「無じる真√N15」  反対董卓連合が解散されてから、それなりの刻がたった頃。  大陸中を様々な情報や噂が駆け巡っていた。  一刀たちのいる幽州へもそういった情報は飛び込んで来ていた。  群雄たちの中でも最たる者と噂される曹孟徳、彼女は自身の軍を着々と鍛え、そして様 々な技術へと手を伸ばしたりとその才能を大いに発揮しているらしく、強大な国が造られ るのも時間の問題だろうとされている。  呉の再建を目指す孫策、彼女はどうやら洛陽で玉璽を手に入れたらしく、天佑と噂され ているらしい。そして、孫伯符の名が世に広まりつつあるようだ。  また、桃香こと劉備、彼女は、今回の戦いでの働きにより徐州の太守に任命された。  一刀としては、特に劉備軍の更なる躍進を望む次第である。  そして、幽州では――新たな仲間を得て、内政に軍備にとやることが増えるのと同時に 仕事を振り分けることの出来る相手ができ、白蓮の補佐により力を注げるようになった一 刀が黙々と働いていた。  北平到着日の体調不良は結局、原因不明なままだった。  しかし、あれ以降、体調不良に襲われるといったこともなく、安心して大切な者たちと の日々を過ごしていた。  そんな日々の中、とある夜、一刀は城を出て、外へと向かっていた。  その顔には月の光のためか影が差している。  そんな微妙な表情を浮かべたままの一刀がしばらく歩いていると、周囲を木々で囲まれ た開けた場所へと出た。  そして、一刀はそこにたたずむ一つの人影のもとへと歩み寄る。 「さて、こんな時間に呼び出して、一体何のようだ? 貂蝉」 「んふ、いらっしゃいご主人様」  一刀は、自分を呼び出した人物――貂蝉に声を掛ける。  それに対し、貂蝉が笑顔を浮かべて応える。 「それで、何か話があるんだろ?」 「うふふ、こんな時間に誰もいない場所に呼び出してすることなんてきまってるじゃない のぉ……それは、愛のこ、く、は、く……」 「帰る」 「嘘よ。う、そ」  呆れて、帰ろうと振り返ったところを貂蝉に呼び止められ、一刀は今一度、貂蝉の方へ と向き直る。 「だいたい、今更そんなことをしなくてもわたしの心はご主人様のものなんだから」 「貂蝉……真剣な話じゃないんなら……」 「……もう、つれないんだから。それより、ご主人様は何か聞きたいことがあるんじゃな いのかしら?」  未だ苦い顔を浮かべている一刀に、貂蝉が真剣な表情を向けてくる。  それを見て、ようやく真面目な話になると踏んだ一刀はこれまで気になっていたことを 尋ねることにした。 「……なら、一つだけ聞かせて欲しい、この"世界"は今後どんな"結末"を迎える?」  一刀には、それが不安として残っていた。  再び、望まぬ終末を迎えさせられてしまうのだろうかと……。 「ふふ、安心してちょうだい。ご主人様が今思い描いているようなことはないわ」 「じゃあ、この外史が壊されることは……」 「無いわ。よっぽどのことが無ければ大丈夫よ」 「そっか……良かった。でも、"あいつら"は?」  安心した一刀の脳裏に二人の道士風の人物が過ぎる。 「あの二人なら大丈夫。"ここ"に来ることはできないようにしたから」 「それでも、自然消滅って事は?」 「無いわ。ただし……その、ね、わたしとしても言いにくいのだけれど」  急に悲壮感漂う表情を浮かべる貂蝉。  その表情を見た一刀の胸に一抹の不安が過ぎる。  口ごもっている貂蝉は、首を左右に振ると、改めて一刀を見つめ直してくる。  ここからが本題、と前置きをしたうえで話し始めた。 「あのね……洛陽で月ちゃんたちを保護した後から、今日までの間で、体調が優れずに倒 れたこと――それこそ、気を失うほどのものはなかったかしら?」 「えっ!? た、確かに……ちょうどこっちに帰ってきた時に一度、気分が悪くなって体調 を崩したことはあった」 「やっぱり、あの時のがそうだったのね」 「それがどうかしたのか?」  瞳を伏せ、一人うなずく貂蝉に、思わず首を傾げる一刀。  何故か、嫌な胸騒ぎが一刀の心を締め付けてくる。 「ご主人様は、孟子の『天に順う者は存し、天に逆らう者は亡ぶ』という言葉をご存じか しら?」 「ん? どんな意味だったかな?」  聞き覚えはあるが、いまいち思い出せず腕組みをして唸り始める一刀。 「この言葉はね。自然の道理に従っている者は存在できるけど、逆らう者は滅亡してしま うっていう意味よ」 「あぁ、そいうえばそうだったな。で、それがどうかしたのか?」  貂蝉の説明でようやく思い出した一刀はすっきりした顔で何度も頷く。  一方、貂蝉の顔には先程よりも影が差しているように見える。 「率直に言うわ。ご主人様は今、逆らう者となっているの」 「!?」 「本当は、わたしの口から言うべきではないことだけど、その責任の一旦はわたしにもあ るの。だから、少しだけ真実を教えてあげるわ」 「どういうことだ……」  あまりに、急な話に一刀の頭はついていけない。  ただ、なんとなくわかったことは自分にはやがて滅亡が訪れるということだ。 「ご主人様は、白蓮ちゃんのもとで動き回った。それこそ"本来の流れ"に逆らい、彼女た ちの運命をねじ曲げるほどに……」  貂蝉の言葉に一刀は覚えがあった。  大きなもので言えば二つ、星を白蓮の元へ引き留めたこと。  そして、今回行った月たちの救出。  それらが貂蝉の言う"本来の流れ"というものに逆らったことになるのだろう。 「そして、ご主人様はかつて、滅亡へと向かう行程を、その身で経験しているはずよ」  そこで、気付く。確かにあった。  かつての世界で一刀は、とある少年に執拗に狙われた。それは外史を終焉へと導くため だと言っていた。  恐らく、終焉を求めた理由の多くが本来の流れを変えたことにあったのだ。  一刀は今になってその真相に気付いた。いや、気付いてしまった。 「だ、だけど、あいつらはいないんだろ? なら――」 「そうじゃないの。あの子たちはあくまで駒。本当に外史を消そうとしているのはこの世 界と共にある意志。そして、駒を失ったうえ、この外史自体を消すことが出来なくなった 今、"意志"はせめてこの外史の重要な因子たる存在――その消滅を計っているわ」  一刀の言葉を遮り、首を左右に振る貂蝉。 「世界と共にある意志……それに重要な因子……か」  一刀は聞かされたばかりの単語を呟いてみる。  重要な因子というのはおそらくは自分であることがわかるが、世界と共にある意志とは 何なのか一刀にはよく分からなかった。 「詳しいことは教えてあげることはできないわ。ただ、一つだけ」  一刀はごくりとつばを飲み込む。 「このまま流れを変え続ければ、ご主人様は……消えるわ。そうね、本来の流れに対して 変更される幅が大きければ大きいほど少ない回数で消えるわ。滅ぶはずの勢力を救う場合 は、ほぼ間違いなく一回で終わりになるわ」 「! ……そ、そうか……」  その瞬間、一刀の頭の中が真っ白になる。  後ろの茂みの方から何か物音がしたような気がしたが、それすら、今の一刀にはささい なことだった。  何故ならば、彼は、その物音を気にとめることが出来ないほどに衝撃を受け、動揺で心 の中が満たされてしまっていたからである。 「……辛いとは思うけど聞いて欲しいの」  一刀は黙って意識を貂蝉の方へ向け直す。 「なぁ、それを逃れる方法はあるのか?」 「ごめんなさい。それは言えないわ……わたしには許されていないの。それに教えたとし ても、摂理に逆らうことになって、ご主人様の残された時間が失われてしまうのよ」  その言葉で一刀はようやく納得がいった。  貂蝉は、かつての"外史"で自分を取り巻く詳細をすぐには説明しなかった。  それは、、少しでも終焉までの時間を引き延ばそうという貂蝉なりの思いやりだったの だろう。だが、そうなると一刀には気になることが出てくる。 「そうか……言いたいことはわかった。ただ、悪いんだが質問をさせてくれないか?」 「かまわないわよ。わたしに答えられるものだったら答えられる範囲で答えるわ」  額を抑えつつ、苦い顔をしたまま一刀が尋ねると、貂蝉は笑顔で答えた。  だが、一刀には、貂蝉のそれが無理矢理造った笑顔であろうことがなんとなくわかった 。なにせ、貂蝉もまた一刀にとっては、かけがえのない仲間の一人なのだから……。 「なら、聞かせて貰うぞ、貂蝉。どうして……お前は俺に少しだけとはいえ、情報を与え てくれたんだ?」 「それは、さっきも言ったけど、ご主人様への負担の一部はわたしが引き起こしてしまっ たものだからよ」 「えぇと、それってどういうことなんだ?」  いまいち貂蝉の言うことがピンとこず、一刀は首を傾げる。 「月ちゃんたちと一緒に居た役満姉妹、覚えているわよね」 「あぁ、彼女たちがどうかしたのか?」 「えぇ、実はね……あの娘たちのもう一つの名前が、張角、張宝、張梁っていうの」 「な!? それじゃあ、もしかして彼女たちが黄巾党の頭だった……張三姉妹なのか……」  衝撃の事実に呆気にとられる一刀。そして、それで納得がいく。 「そう、わたしが彼女たちを月ちゃんたちの元へ連れて行ったの。その結果、ご主人様の 元へたどり着いた……」 「つまり、彼女たちを保護したことによって俺にかかる世界からの負荷についての責任を 貂蝉なりに感じていると言いたいわけなんだな」 「そう……わたしが妙な気を起こさなければ……ごめんなさい」  珍しく顔を俯かせ気落ちしたことを露わにする貂蝉。 「それなら、気にすることはないさ。そうしなければ、討たれていたかもしれなかったん だ。実際、話を聞けばそこまで悪い娘たちじゃなさそうだし、それなら救ったことは良い ことであって、決して悪いことじゃないさ」  内心混乱しつつも、なんとか本心からの言葉を告げる一刀。  その言葉を受けた貂蝉の身体が小刻みに震えている。 「ご……ご主人様ぁぁん!」 「だからといって俺に抱きついていいわけじゃないぞ」  顔を深紅に染めながらまるで、二足立ちをして獲物を威嚇する熊のように襲いかかる貂 蝉を一刀はひらりとよける。もう先ほどまでの深刻な雰囲気は霧散していた。 「まぁ、"ここ"にやってきた時点でいつかは終焉がおとずれるのかっていう疑問は頭の片 隅にはあったんだ。ただ、まさか俺自身の行動が自分の終焉へと迎う歩みを進めていたと は思わなかったけどな」 「……ご主人様」  一刀は、出来るだけ明るく振る舞う。  そんな一刀に貂蝉は何とも言い難い視線を向けている。 「だけど、俺は後悔していない。彼女たちを救えてよかったと思ってる」 「そう……」  ぽつりぽつりと言葉を告げる一刀を貂蝉が切なげな瞳で見つめていた。 「冷静なのね……」 「はは、すぐには頭が理解しきれていないだけだ。きっと、実感が沸いてくれば変な反応 をし始めるさ」  実の無い笑いを浮かべる一刀。 「この先どんな選択をするにしても後悔だけはしないで」 「もちろんだ」  それだけ口にしたところで、一刀は貂蝉に背を向け歩き出す。  貂蝉から聞かされた説明を受け入れてしまっている自分と納得が出来ずにいる自分が混 ざり合い、頭の中がぐしゃぐしゃになってしまった今の状態に苦笑しながら。    彼の心中にある動揺はやはり大きなものだった。そのため、背後で貂蝉がぽつりと漏ら した呟きを、聞き逃してしまっていた。  貂蝉と別れた後、一刀は、近くの河原へと来ていた。  座るのに適当な岩を探し腰掛ける。そして、何気なく空を見上げた。  夜空を埋め尽くさんばかりに散りばめられた星々の中、青白い光をこうこうと放ち続け る月が浮かんでいる。  月の明かりに照らされながら一刀は、一人思う。  あとどれだけこの月を見上げることができるのだろうかと。  そして、それを知ることすら出来ぬのならば、せめて……心に刻んでおきたいと。  その時、一刀の頬を熱いものが滑り落ちる。  そこで彼はようやく気がついた。  己の瞳よりあふれ出た雫が、頬を滴り落ち、座っている岩を濡らしていたことに。  その瞬間、彼の中の何かが決壊した。    一刀はその夜、誰に気づかれることもなくひっそりと涙を流し続けた。  この日、この時、この瞬間に自分の中にある負の感情を全て流してしまえとばかりに。    そして、彼は翌日からこのことを考えないようにした。  何故なら、そう遠くないうちに起こる出来事のことを彼は知っているから。  その出来事が、この世界で彼が共に歩んできた少女の運命を握っている。  一刀は思う、彼女の運命の分岐点を良い方向へ向かわせたい、と。  そして、一刀は何となくだが予感めいたものを感じている。  その改変により、世界の意志が自分の存在を終わらせるだろうと。  それでも、彼は止まらない。大切な者たちを護るために――――――。  一刀が決意を固めた頃、袁紹軍の本拠地、?(ギョウ)  顔良は、その城内、玉座の間にて、袁紹のそばに立ち袁紹軍への訪問者たちと袁紹の会 話をただ黙って見ていた。  外では文醜による隊の調練が行われている。彼女と兵たちの声は大きく、この玉座の間 にも聞こえてくる。  その声によって離れた位置にいる訪問者たちの声がよく聞こえない。  顔良がそんなことに不満を抱いていると、袁紹が口を開く。 「それで、ここへ来たのは、わたくしたちと共に戦わせて欲しい――そういうわけでよろ しのですわね?」  訪ねてきた理由を聞かれたその人物は頷いている。どうやら肯定の返事をしたようだ。 「確かに、わたくしと共に戦いたいと思うのも無理がありませんわね。なにせ、この袁本 初の戦いは、わたくしが参加するだけでまさに聖戦! ですから、わたくしたちとしては 、あなた方の参加に異論はありませんわ」 「…………」  袁紹の言葉に訪問者の一人がほっと息をついた。 「ですが、その前にあなた方の目的をお教え願えますかしら?」  顔良もそれが気になっていた。  訪問者たちの勢力がこの袁紹軍と組み、一つの相手に狙いを定め協力する……そのこと で何も求めないわけがない。  共に戦う代わりに食料を、兵を、土地を、何かしらを譲って欲しいと言われることなど ざらではない。  だから、この訪問者たちもなにかを譲って貰いたいのだろう。などと顔良が考えている 内に話は進んでいたらしく、袁紹が何か頷いている。 「そうですの……いいでしょう、ならばその条件を飲むことにいたしますわ」  訪問者たちは袁紹の言葉に頷き、礼を述べると退室していった。  その姿を見送り、扉が閉まるのを見終えた顔良はすぐさま袁紹へと顔を向ける。 「袁紹さま、あの人たちの求めた条件って何だったんですか?」 「あら? 顔良さん。あなた聞いておりませんでしたの?」 「い、いえ、少し考え事をしていたもので……それで、何て言っていたんですか?」  袁紹に痛いところを突かれどもりつつ顔良は尋ね直した。 「しょうがありませんわね……何でも、伯珪さんの下にいる北郷一刀とかいう男の首を自 分たちの手で討ち取ること、らしいですわよ」 「そ、それだけなんですか?」  本当にそれだけなのだろうか? と、顔良は思う。  いかに北郷一刀が天の御使いと言われ、世にその名をとどろかせているとはいえ、その 首を討ち取ったところで大して得にはならないはずである。  むしろ、民衆たちの反感を買うことになるだろう。  そう思い、訝っている顔良を横目に袁紹は更に言葉を連ねる。 「えぇ、そうですわ。それだけであの方たちの軍も戦力として使うことができるのですか ら儲けものですわ! おーっほっほっほ!」  袁紹は、顔良に話した訪問者たちの条件に疑問を抱くことなど一切無いようだ。  それどころか、この軍の主で最もいろいろなことに警戒すべきであるはずの袁紹はまっ たくもって気にもとめず、嬉しそうに高笑いをしている。 「でも、大丈夫なんですか? 公孫賛軍と戦う理由付けはどうするんですか?」 「それなら、わたくしに名案がありますの」 「え? 本当ですか!?」 「何ですのその驚きようは?」  袁紹の言葉に驚いた顔良は、それ相応の反応を思わず顔に出してしまう。  それに対し、袁紹が眉をつり上げ睨んでくる。 「い、いえ、別になんでもないですよ。でも一体どうするつもりなんですか?」 「ふふ、すぐにわかることですわ! おーっほっほ!」  結局、袁紹は自称名案の詳細を顔良に述べることはなかった。  そして、再び、ご機嫌な高笑いを浮か始めた。  そんな彼女を見ながら顔良は思う。  訪問者たちとの間に何事もなければよいが、と。  一刀が衝撃的な事実を貂蝉より聞かされてからそれなりの刻が経ったある日。  一刀は、朝から政務室で白蓮の隣で彼女の手伝いをしていた。  互いに一切口を開かず、言葉も交わすことなく刻々と時間が過ぎていき、気がつけばそ れぞれ、区切りの良いところまで進んでいた。 「さて、休憩でもするかな」 「…………そうだな」  一刀の軽口に対する、白蓮の反応はいやに淡泊なものだった。  ここ最近の彼女は、このような様子でどこかおかしかった。  いや、正確には少し違っている。  彼女の異変が始まったと思われる頃は常に眼が充血し、はれぼったくなっていた。  一体何があったのか一刀が尋ねてみても、何でもない、とだけ言って答えてはくれなか った。それどころか、足早に一刀の前から立ち去ることが多かった。  ならばと、一刀は他の者にも尋ねてみた。  しかし、誰一人として事情を知っている者はいなかった。むしろ誰しもがどこかおかし いと心配していた。  他にも、一刀にせよ、他の者にせよ、顔を合わせた際に、その人が白蓮に話しかけても どこか上の空でまともな返事や反応がないことが多々あったりもした。  そして、最近の白蓮は、目が充血しっぱなしということはなくなり、またはれぼったく もなくなっていた。  しかし、代わりに彼女は上の空な状態でいることが多くなっていた。そのうえ、最近は あまり顔色も良くない。  だが、さらに、おかしいことがあった。  それは、一刀に対する彼女の反応が淡泊になったことだ。  以前ならば、それなりに親しげな様子で接していたのに、今では、必要最低限の接触し かしていない。  そんなことを思い起こしながらため息をはく一刀。  それでも、なんとか笑顔を浮かべる。 「ちょうど、星が出る頃だな。見送りに行かないか?」 「…………いい」  やはり、反応の悪い白蓮に肩を落としつつ一刀は部屋を出た。  一刀が到着すると、ちょうど星率いる趙雲隊が出るところだった。  星の姿を確認した一刀は駆け寄る。 「星、くれぐれも油断するなよ」 「おや、主。見送りをしてくださるとは、かたじけない。まぁ、安心なされよ。我が武を もってすれば、黄巾の残党ごときには負けまはしませぬよ」  一刀は自分の一声に対して、星が自信たっぷりの表情で返すのを見て安心して見送るこ とができると感じた。  今回、趙雲隊が出撃することになった理由は、かつて大陸中を暴れまわった黄巾党の残 党が賊軍となり徒党を組んで村々を襲っているという情報が入ったためである。  だが、その為に全軍をだすわけにも行かず、一つの隊を出撃させるとこととなった。  そして、現在、将の中で長きにわたり公孫賛軍に所属し、なおかつ腕の立つ星に白羽の 矢が立ったのである。  星の後ろ姿を見送った一刀は、すぐに城内へと戻り、仕事を再開するため、政務室へと 向かった。  政務室へと戻ると、一刀と同じように休憩に入っていた白蓮が先に仕事を再開し、机に 向かってただ黙って筆をはしらせていた。 「もう、やってたのか?」 「………………」  軽く声を掛けてみるが返事がない。  一刀もそんな反応が返ってくることは分かっていたが、一応、もう一度だけ声を掛ける ことにした。 「白蓮?」 「…………星は行ったのか?」  一切、視線を一刀の方へ向けることなく喋る白蓮に一刀の顔が引きつる。 「あ、あぁ、相変わらず自信に満ちあふれてたよ」 「……じゃあ、さっさと仕事に戻れ」 「あぁ、休憩も終わりだな」   一人仕事を再開し、自分の方を向こうともしない白蓮に一刀は苦笑を浮かべながらも 、白蓮の隣に座り政務の手伝いを始めた。  と、その時、白蓮が少し強めの咳を数回発した。  よく見れば、彼女の顔色は休憩前よりも優れていない。 「なんだ? やっぱり風邪でもひいてるんじゃないのか?」 「別に。ちょっと、色々あった……それだけだ」 「まったく、本当に厳しいときにはちゃんと休むんだぞ」  気になり、声を掛けてみるもののやはり淡泊な反応をされてしまい。一刀は、ため息を 漏らしつつも、忠告だけはしておくのだった。  そして、その気遣いの効果なのか、翌日から白蓮の一刀に対する態度は徐々に元に戻り 始めていった。  そのため、一刀は白蓮の異変の理由をしることが出来ないままとなった。  趙雲隊が出陣してから何日も経過したある日、一刀は、廊下を早足で歩いていた。  そして、軍議の間へとたどり着く。 「……入るぞ」  そして、扉を開き室内へと歩を進める。辺りには緊迫した空気が漂っている。  一刀は、よっぽどのことが起きているのだろうと予想する。  そして、既に軍の中枢たる文官、武官がそろっている光景が一刀の考えが正しいことを 裏付けている。 「あんたが最後よ」 「詠たちもいるのか」  声の方向を見れば、賈文和、張文遠、華雄といったこの僅かな間でそれぞれの居場所を 得た者たちがいた。  現在、彼女たちの所属は一刀の部下となっている。  とはいえ、軍中枢の者たちに劣らぬ程の扱いを受けている。何せ、一刀自身の扱いが異 常なものになっているからである。  今では、白蓮と唯一対等の位置にいる存在となっていた。いや、正確には白蓮も含め軍 の中枢人物たちに推められ、そうなったのだ。  そんな一刀の下にいる彼女たちが余すことなく将の位につくのも時間の問題とされてい る。既にそれぞれが部隊を率いているのがその証拠である。  故に、彼女たちがこの場にいてもおかしくはないのだ。  そういった事情を理解している一刀は、とくに驚くこともなく、すでに集まっている者 たちに頭を下げつつ、彼女たちのそばへと向かう。  そして、一刀が自分の席へと着くと同時に白蓮が声を上げた。 「さて、全員揃ったところで話を始めるとしよう」  その言葉に、集まった者たちの表情が真剣なものとなる。 「実は、先程一つの報せが届いた」 「報せ?」  一刀は思わず聞き返す。白蓮はその声に頷き、再び口を開く。 「あぁ、その報せというのがな、"現在、冀州の界橋付近にいる趙雲隊へ向け、袁紹軍が 出撃準備をしている"というものだった……」 「どういういことだ?」 「あぁ、なんでも星の部隊が黄巾の残党を追って冀州入りしたらしい。そこで関門にいた 袁紹軍の兵に許可をとったらしいのだが、袁紹本人がそんなことは知らぬと言い張ってる らしい」  何が起きているのか把握し切れず聞き直す一刀に白蓮が詳細を語る。  それを聞いた一刀は思わず声を荒げる。 「なんだよそれ!」 「おそらく、嵌められたんだ……あいつは星の部隊が自らの領土を侵したとしている。そ して、それを大義名分として私たちに対して攻め込もうとしているらしい」  白蓮が説明した内容に誰かの喉がゴクリと鳴る。  それだけ、場に走った衝撃が大きかったのだ。  何故なら、それは大陸が争乱の世、すなわち乱世へと動き始めたということを指し示し ているからである。 「くそっ! 袁紹め、なめたまねを」  武官の一人が怒りを露わにする。  それを宥めながら白蓮が詠の方を向く。 「落ち着け、皆の者。それで詠、私たちはどう対処すべきだと思う?」 「そうね……星たちがいる界橋周辺の兵を出来るかぎり易京へ集結させるべきだと思うわ 」 「となると、袁紹軍との決戦は易京を拠点として行うことになるんだな?」 「えぇ、向こうの進撃を必要以上に行わせる訳にはいかないわ。それに星たちのこともあ るでしょ」 「そうだな……ならば、すぐに準備に取りかかるとしよう」  詠の言葉を聞いた白蓮がすぐに立ち上がろうとする。 「それと、界橋周辺の各拠点から兵を集結させる際には最低限の兵糧だけを持ち出させて 、残りは焼き払わせるべきね」 「な、何故だ?」  詠の提案が続いていたため、白蓮は腰を中途半端に挙げたまま詠の方を見る。 「向こうは大軍を率いて攻めてくる予定でいる。そして……この戦は恐らく長いものとな るはずよ」  詠の言葉を一言一句逃さないよう聞きながら、浮かせた腰を再び下ろした。 「そうなったとき、敵が必要とする者が何かわかる?」 「……兵糧か!」  詠の質問に一刀が答える。  その答えに詠は頷き、再び白蓮の方へと振り返る。 「そう、向こうは腐っても名家。まちがいなく多くの兵を率いてくるはずよ。ともすれば 、それだけ兵糧が必要となる。そして、少しでも兵糧の消費を抑えるために、こちらの兵 がいなくなった拠点に行き、兵糧を奪うつもりでいるはずよ。それなら、あらかじめ兵糧 を無くしておきましょうってことよ」 「なるほどな、向こうが消費を抑えたいならこちらは消費を誘う訳か……」  詠の言葉の意味を一刀なりにまとめる。  白蓮も理解したのだろう、一刀の言葉に頷いている。 「そういうことよ。あとは……そうね、拠点の装飾はそのままにしておきましょう。まだ 守りの兵が残っていると思わせ、拠点の側で陣をはらせれば、ボクたちが駆けつけるまで の時間を稼げるし、向こうの兵糧を消費させたりして、消耗させることができるわ」 「で、それだけ労した後に手にした拠点には兵糧が無いわけか。そうなれば向こうは、消 耗した分の補給が出来ず、別の面で大打撃を与えられるわけか」  詠の言葉に感心しつつ、白蓮は指示を出していく。  それから、出撃準備が整うのに時間は大してかからなかった。  そして、それぞれの準備がすみ、一刀も隊の元へと、向かおうとしていた。すると、 「あ、あの、ご主人様!」 「ん? 月か、見送りに来てくれたのか?」  急いで来たのだろう、息も絶え絶えな状態の月が一刀に駆け寄ってきた。 「は、はい……私にはご主人様たちのご無事を祈ることしかできませんから……せめてお 見送りをしたいと思って」 「そっか……ありがとうな。月の祈りだけでも十分心強いさ。まぁ、何があっても詠たち を無事に帰してみせるから安心して見送ってくれよ」  一刀は、どこか不安げな表情を浮かべる月の頭をそっと撫でた。 「はい! 詠ちゃんたちだけでなくて、ご主人様もご無事で」 「あぁ、帰ってきて月のお茶を飲ましてもうとするよ」  一刀は、その言葉に力強く頷く月を見て、よし、と意気込み別れを告げた。  そして、隊と共に出撃を開始した。    続々と易京へ向け進軍を開始する公孫賛軍の中、一刀は思う。  この戦いが自分の、そして公孫賛軍の運命を決めるものになる、と。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― (あとがき、特別編) 拠点17にて 華雄の真名の件についての疑問があったようなのでここでお答えさせていただきます。  華雄の真名……それは一刀がそうであるように、皆様の心に刻まれています。  時には、恋姫†無双、真・恋姫†無双を通して華雄を見て、また、時には、たくさんあ る外史のいくつかを見て、など様々な外史を通し、読み手の方ごとに心に刻まれた"彼女 の真名"があると思います。  それが……読んでくださった方の心に刻まれた真名こそが、華雄の真名なのです。  なので、心の中でそっと彼女の真名で呼んで上げてください。  何だか気取ったことを書いてすごく恥ずかしいです。orz  あと、今回いくつか謎が残っていますがおいおい語るつもりなのでお待ちください。  では、再見。