」  独り言のつもりで呟いた一刀の言葉に呂布が返事を返した。 「あぁ、そうだな。セキトのおかげだ」  そう答えたとき、一瞬、ほんの僅かに呂布の頬が緩んだように一刀には見えた。  それからすぐに呂布は感情を読み取りにくい普段の表情に戻り、一言呟いた。 「……駆け抜ける」 「へ?」  瞬間、一刀の頬を撫でていた風が彼の頬を叩く。気がつけば馬の速度が増していた。 「お、おい、恋? 今、何て……」 「…………」  呂布は頭から水を掛けられたような気持ちで、顔を引き攣らせている一刀に目もくれず 麾下の兵にぽそぽそと何かを伝える。 「れ、恋? このまま行くと……間違いなく突っ込む気が……ってうぉぉ!」 「…………」  呂布と一刀を乗せた馬は先程の霞の時と同じように敵陣へと突っ込んでいく。 「うわぁ、りょ、呂布が来たぞぉ!」 「くっ、ひるむな!」 「袁紹さまを護れぇ!」  兵たちがわらわらと集まり、寄ってたかって呂布を討たんとしている。 「…………ふっ!」  呂布が一息の元に方天画戟でなぎ払う。それだけで道が開かれる。  袁紹軍の兵卒たちの高潮のような激しい攻めを方天戟によって弾き返していく。  一刀は、呂布の背に捕まりながら彼女のその姿を見るうちに、やはり呂布は天下無双と 言うにふさわしい存在なのであると改めて実感させられた。 「呂布を止めろぉ!」 「ま、待て……あっちから残りの呂布軍が!」 「ちくしょう! どうすりゃいいんだ!」  どうやら、先程呂布が命じたのだろう。呂布の部下たちが後方で袁紹軍後衛を相手に暴 れている。  呂布の周囲に群れ集っていた兵たちに動揺が走る。そこを突くように、呂布が馬の腹を 蹴り兵たちの間を駆け抜ける。  呂布と一刀を乗せ疾駆した馬の行き着いた先には袁紹軍と交戦中の呂布軍がいた。  だが、呂布はそんな彼らを一瞥すると、その横を駆け抜けていく。  そして、彼女が馬の脚を止めたのは易京城門前に降伏勧告を行うために出てきていた賈 駆隊の中だった。 「恋!」 「…………詠」 「久しぶりね……なんて、懐かしんでる場合じゃないわよね」 「…………」  この慌ただしい情況の中、久しくあっていなかった者との再会に得も言われぬ様子な詠 が発した言葉に呂布はこくりと頷いた。 「…………ご主人様を届けに来ただけ」  そう用件のみを告げると、呂布はすぐに馬の躰を翻した。 「…………行ってくる」  それだけ言って、呂布は意気軒昂といった様で袁紹軍の前衛相手にしのぎを削っている 呂布軍の中へと加わっていった。 「――にしても」 「ん?」 「よく、恋を説得できたじゃない」  好奇の目を向けながらそう尋ねる詠に苦笑を漏らしながら一刀は答えた。 「あぁ、それはアイツのおかげだよ」 「アイツ?」 「あぁ、小さな救世主だよ……詠の元へも行かなかったか?」 「!? あぁ……セキトね」  詠はそう言うと、得心が行ったという様子で頷く。 「へぇ、セキトが何かしたから恋はボクたち側についたってことなのね」 「まぁ、そういうことだ。あぁ、あと話すことがいくつかあるんだが――」  忘れないうちにと思い、一刀は霞のこと、呂布軍の今後のことなどを出来る限り包み隠 さず伝えた。ただ、一刀自身の命のやり取りに関しては、また詠に殴られそうだったので ぼかした。 「……そう。なら恋を仲間に出来たことは余計良かったと言えるわね。もし、行く当ての ない恋が本格的に袁紹の元で客将を始めることになったらボクたちに勝ち目はなかったで しょうからね」 「なるほどな……確かに危なかったかもな」  呂布が袁紹軍の将となってしまったらどうなっていたか……そう想像してみただけで一 刀は身震いした。  顔良は、大地を踏みしめて最大限にため込んだ脚力によって退治している"敵"へ向かっ て電光石火の勢いで飛びかかった。  そうすることで距離を詰め、金光鉄槌を目の前の相手に向かって振り下ろした。  金光鉄槌による最高の一撃。その威力によって砂埃の舞う中、顔良は目を凝らす。 「や、やったの?」 「…………ふふ」  淡い期待を胸に抱きながら呟いた顔良の声に被さるように誰かの笑う声が聞こえた。  瞬間、顔良の全身からどっと汗が噴き出す。気のせいか背筋も冷たくなっている。 「う、嘘……」  顔良は、血の気の引いた顔のまま金光鉄槌の先へ視線を注ぐ。  そして、砂埃が収まり視界が広がる。 「あ!?」 「残念だったな……そして、ここまでだな」  金光鉄槌、その槌の部分に星が乗っていたのだ。その顔に不敵な笑みを浮かべて――。 「そ、そんなぁ……」 「さて、覚悟してもらおう」  槌の上に直立したままの星の視線が顔良を刺し貫く。  顔良の首を汗が滴り、喉がごくりと鳴る。  ダメだ、やられる――顔良はそう思い、目を瞑った。  その時、何人もの足音が顔良の耳に届いた。 「顔良将軍! こ、ここは我らに任せて袁紹様のもとへ!」 「え? み、みんな!」  意外な声に顔良は思わず目を見開いた。  そこには、星を囲むように何人もの兵が各々の武器を構えている。 「で、でも……」 「ここで顔良将軍が倒れてしまっては殿をだれがお救いになるのですか!」 「……ほう、中々良い部下を持ったものだな。顔良」  いつの間にか槌から降りて兵たちの中心へと向かって歩を進める星が感心したような声 を上げる。 「…………わかりました。みんなの想い確かに受け取りました!」 「急いでください! 顔良将軍」 「みんな、ごめんね!」  星を囲む兵たちを背に顔良は駆け出す。一刻も速く主君の元へと向かうために。  金剛爆斧と斬山刀による一進一退の攻防。  金剛爆斧が勢いよく振り下ろされれば躰を横にずらし避ける。  斬山刀によるなぎ払いがあればそれを身を低くし、躱す。  同時に相手へ向かって振り下ろせば、鍔迫り合い。  どちらも退くことはない。 「ふ、どうした? 先程から攻撃にキレがないぞ。疲れたのか?」 「んなわけあるかよ! ちょっと手加減してるだけ……だっ!」  瞬間、全身の力を使い、華雄の躰を押しのけ距離を取る。 「おい、また退くのか? 文醜」 「うっさい。あたいはあたいのやり方でやるんだ!」  額に巻いた布が次々浮かびくる汗を染みこませているのを感じながら文醜は思う。袁紹 は大丈夫だろうかと……。正直、文醜は先程までのように戦いに集中できなくなりつつあ る。  さすがに、袁紹がいるであろう後衛からも兵たちの悲鳴が聞こえたのでは気にならない はずがなかった。 「姫……無事なのかな……」 「何をぼうっとしている!」  今、どうなっているのかわからない袁紹の身に文醜が想いをはせていると。華雄が襲い かかってくる。 「あ、危ねっ!」 「ちぃ、はずしたか!」  間一髪のところで身を躱した文醜の耳に華雄の舌打ちが聞こえる。 「ひ、人が考え事してるときに攻撃すんなよ!」 「うるさい! 戦っている最中に気を散らす方が悪いのだろうが!」 「なんだとー!」 「やるかぁ!?」] 「バーカ。もう闘ってるじゃねーか」  文醜はそう言うと、華雄に向かって、んべーと舌を出した。片目を指で広げることも忘 れない。 「ぐぅ……お、おのれぇ。あー言えばこー言ってぇ!」 「へーんだ。お前がバカなのがいけないんだろ。バーカバーカ!」  ここぞとばかりに文醜は怒濤の罵倒攻撃にでる。  華雄の顔がみるみる赤くなる。効果は覿面の用だ。 「ゆ、揺るさん……揺るさんぞぉ!」 「へ?」  怒り狂う華雄の攻撃は先程までと比べ、速さ、そしてその迫力の面で変わっている。 「ちぃっ! こいつ!」  僅かに出来た隙を狙い、文醜が一撃を放つ。が、華雄はそれをギラリと睨み。 「やられはせんぞ、やられはせんぞ、貴様ごときに。やられはせん」 「う、うわぁぁぁ!」  ありえない勢いで躰を文醜の方へ向け、下段から振り上げてくる金剛爆斧で斬山刀を弾 いてくる華雄に恐怖を覚える文醜。  思わず後ずさる文醜。気のせいか華雄の背に巨大な影があるように見える。 「お、おい……」 「覚悟するが良い……私を怒らせたことを!」  金剛爆斧を構え自分を睨み付けてくる華雄。  文醜は舌打ちすると、迎撃態勢をとる。 「行くぞ、文醜――ぐぇっ」  が、跳んできた袁紹軍の兵が華雄にぶつかり彼女を巻き込んで地面を転がっていく。 「な、何だ?」  大地に伏したままの華雄から目を離し、文醜は兵が跳んできた方を見る。 「…………」 「なっ!? りょ、呂布!」  そこにはつい数刻前まで仲間だったはずの呂布がいた。 「ん、んん……な、何が起こったのだ……ん? りょ、呂布!」  呂布の姿を捉えた華雄が傍へ寄る。 「お、お前! ほ、本当に我らの味方なのか?」  僅かに距離をあけたまま尋ねる華雄に呂布が黙ってこくりと頷く。 「……恋でいい。華雄」 「どうしたのだ? 急に」 「…………恋も華雄もご主人様のもの。だから真名で呼んでいい」 「え? い、いや、私は別に一刀のものというわけでは……」  慌てた様子で呂布に詰めよる華雄。文醜にはその光景をただ黙って見ていることしかで きなかった。下手に手を出せば返り討ちに遭う……文醜の喉がごくりとなる。 「…………違うの?」 「い、いや、その……まだあいつのものになったわけでは……その」  何を想像したのか華雄が顔を真っ赤にさせもじもじしている。  呂布は呂布で意味が分からないのか首を傾げている。 「い、今のうちに逃げた方が良いか……麗羽さまのことも気になるし」  二人の気がそれているようだと判断した文醜は後ずさる。  十分距離が取れたところで文醜は駆け出す。そこにきて華雄と呂布は気づいたらしい。 「あ!? 待てぇ! 逃げるな」 「…………あ」 「へへーん! 悪いが、ここは退かせてもらうぜぇ」  その声だけを場に残し、文醜は逃げ出すのだった。  袁紹軍の後衛、そして本隊であり中心。そこは混沌と化していた。あちこちから上がる 兵たちの声が錯綜し、また、後方から来た呂布軍を相手に応戦したり、呂布によって怪我 を負った兵たちの救護。文醜、顔良や他の将たちの隊との連絡を取らんと駆け出したりと それぞれが奔走している。  さらに、すっかり動揺し、何も言わずどこかへと駆け出す兵たちもいた。 「一体、どうなってますの……これは」  自らにとって不愉快きわまりない事態に思わず爪を噛む袁紹。  つい今し方まで共に公孫賛軍を攻めんとしていた呂布軍が袁紹軍を裏切った。  あまつさえ攻撃を仕掛けてきたというのだ。袁紹からすればまったくもって理解不能な 事態であった。  そんな事態に困惑しながらも袁紹は顔良と文醜の事を気にしていた。 「ふ、二人はどうしているんですの!」 「それが、現在、両隊ともに交戦中とのことで……」 「情況はわかりませんの?」 「何分、混乱続きなもので情報の伝達が上手く出来ていません」  弱々しくそう答える兵に、特に何も言うことなはないとして追い払うように手を振るの みで下がらせた。  肩を落とした兵が離れていき、その姿が見えなくなったところで袁紹は顔を俯かせ、た め息を吐いた。実のところ、兵の話を聞いている内から彼女はそわそわしはじめていた。 「なんなんですの! もう……なぜ、この袁本初が……文醜さんも顔良さんも一体どうし ているのやらわかりませんし……」  袁紹は、胸がつかえる気が何故かしたためそっとその中心を抑えた。  これまで何度か戦に出たことはあった。  だが、名家ということもありここまで追い込まれたことなど袁紹にはなかった。  ましてや腹心である顔良、文醜の二人の詳細を知ることが出来ないと言うことなど一度 もなかった。  それ故、ここまで不安なのだろうか。袁紹はそう考える。そして二人が彼女にとってど れほどの存在かを改めて感得した。  そんな袁紹の元へ、駆け寄る足音。 「れ、麗羽さま!」 「が、顔良さん、ご無事でしたのね」  袁紹は興奮のあまり、息を切らせながらやってきた顔良の両肩を掴む。 「れ、麗羽さま?」 「よく、よくぞ戻りまりましたわ顔良さん!」 「え、えぇ……って、それよりも今はこの情況を打破しましょうよ麗羽さま!」 「そ、そうですわね……わたくしとしたこが……それで、どうしますの?」 「そうですね――」 「麗羽さまぁ、無事っすか〜?」  いざ、語ろうとする顔良を遮るように離れていてもよく聞こえる声が遠くからした。  袁紹が顔良と共に視線をそちらへ向けると。そこには緑の髪を揺らしながら駆け寄って くる文醜の姿があった。 「文ちゃん!」 「文醜さん!」  それを見た二人は同時に彼女の名前を声にした。 「いや〜、焦りましたよ。華雄と闘ってたらいきなり呂布が出てきて……って、あれ?」 「…………」  何故か黙り込んでいる二人を見た文醜が首を傾げる。 「どうしたんすか?」 「い、いえ……なんでもありませんわ」 「ちょっと、さっきのはワザとなのかなぁって」 「?」  袁紹と顔良がぶつぶつと呟いているのに対して文醜は不思議そうにしている。 「それよりも、呂布さんが現れたって本当なの?」 「ん? あぁ、華雄と呂布を同時に相手するのはあたいでも厳しそうだったからな。隙を 突いて逃げてきたぜ」 「……まったく、呂布さんが裏切るとは思いませんでしたわ!」 「まぁ、それは後にしましょう。でも、呂布さんが後衛じゃなくて文ちゃんのいる方に出 てきたのはどういうことなんだろ……」  眉を潜ませ、プリプリと起こっている袁紹を宥めながら顔良が疑問を口にする。 「あぁ、それなら――」  それに覚えがある袁紹は、先程の異常な事態を身振り手振りを加えて説明した。  呂布の取った行動を聞いている二人の顔が畏怖の感情に染まりはじめる。 「な、成る程……こちらの軍の中を突き抜けていったってことですか……」 「いやぁ、あたいでも真似出来ないな……しかし、呂布は賭けるところ賭けれる奴だな」 「まぁた、賭け事の話ですの? まったく、文醜さんは……」 「へへ、一か八かの一発勝負! いいじゃないっすか」 「まったく……あなたという人は……」  相変わらずの文醜の様子に袁紹は開いた口が塞がらなかった。 「そ、それよりも現状の打破が優先ですって!」  顔良が両拳を握りしめながら二人を見る。 「そ、そうですわね……」 「あ、あぁ……そうだよな。斗詩」  顔良のあまりの剣幕に、袁紹と文醜の二人はただ頷くだけだった。 「それじゃあ……単刀直入に言います。このまま後方の呂布軍を抜けて退却します」 「え? な、何を言っておりますの?」 「あまり時間もないので簡潔に説明します。えぇと……これでいいや」  顔良が袁紹の近くにあったこの戦の間に作られた戦略図を広げた。 「いいですか、現在。私たちのいる後衛には後方側の呂布軍が対峙しています。そして、 左翼には華雄さんの隊、右翼は趙雲さんの隊。そして、前衛には前方側の呂布軍、そして その後ろに賈駆さんの隊が控えています」 「そうだな……って囲まれてるじゃんか斗詩!」 「そうだね……でも、先程の麗羽さまと文ちゃんの情報をもとに考えると呂布さん自体は この本隊を突き抜け前方側の呂布軍と合流したわけです。そして、最終的には左翼側へま わっています。なら、後方側の呂布軍だけ突出したものを持つ人がいないんです」 「……なーるほど、つまり戦力としては薄い後方側呂布軍に戦力を注ぎ、抜けるというこ となのですわね!」  そこまでの説明を聞いてようやく袁紹も顔良の考えを理解できた。  同時に、それでこそ我が参謀だと心の内で嘆賞した。 「そんじゃあ、さっさと行きましょう。麗羽さま!」 「そうですわね。兵たちへの指揮は顔良さんにお任せしますわよ」 「はい! それじゃあ、行こう二人とも」  三人は今こそ気概の見せ所と言わんばかりに動き出した。 「よっしゃぁ、残った奴らはあたいに続きやがれぇ!」 「みんな、後方の呂布軍を突破することだけを考えて!」  文醜と顔良が兵たちへ声を号令は発する。すると、あれよあれよという間に一つにまと まり、その様はまさに一本の槍。  そして、後方の呂布軍を貫き抜かんとした時。  遠くから、さらなる軍勢が現れる。そこから見える旗の文字は『陳』、それこそ呂布軍 の軍師、陳宮の隊であることは間違いなかった。 「う、嘘! 何でここに!?」 「お、おい、斗詩……なんか歩兵が大軍で押し寄せてくるぞ!」 「ど、どうするんですの顔良さん!」  焦る心のままに顔良の報を見れば彼女もまた驚きのあまり呆然としている。 「え、えぇと……」 「えぇい、面倒だ! 当初の予定通り突っ切るぞ!」  文醜が、狼狽しきっている顔良を余所に威勢よくそう叫んだのとほぼ同時に陳宮隊の後 ろに迫り来る砂塵を見つけた。 「ん? なんだありゃ?」 「なんですの?」  文醜がもっとよく見ようと、目の上に手をかざすのにつられるように袁紹も手を添えて 目を凝らす。  そんな二人に続くように顔良もそちらを見ている。  そして、その隊の子細がにわかに見えてきたところで顔良が驚愕の声を上げた。 「……旗の文字は『張』、張遼……さん? って、えぇぇ!」 「おいおい、どうすんだよ! いくらなんでも無茶苦茶だぞ……」 「ど、どうするんですの? どうするんですの!」  困惑の色を露わにし、三人であわあわとしていると、さらに別の方角からも馬蹄の音が 響いてくる。 「た、大変です。防衛に徹していた兵をうち破った趙雲、華雄の両隊及び、呂布軍の残り が攻め寄せてきました」  その報告を聞くやいなや三人は同時に口を開いた。そして、 「えぇー!」  喉がかれるのではと言うほどの大声で仰天の声を上げるのだった。  袁紹軍を包囲したところで一刀は気になったことを詠に尋ねてみた。 「なぁ、詠。何で恋を華雄の行かせたんだ?」 「あぁ、それね」  そう、先程呂布が一刀を詠の元へと届けた後、まるで風向きを変えた暴風のようにあれ よあれよという間に立ち去った後、何かを思いついた詠がすぐさま伝令を発したのだ。 「簡単なことよ。袁紹たちに正面から降る道を提示するためよ」 「正面から降る?」 「そう、戦いの中で討たれたり引っ捕らえられたりするよりは正面から堂々と降る方が向 こうも面子ってものを多少は保てるでしょうからね。もともと、あんたや恋の報告を聞い たときから、ねねや霞がこっちに向かってきてるのは分かっていたわ。だから、袁紹軍の 退路を塞ぐことが出来るのは自明の理でしょ。そうなれば左右から挟み、後退もさせない っていう情況になるのは予想できるでしょ。なら、あとはこっちに来させるようにするだ けってわけよ」  そんな詠の説明に一刀はただ、ふぅんとだけ頷いた。正直、一刀は詠の言ったことを理 解しきれていなかった。  ただ、一刀としてもその説明に思うところがあったためそれを口にしてみた。 「でもさ、なんでわざわざそんな手間のかかることをするんだ? いっそ完全に囲ったほ うが速いんじゃないか?」 「あんた馬鹿? あのね……こうゆう情況で気をつけるべきは相手を追い詰めすぎて妙な 抵抗を受けることなのよ」  詠が肩をすくめて、やれやれと行った様子でため息を吐く。 「まぁ、相手がまともな奴ならそれもありだとは思うわ。でもね、今ボクたちの前にいる のは袁紹よ。馬鹿に手足を付けたような奴なのよ。いえ、むしろ歩く馬鹿よ! しかもそ れだけに止まらず、高慢ちきで自尊心だけは無駄に高い……そんなのが追い詰められて降 伏なんて考えるとは思えないわ。絶対、アホ丸出しの抵抗をしてこっちに余計な損害を被 らせるはずよ!」  あまりの貶しっぷりに一刀はただ顔を引き攣らせることしかできなかった。  と、そこで一つの疑問が一刀のなかで首をもたげてくる。 「な、なぁ……もし、もしもだぞ。袁紹が、詠の考えもわからないくらいに馬鹿だったと したら……どうなるんだ?」 「…………はっ!?」  詠は、ぎょっと目を見開いたかと思うとすぐさま額に手を置いて難しい顔をし始めた。 「まずいわ……よく考えれば袁紹の馬鹿っぷりはわかるはずなのに……あぁ、もう!」  地団駄踏みながら憤慨をする詠。その姿を見ながら一刀は、さならがら地獄の亡者を取 り逃がした鬼のようだと密かに思った。 「あぁ、忌々しい! なんでこのボクがあんな馬鹿の馬鹿具合にこんな悩まなきゃならな いのよ!」 「お、落ち着けって……。きっと、みんなが上手くやってくれるはずだ。俺たちはそれを 信じていようじゃないか」 「…………それもそうね。はぁ」  ため息を吐き、肩をがくりと落とす詠を見ながら一刀は思う。 (詠にここまでの精神的打撃を与えるとは、袁紹の馬鹿っぷり、侮りが足し!)  それと同時に、捉えた後の白蓮たちの苦労を想いほろりと涙した。  先程まで、狙いを定め矢となってこの包囲を飛び出んとしていた袁紹軍は進退窮まる状 態に陥っていた。  いや、そう思い込んでいた。 「ど、どうするんすか麗羽さま〜」 「し、知りませんわよ! ど、どうするんですの!」 「わ、私だってもうどうしたらいいかわかりませんよぉ〜」  文醜に話を振られた袁紹からそのまま流すように渡され涙ながらに訴える顔良。 「こうなりゃ、一か八かで行くしかないんじゃないか斗詩?」 「ぶ、文ちゃん!」 「お、おやめなさい文醜さん」  妙に意気込む文醜を袁紹と共に止める顔良。その背には先程から冷や汗が止まることな くまるで滝のように流れ続けている。 「……なら、あたいが血路を切り開く。その隙に斗詩と麗羽さまは逃げてください」 「そ、そんなこと出来ないよぉ」 「そうですわ! この袁本初に付き従うのなら最後まで貫き通すことが義務づけられてい るのですわ。だから、そんなこと考えてはいけませんわよ文醜さん」 「で、でも……もう、それくらいしか」  顔良と袁紹の説得に文醜は顔を俯かせた。  辺りを沈黙がつつむ中、顔良は諦めたようにぽつりと呟く。 「もう、手詰まりなのかな」 「わ、わたくしは最後まで諦めませんわよ!」 「あたいだって!」  そんな二人の威勢も顔良にはあからさまな空元気であるようにしか思えなかった。  そして、未だ指示を待ち続け待機したままの兵たちの方を見る。  何か言わなければ。そう思い顔良の心が焦燥に彩られた時、動きが起こる。 「うぎゃぁぁああ!」  兵たちの悲鳴が上がったのだ。  どうやら、周りを囲う部隊が徐々に守りに徹する袁紹軍の兵を倒し、顔良たちのいる中 心部へとその距離をじわじわと詰めてきているということが伺い知れた。  そして、崩れた防衛戦は脆くなり破られる。  迫り来る軍勢、蹴散らされる自軍の兵卒たち。中には武器を投げ捨てるものもいた。  大地へ倒れていく袁の旗。踏み荒らされる陣内。  そんな光景を目にしながら三人は悲嘆の声を漏らした。 「あ、あぁ……もうダメなの?」 「も、もうこれまでですのね……」 「もっと暴れたかったぜ……」  もはや抵抗する気力も失せたのかその場でただ呆然と魂が抜けたように三人は、立ち尽 くしていた。 「さぁ、観念して頂こうか……お三方よ」  そして、ついに袁紹軍の中心である三人の前に現れた公孫賛軍の武将が三人に向かって 歩み寄ってくるのを顔良はただ、諦めと悔恨の感情を籠めた目で見つめていた。  遠く、動く各隊を見ながら一刀と詠はその胸の鼓動を早めハラハラとしていた。 「やっぱり、投降してこなかったな……」 「そ、そうね……ボクの計算違いだったみたいね」 「袁紹たちを一体どうするかね。みんな」 「さぁね、もしかしたら首をはねたりとかしてるかもしれないわ」  その言葉に一刀は胸をどきりと――させなかった。 「いや、それはない。そう信じたいな俺は」 「まぁ、大丈夫だとは信じてるわよ。ボクもただ言ってみただけなんだから。きっと連れ 帰ってくるわ。三人を見つけたのが華雄でなければ……」 「…………」  詠の言葉に一刀は何も言えずただ黙り込む。あり得ないとは言い切れないから――。  いかんせん、華雄は短絡的な部分がある。それは一刀も知っているから。  ただ、それと同時に華雄の傍には恋がいるから大丈夫だろうとも思っていた。 「まぁ、なんにせよ。もう少ししたら戻ってくるでしょ。そうすれば、わかるわよ。どう いった選択をしたのか」 「そうだな……」  そうして、遠くをみやる二人はしばらく黙って成り行きを見守るのだった。  ようやく、全体が落ち着き捕虜もしくは降った袁紹軍の兵たちが易京へと引かれていく 中、星が何かをその手に握りながらやってくる。 「主、ただいま戻りました」 「おかえり、星。それで、その……袁紹たちは?」  一刀は、不安と期待を織り交ぜたような微妙な表情で恐る恐る尋ねる。 「あぁ、それならば。こちらに」  そう言って、見せるのは先程から星の手に握られているものだった。 「縄? ってことは捕らえたのか?」 「えぇ、ご覧くだされ!」  そう言って、星が引きずって前に出したのは布が掛けられたナニカだった。 「まさか……」 「? もしかして、そこに袁紹たちが?」  背後で詠が声を震わせているのを疑問に思いつつ一刀は星に尋ねた。  見れば、その布が覆っているのは三人の人間が入っているくらいの大きさだった。 「えぇ、さぁ刮目されよ!」 「いぃっ!? お、おい!」 「うわぁ……やっぱりなのね……」  思わず、声を張り上げる一刀。詠は詠で何やらぼそぼそと呟いている。  だが、一刀には詠の呟きなど気にもならなかった。  何故なら 「あぁ、もう! これなんとかしろよ!」 「ちょ、ちょっと文醜さん! う、動くんじゃありません!」 「や、縄が……あふっ、く、食い込んじゃうよぉ……」  そこにいた袁紹軍の三馬鹿はそれぞれが亀の甲羅のような形で縛られているのだ。  しかも、股下をくぐらせた縄が腰骨の辺りを抑えている部分を通り、後ろへと伸び一箇 所にて結ばれているのだ。  つまり、一人が下手に動けば――。 「こら! 文醜さん! はぁ、んっ、おやめなさいなぁ〜」 「ちょ、れ、麗羽さま。やばっ、あふっ、ヤバイですって。あば、暴れないで! やぁっ ……縄がぁ」 「ふ、二人も大人しくしてよぉ。ん……くぅ……うぅ……」  残りの二人の縄が引かれ、股間に食い込んでしまうわけなのだ。 「…………ナニコレ?」 「この趙子龍考案の多人数向けの縛りですよ……ふふ」  思わず片言で尋ねる一刀に星が自信満々な様子でふんぞり返る。 「…………ど、どうしようか。詠?」 「し、知らない。ボク知らない! そ、そうだ……ボクやることあるんだった」  詠は、一刀の視線をかいくぐるように駆けていった。 「ちょ、おい! 詠、置いていかないでくれぇ!」 「それで、いかがいたしますか……この者たちの処遇は?」  遠くなる詠の背に手を伸ばしていた一刀に星がいたって真面目な声で質問をした。 「え、えぇっと……その前に、その結んでる部分くらいは外してあげてくれ」 「……仕方ありませぬな。主がそう仰るのならば」  そうして、星がしぶしぶといった様子で縄の一部を解くのを待ち。  それが終わってから一刀は三人と対峙した。 「あぁ……辛い状態だとは思うんだが、いいかな?」  息も絶え絶えといった様子の三人の反応を伺う。 「……確か北郷一刀とおっしゃいましたわね。あなた、一体わたくしたちをどうするつも りですの!」 「え? いや、どうするって……」 「あ、あの! わ、私の命なら差し上げます。ですから、麗羽さまと文ちゃんだけは許し てもらえませんか!」 「え? いや、だから……」  あれ?、と思った一刀が声を掛けようとするが遮られる。 「な、何言ってんだ斗詩! なら、あたいだ! あたいを斬れ! 代わりに二人の命は救 ってくれ!」 「あのぉ、もしもし……」  呆然としながらも再度声を掛けようと試みる一刀。それもまた、通じることなく流され ていく……。 「な、何を言ってるんですの! あなたたち二人は昔からの友であり、素晴らしいまでに 仲がよろしいではありませんの。ですから……ここはわたくし一人の首と引き替えに二人 の事は――」 「ちょ、ちょっと待てって。人の話を聞けっ!」  何故か、自分を無視して三人で盛り上がるわ、話を飛躍させるわと滅茶苦茶な袁紹たち に一刀が大声を張り上げる。 「何ですの! うるさいですわよ!」 「え? いや、うるさいって……」 「れ、麗羽さま、落ち着いて。あの、それで実際のところどうなるんですか私たち?」 「あ、あぁ……取りあえずは捕虜としてしばらく行動を制限させて貰うことになると思う よ。まぁ、詳しいことはこれから決まるんだろうけどね。ただ、俺自身は君たちをどうこ うしようとは思ってないってことは確かだよ。というか、白蓮にも聞かなきゃ何とも言え ないしね」  本来の君主である白蓮を無視して話を進めるわけにもいかないよな……と思い一刀は苦 笑を浮かべる。 「つまりはさ、俺としては大人しくしてれば危害が及ばないで済むようにはしてみるって ことかな。今言えるのは」 「そうですか……ありがとうございます」 「それは良い心がけですわ。もし、この高貴なわたくしを死なせるようなことがあればあ なたの名前は史上稀に見る愚者として残ったでしょうからね。おーほっほ!」 「あんた良い奴だな」 「いや、あくまで俺の判断での話だから、まだ安心するのは速いけどね」  明らかにホッと息を吐き出し、強張り硬直していた表情を和らげた三人を見て一刀が微 笑ましく思っていると今まで黙って成り行きを見守っていた星が声を掛けてきた。 「主、話を終えたのならば、そろそろ我らも」 「あぁ、そうだな」  星の提案に合意し、一刀たちも易京へと戻っていった。