再び、望まれた 再び、願われた 故に貴方は再びこの世界へ渡る 故に貴方は再び友と共に駆ける 貴方には、為すべき事があるはずです 為しても褒美は差し上げませぬが 機会を、先に差し上げましょう 今一度、悠久の大地に降り立ちなさい―――― 涼しい。俺がぼんやりと意識を取り戻して、真っ先に感じたことはそんなことだった。 風が肌を抜けて、それに乗る葉のざわめく音が心地良い。柔らかい日差しを目蓋ごしにも感じることが出来る。 何度か屋外で寝入った事はあったけど、置き引きやら危険動物やらの心配を除きさえすればとても気持ちの良いものだった事を覚えている。 (――――でもおれ、どこでねたっけ?) 手で床を擦ると、さわさわと感じる草の感触。土の感触をあまり感じさせない、良い手入れの芝生の肌触り。 寝返りを打つと、草の香りが鼻をくすぐった。耳下首元に触れる細い葉がむず痒い。これがほんとの草枕ってやつか。 「――――って草枕ぁ!?」 掘り起こしてみれば、俺が耄碌してしまっているのでさえなければ自分の最後の記憶は自分の部屋で寝っ転がった時から途切れている筈だ。 ここが外だって? そんな馬鹿な。徘徊癖に目覚めるにはまだ早すぎるし、記憶が飛ぶような障害を持った記憶もない。 思わずガバと音をたて、勢いつけて体を起こす。急に動いたせいか首と肩の筋肉が突っ張って痛かった。 開いた眼に映るのは時代錯誤な、だが見覚えのある建物と風景だった。いかにも中国古来の建物です、と言わんばかりの建築が立ち並んでいる。 天を仰いでみれば現代ではそうそう見られないほど澄んだ青空を裂いて、鳥が一羽視界を横切った。 「まぶし……」 眼が眩む。瞳孔が開ききった眼には、屋外の明るさが妙に堪えた。 擦って、何度か瞬きしてから改めて目蓋を開いても、光景は全く変わらなかった。 「……いてて」 俺の指に引っ張られた頬は正常な痛みを脳に訴えかけている。夢ってわけでもなさそうだ。 こんな経験が昔にもあった気がした。あの時はもっとこう雑に放り出された感じだったけど。 そう、およそ二年前。突然過去に迷い込んだあの時に今の状況は似てるんだ。 三人組に絡まれて、三人組に助けられて、三人組に付いていくことになったあの時に。 一通り辺りを見回した後、自分の服装を確かめる。見慣れた、しかし最近着ていなかった筈の聖フランチェスカの制服だった。 始業式に着て行って即タンスに突っ込みっぱなしだったそのままみたいだ。ポケットを探ると、あの時の帰りに買って食べたミニドーナツのパックの余りが指に触れる。 誰かが着せた? そもそも眠っている俺をこの服に着替えさせてこの世界に放り出した? 何てアホらしい。 ここまで綺麗にお膳立てされていると、これは夢なんじゃないかと疑っちまう。 ……いや、妙な夢を見ていたような気もする。 (帰って…………、きた、のか? 俺は) 状況に風景に、何より空気が懐かしい。これはもしかしてひょっとして華琳、春蘭、秋蘭達、皆のいる世界へと帰ってこれたのだろうか。 だとしたら、俺は再び彼女達に会えるのか。会って、彼女達のぬくもりをこの手に感じることができるのか。 ……目頭が熱くなる。視界がじわりと歪んだ。こんなこと、いやこんなことじゃないけれど、涙を流している姿を華琳に見られたら何て言われるか。 でも今となっては、そんな想像も充分手の届く所にあるものだから。罵倒の言葉もきっと喜んで受け入れられると思う。こんな事を桂花に言ったらどうなるかな。もっと罵倒されるかもしれないけど、それも嬉しいかもしれない。 ああ、駄目だ。俺はなんて現金な奴だ。ついこの間まで無気力状態で動く肉の固まりになってたってのに、今はもうこんなにも体が軽い。 空を裂いて飛んでいくこともまんざら夢じゃない気がした。それだけ清清しい気分ってことだ。 ドサリとまた芝生に体を預ける。今度は、無理に涙を堪えることはしなかった。 「……それにしても、なんで帰ってこれたんだ?」 一通り泣いてすっきりしたからか、気になって当然だったことにようやく思考が向いた。 そうだ、俺はなんでこの世界に戻ってこれたんだろうか。 もし彼女が望んでくれていたなら考えられる話になる。あの覇王が、俺ともう一度会いたいと願ってくれたのならば。確かに不思議なことじゃあない。 元々俺は彼女の夢、天下統一を叶える為に遣わされてその夢を叶えて去ることになった。 ならば彼女が俺に会うことを心から望んでくれたから俺は又再びこの世界に遣わされた、こう考えるのが一番自然かもしれない。 ……正直、俺は華琳に会わせる面が無いだろう。 どの面下げての言葉通り、勝手な都合で突然いなくなった男が――――しかも会えない間男を磨くどころか腑抜け切っていた男が――――会いに戻ってくる時どんな顔をすりゃいいんだ。 急に恐ろしくなった。軽蔑される程度ならまだしも、目もくれず去られるのが怖い。 嫌われても蔑まれても彼女は俺の事を見てくれている。愛情の反対は無関心ってのも面白い考え方だと思う。正しいかどうかは別にしても、一番堪える対応だからな。 だが実際俺が腑抜け切っていた事は変えようの無い事実だ。偉そうな事を言って別れた昔の男がのこのことまたやって来る、ドラマか何かで見たら失笑する所だ。この恥知らず、ってな。 しかし彼女が望んでくれていたのなら。華琳が俺に会いたいと願ってくれていたなら、胸は張れなくても頭を下げながら会いに行くこと位は許されるんじゃないか? そんな希望を抱いたその時――――――、誰かの話し声が風に乗って流れてきた。