──真√── 真・恋姫†無双 外史 北郷新勢力ルート:月拠点 月花美人 ─ハナノヨウニ、アイラシク─ **  ここに、一人の少女がいる。  その少女の名は董卓、字は仲穎、真名は月。  つい最近までの彼女の立場は、都洛陽を支配する大勢力の君主であった。  そして今は、心から慕う男性に仕える、可愛いメイドさんである。  もっとも彼女の場合、後のヨーロッパに登場するであろう本場のメードとは違い、女中と言う訳ではない。  本来はその正体を隠す為の偽装であったのだが、彼女自身が望んだ為に侍女を続けているだけであり、 彼女はあくまでも、その主たる“北郷一刀直属”であり、またその仕事の内容にしても、 一刀の君主業務──主に政務である──の手伝い、相談役であったり、疲れた彼にお茶を入れたり…… 要するに、その行動の全ては“北郷一刀のため”なのである。  無論、つい最近まで一勢力を築いていた彼女が、庇護下となった相手の政務を手伝う…… と言うことに対して、疑問・反論が無かったわけではない。  ……とは言っても、主に異論を唱えたのは彼女の元部下である軍師の、詠と音々音であるのだが。  本来であれば彼女のその立場に疑問を呈すべき立場である、北郷一刀以下その軍師たる風と稟は、 逆に手伝ってもらうことに乗り気であった。  その理由としてはいくつか挙げられる。  一つ、彼女等が決して裏切らないであろうと言う絶対の信頼を寄せている。  ……これに対しても、彼女等は裏切らないと言う確約をしたわけでもなく、言ってしまえば、 一刀等が一方的に信頼を寄せているに過ぎないのだが。  ……尤も、月達にしてもその信頼を裏切るつもりなど毛頭ないのであるから、 結果的には問題無いのであろう。  そしてもう一つ。今まで行っていた政務であるが、この大陸にある従来の方法の他、一刀の有する、 所謂“天の知識”を利用し、活用していた部分も有った為に、新しく加わった元董卓勢への、 業務形態やらなにやらの説明、引継ぎ等の雑事に、風と稟が追われてしまっているのである。  そうすると必然的に、一刀の政務に対する負担と言うものも増えるのであるが、 この北郷一刀と言う男、いかんせんまともな君主業務をしだしたのは、ここ二、三ヶ月前から。  約八ヶ月前までは言わずもがな、只の学生であった上に、こちらに来て、漢中にて足場を固めるまでは、 ほぼ戦に継ぐ戦、転戦に継ぐ転戦で、腰を落ち着ける事などほとんど無かったのだから無理もあるまい。  それ故に、今までは政務の間は、風か稟が補助に付いていたのであるが、 前述の通り、反董卓連合後……あともうしばらくの間は、二人とも多忙により一刀の手伝いは出来そうもない。  それ故に、董家の跡取りとして幼い頃から教育を受けていた月と言う存在は、 今現在一刀が君主業務を行う上で、必要不可欠の物となっているのだ。  尚、これを説明するに当たり一刀は、 「今、俺には君が必要なんだ。月だけが頼りなんだよ!」  と、告白然とした頼み方をし、その台詞と真摯な表情にやられて、 月が顔を真っ赤にさせて居たのは言うまでもあるまい。  さて、そんな月であるが、ここに来てからと言うもの、妙にタイミングの悪い場面に遭遇する事が多かったりする。  例えば、ある朝起床が遅いのを心配し、起しに行った一刀の部屋で、裸で抱き合いながら眠る一刀と風を見たり。  例えば、星が音々音に対して、滔々とメンマ論を語っている所に出くわして、巻き込まれたり。  例えば、明命と風が、星に猫語を教わっている場面に遭遇したり。  例えば、ある朝起床が遅いのを心配し、起しに行った一刀の部屋で、血に沈む一刀と稟を目撃したり。  色々と……言ってしまえば、かなりドタバタとした毎日であるのだが、それでも今、月はとても幸せだった。  ……まぁ、一部の出来事に関しては、多少のやきもちを焼いてしまったりもしているが。  それは、ついこの間までは失ってしまっていたもの。  それを感じる余裕すらなかった……“楽しい”という、ただそれだけの単純な思い。  そう、彼女は今、毎日が楽しくて、日々過ごせることが、幸せなのだ。                       ◇◆◇  昨日は随分と冷え込んでいた為か、夜半から振り出した雨は明け方には雪へと変わり、 漢中の街を、城を、うっすらと白く染め上げていた。  サクリと言う小気味良い音を立て、うっすらと雪化粧を施した芝生の上に、足を踏み出す。  まだ朝も早い時間、水を汲むために井戸まで行く道すがらに、サクサクと足跡を付けつつ歩いていく。  振り返れば、そこにあるのは自分の足跡のみで……まるで、この白い世界を独り占めしているかの様な感覚に、 思わずふふっと月の口から笑みが漏れた。  今が乱世であることに変わりは無い。  だけど、ここには確かに穏やかな時間が流れていて……  詠が、恋が、霞が、華雄が、音々音が、風が、稟が、星が……そして一刀が居る。  大好きで大切な人たちが居て、皆が笑っていられる。それは月にとって、なにより幸せなこと。  そんな幸せな時間を思い返し──  漢中に来てからの、楽しい時間を思い返し── 「…………ご主人様……いつか私も……」  思わずそんなことを口走り、“その場面”を想像して顔を赤くさせて少し悶えてから、 すぐに我に帰って回りに人が居なかったことを確認し──  気が付くといつの間にか一刀がいて、ばっちり見られていた。 「………………へぅ………………」  ……漢中は、今日も平和である。