恋姫式『孫子の兵法』作戦篇  一.戦争には莫大な費用がかかる。  もの凄い衝撃音、それが城内に響き渡ったのは一刀がちょうど休みに入ったところだった。何事かと、一刀が慌てて駆けつけてみるとそこには既に愛紗や星など中庭で鍛錬をしていた武官の面々が集っていた。そして、その中心には破壊され藻屑と鳴った戦車――馬が引く馬車である――があった。 「おいおい、こりゃ一体……」 「あ、ご主人様。どうやら、何者かに破壊されたようで……おや?」  事件現場へと歩み寄りながら一刀が声を掛けると愛紗が事情を説明しだすが、何かに気づいたらしく木片へと近づく。そしてかがむと何かを手に取った。 「これは、白い毛?」  それを見て愛紗がわなわなと震える。一刀もこの城内において白い毛を持つ者など数少なく、またこのようなことをする者もまた少ないことを知っている。そして、その者たちのことを考えながら、ため息が漏らした。  それからは早かった。容疑者である南蛮勢が愛紗によって集められた。そして、破壊した犯人が彼女たちであることが発覚すると、愛紗の説教が始まった。もちろん、一刀はどうなっているのか知るよしもない。  それから数時間後――妙にふらふらとした足取りの南蛮勢が部屋から出てきた。  その姿に苦笑を浮かべつつ、一刀は声を掛ける。 「随分と絞られたみたいだな」 「今回のことで学んだのにゃ、愛紗には絶対にバレちゃいけないのにゃ!」 「こわいにゃー!」 「愛紗は怒らせたらこわいこわいなんだにょ」 「ふぁあ……むにゃむにゃ」  普段の様子からは想像出来ないほどに体を震わせる美以、トラ、ミケ。シャムに関しては長時間の説教で疲れたのかうつらうつらとしている。 「あのなぁ、愛紗に怒られたことについての反省が先だろ?」 「それはそれなのにゃ!」  美以の様子から、一刀はあまり反省する気がないことを察した。 「はぁ……しょうがない。愛紗がなんであんなに怒ったのか教えるから、ちゃんと反省してくれよ」 「えぇーもう話はうんざりだじょ」 「うんざりにゃー」 「ふぅん、そんな調子だときっとまた愛紗に怒られるぞ」  意地の悪い笑みを浮かべながらちらりと四人を見る。そして、ついっと顔をそらせて歩き出す。 「う、うぅ……わかったにゃ……みんないくじょ」  すっかり、しっぽを頭と同じように項垂れさせると一刀に続くように歩き始める。  それから、一刀は適当にお茶菓子を見繕うと中庭にて説明をはじめた。 「さて、説明とするが愛紗が普段以上に怒ったのはあれが戦車だったからなんだ」 「んぐ……ごくっ。にゃ?」  必死な様子で菓子を口に掻っ込みながら四対の視線が一刀に向ける南蛮勢。 「戦争をするにはお金がかかる。ここは美以たちがいたところと仕組みがことなるのはもう知ってるよな?」  そう言って四人に確認を取り、また話を続ける。 「それでだけど、かかるお金っていうのも色々ある。軍の糧秣を確保するのに使用するもの、桃香や俺、それに朱里や雛里なんかが担当してる内務、また愛紗たちが務める外務に関するもの。それに遠征する際に使う戦車など多くの車輛や兵器の補充……挙げていったらきりがない……話を聞かないならお菓子は抜きだな」  そう言って、彼女たちが注意を向けている菓子を取り上げる。 「き、聞いてるにゃ、聞いてるにゃー!」 「そうにゃそうにゃ!」 「もぐもぐ……くぅー」 「食べながら寝てるにょ……」  微笑ましい様子の四人に思わず頬をほころばせながら一刀はやれやれとため息をはく。 「まったく……ちゃんと話をきけよ」  それだけ言って一刀は再び菓子を置く。そして、説明を再開した。 「で、だ。美以たちが壊したのは戦車っていってな糧秣を運ぶのに必要なものなんだ。また、あれを作り直すのにもそれなりに費用がかかる。だから……愛紗も一段と強く怒ったんだ」 「つまり、とぉっても大事な物だったってことなのかにゃ?」 「あぁ、だからちゃんと反省するようにってことだ」  それだけ言うと一刀は仕事があるからとその場を後にしようと立ち上がる。 「みぃはちゃんと反省するにゃー」 「んーミケ、肩かすにゃ。えぇと……はんせいっ!」 「それは何かが違う気がするにょ……」 「はんせい……にゃん」  立ち去る背中に彼女たちの宣言を受けながら一刀はくすりと笑みを漏らした。 「さて、仕事頑張りますか!」 (解説)  今回は、最後の一刀の説明が重要な点です。戦争というものは戦車千台、輸送車千台、兵卒十万程を動員し、糧秣を遠方に送ることとなります。  すると、内外の経費や外交使節への接待に使用する費用。そして軍事物資の調達、車両、兵器の補充などにおいてもまた多くの費用がかかります。そうしなければ大軍を動かすことなどできないわけです。  つまりは、戦争をするとそれだけ莫大な費用がかかるということです。  二.兵は拙速を聞く  とある城に一刀たちはいた。孫策軍が攻城戦により攻め落とした城である。  そこの一室で一刀は一人の女性と先の攻城戦を振り返っていた。 「まったく、雪蓮にも困ったものだな」 「あぁ、あれか……」  冥琳の言葉を聞きながら、先程の雪蓮の勇敢な姿を思い出していた。 「防衛力の高い城を落とすのに手こずっていたとはいえ自ら前線に参加するとは……」 「はは、まぁあれはさすがにやりすぎだよな。でも、多少は雪蓮の攻め気が俺にも欲しいとは思うかな」 「ほぅ? それはどうしてだ?」  一刀の思わぬ言葉に、興味ありといった様子で尋ねる冥琳。 「あぁ、やっぱり戦いにおいて奥手すぎるのも問題だからだよ」 「問題?」 「そう、特に今の俺たちのような国力面がそこまで強くない勢力なんかにある問題だな」 「ほぅ、詳しく聞かせて貰おう」  まるで、何かを試すような口調で告げる冥琳。 「あぁ、下手に長期戦になれば軍の疲弊は増し、士気は下がる一方となる。そのうえ財政危機にも陥りかねない。その隙に他の諸侯に攻め込まれでもしたら一溜まりもないだろ? だから、せめて俺も短期決戦の重要さをちゃんと理解し、行動出来るようにならなきゃって思ってるんだよ」 「ふむ、まぁ及第点だな」 「え? 冥琳?」 「いや、何でもない。そうだな、そのことを理解しているならお前には多少の攻め気は必要かもしれんな」  冥琳の言葉に、一刀は一応の返事はしたが首を傾げていた。その姿に苦笑しつつ、冥琳は部屋を後にした。そして、一人ぽつりぽつりと言葉を漏らす。 「国力を強める才では雪蓮を上回るも、戦では及ばぬ蓮華様……攻め気が足りないという点もまた理由の一つ。蓮華様を支える人間にはその不足している分を補うだけの攻め気が必要となる。そして、それが出来るのはお前なのだぞ……北郷」  その誰にともなく発せられた冥琳の呟きはただ風に乗って流れていった……。 (解説)  ここで説明しているのは、長期戦となれば軍は疲弊し、士気も衰える。また、城攻めをかけたとしても戦力は底をつくばかりとなる。そんなこんなで長期間、軍をとどめておくと今度は国家の財政も危機に陥ってしまうわけです。  そして、その好きを狙って他の諸侯に攻められることになれば、どんな知恵者がいても事態の収拾は難しいものとなります。  要は『戦争による損害を認識していなければ、戦争から利益を引き出すことはできない』ということです。  三.智将は敵に食む  この日、とある賊軍が、とある国の正規軍を打ち破った。 「はっはっは。また妾たちの勝利じゃ!」 「あは、これもきっとお嬢さまが何もしてないからですねー」  美羽の高笑いに合わせて七乃が合いの手を入れる。 「うむうむ、真の統率者は部下の活躍を妨げぬものなのじゃ」 「そうですねぇ。お嬢さまが手を出すと碌な事になりませんもんね」  七乃の言葉に美羽は一層高笑いを続ける。  それから、一頻り笑い終えると。美羽はふと、思い出したように七乃に質問を投げかけた。 「のう、七乃?」 「なんですか?」 「ハチミツの残りは後いくらほどかえ?」 「うぅん、そうですね後二、三杯ってところですかね」  七乃の答えに美羽のくりっとした瞳が一層大きくなる。 「な、何じゃとー! そ、それでは、今日だけでなくなってしまうでわないか!」 「そうですね。というか、お嬢さまがこの七乃の目を盗んではこっそりと飲んでたのがいけないんですよ」 「飲みたくなるんじゃからしかたないのじゃ!」  七乃のとがめる言葉に両手をぶんぶんと振り回して怒る美羽。 「それじゃあ、敵の拠点を奪ったらそこで何とかしてみましょう」 「何を言っておるのじゃ? それよりも本拠から運ばせればよいではなか? 前からそうしておったではないか?」 「んー、どうしましょうかねぇ……今回でもう三度目ですし」  そう言って、七乃が考え込む。が、そんな彼女を無視して美羽が一層声を大きくして騒ぎ出す。 「妾はハチミツが飲みたいのじゃ! ハチミツー!」 「あぁ、はいはい。一応本拠に伝令を放ちますから良い子にしてくださいね」 「うむ! わかればよいのじゃ!」  美羽はそう言って満足すると、七乃が用意したハチミツを溶かした茶を飲み始めた。  それから残っているハチミツを大事そうに少しずつ口にしながら美羽は、増量分のハチミツが届くのを心待ちにしていた。  そして、ついにハチミツ到着日。やけに多くの兵に囲まれ厳重体制で運ばれてきた車があった。そして、そこから一つの壺が美羽と七乃の前に運ばれた。 「頼まれたものでさぁ」 「どうも、ありがとうございますね。それじゃあ、もう用はないので帰って良いですよ」  そう言って七乃が兵を追い出すと。  美羽が壺へ駆け寄る。 「ハチミツじゃ! ハチミツなのじゃ!」  満面の笑みで封を解き、蓋を開ける美羽。 「む? なんじゃ! 中身が少ないではないか!」 「あら? 封に何か書いてありますね――えっ!」  封を掴み、何やら文章がかいてある部分を見た七乃が息をのんだ。 「ん? どうしたのじゃ七乃?」 「お嬢さま、どうやらこれを運んできた兵がのんだみたいですね」  乾いた笑みを浮かべながら美羽の方を向く七乃。  封には『運ぶ途中、輸送隊全員の喉が渇いたのですが碌に給金も飲み物も貰っていなかったので、やむを得ずハチミツを少々頂きました』と書かれていたのだ。 「な、なんじゃと! さっきの兵をすぐに呼び戻すのじゃ!」 「きっともう逃げちゃってますよぉ……でも、まぁ、残ってたんですしまだマシだったと思いましょう。ね、お嬢さま」 「うぅ……妾のハチミツ」  結局、美羽のもとに届いたハチミツは当初と比べると見る影が無いほどに少ないものだった。それによってしょんぼりとする美羽を七乃が愛でるのだった。  もしかしたら、七乃の目的は初めからコレだったのかも知れないが真相は彼女のみが知っている。 (解説)  今回、袁術が本拠からハチミツを取り寄せ、兵たちに運ばせたことでその代償としてハチミツが減りました。  ちなみに、兵たちの給金が碌になかったのは過去にハチミツの増量のために二度の輸送をさせたことでそれに合わせた費用を本拠中から集めることとなったためです。  これは、智将として優れている者は糧秣の輸送を何度も繰り返すような真似はしないということを表す例でした。初めに張勲が言った敵の拠点から入手というのが本来あるべき方法なのです。  では、何故輸送を繰り返してはならないのか。それは上述したとおり費用がかかるためです。また、それが国であれば、費用の増加に加え、物価が騰貴し、国民の困窮し税にも苦しむこととなり国力を弱める結果となります。  以上の事から孫子は、『敵地で調達した穀物一鍾は時刻から運んだ穀物の二十鍾分に相当し、敵地で調達した飼料一石は自国から運んだ飼料の二十石分に相当する』と言っているのです。  四.勝ってますます強くなる  とある戦の後の閣議でのこと。 「どうやら、今回の一番の功労者は貴方ね、季衣」 「えっ! 本当ですか華琳さま」 「ふふ……えぇ、よく頑張ったわね季衣」  そう言うと、華琳は季衣の頭を撫でる。季衣はとても気持ちの良さそうな顔をしてそれを受けている。  そんな二人を誰しもが穏やかな微笑みで見守っている――かと思いきや部屋の一角、そこにいる猫耳と隻眼なる人影が指をくわえて羨ましげに見つめていた。 「季衣……華琳さま」 「あぁ、華琳さま……私にも」  言わずもがな、春蘭と桂花であった。そんな姿を口元をほころばせた秋蘭が見つめていた。 「うらやましいのだろう? 姉者」 「え、いやいくらなんでも季衣を羨ましがるなんてことは……」  そう言うと、春蘭は縮み上がってしまった。 「ふふ、姉者は可愛いなぁ……」  そんな、姉を見ながら妹はただ幸せそうに微笑んでいた。  それから数日後、再び戦があった。その時の様子は普段とは異なるものだった。 「いいかぁ! 我が夏侯惇隊が今度こそ一番の項籍を納めるのだ!」  春蘭が、普段以上の勢いで自らの舞台に所属する兵卒へと檄を飛ばす。 「ちょっと、そこのあんたしっかりしなさい! だから――」  桂花が気合いの入った指示を周りの者や各隊へと下していく。  そして、この戦は曹操軍が想像以上の快勝を得たことで終結した。  ちなみに、今回の功労者……それは桂花だったのかもしれない、それとも春蘭かもしれない、はたまた別の誰かだったのかも知れないがそれはここでは気にする話ではないので割愛する。 (解説)今回の夏侯惇、荀ケの件は、兵を戦いに駆り立てるとき、兵の手柄に見合うだけの賞賜を与える必要があるということを表しています。  今回の用例に乗せなかった部分も含めて説明しますと、上述どおり賞賜はしっかりと与えるべきであり、仮に敵の戦車十台以上を奪うような戦果があった場合は、まっさきに手柄を立てた兵を表彰することが需要であると言うことです。他にも兵たちに敵愾心を植え付けることもまた効果的であると言われています。  また、戦車十台以上奪取出来た際、それついている旗を自軍のものと取り替え、味方の兵に使用させたり、捕虜にした敵兵をあつくもてなし自軍に編入するなど、元々敵の所属だったものを利用します。  以上の二点によって軍をさらに強くすることが出来るだろうと孫子は説いているわけなのです。  作戦篇は以上となります。