私の元へ“姉者と北郷が言い争いをしている”との報が届けられた。 何度と無く起こってきた事なので気にも留めないつもりだったのだが、今回は毛色が違うらしい。 妙な胸騒ぎを覚え急いで現場へと向かった。 既に幾人か集まっていて、軽い人だかりが出来ていた。 それを掻き分け最前列へと来たのだが……そこには異様な光景が広がっていた。 姉者と北郷…言い争いは終わったのか、二人とも黙って相対していた。 それだけであれば普通なのだが、異様なのは姉者が“本気”なのだ。 傍目で見ている私でさえ気圧される程の迫力…。 『魏武の大剣』の名に恥じぬ圧倒的なまでの覇気…。 北郷はそれを真正面から受け止めていた。 そこに恐怖や怯えは無く、毅然とした態度で姉者を見据えている。 「北郷、貴様…私に盾突いてただで済むと思うなよ…?」 「春蘭に盾突くつもりはさらさらないよ。だからと言って、自分の言葉を取り消すつもりも無い」  凄む姉者の言葉にも怯む事無く返答する北郷。まさに一触即発。 もし爆発したならそこに転がるのは北郷の死体であるのは明白だが、今日は華琳様が居られない。 そんな時に死なれても困る。 下手をすれば姉者の首が飛んでしまうやも知れぬからな…。 …まぁ私としても北郷に死なれるのは………い、いやいや! 私は何を考えているのだ! い、今は二人を止めるのが先決ではないか! 自分の中に浮かんだ気持ちにかぶりを振り、間に割って入ろうと一歩を踏み出す。 「あね」 「秋蘭をお嫁さんになど、絶対にやらぬからな」 …あほー …あほー …あほー  あぁ…遠くで烏の鳴く声が聞こえる…。 「誰もそこまでは言ってない。俺はただ、秋蘭なら『理想のお嫁さん』になれると思ってるだけだ」 「それは貴様が秋蘭を狙っているからだろう? 貴様などに秋蘭はやれん」 「そこは秋蘭の気持ち次第だろ。 政務も戦もこなし、料理が出来て察しも良い。 さらには青髪で物静か…。 理想を超えて完璧かも知れない」  くそ! くそ! 照れるな私!! 「そこまで秋蘭の事を考えておきながら、お姉様である私について一言も出ないとはどう言う了見だ?」  ダメだ姉者! それでは嫉妬心が露骨過ぎる! 「今は秋蘭の話だろ。春蘭には春蘭の良い所がある。……お嫁さん適正については聞かない方がいい」 「………北郷。 貴様、死を覚悟した事はあるか?」 「俺は女性を愛する時、いつも命を賭しているさ」 「良い心掛けだ。 ……ちなみに、私の時も命懸けか?」 「当たり前だ。 全力で愛しているよ」 「ううううううむ。よよよよ、よろしい」  …始めの重苦しい雰囲気はなんだったのだ…。 いつの間にやら私の話からいつもの痴話喧嘩になっているし…。 二人とも終始真面目に話しているが、なんとくだらない話題か。 人だかりも無くなり、私一人だけになっているし…。 はぁ…なんだかどっと疲れたな……。 お嫁さん、か…。                               ― おわり ―