──真√── 真・恋姫†無双 外史 北郷新勢力ルート:Interlude7 **  同盟相手としての情報収集を兼ね、反董卓連合後、明命が雪蓮の命でそのまま漢中まで来てから、 早十五日が経った。  大まかな調査はすでに終え、雪蓮と冥琳への報告書も大体出来上がっているために、 滞在予定期間の残り十日をのんびりと過ごすことが出来そうだ。 「……何といいますか……このまま定住したくなりそうな程、居心地が良い所ですね……」  そんなことを呟きながら城内の中庭を散歩していると、敷地の一角にある離れが目に入る。  何ともなしにそこを訪れ、窓の隙間から中を覗くと微笑ましい光景がちらりと目に入った。  その光景をもっとよく見ようと、入り口から入って件の場所へ行く。そして最初に目に入ったのは…… 真ん丸くなって眠る猫だった。 「お猫様…………」  思わずほぅとため息が漏れる。猫というのはどうしてああも可愛らしいのだろうか。  そして視線を右にずらすと、同じように丸くなって眠る恋と、彼女に寄り添うセキト、 そして北郷一刀の姿があり……明命の視線は、彼の場所で止まる。  反董卓連合において実際に会うまで、明命にとって“天の御遣い”と言うのは、 噂の中にしか居ない所謂“別の世界の人物”であった。  噂と言うものは、得てして尾鰭が付く物である。ましてやこの時代の中国における、 “天”を冠する二つ名を持つ人物の噂である。それは、いくら諜報に長けた将とはいえ、 明命の耳に入る頃には幾多にも誇張され、あるいは歪められて、“天の御遣い”に関する噂は、 最早聖人君子が如きと言っても過言ではないものも数多あったためだ。  それ故に、反董卓連合における実物の“天の御遣い”との出会いは、明命にとって衝撃的であった。  噂でしか知らない初めのうちは、はっきり言えば彼の事を神聖視していたと言っていいだろう。 だが、それは次第に改められることになった。  確かに噂に違わぬ理想を持ち、それに邁進する心の強さもあり、そして正に天の如き懐の広さと、 優しさを持った人であると思った。  だが、それは決して『聖人君子』の物ではない。あくまでも『人』のそれであったからだ。  そしていつしか、彼に対する彼女の認識は、“天の御遣い”から“北郷一刀”へと変わっていた。 それは偏に、彼の事を一人の人間として認めたからに他ならない。  また彼女自身気づいてはいなかったが、明命が彼を見る視線の質もまた、憧憬や尊敬から、 信頼や親愛へと変わっていたのだ。  明命はそっと一刀の傍らに座り込むと、静かに彼の寝顔を見つめる。  昨夜は遅かったのだろうか、ぐっすりと眠っている。  ……いくら建物の中とはいえ、この時期にこのような所で眠っていては、風邪を患ってしまうのではないでしょうか?  そんなことを思いつつ、そっと彼の髪を指で梳くと、うぅんと小さく身じろぎした。  起こしてしまったかな?と、しばし眺めていても起きる気配はなく、もう一度、静かに、そして優しく一刀を撫でる。  すうすうと寝息を立てつつも気持ちよさそうな一刀の雰囲気に、明命も自然に微笑を浮かべ…… 小さな一室には、穏やかな時間が流れていた。                       ◇◆◇  一刀は昨夜、どうしても片付けなければならない案件があったために、ほぼ明け方近くまで執務室に詰めていた。  軽く一眠りし、目を覚ましてからもどうにも調子があがらなかったのだが、その様子を見かねた月に、 「急ぎの物もないですし、今日はゆっくりなさって下さい」 と諌められ、その言葉に甘えることにした。  その後、何となく訪れた離れにて寝ている恋を見つけ、引き込まれる様に、一緒に眠ってしまっていたのである。  そして今一刀が目を覚ますと、硬い板張りの床に寝ていたはずなのに、頭の下に柔らかいものがあることに気がついていた。  セキトでも枕にしてしまったのだろうかと思いつつ目を開けると……覗き込む様に自分の顔を見る明命と眼が合った。 「……あ〜……おはよう」  とりあえず挨拶は大事だよね。彼女の体勢と頭の下の感覚から察するに、膝枕されてるんだね。  若干錯乱気味の頭でひとしきり考えた後、明命の様子を伺う一刀であったが、彼女の様子がおかしいことに気がついた。  ……どうやら、いきなり眼を覚ますとは思わなかったらしい。顔を真っ赤にさせてしまっている明命。  そんな彼女の様子に、逆に一刀は落ち着きを取り戻す事が出来、  「明命……落ち着いて」  なるべく優しく声をかけつつ、一刀はそのままの体勢で手を伸ばし、そっと明命の頬を撫でる。  しばらくそうした後、現状について質問してみる。 「えっと……それで、どうしていきなりこんな?」 「はい。ふとこの部屋を覗いた時、お休みになられてるのを見受けたのですが…… 少々寝苦しそうになさっておられたので、つい……ご迷惑でしたか?」  申し訳なさそうに言う明命へ、 「そんなことない!嬉しいよ。……気持ち良いしね」  少しだけ明命の太腿に頭を押し付けつつそう言うと、明命は再び頬を赤く染めながら、安心したように微笑んだ。  一刀は、明命のその微笑に一瞬目を奪われ……無意識のうちに、再び彼女の頬へと手を伸ばし── 「……ぁ……」  一刀のその、何の力も入っていないはずの手に引かれる様に、ゆっくりと明命の顔が降りていく。  そして、二人の唇はその距離を零へと── 「………………わんっ」 「……セキト、邪魔しちゃだめ」  そんな台詞が聞こえた、その瞬間、 「────!!」 「んごぁ!!」  声にならない明命の悲鳴と、ゴンッと言う低く響く音の直後に聞こえた、妙なうめき声。  言うまでも無く、すっかり失念していた恋達に驚いた明命が、一刀の頭を床に落とした音だ。 「……っ痛〜〜」 「か、一刀様!大丈夫ですか?!……申し訳ありません……」  後頭部を押さえてのた打つ一刀を慌てて抱え起こし、しゅんと謝る明命。  そんな彼女を見た恋も、おずおずと口を開いた。 「……ご主人様、ごめんなさい……」 「……クゥ〜ン……」 「……セキトもごめんなさいって言ってる」  セキトは耳をぺたんとし、恋も明命も犬耳があれば、同じ様な状態にさせているであろう様子に、 怒るどころか逆に微笑ましくなってしまった一刀は、 「大丈夫だよ」  と、怒ってないと安心させるように、微笑みながら二人と一匹の頭を順番に撫でてやるのだった。                       ◇◆◇  それから十日後、それまで以上に北郷勢に馴染んだ雰囲気の明命は、寿春へ帰る為、 皆へ惜しまれつつも漢中を後にした。  余談であるが、寿春へ帰り、雪蓮や冥琳に報告を終えた明命が、本来の任である孫権の警護の為に建業へ戻った時、 漢中の様子を実に楽しそうに語ったため、一人の少女がしばらくの間、自分も行きたいと駄々をこねたらしい。  それが誰かは……推して知るべし。