―― 祭だ祭だ  ―― 皆で騒げ 06「開戦」  背後からは、既に大音量で音楽が鳴り響いている。  俺が知らない間に、地和の妖術も恐ろしくレベルアップしていた。  もしかしたら気合いがゲージを振り切っているから、とも考えられるが、どちらが答え でも俺は嬉しく思う。 今や彼女達は、名実共に、大陸一の歌姫だ。 「お兄さん、お兄さん。斥候によると、敵の陣形は予想番号一番だそうです」  ドンピシャか、ありがたい。  それの対策に重点を置いていただけに、希望の芽も双葉程度に上がった。  全員に『再演』の説明をした日から一週間、思い返してみれば一瞬だ。 王位を定める為の模擬戦。 それがもう、三十分後に迫っていた。 ? ? ?  会議を終えてから数時間後、俺は風とまぐわっていた。  今回は珍しく風が上になり、思うように腰を跳ねさせている。細く小さい体で、運動は 殆んどしない。それなのに自在に身を躍らせている活力は、どこから来るのだろうか。  そのようなことを考えながら風を見上げていると、只でさえ狭い膣内が更にきつく俺を 締め上げてきた。限界が近いのだろうと思うが、俺も正直我慢が出来なくなってきている。  風は俺と体全体を重ねるように倒れ込み、 「お兄さん、お兄、さん」  唇を重ねてきた。  短い舌が、それでも懸命に俺の口内に侵入し、貪ってくる。  それが少し続き、やがて俺は風の膣内に放出した。  は、と互いに息を吐くが、離れた唇の間には名残惜しいとでも言うように銀色の細い橋 が架かっている。これはどちらのものだろうか、と考え、苦笑した。  風が上だから風のものだろう。 「お兄さん」  呼び掛けられ、視線を合わせる。 「今回の模擬戦、どこまでイケると思いますか?」 「最後まで」  と言うか、無理矢理にでも貫き通す。 「大丈夫だよ、風と桂花が軍師なんだから」  笑みを浮かべて言うと、何故か両手で頬を抓られた。初めてのときは俺の成すがままに されていたというのに、随分とアクロバティックに進歩している。 「せっかく二人きりだというのに、お兄さんは少々無神経なのです」  酷いです、と半目で言われて、俺は素直に謝った。  だが実際、不利な感じは否めない。  怪物じみた突破力を持つ春蘭に、それを完璧にフォローする秋蘭。遊撃は神速の騎馬隊 を持つ霞で、これはそのまま遊撃だけではなく中央隊としての力は充分以上だ。両翼には 沙和と真桜が控えるだろう。突破力こそ低いものの、昔馴染みの二人が行う連携は大した もので、挟撃を掛けてこられると不味い。しかも本体は華琳と稟のコンビだ。  おおよそ考えられるのは今のような基本型の陣だが、シンプル故に強いし、 「バランスが良すぎるんだよなぁ」 「バランス?」  これは何と訳せば良いのだろうか。 「組み合わせが上手く行き過ぎてる、ってことだよ」  そうですねー、と間延びした声が返ってくるが、呑気な話ではない。  二人が話し合った結果、上記のようなものだった場合、こちらは突破系の陣で対抗する ということになったらしい。その場に俺は居なかったが、先程風から受けた説明によると、 それ以外だと少々苦しいとのことだ。  武将のレベルを個別に見ると、やはりこちら側は不利だ。  ならば個別に戦うのではなく乱戦に持ち込み、細かい隙を突いていくしかない。  蜂矢は全体が棒状に伸びている突破力重視の陣だが、それを聞いた際、疑問を覚えた。 俺も実際に何度も戦場を経験しているので、それの不利な部分はなんとなく分かっている。 縦に長いという性質上、横から攻撃されたらガリガリと戦力が削られていくし、その結果 分断でもさせられてしまったら、一気に兵力が落ちるということだ。例えば中心で分断を されたら、兵力は単純計算で半分になってしまう。しかもその後、大部隊に正面から攻撃 されたら一巻の終わりだ。  俺はそう思っていたのだが、風曰く、それは普通の蜂矢の場合らしく、今回は、 「蜂矢の陣の改良型です。良くなっている、とは限りませんけれど、今回の場合において 考えれば、これが有効だと考えますねー」  そう言って、俺が向こうの道具の一つとして紹介したシャーペンを器用に指で回した。  陣の概要は、基本的にはシャーペンと同じだ。  突破力のあるメンバーを中心に超縦長の陣を形成。それを壁役が取り囲み、敵の攻撃を しのぎつつ本体の前へと移動。壁の部隊はあくまでも壁なので削れても構わず、芯の部分 さえ残っていれば良い。後は射程距離に入ったら選抜メンバーで一気に突撃、大将である 華琳を打ち倒すというものだ。幸いなことに互いの兵の数は殆んど同数だし、季衣と流琉 に着いてきたのか親衛隊の大多数が俺の側だ。だが、大丈夫だろうか、と少し疑問に思う。 もちろん皆のことは信頼しているが、春蘭と霞が組んで来たら、壁はどの辺りまで耐える ことが出来るだろうか。  それにこちら側の将としては歴戦の新人という矛盾する存在が一人居て、 「黄麗が、どこまで戦えるか」  戦闘力は抜群だが、皆がどこまで付いてこれるか。また、どこまで皆が従ってくれるか。  そこが、特に後者が問題だ。  俺の呟きに風は首を傾げ、 「あぁ、『亡霊』だよ。いつまでも『亡霊』と名乗らせる訳にもいかないしさ、だけど黄蓋 の名前は捨てたって言うから。風達が戦術を考えている間、二人で決めたんだよ」  だから居なかったのですね、と風は頷き、 「因みに名の由来は、高齢者だからでしょうか?」 「違うよ!? 最初に……」  言いかけ、言葉に詰まってしまった。  美しいと思ったから、と本人の前では素直に言えたのに、今になって猛烈な照れが襲い かかってきた。何であのときの俺は自信満々に言ったのだろうか、今になって思い返して みると顔から火が出そうになる。  背中から冷たい汗が大量に噴き出し、しかも何故か風から放たれているプレッシャーが 汗の量を倍化させている。  自分のことながら、あまりにも痛々しい。 「最初に?」  風は無表情の半目で俺の顔を見て、 「お兄さんのことなので、何を言ったかは大体想像がつきますが」  はぁ、と溜息を吐き、 「あまり侍らせる女性を増やさない方が良いですよ、と言っても、お兄さんの場合は意味 が無いのでしょうね。模擬戦のときにはお気を付けて下さいねー」 「いや、黄麗はそんなんじゃ」 「妙齢の女性を相手に、しかも会って半日足らずで」  既に呼び捨てですか、と言われ、反論の言葉を失った。  おかしい、こんな流れでは無かった筈だ。  俺は無理矢理に笑みを浮かべ、 「大丈夫だよ、多分、恐らく、きっと、まぁ……無いよね?」  最後は問うような形になったのが、何とも情けない。  そんな俺の様子がおかしかったのか、風は口元に手を当てて笑みを浮かべ、 「そうですねー」  立ち上がると、 「こうすれば、少なくとも一人は減ると思いますよー」  俺に唇を重ねてきた。  そのまま勢いで風と肌を重ね、そして今のような状態になった訳だが、 「肝心の部分を聞かされてないぞ?」  壁を破られた際の対処だが、風は普段の無表情で、 「その辺は心配要りません。まず、破られることは殆んど無いと思います。華琳様の軍は 基本的な面子が揃っているせいで、かえって他の陣形が取りにくいのです。つまり本体に 約半分の戦力を投入する訳ですが、こちら側は壁の部分に三分の二を投入する予定です。 個人差はありますが等しく魏の兵である以上、質に大きな差は出ませんし、充分耐えうる ものだと思っています」  なら同様に突破兵の部分で戦力が足りなくなるのではないか、と思ったが、風は突然俺 の胸を指先で突き、 「この陣の正式な名前を教えていませんでしたね」  そう言えば聞いていない。  だが蜂矢の改良型、と最初に言っていた。 「それは……」 ? ? ? 「轟天陣、か」  風の発想には、いつも驚かされる。  背後で前座として貂蝉が最近洛陽で流行りだという紙芝居のテーマソング「天体舞踊」 を熱唱しているのを聞きながら、説明を思い出す。  中央に支援の為の弓隊を置き、その周囲を取り囲むように五組の突撃部隊を配置する。 一組目が煙幕弾を投げ、二組目が突撃して道を作る。次は二組目が煙幕を、というように して突き進んでいき、最後の五組目が煙幕弾を投げたら後は支援に回っていた弓隊が本体 として華琳の撃破を狙いに行くという、車掛かりの陣の変形だ。失敗したら次の隊に煙幕 の役をまかせて撤退し、次に自分の順番が来るまで準備をすれば良い、というフォローが あるので失敗による士気の下がりも少なく、また全員が同じ役目を持っていて、多角形の 状態に配置されている為、相手の本体が移動を開始しても即座に対応出来る、という長所 も持っている。  因みにネーミングの由来は、厳顔さんの持っている『轟天砲』から来ているらしい。  突撃隊の状態は言うなればリボルバーの弾奏のようなものであることと、天の御遣いの 名にあやかって、とのことだ。俺の方はどうだか分らないが、強そうな陣の名前だと士気 が上がるのは過去の実践で経験済みだ。  背後では貂蝉が「天体舞踊」を歌い終え、 「戦争なんて下らないわ!! そんなことよりアタシの歌を聞きなさい!!」 次の「突撃恋心」を歌い始めていた。  俺が小学生の時に似たような言葉を聞いていたような気がするが、気のせいだろう。 「しかし、こっちでは紙芝居が流行ってるなんて驚いたな。しかも国営だし」  しかも字幕映画のように下に文字が入っているので、自然と文字を学ぶことが出来るし 歴史なども織り交ぜて話せば勉強嫌いの子供でも自然と学ぶことが出来る。それに高価な 紙を利用していると言っても、一度作成してしまえば丁寧に使っている限りは長年利用が 出来るし、活版で作成すれば大陸全土でレベルに差のない教育が出来る。 「お兄さんの言葉から着想を貰って、桂花ちゃんが始めたのですよ」  そう言えばいつだったか、向こうでの娯楽の話を皆にしたことがあった。  こちらは娯楽が向こうに比べると少ないので、より目を引きやすいだろう。 「因みに最初は物語の作成も桂花ちゃんが行っていたのですよ、覇王曹操の統一伝ですね。 ですが、春蘭様の扱いがあまりにも酷いもので、その上、当人に見付かって騒ぎになった ので中止になりました。それに卑猥な表現が半分以上を占めていたので、その部分も問題 とされ、以降は流行りの作家さんに書いて貰ってます」  因みにこれが当時の原稿です、と一枚の紙を手渡され、見た瞬間に眩暈がした。  私の名前は曹操。漢の大将軍に余裕で着く実力があるけれど、今は故有って小さな州の 州牧に着いている。漢の影響力が弱まり、世が乱れている今、間違いなく私の力が必要だ。  それに、最近流行っている噂も……。 「クッ……また頭痛が。あの『本』を探さなければいけないというのに」  運命の日は、近い。  心配そうに私を見てくる二匹の子猫ちゃんに笑顔を浮かべると、二人は頬を赤く  ここまでが限界だった。  確かに間違っていないかもしれないが、僅か数行なのに所々が痛いと言うか不吉な感じ がするのは何故だろうか。この時点でこれなら更に進んでいった結果、俺は桂花を嫌いに なってしまうかもしれないので読むのを止めた。  しかも字が上手いのが、また腹が立つ。 「あ、題名は『超絶覇王少女★まじかる華琳』です……少女と言っても成人女性ですが」  まじかる華琳、ここで出すのか。 「あれ没企画になったのにな」  僅か数分の筈なのに、一気に疲れた。  肩を落とし、溜息を吐いていると、突然背中を叩かれ、 「元気を出さんか、皆が見ておるぞ?」  祭が立っていた。 「ほれ、最初の『再演』が終わる」  そう言われ、だが疑問が湧いた。 「最初の、ってどれが?」 「うん? 聞いておらんのか? 貂蝉が今、歌っておったじゃろ。まぁ、厳密に言えば、 これは最初のではないんじゃが」 「そう言えばお兄さんと再会したとき、真名を呼ぶのと同じくらい破廉恥なことをしよう として、結果的に星ちゃんに殺されそうになってましたね」 「あれはテンションが高くなり過ぎてただけで、別に青姦のつもりは無くてだな」  風は俺を無視すると首を傾げ、 「あれも『再演』に入るのですか?」 「うむ、細かい部分でも似せていかんとな。そして今回のものは」  言いにくそうに祭は露骨に視線を反らし、呟くように、 「『黄巾の乱』に当たる」  見れば、歌い終えた貂蝉が舞台から降りている途中だった。  確かにあれは戦争を歌で止めようとする話だし、天和達も戦争が大嫌いだ。歌も平和を 願うような類のものが多いが、だからと言って代役があれではかわいそうだ。 「いや、一刀。役満☆姉妹のリーダーは天和、その一番の特徴と言えば」 「巨乳だろ?」  妹二人とは一線を画す、圧倒的なボリュームは男のロマンだ。  だが貂蝉もカップはあるだろうが、大胸筋とおっぱいを一緒にして貰いたくない。  大体、巨乳が必要だと言うならば適当な女官の三人組を連れてくるか、 「その役目は祭がやれば良かったんじゃないのか?」  その後、魏の内部に入るというならば俺個人の客将である祭でも問題はないと思う。  だが祭は、ははは、と俺の肩を叩き、 「あの小娘達は弓兵ではないじゃろ」 「貂蝉は何もかもが違うだろ!?」  意味が分からない。  風にも何か言って貰いたい、と振り向くと、風は何故か寝ていた。 「寝るな」 「おぉ、信じられない出来事に、思わず意識が飛んでしまいました」  何だろう、と首を傾げると、風は俺を半目で睨み、 「いつの間に真名で呼ぶようになったのですか?」  そう言えば、祭が真名であることは重鎮なら誰でも知っている。  昨日の夜、真名を預けると唐突に言われ、俺も戸惑った。だが意味があるのだろうし、 それも俺を何かのきっかけで認めてくれた結果だと判断したので、偽名で呼ぶよりは、と 『祭』と呼ぶことにしたのだ。  どのような意図があったのかは知らないし、聞いても教えてくれなかった。  だが真名の言葉が示す意味は知っている。 だから成すがままに、という方針で行くことにしたのだが、それでも流石に大っぴらに 言うつもりはない。風達など濃い付き合いの者は例外とするが、人前では黄麗で通すこと になるのだろう。せっかく預けて貰った真名を隠すことに躊躇いは覚えるが、頻繁に人前 で言うとどのようなことになるのか分からない。特に順当に行けば三ヶ月後には呉に行く ことになるし、こっちでの生活にしても落葉には周泰さんや孫尚香さんが滞在したままだ。 他にも諸葛亮さんや趙雲さんが気付き、間接的に呉の方面に伝わるかもしれない。  だが、いつかきちんと呼べたらな、と思う。  そう考えながら背後を見て、そろそろかな、と呟いた。  今回のプログラムとしては、まず役満☆姉妹がステージ挨拶をし、兵達の士気を上げた 後で改めてルールの確認。その後、それぞれが互いの陣に戻り、一時間後には戦闘の開始 となっている。不正を無くすため華琳の他、昔馴染みの面々には腕時計を渡しているので、 問題なく同時期に開始させることが出来る筈だ。因みにこれも設計図は持ってきているし、 腕時計のサイズは難しいかもしれないが、こちらでも制作出来るようなアナログ式なので 今後は懐中時計として普及していくだろう、と思っている。今回は時計の運用試験も兼用 しているが、上手く認めて貰えれば、更に効率良く世界が発展していくだろう。  正直、俺が出来るのはこのくらいだ。  基本的なスペックや今の時代についての知識量では華琳に到底及ばない以上、俺は俺の アドバンテージを生かすしかない。それは向こうについての知識ぐらいで、そこをフルに 活用しなければ華琳を超えることなど夢のまた夢だ。  不意に音が止み、 「みんなー、げんきー?」  最初の一言と共に、『ほあああああああぁぁぁぁ!!』と声が上がった。 「お兄さん、そろそろ向かった方が良いんじゃないですか?」  風の声に頷き、俺は慌てて舞台袖の方に駆けていく。  出来ればギリギリまで打ち合わせをしていきたかったが、雑談に時間を取られ過ぎた。  お陰で緊張が解けたのが救いだが、まだまだビビりが残っている俺が少し情けない。 「遅いわよ、何をやっていたの?」  舞台袖に入ると、いきなり怒られた。 「いや、風達と最後の打ち合わせを」 「それで遅刻していたら意味がないでしょう。時間の正確さを、と時計を渡してきたのは 一刀の方なのに。ほら、三分の遅刻よ?」  これ見よがしに文字盤を見せつけられた。  華琳の性格からしたら時計を渡せばこんな展開になることは予想出来ていたが、現在で これなら数ヵ月後は秒単位での指導が入るかもしれない。そんな光景が容易に想像出来た。 と言うか魏の軍師の性格を考えると、風以外の二人も同じような感じになりそうだ。  だが華琳は時計を見ると笑みを浮かべ、 「でも、この時計自体は気に入ったわ。全員の時間を標準化出来るのは良いことね。細工 を施せば装飾品としても使えるし、今はまだ無理だとは思うけれど、そちらでは一般的な ものになっていたのでしょう? 先日の、ミシンなどの部品を体の不自由な人が作る、と いう流れでこれも大量生産し、普及させる流れはあったのかしら?」 「いや、難しいだろうな。木材で作る場合、湿気や乾燥に弱いから針が狂うらしいしな。 金属は高価だから大量生産するには危険が多いことと、制作に専門的な技術や知識が必要 だったから、民の権力が強くなるまでは一部の支配者層以外は持たなかった。一般に普及 した後も高価だし、基本は富裕層や工場の管理などに使われたらしいしな。それこそ皆が 持つようになったってのは、時計が最初に製作されてからしばらく後だ」  難しい問題ね、と華琳は眉根を寄せた。 ? ? ? 「ほわああああぁぁぁぁ!!」  背後の兵士達が騒ぐのを聞きながら、桂花は腕時計を見た。  時刻は開始よりやや遅れてはいるが、兵の士気が高くなるのは良いことだし、数分程度 の遅れなら話の繰り方次第でどうにでも出来る。 「みんな大好きー!!」 『てんほーちゃーん!!』 「みんなのいもうとー!!」 『ちーほーちゃーん!!』 「とっても可愛いー!!」 『れんほーちゃーん!!』  既にお約束になっている言葉を聞きながら、吐息を一つ。  祭のようだ、と思いながらも気分は晴れるものではなく、むしろ暗い。  理由は一つで、 「華琳様、敵対する桂花をお許し下さい」  一週間前、会議の最後の議題として各自がどちらの側に入るかをその場の全員が発表を することになった。自分が北郷の側に入ると言ったとき、今まで話していなかった全員が 驚いていたが、しかし華琳の反応は薄く、一言、「全力で来なさい」と言われただけだ。  その言葉がどういった意味を持つのか分かりかね、苛立ちのようなものが湧いてくる。  あの精液男が妙なことを言い出したのが発端だが、桂花は歯を噛み、 「帰ってきて早々に、馬鹿な事をして」  会議の終わる間際、「皆に消えて欲しくない」という言葉を放ち、「頼む」と頭まで下げ 北郷は言ってきた。それを思い出す度に、胸の辺りが痛むが、 「あんな馬鹿、王になんてなれる訳ないでしょ」  今は便宜上、北郷の軍師として活動しているが、 「さっさと負けて、どっかに消えれば良いのよ」  だが「世界と共に在りたい」と言った言葉までは否定するつもりは無い。どうしても、 そう、どうしてもと言うなら、自分の部下か下男として使ってやっても良い、とは思う。 街の警邏隊長や天の知識を生かした立法案、通常の立法案や各重鎮達への対応、それに今 舞台の上に居る役満☆姉妹の付き人など、多方面の仕事をこなしていたので、馬鹿だとは 思うが決して無能ではない。仕事は出来る、と、そこだけは評価している。  もし自分が引き取ることになったら、どうコキ使ってやろうかと思案を巡らせていると、 背後、多少離れた場所から若い兵士の声が聞こえてきた。 「やっぱり天和ちゃんだよな、巨乳だし」 「馬ッ鹿、お前、至高は貧乳に決まってるだろう」  そうだ、もっと言え。それが正しい。 「ふざけんな、眼鏡の人和が最高だろ」 「何だと!! 眼鏡も巨乳も糞だ!! だから呉は負けたんだよ!!」 「巨乳がカスなのは同意だな。どっちも大将が乳デブだから呉と蜀は負けたんだよ。ウチ の大将は空気抵抗も少ないし、栄養が身長と乳に向かってないから強いんだ!!」  首を刎ねてやろうか、と思ったが、もうすぐ華琳の登場だ。それまで妙な騒ぎを起こす のは得策ではない。互いの陣営同士に戻ってからが本番だ、幸いなことに無礼者は北郷軍 に属しているので、後は合法だ。適当な理由を付けて制裁を加えてやれる。  背後の論議は益々熱いものになり、 「第一な、巨乳は正義だって御遣い様が言ってたんだぞ!! つまり天界公認、御遣い様に 教わった専門用語で言うとボインジャスティスだ!!」  制裁を加えるべき者が一人増えた。 「それにお前、貧乳信仰なら何でこっち側に居るんだよ?」  その言葉に無礼者は快活に笑い、 「こちらなら軍師二人や親衛隊長二人を眺めつつ、曹操様に対して合法的に触れるだろ」  更に一人追加された。 「でもよ」  と最後の一人が何故か若干落ち込んだ声で、 「重鎮達は皆、御遣い様のお手付きなんだよな」  周囲から大量の悲鳴が聞こえてきたが、更に言葉は続き、 「俺さ、大戦時代、御遣い様の邸の警護をやってたんだよ」  うわぁ、と同情の声が聞こえてきた。 「こう、邸の前で立ってるとさ、色んな人が入っていくんだよ。特にさ俺、楽進様が好き だったのに、ある日少し歩きづらそうに出てきてさ。でも、顔は幸せそうで」 「もう良い、止めるんだ!!」  周囲から制止の声が上がるが、でもよ、と兵士は言葉を続けた。 「あの人、頑張ってるもんな。馬鹿だけど」  そうだな、と声が続き、 「仕事の量もハンパ無かったけど、それ以上にさ。弱音は吐くけど、逃げ出さないもんな」 「俺なんかさっき、緊張を鎮める為の方法を聞かれちまったよ」 「あ、俺も」  俺も、俺もだ、と何人かの声が聞こえてくる。 「そんなデカい話、俺らは体験したことないっつーの」  ははは、と笑い声が飛び交って、 「でも、今はビビりながらも、舞台袖で待機してる」 「あの人は昔からそうなんだよな。凡人だけど、それを理解しながらも精一杯で」 「あぁ、だから俺は楽進様のことも諦めることが出来たし、今回もこっちに来たんだ」  この人なら大丈夫だろう、ってな。  その言葉を聞き、桂花は溜息を吐いた。 「何よ、一年も消えてた癖に、随分信頼されてるじゃない」 ? ? ?  最初の挨拶が終わるのを見ながら、稟は時計を見て、 「そろそろ出番ですね」  二人が出てきた。  華琳は堂々としていて、逆に一刀は若干挙動が怪しいが、二人の歩みはしっかりとした ものだと言える。ここまでは問題ない、と判断し、周囲も同じ感想を持ったのだろう。  二人が中央に向かうのに伴って、今まで以上の声が満ち、 「静まりなさい」  一言で、一気に無言が訪れた。  さて、どうなるか、と稟は眼鏡の縁を上げ、視線を鋭いものに変えた。  ここからの流れは、互いの士気に大きな影響を及ぼすし、兵の熟練度も量も殆ど同じで ある以上は士気が高い方が断然有利なものとなる。 「まずは、現在の王である私から挨拶をさせて貰うわ」  昨夜は偏頭痛による睡眠の障害も無かったのか声には張りがあり、見た感じだと好調。 「今回の模擬戦は、いつものヌルいものとは違う。何故なら、これからの魏の、更に言う ならば三国の、大陸の未来に繋がるものなのだから」  周囲の誰かが、唾を呑む音が聞こえ、 「私は魏の未来を誰かに渡しても良い、と思ってはいるけれど、無能に渡すつもりは無い。 頂点が弱ければ、その下の全てが崩れてしまうからだ。だからこそ、今回の模擬戦を提案 させて貰った。政治も軍事も行うのが人である以上、能力が足りない部分が出てくるのは 当然だ、そこは持つ者が補えば良い」  だが、と華琳は言葉を続け、 「武が、政が、王の能力に必ずしも必要でないのなら。そこに求める強さは何か? さぁ、 答えなさい、一刀。ここで答えられないなら、王になる資格は無いわ!!」  いきなり話を振られ、だが一刀は戸惑いを見せなかった。  事前に打ち合わせをしていたとも考えられるが、華琳の性格から考えて、 「試しているのですね」  数秒。  耳に未だ馴染んでいない腕時計の針が時間を刻む音が数度繰り返され、じれったい、と 稟は僅かに眉根を寄せた。  果たして一刀は頷き、 「人に認めて貰える力だ。俺は華琳のように頭も良くないし、武に秀でている訳でもない。 皆と出身が違うだけの、平凡な人間だと思っている。だから認めさせる、なんて言い方は 出来ないし、するつもりもない」  だから、 「認めて貰おう、と、そう言おう」  言葉は続く。 「嬉しいことに、今回、俺の下には大体半分の人間が来てくれた。その半分の人間は俺を 支持してくれると俺は考えたいし、残りの半分も、出来れば今回のことで納得してくれる ように精一杯頑張りたいと思っている」  だから頼む、と一刀は頭を下げ、 「正直、今回のことは俺のわがままが原因だけど、手伝ってほしい」  言って、下がっていく。 「どう思う?」  隣に立っていた霞が苦笑して訊ねてくるが、自分も苦笑を返すだけだ。 「弱腰に見えて、しっかり喧嘩売っているわね。乱暴な言い方をすれば、自分は華琳様と 正反対だけど、その華琳様の側を納得させてやる、と」 「えげつない方法やと思うけど、なりふり構わん、というのは分かるな。今の言葉で実際、 こっち側にも少しやけど動揺は生まれてるし、向こうの士気は上がっとる」  互いに溜息を吐いて、 「華琳ならこっから盛り返すのは簡単やけど」  どうなるかな、と舞台に目を向けると、華琳は笑みを浮かべていた。 「その心意気や良し」  だけど、と笑みを濃くして、 「官の半数が一刀側で、政治能力は私達が補えば良いけれど、それだけでは足りないわ。 納得させると言ったけれど、どうするつもりかしら? ただ相手を倒すだけでは、納得は 得られないわよ?」  それはそうだ。  ただ殴って平服させるなら侵略と変わらないし、不満も生まれるだろう。  それには納得するだけの理由が必要で、 「それを一刀殿は言えるでしょうか?」  ここで言葉が途切れれば、それは敗北を意味することになる。  だが一刀は頷き、 「簡単だよ、王として不満があるなら言えば良い」  え、と兵達がどよめいた。 「この一週間さ、ずっと考えていたことなんだけれど、華琳が王位を退くと不満が出ると 思うんだ。何しろ半数は華琳の側だし、今まで華琳が王で上手く行ってたんだから今後も そうした方が良いと思うんだよね」  意図が見えず、稟は混乱したが、 「だからさ、俺はここで魏の二大王政を提案する。俺に文句があれば華琳に言えば良いし、 逆もアリだ。華琳が嫌と言っても俺が単独で王になって、その後に今の案件を決定すれば 良いだけだから、効率化の為には今回で決着を着けた方が良いだろ?」  華琳は笑みを浮かべたまま一刀を見て、 「その案件は悪くないと思うけど、それがどう繋がるのかしら?」  うん、と一刀は嬉しそうに頷き、 「今回、俺が認めて貰うのは安心感だ。この人なら大丈夫、って思って貰えるようにね、 それも一つの強さだし。つまり何か不満があって、それを聞いてほしいとき、相談をした 相手が頼りないんじゃ心細いだろ? 華琳が王と認める相手なら安心だろうし、今回は、 その発言権を認めさせるためのもにしたいと思ってる。今回華琳を倒せば、本気で行動を したときに負けはしない、って理解してもらうための」  だが待て、と稟は心の中で制止の言葉を放った。  今の言葉には、決定的な穴がある。  それを代弁するように人和は首を傾げ、 「でも、そうしたら華琳様に言った人はどうなるの?」  あぁ、と一刀は皆を見て、 「ほら、俺って基本的に華琳には逆らえないし。あくまで基本的に、応用的には夜の」  ふん、と華琳は顔を赤らめ、脚を振り上げた。  途端に一刀は顔色を赤、そして青いものへと連続で変化させ、股間に手を当ててその場 に倒れ込んだ。役満☆姉妹が慌てて駆け寄るが、 「大丈夫」  言って、生まれたての牛のような状態で立ち上がる。  おぉ、と兵士達が尊敬の眼差しで舞台の上を見ているが、果たして大丈夫なのだろうか。 「模擬戦が始まる前に終了するところやったな」 「本当に、何故こんな場所で小ネタを挟もうとするのか」  未だに悶絶している一刀の腰の辺りを地和が叩いて応急処置しているが、顔は青いまま 数分が経過した。ダラダラと大量の脂汗が浮いているが、自分にとっては理解出来ない類 の痛みのため、ただ見守るしなかい。  更に数分が経過し、 「ち、因みにこの制度は二代目以降も続けるつもりだ。その代の王夫妻を二大王として、 異なる意見と互いの抑止力とすれば、全体の意見も通しやすくなると思うしね」  何とか言葉を繋いだ一刀に、華琳は頷き、全員を見た。 「言いたいことは分かったけれど、皆は納得するかしら?」 「して貰うように、今回俺が頑張るんだよ。勿論、その後も二代目を作るのに尽力を」  再び股間に蹴りが直撃し、一刀の顔色が青を通り越して白へと変わった。  全ての男兵士が顔色を青くし、股間を押さえる。 「こ、こら華琳。現在進行形で俺達の子供の危機が……」  体張るなぁ、と霞が感心しているが、話が進まない。  華琳は腕時計を見ると、会場全体を見回し、 「そういう訳だから、こちら側としては遠慮は要らないわ。何しろ貴方達の内で、誰かが 一刀に意見を言ったとき、それが通らなかったら話にならないもの。だから互いに全力で ぶつかりなさい。私から言うことは以上よ」  一刀はどう、と華琳が言うと、一刀は蹲った姿勢のまま顔を上げ、 「黒、か。本気だな」  会場が今までで一番盛り上がった。 ? ? ?  殴打されている一刀を見ながら、秋蘭は吐息した。 「許せん北郷め!! 華琳様の下着を見て、あまつさえ情報公開などと、叩き斬ってくれる!!」 「落ちつけ姉者、模擬戦が始まるまで待て」  そうなったら遠慮は要らない、全て合法だ。  それにしても、と思う。 「随分と思い切ったことを言うものだ」  二大王というのは確かに政策としても良いとは思うが、あの言い方は、 「婚約発表までするとはな」  一刀が王になれば結果的に華琳と結婚の流れになる、というのは誰もが理解していると 思うが、だからと言って全員の前で言うとは思わなかった。  だが、大変だと思う。  何故なら、 「魏の官の半数を相手に認めて貰わねばいかんとは、難儀な道を選ぶものだ」  それだけの覚悟があるのだろう、と思う。 「ほら姉者、そろそろシメだ」  一刀も立ち上がり、最後の試合形式の確認が行われるところだ。  天和が渡された紙を読み上げている。 「時間は無制限、相手の大将を倒した時点で終了となります。武器は刀剣、槍、矛の場合 刃引きがされたものを使用。弓は鏃の先を潰したものを利用します。もし規則を破った者 が見つかった場合、模擬戦後に処刑。また原則的に火計、投石機の利用は禁止、その場合 も模擬戦後に処刑となるので気を付けて下さい。戦闘不能となった、また判断された方は 武器、鎧を外し速やかに戦場を離脱すること。巻き添えは自己責任でお願いします。復帰 は認められませんので、回復したら元気な声で仲間を応援してあげましょう。独自の応援、 また応援歌などは最終判断で得点として加算されますので、倒されたからと言って諦める のは止めましょう。また下品なものは減点の上、模擬戦後に公開処刑。それと時間無制限 なので各時間帯にそれぞれの軍に兵糧は出ますが、持ち込みのおやつの金額が規則以上と 判断された場合も処刑となりますので注意して下さい。以上!! はー、疲れた」 「ちょっと、お姉ちゃん!! まだ妖術繋がってる、繋がってるから!!」  え、嘘、と天和が焦っているが、そこが良いと一部の兵が盛り上がった。  隣で姉が南蛮渡来の黄色い果物がおやつに入るのか訪ねてくるが、それは店売り価格で 完全に予算を超えているので諦めさせ、 「どうなることか」  秋蘭は軽く首を振った。 ? ? ?  ふう、と溜息を吐いた。  途中、色々なトラブルがあり、結果的にまだ股間が痛むが、それ以外は概ね予定通りだ。  後はこのまま一時解散となり、一時間の移動時間兼休息時間を置いて、模擬選開始との 流れとなっているが、それまでには痛みも引くだろう。 「一刀、大丈夫?」  流石に良心が痛むのか華琳が心配そうな目で問いかけてくるが、 「大丈夫だよ、相手が華琳だから」 「な、何言ってるのよ!! 模擬戦で妙な障害残されたら正々堂々倒したと言えないから、 そのことを確認してるだけよ!! こら、何を笑っているの!?」 「いや、華琳は可愛いなって」  只でさえ赤くなっていた顔が、更に赤くなった。 「なんか、心配した私が馬鹿みたい」 「こんな惚気聞かされるとかねー、お姉ちゃんがっかり」 「一応言っておくけど、まだ皆見ているわよ?」  それもそうだ。  妖術が繋がっていないのが幸いだが、 「さて、じゃあ閉幕の挨拶を」  言いかけたところで、 「ちょっと待ったぁ!!」  上空から声がした。  何かが来る。  華琳が構えを取り、俺と一瞬でアイコンタクト。  俺は頷きよりも前に三人を庇うように詰め寄り、その影を見た。  人影は女性二人分、片方の女性がもう片方の小柄な女の子を抱き抱えるようにしていた。 抱えていた方の女性はその場に音も無く着地し、続いてもう片方の女の子も舞台に降りる。  俺はその二人を見て、眩暈を覚えた。 「不正は決して見逃さず、世界の大事に我は有り!! 正しき行為を見守る為に、美々しき 蝶が宙を舞う!! 華蝶仮面、見ッ!! 参ッ!!」  はっきりと姿を覚えているのは片方だけで、それも数度会っただけだ。もう片方の少女 は大戦後の宴会でしか会ったことが無いが、それだけでも分かる。  アゲハ蝶のような妙な仮面を被っているが、 「ちょ」  睨まれ、俺は黙り込んだ。  だがどう見ても、この二人は趙雲さんと諸葛亮さんだ。  と言うか、せめて服装だけでも変えておけば良いのに、と思ったが、お約束というもの なのだろう。ぱっと見た感じ諸葛亮さんが乗り気でないのが分かるので、この妙なセンス は趙雲さんの独断か。彼女がボケ倒すタイプの芸風だというのは先日理解したが、こうも 露骨にアレな感じのものをされると反応に困る。  どう対応しようかと考えていると、華琳は視線を鋭いものに変え、 「どういうつもりかしら、今からとても重要な模擬戦をするのだけど」  華琳のことだから正体は分かりきっているのだろうが、敢えて突っ込みをせずに普通に 対応することにしたのだろう。背後からは、「何者なんだろー」「げ、お姉ちゃんマジで?」 「格好良いわね、今度取り入れてみようかしら」という声が聞こえてくるが、無視をした。 何しろ俺は今後、三人の付き人になる予定だ。妙な話で盛り上がりたくない。  改めて趙雲さん達の方を向くと、 「ええと、その、何か話があるなら出来れば後に」 「御遣い殿」  名指しで言われ、俺は戸惑った。 「この度、貴殿が王になるという話だが、この模擬戦で可決するというのに相違ないか」  成程、と俺は状況を理解した。 「つまり、監視ね」 「人聞きの悪いことを言われては困る。今回は国の大事、ひいては大陸の大事故、厳正な 判断を求められる。ならば客観的に判断の出来る審判が必要なのではないか、とある方に 言われ、ここに参じた次第」  ある方、とは誰だろうか、と考えた。  趙雲さんが仮に遣いを出したとしても、この九日間で往復出来る距離は限られている。 仮に劉備さんが洛陽に留まっていたと考えるなら、と思うが、ならば俺と華琳の元へ直接 乗り込んで直談判をしてくる方が速いし効率的だろう。だがそもそも蜀の王が他国に長く 留まっていられるとも考えにくい、蜀にはそんな余裕は無い筈だ。  背中を冷たい汗が走るが、趙雲さんは頷き、 「趙雲様と、諸葛亮様だ」 「そっちか!!」  諸葛亮さんに大変申し訳なさそうな目で見られたので、ひとまず引いた。  だが、これは良い機会かもしれないと考える。  魏の人間しか居ない場で模擬戦が決着したとしても、三国会談で素直に納得されるとも 思わない。それこそ出来レースだったと言われても否定することが出来ないからだ。  ならば他国の重鎮である二人に直接見て貰い、伝えて貰った方が話が通りやすい。  華琳も同じ意見のようで、俺の目を見て頷いた。 「良いでしょう、二人を公式の審判として認めます」 「かたじけない」 「あ、ありがとうございましゅ」  最後は微妙に噛んだが、言って二人は頭を下げた。  呉の二人が居なかったのも幸いだ、今はまだ祭の姿を見られる訳にはいかない。 「それでは改めて、一同、それぞれの陣に戻るように!! 速やかに戦の支度を整え何時でも 戦えるよう心の準備をしなさい!! 解散!!」 ? ? ?  俺達は舞台を背後に置いた陣、華琳達は逆の端という配置なので、戻るのは速い。この 配置は俺が多少の無理を言って行わせたものだ。役満☆姉妹の歌を聞き、少しでも士気を 上げておきたかったからだ。天和達は俺の側に付いて士気を上げる、と言ってくれたのが 幸運だった。基本的に全員参加と言い出したのは華琳自身なので、無理が通ったと言える。 それに相手には移動の疲労が残る。フィールドは約三十キロ四方なので相手は全員が馬で の移動だが、人数的な問題で一頭に二人が乗る形だ。時間的には間に合うだろうが、馬も それなりに疲労するだろう。少し卑怯な気もするが、霞の騎馬隊は洒落にならないので、 こうして少しでも隙を作っていかないといけない。 自分達の陣に戻ると、妙なテンションで士気が上がっていた。 「おっぱい、おっぱい!!」  その中の一人が俺に駆け寄り、 「御遣い様、我らが魏には巨乳が足りません!! しかも天和ちゃんは普段は魏に居ないので 更に厳しいことに!! 加えて言えば、せっかく参入なされた黄麗様も、三ヶ月後には御遣い 様と共に他国へ向かわれるのだと!! どうしてくれるんですか!!」  さっそく案件の効果が出ているが、何故下心丸出しの意見を俺に言うのだろうか。  何か酷い誤解があるように思えてならない。  考えておく、とだけ言って、俺は祭の元へ向かった。  一週間前の戦闘で負った負傷は打撲だけだったらしいが、それに加えて火傷の件もある。 「大丈夫そうか?」 「兵の脳なら手遅れじゃろう。儂の方は大丈夫じゃと言いたいが、正直、やってみるまで は分からん。特に問題は無いとは思うが、この包帯が」  動きにくいだろうし、胸の傷が原因で左腕の動きに違和感があるのは報告を受けている。 「少し厳しいか」 「うむ、包帯のせいで美少女ゲージの下がり具合がな」 「美『少女』?」  全員が疑問の表情を浮かべた。  兵達がアイコンタクトを交わし、受けた一人が顔の前で手を振り、こちらに視線を向け 「言って下さい」と伝えてくるが、言える訳がない。  全員が悪い意味で殺伐と言うか緊張していた。  だが、さっきの兵の口ぶりから察するに祭は上手く馴染んでいるように思えた。  一つの懸念事項が消えたことで、安心感も湧いてくる。 「勝つぞ」  おぉ、と大音量で声が上がった。 ? ? ? 「それにしても華琳様、あの二人組は何者なのでしょう? 見ていた限り、一欠片の隙も 存在しませんでしたし。あの幼女は別ですが」 「幼女ではない、成人女性だ」 「成人女性?」  春蘭と秋蘭が会話しているのを聞きながら、華琳は背後を見た。  舞台の上では趙雲と諸葛亮が何か会話をしているのが見えるが、 「監視、ね」  恐らく諸葛亮の提案だとは思うが、何を意図するのかと考え始め、しかしすぐに止めた。  何しろあと一時間もすれば、模擬戦が始まる。  一刀が世界を守れるかどうかの、重要な戦いだ。  だが手加減はしない、するからには全力というのが自分の性格だ。 「待っているわよ、一刀」  果たして自分の元へと辿り着き、越えられるだろうか。  そう思いながら、華琳は馬の速度を上げた。 ? ? ?  一時間後。  あと十秒もすれば戦闘が開始される。  背後では爆音が鳴り響き、兵達の士気は限界まで高められていた。 「じゃあ、一曲目!! 新曲『炎の如く風の如く』!!」  地和の宣言と共に銅鑼が鳴り、戦闘が始まった。  ―― 次回予告 ―― 「相手が悪かったな」  掲げるは刃 「典韋様、及び許緒様、倒されたとの報告です」  捧げるは意志 「罷り通る!!」  貫くは夢 「構いません、強気で行きましょう」  それはいつでもそこにある 次回『W.E.S.209』01:07「疾走る者」 おまけ 「美『少女』?」  全員が疑問の表情を浮かべた。  兵達がアイコンタクトを交わし、受けた一人が顔の前で手を振り、こちらに視線を向け 「言って下さい」と伝えてくるが、言える訳がない。  全員が悪い意味で殺伐と言うか緊張していた。  いかん、このままでは本番時にしこりが残る。  出来れば言いたくないが、 「あの、さ。その年齢で少女と言うには」 「殺すぞ?」  だから言いたくなかった、三連続は流石にキツい。  俺は股間の痛みに、意識を手放した。 × × ×  目を覚まし、時計を見た。 「もう一時間経ってる!?」  全員が呆れたような蔑んだ視線で見てくる中、俺は慌てて起き上がり、 「さぁ、一曲目!! 『炎の如く風の如く』!!」  地和の声を聞きながら、小鹿のような足取りで馬に乗った。 理由:こんなんじゃ勝てる訳ないだろ