「私は私の物語を主役としてちゃんとやっているわ。あなたは今、どうしているかしら?」 蒼天の下、一人の少女はそう言った。ただ誰もいない遠い空に。しかし少女ははっきりとその姿を知っていた。 「次に会った時は、別れてからの話をちゃんとしてもらうわよ」 望まなかった別れから数カ月、それでも少女はその少年との再会を決して諦めていなかった。 「だから私もあなたに笑われないように胸を張って生きるわ」 そこまで言って少女は呼ばれる声を二つ聞いた。 「はいはい、わかったわよ」 その二つの声に返事をすると少女は最後の言葉を蒼天に言った。 「じゃあね、一刀。また会いましょ」 少女、曹操は愛する少年の名を呟いてその場を去っていった。 ―――――そして時を同じくして、身を滅ぼした者が蘇った。 記憶を失いし天の御遣い・第一幕 (ここは……、何処だ?) 何も見えない視界。真っ暗で光もないこの場所を眺めていた。しかし瞼の感覚は閉じている事に気付いて単に目を瞑っているだ けだとすぐに気付いた。しかし、それでも開こうとはしなかった。 (なんで、こんな状態なんだ……?) 今の状態の経緯をまったく覚えていない。何故目を瞑り、視界を閉ざしているのか。そんな単純な事さえ思い出せない。しかし、 ある言葉が根強くあった。 (……そうだ。俺は『寂しがり屋の女の子』とまた会う為に) 自分の願いをはっきりと思い出したが、それ以外の事はまるで空白のページのようにしかなかった。『寂しがり屋の女の子』と の再会以外、それは自分自身さえも。 (俺は……、何者だ?いったい誰――) 「……………おい」 自分の正体もわからずに混乱の渦へと飲み込まれる寸前、誰かに呼ばれた。 (誰だ……?) 「はぁ?俺の事は覚えている筈だろ、北郷一刀」 声をかけてきた者から名を呼ばれ、それが自分の名前だと一刀は知った。そして、この声の主も思い出した。 (そうか……、アンタは羽貴…………) その者の真名を思い浮かべ、そして一刀は閉じた目を開いた。 目を覚ました一刀が眠っていた場所は側で川が流れる森の中だった。立ち上がって空を見上げてみると日が出ているのに月が出 ていたような気がした。 「よう。おはようさん」 羽貴が挨拶をし、一刀はその声がした方向に顔を向けたがすぐに首を傾げた。 「…………アンタ、誰だ?」 声は確かに羽貴のものであったが、その声の持ち主で、一刀の目の前にいるのはやたら目立つ姿をした青年だった。全体は五色 の彩色で長い袖の口は翼のように広く、尾羽の様な腰布に。そしてそれを着る青年の髪も赤が中心だが、それでも五色の髪であ った。一見すれば鳳凰のようであるが、一刀の知る羽貴は正真正銘の鳳凰である。 「おっと。悪い悪い、起きてから化けるべきだったな」 「?」 「ちょっと右腕を見ててくれ」 羽貴と同じ声を出す青年は一刀の視線を右腕に集中されると軽く振った。すると腕は鳥の翼そのものになってしまった。 「うわっ!?」 「俺だよ。精神世界で話しかけていた羽貴本人」 「いや。本『人』って、アンタ鳥だろ」 「でも今は人の姿だ」 いきなり腕が翼になった事実に驚きながらもすかさずツッコミを入れた一刀であったが、羽貴はあっさりと返事し、翼になった 腕も人の形に戻した。 「さて一刀。お前がやる事はちゃんと覚えてるか?」 羽貴が話題を変えると一刀はすぐに自分のやるべき事を思い出し始めた。先ほどまでは少女との再会だけしか思い出せなかった が、目覚めた今では自分のやるべき事を明確に思い出していた。 「俺の記憶を探し、『寂しがり屋の女の子』と再会する事」 「正解。そしてほら、注文の品だ」 一刀がちゃんと役割を覚えてた事を確認すると羽貴は袖の中から棒のような者、日本刀を取り出した。 「名もない普通の刀だ。だから名前をつけてもいいぞ」 そう言って一刀に日本刀を渡した。受け取った一刀は真剣に馴染みはないが、その使い方はしっかりと思い浮かべる事が出来た。 「それとこれだ」 更に羽貴は再び袖の中から何かを出した。今度は布のようであるが、一刀が手に取って広げてみると雨着のようなコートだった。 「お前の上着の制服は目立つからな。思い出しきっていない時に再会する相手と鉢合わせを避ける為だ。だからお前はそれを来  て旅をしてもらう。あと、刀を吊るすベルトだ」 続けて丈夫そうなベルトを受け取った一刀はすぐにそれを着込み、コートの上からベルト巻いて日本刀を吊るした。 「さて。じゃあまず詳しい説明をする為に場所を変えるか。ここはお前が消えた場所だから、成都が近いな」 「ああ、わかっ―――」 「まだかーっ!!」 一刀が先導する羽貴に返事をすると誰かの怒鳴り声が聞こえた。しかしこれは意外に高い声だった。 「いつまでまたせんだよ!!」 更に続けて怒鳴り声を聞こえると芝の中からその声の主は現れた。姿は声に似合う程の少女だったが、白い髪に鱗のようにいさ さか頑丈そうな赤い服。そして柄が赤く塗られた龍の堰月刀を持っていた。その姿は幼いながらも荒々しい気を放つ獣のようで あった。 「今から行こうとしてんだ。それに時間もそれほど経ってないだろ」 「ウルセェな!俺様はさっさと済ませたいんだよ!」 少女が俺様などとと言う一人称はどうかと一刀は思ったが、すぐに姿を消してしまったので言う機会を逃した。 「悪いな。あいつは俺が選んだ連れだ」 「連れ?羽貴が案内してくれんじゃなかったのか?」 「それも含めて説明する。まぁついて来い」 羽貴が先に歩き始め、一刀はそれに黙ってついて行った。 さっさと行ってしまった俺様少女と合流し、そしてそんなに時間がかからずに成都に辿り着いた。そして話す場所に適当な酒屋 としたが、羽貴が来る途中でお金がないと告げられ、払うのはポケットにそれが入っていた一刀になった。 「説明をする前に聞いておくが、どのくらいの記憶が残ってる?」 席に座ってすぐに羽貴から一刀の記憶の状態を聞いてきた。そして一刀は確認するように目を瞑って頭を押さえ、それから時間 も掛からない内に目を開いた。 「真名の事やこの国の地理。あと、故郷の事に俺がここで何かをしたって事ってぐらいだ」 「この世界の住人は?」 「………ダメだ。そこは思い出せない」 まず一刀は元の世界やこの国の常識は覚えてるようだが、それ以上の記憶はない状態。つまり見知っているのは羽貴とこの少女 のみと言う事である。しかし羽貴はそれで困った様子はなかった。 「そのくらい覚えているなら改めて説明する事はないな。特にその何かってのを覚えてるぐらいなら結構残した方だ」 「そうなのか?」 「ああ。余程その女の子との再会を強く願っていたって事だ」 この言葉から一刀は自分の思いを改めて深く感じ、その大切さを嬉しく思った。そして丁度頼んでいた料理が運ばれて机の上 に並べられた。 「じゃあまず最初にこいつの事を教えるか」 羽貴はすぐには料理に手を付けづに話を始め、そしてそれは隣りで一人行儀悪く食べる少女の事からだった。 「こいつも俺と同じ裏方で、正体は龍人だ」 龍人と言う名が呟かれると少女も食事を止めて反対側にいる一刀を睨んだ。 「龍人って、こんな女の子がか?」 龍人と言う正体には驚いた一刀だったが、見た目のギャップがあるのでつい羽貴に真偽を確かめた。しかしそれに反応したのは 龍人の少女の方だった。 「女の子って言うんじゃね、クソガキ!!」 机を叩いて少女は怒鳴った。そのせいで店員や他の客の視線を集めたが、ふてくされたように食事を再開した。 「悪いな、一刀。でもこいつが言った事はあながち間違いじゃない」 「え?」 謝罪して羽貴が続けた言葉に一刀は疑問符が浮かんだ。どう見ても女の子にしか見えないのに、先ほどの言葉が通用するとは思 えなかった。 「どういう事なんだ?」 「実を言うとな。こいつ元は男だったんだ」 「……えええええええっ!?」 羽貴の言葉を聞いて一刀は席から立ち上がる程驚いた。そして再び周りから視線を集める事になってしまい、全方向に頭を下げ て謝ってから座り直した。 「こいつは南蛮の辺りにいた悪龍でな。そこにいたら人間に退治されて、その結果がこれだ」 改めて詳しく話した羽貴は食べ続けるその少女を横目で示していた。 「なんで退治されたら性別が変わるんだ?」 「その退治した人間は薬の材料を求めていて、そして全身が秘薬と言われる龍もその一つだった。んで、そいつが持って行った  部分ってのが龍の玉と――」 そこまで言って羽貴は顔を前を出してヒソヒソ話のする方の体勢をとり、そして一刀も聞く方の体勢を取った。そして最後の内 用を聞くとその部分に驚愕した。 「……それ、マジか?」 「マジだ。俺なんか同情した」 一度確認して少女の方を恐る恐る覗いてみると物凄い剣幕で睨まれた。 「んで、そいつに仕返しをする為に肉体を再生しようとしたが、龍の玉まで持って行かれたから龍として復活するには力が足り  なく、結果として龍人として蘇ったんだ」 「龍人って言うと、もしかしてこれが本当の姿なのか?」 急に告げられた龍人としての姿である龍に一刀はその姿を改めて確認したが、何処と変わった所はなかった。 「これでもちゃんと人に化けてる。人って文字があっても龍としての特徴があるからなら」 羽貴が続けて説明をしてくれたので一刀の疑問はすぐに解消し、再び話に耳を傾けた。 「そして旅するのが俺達のと重なってな。丁度いいから俺が誘ったんだ」 「なんで丁度いいんだ?もしかして戦えないとか」 「そうでもないぞ。ちゃんと武器もある」 そう言って両袖の中から鉄で出来た巨大な扇を取り出した。最初から気になっていたがどうやって入ってるか気になる袖である。 「じゃあなんでだ?」 「俺、鳳凰だから」 単純で意味不明な答えを聞いて一刀は疑問符が頭に浮かんだ。何故鳳凰だと連れが必要なのかまったくわからないのでそのまま 羽貴の話を黙って聞いた。 「鳳凰の伝承の一つには生き物は殺さず、生草も折らないってのがある。俺の場合は植物程度は大丈夫だけど、動物や人間に対  しては痛めつけられる事以上は出来ないんだ」 ここまで聞いて一刀はこの少女を誘った意味に気付いた。 「つまり、自分の代わりにこの子で人殺しをさせるって事か?」 「そうとも言えるな。じゃあ聞くが、お前は大切な人が殺されそうになった時、殺そうとする相手に手加減が出来るか?」 羽貴の質問に一刀は言葉が詰まった。人は窮地に追い込まれると手加減が出来なくなる生き物だ。それが大切な人を守る為であ ったならなおさらそれに歯止めが利かなくなるだろう。 「まぁ三国平定した今の世の中、そんな事はない筈だ。今のお前も賊相手には遅れを取る事はないだろうからな」 最後にそう言って一刀は腰に吊るされている刀に触れ、そしてもしもの瞬間の覚悟もした。 「こいつの事はこれで終わりだ。それじゃあ、お前の記憶探しについて詳しく話そうか」 ようやくの本題に一刀は羽貴の言葉と声に集中した。 「まず、お前の記憶はきっかけで思い出す」 「きっかけ?」 「例えば特定の場所に行く。何かに触れる。誰かに会う。そんな一瞬でお前は記憶を取り戻す事が出来る。恐らくこの世界でお  前が関わってきたものだろうな」 「その場所、わかるのか?」 「……そういや、お前がなんて呼ばれているかも忘れているんだったな」 「え?」  羽貴の呟きが聞こえた一刀は反応したが、すぐに羽貴が説明に戻って続けた。 「ちゃんと確認してある。だから安心しろ」 「あっ、ああ。わかった」 はぐらかせたのは明らかだったが、言わないという事は事情があると一刀は詮索しなかった。 「あと旅するのに一つ。お前は本名を名乗る事は出来るだけ控えて貰う」 「は?なんで」 「お前、なんで俺がそんなコートを渡したと思ってる」 コートを指差されたの見てみると渡された時に言われた言葉を思い出した。 「思い出しきっていない時に鉢合わせするのを避ける為、か」 「そうだ。そんな事になったら再会する相手を悲しませるだけだろ」 羽貴の言葉に一刀は名前すら覚えていない『寂しがり屋の女の子』を泣かせてしまう事に胸が凄く痛んだ。 「でも俺はなんて名乗ればいい?」 「丁度お前は記憶を失っている訳だし、一刀を真名として覚えていたが姓や名は忘れているって事にして、人に名乗るのは北郷  から取って北(ほく)っていうのはどうだ?」 あまりにも安直な名付け方だが、下手に別の名前を使うのも遠慮したかった。逆に本名から取る方が無難な所だと一刀は思った。 「じゃあ北って名乗る事にする。もしもの時の弁解は頼む」 「そこは任せておけ。それと俺たちも本来の名前を使う訳にはいかないが、お前のように単純な呼び名にする訳にもいかないか  ら偽名を考えた。ちなみに俺は雀景(じゃくけい)て言う名を使う」 「俺様は灼周(しゃくしゅう)だ」 偽名の紹介に食べてばかりだった灼周も自分自身で名乗った。 「さて、簡単に話すとこれで全部だ。何か質問はあるか?」 「いや、ないよ。説明ありがとうな」 「どういたしまして。じゃあ行動に移るか」 説明を終えると羽貴は立ち上がり、一刀もその次に立ち上がった。それを見た灼周は一気に残りを口に入れ込み、一度に飲み込 んでから最後に立ち上がった。 「一刀。悪いが支払いよろしく」 「ああ」 羽貴に言われて一刀は先に行って店の人に料金を払った。ちゃんと持ち合わせが足りたので皿洗いをするというベタな展開はな かった。そして支払いで店から出るのは最後になった一刀はすぐに羽貴に話しかけた。 「それで何処から行くんだ?」 「いきなりそれか。やっぱりクソガキだな」 一刻も早く記憶を取り戻したい一刀が急かすように聞いて灼周に嫌味を言われたが、羽貴の返事はそれとは別のものだった。 「急ぐな。まだ旅には出ないぞ」 「「は?」」 羽貴の言葉は灼周にとっても意外だったようなので一刀と声が重なった。 「どう言う事だ、羽貴?」 「おい。俺様はさっさと仕返しがしたんだよ。こんな所で何をやるってンだ」 二人の質問に羽貴は呆れたようでため息が出た。 「お前ら、路銀はどうするんだよ」 呆れながら羽貴から告げられた言葉に一刀は納得したが、灼周はこれでも意味がわからなかった。 「なんでだよ。しばらくはこのクソガキのを使うんじゃないのか?」 「一刀。どのくらい残っている?」 「……これだけ」 自分達の中心に手を出した一刀はその中に革袋の中に入っていたお金を出した。その目安は今すぐ旅をするには少ない金額だっ た。 「って、なんでこれだけしかないんだよ!」 「文句言わないでくれよ。持っていたのはこれだけとさっきの食事代しかなかったんだから」 金額を見て灼周は一刀に怒鳴ったが現実を見極める事は出来たようで弁解の後は何も言わなかった。 「わかったか、雷命(らいめい)」 「いちいち確認するな!」 灼周を納得させる為か、羽貴は彼女の真名を呼んだ。しかし灼周は逆に機嫌を悪くしてそっぽを向いてしまった。 「と、言う訳でまずは路銀集めだ。二手に分かれて稼ぎにいくぞ」 一刻後…… 「で、なんで俺様はクソガキと一緒なんだ―――っ!!」 成都の外、草原の上で灼周は高々と声を上げた。そしてそんな彼女の後ろからは一刀が距離を取るようについて来ていた。二 手に分かれたその組み合わせは一刀と灼周、羽貴という形になった。 『俺は成都の中で路銀を稼ぎながら情報収集をする。お前たちは丁度ある盗賊退治をやってくれ』 その羽貴の提案により二人はその盗賊退治に出かけて一緒にいると言う事だ。更に詳しく話すとこんな事も言っていた。 『お前ら二人が親密になるいい機会だ。それに、一刀は一度戦ってその場の緊張感を持ってほしい』 旅をする彼らにとってコミュニケーションは大切であり、その為の機会を与えたのだ。一刀は灼周とは仲良くするつもりである が、罵倒しか言ってくれないので一気に親密になるには確かに必要だと思い、あまり気は進まないが承諾した。 「おい、クソガキ!チンタラ歩いてないで、さっさと盗賊の拠点に向かうぞ」 「ああ。わかったよ、灼周」 相変わらず罵倒しながらの灼周の態度だが、何故かそんな事はあまり苦にはなっていない。むしろ何処か懐かしい空気を感じさ せていた。 「でもよくアジトの場所がわかったな」 「アジト?」 「拠点の事だよ。成都を出る前、街の人に聞いたんだけど神出鬼没でなかなか見付からないって」 一刀の言うように成都に出没している盗賊は夜中物音を立てずに襲撃し、しかも小数で様々な場所で行動を起こす為に兵士や警 備兵から目の逃れ、そして誰一人と捕まえる事が出来ずにアジトも見付からない状態だった。その為、御触れ出して旅人にも協 力してもらおうと言う事になったのだ。 「やっぱり羽貴が鳳凰とかだからなのか?」 「ああ、適当な鳥に聞いたそうだ」 「……ふぅん」 結構意外な言葉を聞いた一刀であるが、いちいち驚いていてはキリがないと酒屋で気付いたので間を開けて納得した。 「でも経験を積めって言われても、俺なんかがまともに戦えるのか?」 「先に言っておくが、俺様は助けないぞ。自分の身は自分で守れ」 自分が戦いに向いていないと言う事は覚えていた一刀は歩くたびに不安な募り、それが口に出てしまったが灼周は無責任な事を 言って聞き流した。 「ちょっと待ってくれよ。仲間なんだから助けてくれよ」 「盗賊相手に手間取るくらいなら旅なんかするな。ひっそり暮らしてろ」 「それはいかないよ。大事な人を待たせているんだから」 「じゃあこの盗賊退治ぐらいはちゃんと戦え。そうすれば俺様も少しは認めてやる」 結局灼周は最後まで手を貸してくれる気はなく、一刀は渋々自分の実力で乗り切る事にした。羽貴が言っていた『緊張感を持っ ってほしい』とはこの事を言っていたのかもしれなかった。 「覚悟は出来たか、クソガキ」 「おい、灼周。さっきからクソガキって、俺の事は一刀って呼んでくれよ」 「だったらなおさら一人で戦え。そしたら認めて呼んでやるよ」 これを最後に灼周はこの道中の会話を打ち切った。一刀は更に名前を呼ばせる事も追加されて更に気が落ちてしまったが、やる しかないと気合を入れた。 そして更に二刻後…… 「ここに盗賊が潜んでいるのか……」 草原を歩き終え、ある山の麓のわずか下にある洞窟に来ていた。二人は岩陰に隠れて様子を窺っているが、今の所何も変化はな い。 「どうする?灼周」 「どうするって何がだ」 「相手の数はわからないんだし、ここはまず様子を見て判断するのがいいんじゃないかな」 「必要ない。南蛮で悪龍と呼ばれていた俺の実力を侮ってるんじゃねぇか?」 「いや。俺はただの人間なんだけど……」 「そうだったな。じゃあテメェの為に少し待ってやるよ」 最後は灼周の情けでここは様子見となり、二人は誰かが通るのを待った。 「そういやぁクソガキ。羽貴にこう言われたな。誰かを助ける瞬間、お前は敵も殺さないで助け出せるかって」 内容は違うが、酒場の事を出されると一刀はその時の感覚が再び身体じゅうを走った。しかしそれはすでに覚悟していた事だっ た。 「大丈夫。覚悟はもう決めてる。それに、頭のどこかじゃ今更って気がするんだよ」 「ほぉ。つまり誰かを殺したって事か?」 「そんなんじゃないけど、ただ俺が人を殺したって感覚があるんだよ。吐き気がするくらいに」 そう言って一刀は目元を片手で覆って気持ちを落ち着かせた。例え記憶がなくとも、身体の感覚は残る。それがあったのだ。 「でも、それでも誰一人死なせたくないけど」 「甘いな。だが、実を言うと俺様も雑魚を殺すのは趣味じゃない。半殺し程度に済ませるつもりだ」 灼周も不殺の考えを思っていた事を知って一刀がわずかに安心した瞬間、洞窟から人の気配を感じた。 「来たぞ。しかも一人だ」 「なら都合がいいな。灼周、捕まえる事は出来るか?尋問して情報が欲しい」 「そのくらいなら構わないぞ。ちゃんと人数を確認しておいてお前の無様な姿を見てやる」 「その期待に沿わない程度に頑張るよ」 「おう。惨めになれ」 ここにきて本気で罵倒を言っている気が少ししなくなったと思った一刀だったが、そんな事は後回しにして洞窟から盗賊らしき 一人を待った。そして出て来た瞬間、灼周が出た。 「っ!?」 一刀はその突然さに驚いたが飛び出た灼周はまるで龍の如き動きで盗賊の後ろを取り、そして両手と口を抑えると素早く戻って 来た。 「連れて来たぞ」 「………あっ、ありがとう」 描いた絵以上の手際の良さに一刀は呆気にとられたがすぐに気を取り戻して捕らえられた盗賊の男を見下ろした。 「ちょっと中の様子と人数を教えてくれないかな」 「すぐに言え。出ないと関節を折る」 すぐに簡単に尋問が始まったが、灼周は言う前に指の関節を折った。 「――――――!!」 男は激痛を感じたにも関わらず、灼周に大声が出ないような体勢を取らせられている為に悲鳴は出なかった。 「ちょっ!?まだ言ってないのに折るなよ」 「嘘じゃない事をまず伝えないとな。次は、右腕にするか」 そう言いながら男の右腕に少し力を加えた。 「クソガキ。こいつの口元を少し開くから何言ってるか聞き取ってくれ」 「ああ、わかった」 灼周が抑えていた口元をわずかに緩めると一刀はそこに聞き耳を立てた。 「人数と洞窟の中、教えろ」 さらに右腕に力を加えると男は慌てて答えた。 「―――――――」 「ふむふむ……」 灼周にその声は聞こえないが聞き耳を立てている一刀はちゃんとそれが聞こえていた。そして内容が聞き終わったようで耳を口 元から話した。 「人数は五十人程度で、三つの部屋に分かれているって」 「枝別れになっているのか」 「いや、手前から多い順に三つに分かれているらしいよ。例え誰かが入ってきても挟み撃ちに出来るようにって」 「よし、わかった」 情報を聞き出すと灼周はすぐさま捕まえた男を気絶させた。その際にボキッと音が鳴っていたので恐る恐る一刀は生死を確認し ていた。 「よかった。ちゃんと生きてる」 「んな事はどうでもいい。こいつの服で縛っておくぞ」 そう言いながら灼周は遠慮なく男のズボンを脱がしてそれで両足と両手に縛って、とても動きずらい体勢にした。 「……なぁ灼周。どこでこんな縛り方覚えたの?」 「ああ?人間ってのは手足を縛られたら動けなくなるもんだろ」 灼周の縛り方が一刀の世界にあったものに似ていたが、単に本能的にこの形を編み出した訳だった。 (この縛り方って中国が発祥だったのか?) そんな事を考えている内に灼周がみっともない状態で気絶して縛られている男を隅っこに置くと堰月刀を握った。 「俺様は一番手前の奴らを片付ける。クソガキ、お前は一番奥の奴らだ」 「えっ!?――ってなるほど」 灼周の指示に驚いた一刀だが、すぐにその意味に気付いて日本刀に手を当てた。 「俺達が挟み撃ちにするんだな」 「は?俺は人数が多い所を選んで、弱いお前には一番少ない所をやらせたつもりだが」 灼周の意図を呼んだつもりが単純な理由に一刀はコケそうになった。 「……じゃあ配置はそれでいいけど、灼周が動くのは俺が一番奥に辿り着いたで頼むよ」 「何でだ?」 「さっき俺が勘違いしたけど挟み撃ちはちゃんとした方が早めに片付くし、一つ一つやるより良いからだよ」 「ふぅん。まぁいいぞ。よく考えてみればお前の惨めな姿が見れなくなるな」 灼周の一言に一刀は苦笑して流すとすぐに洞窟へ向いた。 「じゃあ行こうか」 「弱いくせに仕切ってんじゃねぇ」 そう言いながら二人は洞窟の中へ進んでいった。 しばらく進んで灼周は手間の場所に辿り着くとそこで静かに待機し、そして一刀は一人で一番奥へと進んでいった。見張りの盗 賊の目を掻い潜りながら意外とあっさりと奥へ辿り着いた。 (ここか……) 一刀は姿を隠しながら部屋を除くの十に満たない盗賊達がいた。よく数えてみると七人程度で、全五十人と聞いていた割には少 ない割り当てだった。 (十二人くらいを予想してたんだけど、まぁ少ないならそれでいいけど) ここに来るまで予想していた人数では全く役に立たないかもしれないと思っていた一刀であったが、それより少ないと思うとよ り恐怖が薄らいだ。そして腰に携える日本刀を見下ろし、その柄を握った。 (抜かなきゃ舐められる……。でも本当に殺さないで出来るのか?) ちゃんと覚悟は決めた。しかし事態を目の前にするとやはり迷いが生まれる。そんな状態に一刀は目を瞑って軽く瞑想をした。 (信じろ俺。そして決めろ) 自分に訴えかけながら心が静まった瞬間、一刀はその時に動いた。 「おい、お前ら!」 一刀の声に盗賊達が驚き、そしてすぐに構えた。しかし一刀はわずかに油断している今を逃さず、日本刀を抜いて近い一人を峰 打ちした。これで気絶してほしいと願いながらの一撃、それは叶って倒れて気を失ってくれた。 「だっ、誰だオメェ」 ここのまとめ役らしき人物が叫ぶが一刀は出来るだけ一人でも多くを倒して自分を有利にする為にそれに答える事はせずにまた もう一人を気絶させた。 「くっ!お前ら、その生意気な奴を叩きのめしちまえ!!」 二人の仲間が気絶させられた事で残りの五人はすぐに下がってこれ以上の被害を止めた。結局は一対五の形になったが、一刀は 冷静に相手を見ていた。 (二人以上の相手は……、無理か。やっぱ一人ずつ倒していくしかないな) 例え素早く二人を気絶させたとは言え、一刀の握る日本刀はわずかに震えていた。それは戦いの場に立った緊張と自分の弱さか らの恐れ。しかしここで立ち止まってしまえば灼周に言われたように旅をする資格など無い。 「てめぇら、行くぞぉ!!」 まとめ役の掛け声と主に五人が一斉に襲い掛かった。一刀はすぐに下がって五人から攻撃をかわし、攻撃しやすい一人を見定め た。しかし今は峰打ちなどという事は頭にはなく、多少の怪我は勘弁してくれだった。そしてそのまま遠慮なく足に刀を突き刺 した。 「ぎゃああああああああっ!!」 激痛の悲鳴と、肉を突き裂いた感覚を一刀は同時に浴びた。それに吐き気を感じたがそんな暇もなく、ましてこのまま突き刺し たままにするのも嫌であった為にすぐに刀を抜いて下がった。足を突き刺された相手はそのまま武器を落として倒れ込み、足の 傷を抑えた。ただ一か所を刺されたがかなりの激痛なようで再び立ち上がる事無く戦闘不能となった。 (ごめん……) 怪我をさせた一刀は心の中で謝罪し、残りの四人と対峙した。しかし都合良く事が進む訳にはいかなかった。 「おい、二人組に分かれろ!」 先ほどからよく指示を出す一人にしたがって残りの四人が二人一組を二つ作った。この状況を見て一刀は日本刀を構え直した。 (二人組が二つ……。やれるか?) 先ほど無理だと自覚していた複数の相手との戦いになってしまったが、ここで弱音を吐いても何も変わらないのでわずかな希望 を信じた。そして一刀の判断は勝機は相手の動きを見計らっての反撃、その事だけに集中した。 「やるぞぉ!」 「「「応!!」」」 一人の掛け声に三人が口をそろえて返事の直後に一刀に襲いかかって来た。徐々に近づいてくる四つの凶刃に一刀は、一番端に 逃げた。逃げたおかげで凶刃に当たる事無く、そして反撃の機会を逃さなかった。 「せいっ!」 端に逃げ、そしてその端にいた一人の首筋に峰打ちを放った。 「がぁっ……!?」 衝撃を首に受けて無理矢理口が開いてしまうとそのままに気絶してしまった。 「テメェ!!」 しかしそのすぐ隣りにいたもう一人が襲いかかって来た。一刀はわずかに反応が遅れてしまい、左腕をわずかに切られてしまっ た。 「うっ……!」 左腕から走る痛みは意外にも大きく、しかも場所が手首と肘の間だったので柄を握る力を失ってしまった。 「へっ。調子に乗った罰だ」 一刀の左腕が力を失ってぶら下がったのを見て傷を付けた男は自慢げに威張った。しかし片腕が使えなくなった以上、一刀が残 り三人を相手すると言う事は無謀だった。 (くそっ……) 自分の情けなさに悪態をつくが、それでも戦意は失わなかった。 「ほぉ。左腕が使えなくなったから逃げると思っていが、結構頑張るじゃねぇか」 「まぁね。俺はこんな所で立ち止まる訳にはいかないからね」 まとめ役の男の称賛をありがたく受け取った一刀は左腕の激痛を耐え、再び柄を握り直した。 「それに、左腕が使えないってのはアンタの見間違いだ」 「そんな虚勢が通用するって思っているのか?」 再び柄を握って見せた一刀だったが、まとめ役の男が言うようにこれはただのやせ我慢。一刀の勝率は変わっていなかった。 「俺達を襲って来たんだ。その命、頂く」 残った三人で一刀を囲み、同時に仕掛ける体勢だった。 (……我ながら結構無茶だったかもな) 入り口で挟み撃ちをすると言いながら七人相手に劣勢になってしまうような自分を情けなく思った。 (でも、諦める訳にはいかないからな) 絶望的なこの状況の中、一刀は諦めていなかった。それはただ記憶を取り戻し、愛する少女と会う為に。 「それじゃあ、死ねぇ!!」 同時に周りから三人が襲い、一刀は瞬時に抜け道を見出そうとした。しかし、三人の内の一人が姿を消した。 「は?」 突然の事に一刀が呆れた声を出し、盗賊二人も呆然としていた。しかしその一瞬の隙を一刀はすぐに気付いて消えた盗賊の一人 がいた方向に転げて抜けだした。そして盗賊二人の凶刃が地面を叩いた直後にその存在が現れた。 「やっぱり惨めだな、クソガキ」 そう声が聞こえると一刀はその発言元へ振り向き、彼女の姿を見付けた。 「灼周!?」 「よぉ」 そこには堰月刀を横に振り上げた後の状態で体勢を留めている灼周がいた。そしてその振り上げた方向を見てみると消えた盗賊 の一人が壁にめり込んで気絶していた。 「この灼周の双撃荒牙龍(そうげきこうがりゅう)の一振り、その身に刻めぇ!!」 更に残りの二人も宣言通りに一振りで同時に吹き飛ばした。その衝撃で盗賊二人も気絶してしまった。 「ふぅ。やっぱ弱いな、お前は」 堰月刀、双撃荒牙龍を下ろした灼周は転がってまだ立ち上がっていない一刀を見下ろした。 「どっ、どうしてここに!?」 「お前が鈍重に戦っているからだろ。もう俺様が手前も真ん中の奴らもぶっ飛ばしたぞ」 驚く一刀に灼周は簡単に答えた。 「他って、もしかして四十人も!?」 「そんあの軽い軽い。本気を出せば百は相手に出来るぞ」 一騎当千名な事を言って自慢げに得物を振り回す灼周を見ていると一刀はある事に気付いた。 「もしかして、お前一人でも片付けられた?」 「もちろんだ。何度も言ったろ。お前の惨めな姿を見てやるって」 灼周があっさり認めると一刀は一気に気が抜けた。すると同時に意識が薄らいだ。 「あ、れ……?」 「ん?」 その異常に気付く前に一刀はそのまま気を失った。 「ん……」 「おっ、起きたか」 再び目が覚めた一刀が最初に見たのはやけに高く真横の風景だった。しかも身動きが取れずに揺れていた。 「……なぁ。なんで俺は縛られてお前の武器の先に吊るされてるんだ?」 しかし一刀は冷静に今の状況を気付いて灼周に尋ねた。少し遠くから見てみると一刀は確かに縛られて灼周の双撃荒牙龍の先に 吊るされていた。見た目細身の少女が同い年の少年を荷物のように吊るしている光景は異様だが、人目がないのである意味安心 である。 「そのままで担いで行くのはメンドくさくてな。こうして縛って運んでやっているんだ。それと盗賊の奴らは野鳥を通じて羽貴  に連絡して後の事はまかせたし、お前の左腕の怪我はちゃんと処置してやったからな」 灼周にそう言われると一刀はすでに左腕の痛みがなくなっているのを確かに感じた。 「そっか。ありがとう、灼周」 「礼を言われる程じゃねぇよ。次は油断すんじゃねぇぞ、一刀」 「あはは、そうだ――」 無様だった事を指摘されてを言われて思わず苦笑してしまいそうだった一刀だったが、すぐにある変化に気付いた。 「今、一刀って」 「ん?ああ、言ったな」 「それって認めてくれたって事?」 「まぁな。俺様にしてみればお前の実力なんか一兵卒みてぇもんだが、最後まで諦めてなかったからな。認めてやったよ」 顔は見えないが一刀は灼周の表所は笑っているように感じられた。 「ありがとう、灼周。嬉しいよ」 「そんなに嬉しい事か?」 「そりゃあ可愛い女の子に言われたら男として嬉しいし」 この一刀の言った言葉は失言だった。灼周は双撃荒牙龍を振り上げ、そして刃先が縄を切って一刀を投げ出し、地面に叩き落と した。 「ぶべぇ!!」 しかも顔面で着地してしまって痛さは絶大だった。しかしそれで意識を失う事がなかったのですぐに灼周がいる方に顔を上げた。 「女の子じゃねぇって言っただろ!!」 上げると同時に灼周は怒りが沸騰して顔を赤くしながら怒鳴った。これを聞いて一刀は灼周は外見女の子であるがその中身は悪 悪龍と呼ばれた雄だった事を思い出した。 「ごめんごめん。忘れ――」 灼周に軽く謝ろうとした瞬間、一刀の頭の中に電撃が走った。 最初に浮かんだ光景は小柄な少女が手に持った大鎌を頭巾の少女の首筋に構えている光景。そのまま一気に時間が流れ、今度は 鉄球をお操る年下の少女。そして砦で行われた大規模な盗賊と兵士達の戦闘に指示をする少女達。そして最後は、気を失って荷 物扱いされた状態で、そこから支えていた縄が解けて落ちた。 「痛ってぇ!!」 「なっ!?」 謝ろうとした一刀がいきなり黙り込んだと思えばすぐに叫んで灼周を驚かせた。 「なっ、なんだよ?」 さすがの灼周でも一刀のいきなりの行動に怒りの熱は下がっていた。そして一刀に近づいて様子を窺って見ると、痛いと叫んで いた割りにはその素振り(そぶり)はなく、どこか呆気に取られている感じだった。 「灼周……」 一刀が呼びかけると灼周は聞き耳を立てた。 「まず一つ、思い出したよ」 「おっ、おい!?それって」 「ああ」 一刀はまず一つ、初陣に出た日を思い出した。 「そうか。まず一つを思い出したか」 成都に戻って盗賊の処理をやっていた羽貴が帰ってくると一刀は記憶の一つを取り戻した事を伝えた。ちなみに現在は夜で、羽 貴が取っていた宿にいるが、灼周は夜風に当たると言って外で出ていた。 「それで、どんな事があって思い出したんだ」 「ああ。ちょっと灼周を怒らせて投げられた後に思い出した」 「ふぅん。女の子ってまた言ったのか?」 「うっ……。そうです……」 的中されて一刀はへこんだがそれを羽貴が肩を叩いて元気づけた。 「恐らくその行動が丁度思い出の中にあったんだろう。これできっかけは四つになったな」 「でも、最初のがアレってのはちょっと……」 「最初ってのはまず笑えるもんなんだよ」 今度はからかって一刀をわずかにへこませた。しかし一刀はまだ何かあるようですぐに話を続けた。 「でも、その時に出会った女の子たちの事はだいたい思い出せたんだけど、真名とそれ以前に会った三人か思い出せないんだよ」 一刀は思い出したには思い出したが、言ったように部分部分に靄(もや)がかかったようにあるのに見えないというものだった。 「うーん。真名は神聖なものだからな。恐らくそれは全部の記憶を思い出さないとそれは思い出さないだろ。あと、その思い出  せないのは出会いがわからないからだろ。未読の本を途中で開けてみてそこにあった名前を見てもどんな人物かわからないみ  たいに。でも、もしかしたら印象強い光景があれば出会いを思い出せなくても誰かわかるかもしれないな」 「そうか……」 羽貴は推測を話したがどこか確信的なものだった。とりあえず疑問が解けて一刀は気を抜いたが、ある事を思い出した。 「あっ!俺、灼周にちゃんと謝っていない!」 記憶を思い出せた事で灼周への謝罪を忘れていた。 「いいんじゃねぇ、別に」 「そうもいかないよ。俺が悪かったんだし」 羽貴が軽く止めたが一刀はそれを無視して灼周の元に向かった。その後ろ姿を見ていた羽貴は裾の中から何を取り出した。 「もしかしたら、魏の馬種は龍さえ落してしまうかもな」 そんな事を言いながら袋の中に入っていた実らしきものを一つ口に放り込んだ。 宿を出た一刀は灼周を探して外に出ると急いで走り出した。成都の外には出ていない筈なので宿の周りを走り回っていたが、見 付からなかった。 「どこだ……?」 一刀は一旦足を止めて辺りを見渡すと、一羽の小鳥が近づいてきた。 「ん?」 近づいてくる小鳥を見ながら何かと思ったが、その小鳥はまるで道案内でもしてくれるかのようにグルグル回っていた。本当に 何かと思ったが、鳥と言う事にある事に気付いた。 「羽貴か?」 先ほどまで話していた人物の真名を呼ぶと小鳥はそれに反応したかのように一定の方向に飛んで行った。 「灼周の所まで案内してくれるみたいだな」 羽貴の気遣いに感謝しながら一刀はその小鳥について行った。 小鳥は成都のそとさえ出て行ってしまったがそれでも一刀は信じてついて行くと、草原に置かれた一つの岩の上に灼周が座って いた。 「いた」 灼周の姿を確認すると小鳥はそのままどこかに飛んで行ってしまった。 「灼周」 名前を呼んで自分の存在に気付かせるとそのままゆっくり近づいた。岩の側まで来たがそこから先は歩まずにそこから灼周を見 上げた。 「なんのようだよ、一刀」 「帰りの時の事を忘れていたから。ごめん、灼周。嫌がっている事を言って」 すぐに一刀は頭を下げて謝罪した。 「ああ、別に気にしてねぇよ。それに、あれはただの未練だ。もうここで振り切っている」 「へ?」 意外な言葉を聞いた呆れた声を出して頭を上げた。あれだけ怒鳴る程嫌っていた『女』を受け入れたようにも聞こえたのでその まま話を聞いた。 「龍人になて蘇る時、俺はどんなになっても仕返しがしたいって思ったんだ。だが、それも女になっているって事を知った瞬間  に後悔した。それで俺様は女の子やら少女って言われると怒りが噴き上がってたんだ」 「じゃあ、なんで今になって振り切ったんだ?」 「お前だよ」 振り切った理由を聞こうとしたが、それが自分だと言われて一刀は疑問符が浮かんだ。 「俺?なんで」 「自分に正直だからだ。その会いたいって女の為に一度記憶を失う事を簡単にして、そしてそれを取り戻す為に越えられないよ  うな壁に立ち向かう。人のお前がそんな事が出来るのに、龍人の俺が後悔を引きずったままじゃ格好悪いだろ」 灼周は一刀の事を立派に語っているがその本人は大した事はしていないと内心思っていた。 「いや、灼周。俺はそんな――」 「雷命」 一刀が謙遜しようすると灼周が自分の真名で遮った。 「え?」 「俺様の真名、お前に預ける。それと俺はもう帰る」 灼周、雷命はそう言って岩から下りるとさっさとその場から退散していこうとした。 「お前はその岩の上で、愛しい人に帰って来た事を月に言ってみな。良い満月だから届くかもしれねぇぞ」 立ち去る前にそう言い残して完全にこの場から消えてしまった。完全の雷命のペースで何も言えなかった一刀だったが、その彼 女の言葉に従って岩に登り、そして天上の月に語りかけた。 「俺は帰って来たよ。でも、ちょっと大切な落とし物をしたから待っていてくれ。すぐに集めて君に会いに行くからな」 大きく、淡く光る月は今まさにこの言葉を届けてくれそうに輝いていた。 「……あら?」 魏領の洛陽。その城で三国揃っての会合にいた華琳は何かを感じて月を見上げた。 「どうなさいました、華琳様?」 側にいた桂花が声をかけてくると華琳は何事もなかったように振り返った。 「いえ、なんでもないわ。ただ誰かに話しかけられた気がしただけよ」 「こんな酒盛りが多い場所にそんな輩がいるとは思えませんが」 そう言いながらすぐ近くで盛り上がっている集団に冷ややかな視線を送った。華琳もそれを見たが桂花とは違ってフフッと笑っ た。 「確かにそうね。でも、参加せずにこう眺めるのは結構楽しいわよ」 「そうでしょうか?」 華琳の言葉に桂花はイマイチ理解が出来ないようだった。そして夜遅く会合という名の宴会が続いたのだった。 帰りを信じ待つ少女と帰りを急ぐ少年。二人が出会うのはいつの日だろうか―――