改行による2パターン、最初は、整形なしの素です。 ブラウザでご覧の方はctrlキー+Fで文字検索に整形と入力して飛んでください。 「無じる真√N19」  倒れた白蓮の様子を見に行っていた一刀はその最中、詠に呼び出された。  その詠に連れ出された先には、軍の主要な人物たちがそろっていた。 「みんな、揃ってるみたいだな」  集まった一同を見渡してそれを確認し、詠の呼び出しが軍全体に関わることなのだと一刀も把握した。 「えぇ、我々も詠に呼ばれましてな」 「そうだ、本当は袁紹軍の動きを軽快していなくてはならないのだがな。なんでも急を要することと言われ、ここに来たのだ」  一刀の言葉に、それぞれの反応を見せる星と華雄。 「そんなことより、詠。一体何の話や? っちゅーても薄々はわかるんやけど」 「……まぁ、きっとみんなここに来るまでに気づいてるだろうとはボクも思う。でも、ずっと城内にいて白蓮の見舞いに行っていたやつもいるからね。一応説明をするわ」  間違いなく自分のことなんだろうなぁ、等とどこか気楽に、そんなどうでもいいことを考える一刀。  だが、詠の言葉を聞いた一同の反応が、僅かに顔を曇らせるといったもので統一されていることに気づくと、その表情を引き締める。  そして、この場にいる者たちが真剣な表情となったのを確認した詠が口を開く。 「それじゃあ、いいわね。まず、敵に増援が現れたのは知ってるわね?」 「あぁ、呂布の軍だな」  詠の言葉に確認するように華雄が答える。その返答に頷き、詠は話を続けていく。 「そして、突然起きた白蓮の戦線離脱」  一刀は、思い出す。軍議中、徐々に様子がおかしくなり最後は床に伏した彼女の姿を。  倒れる瞬間の彼女は、まるで徐々に地へと倒れていくように見えた。そして、その光景が目に焼き付き、何故、白蓮の体調不良に気づけなかったのか、自分は彼女の側にいたじゃないか、と一刀は自責の念に駆られていた。  そんな一刀にちらりと詠が視線を向けてくる。それは、どこか心配という感情を含んでいるように見えた。なので一刀は、何でもない、と手を振って答えた。 「そう……ならまぁ、いいけど。それで、何が言いたいかというと。軍全体の士気が滅茶苦茶なことになってるわ。さすがに事が大きすぎたせいなのかしらね、下がり具合が半端じゃないわ」  そう言う詠の顔は渋いものとなっている。いや、彼女だけでなくこの場にいる者たちのほとんどが同じ顔をしている。  そこで、一刀はとある考えを思いついた。そして、それをここにいる者たちに伝えるため口を開く。 「――わかった」  神妙な面持ちのまま詠たちが、一刀の方へと視線を向ける。彼女たちのどこか訝るようであり、希望を求めるような視線をその一身に受けながら一刀はその内に策ありという趣の言葉を伝える。 「士気を高める方法に関しては案がある。俺に任せてくれないか?」 「本当に? 大丈夫なんでしょうねぇ」  詠が疑問を投げかけてくる。恐らくこの場の誰しもが思っていることだろう。それに対し一刀はただ黙ってこくり、と頷いて答える。そして、 「何とかしてみせるさ……白蓮のためにも、みんなのためにも」  その言葉を残し、一刀は立ち上がる。そして、場を後にする。そして、その軍議の間から出た瞬間、一刀の身体を例の体調不良が襲う。以前の時と比べ、経験済みだからなのか多少の踏ん張りを聞かせることが出来た。とはいえ、未だ足下はおぼつかない。 「ちょ、ちょっと、あんたも調子悪かったの?」 「お、おい、一刀! あんま無理したらあかんて」  一刀後に続いて退出してきた霞と詠が、扉のすぐ側でふらついている一刀を見つけ慌てて駆け寄る。 「何をする気かしらないけど、間違いなくあんたは、安静にするべきよ! 代わりの者にやらせればいいでしょ?」 「いや……そういう訳にもいかないさ。この緊急時に俺まで寝ちまう訳にもいかない。そうだろ? それに、俺にしか出来ないことだからな」  必死に一刀を説得しようとする詠に一刀は今できる精一杯の笑顔を向けて宥める。  笑顔といっても、顔に脂汗を浮かべ、僅かに口の端をつり上げる程度の笑みと呼べるかも疑わしい表情ではあるが。  頑なに拒む一刀にどうしたものかといった様子で悩む詠。彼女は一刀の言葉で何かに気づいたらしくぽつりと漏らす。 「もしかして……だとしたら、確かにあんたにしか出来ないわね……」 「詠もわかったみたいだな。そうさ、俺には大層な二つ名がある。こいつが役に立つときが来たってことだよ」  一刀は知っている。自らに付けられ、民たちから称されるもう一つの名前――それが持つ魔力の程を。そして、その使い道を。 「……でも」  一刀の考えを察したが、未だ納得のいかないらしい詠が食い下がろうとする。 「詠……行かせてやるべきだ。そら、私たちにつかまれ一刀」 「まったく、主はしかたがありませんな……ふふ、まぁ、そこが良いところでもあるわけなのですが」 「!?」 「はは……すまないな。華雄、星」  詠が制止しようと声をかけるのを遮り、ふらふらと前進し続ける一刀をいつの間にか現れた華雄と星の二人が両脇から支えた。  華雄も星も、どこか呆れたような表情で一刀を見、そして詠を見る。口には苦笑を浮かべながら。 「きっと、この方には何を言っても無駄なことだぞ。詠」 「その通りだ。何気に頑固だからな一刀は」  二人の言葉に合わせ、一刀も自嘲した笑みを漏らす。 「そういことだ……悪いな。詠」 「……わかったわ。その代わり、終わったらすぐ戻って安静にしなさいよ」  その言葉に、一刀はただ手を挙げて応えた。  正確には、声を出せなかった。先程までは強気な発言ばかりしていたが、一刀の心の中は、弱音であふれかえっていた。それが口から漏れてしまいそうだったがために一刀は声を出すことはしなかった。  一刀が、これから行おうとしていること、それが彼自身の存在を消す程のものだと彼には確信めいたものがある。そして、それは皮肉にも、彼の考えていることが公孫賛軍を救う手としては間違いないものであることを証明していた。  だからこそ、一刀は頑張れる。そして起こっている動揺をも隠し通せている……。 (はは、おかしいよなぁ……覚悟は出来ていたと思ってたはずなのに。やっぱり、怖いんだな……俺は……でも、これだけ"邪魔"が入るんだ。なら、俺の選択は間違いじゃない!)  か弱い乙女のように怯えている自分の心に苦笑しつつ、一刀は決意を固めた。  そして、今、一世一代の大舞台へ向けて歩み行く。  詠たちに兵の召集を任せ、一刀たちは兵たちの召集先へと向かっていた。 「しかし、主よ。詠も言っていましたが、くれぐれもご自分を大事になさってくだされ」 「まったくだ。詠でなくともお前は危なっかしくて放っておけんぞ」  二人の苦言に一刀はただ苦笑いで頷くことしかできなかった。何故なら、彼女たちの瞳にうつる動揺を目にしてしまったから。  そんなものを見せられては、一刀には何も言うことなどできない。ただ、二人の想いを受け止めることしか出来なかった。  そして、兵たちが集まっている場所の近くへと到着すると、 「よし、二人ともここまででいいよ」  一刀は二人の方へ視線を向けることなくそう告げる。 「本当にここまでで大丈夫なのか?」 「華雄よ、察してやれ。主が我々に支えられたまま姿を現せばどうなる?」  不安そうに尋ねる華雄に対して星が代わりに答える。ただ、その表情に関しては華雄と同じものを浮かべているのだが……。 「まぁ、そういうことだから。二人ともありがとうな」  そう二人に感謝を述べて、一刀はその顔に浮かぶ脂汗を拭い去り、両頬を張って体に気合いを込めて自らの脚で歩き、集まっている兵たちの前へと出ていった。  兵たちの前へと出た一刀は、改めて集まった兵たちを見渡す。 (これは、すごいな……これだけの兵が白蓮の元に集まってたんだな)  だが、そんな兵たちも今はざわめきだって静まる様子がない。それは急遽、召集されたため、というよりは公孫賛軍の現状にあるように思えた。  一刀は、それを感じつつも胆に力を込め目一杯の大声で叫ぶ。 「……静かにしろぉ!」  一刀は、幽州に降り立ってから発したことがないであろう程の怒声ともとれる大声をあげた。そして、聞く側である兵たちもまた、そんな彼の声を聞いたのは初めてである。  故に、その体を硬直させてしまう。ただ、その理由には普段とは異なる雰囲気を身に纏い、一刀が滅多に見せることのない表情をしていることによるものも含まれている。  動揺し、ざわめいていた兵たちが静まりかえったのを確認した一刀は咳払いをし、口を開け、静かに語り出す。 「もう、ここにいる人たちの多くが知っていると思うが……みんなが主と仰いでいる公孫伯珪が病に倒れ、今、病魔と戦っているんだ……だから、みんなが動揺してしまうというのもわからないでもない。なにせ、敵はあの袁紹。界橋での戦いで見たとおり、かなりの軍勢でやってきている。その上、呂布軍までもがそれに合流している。そして……先も述べたとおり、こちらは指揮を執るべき彼女が倒れてしまった。それらの点からしてもこちらの状況は……決して良いとは言えないんだからな……」  その言葉に、兵たちの誰かが息をのむ音が聞こえる。  それを気にせずに一刀は深く息を吸い込む。そして力一杯の声とともに吐き出す。 「だが! 敵を恐れるな! 不安を抱くな!」  話を聞いていた兵たちの表情はいまだ曇ったまま。今の言葉だけでは無理がある、それは一刀本にも分かる。だからこそ一刀は言葉を綴り続ける。 「現状を嘆くな! いいか……みんなよく聞いてくれ。何故、俺が"ここ"にいるのかわかるか? 俺が天より、幽州の地に、この軍に遣わされたのは、この日、このとき、この戦いのためなんだ! みんなを身を心を、そして……魂すらもかけて守る彼女の代わりとなるためになんだ!」  普段からは想像することすら叶わぬほどの気迫を放つ一刀。その様子を見て、誰が彼の体調不良を見破れるだろうか? いや、誰も見破れない。その証拠に、一刀の言葉とその様子につられて、徐々に兵たちの顔に生気が戻り始めている。  だが、その現象を起こしている一刀本人は話すことに夢中で気づいていない。 「公孫に集いし英雄たちよ! 幽州を、自分たちの国を、家族を、愛する者を守ろうと立ち上がった勇かんなる者たちよ! この俺……天の御使いはこの地に遣わされた! その事実だけで、どちらに天命があるのかみんなならわかるはずだ! そうさ、みんなにあるんだ! だから、恐れるな、気後れするな、この北郷一刀を形成する全てがみんなを勝利へと導いてみせる! だから、みんな! 今一度その胸の奥底に仕舞い込んでしまった心の矛を抜き放って、その手に握り直し、守るべきもののため、振りかざせ!」  そう言うと一刀は、この戦の始まりに白蓮より預かった"普通の剣"を振りかざす。  一刀は気づかないが、その剣のおかげか彼の姿が兵たちの主である彼女と重なる。  そして、一刀の号令に続いて兵たちの怒声があたりを埋め尽くすように響き渡る。真正面から受ける一刀も彼らの気迫に押されそうになるが、それに耐えて全身で受け止める。  そんな歓声に満足した一刀はすぐに指示を出す。 「それじゃあ、各員、持ち場に戻ってくれ!」  兵たちは、その言葉におう、と力強く答え各自移動を開始したのだった。  盛り上がっている兵たちの姿を見送りながら一刀は、諸将の元へと歩み寄る。  そして、そこで一刀の気が抜けた。そのせいで、脚がもつれ体制が崩れる。  その瞬間、一刀の体を誰かが受け止めた。 「よう頑張ったな。一刀」  豊満な胸にもたれかかりながら一刀が顔を上げると、霞が穏やかな微笑を浮かべている。 それに対し、一刀も笑みを浮かべる。瞬間、一刀の額に汗がどっと溢れ出る。 「……なんとか、成功したみたいだな」 「なかなかに凛々しいお姿でした。ふふ……惚れ直しましたぞ、主」  星はそう言って、霞にしな垂れたままの一刀の両肩を後ろからそっと抱きかかえるようにつかみ、霞から引き離した。  離された際、霞が僅かに名残惜しそうな顔をしているように見えたが、それは自分の視界が霞かけているからだろう。などと考えながら、一刀は周りへと視線を向ける。 「まったく、こんなにふらふらして危うい奴と先程まで稟とした言を兵たちに投げかけていた男が同一人物とは思えんな」  そう言った華雄は苦笑半分、驚き半分といった様子で一刀を見ている。 「はらはらしっぱなしだったわよ。でもまぁ、ボクもよくやったとは思うわ」  やれやれと言った様子でため息を吐く詠。だが、その顔はどこか明るい。  そこで、一刀は気がついた。自分の言葉は、兵たちだけではなくこの少女たちの士気すらも上げることが出来たのだと。 「さぁ、ウチらも準備といこか」 「そうね。でも、その前にあんたを休ませないとね」  そう言って、詠たちは一刀を休ませるために移動の準備をする。連れてきたときと同じように星と華雄が一刀の両腕を担ぐ。 「……待ってくれないか」  担がれながら一刀は多少弱っているものの芯の通った声で告げた。 「何? まだなにかあるの?」  少女たちは、進めようとしていた歩を止めて一刀の方を見る。 「悪いが、俺にはまだやることがある……だから休むわけにはいかない」  至って真剣な表情でそう告げる一刀。だが、その体はやはり危ういとしか言いようがないほどに弱々しい。  そして、その姿を先程から見続けている彼女たちに彼の言葉に頷くことなど到底出来るわけがなかった。 「これ以上の無理を私たちが許すと想うか……?」  その声の方に目を向けると、華雄が睨み付けるように一刀を見つめている。  よく見れば、他の面々も不満をその胸に抱いているのがよく分かる表情をしている。 「まぁ、俺がみんなの立場ならやっぱり駄目だとは思う……だけど」  そこで区切って、一刀はゆっくりと息を吸って気を引き締める。 「俺が招いたことの後処理なんだ。だから……俺がきっちりと後始末をしなきゃならないんだ。わかってくれ」  今できうる限りの真剣な表情で全員を見回す。 「……それは、本当にやらなきゃならないことなわけ?」 「あぁ、それをやればこの戦況を変えることも出来る……はずだ」  先程から、一刀は体調不良に襲われ続けている。そのため、顔色も優れていない。その上、息も荒くなっている。だが、それにも関わらず一刀は強い口調で喋り続ける。  その様子を見て、詠がため息をついた。 「はぁ……とりあえず何をしようとしているのかだけは聞くわ。みんなもそれでいい?」  そう言って、詠は周りを確認する。それに対して、三人とも肯定の意をあらわすように頷いて返した。それを見た詠が一刀に向かって頷く。  それを切欠に一刀は口を開いた。 「それじゃあ、言わせもらうぞ。俺は……呂布に会おうと思ってる」  その言葉に、星を覗く元董卓軍の面々がぴくりと反応する。 「れ……呂布に会うってどういつもりよ!」 「さすがにそれはあかんて、ウチも絶対に反対や!!」 「馬鹿なのか、それとも死にたいのかお前は?」  三者三様、それぞれの言葉で否定される。そんな中、星だけは何も言わない。 「……」 「星はどうなんだ? やっぱり反対なのか?」  一刀は、ただ黙って自分を見つめているだけで一切返答を述べない星にも尋ねる。 「……私は別に良いかと」  星はただ一言、迷いもなくそう告げた。 「ちょ、ちょっと。ほ、本気なの? こんな死にに行こうとしてるとしか思えないような考えを認めるって言うの!」  詠が迫るように星に聞き返す。だが、詠の迫力程度では動じることもないのか星はただ黙ってこくりと頷くだけだった。それでも食ってかかろうとする詠を霞が宥める。 「……まぁ、星だって馬鹿でも阿呆でもない。何か思うところがあるんやろ? どや、違うか星?」 「あぁ、霞の言うとおりだ。実はな……主はかつて呂布を退却させたことがあるのだ」 「嘘……恋を退かせた? そんな……」  唖然とした様子で呟く詠。思わず呂布の真名を言ってしまっているのだが、それにも気づいていない。彼女がいかに動揺しているかがその様子から窺い知ることができる。 「そういや、何かやっとたな一刀」  虎牢関でのことを思い出したのか霞がそう告げる。それに対して華雄は不思議そうに首を傾げる。 「む? あの時、お前は私と一騎打ちをしていたはずではなかったか?」  それだけ言うと、華雄は一人考え込んでしまった。 「まぁ、華雄は置いとくとして、それで、ホンマなんか一刀?」  一人悩む華雄には触れずに投げかけられた質問に一刀もまた華雄を無視して答える。 「あぁ、一応本当だよ」  一刀は苦笑混じりに答えると、詠がギョッとした顔をする。そして彼女は、恐る恐るといった様子で疑問を口にする。 「一体、どうやって……」 「あぁ、それなんだけどな――」 「そうかぁ、霞! お前、あの時油断したのは一刀たちを見たからだったのだな!」  いざ、語ろうとした一刀を遮り華雄が大声を上げる。  あまりの事に一同唖然となるがすぐに、霞が華雄にツッコミを入れる。 「あぁっと……華雄? その話はまた後っちゅうことにしいや。今は真剣な話の途中なんや。せやから、あんたは黙っとき!」  そう言うと、霞は華雄の額に手刀を炸裂させた。ズビシッという小気味いい音が宙へと舞った。  そのやり取りに置いてけぼりをくらいそうになったものの、咳払いをして気を引き締め直した一刀は、言葉を選びながらその時の事を簡潔に述べた。そして、それに続けてその出来事と洛陽でのことの関係についても説明をした。  それらの話を聞いた詠は、驚きながらも納得したように頷いた。 「ということは、その時のことと、洛陽でのことが重なってこうなったってことね?」 「あぁ、それで間違いなだろうな」 「そんで、一刀が責任を取るってゆうとったんか」 「さて、これで私が主の行動を許そうと言った理由が分かっただろう?」  そう言って、星は華雄へと視線を向ける。それに対して、華雄は感心したように何度も頷いている。 「うむ、そうだな。というか、こうやって改めて一刀の考えの詳細を知ると、実はいかにも一刀らしい考えであったのだと気づかされるものではないか」  そんな華雄の反応に満足した星は確認を取るように残りの二人へも順々に視線を向けていく。詠も霞もそれに対してそれぞれの言葉で事情を把握した趣を伝えた。 「よし、それじゃあ。すぐにでも……」 「待ちなさいって」  さっそく、行かんとする一刀を詠が引き留める。後襟の部分を捕まれたせいか一刀の首が絞まり、鶏を絞め殺したような声が一刀の口から漏れた。 「けほっけほっ、何すんだ詠!」 「ちゃんと、他人の話は最後まで聞きなさいよ」  一刀が不満たらたらな様子で詠に食いつこうとするが、詠に軽くあしらわれる。  そんな一刀の不満げな様子など気にもとめず詠は話を続ける。 「彼女は恐らく、今ものすごい怒りに支配されているはずよ。だから、そう簡単にはいかないわね」  そもそも呂布も怒りを覚えているからこそ一刀を狙い、討つためにこの戦場にその姿を現したのだ。故に、そう簡単に一刀と話をしようとはしないだろう、というのが詠の考えである。 「まぁ、俺もそうだろうとは思うさ。でも――でもやらずにはいられない。それに」  そこで、一刀は一呼吸入れる。そして、一気に自分の意思を伝える。 「それに、俺はこの戦いから無事にみんなを生還させるためなら、どんな犠牲をもいとわない覚悟だ!」 「一刀!」 「主!」 「ま、まさか……あんた!?」 「それは、いかんぞ!」  一刀の言葉からその意味を察し彼女たちは一刀へと視線を集中させる。それをものともせずに一刀はだめ押しの言葉を口にした。 「そうさ、俺の命だろうと――」  その瞬間、辺りに乾いた音が響き渡る。 「いってて、何するんだ……詠」  頬を抑えながら詠を見やる一刀。だが、すぐにその視線は地へと移してしまう。  それも致し方ないこと、なにせ、目の前の少女の顔が修羅のような憤怒の表情を浮かべているのだから。 「このバカ……自分が何を言ってるかわかってるの!」 「……悪い軽率すぎた」  詠の剣幕に劣らぬ他の三人の様子に一刀はただ謝ることしかできない。  何故なら、彼が先の発言をした理由を述べるわけにはいかなかったから。  一刀は、自分の存在がもうすぐ消えるものであることを知っている。故に、どこで命を落とそうと関係ない……そう思っていた。  そんなこと彼女たちに言えるわけがない。  そして、頬を張られてようやく思い出す。目の前にいる少女たちが他人を進んで不幸にしようとは思っていないことを、皆それぞれが優しき心をもっていることを。  故に、一刀は軽率な発言だったと反省した。 「……いい、よく聞きなさい。ボクは絶対にあんたを死なせないわ」 「はは……悪い。不安にさせちゃったな、詠」  素直に謝罪の意を述べる一刀。すると、何故か詠の顔が真っ赤になる。 「バ、バカ! 別にボクがどうこうじゃないの! ただ、北平に戻ったときに月が悲しむだろうと思って……だから、その……」  捲し立てるように喋り続ける詠。混乱しているのか途中からごにょごにょと何を言ってるのか聞き取れないくらいの小声になっている。 「え、詠?」 「まぁ、それはともかくや」  挙動不審な動きをする詠に声をかけようとする一刀を霞が制する。 「一刀、あんたはウチが守ったる」 「え?」  突然の霞の言葉に一刀は戸惑う。 「せやから、ウチもあんたと一緒に行くって言うとんのや」 「でも……いいのか?」  霞の提案にどうしたものかと詠に視線で問いかける。 「別にボクだって、あんたに……てほしくないとは思ってるけど――へ? あ!?」  どうやら、詠は未だに自分の世界に入り浸り、独り言を呟いていたようだ。だが、霞と一刀の視線に刺されてようやく正気に戻った。  そして、詠がわざとらしい咳払いをして今一度聞き直してくる。 「こほん、えぇと、何の話だったかしら?」 「いや、だから霞が俺の護衛をするって……」 「あ、あぁ……そうだったわね。そうね、霞なら最適じゃないかしら?」  その言葉に、他の二人も興味深そうにしている。それを感じ取ったのか、詠は理由説明を始めた。 「まず、呂布と話し合いを出来るようにするなら、顔見知りの方がいいわ。説得もしやすいでしょ。そうなると星には頼めない」  星は、それに対してその通りだというように頷く。 「次に、本格的な討ち合いをするわけじゃないからある程度は冷静さをもってなきゃ駄目なわけ。だから――」 「おい、そこで何で私を見る!」  言葉を止めて自分を見てくる詠に怒気を込めた声で反応する華雄。 「いえ、これは言うまでもないわね。まぁ、以上の点から霞が妥当だと判断したわ」 「成程、さすがは詠。素早い判断だな」 「フンッ、これくらいボクにとってはたいしたことないわよ」  一刀の正直な賞賛の言葉に詠は、顔を朱に染めてそっぽを向いてしまった。 「詠は、ホンマ素直やないなぁ」 「な、何言ってるのよ」  チシャ猫のような顔で詠をからかう霞。そんな二人のじゃれ合いを一刀が微笑ましく見ていると。何か禍々しい気が一刀を襲う、何だろうと振り返ると。 「何が『成程』だ! 私は認めぬぞ!」  華雄が怒っていた。その華雄に星が歩み寄って声を掛ける。 「華雄、勘違いするでない。我らは主の帰ってくる場所を守るのに適していると判断されたまでのことだ」 「そうか、うむ! 確かに我が武から言えばそうだろうな」  星の言葉を聞くやいなやすっかりご機嫌な表情を浮かべる華雄。  彼女のあまりの単純さに一刀も苦笑いを浮かべるしかなかった。 「さぁさぁ、お喋りはここまでにしてすぐに準備にかかるとしようや」 「そうね、それじゃあ早いとこ霞たちはすぐに出る準備を、ボクたちは守城戦の準備をするとしましょう」  その言葉に、それぞれ強めに返事を返した。  そして、それぞれが各々のなすべき事のために動き始める。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 整形版はここからです。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「無じる真√N19」  倒れた白蓮の様子を見に行っていた一刀はその最中、詠に呼び出された。  その詠に連れ出された先には、軍の主要な人物たちがそろっていた。 「みんな、揃ってるみたいだな」  集まった一同を見渡してそれを確認し、詠の呼び出しが軍全体に関わることなのだと一 刀も把握した。 「えぇ、我々も詠に呼ばれましてな」 「そうだ、本当は袁紹軍の動きを軽快していなくてはならないのだがな。なんでも急を要 することと言われ、ここに来たのだ」  一刀の言葉に、それぞれの反応を見せる星と華雄。 「そんなことより、詠。一体何の話や? っちゅーても薄々はわかるんやけど」 「……まぁ、きっとみんなここに来るまでに気づいてるだろうとはボクも思う。でも、ず っと城内にいて白蓮の見舞いに行っていたやつもいるからね。一応説明をするわ」  間違いなく自分のことなんだろうなぁ、等とどこか気楽に、そんなどうでもいいことを 考える一刀。  だが、詠の言葉を聞いた一同の反応が、僅かに顔を曇らせるといったもので統一されて いることに気づくと、その表情を引き締める。  そして、この場にいる者たちが真剣な表情となったのを確認した詠が口を開く。 「それじゃあ、いいわね。まず、敵に増援が現れたのは知ってるわね?」 「あぁ、呂布の軍だな」  詠の言葉に確認するように華雄が答える。その返答に頷き、詠は話を続けていく。 「そして、突然起きた白蓮の戦線離脱」  一刀は、思い出す。軍議中、徐々に様子がおかしくなり最後は床に伏した彼女の姿を。  倒れる瞬間の彼女は、まるで徐々に地へと倒れていくように見えた。そして、その光景 が目に焼き付き、何故、白蓮の体調不良に気づけなかったのか、自分は彼女の側にいたじ ゃないか、と一刀は自責の念に駆られていた。  そんな一刀にちらりと詠が視線を向けてくる。それは、どこか心配という感情を含んで いるように見えた。なので一刀は、何でもない、と手を振って答えた。 「そう……ならまぁ、いいけど。それで、何が言いたいかというと。軍全体の士気が滅茶 苦茶なことになってるわ。さすがに事が大きすぎたせいなのかしらね、下がり具合が半端 じゃないわ」  そう言う詠の顔は渋いものとなっている。いや、彼女だけでなくこの場にいる者たちの ほとんどが同じ顔をしている。  そこで、一刀はとある考えを思いついた。そして、それをここにいる者たちに伝えるた め口を開く。 「――わかった」  神妙な面持ちのまま詠たちが、一刀の方へと視線を向ける。彼女たちのどこか訝るよう であり、希望を求めるような視線をその一身に受けながら一刀はその内に策ありという趣 の言葉を伝える。 「士気を高める方法に関しては案がある。俺に任せてくれないか?」 「本当に? 大丈夫なんでしょうねぇ」  詠が疑問を投げかけてくる。恐らくこの場の誰しもが思っていることだろう。それに対 し一刀はただ黙ってこくり、と頷いて答える。そして、 「何とかしてみせるさ……白蓮のためにも、みんなのためにも」  その言葉を残し、一刀は立ち上がる。そして、場を後にする。そして、その軍議の間か ら出た瞬間、一刀の身体を例の体調不良が襲う。以前の時と比べ、経験済みだからなのか 多少の踏ん張りを聞かせることが出来た。とはいえ、未だ足下はおぼつかない。 「ちょ、ちょっと、あんたも調子悪かったの?」 「お、おい、一刀! あんま無理したらあかんて」  一刀後に続いて退出してきた霞と詠が、扉のすぐ側でふらついている一刀を見つけ慌て て駆け寄る。 「何をする気かしらないけど、間違いなくあんたは、安静にするべきよ! 代わりの者に やらせればいいでしょ?」 「いや……そういう訳にもいかないさ。この緊急時に俺まで寝ちまう訳にもいかない。そ うだろ? それに、俺にしか出来ないことだからな」  必死に一刀を説得しようとする詠に一刀は今できる精一杯の笑顔を向けて宥める。  笑顔といっても、顔に脂汗を浮かべ、僅かに口の端をつり上げる程度の笑みと呼べるか も疑わしい表情ではあるが。  頑なに拒む一刀にどうしたものかといった様子で悩む詠。彼女は一刀の言葉で何かに気 づいたらしくぽつりと漏らす。 「もしかして……だとしたら、確かにあんたにしか出来ないわね……」 「詠もわかったみたいだな。そうさ、俺には大層な二つ名がある。こいつが役に立つとき が来たってことだよ」  一刀は知っている。自らに付けられ、民たちから称されるもう一つの名前――それが持 つ魔力の程を。そして、その使い道を。 「……でも」  一刀の考えを察したが、未だ納得のいかないらしい詠が食い下がろうとする。 「詠……行かせてやるべきだ。そら、私たちにつかまれ一刀」 「まったく、主はしかたがありませんな……ふふ、まぁ、そこが良いところでもあるわけ なのですが」 「!?」 「はは……すまないな。華雄、星」  詠が制止しようと声をかけるのを遮り、ふらふらと前進し続ける一刀をいつの間にか現 れた華雄と星の二人が両脇から支えた。  華雄も星も、どこか呆れたような表情で一刀を見、そして詠を見る。口には苦笑を浮か べながら。 「きっと、この方には何を言っても無駄なことだぞ。詠」 「その通りだ。何気に頑固だからな一刀は」  二人の言葉に合わせ、一刀も自嘲した笑みを漏らす。 「そういことだ……悪いな。詠」 「……わかったわ。その代わり、終わったらすぐ戻って安静にしなさいよ」  その言葉に、一刀はただ手を挙げて応えた。  正確には、声を出せなかった。先程までは強気な発言ばかりしていたが、一刀の心の中 は、弱音であふれかえっていた。それが口から漏れてしまいそうだったがために一刀は声 を出すことはしなかった。  一刀が、これから行おうとしていること、それが彼自身の存在を消す程のものだと彼に は確信めいたものがある。そして、それは皮肉にも、彼の考えていることが公孫賛軍を救 う手としては間違いないものであることを証明していた。  だからこそ、一刀は頑張れる。そして起こっている動揺をも隠し通せている……。 (はは、おかしいよなぁ……覚悟は出来ていたと思ってたはずなのに。やっぱり、怖いん だな……俺は……でも、これだけ"邪魔"が入るんだ。なら、俺の選択は間違いじゃない!)  か弱い乙女のように怯えている自分の心に苦笑しつつ、一刀は決意を固めた。  そして、今、一世一代の大舞台へ向けて歩み行く。  詠たちに兵の召集を任せ、一刀たちは兵たちの召集先へと向かっていた。 「しかし、主よ。詠も言っていましたが、くれぐれもご自分を大事になさってくだされ」 「まったくだ。詠でなくともお前は危なっかしくて放っておけんぞ」  二人の苦言に一刀はただ苦笑いで頷くことしかできなかった。何故なら、彼女たちの瞳 にうつる動揺を目にしてしまったから。  そんなものを見せられては、一刀には何も言うことなどできない。ただ、二人の想いを 受け止めることしか出来なかった。  そして、兵たちが集まっている場所の近くへと到着すると、 「よし、二人ともここまででいいよ」  一刀は二人の方へ視線を向けることなくそう告げる。 「本当にここまでで大丈夫なのか?」 「華雄よ、察してやれ。主が我々に支えられたまま姿を現せばどうなる?」  不安そうに尋ねる華雄に対して星が代わりに答える。ただ、その表情に関しては華雄と 同じものを浮かべているのだが……。 「まぁ、そういうことだから。二人ともありがとうな」  そう二人に感謝を述べて、一刀はその顔に浮かぶ脂汗を拭い去り、両頬を張って体に気 合いを込めて自らの脚で歩き、集まっている兵たちの前へと出ていった。  兵たちの前へと出た一刀は、改めて集まった兵たちを見渡す。 (これは、すごいな……これだけの兵が白蓮の元に集まってたんだな)  だが、そんな兵たちも今はざわめきだって静まる様子がない。それは急遽、召集された ため、というよりは公孫賛軍の現状にあるように思えた。  一刀は、それを感じつつも胆に力を込め目一杯の大声で叫ぶ。 「……静かにしろぉ!」  一刀は、幽州に降り立ってから発したことがないであろう程の怒声ともとれる大声をあ げた。そして、聞く側である兵たちもまた、そんな彼の声を聞いたのは初めてである。  故に、その体を硬直させてしまう。ただ、その理由には普段とは異なる雰囲気を身に纏 い、一刀が滅多に見せることのない表情をしていることによるものも含まれている。  動揺し、ざわめいていた兵たちが静まりかえったのを確認した一刀は咳払いをし、口を 開け、静かに語り出す。 「もう、ここにいる人たちの多くが知っていると思うが……みんなが主と仰いでいる公孫 伯珪が病に倒れ、今、病魔と戦っているんだ……だから、みんなが動揺してしまうという のもわからないでもない。なにせ、敵はあの袁紹。界橋での戦いで見たとおり、かなりの 軍勢でやってきている。その上、呂布軍までもがそれに合流している。そして……先も述 べたとおり、こちらは指揮を執るべき彼女が倒れてしまった。それらの点からしてもこち らの状況は……決して良いとは言えないんだからな……」  その言葉に、兵たちの誰かが息をのむ音が聞こえる。  それを気にせずに一刀は深く息を吸い込む。そして力一杯の声とともに吐き出す。 「だが! 敵を恐れるな! 不安を抱くな!」  話を聞いていた兵たちの表情はいまだ曇ったまま。今の言葉だけでは無理がある、それ は一刀本にも分かる。だからこそ一刀は言葉を綴り続ける。 「現状を嘆くな! いいか……みんなよく聞いてくれ。何故、俺が"ここ"にいるのかわか るか? 俺が天より、幽州の地に、この軍に遣わされたのは、この日、このとき、この戦 いのためなんだ! みんなを身を心を、そして……魂すらもかけて守る彼女の代わりとな るためになんだ!」  普段からは想像することすら叶わぬほどの気迫を放つ一刀。その様子を見て、誰が彼の 体調不良を見破れるだろうか? いや、誰も見破れない。その証拠に、一刀の言葉とその 様子につられて、徐々に兵たちの顔に生気が戻り始めている。  だが、その現象を起こしている一刀本人は話すことに夢中で気づいていない。 「公孫に集いし英雄たちよ! 幽州を、自分たちの国を、家族を、愛する者を守ろうと立 ち上がった勇かんなる者たちよ! この俺……天の御使いはこの地に遣わされた! その 事実だけで、どちらに天命があるのかみんなならわかるはずだ! そうさ、みんなにある んだ! だから、恐れるな、気後れするな、この北郷一刀を形成する全てがみんなを勝利 へと導いてみせる! だから、みんな! 今一度その胸の奥底に仕舞い込んでしまった心 の矛を抜き放って、その手に握り直し、守るべきもののため、振りかざせ!」  そう言うと一刀は、この戦の始まりに白蓮より預かった"普通の剣"を振りかざす。  一刀は気づかないが、その剣のおかげか彼の姿が兵たちの主である彼女と重なる。  そして、一刀の号令に続いて兵たちの怒声があたりを埋め尽くすように響き渡る。真正 面から受ける一刀も彼らの気迫に押されそうになるが、それに耐えて全身で受け止める。  そんな歓声に満足した一刀はすぐに指示を出す。 「それじゃあ、各員、持ち場に戻ってくれ!」  兵たちは、その言葉におう、と力強く答え各自移動を開始したのだった。  盛り上がっている兵たちの姿を見送りながら一刀は、諸将の元へと歩み寄る。  そして、そこで一刀の気が抜けた。そのせいで、脚がもつれ体制が崩れる。  その瞬間、一刀の体を誰かが受け止めた。 「よう頑張ったな。一刀」  豊満な胸にもたれかかりながら一刀が顔を上げると、霞が穏やかな微笑を浮かべている。 それに対し、一刀も笑みを浮かべる。瞬間、一刀の額に汗がどっと溢れ出る。 「……なんとか、成功したみたいだな」 「なかなかに凛々しいお姿でした。ふふ……惚れ直しましたぞ、主」  星はそう言って、霞にしな垂れたままの一刀の両肩を後ろからそっと抱きかかえるよう につかみ、霞から引き離した。  離された際、霞が僅かに名残惜しそうな顔をしているように見えたが、それは自分の視 界が霞かけているからだろう。などと考えながら、一刀は周りへと視線を向ける。 「まったく、こんなにふらふらして危うい奴と先程まで稟とした言を兵たちに投げかけて いた男が同一人物とは思えんな」  そう言った華雄は苦笑半分、驚き半分といった様子で一刀を見ている。 「はらはらしっぱなしだったわよ。でもまぁ、ボクもよくやったとは思うわ」  やれやれと言った様子でため息を吐く詠。だが、その顔はどこか明るい。  そこで、一刀は気がついた。自分の言葉は、兵たちだけではなくこの少女たちの士気す らも上げることが出来たのだと。 「さぁ、ウチらも準備といこか」 「そうね。でも、その前にあんたを休ませないとね」  そう言って、詠たちは一刀を休ませるために移動の準備をする。連れてきたときと同じ ように星と華雄が一刀の両腕を担ぐ。 「……待ってくれないか」  担がれながら一刀は多少弱っているものの芯の通った声で告げた。 「何? まだなにかあるの?」  少女たちは、進めようとしていた歩を止めて一刀の方を見る。 「悪いが、俺にはまだやることがある……だから休むわけにはいかない」  至って真剣な表情でそう告げる一刀。だが、その体はやはり危ういとしか言いようがな いほどに弱々しい。  そして、その姿を先程から見続けている彼女たちに彼の言葉に頷くことなど到底出来る わけがなかった。 「これ以上の無理を私たちが許すと想うか……?」  その声の方に目を向けると、華雄が睨み付けるように一刀を見つめている。  よく見れば、他の面々も不満をその胸に抱いているのがよく分かる表情をしている。 「まぁ、俺がみんなの立場ならやっぱり駄目だとは思う……だけど」  そこで区切って、一刀はゆっくりと息を吸って気を引き締める。 「俺が招いたことの後処理なんだ。だから……俺がきっちりと後始末をしなきゃならない んだ。わかってくれ」  今できうる限りの真剣な表情で全員を見回す。 「……それは、本当にやらなきゃならないことなわけ?」 「あぁ、それをやればこの戦況を変えることも出来る……はずだ」  先程から、一刀は体調不良に襲われ続けている。そのため、顔色も優れていない。その 上、息も荒くなっている。だが、それにも関わらず一刀は強い口調で喋り続ける。  その様子を見て、詠がため息をついた。 「はぁ……とりあえず何をしようとしているのかだけは聞くわ。みんなもそれでいい?」  そう言って、詠は周りを確認する。それに対して、三人とも肯定の意をあらわすように 頷いて返した。それを見た詠が一刀に向かって頷く。  それを切欠に一刀は口を開いた。 「それじゃあ、言わせもらうぞ。俺は……呂布に会おうと思ってる」  その言葉に、星を覗く元董卓軍の面々がぴくりと反応する。 「れ……呂布に会うってどういつもりよ!」 「さすがにそれはあかんて、ウチも絶対に反対や!!」 「馬鹿なのか、それとも死にたいのかお前は?」  三者三様、それぞれの言葉で否定される。そんな中、星だけは何も言わない。 「……」 「星はどうなんだ? やっぱり反対なのか?」  一刀は、ただ黙って自分を見つめているだけで一切返答を述べない星にも尋ねる。 「……私は別に良いかと」  星はただ一言、迷いもなくそう告げた。 「ちょ、ちょっと。ほ、本気なの? こんな死にに行こうとしてるとしか思えないような 考えを認めるって言うの!」  詠が迫るように星に聞き返す。だが、詠の迫力程度では動じることもないのか星はただ 黙ってこくりと頷くだけだった。それでも食ってかかろうとする詠を霞が宥める。 「……まぁ、星だって馬鹿でも阿呆でもない。何か思うところがあるんやろ? どや、違 うか星?」 「あぁ、霞の言うとおりだ。実はな……主はかつて呂布を退却させたことがあるのだ」 「嘘……恋を退かせた? そんな……」  唖然とした様子で呟く詠。思わず呂布の真名を言ってしまっているのだが、それにも気 づいていない。彼女がいかに動揺しているかがその様子から窺い知ることができる。 「そういや、何かやっとたな一刀」  虎牢関でのことを思い出したのか霞がそう告げる。それに対して華雄は不思議そうに首 を傾げる。 「む? あの時、お前は私と一騎打ちをしていたはずではなかったか?」  それだけ言うと、華雄は一人考え込んでしまった。 「まぁ、華雄は置いとくとして、それで、ホンマなんか一刀?」  一人悩む華雄には触れずに投げかけられた質問に一刀もまた華雄を無視して答える。 「あぁ、一応本当だよ」  一刀は苦笑混じりに答えると、詠がギョッとした顔をする。そして彼女は、恐る恐ると いった様子で疑問を口にする。 「一体、どうやって……」 「あぁ、それなんだけどな――」 「そうかぁ、霞! お前、あの時油断したのは一刀たちを見たからだったのだな!」  いざ、語ろうとした一刀を遮り華雄が大声を上げる。  あまりの事に一同唖然となるがすぐに、霞が華雄にツッコミを入れる。 「あぁっと……華雄? その話はまた後っちゅうことにしいや。今は真剣な話の途中なん や。せやから、あんたは黙っとき!」  そう言うと、霞は華雄の額に手刀を炸裂させた。ズビシッという小気味いい音が宙へと 舞った。  そのやり取りに置いてけぼりをくらいそうになったものの、咳払いをして気を引き締め 直した一刀は、言葉を選びながらその時の事を簡潔に述べた。そして、それに続けてその 出来事と洛陽でのことの関係についても説明をした。  それらの話を聞いた詠は、驚きながらも納得したように頷いた。 「ということは、その時のことと、洛陽でのことが重なってこうなったってことね?」 「あぁ、それで間違いなだろうな」 「そんで、一刀が責任を取るってゆうとったんか」 「さて、これで私が主の行動を許そうと言った理由が分かっただろう?」  そう言って、星は華雄へと視線を向ける。それに対して、華雄は感心したように何度も 頷いている。 「うむ、そうだな。というか、こうやって改めて一刀の考えの詳細を知ると、実はいかに も一刀らしい考えであったのだと気づかされるものではないか」  そんな華雄の反応に満足した星は確認を取るように残りの二人へも順々に視線を向けて いく。詠も霞もそれに対してそれぞれの言葉で事情を把握した趣を伝えた。 「よし、それじゃあ。すぐにでも……」 「待ちなさいって」  さっそく、行かんとする一刀を詠が引き留める。後襟の部分を捕まれたせいか一刀の首 が絞まり、鶏を絞め殺したような声が一刀の口から漏れた。 「けほっけほっ、何すんだ詠!」 「ちゃんと、他人の話は最後まで聞きなさいよ」  一刀が不満たらたらな様子で詠に食いつこうとするが、詠に軽くあしらわれる。  そんな一刀の不満げな様子など気にもとめず詠は話を続ける。 「彼女は恐らく、今ものすごい怒りに支配されているはずよ。だから、そう簡単にはいか ないわね」  そもそも呂布も怒りを覚えているからこそ一刀を狙い、討つためにこの戦場にその姿を 現したのだ。故に、そう簡単に一刀と話をしようとはしないだろう、というのが詠の考え である。 「まぁ、俺もそうだろうとは思うさ。でも――でもやらずにはいられない。それに」  そこで、一刀は一呼吸入れる。そして、一気に自分の意思を伝える。 「それに、俺はこの戦いから無事にみんなを生還させるためなら、どんな犠牲をもいとわ ない覚悟だ!」 「一刀!」 「主!」 「ま、まさか……あんた!?」 「それは、いかんぞ!」  一刀の言葉からその意味を察し彼女たちは一刀へと視線を集中させる。それをものとも せずに一刀はだめ押しの言葉を口にした。 「そうさ、俺の命だろうと――」  その瞬間、辺りに乾いた音が響き渡る。 「いってて、何するんだ……詠」  頬を抑えながら詠を見やる一刀。だが、すぐにその視線は地へと移してしまう。  それも致し方ないこと、なにせ、目の前の少女の顔が修羅のような憤怒の表情を浮かべ ているのだから。 「このバカ……自分が何を言ってるかわかってるの!」 「……悪い軽率すぎた」  詠の剣幕に劣らぬ他の三人の様子に一刀はただ謝ることしかできない。  何故なら、彼が先の発言をした理由を述べるわけにはいかなかったから。  一刀は、自分の存在がもうすぐ消えるものであることを知っている。故に、どこで命を 落とそうと関係ない……そう思っていた。  そんなこと彼女たちに言えるわけがない。  そして、頬を張られてようやく思い出す。目の前にいる少女たちが他人を進んで不幸に しようとは思っていないことを、皆それぞれが優しき心をもっていることを。  故に、一刀は軽率な発言だったと反省した。 「……いい、よく聞きなさい。ボクは絶対にあんたを死なせないわ」 「はは……悪い。不安にさせちゃったな、詠」  素直に謝罪の意を述べる一刀。すると、何故か詠の顔が真っ赤になる。 「バ、バカ! 別にボクがどうこうじゃないの! ただ、北平に戻ったときに月が悲しむ だろうと思って……だから、その……」  捲し立てるように喋り続ける詠。混乱しているのか途中からごにょごにょと何を言って るのか聞き取れないくらいの小声になっている。 「え、詠?」 「まぁ、それはともかくや」  挙動不審な動きをする詠に声をかけようとする一刀を霞が制する。 「一刀、あんたはウチが守ったる」 「え?」  突然の霞の言葉に一刀は戸惑う。 「せやから、ウチもあんたと一緒に行くって言うとんのや」 「でも……いいのか?」  霞の提案にどうしたものかと詠に視線で問いかける。 「別にボクだって、あんたに……てほしくないとは思ってるけど――へ? あ!?」  どうやら、詠は未だに自分の世界に入り浸り、独り言を呟いていたようだ。だが、霞と 一刀の視線に刺されてようやく正気に戻った。  そして、詠がわざとらしい咳払いをして今一度聞き直してくる。 「こほん、えぇと、何の話だったかしら?」 「いや、だから霞が俺の護衛をするって……」 「あ、あぁ……そうだったわね。そうね、霞なら最適じゃないかしら?」  その言葉に、他の二人も興味深そうにしている。それを感じ取ったのか、詠は理由説明 を始めた。 「まず、呂布と話し合いを出来るようにするなら、顔見知りの方がいいわ。説得もしやす いでしょ。そうなると星には頼めない」  星は、それに対してその通りだというように頷く。 「次に、本格的な討ち合いをするわけじゃないからある程度は冷静さをもってなきゃ駄目 なわけ。だから――」 「おい、そこで何で私を見る!」  言葉を止めて自分を見てくる詠に怒気を込めた声で反応する華雄。 「いえ、これは言うまでもないわね。まぁ、以上の点から霞が妥当だと判断したわ」 「成程、さすがは詠。素早い判断だな」 「フンッ、これくらいボクにとってはたいしたことないわよ」  一刀の正直な賞賛の言葉に詠は、顔を朱に染めてそっぽを向いてしまった。 「詠は、ホンマ素直やないなぁ」 「な、何言ってるのよ」  チシャ猫のような顔で詠をからかう霞。そんな二人のじゃれ合いを一刀が微笑ましく見 ていると。何か禍々しい気が一刀を襲う、何だろうと振り返ると。 「何が『成程』だ! 私は認めぬぞ!」  華雄が怒っていた。その華雄に星が歩み寄って声を掛ける。 「華雄、勘違いするでない。我らは主の帰ってくる場所を守るのに適していると判断され たまでのことだ」 「そうか、うむ! 確かに我が武から言えばそうだろうな」  星の言葉を聞くやいなやすっかりご機嫌な表情を浮かべる華雄。  彼女のあまりの単純さに一刀も苦笑いを浮かべるしかなかった。 「さぁさぁ、お喋りはここまでにしてすぐに準備にかかるとしようや」 「そうね、それじゃあ早いとこ霞たちはすぐに出る準備を、ボクたちは守城戦の準備をす るとしましょう」  その言葉に、それぞれ強めに返事を返した。  そして、それぞれが各々のなすべき事のために動き始める。