― 花言葉は「清楚(?)」「気品(?)」「やさしい愛情」「変わらぬ愛」 ― 「ほほぅ。お館様がその様な事をの」 「ええ。ご主人様の懐の深さは、私の想像を遥かに超えていらっしゃったわ」  茶を一口啜り、紫苑の様子を伺う。  その視線は共に卓についているワシではなく別の場所へと向けられている。  どうやら璃々と戯れるお館様の姿を捉えておるようだ。  紫苑の奴、年甲斐もなく『恋する乙女』の目をしおって。 遠方での用事を終え、ようやっと戻って来たのがつい先日の事。 幾日かの休暇を頂いたワシは、誰ぞ暇な者を見つけて酒の相手をさせるつもりで城内をうろついていた。 そこで見つけたのが紫苑と璃々、そしてお館様だった。 3人で遊ぶ姿は前から見かけていたが、今日は何故かいつもとは違って見えた。 そう、まるで長年を共にしてきた親子の様に…。 そこが自分の中で妙に引っ掛かり、声をかけたと言う訳なのだが… 「ならばその夜は激しく燃え上がったのではないか? 璃々に弟か妹が出来るのも時間の問題か?」  ………違和感。  無二の親友が幸福に包まれているのなら、それを祝福するのが道理。  だが、今の言葉はいつもの軽口の様で違う…  自分でも気付かぬ内に“トゲ”を含ませていた…?  そんなワシの心を知ってか知らずか、こちらへと向けた紫苑の目はとても穏やかだった。  そしてゆっくりと頭を左右に振る。 「いいえ。その日はご主人様、璃々と3人で寝たし、それから約1月、抱いて頂いていないわ」 「な、なんじゃと? お、お主が1月も我慢しておると言うのか…?」 「それは私だって抱いて頂きたいわ。けれど、不思議と抑えきれるのよね」  続けて「何故かしらね?」と首を傾げる紫苑。  その表情は本気で疑問に感じている様子だ。  だが、第3者から見ればその疑問はとても簡単に答えを導き出せる。  何故なら、誰がどう見ても紫苑は“満たされている”。  紫苑の様子から察して、本当にお館様から抱いて頂いていないのだろう。  ならば情欲等などではなく、もっと別の“何か”に心が満ち足りている様だ。  ………まただ。  また何かがワシの心に引っ掛かりおった…。 「むぅ……。一体どうしたと言うのだ…?」 「桔梗? 突然考え込んでどうかしたの?」 「分からん。ワシにもさっぱりじゃ。紫苑、すまぬがワシは自室に戻るぞ」 「え? ちょっと、桔梗?」  なんじゃこの靄のかかった様な感じは…。  ……ええい! この様な時にはアレしかあるまい!! 「ちょ、桔梗!? いきなりどうしたんだよ!?」 「問答無用! 遠征の間に溜まりに溜まった鬱憤、晴らさせて頂きますぞ!」  夜。お館様がお戻りになられるのと同時に夜襲を掛ける。  やはりお館様のモノ頼みとさせて頂くのが一番じゃからな! 「い、いきなりそんな……うぉぉ」 「ンッ…はぁ…、今宵もこの胸で存分に楽しませて差し上げますぞ…」  夜は、更けて行く…… 「すぅ…すぅ…」 「…………」  気持ち良さそうに寝息を立てておられる…。  そっとお館様の髪に触れ、思う。  何故、この心は靄に包まれたままなのか…と。  存分にお館様の性を頂き、存分に楽しませる事が出来た。  ……だがワシの靄は依然晴れぬ。  お館様でも駄目なのか…? 「ん……桔梗。お早う」 「お、おお。お目覚めになられましたか」 「ふぁ〜あ。ったく、昨日は本当に驚いたよ」 「ふふふ。その分ご奉仕をさせて頂いたでは御座いませぬか。なんなら今からまた…」 「あ、それはやめてくれ。今日は行きたい所があるんだ」 「ほう。何かご用事でも?」 「用事って程でも無いんだけど…。ただ桔梗。君に一緒に来て欲しいんだ」 「ワシ…で御座いますか?」 「そう。まぁ呼びに行く手間が省けたと思えば良いかな?」 「別の手間を掛けさせてしまいましたがな」 「はは! 違いない!」 〜 〜 〜 〜 〜 〜 「ここは…?」  一見、開店したばかりの茶屋のようだが…何故だか妙に落ち着いた雰囲気を醸し出している。 「なかなか落ち着いていて、良さげな茶屋さんだろ?」 「はぁ…。確かに雰囲気は良いですが、この様な場所へ来るのにはもっと他に相応しい者がいるのでは…」 「それじゃダメなんだ。桔梗と出かけると大抵の場合酒家で“ぐでんぐでん”になるだろ? たまには酒を抜きにした、桔梗とのデートを楽しみたいんだ」 「で、“でぇと”とはあの“でぇと”で御座いますか…?」 「そ。そのデート」  こ、この方は分からぬ…  “でぇと”なぞ若い者同士で楽しまれれば良いものを、ワシの様な者となど… 「まぁとりあえず入ってみようよ。な? いいだろ?」 「ふぅ…。折角連れて来て頂いておるのに断る訳にもいきますまい?」 「よし! 流石桔梗! ありがとう!」 「ふふ。何故にお館様がお礼を述べられるのですかな。まったく」 「くくく、はーーーっはっはっは! こ、これは傑作ですな!」  件の茶屋に入ってみたのは良いが、出された目録には酒、酒、酒、酒、酒。  最早ワシが知る中でも3本の指に入る程の品揃えだった。  酒以外の物もあるが、微々たる物だ。 「うぅぅ…まさかの酒家オチ……」 「ははははは! いやはや、こんなに笑ったのは久しぶりですぞ」 「リサーチ不足でした…。面目無い…」 「何が不足しておるのかは分かりませぬが、そこまで落ち込みなさいますな。おい、主人。ここへ茶を2つとここらの菓子を持ってきてくれぬか」 「え? お酒は飲まなくていいの…?」 「お館様が素面のワシを所望されておりますからな。それには答えねばなりますまい?」 「本当、すまない」 「ふふふ。顔をお上げ下さい。それとも、女に気まずい思いをさせるおつもりですかな?」 「そ、そんな事は無い! あ、あー、超お腹減ったしっ!」 「ふふふふふふふふふふ。何故だか無性に腹が立つ言葉ですな」 「わー! ごめん!」 「罰として口移しで菓子を食べさせて頂こうかのぉ?」 「か、かなり魅力的だけど人前だから!」 「はははは!」  ……なかなかどうして。こういうのも悪くはない。 「オヤジー! また来たぞー!」 「おっとコレは御遣い様。らっしゃーせー!」  『茶屋』での一服を終え、次にお館様に連れて来られた場所は珍妙な屋台だった。  台の上には砲を小さくした様な物と円筒形に固められた木くずが置いてあり、屋台奥の棚へは大小様々な品が間隔をあけて並べられていた。 「お館様、これは…?」 「これはね射的って言うんだ」 「射的?」 「うん。ここからあの景品を撃って落とすんだ。コレさ、実は俺の居た世界でもあった遊びなんだよね」 「なんと! それが何故この様な場所へ?」 「それが分からないんだよな…。オヤジ。コレ、何処で手に入れたんだ?」 「へっへっへ。そいつぁ秘密ですよ」 「…この調子で教えてくれないんだよ。ま、楽しいから気にはしてないんだけどさ」 「いや、そこは気にすべき所な様な…」 「まぁまぁ。んじゃオヤジ! さっそく一回やらせて!」 「あいよー! それでは3発どうぞー!」  お館様は砲の先端に木くずを詰め込んだかと思えば、台の上に腹ばいで乗り、砲を持つ手を品へ向けて思いっきり伸ばしていた。  なんと言うか……棚を奥へ置いている意味はあるのか? 「お館様…。それは宜しいのですかな?」 「ああ! これが俺の世界での正しい姿勢…さっ!」 ポンッ  当たったが落ちず…か。 「くそー! 当たって揺れはするのになぁ」  その後、3発とも命中はさせるものの、品はふらふらと揺れるだけで落とす事は出来なかった。  ふむ…なるほど。 「ダメかぁ…。それじゃ次、桔梗やってみてよ」 「お任せを」  砲を手に取り、木くずを詰め、片手に構える。 「あれ? 台に乗らないのか?」 「ええ。姿勢が安定しませぬからな」  まずは… ポンッ 「あ〜惜しい。でも初めてで当てるなんて流石は桔梗だ」  弾速は遅い上、弾も軽い。短い距離とは言え、少しの風でも弾道へ影響を与えるか。  だが、この程度 「造作も無い」 〜 〜 〜 〜 〜 〜 「わっはっはっは! すごいよ桔梗! オヤジの驚いた顔ったらなかったな!」  両手いっぱいにワシが落とした景品を抱え、ご満悦な表情のお館様。  ふふ…。まだまだこの様な所は子どもっぽさが残っておるのですな。 「お喜び頂けて嬉しゅう御座いますぞ」 「いやぁ、この前は小遣いを毟り取られたからなぁ。そう言う意味でも気分は爽快!」  本当にこの方は裏表が無いのだから… 「それよりも、本当にこの景品貰っていいのか?」 「構いませぬ。ワシには必要無い物ばかりですからな」 「そっか、ありがとう。へへ、璃々に良いおみやげが出来たよ」  …今まで晴れ渡っていた心に突然靄が差し掛かる。 「あ、コレなんか紫苑に良いかも…」  靄が…広がる。 「う〜ん…こっちは桃香に…いやいや愛紗かな…?」  …………………… 「……桔梗?」 「ふふ……ははははははは!」 「うわ! び、びっくりした! いきなりどうしたんだよ?」 「あっははは…。し、失礼を致した。何と言うか、笑わずにはいられませんでな……ぷっ、くははははは!」  靄の正体。  それは何のことは無いただの“嫉妬”。  そう。このワシが嫉妬していたのだ。  しかも、璃々に対してまで…。これが笑わずにいられようか。  うろたえるお館様を尻目に、落ち着く為に大きく深呼吸する。  ワシの腹は決まった。  ならば今言える言葉はただ1つ。 「……お館様。愛しておりますぞ」 「…え? お、あ、え?」  突然の告白にお館様が固まっておられる。  そのまま一つ笑顔を向け、お館様を置いて歩き出す。  主人として……男として魅力を感じ、好意もていたが、よもや“本気”にさせられるとはな…。  ふふふ。今宵の酒は美味であろうなぁ。 「桔梗!!」  突然腕を掴まれた…かと思うと、乱暴に唇を奪われる。  呆気に取られるワシの眼前にはお館様の顔が広がっていた。  ゆっくりと唇が離れる。  そして真っ直ぐな眼でワシを見つめておられる。  それはまるで、ワシの心を見透かしているかの様で……… 「桔梗。俺も愛してるよ」 紫苑よ…… ワシも…年甲斐なく乙女であるらしいわ。                                 ― おわり ―