改行による2パターン制です。 最初は、整形なしの素です。 ブラウザでご覧の方はctrlキー+Fで文字検索に整形と入力して飛んでください。  「無じる真√N」拠点19  一刀は、とある仕事のため飯店にいた。 「……話をする気あるのか?」 「まぁ、仕方ないわよ。ご主人様。三人とも今日も稽古頑張ってたんだから」  呆然としながらそう呟く一刀に貂蝉がいつもの微笑を浮かべながら語りかける。  そんな二人の目の前では、三人の少女がすさまじい勢いで料理を口に運び、消化していく。気がつけば並んでいた皿すべてがきれいさっぱり何も盛られていない状態になっていた。 「ふぅ〜食べたねぇ〜」 「も、もう食べられない……」 「二人とも……さすがにあの食べっぷりはどうかと思うわよ」  満足そうに椅子の背もたれによっかかる二人の姉に呆れた様子で告げる人和。 「……いや、人和、君も変わらないと思うよ、俺は」 「え? そ、そうですか……?」  一刀が思わず棒読み口調で放った言葉に人和は肩をぴくりと動かし、見上げるように一刀に尋ねた。 「まぁ、気にするな。いっぱい食べるのは見てる方も気分が良いからな」 「そうですか? なら良いんですけど」  一刀の言葉にほっと息を吐き出す人和。  彼女は気づいていないが、一刀は気にしていないことを告げたが、人和の言葉を否定していない。 「ご主人様……」  その真意に気づいた貂蝉が小声で話しかけてくるが、それを無視して一刀は本題を話し始めた。 「それでだ、今後の三人の活動に関してなんだけどな……まぁ、ちょっとした通達事項があるんだ」  その言葉に三人が頷く。そのことから、ようやく、落ち着いて話が出来ることを実感した一刀は咳払いをして、口を開く。 「今まで三人は同じ名前で活動していたんだよな?」 「うん、そうだよ」 「で、ここでもそのまま続ける予定だったな?」 「そのとーり!」 「あぁ……そのな、実は名前に関してはさすがに多少の変化は加えさせてもらう必要があるんだ」 「……え、それはまた、どうしてですか?」  三人の顔を見渡しながら一刀は話し続ける。 「まぁ、三人が色々と活動したからか名前が各地に広がってるんだ」 「なら、やっぱり続けるべきじゃない!」  勢いよく椅子から立ち上り、食いつかんばかりに文句を言ってくる地和を宥めつつ、一刀はその理由を述べていく。 「落ち着いてくれ、実は地域によって噂の中身が違うらしいんだよ」 「噂?」 「そう、あるところでは、その歌い手たち現るところに黄巾あらわるって言ってやって来る歌芸人を恐れているらしい」 「うっ」 「また、とあるところでは三人の歌い手、董卓の使いなり。聞き惚れてしまえば地獄の董卓に兵として連れさらてしまうぞって老人が子供に言い聞かせてるらしい」 「ありゃ〜」 「つまりだ、この地で活動をするにしてもそれらの噂を連想させる名前は駄目なんだよ」 「成る程……確かにそれは考えるべきですね」  ひとしきり説明し終えた一刀は、三人の様子をうかがう。  三人ともに言えるのはどこか気まずそうな雰囲気を纏っているということだろう。 「で、だ。名前なんだが……役萬姉妹を元に貂蝉と考えたものがある」 「そう、二人寝台の上で熱く語りあったの……」 「なにか空耳が聞こえたが、気にしないでくれ」 「え、えぇ……」  何故か引きつった声で答える三人に一刀は首を傾げるが、すぐに気にするのを止め、話を続ける。 「それで、名前なんだけど……って、聞いてるか?」 「え? あ、その……聞いてるよ。ねぇ二人とも」 「そ、そりゃもちろん」 「えぇ、き、聞いてるわ」  何故か狼狽しながら答え二人の妹へ尋ねる。それに対して、妹二人も同じように狼狽しながら同意する。 「ふぅん、ま、いいか。それで、三人に名乗って貰う名前は――」 「もう! ご主人様ったら、本当にノリが悪いんだ、か、ら。うふ」  今度こそ本題に入ろうとする一刀の声を遮り貂蝉が気味の悪い笑みを浮かべる。一刀はそんな貂蝉を見て握りしめた手を震わせる。 「おい……ちょっと黙っててくれないか?」 「わ、わかったわよ、もう……そんな怒った顔じゃあ男前が台無しよん」  そう言って、貂蝉が一刀の鼻頭をゆびで突っつく。一刀の背にぞわっと鳥肌がたった。  顔を青ざめている一刀に人和が心配そうに声を掛ける。 「あの……大丈夫ですか?」 「あ、あぁ……大丈夫だよ」  そう言うと、一刀は咳払いをしてすぐに姿勢を正した。 「でだ。三人に名乗って貰うのは、数え役萬☆姉妹だ!」  一刀は、多少自信ありげな風に名前を告げた。  そんな一刀の様子なども気にならないほど三人は驚いている。そして、地和がすぐに反応を示した。身を乗り出すようにして興味深げに一刀に質問してくる。 「よく分からない図形っぽいのがついてるけどこれって何?」 「あ〜あと、しすた〜ずっていうのも何なの?」  地和の言葉に続くように天和も気になった部分を尋ねる。 「これって、一刀さんがいたっていう天の世界にある言葉なの?」  一人、冷静を装っている人和。だが、眼鏡を抑える手が僅かに震えている。彼女もまた見たことのないものに興奮を覚えているのだろう。そう思い、微笑を浮かべながら一刀は説明を始める。 「あぁ、まず俺のいた世界ではそのマーク……じゃなくて図形は星を表すものなんだ。それでしすたーずっていうのはまぁ、姉妹を別の言い方にしたものだよ。まぁ、宣伝用紙に書くときは数え役萬☆姉妹で十分だね」  その説明に三人は感心した様子で頷いている。それを見ながら一刀は手を叩いて今一度注意を自分に集める。 「ほら、名前も決まったし、新しい活動を始めよう」  そう言って、一刀は貂蝉が既に用意していた宣伝用紙の束を見せる。  三人はそれを驚いた表情で見つめている。そして、人和が代表して恐る恐るといった様子で口を開いた。 「え? あの、これって……」 「実は、名前の決定以外にもう一つお知らせがあってね。白蓮に申し出たら許可を得られてね。三人には、さっそく公演をしてもらう。ちゃんと稽古はしてきたんだろうな?」  そう言って一刀は意地悪そうな笑みを浮かべながら三人を見渡す。それに対して、三人は、一段と興奮を高めて反応した。 「もちろん、毎日欠かさずに続けてるよ!」 「やったぁ! 一刀ありがとう!」 「それで、いつなんですか?」  目を爛々とさせながら人和が尋ねてくる。それに対して苦笑をしつつ、一刀は答える。 「あぁ、予定では明後日だ。俺と貂蝉はそれまでにこいつを配ってまわる。その間、三人は調整に入って欲しい」  宣伝用の用紙を片手に一刀がそう言うと、三姉妹はこくりと頷く。  そして、三人に急かされるように店の会計を済ませて外へと出た。 「それじゃあ、ちぃたちは練習しにいってるね」 「一刀さん、本当にありがとね〜頑張るから〜」 「では、私たちはこれで失礼します……頑張りますね」  三者三様に、やる気を見せて立ち去る。その後ろ姿を微笑ましげに見送ると一刀は貂蝉の方を見やる。 「それじゃあ、俺たちも仕事といくか」 「えぇ、あの娘たちのためにも頑張りましょう」  それから二人は公演当日、開演間際まで宣伝を行った。三人もまた汗水垂らして頑張っていると信じて――。  そして、来る公演開始。  その時、一刀は貂蝉より教わった付き人として裏方作業にいそしんでいた。 「みんな頑張ってるかな……」  ふと、気になった一刀はちらっと舞台を見る。普段の古い稽古場とは思えないほどに煌びやかに見えた。それは、恐らく三人の輝きを感じているからだろうた思った。  そして、彼女たちの歌は多くの聴衆を引きつけている。 「天和ちゃーんっ!」  一部から声が上がる。それに手を振って応えながらも歌と踊りに影響は出していない。 「地和ちゃーんっ!」  また別の一部から声が上がる。それに対し、飛び跳ねながら手を振る地和。彼女もまた歌も踊りもこなせている。 「人和ちゃーんっ!」  またまた別の一角から声が飛ぶ。それに対して、他の二人に負けないくらいに明るく手を振っている。普段の彼女からは想像も出来ないほどの笑顔まで振りまいている。その顔は彼女の新たな一面を一刀に刻みつけた。  そして、一刀は思う。 「さすがは、三人ともプロだな」  そう呟くのと同時に、また一部の聴衆から声が上がった。 「黒薔薇の君ーっ!」  思わず一刀も脚を滑らしてしまった。その歓声がかけられた先――一刀が先程からあえて無視していて踊り子(と言って良いのか定かではない)を務めている貂蝉を見る。 「どぅふふ〜応援ありがとうぉん」 「おえぇ」  頬を赤らめ笑顔を振りまき、嬉しそうに跳ね回っている貂蝉を見て一刀から何かが出そうになる。だが、一刀はそれをこらえて再び裏へと戻った。 「な、なんでアレまで人気を集めてるんだ……」  思わず頭を抱えるが、すぐに考えることを止めただ作業に集中するのだった。 「ふぅ〜疲れた」 「お客さんいっぱい来てたねぇ」 「上手くいってよかったわね。天和姉さん、地和姉さん」  三者三様に満足そうにしている。その顔は充実感で満たされている。 「三人ともお疲れ様。ほら、冷水もあるから喉を癒しなよ。あと、汗で冷えないようにこれも持っておくといい」  そう言って、一刀は三人に布と冷水を渡した。 「あらん、わたしにはないのかしら?」 「ん、ほらそこにあるから使っていいぞ」  そう言って、指した先には椅子に掛けられた布と冷や水だった。 「もう、相変わらず冷たいフリしてお優しいのね」  気持ち悪い笑みを浮かべながら冷水を飲み干す貂蝉。  それを見ることなく一刀はすぐ三人へと視線を戻した。 「三人とも頑張ったな。客も凄く引き込まれていたぞ。それに、収益も結構上がったようだし今は休んでるといいよ」  そう言って、一刀は舞台へと向かう。すると、その後を人和が追いかけてきた。 「あの……掃除なら私も」 「そうか? 手伝ってくれるならありがたいけど、休まなくて良いのか?」  さすがに気がひけるため一刀が尋ねると人和は首を横に振る。 「やっぱり、後片付けまで含めて公演だと思うから」 「そっか……そうかもな」  人和の言葉に、一刀も同意する。最後までやりきらなきゃいけない……と。  そんなことを一刀が思っていると、さらに足音が近づいてくる。 「もう、わたしたちを置いて言っちゃ駄目だよ」 「一人だけ、良い格好しようなんて許さないんだからっ」  天和と地和が合流しすっかり賑やかになるとそのまま舞台の後片付けへと向かった。 「ふふ、可愛い娘たちでしょ」 「あぁ、そうだな。何故か手を貸して上げたくなるな」  一刀は、三人の様子を遠目に見ながら、貂蝉の言葉に頷いた。  初公演から数日後。三姉妹は一刀によって事務所に集められていた。 「一体、何の用なんだろうね?」 「急に呼び出すなんて何かあったのかしら?」  天和と人和が首を傾げていると、表に出ていた声を上げた。 「一刀きたわよ!」 「やぁ、悪いね。急に呼び出して」  地和に続いて、片手を挙げて一刀が事務所へと入ってくる。 「それで、一体どうしたんですか?」 「あぁ、実は三人にご褒美をと思ってね」 「ご褒美? なになに、ご飯でも奢ってくれるの?」 「て、天和……それはいつもしてる気がするんだが……」  そう言ってそっと胸元を撫でる一刀。 「もう、勿体ぶらないで早くいいなさいってば!」  堪えきれなくなった地和が一刀へ迫る。 「わ、分かったから……取りあえず舞台の方へ来てくれ」 「……わかった」 「うん!」 「何があるというの?」  三人とも訝りながら一刀の後に続いて舞台へと向かった。  そして、三人はそこである光景を見た。 「あれって……」 「うん、間違いないよ」  目を真開き驚きを露わにする地和に同じような表情をしている天和が答える。 「でも、どうして?」  人和は驚きながらも一刀に尋ねる。 「ふふ、あの人たちは三人と一緒に公演をしていた楽団でいいんだよな?」  そう、そこにはかつて三人がともに公演を行った楽団の面々が揃っていた。さらに舞台には楽団が使用する楽器が置いてある。それが意味するのは、彼女たちの元へ合流しに来たということ。 「う、うん、そうだよ。一緒にあちこち回ったの」  一刀の言葉にそう答えると、天和は楽団の面々へと向かって駆けだした。そして続くように残りの二人も駆けていく。それと行き違うように貂蝉が一刀の元へとやってきた。 「案内ありがとうな、貂蝉」 「うふ、ご主人様の頼みとあればいくらでも頑張っちゃうわん」  そう言って体をくねらす貂蝉から顔をそらして三人を見る。三人とも嬉しそうなそれでいて懐かしそうな顔をしている。一刀は思う。連れてきて良かったと。  三人が楽団の者たちと再開の喜びを分かち合い、談笑をしばらくすると。楽団一行は貂蝉に案内を頼み街を巡りに行ってしまった。  それを見送ると、三人は一刀を連れて事務所へと戻った。 「ねぇ、ご褒美ってあの人たちのことだよね?」 「一体、どうやって……」  さすがに人和も驚きを隠せていないようだった。そのことに僅かに喜びつつ一刀は事情を説明し始める。 「元々、洛陽を中心に活動をしていたことは俺も知ってる。そして、その時に楽団も一緒だったことも」  一刀は確認するように三人を見る。それに対して三には頷く。 「で、俺は初公演目指して頑張る三人に何かしてあげれないかって思ってね。その楽団を探すことにしたんだ。本当は洛陽から三人を連れ出したときに一緒に連れることが出来ればよかったんだけどな」  そう言って一刀は苦笑を浮かべる。それに対して三人はそれぞれの言葉で仕方の無いことだったと返す。当時の状況についてはこの場にいる四人ならば分かっていること。だから彼女たちの反応も当たり前ではある。 「まぁ、なんにせよ三人とはぐれた後の楽団についての情報を白蓮に言って集めて貰ったんだ。そしたらさ、なんと近隣まで来てるって言うんでね。迎えの兵を出して貰って呼び寄せたんだよ。まぁ、初公演には間に合わなかったから、頑張ったご褒美って事になっちゃたけどね」  そう言って、一刀は苦笑を浮かべた。  それに対して三人の反応がないことに疑問を持ち一刀がそちらへ視線を向けると。 「……ありあがとう」  誰が、そう言ったのか――いや、三人ともがそう言ったのか一刀には分からなかった。  何故なら、感極まった天和に抱きつかれていたからである。 「ありがとう一刀さん。すごく嬉しいよ」 「……もごっ、お、俺は苦しい……んぐっ」  天和の柔らかい何かに顔を圧迫され、一刀が苦しげに声を漏らす。振り回されいる両腕が彼の状態を物語っている。 「ちょ、ちょっとお姉ちゃん離れなさいって」 「そうよ、みっともないわよ天和姉さん」  二人がかりでようやく天和を引きはがすのに成功したが、時既に遅く一刀の意識は失われていたのだった。  ちなみに、この後一刀は、天和への説教に夢中な地和、人和に気を失っていることに気づいてもらえず、最終的に戻ってきた貂蝉によってようやく介抱されることになるのだがそれは別の話である。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 整形で見たい方はこちらから ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  「無じる真√N」拠点19  一刀は、とある仕事のため飯店にいた。 「……話をする気あるのか?」 「まぁ、仕方ないわよ。ご主人様。三人とも今日も稽古頑張ってたんだから」  呆然としながらそう呟く一刀に貂蝉がいつもの微笑を浮かべながら語りかける。  そんな二人の目の前では、三人の少女がすさまじい勢いで料理を口に運び、消化してい く。気がつけば並んでいた皿すべてがきれいさっぱり何も盛られていない状態になってい た。 「ふぅ〜食べたねぇ〜」 「も、もう食べられない……」 「二人とも……さすがにあの食べっぷりはどうかと思うわよ」  満足そうに椅子の背もたれによっかかる二人の姉に呆れた様子で告げる人和。 「……いや、人和、君も変わらないと思うよ、俺は」 「え? そ、そうですか……?」  一刀が思わず棒読み口調で放った言葉に人和は肩をぴくりと動かし、見上げるように一 刀に尋ねた。 「まぁ、気にするな。いっぱい食べるのは見てる方も気分が良いからな」 「そうですか? なら良いんですけど」  一刀の言葉にほっと息を吐き出す人和。  彼女は気づいていないが、一刀は気にしていないことを告げたが、人和の言葉を否定し ていない。 「ご主人様……」  その真意に気づいた貂蝉が小声で話しかけてくるが、それを無視して一刀は本題を話し 始めた。 「それでだ、今後の三人の活動に関してなんだけどな……まぁ、ちょっとした通達事項が あるんだ」  その言葉に三人が頷く。そのことから、ようやく、落ち着いて話が出来ることを実感し た一刀は咳払いをして、口を開く。 「今まで三人は同じ名前で活動していたんだよな?」 「うん、そうだよ」 「で、ここでもそのまま続ける予定だったな?」 「そのとーり!」 「あぁ……そのな、実は名前に関してはさすがに多少の変化は加えさせてもらう必要があ るんだ」 「……え、それはまた、どうしてですか?」  三人の顔を見渡しながら一刀は話し続ける。 「まぁ、三人が色々と活動したからか名前が各地に広がってるんだ」 「なら、やっぱり続けるべきじゃない!」  勢いよく椅子から立ち上り、食いつかんばかりに文句を言ってくる地和を宥めつつ、一 刀はその理由を述べていく。 「落ち着いてくれ、実は地域によって噂の中身が違うらしいんだよ」 「噂?」 「そう、あるところでは、その歌い手たち現るところに黄巾あらわるって言ってやって来 る歌芸人を恐れているらしい」 「うっ」 「また、とあるところでは三人の歌い手、董卓の使いなり。聞き惚れてしまえば地獄の董 卓に兵として連れさらてしまうぞって老人が子供に言い聞かせてるらしい」 「ありゃ〜」 「つまりだ、この地で活動をするにしてもそれらの噂を連想させる名前は駄目なんだよ」 「成る程……確かにそれは考えるべきですね」  ひとしきり説明し終えた一刀は、三人の様子をうかがう。  三人ともに言えるのはどこか気まずそうな雰囲気を纏っているということだろう。 「で、だ。名前なんだが……役萬姉妹を元に貂蝉と考えたものがある」 「そう、二人寝台の上で熱く語りあったの……」 「なにか空耳が聞こえたが、気にしないでくれ」 「え、えぇ……」  何故か引きつった声で答える三人に一刀は首を傾げるが、すぐに気にするのを止め、話 を続ける。 「それで、名前なんだけど……って、聞いてるか?」 「え? あ、その……聞いてるよ。ねぇ二人とも」 「そ、そりゃもちろん」 「えぇ、き、聞いてるわ」  何故か狼狽しながら答え二人の妹へ尋ねる。それに対して、妹二人も同じように狼狽し ながら同意する。 「ふぅん、ま、いいか。それで、三人に名乗って貰う名前は――」 「もう! ご主人様ったら、本当にノリが悪いんだ、か、ら。うふ」  今度こそ本題に入ろうとする一刀の声を遮り貂蝉が気味の悪い笑みを浮かべる。一刀は そんな貂蝉を見て握りしめた手を震わせる。 「おい……ちょっと黙っててくれないか?」 「わ、わかったわよ、もう……そんな怒った顔じゃあ男前が台無しよん」  そう言って、貂蝉が一刀の鼻頭をゆびで突っつく。一刀の背にぞわっと鳥肌がたった。  顔を青ざめている一刀に人和が心配そうに声を掛ける。 「あの……大丈夫ですか?」 「あ、あぁ……大丈夫だよ」  そう言うと、一刀は咳払いをしてすぐに姿勢を正した。 「でだ。三人に名乗って貰うのは、数え役萬☆姉妹だ!」  一刀は、多少自信ありげな風に名前を告げた。  そんな一刀の様子なども気にならないほど三人は驚いている。そして、地和がすぐに反 応を示した。身を乗り出すようにして興味深げに一刀に質問してくる。 「よく分からない図形っぽいのがついてるけどこれって何?」 「あ〜あと、しすた〜ずっていうのも何なの?」  地和の言葉に続くように天和も気になった部分を尋ねる。 「これって、一刀さんがいたっていう天の世界にある言葉なの?」  一人、冷静を装っている人和。だが、眼鏡を抑える手が僅かに震えている。彼女もまた 見たことのないものに興奮を覚えているのだろう。そう思い、微笑を浮かべながら一刀は 説明を始める。 「あぁ、まず俺のいた世界ではそのマーク……じゃなくて図形は星を表すものなんだ。そ れでしすたーずっていうのはまぁ、姉妹を別の言い方にしたものだよ。まぁ、宣伝用紙に 書くときは数え役萬☆姉妹で十分だね」  その説明に三人は感心した様子で頷いている。それを見ながら一刀は手を叩いて今一度 注意を自分に集める。 「ほら、名前も決まったし、新しい活動を始めよう」  そう言って、一刀は貂蝉が既に用意していた宣伝用紙の束を見せる。  三人はそれを驚いた表情で見つめている。そして、人和が代表して恐る恐るといった様 子で口を開いた。 「え? あの、これって……」 「実は、名前の決定以外にもう一つお知らせがあってね。白蓮に申し出たら許可を得られ てね。三人には、さっそく公演をしてもらう。ちゃんと稽古はしてきたんだろうな?」  そう言って一刀は意地悪そうな笑みを浮かべながら三人を見渡す。それに対して、三人 は、一段と興奮を高めて反応した。 「もちろん、毎日欠かさずに続けてるよ!」 「やったぁ! 一刀ありがとう!」 「それで、いつなんですか?」  目を爛々とさせながら人和が尋ねてくる。それに対して苦笑をしつつ、一刀は答える。 「あぁ、予定では明後日だ。俺と貂蝉はそれまでにこいつを配ってまわる。その間、三人 は調整に入って欲しい」  宣伝用の用紙を片手に一刀がそう言うと、三姉妹はこくりと頷く。  そして、三人に急かされるように店の会計を済ませて外へと出た。 「それじゃあ、ちぃたちは練習しにいってるね」 「一刀さん、本当にありがとね〜頑張るから〜」 「では、私たちはこれで失礼します……頑張りますね」  三者三様に、やる気を見せて立ち去る。その後ろ姿を微笑ましげに見送ると一刀は貂蝉 の方を見やる。 「それじゃあ、俺たちも仕事といくか」 「えぇ、あの娘たちのためにも頑張りましょう」  それから二人は公演当日、開演間際まで宣伝を行った。三人もまた汗水垂らして頑張っ ていると信じて――。  そして、来る公演開始。  その時、一刀は貂蝉より教わった付き人として裏方作業にいそしんでいた。 「みんな頑張ってるかな……」  ふと、気になった一刀はちらっと舞台を見る。普段の古い稽古場とは思えないほどに煌 びやかに見えた。それは、恐らく三人の輝きを感じているからだろうた思った。  そして、彼女たちの歌は多くの聴衆を引きつけている。 「天和ちゃーんっ!」  一部から声が上がる。それに手を振って応えながらも歌と踊りに影響は出していない。 「地和ちゃーんっ!」  また別の一部から声が上がる。それに対し、飛び跳ねながら手を振る地和。彼女もまた 歌も踊りもこなせている。 「人和ちゃーんっ!」  またまた別の一角から声が飛ぶ。それに対して、他の二人に負けないくらいに明るく手 を振っている。普段の彼女からは想像も出来ないほどの笑顔まで振りまいている。その顔 は彼女の新たな一面を一刀に刻みつけた。  そして、一刀は思う。 「さすがは、三人ともプロだな」  そう呟くのと同時に、また一部の聴衆から声が上がった。 「黒薔薇の君ーっ!」  思わず一刀も脚を滑らしてしまった。その歓声がかけられた先――一刀が先程からあえ て無視していて踊り子(と言って良いのか定かではない)を務めている貂蝉を見る。 「どぅふふ〜応援ありがとうぉん」 「おえぇ」  頬を赤らめ笑顔を振りまき、嬉しそうに跳ね回っている貂蝉を見て一刀から何かが出そ うになる。だが、一刀はそれをこらえて再び裏へと戻った。 「な、なんでアレまで人気を集めてるんだ……」  思わず頭を抱えるが、すぐに考えることを止めただ作業に集中するのだった。 「ふぅ〜疲れた」 「お客さんいっぱい来てたねぇ」 「上手くいってよかったわね。天和姉さん、地和姉さん」  三者三様に満足そうにしている。その顔は充実感で満たされている。 「三人ともお疲れ様。ほら、冷水もあるから喉を癒しなよ。あと、汗で冷えないようにこ れも持っておくといい」  そう言って、一刀は三人に布と冷水を渡した。 「あらん、わたしにはないのかしら?」 「ん、ほらそこにあるから使っていいぞ」  そう言って、指した先には椅子に掛けられた布と冷や水だった。 「もう、相変わらず冷たいフリしてお優しいのね」  気持ち悪い笑みを浮かべながら冷水を飲み干す貂蝉。  それを見ることなく一刀はすぐ三人へと視線を戻した。 「三人とも頑張ったな。客も凄く引き込まれていたぞ。それに、収益も結構上がったよう だし今は休んでるといいよ」  そう言って、一刀は舞台へと向かう。すると、その後を人和が追いかけてきた。 「あの……掃除なら私も」 「そうか? 手伝ってくれるならありがたいけど、休まなくて良いのか?」  さすがに気がひけるため一刀が尋ねると人和は首を横に振る。 「やっぱり、後片付けまで含めて公演だと思うから」 「そっか……そうかもな」  人和の言葉に、一刀も同意する。最後までやりきらなきゃいけない……と。  そんなことを一刀が思っていると、さらに足音が近づいてくる。 「もう、わたしたちを置いて言っちゃ駄目だよ」 「一人だけ、良い格好しようなんて許さないんだからっ」  天和と地和が合流しすっかり賑やかになるとそのまま舞台の後片付けへと向かった。 「ふふ、可愛い娘たちでしょ」 「あぁ、そうだな。何故か手を貸して上げたくなるな」  一刀は、三人の様子を遠目に見ながら、貂蝉の言葉に頷いた。  初公演から数日後。三姉妹は一刀によって事務所に集められていた。 「一体、何の用なんだろうね?」 「急に呼び出すなんて何かあったのかしら?」  天和と人和が首を傾げていると、表に出ていた声を上げた。 「一刀きたわよ!」 「やぁ、悪いね。急に呼び出して」  地和に続いて、片手を挙げて一刀が事務所へと入ってくる。 「それで、一体どうしたんですか?」 「あぁ、実は三人にご褒美をと思ってね」 「ご褒美? なになに、ご飯でも奢ってくれるの?」 「て、天和……それはいつもしてる気がするんだが……」  そう言ってそっと胸元を撫でる一刀。 「もう、勿体ぶらないで早くいいなさいってば!」  堪えきれなくなった地和が一刀へ迫る。 「わ、分かったから……取りあえず舞台の方へ来てくれ」 「……わかった」 「うん!」 「何があるというの?」  三人とも訝りながら一刀の後に続いて舞台へと向かった。  そして、三人はそこである光景を見た。 「あれって……」 「うん、間違いないよ」  目を真開き驚きを露わにする地和に同じような表情をしている天和が答える。 「でも、どうして?」  人和は驚きながらも一刀に尋ねる。 「ふふ、あの人たちは三人と一緒に公演をしていた楽団でいいんだよな?」  そう、そこにはかつて三人がともに公演を行った楽団の面々が揃っていた。さらに舞台 には楽団が使用する楽器が置いてある。それが意味するのは、彼女たちの元へ合流しに来 たということ。 「う、うん、そうだよ。一緒にあちこち回ったの」  一刀の言葉にそう答えると、天和は楽団の面々へと向かって駆けだした。そして続くよ うに残りの二人も駆けていく。それと行き違うように貂蝉が一刀の元へとやってきた。 「案内ありがとうな、貂蝉」 「うふ、ご主人様の頼みとあればいくらでも頑張っちゃうわん」  そう言って体をくねらす貂蝉から顔をそらして三人を見る。三人とも嬉しそうなそれで いて懐かしそうな顔をしている。一刀は思う。連れてきて良かったと。  三人が楽団の者たちと再開の喜びを分かち合い、談笑をしばらくすると。楽団一行は貂 蝉に案内を頼み街を巡りに行ってしまった。  それを見送ると、三人は一刀を連れて事務所へと戻った。 「ねぇ、ご褒美ってあの人たちのことだよね?」 「一体、どうやって……」  さすがに人和も驚きを隠せていないようだった。そのことに僅かに喜びつつ一刀は事情 を説明し始める。 「元々、洛陽を中心に活動をしていたことは俺も知ってる。そして、その時に楽団も一緒 だったことも」  一刀は確認するように三人を見る。それに対して三には頷く。 「で、俺は初公演目指して頑張る三人に何かしてあげれないかって思ってね。その楽団を 探すことにしたんだ。本当は洛陽から三人を連れ出したときに一緒に連れることが出来れ ばよかったんだけどな」  そう言って一刀は苦笑を浮かべる。それに対して三人はそれぞれの言葉で仕方の無いこ とだったと返す。当時の状況についてはこの場にいる四人ならば分かっていること。だか ら彼女たちの反応も当たり前ではある。 「まぁ、なんにせよ三人とはぐれた後の楽団についての情報を白蓮に言って集めて貰った んだ。そしたらさ、なんと近隣まで来てるって言うんでね。迎えの兵を出して貰って呼び 寄せたんだよ。まぁ、初公演には間に合わなかったから、頑張ったご褒美って事になっち ゃたけどね」  そう言って、一刀は苦笑を浮かべた。  それに対して三人の反応がないことに疑問を持ち一刀がそちらへ視線を向けると。 「……ありあがとう」  誰が、そう言ったのか――いや、三人ともがそう言ったのか一刀には分からなかった。  何故なら、感極まった天和に抱きつかれていたからである。 「ありがとう一刀さん。すごく嬉しいよ」 「……もごっ、お、俺は苦しい……んぐっ」  天和の柔らかい何かに顔を圧迫され、一刀が苦しげに声を漏らす。振り回されいる両腕 が彼の状態を物語っている。 「ちょ、ちょっとお姉ちゃん離れなさいって」 「そうよ、みっともないわよ天和姉さん」  二人がかりでようやく天和を引きはがすのに成功したが、時既に遅く一刀の意識は失わ れていたのだった。  ちなみに、この後一刀は、天和への説教に夢中な地和、人和に気を失っていることに気 づいてもらえず、最終的に戻ってきた貂蝉によってようやく介抱されることになるのだが それは別の話である。