その噂が流布し始めたのは何時からだろうか…。 噂が流れ始めた当初は誰もが一笑に付した……噂の中心人物である俺と桃香でさえも。 それくらい馬鹿げた噂だったんだ。    だが、その認識は大きな間違いだった… 一部の民が噂を真に受け、示威運動…俗に言う“デモ”を起こし始めたんだ。 黄巾党の様に武装蜂起している訳では無い為、軍を動かすことは出来ない。 ……元から武力制圧をするつもりなんか無かったんだけど。 ただ、だからこそ俺達は必死になって説得した。 『誰もそんな事を望んじゃいない!』 『俺はそんな事を望んじゃいない!!』 しかし彼らに俺達の言葉が届く事は無かった。 むしろ俺が姿を現すことによって士気を高めてしまい、逆効果となってしまう始末。 彼らは声高に叫び続けた。 『 天の上に人は立たず! 天こそ王! 天王也! 』 爆発的に広まったその噂…否、国を蝕む病魔はやがて城内へも侵食を始めた。 三国間の戦を共に戦い抜いた将達については心配する必要は無かったが、 戦後に起用した文官、武官、兵士達の間では混乱が広がっている。 この混乱を収める為、俺と桃香は婚約を発表。 “人も天も王となる” その事を皆に在らしめる為の、言うなれば苦肉の策。 策とは言っても、俺の、桃香の、そして皆の気持ちを確認した上での真剣な発表だった。 だが、それは別の…新たな病魔を生み出した…。 『 人が天を飲み込もうとしている! 』 ………俺達の国はこんなにも脆かったのか? ………“天の御遣い”の名はこんなにも危ういものだったのか? その問いについて考える暇も無い程、俺達はがむしゃらだった。 政務に追われ、再び侵攻を開始した五胡と戦い、そして噂を沈静化する為に各地を奔走する日々……。 ギリギリの所で“国”を保っているものの、俺も…皆も…限界だった。 だから、俺は一つの決意を―――固めた。 真夜中。 予めしたためておいた書簡を玉座へと静かに置く。 この書簡で、蜀が救われる事を祈りながら…。 これから取る“最低な行動”で、愛する女性達を悲しませてしまう事に、深い謝罪の念を込めながら…。 そして 俺は 城から姿を消した。 ――――数週間後、蜀国内へ再び一つの噂が駆け巡っていた。 ――――『天の御使いが天へ還った』と……。