外史スレで改行について色々あったので2パターン用意しました。 最初は、素のままです。 ブラウザでご覧の方はctrlキー+Fで文字検索に整形と入力して飛んでください。 「無じる真√N17」  袁紹軍の動きを察知した公孫賛軍が易京へと出発した頃、袁紹軍もまた自らの領土へやってきた公孫賛軍の一部隊の追撃のために進軍を行っていた。  以前、自らの戦いを聖戦と称しただけあってか、袁紹軍は煌びやかな装飾でその全てを包みこんでいる。  そんな輝きを放つ兵たちの中心で、先を見据えながら顔良は袁紹の方へと声を掛ける。 「麗羽さま、まずは規模の小さな拠点から攻めていきましょう」 「な〜にをみみっちいことを仰ってますの、顔良さん。そんな七面倒くさいことなんてせずにさっさと、易京に逃げ込んだ不届き者の首を討ち取りますわよ!」  あまりにも強引な考えに顔良は思わず頭を抱えてしまう。  それでも、なんとか説得を試みるあたりが彼女が彼女たる所以なのだろう。 「駄目ですよ! ただでさえ、麗羽さまが考案した軍の装飾のせいで、想定していた以上に兵糧を消費しちゃってるんですから」  そう、軍を彩る無駄な装飾。そのせいで進軍速度が低下し、必要以上に時間を取られ、出陣前に顔良が計算した兵糧の消費量をわずかとはいえ超えてしまっている。 「しかも、その影響で兵たちに配る兵糧の分配量も徐々に減っていく一方なんです。だから、早めに敵の拠点から兵糧を奪わないと肝心の戦の時に兵たちの不満が爆発して内部から崩れちゃいますよ!」 「大丈夫だって、例え離脱者が出ようとも、あたい一人がいればどうとでもなるって!」 「そうですわ、文醜さんの言うとおりですわよ。それに我が袁家の兵がそうやすやすと気を滅入らすことなどあるはずがありませんわ! おーほっほっほ」  両手を腰に当て高らかに笑う文醜。そして、それに同調する袁紹。  そんな二人を見て顔良はますます頭を抱えてしまう。そして、ため息をはきつつ、二人に向け厳しめの視線を向ける。 「もぉ、文ちゃんも麗羽さまも気楽に考えすぎですよ!」 「はは、斗詩は相変わらず心配性だな!」  これ以上ないと言うほどに真剣な表情で訴えるも軽く流され顔良は肩を落とす。  それでも、諦めずに説得を続ける。 「はぁ、じゃあわかりやすく言うよ。もし文ちゃんが戦場に出る前にろくにお腹を膨れさすことが出来なかったらどう?」 「う〜ん、あたいも腹が減ってたらさすがに……力が入らないかも」 「でしょ? だからね、さっきから言ってるのは、文ちゃんがそうなるように兵のみんなもそうなっちゃうから今の内に向こうの軍から手にしたいってことなの」 「つまり、腹が減ってちゃ賭けもできないってわけだ!」 「え? う、うん……そ、その通り、かな……多分」 「わかりました。顔良さんがそこまで仰るのならば、その案を取り入れましょう。それでは、進路を敵の拠点へ向けるのですわ!」 「はぁ、よかった……これで何とかなればいいんだけど」  顔良は取りあえず二人を納得させることが出来たことに胸をなで下ろした。  ただ、その顔は未だ優れぬままであるが。  一方、公孫賛軍本隊は易京へと到着していた。  そこには、すでに界橋周辺の各拠点より兵たちが集っていた。  そして、彼らを統率していた人物が白蓮たちを迎え入れる。 「よくぞ、来てくださりました。この趙子龍としたことが袁紹の策にはまってしまうとは不覚のいたり」 「いや、あれは仕方なきことだ。それよりも、今はこの先の袁紹軍との戦いのことを考えるぞ、星」  その言葉に返事をすると、星は軍議の間へと案内すると言って歩き出した。  その後に続いて軍議の間へと向かいながら白蓮はあることを考えていた。 (あの時、一刀と貂蝉が言っていたのは……)  そう、とある日、一刀が城を抜け出すところを見かけた白蓮が彼を追っていった際に聞いた話だ。  ところどころ聞こえない部分があったが、彼がこの世界から消える可能性があるという部分だけは聞くことが出来た。  そして、思い出す。その条件がとある勢力を救うことだと言っていたのを。  その翌日から白蓮は考えていた。  もし、本来の流れというもので自分の軍が消滅する運命にあったのだとしたら、自分と共にいる以上、彼は消える運命にあるのではないかと……。  そんなことを、夜も眠らずに何日もの間、考え続けていた。  だが、彼女が話を耳にした日以降、いたって普通な様子で過ごしている彼を見た白蓮は強い憤りを感じた。  自分が悩み苦しんでいるのに何故、彼はへらへらとしてられるのかと……。  だが、何度も彼を見ている内に白蓮はわかった。いや、わかってしまったのだ。  彼は自分よりも他者を優先しているだけなのだと。  優しい彼は、自分や月たちのために迷うのをやめたのだと。 「結局、こうなってしまったんだな……」  白蓮は、この戦いが起きる可能性があることをすでに思い出してしまっていた。  一刀と初めて出会ったとき、彼は確かに言ったのだ、袁紹に倒されたのではないのか、と。それを思い出してからの彼女は不安を心に抱きながらもある決意によってその不安を覆い尽くした。  その決意とは、彼が、自身の存在をかけて自分たちを救おうとしている。ならば、それを否定することは出来ない。むしろ、彼の想いを汲んでこの戦いに勝つ、というものだ。  正直なところ、この戦の兆しが見えるまで、白蓮はそれが自分の杞憂であって、実際には起きないで欲しい、と願い続けていた。  だが、現実はかくも残酷なもので彼女の願望を打ち砕き、絶望を運んできた。  そして、少女は願いを捨て、代わりに決意を胸に抱いたのだ。 「さぁ、どうぞ」  その言葉で現実に引き戻された白蓮はすぐさま自分の席へとついた。それにならい各々が席に着き一通り入室しきったのを確認したところで白蓮は話を振る。 「では、これより対袁紹軍に関しての軍議を始めたいと思う。まず、詠の提案により既に手を一つ打った。これには、兵糧攻めと奴らの進軍を僅かながらも遅らせるという二つの効果がある」  さらに軽く説明すると、ここにいる中で唯一事情を知らない星が頷く。僅かな説明からもその意味を理解することができるのが彼女の長所の一つと言える。 「そして、袁紹軍の足止めを行っている間に次なる策を立てたいと思う。何か案のあるものはいるか?」  そう言って見回すと複数の文官が申し出をしてくる。しかし、どれもいまいちしっくりとこないものばかりだった。  そのことにどうしたものかと白蓮が首を捻っていると、 「ボクも……いいかしら?」  もう誰も案を挙げる者がいなくなったと思っていたので驚きつつ、詠の方を見る。 「詠、何かあるのなら遠慮せずに言ってみろ」 「えぇ、それじゃあ」  そう言うと詠は咳払いをする。 「両軍の現状を冷静に分析すると、少なからず兵糧の点ではこの易京に多少の蓄えのあるこちらが有利だと思われるわ。あと、将に関してもこちらの方が質、量ともに上回っているわ」  その言葉に、白蓮も頷く。  一つ目の策によって袁紹軍と公孫賛軍の兵糧による対比は対等では無くなっている。そして、将にしても向こうは二枚看板の顔良、文醜がいるのだが、それに対し、こちらは華雄、霞、詠に星、そして一刀と様々な面で有能な者たちが揃っている。  その二点での有利がこの戦では重要になるであろうことも白蓮は理解している。 「そこで、さらに向こうの消費を狙うべきだと思うわ。だから、ボクたちもここから出て界橋で袁紹軍を向かい討つ。そして、攻めると見せかけつつ後退、そうやって少しでも戦を根気よく続けるの、あとは向こうの兵糧が尽きるのを待ちましょう」  徹底的な兵糧責め、これが詠の案のようだ。  白蓮は、その案を実際に行えるものか検討をしたうえで告げる。 「詠の案を実行する。皆の者、準備にかかれ!」  そうして、公孫賛軍は休憩をすぐに止め、易京より出陣を開始したのだった。  公孫賛軍が軍議を行っていた頃、袁紹軍は公孫賛軍の拠点付近までたどり着いていた。 「やけに静か……なんでだろう?」 「そうですわね……折角、わたくしが来たのですからもっと慌てふためいて恐れおののくはずですわよね」 「ん〜、まぁ、何でも良いから攻め込みましょうよ、麗羽さま」  訝る顔良と袁紹を横目に文醜が息巻く。 「文ちゃん、そのすぐに戦おうとするのは抑えてよ」 「えぇ〜、そんなのつまんないじゃんか。やっぱ、武人たる者敵を倒してなんぼってもんだろ?」 「はぁ、その前に利に合しているかをまず見ないとだめだよ」  あひるのような口をして文句を垂れる文醜にため息を吐きながら説明する顔良。  実際にはもう何度目かわからない説明である。  だが、生粋の勝負師を自称する文醜には馬耳東風、まったく意味をなしていない。 「なんだよ〜斗詩はあたいの腕が信用ならないっていうのかよ」 「そうじゃないってば。ただ、どんなに強い人でも責めるに値する時でないとなかなか上手く勝つことが出来ないって話が昔からあるの」  顔良の説明を聞いていた文醜は、ぐっと胸を張ってその口角を吊り上げる。 「へっ! そんなの昔の弱っちい奴が言ってることだろ。あたいには関係ないね!」 「ぶ、文ちゃ――」 「その意気ですわ! 文醜さん」  文醜の返答に呆れつつ、再度声を掛けようとする顔良の声を遮り袁紹が大声を上げた。 「れ、麗羽さま?」 「やはり、この袁本初の側近なのですからそれくらいの心意気でいるのは当たり前のことですわ! 顔良さんもあまり弱気なことばかり考えていてはいけませんわよ」 「そうだぞ斗詩、あたいと斗詩ならどんな奴にも負けるはず無いって!」 「……わ、私が間違ってるのぉ〜!?」  とどまるところを知らない二人の強気に、顔良の悲痛な叫びが陣内こだまする。 「まぁ、それはともかくとして、さっさと攻め込みますわよ!」 「そうしましょう、ほら、斗詩も」 「うぅ〜」  ビシッと拠点を指しながら宣言する袁紹。  それに同意する文醜によって、膝を抱えのの字を書いていた顔良は引きずられていく。  そして、袁紹軍は拠点へ向け動き始める。  始めに、前曲の部隊が門の側へとじりじりと近づく。  そして、その背後に文醜隊が待機する。  腹をくくった顔良も色々と対策を考えながら隊を進めていく。 「さて、どれくらいで落とせるのかしら……まぁ、この袁家の精鋭たちならあっという間でしょうけれど……ふふ」  着々と拠点攻めの準備を進めているのを見守る袁紹の不適な笑い声を聞きながら顔良は配置についた。  そして、銅鑼の音と共に拠点への攻撃が開始された。  前線部隊が防壁の中、そして城壁に佇む人影へと向け弓を射る。  中へと何本もの矢が入って行く。更に、城壁の人影が針鼠のようになっている。  それなのにまったく反応が見られない……そのことを訝る顔良。 「おかしい……反応が全然見られない」  前線部隊はその異変に多少の戸惑ながらも、何度も弓を射る。  その様子を見て、顔良は顔を強張らせる。  そして、前線部隊へ弓の射出を止めるように伝令を飛ばした。 「……麗羽さま!」 「何ですの? 顔良さん」  顔良が慌てて袁紹へと声を掛けると、袁紹は眉を僅かに吊り上げながら顔良を見て、聞き返してくる。 「これは拙いかもしれません」 「どういう意味かしら?」 「恐らく、攻撃は無駄です。ですので、前線部隊にすぐに弓の射出を止めさせました」 「無駄とはどういうことですの?」 「はい、おそらくあの拠点はもぬけの殻なんですよ!」 「でも、装飾はしっかりしていますわよ」  そう言って袁紹は拠点の一部を指さした。  その先を顔良の視線が追いかける。そこには、公孫賛軍の旗がはためいている。  そしてなにより、鎧と甲を装着した複数の何かが城壁の上に佇んでいるのが見える。  ただ、そのどれもが前線部隊の放った矢によって串刺しにされている。 「……いえ、おそらくあれは偽装です」 「なんですって!?」 「向こうの策……きっと、わたしたちの足止めを計った罠だったんですよ!」 「そう……それならさっさと拠点を頂いてしまいましょう」 「えぇ、それじゃあ前線部隊に突入の指示を」  顔良の言葉にはっ、と返事をして兵が駆けていった。  それからすぐのことだった、前線部隊が拠点の門を破壊し、内部への進入を開始したのは……。 「はやめに気づくことが出来てよかった……」  顔良はその光景を眺めながら安堵のため息をつく。 「まったくですわ……しかし、やってくれますわね、伯珪さん」  袁紹は不機嫌な表情でそう呟くと、悔しさからか歯がみし、ぎりっと歯を鳴らした。  その姿に冷や汗をかきつつ、相手側の軍師に驚異の念を抱く顔良。  まるで自分の考えの上をいかれている気分だった。  元々、顔良はそこまで知略に長けた人物ではなかった。  顔良が、かつて北で文醜とともに馬賊をしていたという点からも、その程は推して知るべしである……。それでも彼女は自らの知を高めるよう努めた。  大切な人を支えるため、そして大事な親友を戦場で失うことの無いように……。  とはいえ、彼女の知力は元がお世辞にも高いとはいえるものでは無かった故に、努力をし、色々と身につけつつあるが、それもまだ完全でない現状では並の軍師となら対等に渡り合えるとしても、知略において本当に秀でた相手とでは勝負にならない。  今、彼女が相手にしている見えない敵は紛れもなく智将といえる存在なのだろう。  そのことを考え、顔良の喉がごくりと音を立てるのと同時に文醜が駆け寄ってくる。 「斗詩ぃ〜! 何か変だぞあの拠点! 誰もいないし倉庫も燃えかすしかない」 「え!? そんな、まさか!」 「うわぁ、と、斗詩ぃ!?」  文醜の言葉を聞くやいなや、顔良は貯蔵庫へと駆けていく。 「そ、そんな……」  貯蔵庫の中を見た顔良にはその一言を口にするのが精一杯だった。  何故なら、彼女が来てすぐ眼にしたもの――燃えかすの山しか倉庫の中に見あたらなかったからである。  内壁もまた、所々に燃えあとがあり、全体的にぼろぼろになっている。  顔良はその有様から公孫賛軍が運び出せない分へと、火を放っていったのだろうという予想を頭に浮かべた。 「どうしよう……まさか兵糧の補充が出来ないなんて」  予想外な出来事の連続に顔良は頭を抱え込む。  そこへようやく追いついた文醜がやってきた。 「斗詩、どう? やっぱりおかしいだろ?」 「そうだね……あ、そういえば文ちゃんは城壁の方は見たの?」 「ん? あぁ、一応見てきたよ。だけど、立ってたのは土嚢に鎧や甲を着せたのだった」 「…………そう」  文集の報告を聞き、あごに手を置き考え込む顔良。 「なぁ斗詩、やっぱり結構不味い状況?」 「……うん、かなり不味いかも。何とかしなきゃ」  頬を掻きながら気まずそうに尋ねてくる文醜に顔良が力なく答える。 「そっか、あたいにできることがあったら言うんだぞ、斗詩」 「ありがと文ちゃん。それじゃあ、まずは麗羽さまへ報告しなきゃ」  そう言うと、顔良はすぐに袁紹の元へと向かった。  顔良からの報告を聞いた袁紹は目を見開き、驚愕する。 「それはいただけませんわね……で、顔良さん。考えはあるんですの?」 「そうですね。取りあえず、少しの間は兵糧の分配を現時点のまま行って兵たちに補充失敗を悟られないようにしましょう。それから少しずつ配分量を削るしかないですね。そうやって兵たちの士気を下げないように考えることが、今は大事だと思います」  顔良としては、本当のところ一度体制を立て直しに引き返したいが袁紹がそれを許すとも思えないため口にはしなかった。 「それしかありませんの?」 「えぇ、ですから少しでも早く敵を討って兵糧を奪うしかありません」  そう告げると、顔良は顔を俯かせる。  本来ならば、近くの街か村によって商人と交渉し譲って貰うのが最良だと顔良は思っている。しかし、民衆から見たこの戦の発端が自分たちにあること、そして天の御使いに対する求心力の強さの影響もあり交渉を受け入れてもらえない状態が続いているため、その方法が使えない。  そこで、顔良が思いつくのは最早短期決戦しかない。  兵力にものを言わせる、袁紹流の戦い方で敵に勝利し、一刻も早く兵糧を手に入れるしかないだろう。  顔良がそう考えを締めくくると、ちょうど兵がやってきた。 「ご報告! 公孫賛軍が易京を出てこちらへ向かっています」 「なんですって、もうそんなところまで来ているんですの!?」  その報告に対する袁紹の驚いた声を聞きながら顔良はしまった、と内心思った。  向こうの本隊は、北平から来る以上それなりに時間がかかるとふんでいた顔良は、公孫賛軍がそれを逆に利用し、待ち伏せにまわって、進軍によってこちらが消耗するのを狙ってくるのではないかと考え、拠点襲撃を計った。  だが、その結果はどうだ。見事に敵の掌で踊らされ、無駄に時間を費やし追いかけていた部隊と本隊の合流を許してしまった。  そこまで考えが至ったとき顔良は、策による戦い、その緒戦で完全に敗れてしまったことを改めて痛感させられた。 「しかたありませんわ。わたくしたちもさっさと出ますわよ!」 「わかりました。すぐに準備にはいります」  袁紹の声に一礼すると、兵はすぐに伝令のため駆けていった。  その姿を見送りながら、顔良は思う。初戦は緒戦は敗れたが次はそうはいかないと。  そう、まだ公孫賛軍の予想の範疇を超えた手札が残っているのだから――。  袁紹軍が慌てふためいている頃、公孫賛軍は着々と進軍を続けていた。  そんな折、白蓮は一刀を近くへと呼び寄せた。 「ちょっといいか、一刀」 「ん? どうしたんだ白蓮」  白蓮の手招きに呼び寄せられるように一刀が近づく。  一刀が充分接近してきたことを確認すると白蓮はこそっと話しかける。 「お前に渡しておきたいモノがあるんだ」 「渡しておきたいモノ?」  突然の申し出に一刀が首を傾げていると、白蓮は腰から一振りの剣を取り外す。 「これだ……私の愛用の武器だ」 「これは、剣だよな?」  目を丸くする一刀に手を出せと言い、剣を手渡す。 「反董卓連合の時みたいにお前と離れるようなことがあるかもしれんからな。お前に預けておこうと思う」 「いいのか?」  普通、他人に武器を預けるような真似はしない。  だからなのだろう、一刀が余計に首を傾げているのは。 「あぁ、一刀は無茶するからな……お前を私のかわりにそれが支えてくれるはずだ」 「そうか、ありがと。ところで、何か特別な名前はあるのか?」 「その剣はな、普通の剣というのだ」 「へ?」 「だから普通の剣だ!」  剣の名前に呆気にとられる一刀に白蓮が多少強めに返す。 「そ、そうか……まぁ、預かっておくよ」 「それでだな……代わりにお前の――」 「あ、白蓮の武器が無くなるな、それじゃあ、代わりに俺のを使えよ」  白蓮が震える声で言い切る前に一刀が自分の腰から剣を差し出してきた。  それに対し、息をのみつつ手を伸ばす白蓮。  そして――。 「交換完了だな」 「あぁ……そうだな。すまんな一刀」  お互いに微笑を浮かべ見つめ合う。 「こほん」 「!?」  白蓮が驚いて視線を向けると、いつの間にか詠が側へと来ていた。  一方の一刀は大して驚いた様子もなく自然に対応している。 「ん? どうした詠」 「あんたね……まぁ、いいわ。今報告が上がったわ」  一刀と詠の会話を見て、白蓮は急いで気持ちを切り替えた。 「ほぅ、それは袁紹軍の動きを探らせに送った偵察か?」 「えぇ、どうやら拠点へと向かったみたいね……恐らく、策に気づいたらすぐに動き始めるでしょうね」  不適な笑みを浮かべる詠がそう告げるのを見て、白蓮の心に妙な恐怖が走ったがそれを表に出さないように注意しつつ、そうか、と頷き返した。 「それを計算に入れると界橋で鉢合わせになると思うわ」 「ふむ……よし! これより我が軍は界橋を戦場と想定して進軍する。ただ、そこに行くまでも気を抜くことの無きように、と各隊へ伝えてくれ」  手近の兵に白蓮がそう言うと、数名の兵が各隊へ向け駆け足で向かった。 「さて、向こうがどうでるのか……ここからが本番だな。私も気合いを入れんとな」 「そうだな、多分向こうもこちらの兵糧目当てに死にものぐるいで向かってくるだろうからな……」 「どんな手でこようとボクが返り討ちにしてやるわ!」 「頼りにしてるぞ、詠」  そう言って、詠の頭を撫でる一刀。  詠の顔がみるみる真っ赤に染まり身体をぷるぷると振るわせている。 「べ、別にボクは国で帰りを待ってくれてる月のために頑張るんだから、勘違いするんじゃないわよ、馬鹿!」  そう怒鳴りつけると、詠は一刀から離れていった。  そんな彼女を苦笑しながら見送る一刀の横顔を見ながら白蓮はふと、思う。  どこか悲しみを帯びた瞳をしていると……。 「何か顔についてるか?」 「い、いや、なんでもないぞ」  急に自分の方を向く一刀に慌てつつ、ごまかす白蓮。  一刀は、その様子に首を傾げていたが、すぐに前へと視線を移した。 「絶対、勝とうな」 「……あぁ、そうだな」  白蓮は一刀の言葉に、無理矢理頷いて答えた。  自分は護るべきモノが沢山あるのだと心に言い聞かせながら。  こうして、袁紹軍、公孫賛軍ともに界橋を目的地として軍を進めるのだった。  二つの勢力の激突はもうすぐである――。  そこにあるのは、ワカレミチ。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― (あとがき) 前回から、使用開始したメールフォームについて。 説明不足でいろいろお騒がせしてしまったのでここで改めて説明をしておきます。 URL:http://seiryouzai.choitoippuku.com/seiryouzai_mailform.html こちらか、もしくは専用版の作品リストページの清涼剤のとある夏の一幕後編以降の作品のURL欄をクリックすることでメールフォームのページに移動できます。 ご用があるかた、誤字脱字のご報告でも構いませんし、なにかしらのメッセージでも構いませんので気軽にご使用ください。 ただ、最低限の状態で送信出来るようにしてあるのでコチラからの返信は出来ませんのでその点に貸してはご了承ください。 最後に、メールフォームにメッセージを送ってくださった方々、どうもありがとうございます。メッセージ有り難く読ませて頂きました。 それでは最後に、みなさんのご期待に添えるようがんばりますので今後ともよろしくお願いします。 では、再見。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 整形で見たい方はこちらから ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「無じる真√N17」  袁紹軍の動きを察知した公孫賛軍が易京へと出発した頃、袁紹軍もまた自らの領土へや ってきた公孫賛軍の一部隊の追撃のために進軍を行っていた。  以前、自らの戦いを聖戦と称しただけあってか、袁紹軍は煌びやかな装飾でその全てを 包みこんでいる。  そんな輝きを放つ兵たちの中心で、先を見据えながら顔良は袁紹の方へと声を掛ける。 「麗羽さま、まずは規模の小さな拠点から攻めていきましょう」 「な〜にをみみっちいことを仰ってますの、顔良さん。そんな七面倒くさいことなんてせ ずにさっさと、易京に逃げ込んだ不届き者の首を討ち取りますわよ!」  あまりにも強引な考えに顔良は思わず頭を抱えてしまう。  それでも、なんとか説得を試みるあたりが彼女が彼女たる所以なのだろう。 「駄目ですよ! ただでさえ、麗羽さまが考案した軍の装飾のせいで、想定していた以上 に兵糧を消費しちゃってるんですから」  そう、軍を彩る無駄な装飾。そのせいで進軍速度が低下し、必要以上に時間を取られ、 出陣前に顔良が計算した兵糧の消費量をわずかとはいえ超えてしまっている。 「しかも、その影響で兵たちに配る兵糧の分配量も徐々に減っていく一方なんです。だか ら、早めに敵の拠点から兵糧を奪わないと肝心の戦の時に兵たちの不満が爆発して内部か ら崩れちゃいますよ!」 「大丈夫だって、例え離脱者が出ようとも、あたい一人がいればどうとでもなるって!」 「そうですわ、文醜さんの言うとおりですわよ。それに我が袁家の兵がそうやすやすと気 を滅入らすことなどあるはずがありませんわ! おーほっほっほ」  両手を腰に当て高らかに笑う文醜。そして、それに同調する袁紹。  そんな二人を見て顔良はますます頭を抱えてしまう。そして、ため息をはきつつ、二人 に向け厳しめの視線を向ける。 「もぉ、文ちゃんも麗羽さまも気楽に考えすぎですよ!」 「はは、斗詩は相変わらず心配性だな!」  これ以上ないと言うほどに真剣な表情で訴えるも軽く流され顔良は肩を落とす。  それでも、諦めずに説得を続ける。 「はぁ、じゃあわかりやすく言うよ。もし文ちゃんが戦場に出る前にろくにお腹を膨れさ すことが出来なかったらどう?」 「う〜ん、あたいも腹が減ってたらさすがに……力が入らないかも」 「でしょ? だからね、さっきから言ってるのは、文ちゃんがそうなるように兵のみんな もそうなっちゃうから今の内に向こうの軍から手にしたいってことなの」 「つまり、腹が減ってちゃ賭けもできないってわけだ!」 「え? う、うん……そ、その通り、かな……多分」 「わかりました。顔良さんがそこまで仰るのならば、その案を取り入れましょう。それで は、進路を敵の拠点へ向けるのですわ!」 「はぁ、よかった……これで何とかなればいいんだけど」  顔良は取りあえず二人を納得させることが出来たことに胸をなで下ろした。  ただ、その顔は未だ優れぬままであるが。  一方、公孫賛軍本隊は易京へと到着していた。  そこには、すでに界橋周辺の各拠点より兵たちが集っていた。  そして、彼らを統率していた人物が白蓮たちを迎え入れる。 「よくぞ、来てくださりました。この趙子龍としたことが袁紹の策にはまってしまうとは 不覚のいたり」 「いや、あれは仕方なきことだ。それよりも、今はこの先の袁紹軍との戦いのことを考え るぞ、星」  その言葉に返事をすると、星は軍議の間へと案内すると言って歩き出した。  その後に続いて軍議の間へと向かいながら白蓮はあることを考えていた。 (あの時、一刀と貂蝉が言っていたのは……)  そう、とある日、一刀が城を抜け出すところを見かけた白蓮が彼を追っていった際に聞 いた話だ。  ところどころ聞こえない部分があったが、彼がこの世界から消える可能性があるという 部分だけは聞くことが出来た。  そして、思い出す。その条件がとある勢力を救うことだと言っていたのを。  その翌日から白蓮は考えていた。  もし、本来の流れというもので自分の軍が消滅する運命にあったのだとしたら、自分と 共にいる以上、彼は消える運命にあるのではないかと……。  そんなことを、夜も眠らずに何日もの間、考え続けていた。  だが、彼女が話を耳にした日以降、いたって普通な様子で過ごしている彼を見た白蓮は 強い憤りを感じた。  自分が悩み苦しんでいるのに何故、彼はへらへらとしてられるのかと……。  だが、何度も彼を見ている内に白蓮はわかった。いや、わかってしまったのだ。  彼は自分よりも他者を優先しているだけなのだと。  優しい彼は、自分や月たちのために迷うのをやめたのだと。 「結局、こうなってしまったんだな……」  白蓮は、この戦いが起きる可能性があることをすでに思い出してしまっていた。  一刀と初めて出会ったとき、彼は確かに言ったのだ、袁紹に倒されたのではないのか、 と。それを思い出してからの彼女は不安を心に抱きながらもある決意によってその不安を 覆い尽くした。  その決意とは、彼が、自身の存在をかけて自分たちを救おうとしている。ならば、それ を否定することは出来ない。むしろ、彼の想いを汲んでこの戦いに勝つ、というものだ。  正直なところ、この戦の兆しが見えるまで、白蓮はそれが自分の杞憂であって、実際に は起きないで欲しい、と願い続けていた。  だが、現実はかくも残酷なもので彼女の願望を打ち砕き、絶望を運んできた。  そして、少女は願いを捨て、代わりに決意を胸に抱いたのだ。 「さぁ、どうぞ」  その言葉で現実に引き戻された白蓮はすぐさま自分の席へとついた。それにならい各々 が席に着き一通り入室しきったのを確認したところで白蓮は話を振る。 「では、これより対袁紹軍に関しての軍議を始めたいと思う。まず、詠の提案により既に 手を一つ打った。これには、兵糧攻めと奴らの進軍を僅かながらも遅らせるという二つの 効果がある」  さらに軽く説明すると、ここにいる中で唯一事情を知らない星が頷く。僅かな説明から もその意味を理解することができるのが彼女の長所の一つと言える。 「そして、袁紹軍の足止めを行っている間に次なる策を立てたいと思う。何か案のあるも のはいるか?」  そう言って見回すと複数の文官が申し出をしてくる。しかし、どれもいまいちしっくり とこないものばかりだった。  そのことにどうしたものかと白蓮が首を捻っていると、 「ボクも……いいかしら?」  もう誰も案を挙げる者がいなくなったと思っていたので驚きつつ、詠の方を見る。 「詠、何かあるのなら遠慮せずに言ってみろ」 「えぇ、それじゃあ」  そう言うと詠は咳払いをする。 「両軍の現状を冷静に分析すると、少なからず兵糧の点ではこの易京に多少の蓄えのある こちらが有利だと思われるわ。あと、将に関してもこちらの方が質、量ともに上回ってい るわ」  その言葉に、白蓮も頷く。  一つ目の策によって袁紹軍と公孫賛軍の兵糧による対比は対等では無くなっている。そ して、将にしても向こうは二枚看板の顔良、文醜がいるのだが、それに対し、こちらは華 雄、霞、詠に星、そして一刀と様々な面で有能な者たちが揃っている。  その二点での有利がこの戦では重要になるであろうことも白蓮は理解している。 「そこで、さらに向こうの消費を狙うべきだと思うわ。だから、ボクたちもここから出て 界橋で袁紹軍を向かい討つ。そして、攻めると見せかけつつ後退、そうやって少しでも戦 を根気よく続けるの、あとは向こうの兵糧が尽きるのを待ちましょう」  徹底的な兵糧責め、これが詠の案のようだ。  白蓮は、その案を実際に行えるものか検討をしたうえで告げる。 「詠の案を実行する。皆の者、準備にかかれ!」  そうして、公孫賛軍は休憩をすぐに止め、易京より出陣を開始したのだった。  公孫賛軍が軍議を行っていた頃、袁紹軍は公孫賛軍の拠点付近までたどり着いていた。 「やけに静か……なんでだろう?」 「そうですわね……折角、わたくしが来たのですからもっと慌てふためいて恐れおののく はずですわよね」 「ん〜、まぁ、何でも良いから攻め込みましょうよ、麗羽さま」  訝る顔良と袁紹を横目に文醜が息巻く。 「文ちゃん、そのすぐに戦おうとするのは抑えてよ」 「えぇ〜、そんなのつまんないじゃんか。やっぱ、武人たる者敵を倒してなんぼってもん だろ?」 「はぁ、その前に利に合しているかをまず見ないとだめだよ」  あひるのような口をして文句を垂れる文醜にため息を吐きながら説明する顔良。  実際にはもう何度目かわからない説明である。  だが、生粋の勝負師を自称する文醜には馬耳東風、まったく意味をなしていない。 「なんだよ〜斗詩はあたいの腕が信用ならないっていうのかよ」 「そうじゃないってば。ただ、どんなに強い人でも責めるに値する時でないとなかなか上 手く勝つことが出来ないって話が昔からあるの」  顔良の説明を聞いていた文醜は、ぐっと胸を張ってその口角を吊り上げる。 「へっ! そんなの昔の弱っちい奴が言ってることだろ。あたいには関係ないね!」 「ぶ、文ちゃ――」 「その意気ですわ! 文醜さん」  文醜の返答に呆れつつ、再度声を掛けようとする顔良の声を遮り袁紹が大声を上げた。 「れ、麗羽さま?」 「やはり、この袁本初の側近なのですからそれくらいの心意気でいるのは当たり前のこと ですわ! 顔良さんもあまり弱気なことばかり考えていてはいけませんわよ」 「そうだぞ斗詩、あたいと斗詩ならどんな奴にも負けるはず無いって!」 「……わ、私が間違ってるのぉ〜!?」  とどまるところを知らない二人の強気に、顔良の悲痛な叫びが陣内こだまする。 「まぁ、それはともかくとして、さっさと攻め込みますわよ!」 「そうしましょう、ほら、斗詩も」 「うぅ〜」  ビシッと拠点を指しながら宣言する袁紹。  それに同意する文醜によって、膝を抱えのの字を書いていた顔良は引きずられていく。  そして、袁紹軍は拠点へ向け動き始める。  始めに、前曲の部隊が門の側へとじりじりと近づく。  そして、その背後に文醜隊が待機する。  腹をくくった顔良も色々と対策を考えながら隊を進めていく。 「さて、どれくらいで落とせるのかしら……まぁ、この袁家の精鋭たちならあっという間 でしょうけれど……ふふ」  着々と拠点攻めの準備を進めているのを見守る袁紹の不適な笑い声を聞きながら顔良は 配置についた。  そして、銅鑼の音と共に拠点への攻撃が開始された。  前線部隊が防壁の中、そして城壁に佇む人影へと向け弓を射る。  中へと何本もの矢が入って行く。更に、城壁の人影が針鼠のようになっている。  それなのにまったく反応が見られない……そのことを訝る顔良。 「おかしい……反応が全然見られない」  前線部隊はその異変に多少の戸惑ながらも、何度も弓を射る。  その様子を見て、顔良は顔を強張らせる。  そして、前線部隊へ弓の射出を止めるように伝令を飛ばした。 「……麗羽さま!」 「何ですの? 顔良さん」  顔良が慌てて袁紹へと声を掛けると、袁紹は眉を僅かに吊り上げながら顔良を見て、聞 き返してくる。 「これは拙いかもしれません」 「どういう意味かしら?」 「恐らく、攻撃は無駄です。ですので、前線部隊にすぐに弓の射出を止めさせました」 「無駄とはどういうことですの?」 「はい、おそらくあの拠点はもぬけの殻なんですよ!」 「でも、装飾はしっかりしていますわよ」  そう言って袁紹は拠点の一部を指さした。  その先を顔良の視線が追いかける。そこには、公孫賛軍の旗がはためいている。  そしてなにより、鎧と甲を装着した複数の何かが城壁の上に佇んでいるのが見える。  ただ、そのどれもが前線部隊の放った矢によって串刺しにされている。 「……いえ、おそらくあれは偽装です」 「なんですって!?」 「向こうの策……きっと、わたしたちの足止めを計った罠だったんですよ!」 「そう……それならさっさと拠点を頂いてしまいましょう」 「えぇ、それじゃあ前線部隊に突入の指示を」  顔良の言葉にはっ、と返事をして兵が駆けていった。  それからすぐのことだった、前線部隊が拠点の門を破壊し、内部への進入を開始したの は……。 「はやめに気づくことが出来てよかった……」  顔良はその光景を眺めながら安堵のため息をつく。 「まったくですわ……しかし、やってくれますわね、伯珪さん」  袁紹は不機嫌な表情でそう呟くと、悔しさからか歯がみし、ぎりっと歯を鳴らした。  その姿に冷や汗をかきつつ、相手側の軍師に驚異の念を抱く顔良。  まるで自分の考えの上をいかれている気分だった。  元々、顔良はそこまで知略に長けた人物ではなかった。  顔良が、かつて北で文醜とともに馬賊をしていたという点からも、その程は推して知る べしである……。それでも彼女は自らの知を高めるよう努めた。  大切な人を支えるため、そして大事な親友を戦場で失うことの無いように……。  とはいえ、彼女の知力は元がお世辞にも高いとはいえるものでは無かった故に、努力を し、色々と身につけつつあるが、それもまだ完全でない現状では並の軍師となら対等に渡 り合えるとしても、知略において本当に秀でた相手とでは勝負にならない。  今、彼女が相手にしている見えない敵は紛れもなく智将といえる存在なのだろう。  そのことを考え、顔良の喉がごくりと音を立てるのと同時に文醜が駆け寄ってくる。 「斗詩ぃ〜! 何か変だぞあの拠点! 誰もいないし倉庫も燃えかすしかない」 「え!? そんな、まさか!」 「うわぁ、と、斗詩ぃ!?」  文醜の言葉を聞くやいなや、顔良は貯蔵庫へと駆けていく。 「そ、そんな……」  貯蔵庫の中を見た顔良にはその一言を口にするのが精一杯だった。  何故なら、彼女が来てすぐ眼にしたもの――燃えかすの山しか倉庫の中に見あたらなか ったからである。  内壁もまた、所々に燃えあとがあり、全体的にぼろぼろになっている。  顔良はその有様から公孫賛軍が運び出せない分へと、火を放っていったのだろうという 予想を頭に浮かべた。 「どうしよう……まさか兵糧の補充が出来ないなんて」  予想外な出来事の連続に顔良は頭を抱え込む。  そこへようやく追いついた文醜がやってきた。 「斗詩、どう? やっぱりおかしいだろ?」 「そうだね……あ、そういえば文ちゃんは城壁の方は見たの?」 「ん? あぁ、一応見てきたよ。だけど、立ってたのは土嚢に鎧や甲を着せたのだった」 「…………そう」  文集の報告を聞き、あごに手を置き考え込む顔良。 「なぁ斗詩、やっぱり結構不味い状況?」 「……うん、かなり不味いかも。何とかしなきゃ」  頬を掻きながら気まずそうに尋ねてくる文醜に顔良が力なく答える。 「そっか、あたいにできることがあったら言うんだぞ、斗詩」 「ありがと文ちゃん。それじゃあ、まずは麗羽さまへ報告しなきゃ」  そう言うと、顔良はすぐに袁紹の元へと向かった。  顔良からの報告を聞いた袁紹は目を見開き、驚愕する。 「それはいただけませんわね……で、顔良さん。考えはあるんですの?」 「そうですね。取りあえず、少しの間は兵糧の分配を現時点のまま行って兵たちに補充失 敗を悟られないようにしましょう。それから少しずつ配分量を削るしかないですね。そう やって兵たちの士気を下げないように考えることが、今は大事だと思います」  顔良としては、本当のところ一度体制を立て直しに引き返したいが袁紹がそれを許すと も思えないため口にはしなかった。 「それしかありませんの?」 「えぇ、ですから少しでも早く敵を討って兵糧を奪うしかありません」  そう告げると、顔良は顔を俯かせる。  本来ならば、近くの街か村によって商人と交渉し譲って貰うのが最良だと顔良は思って いる。しかし、民衆から見たこの戦の発端が自分たちにあること、そして天の御使いに対 する求心力の強さの影響もあり交渉を受け入れてもらえない状態が続いているため、その 方法が使えない。  そこで、顔良が思いつくのは最早短期決戦しかない。  兵力にものを言わせる、袁紹流の戦い方で敵に勝利し、一刻も早く兵糧を手に入れるし かないだろう。  顔良がそう考えを締めくくると、ちょうど兵がやってきた。 「ご報告! 公孫賛軍が易京を出てこちらへ向かっています」 「なんですって、もうそんなところまで来ているんですの!?」  その報告に対する袁紹の驚いた声を聞きながら顔良はしまった、と内心思った。  向こうの本隊は、北平から来る以上それなりに時間がかかるとふんでいた顔良は、公孫 賛軍がそれを逆に利用し、待ち伏せにまわって、進軍によってこちらが消耗するのを狙っ てくるのではないかと考え、拠点襲撃を計った。  だが、その結果はどうだ。見事に敵の掌で踊らされ、無駄に時間を費やし追いかけてい た部隊と本隊の合流を許してしまった。  そこまで考えが至ったとき顔良は、策による戦い、その緒戦で完全に敗れてしまったこ とを改めて痛感させられた。 「しかたありませんわ。わたくしたちもさっさと出ますわよ!」 「わかりました。すぐに準備にはいります」  袁紹の声に一礼すると、兵はすぐに伝令のため駆けていった。  その姿を見送りながら、顔良は思う。初戦は緒戦は敗れたが次はそうはいかないと。  そう、まだ公孫賛軍の予想の範疇を超えた手札が残っているのだから――。  袁紹軍が慌てふためいている頃、公孫賛軍は着々と進軍を続けていた。  そんな折、白蓮は一刀を近くへと呼び寄せた。 「ちょっといいか、一刀」 「ん? どうしたんだ白蓮」  白蓮の手招きに呼び寄せられるように一刀が近づく。  一刀が充分接近してきたことを確認すると白蓮はこそっと話しかける。 「お前に渡しておきたいモノがあるんだ」 「渡しておきたいモノ?」  突然の申し出に一刀が首を傾げていると、白蓮は腰から一振りの剣を取り外す。 「これだ……私の愛用の武器だ」 「これは、剣だよな?」  目を丸くする一刀に手を出せと言い、剣を手渡す。 「反董卓連合の時みたいにお前と離れるようなことがあるかもしれんからな。お前に預け ておこうと思う」 「いいのか?」  普通、他人に武器を預けるような真似はしない。  だからなのだろう、一刀が余計に首を傾げているのは。 「あぁ、一刀は無茶するからな……お前を私のかわりにそれが支えてくれるはずだ」 「そうか、ありがと。ところで、何か特別な名前はあるのか?」 「その剣はな、普通の剣というのだ」 「へ?」 「だから普通の剣だ!」  剣の名前に呆気にとられる一刀に白蓮が多少強めに返す。 「そ、そうか……まぁ、預かっておくよ」 「それでだな……代わりにお前の――」 「あ、白蓮の武器が無くなるな、それじゃあ、代わりに俺のを使えよ」  白蓮が震える声で言い切る前に一刀が自分の腰から剣を差し出してきた。  それに対し、息をのみつつ手を伸ばす白蓮。  そして――。 「交換完了だな」 「あぁ……そうだな。すまんな一刀」  お互いに微笑を浮かべ見つめ合う。 「こほん」 「!?」  白蓮が驚いて視線を向けると、いつの間にか詠が側へと来ていた。  一方の一刀は大して驚いた様子もなく自然に対応している。 「ん? どうした詠」 「あんたね……まぁ、いいわ。今報告が上がったわ」  一刀と詠の会話を見て、白蓮は急いで気持ちを切り替えた。 「ほぅ、それは袁紹軍の動きを探らせに送った偵察か?」 「えぇ、どうやら拠点へと向かったみたいね……恐らく、策に気づいたらすぐに動き始め るでしょうね」  不適な笑みを浮かべる詠がそう告げるのを見て、白蓮の心に妙な恐怖が走ったがそれを 表に出さないように注意しつつ、そうか、と頷き返した。 「それを計算に入れると界橋で鉢合わせになると思うわ」 「ふむ……よし! これより我が軍は界橋を戦場と想定して進軍する。ただ、そこに行く までも気を抜くことの無きように、と各隊へ伝えてくれ」  手近の兵に白蓮がそう言うと、数名の兵が各隊へ向け駆け足で向かった。 「さて、向こうがどうでるのか……ここからが本番だな。私も気合いを入れんとな」 「そうだな、多分向こうもこちらの兵糧目当てに死にものぐるいで向かってくるだろうか らな……」 「どんな手でこようとボクが返り討ちにしてやるわ!」 「頼りにしてるぞ、詠」  そう言って、詠の頭を撫でる一刀。  詠の顔がみるみる真っ赤に染まり身体をぷるぷると振るわせている。 「べ、別にボクは国で帰りを待ってくれてる月のために頑張るんだから、勘違いするんじ ゃないわよ、馬鹿!」  そう怒鳴りつけると、詠は一刀から離れていった。  そんな彼女を苦笑しながら見送る一刀の横顔を見ながら白蓮はふと、思う。  どこか悲しみを帯びた瞳をしていると……。 「何か顔についてるか?」 「い、いや、なんでもないぞ」  急に自分の方を向く一刀に慌てつつ、ごまかす白蓮。  一刀は、その様子に首を傾げていたが、すぐに前へと視線を移した。 「絶対、勝とうな」 「……あぁ、そうだな」  白蓮は一刀の言葉に、無理矢理頷いて答えた。  自分は護るべきモノが沢山あるのだと心に言い聞かせながら。  こうして、袁紹軍、公孫賛軍ともに界橋を目的地として軍を進めるのだった。  二つの勢力の激突はもうすぐである――。  そこにあるのは、ワカレミチ。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― (あとがき) 前回から、使用開始したメールフォームについて。 説明不足でいろいろお騒がせしてしまったのでここで改めて説明をしておきます。 URL:http://seiryouzai.choitoippuku.com/seiryouzai_mailform.html こちらか、もしくは専用版の作品リストページの清涼剤のとある夏の一幕後編以降の作品 のURL欄をクリックすることでメールフォームのページに移動できます。 ご用があるかた、誤字脱字のご報告でも構いませんし、なにかしらのメッセージでも構い ませんので気軽にご使用ください。 ただ、最低限の状態で送信出来るようにしてあるのでコチラからの返信は出来ませんので その点に貸してはご了承ください。 最後に、メールフォームにメッセージを送ってくださった方々、どうもありがとうござい ます。メッセージ有り難く読ませて頂きました。 それでは最後に、みなさんのご期待に添えるようがんばりますので今後ともよろしくお願 いします。 では、再見。