一刀の校長物語 Ep1〜奮闘編〜 第三話「一刀、捕まるのこと」 ―建寧・城下町 「・・・というわけで、学校建設に関する計画は以上です。 ご清聴どうもありがとうございました!」 交州にほど近いここ、建寧の町において俺は学校建設における説明を広場などで民たちにしていた。 蜀内において俺の名前と肩書きは伊達ではなく、成都からも結構離れているここでもその威力は発揮している。 町の人たちは立ち止まって、俺の話を聞いてくれる。多分、魏や呉だとこうはならないだろうなと思った。 ―あの日から今日で23日目 あれから俺は、色々準備をして学校建設に関することの利点と不利な点を説明するために 益州の都、邑を行脚してまわっていた。 昨日は雲南を回って、今日は最終地点の建寧である。 この間は怒涛の忙しさであったのはいうまでもない。 特に桃香から与えられたモノは、俺の中で一番厄介となるのだが・・・まだこのときは知る由もなく。 白帝から成都に帰還した翌日― 「御遣い様、いらっしゃいますか?」 朝方、国内行脚のため部屋へ篭っていた俺に侍女さんからお呼びがかかった。 「どうぞ〜。」 俺は扉のほうを見ず、筆を進めながら入室を促した。 「失礼します。劉備様がお呼びとのことです。」 ん?桃香が? そういえば、昨日俺が帰ってきたあとに桃香もすぐ帰ってきたらしいが、 今後の準備を昨日のうちからしている俺は特に気にしていなかった。 「わかった、ありがとう。」 俺がそういうと侍女さんは頭を下げ、部屋を出ていった。 俺は、筆を置き桃香のいる玉座の間に移動した。 ―玉座の間 「おはよう、桃香。なんか話があるって―」 俺は、朝の挨拶とともに桃香のほうへ近づこうとしたが、 「おはよう、ご主人様♪」 ものすごい笑顔の桃香に何かを感じた俺は、足を止めた。 な、なんだあの戦場で武将が見せる威圧感を髣髴とさせる笑顔は・・・ 「・・・んと、聞いたんだが・・・。」 俺は恐怖に取り憑かれるかのように、言葉を濁した。 「・・・朱里ちゃん♪説明よろしく♪」 横にいる朱里に説明を促すが、朱里も桃香の雰囲気が怖いのか青い顔をしていた。 「え、えと・・・。現在のご主人様の地位についてなのですが、 現状ではもうあまり意味を成さなくなっていると思います。」 俺の地位? 天の御遣いってやつか。 そういや、俺が桃香たちに会った時に天からの遣いとして、この戦乱の世を治めるという 名目でそう名乗っていた。 当時はまだまだ、弱小勢力であった劉備軍に天の御遣いという俺の風評を合わせ、規模は 少しずつ大きくなっていったよな。 まぁ、そこには途中から入ってきた朱里や雛里の策、仲間になってくれた子たちなども劉備軍が大きくなる礎にもなったが。 「あぁ、なるほど。」 俺は、そういうと、 「もう戦乱ではない今の世にこの天の御遣いというものは意味をなさなくなった・・・ってこと?」 自分の考えを朱里に問いかけた。 「さすがはご主人様です。もうすでに世は天下三分の計により三国同盟が成り立ち、 以前のような戦乱はありません。これこそまさに天の御遣いの本分はまっとうしたといえるでしょう。」 「それにより、まぁこれは市井にてごくわずかなところですが、このような噂があります。」 その噂とは、"戦乱の世はなくなった今、天の御遣いは天へと帰る"というものであった。 領土を拡大する間、俺たちは統治する邑や町での徴兵活動などで 度々、 "この戦乱の世を治めるため天が遣わした天の御遣いと人徳の相・劉備によってともに平和な世を目指そう" というキャッチフレーズで民たちに宣伝してまわっていた。 そのことに共感をしてくれた農民の次男、三男や町の勇気ある民たちが兵に加わり、 ともに現在の蜀と三国同盟という平定を作ってくれた。 では世が治まった後、天の御遣いはどうするのだろう? 民たちはそういう疑問を口々に話していたのだという。 そして、行き着く先は先ほど朱里が述べた噂となったということである。 「あともう一点。以前は慰撫と視察目的でよくご主人様は町を見回ったりなど 民の方たちとも交流はありましたが、先の戦の戦後復興や内政のお手伝いなどで ほとんど町に出ることはなくなってます。」 んー、そういえばそうだな。 この一年は特に色々と忙しくて、町にもほとんどいけていない。 「そして、現在は学校建設計画というわけです。 これを知らない民たちからすると、世が治まり姿を見せなくなった ご主人様がもしや帰る、もしくは帰ったのではという風に考えてしまってもおかしくはありません。」 それが今回の噂の種であると朱里は教えてくれた。 それはまずいな。 メールやインターネット、テレビなど情報媒体がないこの時代 かなり噂や風聞は有益な情報伝達となる。 今はごく僅かなところでの噂も、商人や旅人などにより喧伝され、 瞬く間に広がってしまうのは容易に想像ができる。 「桃香様は、そこに気づかれて私に相談してきました。」 そういうと、ビクビクと桃香のほうを向く。 ・・・おもったんだが、桃香はなんであんなに不機嫌なんだろう。 今もなお気持ち悪いくらいの笑顔でこちらを見ているが、纏っている空気は不機嫌オーラだ。 これほど見た目と中身がちぐはぐなのも珍しいものであった。 「そ♪で、朱里ちゃんと相談した結果ね?ご主人様には"天遣太師"になってもらうことにしたの♪」 天遣太師? なんだろうそれはという視線を朱里に向けると、 「太師というのは元々、帝が幼いことや事情により政ができないなどとした時に 帝に代わり政を行ったり、また帝の教育を行うなどの補佐という目的のために 作られた名誉職ともいえるものです。それを蜀という国で、王に置換えたものとしてのことです。」 「ようするに、俺は桃香の代わりもできるという・・・そういうことか?」 「蜀内において、ご主人様は桃香様も含め私たちの主。であるならば、 これ以上ぴったりな地位はないと桃香様が。そして、天の御遣いを略し、 天遣・・・これは容易に誰のことを示しているのかを判断するために付随しました。」 なるほど。 「言い得て妙なのが、"天の御遣いが王に代わり政治の補佐、また王の教育などを行うもの" としても捉えられるところもありますね。」 って、それって・・・。 「俺にも、王権があるってことになるんじゃないのか?それ。」 「そうだよ♪ご主人様。私の主なのに私にあって、ご主人様にないの不公平でしょ♪」 桃香は相変わらず、恐ろしい笑顔で俺にそう答えた。 「お、おいおい・・・。それって大丈夫なのか?」 「実質的な王の立場は桃香様にあり、桃香様が処理しきれない件において代わりにご主人様が それを補うためという意味では現在も国中からあがる報告や地方領主との謁見、視察や他の二国との外交など お忙しい桃香様には利点になります。その分、ご主人様にも少し比重が傾く恐れもありますが、現状では ご主人様が実行なされている活動をする分にはなんら問題はありません。」 ふむ。忙しい桃香を・・・か。 たしかに桃香は一年前に比べ、精力的に動いている。戦時中の陣内にて度々私にも戦える力があればという あのつぶやきを払拭するかのように。 そうだよな・・・。三国同盟により平定し、桃香にとっての戦は今ともいえるはずだ。 そしてその舞台は、政に変わり 戦乱の世を治める天の御遣いは、政の世を治める天の御遣い・・・つまりは天遣太師となるんだ。 俺の考えを読んだのだろう、朱里は 「きっとご主人様が想像しているとおりです♪また、先ほどの市井の広まったいなくなるという噂も このことをきっかけに収束へと向かい、民たちも安心するようになるでしょうね。」 そして、それは民たちにとっても同じことか。 そこまで考えられたものならば、何を考える必要があるのだろう。 現状では、自分のわがままで推し進めているような学校建設に 協力的な桃香への恩返しにもなるじゃないか。 「ああ、その役謹んで受けるよ。」 俺はそういうと、手のひらに拳を当て礼をした。 そして、俺は蜀王・劉備により天遣太師を賜った。 そんな中― 「ご主人様、ご主人様。」 俺は、用が済んだと思い退室しようとしたが 近寄ってきた朱里に耳打ちをされた。 「ご主人様、桃香様に謝罪したほうがいいですよ。」 小声でそういう朱里に俺は、 「え?な、なんかまずかったか?さっきの礼。」 朱里にあわせて、小声でそう問いかけた。 「そのことじゃないです。白帝城でご主人様、桃香様と何か約束・・・されてましたよね?」 朱里から答えを聞くと、 「・・・・・・・あ。」 俺は思い至った。 そして俺は、引き返そうと桃香のほうを見ると 「べ〜〜〜〜〜〜〜〜っだ!」 桃香は思いっきり、こっちにあっかんべーをしたのち、ふんっとそっぽを向いた。 そのあと、俺はただただ平謝りをしてなんとか許してもらった。 今思えば、太師のことを考えてそして自分と同等になるようにしたのもそのことがきっかけなのではないかと 朱里に質問したが、きっとそれもありますねという朱里の無情な返事に桃香の怒りをまざまざと感じるに至った。 そして、そのあとも準備は続いた。 だが、もう一つ問題があり俺の立ち位置が変わったため、 俺が動くということで将軍級のものが必ず護衛の任に当たらなくてはいけなくなった。 今までもそれは同じだが、現在では蜀の主要な将などは人員不足もあってかいっぱいいっぱいだった。 自由に動けるものがいない。そのため、主要な将以外で護衛の任に最も向いている者・・・ 呉へ交流目的のために向かわせていた恋たちを、ただちに呼び戻し俺の護衛として協力を仰いだ。 正式な将ではないのだが、桃香、また他の将も恋の実力と人柄を認めているため、 一切の反対意見はなかった。 恋は恋で、 「・・・ご主人様は恋のご主人様。だから・・・問題ない。」 とのことだ。 またその恋の付き添いとしていた月と詠も俺の世話役としてそのまま付き従うこととなった。 「まったくぅ、どうしてあたしたちまでこうして額に汗しなきゃいけないのよ!」 そういいながらも、詠は先ほどまで行っていた説明会場の撤去を手伝ってくれていた。 相変わらずというか、詠は重そうに荷物を荷車に載せながら愚痴る。 「詠ちゃん、ご主人様だけでこういうの大変でしょ?お手伝い頑張ろうよ。」 そんな愚痴る詠に月は、荷車を押さえながら答えた。 「月は甘いんだから!さっきも町の人たちがせっかく手伝ってくれるって申し出てくれたのに、 このバカは・・・。」 解体作業の時に、説明を聞いてくれた民の人たちも手伝いを申し出てくれたのだが それは丁重にお断りをした。 民たちの納める税で作る学校の説明を、その民たちに手伝わせるのは 違うと感じたからだ。 善意を断るのは、忍びなかったわけだけど。 「・・・・・・詠、頑張れ。恋も・・・頑張る。」 そういいながら、俺がお立ち台として立っていたものを軽々と持ち上げ荷車にのせる恋。 あれ、結構重いはずなのに・・・。 そういえば、彼女の軍師であるねねは現在、通称"恋の王国"と呼ばれる城で 動物たちの世話に従事していると聞く。 桃香が、まだ戦乱にあったときに恋に約束した"恋の動物たちだけの王国を作る"という公約により、 平定半年後にその約束を果たし、ねねはそこでセキト以外の動物たちの世話係としている。 この前教師となってくれるようにと立ち寄る機会があり、寄って話をしたはいいが、 いきなりちんきゅうきっくを食らうとは思わなかった。教師の件はそっぽ向いて了承してくれたけど。 「ご主人様。荷物はこれで全部積み終えました。」 荷車が動かないようにするのと、積荷の確認をしていた月が報告してくれる。 「ありがとう月。よし、じゃあ太守さんに挨拶したら一度白帝に戻って準備しないとな。」 「白帝に戻ってって、あんた今度はどこにいくつもりなのよ!」 とてもしんどそうな表情で詠が問いかけてくるので俺は、 「はは。まぁ、あまり時間ないから魏はとりあえず5日、呉も5日間回るつもりだよ。」 それぞれの王には、王の刻印とともに許可をもらっている。華琳あたりがつっこみそうではあったのだが 何も言わずにいてくれるのは幸いだった。 そう詠に答えながら、建寧城のほうへと向かった。 「太師様、わざわざかようなところまで足をお運びいただきありがとうございます。」 建寧の太守さんのところに訪れると、そんな言葉とともに深く礼をされる。 「い、いや。頭をあげてください。事後報告ってことになってこっちも申し訳なく思ってるので・・・。」 俺は、そういいながら太守さんの頭をあげてもらう。 「いえいえ、あなた様はこの乱世をお救いくださった劉備様が仕えるお方。そのような方がここまで こられるというだけでも、私にとっては大変ありがたいことにございます。」 太守さんはそういうと、また深くおじぎをしようとする。 「ああ・・・。こ、困ったな〜。」 俺が太師となってから、蜀内にそのことがふれまわるようになり、各町各邑の太守や長老たちから 今の太守さんのような扱われ方をしていた。 また、噂の出所の町では町民の全員が太師様〜太師様と熱烈な歓迎で出迎えられたほどだった。 俺の性格を読んでのこの桃香の計略は本当に恐ろしいと感じた。 そんなことを考えながら俺はおろおろしながらも、侍女として控えている詠のほうに顔を向ける。 ・・・詠はものすごい意地悪な顔でざまーみろという顔付きで笑っていやがった。 くそー。他人事だともってからに・・・。 「はぁ・・・。こんなときに誰か助けてくれる人がいればいいんだが・・・。」 っと、言ったところで俺ははたと自分の口を手でふさぐ。 でもいや・・・まさかな。 ―タッタッ ・・・さすがに成都からは・・・ねぇ? ―タッタッタ でもじゃあなんだ、この駆けてくる足音は。 ―タッタッタッタ! そして俺はそのお約束を目の当たりにする。 ―バタンッ! 「ここにいるぞ!」 俺の予想は扉を乱暴に開け、右手をつきあげた彼女の登場で的中と相成った。 さ、さすがに何十里も離れたここまでそのネタをしてくるはずもないと考えた俺は、 「た、蒲公英?どうしてここに?」 俺は当然のように、彼女の登場に驚きつつも尋ねた。 蒲公英は一度、こちらを一瞥したが太守さんのほうに向き直ると、 「・・・こほん!建寧太守・李恢殿。我が名は馬岱。主君にして蜀の王・劉備の蜀使である。 王の言葉を若輩ながら述べさせていただきたく参上しました!」 そういうと、蒲公英はまた俺のほうを見てウインクし、太守さんへ礼をした。 なるほどな。 そう思うと俺は、その成り行きを見守った。 「これはこれは、わざわざの劉備様の御遣いとは、遠路ご苦労様でございます。」 太守さんも深い返礼で返した。 すると、蒲公英は持っていた書簡を広げ、 「では述べる!4日後の視察において、特に宴などの催しや歓待は必要なし。 これは公務であり、我が民の安寧を見ることにあり。よって以上の理由とする。 了承いただけたのなら、そのこと遣いの者への返答とせよ! 劉玄徳!」 手に持っていた書簡をきちんとした儀礼で折りたたみ、礼をする蒲公英。 なかなか様になってるな〜、どれだけ練習したんだろう。 だが、あのウインクはいらんだろうな。うん。さすが、蒲公英だ。 いらんことをしたら、ナンバーワンだな。うんうん。 と、俺が納得していると、太守さんのほうも礼をし 「この建寧太守・李恢。たしかに劉備様のお言葉拝謁し、 また了承いたしました。蜀使様、劉備様に何卒遠路よりのお越しとあらば 道中はお気をつけてとの言葉も兼ねましてお願いいたしまする。」 太守さんはそういうと、またきちんとした返礼をもって返した。 「その言伝、確かに。」 いつもはいたずら好きの子悪魔を知ってる俺はしては、予想以上に感服した。 「詠ちゃん、蒲公英ちゃんかっこいいね〜。」 「そうね、あの子もこの一年で結構将としては様になったんじゃないかしら。」 傍仕えとしていた二人も俺の横でそんな会話をしていた。 それに、太守さんのほうもさすがに音に聞こえた名太守だ。 俺はそんなことを思いながら、二人のやりとりを黙って見ていた。すると、 「・・・はい!これであたしのお仕事はおしまい!ありがとね、李恢おじいちゃん♪」 先ほどとは全く違う、というかいつもの空気に戻った蒲公英はその愛くるしい笑顔を 太守さんのほうへと向け、軽い挨拶をした。 「馬岱将軍もご苦労様です。越騎校尉となられてからも率先して蜀使役をこなすそのお力は この年寄りも十分な力をいただいております。」 「あはは♪こちらこそだよぉ〜。でもまぁ、今はみんなが忙しいからね〜。 あたしの馬術でも役に立つならこれくらいはねぇ〜♪」 人員不足は否めない。 彼女もそのせいで、本人いわくめんどくさいとされる役職についている。 越騎校尉とは元々、偵察や斥候、追撃などを指揮する要職になり彼女の その機動力を活かすためのものとなった。 そして、その容姿とおじさま受けする性格などにより、 州牧以下、太守などの各町で位の高い職につく人たちへの王の遣いとして使者役・「蜀使」を兼ねている。 この蜀使は、蜀の使いであれば蜀使、魏であれば魏使、呉であれば呉使というのが三国会談で決められた国の使いの名称らしい。 この制度は、王によって任命されれば誰でもその役となるらしいが、人員不足の蜀では もっぱら、蒲公英が主である。 「それよりも、ご主人様!ひさしぶりぃ〜♪元気だった?」 そんな愛くるしい笑顔をいかんなく振りまきながら、蜀の使い役・蒲公英は俺の腕に抱きつきながらそう聞いてきた。 ・・・うむ、また一つ成長したな、蒲公英。 俺はその腕に感じる少し成長したやーらかいものを感じながら、 「ああ、蒲公英も元気そうでなによりだ。」 と、彼女の頭をなでながら答えた。 「えへへ〜♪まぁ楽しみながらやってるからね♪それよりご主人様ぁ〜白帝に移り住んでるって本当なのぉ?」 そう、俺はいま成都の城ではなく、白帝城に身を置いている。それもこれも、作戦のためだ。 あの時、二人に約束した"納得させるだけのものを提出する"という約束。 そのために、桃香に無理をいって期限の2ヶ月間だけ、白帝城内にある屋敷に住んでいる。 ・・・帰ったら、一週間くらい寝られない日が続きそうだな。主に、閨的な意味で。 まぁそれはいい、この計画がきちんと終わって、二人に、そして民たちに認めてもらえれば・・・ 俺はそう考えながら、蒲公英とそれを優しい笑顔で見守る太守さんとでしばし話に花を咲かせた。 その日の夜。 本来は急いで帰る予定ではあったのだが、 太守さんのご好意で借りた宿舎で、月、詠、恋と蒲公英の5人で食事をしていた。 その席上で、色々なところへ蜀使として赴いている蒲公英の話を聞いていた。 「―ってことで、桂陽のほうでも結構噂になってたよぉ?太師様が天の学校を作るってっ!」 そうか、呉に近いあっちのほうでももう見聞は広まってるんだな〜。 俺が主にこれまで活動していたのは、益州のみで呉と領土を二分する荊州などへはいっていない。 だがそれでも、口コミで広まる見聞はやはり効果があったのだろう。 先にも述べたように情報流通の乏しいこの時代は、 俺がいた時代とは比べ物にならないほどに口コミの威力を発揮する。 古くは黄巾の例もあるしな。 荊州へと赴かなかったのは、呉と二分する土地でわざわざ相手に不審がらせるようなことはせずとも こうした口コミで広まるだろうと踏んでいたからだ。まぁ、領土問題については桃香と雪蓮の問題でもあるし。 決して王ではない俺がのこのこそういうところで、学校建設について高らかにアピールしたら あちらにしても、こちらにしても心象はよろしくないだろうからな。 「桂陽でってことは、他のところでもかい?」 「うんっ。そこまでじっくりと聞いたわけじゃないけど、太師様が学校とやらをってのは 度々聞こえてきたから、きっとそういう話だと思うよっ!」 太師という今の俺の肩書きも荊州までも広まってることに少し驚きながらも、 学校という単語が付随してるならば、当然かと納得した。 「そっか、ありがとう。蒲公英。」 俺は、食べ終えた皿を月に渡すと、代わりにお茶を入れてもらう。 ありがとうと受け取ると、月は他の人たちへも順番にお茶を入れていく。 そんな様子を見て、俺は現在の計画進行状況ににんまりしながらお茶を飲み干した。 翌日、城に戻るという蒲公英に手を振りながら、 別れを告げ俺たちは馬に繋いだ荷車の中にいた。というか、急いでいるのだが 今の俺にそんな元気と気力と精力はなかったのだ。 「・・・ほんと、さすがね。こっちまで朝早い時間にまで蒲公英のあの声が聞こえてたわよ。」 詠の皮肉は今日も冴えているが、今の俺にはそれに反応することなどできなかった。 蒲公英、朝までコースとは・・・恐ろしい子! そんな調子で途中から回復し、急いで白帝に着いた俺はもろもろの準備を整えると ゆっくりする暇もなく、魏の玄関口の一つ、上庸へと進んだ。 そして、約束の期限がちょうど一月となったそんな夕刻を過ぎた頃― ―魏国・上庸関所 俺たちは無事に上庸へと着いたのだが― 「だから何度も言ってるとおり、俺は北郷一刀。蜀の太師をしてる者だって何度いえば・・・。」 関所に華琳からあらかじめもらった通行許可の証書を出し、名乗っているわけだが これがなぜか、名乗るほどに魏の兵士たちは入国を拒否するのだった。 なんなんだ? とりあえず俺は、埒が明かないため責任者を出してもらうように進言した。 「貴様か。先ほどから関所で、他の民が噂しておる怪しいものは。」 そして、その責任者もさっきの兵士と似たようなものだった。 荷車の上では、月と詠がじっとこちらを見つめ、恋はセキトと遊んでいた。 全く・・・。 「いいかい?こうして君の国の王・曹操殿から直接通行の許可をもらってるんだ。 なぜ、それが拒否されるのかをまず問いたい。」 俺は冷静になるため深呼吸をすると、責任者の人に話を聞こうとした。 「お前たちのように太師を語るものにその儀を話すこともない。おい、お前たち連れて行け。」 「はっ!」 もはやこれ以上話しようがないと、彼らはぞろぞろと現れ俺たちを拘束しようとした。 だが、 「・・・恋、出番?」 それらをさえぎるように、恋は颯爽と俺の前に立つ。 「何だ貴様は!抵抗するなら、この場で首を刎ねるぞ!おとなしくしろ!」 兵士は目の前にいるのが誰かも分らずに鞘に入れたままの剣で恋に殴りかかろうとした。だが、 「恋、やめとけ。」 俺は、とっさに恋の肩に手を置いた。 「・・・チッ!」 剣で殴りかかろうとした兵士はこちらが抵抗しないと判断したのか、舌うちしながら下がった。 そして俺たちは兵士に連れられ、関所近くの牢へと連れて行かれた。 ―上庸・牢内 「まずいな・・・。」 俺は牢でひとりごちる。 これはうぬぼれでもなんでもなく、俺の今の地位的に実にまずい。 俺は蜀の王と等しい権力を持つモノ。そして、三国は互いに協力するということでの 均衡を図り結盟をしている。だが、 "魏国内にて兵士に正規の通行許可書を示したのにそれを反故にされ、牢に入れられた。" 魏にとってこれは汚点となるし、 蜀にとって、俺は王に等しいもの、そして主要な将の主である。 そのため、そのようなことが知れれば、桃香は止めに入るだろうが、 愛紗筆頭に殴りこんでくることは間違いないはずだ。そうなれば、三国同盟の盟約に亀裂が起こる可能性がある。 魏が素直に謝罪し、そこで矛は収まるだろうがその後はいわずもがな、だ。 さらも俺が拷問でも受けてひどいことにでもなれば・・・もう、あんな戦は必要ないのに・・・。 「・・・ご主人様?」 俺が考えに耽っていると、同室となった恋は心配げな目で、 セキトをかかえてこちらを見ていた。 「・・・大丈夫?」 恋は近寄ってきて、頭を撫でてくれた。 「ああ、ありがとうな。だが―」 そこまでいったところで隣の牢からだろう、呼びかけが聞こえた。 「ちょっとあんた、聞こえてる?」 詠だ。月も一緒になんだろうか? 「詠、俺が危惧してることお前にはわかるよな?」 外にいる兵に聞こえないくらいの声で詠に問いかけた。 「・・・わかりやすすぎて困るくらいよ。」 はぁ〜っとため息をつく詠。 「聞くけど、あんたの顔って魏の将軍たちには知られてるのよね?」 「ああ、三国会談の他にも、それぞれの国へ赴き歓待やら宴やらで顔をあわせてるからな。」 そう答えると、詠はそう。と返事をした後考え始めたのか何も言わなくなる。 そこへ、外が先ほどよりも騒がしくなっていることに気づいた。 「なんだ?」 俺がそう思っていると同時に、 「入れ!」 兵士の声とともに、白い服を着た男を連れてこちらへとやってくる。 「ここへ入れ!全く、どういうことだこれは。これで2件目だと?・・・まぁいい。お前もそうだが―」 と、こちらを振り向いて 「貴様らも、明日には処刑とする!言い訳は一切なしだ。後悔しろ!蜀の要人を語る賊め!」 そういい放つと、兵士は牢を出て扉を閉めて出ていった。 今・・・なんていった?? 蜀の要人を語る・・・賊? 「え、詠!」 俺はあわてて、詠のいる牢へと話しかける。 「・・・考えても考えてもそういう風にしか考えが及ばなかったけど・・・まさか当たるなんて、ね。」 詠はガクっと肩をおろしたかのような声でそうつぶやいた。 「え、詠ちゃん・・・。」 隣にいるのであろう、月の声が聞こえた。 「・・・ご主人様?」 恋は、セキトを抱えながらこちらをキョトンと見ている。 その時、月光にまぎれるように何かを焼く匂い・・・ それとともにパチパチという音が聞こえた。 俺は慌てて、匂いのするほうへ移動し石壁に耳を当てる。 すると、そこにいるのだろう兵士たちの声が聞こえた。 「おい、何を焼いてるんだ?」 「はっ、夕刻頃に訪れた北郷一刀を名乗る偽者の荷車とそれに乗っていた荷物でございます!」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん? 今あの兵士なんて言った? 俺たちの乗っていた荷車と荷物を焼いた? 「はぁ〜。これはさすがにまずいわね。」 俺と同じように、壁に耳を当て兵士たちの会話を詠も聞いていたようだ。 詠のそんなため息とともに、 な、何ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!? 俺は処刑と持ち物を焼かれたというショックとともに、声を上げてさらにその後、肩を落とした。 この時、俺はまだ知らなかったのだ。俺の待つ試練はまだまだ続くということを。 華琳、雪蓮との約束の日まで、残り30日。                                〜つづける?〜