「無じる真√N15」  洛陽の復旧もそこそこに、公孫賛軍は幽州への帰路についた。理由としては、孫策軍を 中心とした諸侯による復旧作業があったため一刀たちが行う必要性がなかったという点で ある。その上、公孫賛軍の規模が、連合参加時よりも増えているため、行軍速度が下がっ てしまうため、その分、より早く連合軍のいる洛陽から離れなければならなかったからで ある。そして、何よりも月たちの身を案じたためだった。  そんな理由から洛陽を出た後、その帰路にて、一刀は白蓮の隣についていた。白蓮から の命、そして彼女の臣下である文官からの頼みによるものだった。一刀自身、戦いの間彼 女とはまったく顔を合わせていなかったため、そうしたいと思っていたところだったため 、まさに渡りに船と言ったところだった。  もちろん、一刀の部下となった少女たちも共にいるわけだが……。  それから、幽州へと戻るまで白蓮は新しい仲間について知ろうと積極的に会話をしてい た。その中で、霞が白蓮と馬に関する話題を通じて大分仲が良くなり、更には、その流れ で白蓮に真名を預けるという出来事があった。その際、白蓮が複雑そうな表情をしていた のが一刀には印象的だった。 (まさか、雑談中に真名を預けられるとは……白蓮……というか、馬だけに馬があったん だなあの二人…………)  意気投合する二人を見てそんなことを一刀が考えていると、詠にまるでくだらないもの を見るような視線を送られていた。気がつけば周りにいる少女たちも複雑な視線を向けて いた。そこで一刀は気づく、最後の部分を口にしていたことに……そして、一刀はひたす らに謝るはめになるのだった。  そんな出来事を中心としたやり取りによって、僅かではあるが彼女たちを歓迎する空気 を軍の中枢だけとはいえ、広げていった白蓮の努力に一刀は感心しきりっぱなしだった。  それから幾分かの時を経て、公孫賛軍は幽州、その中で本拠地としている北平へと帰還 したのだった。  到着後、馬を兵に預けた一刀は、日がある内にさっさと月たちのことに関する手続きを 済ませてしまおうと考え、歩き始めた。  が、その瞬間、一刀の視界が揺らいだ。それは、目眩によって起こされるものに酷似し ていた。そして、それにつられて体がぐらつく。が、一刀はなんとか堪える。 「……あ、れ」 「ん? どうした一刀」  前を歩いていた白蓮が一刀の異変に気付き振り返る。 「……あ、あぁ、何だか体が重く感じてさ。多分、今回は似合わない動きをしたから疲れ がたまってるのかもしれない」 「そうか、ならすぐに自室に戻って休息を取ると良い。彼女たちの手続きは私と詠でして おくから」 「すまない……」  何とか感謝の意を伝えるものの、気分は優れない。部屋へ向かう足取りもおぼつかず、 目眩も再度襲ってきた。一刀自身、ここまで体がおかしいと感じるのは初めてだった。  頼りない足取りのまま、何とか自室へとたどり付いた一刀は、すぐさま寝台へと歩み寄 っていく。 「ぐ……くっ、やっぱり、なんか……だめ……だ……な」  何とか、寝台の前まで来たところで一刀の視界は暗闇に沈んだ。最後に感じたのは自分 の身体が比較的柔らかいものに包まれたことであり、それによりなんとか寝台に横たわる ことが出来たことをおぼろげながらに認識したところで、一刀の意識は完全に途絶えた。  一刀が自室で寝台に倒れ込み意識を手放した頃、詠たちは、一刀に指示された部屋で待 機していた。  待機している者たちの中には、一刀の部下である星も一緒にいた。  おそらくは監視の役目を担っているのだろうが、なぜか先ほどから貂蝉や霞と楽しげに 話していて、とてもそうは見えない。 「なんだか、あの人も悪い人じゃなさそうだね。詠ちゃん」 「そうかしら? まぁ、悪い奴ではなさそうね。ただ……なんか変な奴ではありそうだけ ど……」  詠は、どこか楽しそうに語りかけてくる月に肯定しつつ、星を変人なのだろうかという 疑いの視線で見やる。なにせ、彼女からメンマへのこだわりについての話を延々聞かされ たのだからそれもしょうがない。そして、そんな詠を誰も責めることはできないだろう。  そんな詠を見て月が穏やかな笑顔を浮かべる。  洛陽から出たばかりの時は、笑顔など微笑程度にしか浮かべていなかった月が幽州入り する頃には割と良い笑顔を浮かべるようになっていた。  このまま、ここで過ごせば、やがて彼女の穏やかで暖かい満面の笑みを取り戻せるのか もしれない。詠は素直にそう感じた。  そして、改めて室内を見渡す。先ほどから楽しげに会話を続けている霞たちの元へ華雄 が加わっている。  一方では、三姉妹が室内のあちらこちらを指さし、何かを喋っている。こちらも、皆楽 しそうに見える。  そして、目の前の月を見る。彼女は詠と同じように周りを見やり微笑みを浮かべている 。その表情を見て、詠も口元をゆるめる。彼女にとって月の幸せが自らの幸せなのだ。だ から、彼女は月を救ってくれた人物へ感謝の意を抱く。ただ、それを本人に告げるかどう かは別の話ではあるが……。  部屋で待機し、一刀が来るのを待ち始めてからそれなりに時がたち、それぞれが暇をも てあましはじめていた。 「もぅ〜、いつまで待たせんのよ!」  退屈が頂点に達したのか、地和が文句を口にした。すると、それを見計らったかのよう に誰かが部屋へと入ってくる。 「悪い、待たせたな。とりあえず、詠。ちょっといいか?」  部屋へやってきたのは、どうやら白蓮一人のようだ。本来、いるであろう人物の姿はな かった。 「あら? あいつはどうしたの?」 「ん? あぁ、一刀ならちょっと体調が優れない様だったのでな、自室へ向かわせること にした」 「何? 体調を崩したのか。北郷もいがいとやわだな」 「まぁ、そう言ってやるな華雄。あいつもそれなりに鍛えてはいるようだが、あくまで自 衛が出来る程度なんだよ。本格的に鍛えてる人間と比べるのは酷というものだ」 「へぇ、その割にはめっちゃ動き回っとった気がするんやけど……」 「あ、あぁ……やはりそうか……」 「ふぇ? 公孫賛さんは見てなかったんですか?」 「ぐっ、いや、私は本隊を指揮していたからな」  月の言葉になぜか呻きながら返答する白蓮を一同は不思議そうに見る。なお、その内数 名はなぜかにやけていたが。それに気づいたからか白蓮が咳払いをする。 「まぁ、あいつは何かと無茶をしようとする奴でな……なんとなく今回もそうだったんだ ろうとは思っていたんだ」 「えぇ!? あいつって普段からそんななの! 馬鹿じゃないの」 「何言うとるんや、詠。その位の方が男らしいやないか。しっかし、ホンマおもろいやっ ちゃな一刀は。今度一緒に酒でも飲みたいもんや」  そう言って霞はニシシと笑う。それに合わせて、星が微笑を浮かべる。 「おや、それならば、是非とも私も同席させていただこう」 「ん? 星もいける口なんか?」 「ふ、愚問だな、近々、我が収集品の数々をお見せしよう」 「ほぅ? そりゃ楽しみやな」  星と霞がなにやら楽しそうに語り合っているのを横目に詠は話をはじめの内容に戻す。 「それで? ボクは何をすればいいわけ?」 「あぁ、これから少し手続きをする予定だからそれに付き合ってもらいたい。いろいろと 確認もしてもらいたいのでな」 「なるほど……わかったわ。それじゃあ、行ってくるわね。月」 「うん、行ってらっしゃい」  白蓮に続き、詠は部屋を出た。  それから、各種手続きをすませたが思ったより時間がかかり、その日はそれで終わりを 迎えるのだった。  寝台に伏せている青年の体がもぞもぞと動く。 「ん……ふぁ……あれ?」  一刀のまぶたが少しずつ上がっていく。それに合わせ、頭が徐々に覚醒していく。だい ぶ覚醒したところで、どうやら謎の不調の方も治まっていることに気づく。そのことに安 堵しつつ一刀は顔をあげ外の景色へと視線を移す。 「あ、朝?」  それを見て、一刀は自分がかなりの時間寝続けていたことを把握する。そこで、はたと 気付く、それだけ長時間寝ていて誰にも起こされた覚えがない。 「……ん?」  疑問に感じつつ体を起こすと、毛布がずり落ちる。それを見て誰かが毛布を掛けてくれ たことに気付く。 (白蓮かな? 後で礼をいっておかないとな)  起き抜けに色々と考えたからか頭がすっかり冴え渡った一刀はのびをしながら立ち上が る。 「さてと、せっかくだから彼女たちの様子を見に行くかな」  寝起きで鈍い体をほぐしながら部屋を出たところで、白蓮から暇を貰っていたのを思い 出し、一刀は新しくやってきた少女たちの様子を見に行くことに決めるのだった。  部屋などに関しての情報は、昨日から寝ていた一刀には聞かされていなかった。そこで やむを得ず、一刀は、誰かいないか探しながら歩くことにした。 「とはいえ、どこにいるのか……ん? あそこかな」  一刀が廊下を歩いていると、なにやら話声が聞こえる。その中に一刀の気を引く声があ った。探している人物たちの内の一人の声である。そこで、一刀はその部屋へと向かう。 「お邪魔するよ」 「――なるほど。ともすれば、おや、これは北郷殿」 「でしょ。って、何か用なの?」  室内には、一刀の予想通り、複数の文官たちに混じるように詠がいた。 「ん? いや、詠の声が聞こえたんでね。様子見だよ」 「そう……今、ちょうど白熱してきたところなんだから。見るなら静かにしてなさいよ」 「あ、あぁ」  どうやら、この部屋では論議を交わしあっていたようで、一刀はちょうど盛り上がった ところで入ってしまったらしい。  少し興味のあった一刀は言われたとおり端に座り、文官たちの議論を静かに見守る。 「ふむ、では先ほどのことですが、やはりそこは罠を仕掛け」 「そうかしら? むしろ優先すべきは敵の食料庫となっている拠点だと思うわ」 「ふむ、確かに急襲し、なおかつ成功すれば敵に大打撃を与えることができますな。しか し、そうそう上手くいくとは思えませぬが」  そこまで聞いて一刀は、この話が対"強大な規模を誇る勢力"戦であることを感じ取った 。確かに食料庫を潰せば、規模の大きい軍はそれまでの勢いがなくなり、行軍が滞るはめ になるだろう。それは、兵法にそった考えなのもわかる。が、一刀の頭が考えつくのはそ こまでだった。  それ故、一刀は、自分の考え以上のことが頭にあるであろう詠に一種の尊敬のまなざし を向ける。そんな視線に気づくこともなく、詠は解説を始めた。 「だから、そこは夜の闇が深くなったあたりから動き、食料庫までに点在する拠点を通り 、食料庫にたどり着くまでに敵を引きつけ、明朝にこちらの少数と引き連れた敵の大部隊 とで食料庫へと向かい。食料庫の守備隊を混乱させるのよ」 「……ふむ、なるほど。その際には、敵の格好をし、虚言を吐く……というわけですな」 「ふふん。わかってるじゃない。そう、そして、混乱に乗じて火を放てば終わりってわけ よ」 「ほほぅ、やはり賈駆殿のお考えは参考になりますな」  その文官の言葉に周りの者たちも続いて賞賛の声をあげている。どうやら、詠は、一日 で実力を見せつけ、それなりに認められているようだ。それを確認して安心した一刀はそ の場を後にする。 「どうやら、詠も上手くやってるみたいだな……」  先程の詠の様子を思い出しながら、廊下を歩いていると今度は、中庭の方から声が聞こ えてくる。 「おっ、あれは華雄か」  声の元へと近づくと、華雄が戦斧を振り回しており、どうやら鍛錬中らしいことが伺え る。そこで、一刀は邪魔にならないようその場に座り見届けることにした。  華雄の動きは一つ一つに力強さを感じさせ、また、その動きには機敏さがあり、一刀は 、思わず見とれてしまっていた。  しばらくし、鍛錬を終えた華雄が一刀の方へと歩み寄ってくる。 「ふぅ、どうしたんだ北郷」 「ん? いや、ただ見させてもらってただけだよ」 「そうか……ふっ、私の鍛錬姿など見ても面白くもなかろうに。お前も物好きだな」 「そんなことはないさ。すごく格好良かったぞ、華雄」  一刀が正直な感想を述べると華雄がたじろぐ。 「そ、そうか? 私自信にはよくわからないのだが」 「はは、まぁ、本人はわからないことっていうものはあるもんさ。俺も華雄みたいに格好 良くなりたいもんだよ」 「なに、気にするな。北郷は私とは違う魅力を持っていると思うぞ。だから、北郷はその 魅力を高めていけばいいのではないか?」  今度は、逆に一刀がたじろぐ番だった。 「そ、そうかな? 華雄に言ってもらえるとなんだか嬉しいよ」 「そうか、まぁ、向上心をもつのは良いことだろう。もっと男を磨くことだ」 「あぁ、そうするよ。それじゃあ、俺は他の人たちの様子を見に行くから」 「うむ、それではな」  華雄と別れ、他の面々を探し歩いていると、倉庫のほうから声が聞こえてくる。 「誰だ?」  少し気になった一刀はひょっこりと中を覗いてみる。すると、中で二つの影がごそごそ と動いている。 「……はぁ……こりゃ……飲みたく……まらん」 「ふふ……だろう……一品」  あまりよく会話の内容が聞こえないため、一刀はさらに近づく。徐々に声が聞き取れる ようになってきたところで影が一刀の存在に気づく。 「ん? 誰や、そこにおるのは」 「おや、主ではありませぬか。どうかなされましたかな?」 「え? 星……と霞か」 「えぇ、そうです」 「そうやで」  影の正体が星と霞であることが判明し一刀は安堵する。そこで改めて倉庫に入った理由 を二人に述べる。 「そうか二人だったのか……いや、外を歩いていたら声が聞こえてね。なんだろうと思っ てちょっと覗いてみたしだいなんだよ」 「なんや、そういうことか。ウチはてっきり気配を辿って来たんかと思ったわ」 「いや、気配を辿るって……」 「おや、主は出来ないのですかな?」 「出来ないって俺みたいな凡人には」  さも出来て当然と言った風な二人に驚きつつ、一刀が答えるが二人は何故か笑い出す。 「くっくくく……か、一刀が凡人ってそらないやろ」 「まったくだ。ふふ、本当に面白いことをおっしゃりますな。主は」 「え? 俺何か変なこと言ったか?」  二人の反応の理由がまったくわからず困惑する一刀。それを見て二人は一層笑い出す。 「くくくくく……か、一刀が凡人とはウチには思えへんのやけど」 「くく……私も同じ意見です。主は平凡な存在ではありませぬよ」 「えぇと、俺が凡人だって言ったから笑ってたのか?」  戸惑い気味に一刀が質問をすると、二人はこくりとうなずいて答える。 「そ、そうか……と、ところで二人は何をしてたんだ?」  居心地が悪くなった一刀は話題をそらす。 「ふむ、それはですな。これを霞に見せていたのですよ」  そう言って星は、一つの区域を指さす。 「酒……か?」 「そうや、星はすごいで、ウチが見たことないような酒までもっとるんや。もう、見てる だけで涎が……」  酒の味でも想像したのだろうか、霞の口元には涎があふれそうになっている。それに気 づいた霞が慌てて口元をぬぐう。その様子は、彼女が酒好きであることをよく表している と一刀は思いつつ、酒を保管している区域に目をやる。 「はぁ、しかし、いつの間にこんなたくさん……」  あまりの量に一刀は、思わず感嘆の声を上げる。 「まぁ、近々、この中の一つをあけて飲もうと思っておりますので、よければ主も来られ てはどうですかな?」 「そうだな。それじゃあ、その時はご一緒させてもらうよ」 「えぇ、お待ちしておりますよ」 「あぁ、それじゃあ。俺はまた別のところに行くから」 「ほな。その時を楽しみにしとるで〜」 「主と飲むのも久しい故、楽しみにしておりますぞ」  一刀は二人の声に返事をしながら倉庫を後にするのだった。  倉庫を出てから、しばらく歩いていると目の前をふらふらと歩いている少女を見かける 。その手には桶が握られており、とても危なっかしい。 「へぅ〜よいしょ、よいしょ……きゃあ!」  危ないと思っているそばから、小石につまずく少女。一刀は慌てて駆け寄り、なんとか 抱きかかえる。 「おっと、大丈夫か、月?」 「あ、はい……ありがとうございます」  地面に倒れ込む衝撃に備えてなのか、体を硬直させていた月がつむっていた目を開く。 最初はぼうっとしていたが、現状に気づき頬を染めて、わたわたし始める。 「ん? どうしたんだ、月」 「あ、あのその……へぅ」  急に挙動不審になった月の様子を伺うため、一刀が顔をのぞき込むが余計に俯いてしま う。そこで、一刀は自分が月を抱きしめたままなことに気づき、体を解放する。 「ごめんな。ずっと抱きつかれたままってのは、嫌だったよな」 「い、いえ、別に気にしてません……ちょっと照れただけです」  月が消え入りそうな声で言葉にするが、最後のほうを聞き取ることが、一刀には出来な かった。ただ、特に気にしてないといってくれたことだけは何とか理解できていた。 「そうか。でも、それ一人じゃ大変だろ?」 「え? あ、これですか確かに重いんですけど、でも、詠ちゃんの部屋を掃除するのに必 要なので」 「そっか……それじゃあ、俺が部屋まで運ぶよ」 「え? でも……」 「いいからいいから。ほら、早く行かないと掃除できないぞ」  先ほどから、地面においていた桶を持ち上げ一刀は部屋へと向かう。それに続くように 月も歩き出す。すると、突然一刀が立ち止まる。 「しまった……」 「?」  一刀の横に並んだ月が首を傾げるのを横目に見つつ、一刀はぽつりと呟く。 「…………部屋の場所がわからない」 「くすっ、それじゃあ、私が案内しますね」  月にくすりと笑われ、頬を掻きつつ苦笑を浮かべる一刀。それを見て、さらにくすくす と笑いながら月が部屋の場所までの案内を始め、一刀がそれに従うという形で部屋へと向 かい始めるのだった。  部屋へ向かう中、二人は何気ない会話をしていた。そこで、一刀がふと気づいたように 月の方へと視線を向ける。 「あ、そうそう、何か困ったことがあったら俺か白蓮に言ってくれればいいから」 「あ……は、はい」 「もし、直接言いにくかったら詠にでも伝えればいいから。詠なら遠慮なくいってくるだ ろうからね」 「ふふ、確かに詠ちゃんならありえそうです」 「だろ。でさ……」  二人は、再び談笑に戻った。  一刀は何気なく月の顔を見る。その表情は、一刀が見ても洛陽の時よりも良い笑顔を浮 かべているのがわかる。その笑顔を見る内に微笑ましくなった一刀は、空いている手で月 の頭を撫で始める。 「ふぇ、あの……」 「ふふ、やっぱり、月は笑顔のほうがかわいいな」 「……へぅ〜」  すっかり顔を真っ赤に染めた月は俯いてしまう。それがまた、一刀には微笑ましく思え る。そして、救うことが出来たことを改めて良かったと思った。  それから、二人だけの穏やかな一時をのんびりと送りながら歩き、気がつけば、一つの 部屋の前についていた。 「お、目的地に到着だ」 「あ、あの、どうもありがとうございました」  かわいらしい頭をぺこりと下げ、一刀から桶を受けとった月が部屋へ入ろうとすると、 遠くから地響きが聞こえてくる。 「ごぉぉぉ主人様ぁぁぁぁあ!」  その地響きの発信源は貂蝉だった。 「げ! そ、それじゃあ。月、また今度」  それだけ告げて一刀はかけて行くのだった。この時、一刀は気がつかなかった。迫り来 る貂蝉に月が羨ましげな視線を向けていたことを。そして、 「ありがとうございます…………ご主人様」  と一刀の背に向かい満面の笑みで呟いていたことを。 「な、何とか、まくことが出来たみたいだな…………だ、大丈夫だよな」  ひたすら走り続けた一刀は、気がつけば再び中庭に来ていた。ちなみに、いつ貂蝉が現 れるかといまだにびくついていたりする。 「あれ、なにしてるの?」 「ひぃぃぃ!」 「え? ど、どうしたの」  突然声をかけられ一刀は奇声を発する。それによって声をかけた方も驚いたようだ。 「あ、ごめんごめん。ちょっと吃驚しただけだよ」 「もう、驚かさないでよ〜」  声の方を振り向くと、そこには頬を膨らませた天和がいた。その姿を見て、一刀がホッ としていると、二つの足音が近づいてくる。 「ど、どうしたの? お姉ちゃん」 「何か変な声が聞こえたけど?」  現れたのは地和と人和だった。どうやら、先ほどの一刀の奇声を聞きつけたらしい。 「あぁ、二人共ごめんな。ありゃ、俺の声だよ」 「ふ〜ん」 「どうしてあんな声が?」 「それは、私がいきなり声をかけちゃってね……」 「えぇ!? それだけであんな声をあげたの?」 「は、はは……情けない話、その通りだよ」  一刀は、情けないところを見せた恥ずかしさを紛らわすように頭を掻きつつ苦笑いを浮 かべる。 「あの、立ち話も何ですから、一緒にお茶でもどうでしょう?」 「へ? いいのか?」  人和の誘いを受け、残りの二人の方を伺う一刀。 「そうだね。北郷さんの話も聞きたいもんね」 「そうと決まったら、さぁさぁ」 「それじゃあ、私は湯飲みをもう一つ用意するわ」 「うわっ、わかったから押さないで」  地和と天和に背を押されながら一刀がたどり着いたのは中庭にある机と椅子のある休憩 場だった。どうやら、準備を終えたところだったのだろう。湯飲みは用意されているがま だお茶は入っておらず、それがお茶会を始めるところであったことを伺わせた。 「さ、すぐにお茶をいれるね。ふふんふ〜ん」 「ふんふふん〜」 「へぇ……」  お茶をいれはじめた天和の鼻歌に合わせるように地和も鼻歌を始める。その見事なまで に協調のとれた鼻歌に一刀は思わず感嘆の声をあげた。 「ふふふ〜んふんふん〜」  そこへ、さらに湯飲みを用意した人和が加わり、鼻歌が一つの曲として完成し、それは 一刀を一種の公演に参加しているような気分にさせた。 「……よし! いれおわったしそれじゃあ」 「ちぃ〜もう我慢出来な〜い」 「一刀さんもどうぞ」 「お、ありがとう人和」  そして、お茶会が開始される。人和と一刀はお茶をすすり、天和と地和はお茶請けをま っさきに食べはじめる。 「そういえば、私たちはまた歌をして街や村を回れるんですね」 「ん? あぁ、そういえばそういう申請してたっけ。そうだね、まぁ、徴兵も兼ねてもら うことになってるんだけどね」 「いえ、それはしょうがないと思います。助けてもらった恩がありますから」  真顔でそう述べる人和を見て、一刀は少し悲しいものだと思った。  彼女たちのように他の者たちにはない才を使い大陸へと貢献するということが今の世で はまともに行えない、それが一刀には悲しかった。 「……いつか」 「え?」 「いつか、人和たちが何も気にせず歌えるような世の中になるといいな」 「……そうですね」 「ま、それは俺たちの役目なんだろうな」 「……」 「だからさ、三人には少しでも多くの人たちに生きる気力を与えてあげてほしい」 「……はい」 「うん! ちぃにまかせとけば、だ〜いじょ〜ぶ!」 「私たちの歌で笑顔を取り戻させてみせるよ」  人和だけでなく、先程までお茶請けに集中していた天和、地和も良い返事をしてくれた ことに一刀は思わず微笑みを浮かべる。 「ありがとう。俺も少なからず協力するからさ、一緒に頑張ろう」  その言葉に、三人は三者三様な返事で応え、お茶会を再開するのだった。  三姉妹との楽しいお茶会を終え、自室へ向かおうとした一刀はふと、一つの用件を思い 出し、自室とは別の方向へと向かう。  しばらく歩き、ある一室の前で立ち止まり、控えめに戸をたたく。 「一刀だけど。いいかな?」 「ん? 一刀か。いいぞ入ってくれ」  そして、室内へと入ると目的の人物は机にかじりついていた。 「相変わらず大変そうだな。白蓮」 「ん? まぁ、これが私の責務だからな。仕方ないさ」 「……なぁ、俺も手伝うよ」 「な!? いいって。私ひとりで片付けられる」  一刀の提案に慌てて反対する白蓮。両手を振る速度が白蓮の慌て具合を表している。 「あのなぁ、あれだけ長期の移動をしてすぐ、一人で大量の仕事をするんじゃない。それ こそ、体を壊すぞ……まったく」  少々説教じみたかと思いつつ一刀は、白蓮の隣に座り自分に出来る作業を始める。 「お、おい、何も隣に……って顔が近い、近いぃ!」  白蓮の手元にある書簡の数を確認するため、一刀が白蓮の頬に触れるくらいまで顔を近 づけると、突然白蓮が暴れ出す。 「おい、聞いてるのか!」 「…………いいから、仕事しようぜ」  一刀は、白蓮の怒声らしきものなど気にもとめず、ただ黙々と仕事を続ける。それを見 た、白蓮も落ち着いたのか仕事を再開した。 「まったく……ふふ」  ぶつぶつと言いながらも笑みをこぼしている白蓮に苦笑しつつ、一刀はさらに仕事の速 度を上げるのだった。  それから、黙々と仕事をこなし片付けることに成功した一刀と白蓮は、一緒に食事をと ることにした。 「それでだ、一刀が私のことを気にしてくれるのはありがたいし、嬉しい。だがな、お前 は体調を崩した直後だっただろうが、それなのに私の手伝いなんかして……」 「はは、まぁ、俺も体調はもう回復してたわけだしさ。あまり、気にしすぎるのも良くな いだろ。病は気からっていうしな」 「はぁ、お前というやつは……」  少し呆れ気味に一刀を睨む白蓮。それに対し、苦笑する一刀。それからすぐに今度は普 通の笑顔を浮かべた一刀は、白蓮の方を見る。 「それに……毛布のお礼もあったしな」 「あぁ、それか。というか驚いたぞ。様子を見に部屋へ行ったら、お前は寝台に倒れ込ん でいたんだからな」 「はは、醜態をさらしちゃったな」 「馬鹿、私と一刀の仲だろうが。そんなこと気にするな」 「ありがとう。白蓮」 「もういいって毛布かけただけなんだから」 「いや、それじゃなくてさ」 「?」  一刀の意図が読めないのか白蓮が首を傾げる。それに対し、一刀は出来る限りの感謝の 念をのせた笑顔を浮かべ、白蓮を見つめる。 「今回の一連の騒ぎの中で俺の勝手を許すだけじゃなく、協力してくれたことだよ。本当 に感謝してもしつくせない。ありがとう……白蓮」  少しでも想いを伝えるため、一刀は深々と頭を下げる。 「な、何を言ってるんだ。そ、そこまで気にする必要はないって。私は、ただお前を信じ ていただけなんだから」 「そっか……ありがとう。信じてくれて」  白蓮の言葉に、さらに感極まった一刀は涙は流しそうになるが、それをこらえ、代わり に満面の笑みを浮かべた。気のせいか、先程から顔を紅潮させて、どこか様子のおかしい 白蓮が一層おかしくなっている。 「ももも、もういいから。ほほら、ほらぁ、さっさと、い、行くぞ。めめ、飯は何だろう なぁぁ〜」  顔を俯かせながら白蓮が駆け出す。 「お、おい。どうしたんだよ」  それをぼうっと見ていた一刀は、慌てて追いかけるのだった。  ちなみに……結局、白蓮が落ち着いたのは一刀と別れてから……ではなく、明け方まで 全然寝付けない中、少ない睡眠をとるのに成功し、朝目覚めたときだった。 ――こうして彼女たちに、安息が訪れた。 ――だが、それはいつまでも続かない。 ――今回の争乱のように、安息を打ち破り、世を乱す動きがいずれ訪れるのだから。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― (あとがき)  反董卓連合編をお読みいただき誠にありがとうございました。自分の雑文をここまで読 み続けていただいた方には敬意を表さずにはいられません。  本編も仲間が増え、ようやく公孫賛軍の勢力が大分マシになってきました。これが今後 なんらかの形で影響を与えていくことになるかもしれません。  今回は、戦闘がメインでしたが、まともな戦闘場面などたいして書いたことがなかった ため些か拙い文章となってしまいました。もっと勉強しないといけませんね。  それと……やはり、複数のキャラクターを出すのは難しいですね。でも、頭の中で動く のを文にしていくのは楽しいかぎりです。たまに暴走してプロットから外れそうになりま すが……。  次は、反董卓連合編で張三姉妹が登場するまでの伏線について述べていきます。なお、 下の※から始まりますので、もうわかっている方、知りたくない方、興味がない方等は二 個目の※まで飛ばしてください。 ※  では、伏線についてですが、まず、拠点ホワイトデーで出てきた楽団、一応あれがそう です。つまり、張三姉妹を含めた楽団のことだった訳です。  次に、序章の最後で三姉妹を曹操軍でなく董卓軍が討ち取ったとしてあるところ、あれ です。あれが、拠点イベント09とリンクしている箇所でした。  また、拠点イベント08において、洛陽にいるなんとか姉妹とその仲間の楽団、これも 彼女たちのことであり、伏線でした。ちなみに、その話で貂蝉が洛陽にいたのは、三姉妹 の付き人であったからであり、それも複線の一つでした。 ※  以上が、伏線のありかでした。まぁどれも微妙だったのでわかりにくかったとは思いま す。まぁ、それもようやく、拠点09と反董卓連合編で回収できました。次でも、別の伏 線の回収を行っていく予定でいます。  しかし、プロットの量と書く速度で考えると先は長そうです。最近、これを書いている ときに目の焦点がぶれたりすることが多くて、なんだかちょっと不安を覚えたりしてます 。まぁ、色々対策を施したので大分治まってはきているのですが。  それでは最後に、この作品に関わってくださる方々へ、どうもありがとうございます。 感謝してもしきれません。  そして、これからも、お付き合いいただけると幸いです。  では、再見。